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ある人のブログに書評が載っていて、興味を引かれたのでひさびさの翻訳物を読んでみました。

モーリス・ルヴェルという人は、フランスのエドガー・アラン・ポーと呼ばれた、短編小説の名手だそうです。とはいえ、フランスの分断ではそれほど評価が高くない、というより忘れられた存在らしく、日本でも知る人ぞ知る作家なのだそうです。亡くなったのは1926年だとか。もう戦前というか、昭和初期に亡くなっているわけで、そんな人の作品がいったい面白いのかいな、と思って読んだらこれが面白いんです。

いや、ユーモアがあるとか、そういうのとは全然違ってむしろジャンルとしては恐怖小説の仲間なんですが、語り口が非常にうまくて、しかも非常に短く凝縮された作品が次々に飛び出してくるので、短時間の通勤の途中にもぐんぐん読めてしまいます。時代はもちろん違うのですが、その時代に生きるどちらかというと下層階級の人々の普通の暮らしに潜む、小さな大事件を巧妙に拾って、破綻の生じる最も皮肉な瞬間に焦点を当てて描いていく手法が、かなり計算され尽くしているのです。
もう過不足がないというか。言葉遣いも現代とほとんど変わらないような分かりやすい日本語としてこなれていて、翻訳者の田中早苗氏のほれ込みようも分かります。

こういうものを見せられてしまうと、文学はこの100年間、大して変わってはいない、というような気にもなってきます。

巻末には、大正後期~末期にかけてルヴェル作品に対して寄せられた当時現役の日本人作家たちのコメントなども収録されていて、これも面白いです。ただ、夢野久作って、つまらない感想文書くなぁ、というちょっとガッカリな面もありました。

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このところ岡嶋二人を続けて読んでみて、もっと早くこの作家をちゃんと読んでこなかったことを後悔しているのですが、もう解散してしまったのでいまも文筆活動が盛んな井上夢人の作品をいくつか読んでいます。何年か前にもソロ名義の「ダレカガナカニイル」を読んだのですが、かなりサイコミステリー風だったので、「クラインの壺」などのSF作品の切れ味には感心したものです。

同時に、こういう作家の特質としてその時代の先端的なツールを小道具として巧妙に取り入れてきた、という部分もあって、それは逆にそのテクノロジーが陳腐化してしまうとやや小説としても時代遅れに見えてしまう、という弱点も合わせ持つ事になるので、そういう意味でも刊行された時期にちゃんと読まないと、素直に感心できなくなってしまう、というか時代性に共感できなくなってしまうのですよね。

この「プラスティック」も、ワープロで綴られてフロッピーディスクに残された文書を掲載した、という形態をとっているところ、やや時代の流れとともに陳腐化している感はありますが、そこはご愛嬌。まだ理解できる範囲です。こんなに早くワープロ専用機が陳腐化するとは。

夫の帰りを待つ間の主婦の手記から始まり、彼女の周りで起きた奇妙な出来事、そして彼女が惨殺死体で発見されるところからストーリーはどんどん語り手を変えて展開していきます。

まあ、ミステリー小説のネタとして、もはや○○人格、というのはそれほど珍しくなくなってしまったので、途中まで読んでいてだいたい見当がついた部分もあったのですが、それにしても、仕掛けられたワナの用意周到さには舌を巻き、最後の大仕掛けには思わず手を打ちました。

これ以上書くとネタが割れてしまうので、興味がある方はどうぞ。

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単純な立方体の中に仕掛けられたさまざまなワナに翻弄される人間の姿をドキュメンタリー的な手法で追っかけた佳作「CUBE」の続編です。最近第3弾も劇場公開されたかしたらしいのですが、もう終わったのかな。

今度も仕立てとして何人かの人間がいきなりここに連れてこられるのは一緒。ただ、映画としての作りはだいぶ違って、前回は低予算なりの知恵と工夫で補っていたビジュアルが、だいぶランクアップして最新のCGで制作されています。その分ワナの性質もレベルアップした、というか、迷宮としてのキューブの性質もかなりいわゆるSF的なギミックになってきたなぁ、という感じです。

さらわれてきた人々はみなすねに傷持つ身、というかよく考えるとここに連れて来られてもしかたない人々らしいです。マッチョな男がだんだんぶっ壊れていくのは前回に似ていますね。他にの夫人が出てきたり、目の見えない少女が出てきたり、というバリエーションは確保しています。この誘拐全体を一つのゲームとしてとらえる若者マックスなんから、パート2の余裕でしょうか。いい味出してます。「これがテレビだったらここで視聴率がちょっと上がる」というのはなかなか楽しいせりふでした。

解かなければならない謎が、前回ほど純粋数学問題ではなかったので、そういう意味での難解さはなかったかな、と思ったり、ワナの描写が分かりやすくなりましたが、その分彼らがどういうロジックで部屋から部屋へ移っているのかは分かりにくくなったり、ただ逃げてるだけに見えるのが物足りなかったり、潜在的な恐怖感というのは薄れたようにも思います。

ただそういうものを補うビジュアルの魅力があるので、パート2にありがちなガッカリを感じる事はありませんでした。

ただ、あのエンディングはどうなんだろ。

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いつの間にか勝手にシリーズになっているワンズダイナーの夕食。今夜は早めに仕事が上がったので、10時半ごろに職場を出て、原宿経由で神宮前へ。時間がいつもより早い事もあって、お店のソファは満席。カウンター初挑戦となりました。別に挑戦って。

食べ物のメニューを見ると、今日はバーガー以外を食べてみたい気分。で、単品で一番値が張るものは、牛ではなくて豚でした。確か「ポークチョップライス」で、1260円。安くはありませんが、ビーフシチューライスを抑えての堂々一位なんですからなんだかおいしそうです。コーヒーと合わせて頼んで先にコーヒーを飲みながら待っていると出てきたのがこれ。

なんともご立派です。骨付きのシッカリした豚肉と、香ばしいガーリックライスにマッシュポテト。ちょっと白飛びしてしまっていますが、そんなに脂ぎってはいないですよ。肉を一口かじってみて、「これは良い!」中央にソースの小さな容器があるのですが、このソースがやや照焼き風の甘口ソースで、個人的には肉の味を損ねている印象。基本的にソースナシでも十分おいしく食べきれました。軽食のレベルをはるかに超えるボリューム感に満足、満足。

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なかなか力作が続きます。ジャケットを見たときから、見るのが楽な映画じゃないな、と思いながら見ていたのですが、降参です、この「マシニスト」。

とにかく、序盤からただならぬ空気が漂い、丸1年間眠っていない、異常に痩せた男の登場です。どうも何かの機械の工場に務めているから、マシニスト(機械工)という位の意味でタイトルがついているとしか思えないのですが、話が進行するにつれて、この仕事自体が彼の味わう恐怖につながっていくのか、と思うとそうではなくて、最後まで見て、やっと彼が異常に痩せているわけが分かる、という仕組みです。見終わってから、何が現実で何が虚構なのか、ちょっとわからなくなる、という感覚があるのですが、だからもう一回見たいか、と言われるとあんまり見たくないかも。「メメントMemento」を見たときの感覚に似てますかね。

途中から、主人公の味わっている不快感から、彼が何かしでかしてしまう、というオーラを発しすぎて、「あ、来るぞ来るぞ」という感覚と同時に「ああ、そんな画は見たくない」という拒否反応が来てしまい、特に子供がからむシーンは「あの子がこんなことになったらもう俺は見ないぞ」と小さな決心をしながら見たりしてました。ああ痛々しい。

実際、中盤の話の進行は状況証拠が次々に上がってくるので、主人公の肩を持つ気には到底なれないというか、これは彼の精神が病んでいる、という月並みな話になるのでは、という予感がどんどん強くなっていきます。

ただ、実際のオチの付け方が、かなりうまくて、いろいろなピースが一つに収まっていく感覚は「バタフライ・エフェクト」や「メメント」よりも上かも。だから前半の不快な数々のシーンが耐えられたのだとも思えます。

ただ、冷蔵庫の張り紙の文字を埋めてくシーンは、ずいぶん序盤でネタがバレバレでしたね。だって「シ○イ○ング」と一緒だもん。あ、言っちゃった…。

あと、「ルームメイト」のオカッパのイメージしかなかったジェニファー・ジェイソン・リーが場末の娼婦役なんだけど、貫録の演技でした。

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TSUTAYAで新作のところを見ていたらホームズものが偶然見つかったので、「見覚えないなぁ」なんて思いながら借りて帰って、いざ見てみたらなんと、「シャーロックホームズvsヴァンパイア The Case of the Whitechapel Vampire」というオリジナル物でした。

実はここで不覚をとりました。主演のホームズ役は知らない人だなぁ、なんて思いながら借りたのですが、なんと主演がMatt Frewer、知る人ぞしる、Max Headroomのエディスン・カーター役であり、マックスのCGの元データ提供者です。キャリアを見ていると、モンティ・パイソンの劇場版なんかがデビュー作で、ピンクパンサーの声などもやっているし、ものすごいキャリアの持ち主ですね。見つからなかったけど、「メイフィールドの怪人たち」でトム・ハンクスの隣人役もやってなかったかなぁ。(後で気付きましたが、「ミクロキッズ」での隣人役でした)

マックス役をやってた頃からかなり軽め(!)の頭になってたから、これはかなりバレバレのかつらですな。しかしユーモアのセンスがあるホームズ、というのはなかなか魅力があります。すでに「4人の徴Sign of the Four」や「王室スキャンダル」「バスカービルの犬」など、主な長編作品は作っていたんですね。

今回のストーリーは、コナン・ドイルが構想だけは練ったけれども結局着手しなかったといわれるプロットを膨らませてオリジナル劇場版にしたものらしいのですが、どうもつながりを見ると作りはテレビ映画ですな。

とある修道院を狙う吸血鬼の影。修道士達は悪魔の存在を疑うが、はなから悪魔も神も信じないホームズが、次々と起こる殺人事件に論理的な結末もつけてくれる、というやつで、ある意味、お手軽な「薔薇の名前」という趣です。まあ、実際「薔薇の名前」自体、エーコがシャーロックホームズにリスペクトを払っているわけでこういうのは面白いですね。

非常に親切に、論理的にストーリーを追ってくれているので、あまり頭を悩ませる必要はありません。途中にコウモリを偏愛する博士なども出てきて、フリークステイストもそこそこあります。またロンドンの町並みが、正確ではないかも知れませんが雰囲気たっぷりに再現されているのも努力を評価したいところです。

人物関係としては、ワトソン博士の存在感が原作よりも強く、ときにホームズを叱咤激励するすがたはある意味頼もしくもあります。原作に忠実な作品だとついお間抜けすぎる人物として描かれるワトソンも、ホームズが小さいぼけをかましてくれるおかげで生き生きしている、ということかも。

長らくジェレミー・ブレットの偉大な功績に圧倒されてきたシャーロック・ホームズ界も、そろそろ20世紀仕様で、明るいヒーロー像として描かれてもいい頃なのかもしれません。
新宿の永谷ホールFuで開かれた、12月19日(月)のプライムワン/お笑い系ライブに行ってきました。前回行ったときは、前半がプライムワンの若手ばかりがずらりとネタをやっていたので、新しい人を見る楽しみはある反面、出来はあまりよろしくなく、やや疲れたりする面もありましたが、今回はがらりと構成が変わっていました。

まず、前半からきくりんなど中堅を持ってくる手堅い構成、しかも中盤にとても長い共演コーナーを持ってきて、クイズ合戦、というか、クイズの回答に対してぼけ合戦。ここで、プライムワンではないゲストのサンドウィッチマンと、サードメンの浜口がぐいぐい押す、押す。サンドウィッチマンは「フラットファイブ」という事務所らしくて、ほとんど他に知ってる芸人さんがいないぐらいの稼ぎ頭なのですが、知らなかったなぁ。ほとんどこの3人がぐいぐい引っ張って、きくりんとクロスパンチ関口は食い込めない展開に。ここがどんどん膨らんだおかげで後の進行は押し押しになっていきました。

後半も共演コントではドラマチック貞がリンレイのフィルター交換のおっさん、という新境地でいじられ役としての活路を見いだし、きくりんも「嘘つき刑事」という新キャラで進境著しい感じです。

単独コントでは、サードメン、パッチワーク、クロスパンチ、サンドウィッチマンと実力のあるところが後半を押しきり、前回見たときとは見違えるような盛り上がりになりました。入ったときはちょっと寂しいぐらいの入りでしたが、収穫はたくさんあったような。欲を言えばもう少し芸人の自分ネタをたくさん見たかったかも。

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偶然なのですが、岡嶋二人の作品をもう一つ読もうとランダムに手をとったら、先日の石持浅海「セリヌンティウスの舟」にだいぶ趣向の似た作品でした。まあ、すでに終わってしまった知人の死を、あとから関係者が一同に会して、推理合戦を繰り広げる、という意味で似ているのですが、それだけ似てれば十分ですよね…。で、タイトルも石持浅海に「扉は閉ざされたまま」という作品がありましたが、これは、「そして扉が閉ざされた」。

密室に監禁された4人の男女、というシチュエーションは、さっき見たばかりの「キューブ」にも似ているのですが、こっちが囚われているのは、地下にうめてある核シェルター。まったく外からの救助が期待できない状況で、全員が麻酔をかがされてここに連れ込まれます。仕掛け人は、全員が知っている、死んだばかりの咲子の母親。彼らのうち誰かに娘の死の原因がある、と確信しての監禁ではないか、ということで、こっちはちゃんと10日分のカロリーメイト、という時限爆弾というか制約もあり、トイレもあるので、ちょっと読む方にも安心感があります。

純粋ロジックで詰めていくと、誰も犯人が見つからないのかも、という一件破綻しかけている密室プロットですが、過去のフラッシュバックシーンを挿入している事で、読者にももしかしたら謎が解けるかも知れない、という可能性は残されています。まあ、あんまりそこのトリックには感心しませんでしたけどね。そういう意味では容疑者が限られているのであんまり謎解き的な醍醐味は、うん、それほどでも…。

この作家の作品はどうも恋愛沙汰に関してはちょっとナイーブというか、初々しいというか、ジュブナイル系の恋愛しか描けないようですね。どうしても人への思いやりとか、そういうものが動機付けの大きなウェイトをしめていたりするので、ややまだるっこしい部分も正直ありました。

しかし、この作品が発表された時点では、こういう事を書いた作家はまだいなかった、のかなっ?順序としては今読んで文句を言うのはお門違いかも知れませんね。

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ちょっと懐かしくなって去年の今ごろに見た「エイリアン対プレデター」をDVDで借りてみたら(さすがに買うほどスキじゃないので)、おまけに短編シリーズの第1作がついてきました。「トゥルー・コーリング」というタイトルのSFホラー物です。もうしばらく続いてるらしいシリーズなのですが、あまり大ヒットしたという噂は聞きませんね。

「トゥルー」というのは幼い頃に母親を殺人事件で無くした主人公の名前です。彼女が、それをきっかけに死者の声が聞こえるようになり、しかも1日時間をスキップバックする、という設定です。最初主人公が医者の勤め口がなくなって、モルグ(死体安置所)にアルバイトする事が決まる当たり、これはケイ・スカーペッタの「検屍官」シリーズみたいな事を狙っていくのかな、と思ったのですが、お茶の間にあまりえげつない死体の映像を流すのもなぁと思ったりします。ちなみに、タイトルには、「トゥルーを呼ぶ声」という意味と、「天職(真実のなりわい)」という意味がかけてあるんでしょうね。

最初に見た死体の女性の命を助ける事が目的になってから、話が進むにつれて、だんだん「バタフライ・エフェクト」のパクリ企画っぽくなってきました。過去に戻れたらどんなことでもやり直せる、っていうのはなんかずるいなぁ、というのと、死者の声が聞こえるのとタイムスリップが都合よく起きてしまう設定にはちょっと安直さがにおいますね。主人公の女の子がもう少しかわいかったら良かったかも。

昔「VR5」というSFドラマがあって、あれもコケましたが、限りなく近いにおいがします。

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会社に昼間に用事があって、用件が済んだ後に映画でも見に行こうと思ったら、どうしても面白そうなヤツとは渋谷でも歌舞伎町でも時間が合わないので、久しぶりにレンタルで済ませよう、ということで渋谷のTSUTAYAでDVDを借りました。

いろいろと悩んで何本か借りた中で最初に見たのがこれです。評判がいいというのは聞いていたのですが、なかなか手に取る機会がなかったので、これをきっかけに全作品制覇したいかなと思っていますが、これだけでもいいのかも。

ある日いきなり6人の男女が拉致/監禁されてさまざまな仕掛けの凝らしてある立方体の部屋「キューブ」で発見されます。そこから、さまざまな脱出の努力をしていく、という、いわゆる「脱出エスケープもの」というジャンルになるんでしょうか。SFと言うかどうか微妙なところですが、ヒッチコックの「救命艇」をリメイクした「ライフポッド」がよく似た作品と言えるかも知れません。

いわゆる謎解き部分は、算術の天才少女の独壇場なので、文系人間としては割にお任せ状態になってしまい、どちらかというとどんどい心理的に追いつめられていく人間ドラマとして見るべきなのかな、という感じになっていきました。特に、警官を自認して、どんどんみんなのリーダーシップをとっていく人間の自我の崩壊の過程というのは、世の中のリーダーが多かれ少なかれ抱えている恐怖の裏写しのような気がします。キューブが生まれたいきさつを「官僚主義」に帰結させているあたり、ちょっとジョージ・オーウェンの「1984年」やギリアムの「未来世紀ブラジル」あたりの世界観を連想させます。

セットは多分かなり限定的な使い方をしてるんでしょうね。同じセットをライティングを変えたりして別の部屋に見せているだけで、そういう意味でのセット代はすごく安く上げているんでしょう。その分カメラワークはかなり自由自在、水平の感覚すら失わせてしまうような巧妙な作りです。

ただ、早く次の部屋を見つけなければ、という時間との戦いや焦りのようなものは、あまり加速する要因がないので、そういう意味での焦燥感というのはあまり出てこなかったですね。その分逆にトラップなどのイベントで追い込んでいったというか。役者のちょっとした表情で場面がどんどん変わっていく、ヨーロッパの映画を見ているような感覚でした。監督さんはカナダ人だけど名前はイタリア風なので、あまりハリウッドっぽさはなかったですね。

ちょっと残念だったのは画質。DVDで見たのに、マスターがよくないせいか、レンタルのVHSで見ているような甘い画像でした。低予算で作った映画なら、しかたないですかね。

もう一つ、面白かったのはおまけでついてきた「Elevation」という短編。同じ監督の作品なのですが、やはりエレベーターという狭い箱の中だけを使って撮影しています。役者もわずか3人で、本当の世界とどっちなの?という緊迫感あふれるパニックを生み出す事に成功しています。パニックものの王道は、既成概念を疑わせる事、なので対象が少なければ少ないほど有効なのですな。