新・ユートピア数歩手前からの便り -100ページ目

「されど仲よき」の研究・覚書(10)

住井すゑの名作「橋のない川」に被差別部落の小森の人たちが自分たち独自の共同浴場を建設すべきか否かで議論を戦わせる場面がある。近隣に立派な銭湯があるものの、そこでは「エッタと同じ湯に入れるか!」というような不当な差別を受けるからだ。確かに小森に自分たちだけの共同浴場ができれば、誰に遠慮することなく自由に入浴できるので、それを歓迎する声が主流となる。しかし、少数ながら強く反対する人たちもいる。彼らによれば、小森独自の共同浴場をつくることは、不当な差別を自ら認め、それから逃避することに他ならない。入浴したければ堂々と近くの銭湯に行けばいいのであって、自分たちを自ら隔離するような新たな浴場など必要ない、と主張するのだ。言うまでもなく、論理としては反対派が正しい。しかし、現実にはどうか。いくら自分たちに正義があっても、既存の銭湯に行けば嫌な思いをさせられるのが現実であり、争いも絶えないだろう。それなら自分たちが自由に使える新しい共同浴場をつくった方が現実的な幸福につながるのではないか。実際、そのように考える人たちが結局は大勢を占めて、小森には独自の共同浴場が建設された。

さて、ここで思い出されるのは、1950年代半ばに始まるアメリカの公民権運動だ。周知のように、それは一人の黒人女性が公営バスにおける人種分離に抵抗したことから始まった。勿論、彼女の行動は正しかったのであり、当時の人種分離法の方が間違っていた。しかし、視点を変えれば、人種分離は人種差別を避けるための現実的な方策(「分離すれども平等」)だったと考えることもできる。すなわち、異なる人種が出会わなければ争いも生じないのであり、例えば白人は白人のパラダイスを、黒人は黒人独自のパラダイスをそれぞれ目指せば共に幸福になれるのだ。しかし、本当にそうか。たといそれが現実的な幸福を双方にもたらすとしても、分離もしくは隔離による幸福が人間の究極的な理想とは程遠いものであることは明らかだ。少なくとも、そこには「されど仲よき」の理想などあり得ない。おそらく、分離の幸福を突き詰めていけば、最終的には個人主義の幸福に行き着くだろう。自分たちの共同浴場よりも自分だけの浴場の方が快適だからだ。ここに至って我々は、あくまでも人間としての理想を追求するか、それとも私個人の分離した幸福の現実に安住せんとするか、という「あれか、これか」の決断を迫られる。

黒人と黒人、白人と白人、そして日本人と日本人というような同一性の間に「仲良き」関係が構築されるのは当然だとされる。しかし他方、男性と女性、もしくはN極とS極のような異性間にこそ「仲良き」関係が成立するのが自然だとも考えられる。後者の場合には、同性愛はむしろ不自然(異常)だと見做されるだろう。このように考えてくると、もはや「何が当然で何が不自然か」などということはどうでもよくなってくる。好きなものは好きだし、嫌いなものは嫌いなのだ。納豆が好きな人もいれば、嫌いな人もいる。もし納豆好きが「納豆王国」を建設して、納豆嫌いにも納豆を強要するならば(たといその強要が「納豆嫌いにも納豆の美味しさを知って欲しい」という善意に基づくものであったとしても)、それは明らかに「人間の理想」に反するものだ。「納豆王国」は納豆好きにとっては理想かもしれないが、納豆嫌いには地獄でしかないからだ。「人間の理想」は普遍的でなければならない。とは言え、普遍的な理想などというものがあるだろうか。納豆好きは「納豆王国」をつくり、納豆嫌いは自分たちの好きなもので独自の王国をつくる――それが現実ではないか。「人間が普遍的に好きなもの」などというものは言わば最大公約数的なものにすぎず、余り魅力に満ちたものとは考えられない。君は君の絶対的に好きなものを追求し、我は我の絶対的に好きなものを追求する。確かに、そこにも「されど仲よき」関係は成立し、現実的な幸福もあるかもしれない。しかし、そのような「君の絶対的に好きなもの」と「我の絶対的に好きなもの」との分離に基づく「されど仲よき」関係は、我々が求めるべき真の「されど仲よき」関係だろうか。私はどうも違うような気がしてならない。私はあくまでも「人間の理想」を追求したい。

 

 

間奏曲:「されど仲よき」関係のための引用

取り敢えず「されど仲よき」関係の研究・覚書を締め括る前に、里見実『ラテンアメリカの新しい伝統:〈場の文化〉のために』からのやや長い引用をしておきたい。と言うのも、「されど仲よき」関係は里見さんの述べられている「寄合い」の関係性に通じるところがあると考えるからだ。それは古きムラの関係性を超克する「新しき村」の関係性に他ならない。

里見実『ラテンアメリカの新しい伝統:〈場の文化〉のために』からの引用

 

「寄合い」というと、それはとりもなおさず地縁や血縁にもとづく人々の結合の形式であると、われわれはかんたんに考えてしまうのだけれども、どうも、そういうことではないらしい。「寄合い」は日常的な関係性を引き写した集会ではなく、むしろ、それを超える関係性をつくり出すための集会であったようだ。人々は家格や血縁の如何にかかわらず、対等な個人として発言した。誰はばかることなく、その所存を開陳した。そのためにも集会は、寺社という非日常的な、いわばこの世の結縁をたちきった空間でおこなわれることが必要であったのだ。「寄合い」は、その言葉がこんにちよびおこすところの通念とは逆に、むしろ因習的な共同体の絆をたちきる行為であったのだ。

 

連句の原型である連歌や茶の湯は、農村ではなく、都市で成立した。連歌の座や茶会につどう人々は「三界に身の置きどころのない」都市のアウトサイダーであった。彼らは故郷喪失者として、その寄る辺なさをいささかでも心慰めるために、茶室につどい、連歌・俳諧の座をかたちづくったのであろうか。それとも、共同体的な絆をたちきられた個人によって構成される都市のアナーキーを憂い、サギやカラスの集団と化した都市の群化社会のなかに、擬制的にせよ、第二のムラをかたちづくる、その秘かな実験として連俳の座を結んだのであろうか。そうではあるまい。彼らが、農村における人々の人的結合の原理を祖型にしてその座の理念をきたえあげたことは明らかだが、とはいえ、彼らがその場合にもちいたモデルは、農村の共同体的な関係性そのものではなくて、その「寄合い」であった。

 

連歌や茶は、日常性の彼方に、虚構の関係性を創出する一つの〈技術〉であった。因習的な関係をこえて、いまだあらざる集団的な磁場を拓く、その技術がすなわち芸術であった。花田清輝が『日本のルネッサンス人』(朝日選書)のなかでえがいているのは、そういうものとしての芸術のイメージであったと思う。あるいは、そういう芸術を媒介にして形づくられる集団のヴィジョンであったと思う。

 

一九五〇年代から八〇年代にかけての激動の三〇年間は、考えようによっては、既成の共同体が解体して烏合の衆と化した諸個人が、企業というもう一つの共同体に統合されて、命令一下、一糸みだれず行動する「カラスの軍団」に組織されていった過程とみることもできるであろう。それが過渡期なるものの現実の帰結であった。しかし、たとえ過渡期の後にふたたび因習的な集団が定着したにしても、なおかつすべての転形期には、現実の帰結とはことなる、オールタナティブな可能性が黙示されている。可能的に存在しうる不可視の集団を追求する芸術的実験が、連歌であり、茶であり、花田のいう共同制作であった。この共同制作によってつくられるのは、一篇の詩のみではない。

 

連句の座では、表現をつくることは、それそのものが一つの集団形成の過程であった。表現と関係性の構築は、相互に媒介的だ。しかし、何も連句にかぎったことではないだろう。表現するということは、究極的にいえばつねに何かの関係性をつくりだす、ということだ。生み出されるべき関係性のありようと表現のありようは、密接に結びついている。それぞれの個人が、自分を放棄するのではなく、また自分ばかりを主張するのでもなく、他者とかかわりながら、その他者との交渉をとおして、自分の個性を表現する、そういう集団のくみかた、そういう表現のつくりかたを、ぼくらは、これから、見つけだしていかなければならないだろう。

 

「されど仲よき」の研究・覚書(9)

私は極めて正常な人間だ。秩序を愛し、無秩序を憎む。美しいものに憧れ、醜いものには唾棄する。従って、秩序を乱すものは徹底的に排除され、醜いものもこの世から完全に消滅することを望む。例えば、ゲイとかレスビアンなどは秩序を乱す醜いものに他ならず、そのような歪(いびつ)な存在を正常な人間は決して容認すべきではない。男は男らしく、女は女らしく生きるのが自然で正常な人間の在り方なのだ。障害者もまた然り。そこには「好んで障害を背負ったわけではない」という不運で気の毒な面もあるが、知的障害にせよ身体障害にせよ、障害者が正常でないことは厳然たる事実だ。もとより障害者の幸福を願わないわけではないが、社会の中心はあくまでも正常者であるべきだ。そして理想社会とは、正常な人間が確固たる秩序の下で美しいものだけに囲まれて安心安全に暮らせる状態を可能にする場に他ならない。そのために警察などが強大な権力を行使するのも仕方がない。全ては正常者のためであり、正常者の快適な生活を阻害する全ての異常者が抹殺された世界こそパラダイスなのだ……

このように主張する正常者がいるとすれば、明らかに異常だ。そもそも自分が正常だという確信ほど異常なことはないだろう。魔女狩り、赤狩り、そして様々なスクールカーストによるいじめ。正常者は必ず異常者の存在を要請する。言い換えれば、異常者という対立存在なくして、人は自らを正常者とすることはできないのだ。正常者は正常者同士で「仲良き」関係を築く。異常者も異常者同士で「仲良き」関係を築くだろう。しかし、「されど仲よき」関係は正常者と異常者の対立関係を超えた次元に築かれるに違いない。当然、そこでは人間にとって何が正常で何が異常かという問題は全く新たに受け取り直されることになる。

 

「されど仲よき」の研究・覚書(8)

異常者と「仲よき」関係になどなれる道理がない。「異常者をも包摂できる社会こそ理想だ」と言われても、それは単なるキレイゴトにしか聞こえないだろう。「君は異常者、我は正常者也。されど仲よき」――これは異常者による凶行の犠牲者およびその遺族に対する冒瀆でしかない。しかし、正常とは何か。我々は本当に正常なのか。ここで問題を若者に限定すれば、正常と異常の基準は学校に見出されるだろう。すなわち、或る年齢に達した子どもは学校に行くのが正常であり、不登校になって家に引きこもる子どもは異常だということになる。しかし、本当にそうか。周知のように、近代以前には「子ども」という概念はなく、従って「子どもは学校に行くべし!」という正常もなかったと言われている。勿論、それが子どもにとって本当に幸いなことであったかどうかは別問題であり、学校がないからと言って一日中自由に野山を駆け回っていられたわけではない。むしろ幼くして労働を余儀なくされる場合には、学校は希望の光に満ちた場所だと見做されただろう。確かに、学校があろうとなかろうと、人間の子どもには教育が不可欠だ。単なるイキモノとしてのヒトは教育によって「人間」になる。しかし、近代に始まる学校は教育の場というよりも調教の場、すなわち国民国家の成立に伴って国家の役に立つ人材に仕上げる場ではなかったか。実際、良い教師とは最も速く走るサラブレッドを作り上げる良い調教師の如き存在に他ならない。民主主義の世の中になっても、「良い学校」や「良い会社」を目標とする管理教育という名の調教は未だ支配的であるが、そのような調教の鎖に繋がれていることが果たして正常なのか。さりとて、その鎖を引きちぎって路上に出るか、さもなければ家に引きこもることが正常だとも思えない。鎖に繋がれた正常者とドロップアウトした異常者が入り乱れる世界で「されど仲よき」関係は如何にして築かれるのか。

 

「されど仲よき」の研究・覚書(7)

国の内外を問わず銃の乱射や刃物等による無差別殺傷事件が発生すると、人々は自分の周囲から異常者を極力排除しようとする。これは自然の情に基く当然のことだが、異常者とは何か。言うまでもなく、それは自分たちとは異なる者であり、同一性による「仲よき」関係以外は基本的に全て排除の対象になるだろう。しかし、同一性の限界をどこに見出せばいいのか。外国人を徹底的に排除して、日本人だけの同一社会に閉じこもったところで、それは異常者の徹底排除にはならない。刃物を振り回す異常者も日本人なら、その被害者も日本人だからだ。では、「君は日本人、我も日本人也」という民族的同一性では異常者から自分を守ることができないとすれば、如何なる同一性が求められるのか。おそらく、家族という血縁的同一性にまで遡っても、そこから異常者が生まれてくることを防ぐことはできないと思われる。ここに至って私は異常者に対する我々の自然の情にはかなり大きな、根源的かつ致命的な錯誤が胚胎していることに気づかざるを得ない。異常者は同一性の外からやって来るにしても、異常者を生み出すのは同一性なのだ。従って、ゲーテッドコミュニティのように同一性による「仲よき」関係を強固なものにすればするほど、それに比例して異常者の数も増大していくに違いない。私は異常者の醜悪極まりない犯行を弁護・容認するつもりなどさらさらないが、異常者が生まれてくる構造には究極的な関心がある。かつてコリン・ウイルソンは異常者を「アウトサイダー」として分析したが、そこには単なるアウトロー、例えばヤクザのような反社会的勢力とは質的に全く異なる構造が見出される。ラスコーリニコフやハリー・ハラーは明らかに同一性による「仲よき」関係から疎外された存在だが、だからこそ彼らは「されど仲よき」関係を誰よりも熾烈に渇望していると言えるだろう。

 

「されど仲よき」の研究・覚書(6)の続き

周知のようにエスペラントは、諸民族の対立はそれぞれの言語が異なっていることに主たる要因があると考えたザメンホフが人工的に創り出した世界共通語だ。その理念としては中立語とされているが、実際にはかなり欧米人に有利な様相を呈している。しかし重要なことはエスペラントが諸民族にとって真に中立かどうかというよりも、普遍的な世界共通語と個々の民族語との関係にこそあると思われる。もし当初の理念にあくまでも忠実であろうとするならば、当然エスペラントは民族主義(naciismo)を超えていかねばならない。その点、無民族主義(sennaciismo)を主張するランティの方がザメンホフよりも遥かにエスペラントの理想追求において徹底していると言えるだろう。ランティ曰く、「我々は民族などないかのように行動しなければならない。そして無民族の情念を育むべきだ。全ての人間の心には民族性ではなく人間性が宿らねばならない。先ず第一にエスペランチスト,すなわち人間として、それからイギリス人とかイタリア人とか中国人として生きるのだ」

ランティは無限に正しい。しかし、その正しさは人間を本当に生かすものだろうか。例えば、我々は日本語を捨て去ることなどできるのか。尤も、英語帝国主義の奴隷と化している今の日本人なら英語が自分たちの母語になることをむしろ歓迎するかもしれない。勿論、これは半ば冗談であり、どんなに英語をネイティヴ並みに話せるようになりたいと願っていても、日本人は未だ他民族の言語を自らの母語として受容するほど堕落してはいないと信じたい。そもそも「日本人である前に人間であるべきだ」と言う場合、その「人間」はあらゆる民族に対して中立的な存在であろうが、そんな無色透明な人間など現実に存在するだろうか。私は決して徒に国粋的ではないつもりだが、自分の人間性は日本人という民族性を通じて表現されるものだと思っている。すなわち、人間性と民族性は密接に関係しているのであり、民族性を失えば人間性もまた雲散霧消してしまうのだ。とは言え、民族の違いが様々な対立問題を惹起しているのは厳然たる事実であり、民族主義の超克が我々の大きな課題であることは間違いない。それは正に「君は君、我は我也」から如何にして「されど仲よき」に至るかという問題なのだ。

おそらく、「されど仲よき」に至る道は二つある。一つはランティの無民族主義の道であり、そこでは固有の民族性を捨てた君と我が同じ人間として「仲よき」関係を築くことが可能になる。しかし厳密に言えば、そこにはもはや「されど」はない。それに対するもう一つの道はザメンホフの人類人主義(homaranismo)であり、そこではそれぞれの民族の差異を前提にした「仲よき」関係、すなわち民際主義(internaciismo)による「されど仲よき」関係が求められる。端的に言えば、同一性による「仲よき」関係差異性(多様性)による「されど仲よき」関係に他ならない。しかし、こうした二つの道に関しては、ランティの無民族人(sennaciulo)とザメンホフの人類人(homarano)との差異を更に深く思耕する必要があるだろう。

 

「されど仲よき」の研究・覚書(6)

君の眼差しの中で我は客体にならざるを得ない。しかし、我の眼差しの中では君が客体になる。こうした対他存在の状況をサルトルは「出口なし」の地獄と見做した。それは発話状況においても変わらない。君が主として話せば、聞いている我は従とならざるを得ない。しかし、我が主として話し始めれば、今度は君が従となる。かかる主従関係は本当に「出口なし」か。「君は君、我は我也」から「されど仲よき」の間には無限の深淵が広がっている。質的断絶と言ってもいい。しかし、敢えて出口を求めれば、「我である我々、我々である我」による相互承認に一つの可能性が見出せる。西田は「個物的多と全体的一との矛盾的自己同一として世界が自己自身を表現する」と述べているが、言わば「個即全・全即個」は先に批判した抽象的な「人間」と何が異なるのか。唐突ながら、ここで少し文脈を変えて、エスペラントの創始者ザメンホフのhomaranismo(敢えて訳せば人類人主義)について考えたい。(どうも風邪を引いたようで、これ以上思耕が続けられないので、不本意ながら一旦ここで中断する)

 

「されど仲よき」の研究・覚書(5)

我々が現実に生活している水平の次元は存在者の世界であり、そこでは様々な対立関係が生じてくる。それに対して、垂直の次元は存在そのもの(存在者の根柢)の世界、西田的に言えば有(オン)と非有(メー・オン)の対立関係を包摂する絶対無(ウーク・オン)の場に他ならない。それは「絶対矛盾的自己同一」の世界だが、断じて「全ての牛を黒くする暗闇」の如きものであってはならない。例えば、「君は資本家、我は労働者也。されど仲よき」という場合、「資本家も人間、労働者も人間也。だから仲よき」などという同一性原理によるすり替えには重々注意するべきだ。モンテスキューであったかジョゼフ・ド・メーストルであったか、「私はイギリス人とかドイツ人には出会ったことがあるが、人間という者には今まで一度も出会ったことがない」というようなことを述べていたが、確かに対立する君と我が「人間」という抽象的存在において同一化されても意味がない。そもそも同一性原理からは「されど」は生じてこないだろう。その点、ヘーゲルはシェリングの同一性を批判して「同一性と差異性の同一性」と言っている。更に言えば、それは「同一性と差異性の差異性」とも相即すべきであり、そこに「絶対矛盾的自己同一」のダイナミズムも生まれてくると思われる。すなわち、「資本家も人間、労働者も人間也」は相田みつをの名文句「にんげんだもの」でなし崩し的に和解を求めてはならず、むしろその差異性に徹することで資本家も労働者も共に「新しき人間」になることが要請されるのだ。そこに「だから」と「されど」の決定的な違いがある。水平的人間は「だから」で妥協する。垂直的人間はあくまでも「されど」に固執する。祝祭共働態は次のような詩人の言葉に深く共鳴する。

 

言葉のない世界は真昼の球体だ

おれは垂直的人間

言葉のない世界は正午の詩の世界だ

おれは水平的人間にとどまることはできない

言葉のない世界を発見するのだ 言葉をつかって

真昼の球体を 正午の詩を

おれは垂直的人間

おれは水平的人間にとどまるわけにはいかない

(田村隆一「言葉のない世界」)

 

「されど仲よき」の研究・覚書(4)

相対的対立関係、すなわち元来一つであったものが分裂してできた対立関係は元に戻ることによって「仲よき」状態を回復することができるかもしれない。しかし、たといそのような回復が実現したとしても、それは「されど仲よき」ではない。西田的に言えば、対立形成を否定することによって調和に到るのではなく、対立形成を通じて調和に到ろうと云うのが現在の我々の問題だからだ。分裂には分裂の道理がある。それを無視して如何なるエキュメニズムもあり得ない。では、例えばカソリックとプロテスタントの対立関係は如何にして超克されるのか。もはや原始キリスト教への回帰が根源的な解決にはならないとすれば、我々はカソリックとプロテスタントという対立形成の過程(歴史)を凝視するしかない。その意味での原点回帰、すなわち対立形成を遡るということは必要不可欠だが、そもそも我々にとって原点とは何か。たとい原始キリスト教に回帰してカソリックとプロテスタントの対立が解消されたとしても、仏教やイスラム教といった他宗教との対立関係の問題が残る。それ故、私はここで起源と原点を厳密に区別したいと思う。極めて大雑把に言えば、起源は水平の次元にあり、原点は垂直の次元に求められる。従って、キリスト教やイスラム教の起源はユダヤ教にあると言えるが、仏教はそうしたアブラハムの宗教とは別の起源を有することになる。尤も、ヤスパースの言う「枢軸時代」に注目すれば、様々な宗教や哲学思想も一つの起源に収斂するのかもしれない。とは言うものの、水平の次元に流れる時間をどんどん遡り、アニミズムのような自然崇拝をも貫いて一つの起源に辿り着いたとしても、それは原点ではない。次元が全く異なるのだ。鄙見によれば、原点はティリッヒ流に言えば人間の「究極的関心」であり、それは垂直の次元の突入によってもたらされるものだ。具体的には「我々はどこから来てどこへ行くのか」という問いになって水平の次元に受肉し、それぞれの風土に根差す宗教の起源となる。そのような起源は原点の痕跡とも言えるが、ハイデガー流に表現すれば原点に他ならない。つまり、垂直の次元の原点は水平の次元では常にすでに原点にならざるを得ず、やがて実定化されて起源となり、そこから種的差異(対立)が形成されてくるわけだ。こうした原点と起源のダイナミズムは宗教に限定されるものではなく、あらゆる対立形成に認められる。祝祭共働態は君と我の対立関係の起源を「永遠の今」である原点において脱構築する。

 

「されど仲よき」の研究・覚書(3)

「されど」は逆接の接続詞なので、前文の君と我は仲が悪い対立関係にある必要がある。言わば犬猿の仲の君と我が「されど仲よき」であるところに我々の求める理想があるわけで、管鮑の交わりになど問題はない。ちなみに犬と猿も元来はそれほど仲が悪かったわけではなく、桃太郎の家来としても鬼門に対する仲間であった。それが様々な伝承の過程で「犬猿の仲」が確立したに過ぎず、「君は犬、我は猿也。されど仲よき」は決して不可能な理想ではない。これに対して水と油、火と氷、N極とS極など自然界には絶対に相容れない対立関係がある。かかる場所に「されど仲よき」を求めても、それは原理的に不可能であるし、それらが「仲よき」状態になったら世界は破滅するだろう。従って、我々が求める「されど仲よき」はあくまでも人間の諸関係に限定されることになる。ところで私は先日、

「君はライオン、我はシマウマ也。されど仲よき」

「君は警官、我は犯罪者也。されど仲よき」

「君は資本家、我は労働者也。されど仲よき」

を絶対に相容れないもの同士の和解として例示して、そんなことは現実にあり得る道理がないとした。当然のこと(当たり前のこと)だと今でも思っている。しかし、敢えて更にその道理について思耕するならば、如何なる道理が生み出されるか。その一つの可能性として次のような西田の論理が考えられる。

「…元来絶対矛盾の自己同一の世界は、単に宗教的とか法律的とかいう如き世界ではなくして、作られたものから作るものへという制作的世界でなければならない。現実の世界は科学的であり、経済的でなければならない。それが近代の世界であると思う。而して社会は世界の社会でなければならないと共に、世界は形成的でなければならない。而して形成ということは、社会的形成ということでなければならない。形成的ならざる抽象的世界は私の所謂世界ではない。近代に至って世界が現実的となるに従い中世文化のカトリック的統一に反して、民族的となった。世界の種的形成としての社会というものが出て来たと云うことができる。種的形成を否定することによって世界に到るのではなく、種的形成を通じて世界に到ろうと云うのが現在の世界の悩であると思う」(下線、引用者)

祝祭共働態もこうした悩から要請されるものに他ならない。