新・ユートピア数歩手前からの便り -101ページ目

「されど仲よき」の研究・覚書(2)

「されど仲よき」は西田哲学で言う「絶対矛盾的自己同一」に他ならない。すなわち、絶対に相容れないもの同士の和解だ。例えば、

「君はライオン、我はシマウマ也。されど仲よき」

「君は警官、我は犯罪者也。されど仲よき」

「君は資本家、我は労働者也。されど仲よき」

しかし、こんなことが現実にあり得るだろうか。ある道理がない!

では、次のような例はどうか。

「君はカソリック、我はプロテスタント也。されど仲よき」

「君はシーア派、我はスンニ派也。されど仲よき」

「君はノースコリアン、我はサウスコリアン也。されど仲よき」

こうした君と我の対立はどんなに激しくても元は同一なので絶対的な対立とは言えない。勿論、和解は極めて困難だが全く不可能ではないような気がする。もしそこに一縷の望みがあるならば、「されど仲よき」は君と我の相対的な対立においてのみ有効だということになる。「君は村内、我は村外也。されど仲よき」もまた然り。しかし祝祭共働態は相対的対立者の和解以上のものだと想定される。

 

「されど仲よき」の研究・覚書

もしかしたら「君は君、我は我也」の時点で立ち止まるべきなのかもしれない。言い換えれば、「君は君、我は我也」という個人主義の世界で完結できれば、それに越したことはないのだ。しかし、君と我が没交渉でいるよりも、君と我が協力した方が効率的だし生産性も上がり、結果的に君と我の双方にとって得になる場合もある。また君と我が協力しなければできないこともある。ただし、このようにして「されど仲よき」が要請されたとしても、アクセントはあくまでも「君は君、我は我也」にあるだろう。すなわち、「君は君、我は我也」の世界がより円滑に機能する限りにおいてのみ「されど仲よき」が要請されるのだ。逆に言えば、「されど仲よき」が君にとっても我にとっても非生産的で意味のないものであるならば、「君は君、我は我也」を踏み越えていく必然性などはない。だとすれば、「君は君、我は我也」はそれ自体で一つのパラダイス足り得るのであり、「されど仲よき」は畢竟二次的なものにすぎない。むしろ「されど仲よき」にアクセントがおかれると、世界は全体主義的に歪む危険性を帯びてくる。従って、触らぬ神に祟りなし、「君は君、我は我也」の世界に可能な限り留まり、必要に応じて「されど仲よき」の世界に足を踏み入れるのが賢明な生き方になる。しかし祝祭共働態はこうした賢明な生き方に真向から対立する。

 

聖地としての新しき村の粉砕(10)

聖地は水平の次元に属しますが、私はそれを否定するつもりなどありません。むしろ聖地は人間の実存にとって必要不可欠な場であり、それなくして我々の生の充実はあり得ないとさえ思っています。だからこそ私は今でも毛呂山の村を懐かしく思うのですが、そうした言わば「こころのふるさと」は「遠きにありて思ふものそして悲しく歌ふもの」にすぎず、「よしやうらぶれて異土の乞食となるとても帰るところにあるまじや」なのです。おそらく、ここに論点の一つがあると思われます。つまり、今の村内とそのシンパの人たちは村に「こころのふるさと」を見出しているのに対して、私は自らのノスタルジアも含めてそれを粉砕しようとしている、ということです。しかし、そこには微妙な差異があって誤解もやむを得ない面もありますが、私が粉砕せんとしているのはあくまでも「聖地としての新しき村」であって人々の「こころのふるさと」としての聖地そのものではないのです。端的に「新しき村は聖地であってはならない」と言ってもいいでしょう。それは一体何故か。

聖地は我々の「こころのふるさと」であると同時に、様々な苦悩が渦巻く俗なる現実社会から隔絶した「やすらぎの郷」としても機能します。そのような場がこの世界に必要不可欠であることは既に述べた通りですが、理想社会の実現を目指す運動体としての「新しき村」は聖地として美しき生活を営むのではなく、むしろ俗世間の醜悪な生活に深く切り込んでいくものでなければなりません。勿論、それは世俗化された現実を無批判に容認するものではなく、究極的にはその聖化を求めるものです。ただし、やや逆説的な言い方になりますが、私の求める聖化は聖地のディコンストラクションを通じて実現するものであり、聖なるものが俗なるものに受肉していく運動に他なりません。従って「新しき村」の運動も聖地として閉塞するのではなく、逆に俗なる現実と深く関係することで「新しき現実」を切り拓いていくべきなのです。と言うのも、聖地とは聖なるものの実定化の一つに他ならず、常に堕落の危険性を胚胎しているからです。ちなみに伊勢神宮の式年遷宮などは、そうした危険性を最小限に抑えるための古代人の知恵だと考えられます。しかし、それは聖地としての純粋性を維持するための方策であり、「新しき村」の理想とは質的に全く異なります。その意味において、「新しき村」は神聖な伊勢神宮よりも猥雑な歌舞伎町に近い関係態になるべきだと私は考えています。

何れにせよ、「新しき村」は創立百年を機に大きく変貌しなければなりません。具体的には、これまでの毛呂山の村を中心とした「実体の村」から村外会員を中心とした「関係態の村」への転換です。尤も、それはもはや「実体の村」など必要ないということではなく、「関係態の村」にもその拠点となる「実体の村」が不可欠です。重要なことは従来の村内中心の体制からの転換、すなわち「村内が主で村外は従であり、後者は前者の支援に徹すべし!」というような主従関係の粉砕なのです。そもそも「新しき村」の同志を村内と村外に区別すること自体が間違っています。聖地には内と外がつきものですが、聖なるものと俗なるもののcoincidentia oppositorum     を理想とする「新しき村」では内も外もその実体的な意味が失われるからです。ヘーゲルは「真なるものは、それに与れば誰しも酩酊してしまうバッカスの陶酔のようなものだ」と述べていますが、祝祭共働態の真理もまたそのようなものとして理解できるでしょう。その危険な一線を踏み越えるか否かは別として。

 

聖地としての新しき村の粉砕(9)

「人間万歳」とか「仲よき事は美しき哉」という実篤の言葉は現代人、殊にインテリの皆さんにはかなり陳腐なものであり、そのノーテンキな楽観主義は嘲笑の的にさえなっています。中でも「君は君、我は我也。されど仲よき」などという言葉に至っては「そんなこと、あり得ない!」の一言のもとに切り捨てられます。しかし、そうしたリアリストは往々にして「君は君、我は我也」の時点で単に思考停止(もしくは思考放棄)に陥っているにすぎないのではないでしょうか。それに対して我々の問題中の問題は「君は君、我は我也」と「されど仲よき」の間にこそ生じるのであり、「されど仲よき」の遥か手前で実篤を嗤っていられる人たちの方がより楽観的だと言うこともできます。勿論、「されど仲よき」は極めて実現困難な理想であり、新しき村においてそれが実現されているなどとは到底言えません。むしろ、村は意見の異なる君と我が真摯な対立関係に突入するのを常に避けてきたのであり、「されど」なしの仲よき状態でお茶を濁してきたというのが実情です。だからこそ百年も存続してこられたのだという皮肉も強ち否定はできませんが、新しき村の理想の核には一貫して「されど仲よき」があったこともまた事実なのです。では、「君は君、我は我也」という現実から「されど仲よき」という理想には如何にして辿り着くことができるのか。

先述したように、当面我々の為すべきことはこれまで村が避けてきた真摯な対立関係に敢えて突入することだと私は考えています。これは決して徒に争いを煽ることではなく、あくまでも「されど仲よき」という理想を生み出すためには不可欠かつ必至の段階なのです。その意味において、対立関係それ自体が「されど」だと言ってもいいでしょう。そして、このような観点から新しき村の百年を振り返ってみると、当然注目されるべきは創立当初からの農業現実派と芸術理想派の対立関係です。かなり大雑把に言えば、村を実効支配するに至ったのは結局前者であり、後者は怠け者として村外に駆逐されました。その結果、現実の村は今や「理想なき聖地」と化しているわけですが、問題は芸術理想派が農業現実派を逆襲して失地回復すれば事足りるというような単純なものではありません。鄙見によれば、農業現実派の原点には保守があり、それに対する芸術理想派の原点には革新があります。従って、我々が今後真摯に直面すべき対立関係は村内と村外という如き低次元に見出されるのではなく、保守と革新にこそ見出されるべきなのです。失礼を承知で言えば、村内とそのシンパの勢力など真摯に対立するに値しないものであり、放っておいてもやがて自然に消滅するでしょう。真の問題はもっと遠くにあるのです。そもそも私はもはや「新しき村」を村内と村外という下らない区別で考えてはおらず、「人間にとっての理想社会とは何か」という問いを巡る大きな関係態として理解しています。そして、それは結局のところ保守と革新、すなわち「保守的な理想社会」か「革新的な理想社会」かという対立関係に極まると思われます。つまり、「新しき村」を保守の牙城にせんとする人たち革新の拠点にせんとする人たちの来るべき対立です。言うまでもなく、私自身は基本的に後者に属する人間ですが、その危険性を十分承知しているつもりですし、前者の可能性も無視できないと思っています。私にとって「新しき村」という関係態は古きものと新しきもの、あるいは古代の理想と近代の理想がぶつかり合う場であり、現代に生きる人間としては「近代の超克」こそが切実に求められているからです。

 

聖地としての新しき村の粉砕(8)

創立百一年目を迎えた今の新しき村には致命的な対立があります。繰り返し述べているように、村内の現状を支持する人たちとその根源的な変革を求める人たちの対立です。しかし厳密に言えば、それは対立とは言えぬ(対立以前の)実に奇妙な軋轢です。少なくとも私自身はかつて一度も村内に敵対したことなどなく、むしろ村内の人々とその生活には今でも愛着があります。残念ながら村内の人々は遂に私を同志とは認めてくれなかったようですが、私は常に「新しき村の理想を実現する同志」として接しているつもりです。だからこそ、村の現状に対する根源的な問題提起を性懲りもなく続けているのです。と言うのも、村の素朴な生活に愛着を抱きながらも、その現状は決して村本来の生活ではないと思っているからです。それを「村への敵対」と見做されるのは全く心外ですが、村内の人々も決して「現状のままでいい」などとは思っていない筈です。それにも拘わらず、創立百年を機に再び盛り上がっている村変革の提案に対して「何もしてくれるな。自分たちはこれまで通り平穏に暮らしていたいんだ」と思っているのが村内の本心(総意)であるならば、それはもはや「新しき村の精神」とは無縁だと言わざるを得ません。尤も、村内の人々も単なる自己保身のために静かな生活を望むほど堕落してはいないと思われるので、問題は「平穏無事な生活」と「新しき村の精神」の関係、すなわち保守と革新の関係に収斂します。実際、村内には「自分たちの農業生活こそ新しき村の生活だ」という自負があり、それを支持するシンパの人たちもいます。鄙見によれば、そうした自負とシンパが村を聖地に祀り上げ、如何なる変革も容認しない保守的雰囲気を醸し出していると思われます。ただし、こうしたことは全て私の忖度によるものであり、村内の人々が何を考えて変革に難色を示しているのか、本当のところは何も明らかではありません。先に「対立とは言えぬ(対立以前の)実に奇妙な軋轢」と述べた所以です。率直に言って、そこに対立関係があれば何らかの前進も望めますが、自己主張は野暮だとばかりに何も語らず、アンタッチャブルの聖地に引きこもる村内との折衝は正に「暖簾に腕押し」「豆腐に鎹」です。それ故、敢えて村内との対立点を忖度したわけですが、私には変革を拒絶するイデオロギーとしては保守しか思いつきません。もしかしたら村内には確固たる保守の信念など皆無かもしれませんが、それならそれで村内からの偽らざる本音が聞きたいものです。まさか「何もしてくれるな!」が村内の本音だとは信じたくもありませんが、今何もしなければ早晩「平穏無事な生活」さえ不可能になるのは明白である以上、それは言わば延命治療の拒否、すなわち既に新しき村の消滅を見越した上での安楽死を望むものでしかないでしょう。「新しき村の使命は終わった。今後は村が世界遺産に登録されることを望む」などという愚かな声も耳に届きますが、それが本音なら、もはや対立する価値さえないと思います。我々の求める新しき村の運動は単なる延命治療でもなければ、ましてや安楽死を望むものでは断じてないからです。

 

補足:永遠の微調整と夜明け前(3)

古い革袋をどんなに微調整しても、それは新しい革袋にはなりません。古い革袋と新しい革袋との間には質的断絶があり、そこに保守の限界もあるように思われます。とは言え、新しいものが必ずしも良いとは限りません。永年使い慣れた愛用品のように古くても良い、と言うより古い方が良い場合もあります。勿論、使い切ったもの、あるいは性能が劣化したものは新品に取り替えるしかないでしょう。しかし、決して古くならないもの、すなわち水平的な時間の流れの中でも基本的に変わらないものはあります。それが伝統ですが、基本的に不変だとは言え、時代の変遷に応じた微調整が必要になるのは当然です。おそらく、そこに保守の真骨頂があると思われますが、その限界との相剋こそが永遠の課題です。例えば、伝統的な身分制度、更に言えばその核である主従関係の問題です。ここで「人間不平等起源論」にまで深入りするのは自重しますが、単純に身分制度の起源に「主人と奴隷の関係」を見出すとしても、それは歴史の「永遠の微調整」を通じて社会を円滑に機能させるための伝統に「発展」したと理解することができます。事実、現代の象徴天皇制は古代の天皇制を核として不断の微調整を経て「発展」し、今や殆どの日本人に支持されています。そこには如何なる強制もなく、皆それぞれの自由意志で天皇制の伝統を受け容れているように見受けられます。実に平和で安定した社会に他なりません。逆に天皇制の廃止を含む世界の一新は人々の生活を不安定にし、徒に混乱させるだけでしょう。ここにパラダイスの一つの型があるのは明白ですが、我々はパラダイスを超えて更にユートピアを求めるべきでしょうか。この問いを以て道は保守と革新の二つに分かれますが、あくまでも「人間の究極的な理想」に固執するならば、我々は危険を承知で敢えて保守のパラダイスを脱構築しなければなりません。果たして、それは理想の夜明け前なのか、それとも破滅へ序奏なのか。

 

補足:永遠の微調整と夜明け前(2)

古来より大言壮語する人に碌な奴はいません。誠実な人間は徒党を組むことなく、緩やかな連帯を築きながら目の前の諸問題の「永遠の微調整」に努めていくものと思われます。それが現実に社会を良くしていく道であり、急進的に世界を一新せんとする道は徒に社会を混乱させるだけなのかもしれません。しかしながら、私はそうした緩やかな改革の意義を認めながらも、やはり世界を一新する革命への思いも棄てきれないのです。例えば、「主人と奴隷の弁証法」に即して言えば、非道な主人による過酷な奴隷支配に対する戦いは当然だとしても、主人と奴隷の関係それ自体の一新はどうか。繰り返し述べているように、主人を打倒する奴隷が新たな主人になる運命の下では世界の一新など到底あり得ません。明治維新とは言うものの、それは本当に維新だったのか。少なくとも、それは青山半蔵が待ち望んだ維新ではありませんでした。その後、大正維新、昭和維新、平成維新、と常に維新が待望されているわけですが、それはどうも世界の一新とは違うような気がしています。維新と一新は質的に異なるのです。私にとって、世に言う維新は新たな主人(理想的な主人)の摸索でしかありません。そして主人なき世界への一新など殆ど誰も求めていないのが現状です。確かに善き主人の下での幸福ほど盤石なものはないでしょう。その主従関係はもはや「主人と奴隷の関係」ではなくなり、人々は愛すべき主人のために生きることで自らの生を充実させることさえできます。しかし、それは言わば大審問官の論理に屈伏した幸福であり、真の自他共生に基く幸福ではありません。尤も、「真の自他共生」とか「真の幸福」という発想がやがて大言壮語を生み出す可能性は否定できないものの、主従関係の「永遠の微調整」では辿り着けない何かがあるのは事実です。その何かを「人間の究極的な理想」とすれば、主人の下での幸福者は未だその夜明け前に生きていると私は思っています。

 

補足:永遠の微調整と夜明け前

「保守」を重視する政治学者・中島岳志氏は「永遠の微調整」ということを言われます。それは前回述べた「世界を一新する大革命」に対する不信感及び反省から生み出された政治的な知恵のようですが、深く共感される人も少なくないでしょう。と言うのも、アンシャン・レジームを一新するフランス革命にせよ、ブルジョア階級の一掃を求めるロシア革命にせよ、その反動が恐怖政治をもたらす結果になったのは明白だからです。実際、抑圧者の打倒が新たな抑圧者を生み出していくのは人間の歴史の運命だと言ってもいいでしょう。我々日本人にとっての明治維新もまた然り。昨年の大河ドラマ「西郷どん」でも描かれていたように、腐敗した徳川幕府の打倒に燃える若者たちの情熱は実に劇的ですが、それによって実現された新政府もまた腐敗を免れ得ないのです。こんなことなら大きな犠牲を払ってまで維新などする必要はなく、むしろ徳川幕府の微調整で事態の改善を図った方が良かったのではないか――そう思うのは当然です。そもそも神ならぬ人間がそんなに立派な存在である筈はなく、神が創造したこの世界を自分たちの意志で一新させようなどと試みること自体全く分を過ぎた越権行為だとも考えられます。勿論、目の前に抑圧状況があるのに黙って見過ごすことなどできません。しかし人間にできることはせいぜい抑圧状況の更なる悪化を止める微調整にすぎないのではないか。言い換えれば、抑圧状況をこの世界から根絶せんとする大革命は結局のところ新たな抑圧状況を生み出すだけではないか。もしそうなら、我々は「世界を一新する大革命」ではなく、むしろ「少しでも良い世界への永遠の微調整」をこそ決断すべきでしょう。おそらく、こうした節度ある決断は結果的に多くの人々をきっと幸福にするに違いありません。しかし、それが我々の究極的に求めているものなのでしょうか。維新は本当に必要ないのか。

 

聖地としての新しき村の粉砕(7)

この便りは殆ど誰にも読まれていないので炎上する恐れもなく、私は自由に思耕していますが、かなり危険なことを書いているという自覚はあります。と言うのも、宗教性を胚胎する運動はファシズムに限りなく接近していくからです。アイザイア・バーリンなども、人類を永遠に幸福にする究極的な調和を実現せんとする最終的解決の可能性は極めて危険な幻想であることを繰り返し強調しています。実際、この世界に戦争などの悲惨をもたらすのは神の言を託された者(預言者)の「理想の追求」に他なりません。バーリンによれば、「唯一絶対の真理(理想)」を求める者には往々にしてその実現のためなら如何なる犠牲をも厭わないという信念が認められます。それはレーニン、トロツキー、毛沢東、ポル・ポトの信念でもあったとバーリンは述べていますが、その列挙に加えられるべきカリスマ的理想主義者は枚挙に遑がないでしょう。最終解脱者・麻原彰晃もその典型ですが、オウム真理教に見られるような危険性は決して過去のものではなく、常にボーっと生きている善良なる市民を狙っていると思われます。従って、「真理に目覚めよ!」とか「この穢れた世界は真理によって一新されねばならない!」などという叫び声が聞こえてきたら、我々は眉に唾を付けて冷静にならなければなりません。では、「新しき村」の理想追求はどうか。

「新しき村」の運動が宗教性を胚胎するという私の理解が正しければ、その理想追求に危険性が伴うことは避けられません。しかし、その宗教性は「唯一絶対の真理(理想)」を核とする実定的なものではなく、むしろそのディコンストラクションを要請するものなのです。ちなみに、かつてアメリカで「絶対的なもののディコンストラクション」をテーマにPh.D論文を書いた時、その口頭試問の席で「君にとって、結局、真理とは何か」と問われたのですが、私は「scattered mirror」と答えました。つまり、「砕け散った鏡」の破片一つ一つに真理がある、ということです。「聖地としての新しき村の粉砕」も同様に理解して戴ければ幸いです。ただし、再びバーリンに倣って言えば、かかる「新しき村」は言わば多元主義の理想ですが、断じて相対主義に陥ってはなりません。これは実に複雑で厄介な問題ですが、「君は君、我は我也」と「されど仲良き」の間には無限の深淵があるのです。

 

聖地としての新しき村の粉砕(6)

「新しき村」は宗教か。言うまでもなく、それは宗教をどう理解するかによります。宗教を実定的に理解する一般的な意味では、「新しき村」は断じて宗教であってはなりません。もし宗教として理解されるならば、実篤は教祖と化し、その教えを中心とする村は穢れた世俗的社会と隔絶した聖地になるでしょう。尤も、その入口に「この門に入るものは自己と他者の生命を尊重しなければならない」という門柱が立つ村には俗人を峻拒する宗教的雰囲気が漂っているのは事実です。ちなみにこの門柱についてはかねてより「新しき村らしくない」という批判があり、或る村外会員などは「実篤先生は決してそんなことは書いていない!」と強く言い張った程です。残念ながら、それが実篤の言葉であることに間違いはありませんが、おそらく文脈が異なると思われます。つまり、実篤としては単に「新しき村」の運動に入る者の覚悟を記したにすぎないのですが、それを門柱に記して立てると図らずも結界としての意味が強調される結果になるのです。これは明らかに実篤の本意ではなく、生前にかかる門柱を立てる計画に接していたら難色を示したに違いありません。尤も、私は実篤研究家ではないので確かなことは言えませんが、実篤自身、自らが教祖に祭り上げられ、「新しき村」が一つの宗教と化してしまうことをかなり警戒していたように見受けられます。少なくとも私は殺仏殺祖こそ「新しき村」の核となる精神でなければならぬと思っています。

しかしながら、では「新しき村」は宗教とは全く無縁の運動かと言えば、それも違うと思います。或る村内シンパの人はもはや村の改革など不必要だという自説の理由として「新しき村の使命はすでに果たされている」と言いますが、本当にそうでしょうか。彼の論拠は大略「百年前に比べれば社会保険制度が整備され、労働基準法も施行されて、一般的には過酷な労働に追いまくられることは少なくなり、多くの人にとって自己を生かすことのできる余裕のある社会になった。これこそ百年前に新しき村が目指した社会ではないか」というものです。勿論、彼も現実社会を手放しで全肯定できるほど楽観的(ノーテンキ)ではなく、十分な医療や年金が受けられなくて困っている人々、またブラック企業等の過酷な労働環境に苦しんでいる人々が現実に存在していることは認めています。しかし、それは言わば枝葉末節の微調整の問題にすぎず、大元の問題、すなわち真面目に労働する善良なる市民が総じて豊かに暮らせる社会の実現は曲がりなりにも果たされている、ということです。更に言えば、格差の発生は資本主義の必要悪に他ならず、それはノブレス・オブリージュや善良なる市民の社会的責任によって或る程度調整可能であり、既存社会をラディカルに一新する必要などはないという現状認識をもたらします。言うまでもなく、私の理解する「新しき村の使命」はこれとは真向から対立しますが、「もはや徹底した大改革など必要なし!」という中途半端な現状認識もさることながら、この村内シンパの言う「新しき村の使命」の致命的な問題は畢竟それが水平の次元の改革に終始している点にこそあるのです。もはや誤解はないと思いますが、それは貧困や格差といった水平の次元に山積する諸問題は二次的だということではなく、むしろそれらをラディカルに大改革するためには垂直の次元の突入が不可欠だということに他なりません。逆に言えば、垂直の次元の突入なくして現実社会の徹底した変革はあり得ないのです。正にこの意味においてこそ、そしてこの意味においてのみ、「新しき村」の運動は宗教性を胚胎すると私は考えています。