栃木の少女の事件報道などをときどき聞いていると、「もう聞きたくない」と思う事があります。ディテールを報道する事自体がなくなった方や遺族に対する配慮を欠くのではないかと思いさえするのですが、同時に、このディテールを知ったからといって、次の犯罪を防げるのだろうか、という無力感にも似たものを感じるのです。

よくある誘拐事件や、犯罪の手口を報道するときも、あんまり詳しく伝えると、犯罪者予備軍に参考になるのではないかと冷や冷やする人間なので、そういうふうに感じるのかも知れませんが、もう一つはマスコミもそれをやれば客がつくからやる、と言う程度の認識で、わかった事はとりあえず全部伝えとけ、みたいな感覚がありはしないかと思うのです。

そんなわけで、世の中には困った犯罪が横行しているわけですが、同時にこうも思います。「本当にぼくらの時代はどんどん悪くなっているのだろうか?そうだとすればその原因は?」

犯罪を犯すような人間が人口として増えているのか、それとも昔からそういう人はいたけれど、社会全体に何らかの抑止力が働いていたために犯罪が起きづらかったのか、は一概にはいえないのではないかと思うのです。

近所で遊んでいるこどもを見る大人の目、というものが昔は今よりもはるかにたくさんあって、何かしようと思ってもそうそう手が出せなかった、ということもあるでしょうし、一日中家の縁側から外を眺めているお年寄りの数も多くはなかったか。こどもが一人で家にいる時間などあまりなかっただろうし、夜の9時過ぎまで塾に行くような事もなかったでしょう。

そんなすべての事がいまのこどもたちをより無防備で、攻撃の対象となりやすい存在にしているとしたら。ぼくらはよりよい暮らしをどうやって築いたらいいのか。新しいビジョンが求められているような気がしてなりません。

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夜中に渋谷から走って帰るコースとしての定番は、原宿から仙寿院の交差点までまっすぐおりて、外苑西通りからたらたらと四谷四丁目にいくパターンなのですが、このコースは、むかしむかし、高校生だった頃にもちょっと使った道です。よく見た景色が多いのですが、そのわりにちゃんと注目した事がなかった場所がいくつかあるのですが、その一番気になるのが、野口英世記念会館です。

いうまでもなく、これは偉人伝の定番キャラ、野口英世博士を記念したものですよね(見た事ないので自信がない)。幼い頃に手にやけどを負って、「てんぼう」とバカにされながら一生懸命研究の道に進み、黄熱病の克服に貢献したとされる人です。僕の知識はそこで終わってるのですが、たぶんいろんな資料がここに集められていると思われます。

場所は、外苑西通りをずっと上がって、千駄ケ谷を過ぎて大きなカーブを曲がりきったあたりです。夜中はもう真っ暗でなんだか分かりませんが、看板からはいくつかの情報が読み取れます。野口英世博士の資料は確かにあるようですが、この建物においてはそれはすべてではなく、貸し会議室、貸しホール業も無視できないウェイトを占めている、ということです。

…とここまで見てふと思い出しました。僕は昔このホールに来た事があります。いろんな素人の手作りバイオリンの発表会をこのホールで開いた事があり、知り合いのおじいさんが孫のために作った、というバイオリンの音を聞きに来たのでした。なんで忘れてたんだろう。

入り口から向かって左の建物はなにかな、と思ったら、会社のようなものも見えますが、玄関を見ると「野口ハウス」とあるので、マンションとして使われているのでしょうか。子孫の方も今でも済んでいるのかも知れませんね。ちょっとネーミングが普通すぎてほほ笑ましいです。

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今夜は仕事が終電後の午前1時半に赤坂で終わる、という変則的なシチュエーションだったのですが、物は試しと、自宅まで走ってみる事にしました。赤坂といっても、溜池山王の方なので、結構大通り沿いです。地下鉄の駅で3駅分プラスアルファなので、普段の渋谷からの道のりに比べると負担は軽いほうでしょう。

まず、溜池山王から赤坂見附までは、歩道の舗装がきれいで、道幅も広く、大変走りやすい道でした。一部工事も進行中でしたが、段差が少ないのはひざに優しいですな。車の絶対数は結構多いのですが、付け待ちのタクシーが多いので、赤信号でもどんどん渡れてしまいます。

赤坂見附から四谷、というのは地下鉄でもちょっと距離が長めなのですが、ここで特筆すべきは長い上り坂です。とはいえ、歩道は割に広めなので、ジョギングコースとしては結構人気らしく、深夜にもかかわらず二人ほどすれ違いました。向こうは下り坂でこっちは登りなのですが。上りきると四ツ谷駅です。

深夜になると、もう駅の周辺だけしか明かりがありません。四谷からは新宿通りをゆきます。この間は、吉野家かコンビニくらいしか開いているお店もなく、歩道の舗装もデコボコであまり走るのには適しません。道としても平坦で見るべき風景もないのであっという間に四谷三丁目に着いてしまいます。

四谷三丁目で一番みんながお買い物に行くのは丸正でしょうか。知る人ぞしるローカルの星、というのも言い過ぎでしょうか。そして、もう一つ近所でちょっとハイカラな買い物をしたいと思うと、24時間営業のスーパー「セイフー」があります。

ここは、いまははっきりダイエー系列になってしまったようですが、昔は違ったかも知れません。ちょっと見た目は普通の八百屋さんみたいなのですが、奥に行くとお酒もあり、ちょっとしゃれた海外のお菓子などもあり、ちょっとした輸入雑貨屋さんの様相を呈しています。こどものころなどは、外国製のパズルや何かがずいぶん立派に見えたものです。空調のにおいも若干高級だったような。
四谷三丁目からは細い道を通って靖国通りまで下ってゆきますが、靖国通りを目前にして、ちょっとした階段があります。

名付けて「暗坂」あるいは「暗闇坂」と呼ばれる坂道だったらしく、江戸時代あたりからの呼び名だそうです。以前はこの辺が樹木が茂っていて暗かったのだそうです。いまやこの界隈では一番明るい場所かも知れません。余談ですが、こどものころは、自宅から四谷方面に行くのに必ずこの階段を使っていたので、これが本物の「四谷階段」だ、と信じていました。文字まで間違って覚えるなんて。

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今日はなんと丸一日メシを食いそびれてしまいました。会議やら打ち合わせやらが人と違うリズムで次々に入ってきたためなんですが、さすがに夜になるとぐったりです。で、夜12時ごろに渋谷を出て、今日も走って帰ります。ここまでくるとなんか自虐的ですが。

さすがに途中でどこか食べるところはないか、探しながらなのですが、原宿駅を通って、外苑西通りへ向かっている途中、明治通りを越えて千駄ケ谷小学校の脇の坂を下りきったところに、一件気になる店を見つけました。

Pine's Dinerというのがお店の名前でしょうか。あんまり気取ったお店にも見えず、アメリカの田舎にありがちなパブみたいな雰囲気もあります。表のメニューを見てみると、普通に食べるものもありそうなので、入ってみる事にしました。

早速メニューを見ると、やはりアメリカンな感じのピラフやらハンバーガーやらが並んでいます。一日分と思って、ダブルバーガーとコーヒーを。

10分ほどして出てきたのは、マックなどのファーストフードとは次元の違う本格的なハンバーガーでした。写真を撮りたかったのですが、ちょうど電話がかかってきてしまって撮りわすれたので、また今度。肉のパテも噛みごたえがあり、新鮮なタマネギとトマトもジューシー。付け合わせのポテトも揚げたてで、やや塩辛いのを除けばいうことなしでした。お替わり自由のコーヒーもポイント高し。

どうも1時半にラストオーダーらしかったので、2時閉店でしょうか。いずれ他のメニューについても報告したいと思います。
今日は母親の誕生日だったりして、家族みんなあつまりました。丸い数字だったので、兄と妹夫婦もあつまり、結構にぎやかに。妹のこどもなぞはたまに相手してくれる遊び相手がいるとすごくじゃれついてくるので、普段会わない分いろいろと遊んでやりました。

食事は新宿にあるレストランだったんですが、シェフのお勧め肉料理を頼んだら、ヒレステーキがかなりちっちゃかったのでキレそうになりました。そのかわりに、子供たちや老人が残したパンやらご飯やらをたらふく食べて、炭水化物ぶくれしました。

実家にみんなでかえってまったりしていると、5歳のぼうずが人が読みかけの本をふざけて隠すんですが、帰り際に返してもらおうと思って隠し場所を聞いたら、「忘れた」とぬかしおるんです。それで一家全員で家中を探し回るハメに。ふざけるのは構わないんですけど、こどもはこういうところが困ります。

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初期コロンボのシリーズから。岡嶋二人を読了した晩に、たまたま二人組の作家ものの殺人事件を見るというのも何かの縁でしょうか。

原題は、「Murder by the book」ということで、直訳してしまうと本による殺人、という味も素っ気もない内容なんですが、このby the book というフレーズには「マニュアル通りに」「四角四面に」みたいな意味もあるので、そう考えると、ちょっと深みがあるでしょう。

犯人のケン・フランクリンは要するに「素人」なんですね。前2作「殺人処方箋」「死者の身代金」を見た後に、この犯人(ジャック・キャシディ)のコロンボに対するナメぶりを見ているとまたそれを痛感してしまいます。自分がミステリー作家だから、この位のエサをばらまいておけば、警察も喜んで飛びつくだろう、とかタカをくくっているのがありありと見えるのです。直前の奥さんへの電話の仕方といい、田舎のおばさんにゆすられてしまうようなへまをしでかす様子といい、プロットはともかく、やることなすことすべて「素人」なんですが、その素人ぶりに自覚がない、そこらへんのダメダメさがそれっぽい、というのは意地悪な見方でしょうか。

これが本格的なテレビシリーズの第1作で、しかも監督は新鋭のスティーブン・スピルバーグ。タイプライターの音の使い方とかは面白いと思ったのですが、それほどの面白い演出でもありませんでした。

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「クラインの壺」が代表作といえると思いますがこの岡嶋二人という作家、もうこの世にはいません。亡くなったわけではなくて、もともとは二人の作家さんのコンビとして活躍していた珍しいタイプだったのですが、袂を別った、ということのようです。細かいいきさつなどは知りませんが、詳しい本などもあるようですね。

で、この「99%の誘拐」は、二人の脂の乗り切った時期の作品と言えると思います。

冒頭は、日本で小さな電子産業を立ち上げた社長が、その会社の正念場ともいえる時期に巻き込まれた、息子の誘拐事件に始まります。しかもその社長はこの事件の身代金を失うことですべてを失い、失意のうちに死の病の床で回想録をつづっている、という鬼気迫るシチュエーションなので一気に引き込まれました。そして、身代金を渡すためのさまざまな段取りなどのスキのない攻防が緻密に描かれ、その身代金の行方とともに、不可解な結末を迎えます。

そして、当時誘拐された立場の息子が成人した頃に、その身代金が意外な形で見つかったことから、あらたな謎と、もう一つの誘拐事件が動き出します。

ある意味、倒叙形式で書かれている犯罪なので、読み進めば犯人は分かってしまうのですが、そういう謎解きとは別な次元での伏線や、心理的な攻防戦が描かれ、興味はつきません。ある時期の高村薫の犯罪小説に近いテイストの、人間の業というものを感じさせるプロットで、しかも犯罪のプロセスに用いられているツールがきわめてハイテク装備されているのがこの小説の若さ、勢いのようなものになっていると思います。

今ではすでに携帯電話やワイヤレス通信の普及によって陳腐化してしまった手法もあるのですが、1988年の作品としては、もう信じられないほど緻密に構成され、練られた手口の見事な犯罪といえるでしょう。自分が捜査する立場でもこれは見抜けないなぁ、なんて思ってしまいました。

最後の結末は、どう受け取るか人により違うと思います。やや甘ったるいと思う人もいるかも知れないし、もう一つどんでん返しが欲しかった、という個人的な欲求もあるのですが、この小説の醍醐味は、そういう結論部分にばかりあるものでもないなぁ、と思いました。

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友人から面白いと聞いたのでDVDで買って見ました。

売り文句が「映画史上もっとも切ないハッピー・エンディング」みたいなことを書いてあったのですが、映画史上初かはともかく、ああこういうことなのか、というのは納得しました。

断続的な記憶喪失を患う少年、エヴァンが、自らの少年期のトラウマと向き合って真実を知ってゆくのが前段、そして、自分の日記を使って過去の記憶を意図的に改ざんする方法を発見していろんなことをトライしてゆく、というのが後半です。

端的に言うと、「恋はデジャ・ブ」と「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズの設定を使って、切ないラブストーリーを作った、という感じですか。一番の見どころは、じつは子役さんだったりしますかね。異なる時代の同じ人物をこれほど集めて、それぞれのいろんな過去・未来を緊密に結びつけながら演技させるのはそうとう大変だったと思います。

解釈はいろいろできて、最初からこの主人公は精神を病んでいてバーチャルなトリップを繰り返しているだけだ、という観点もあると思いますがそれでは多分面白くはないのでしょう。

ただ、BTTFシリーズでも感じたことなのですが、最終的にどの未来/現在を選び取るか、という選択肢が主人公に任されているときに、自分(彼女)にとって最善なものを選ぶ権利が当然ある、というモラルはやはり非常にアメリカ的だと思いました。

たとえば、エヴァンが車いすで両手を失ったVer.の未来でも受け入れることはできたはずなのに、それでは我慢できない、というのはどういうことか。

それでも苦しい恋愛を経験していると、こういうものはちょっと締めつけられますな。自分では相手を幸せにできない、と悟ったときにどういう態度をとるべきか、これが唯一の正解ではないかも知れませんが、誰もが一度は模索するんじゃないでしょうか。

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歌舞伎町での前夜祭オールナイトを見ました。

他にはあまりオールナイトで魅力あるのをやってなかったんですよ。で、これなら、予告編でさんざん見てたんですが、それでも2大スター共演で、そんなに安い予算でやってる感じもないし、まあそんなにひどい出来ではないだろうと踏んだんです。

踏んだんですがね。

これから見る人がほとんどでしょうから、ここから先はややネタバレと思ってください。

僕からのアドバイスとしては、「予告編はなんとなく面白そうだったから、それ以上のことを期待して」行こうと思っている人は、まあ、見るのをやめてもいいかな、という感じです。

まあ、予告編がすべて、ということなんです。ある程度いままで映画を見てきた人ならば、プロットもほとんど読めてしまう上、エンディングがサイテーです。

冒頭は、とあるインタビューというか面接のシーンからはじまり、ある意味で予想を裏切られて、ちょっと期待が高まったのですが、その後、基本的な設定を売るところまでで、映画としての命は尽きていました。夫婦の緊張感あふれる夕食のシーンはよかったのですが、そのあと中盤は自宅でのだらだらした夫婦げんかが続きます。まあ、この世でもっとも物騒な夫婦げんかではあるのですが。なんでいつまでも自宅にこだわってるんだろうか、というのが全く分からない。

あと、映画としてのキャラクターの描き方は、途中からはっきりアンジェリーナ・ジョリーの心情から描いている感じはしました。かっこいいブラピを見たい人には残念な話ですが、殺し屋としての格はMrs.スミスの方がだいぶ上です。それゆえに生じる2人の関係はややおかしみもあるのですが、徹底しきれていないかな。

最後の真相がわかる部分は「なんじゃそれ」というようなものです。

2人が熱愛中、というような噂もありますが、多分この映画のできが悪いので話題作りに躍起になっているんじゃないでしょうか。そうでなければトム・クルーズとニコール・キッドマン以来のハリウッドバカップルの誕生なんでしょうかね。デビューのころは「レッドフォード」の再来などとうたわれたブラピですが、ちょっと頭脳ではだいぶ見劣りします。
今日は夜が遅くなったこともあるのですがまだ電車があった時間ではあるのですが、渋谷から新宿までを走りました。普段なら原宿経由で四谷方面に出るのですが、今夜は寄り道をしたので、まっすぐ新都心新宿方面へ。一度明治通りに出る、という方法もあるのですが、井の頭通りからまっすぐ北上、オリンピック青少年センター(名称正確でしたっけ?)を経由して北参道までほぼノンストップで。このあたりはゆるやかな上り坂になっているのですが、それほどきつくもないのでチンタラジョギングにはそこそこの負荷です。ただ、慣れないと足下はずっと暗いままなので、いまは特にイチョウの葉っぱなどが散っていてやや不安でもありますな。ただ、ときどきジョギングしている人を夜でも見かけるところを見ると、近所の人にはジョギングコースとしては有名なのかも知れません。たしかに歩道のアスファルトは比較的平坦で、あまりあちこちを掘り返したりしていません。足首には優しいコースかも。

そこからはたらたらと新宿駅周辺の人ごみを行き、歌舞伎町まであるきました。目的はとある映画の前夜オールナイトだったのですが、そのお話は別項で。