羽田空港で2日に起きた、
JAL機と海保機の事故で、
機内預かりになっていたペット達を助けられなかった事で、
SNSで論争になっているらしい。
機内持ち込みについては、
航空会社によって細かな規定があるようだが、
持ち込み可で多いのは、
座席の下に置けるサイズのケージに一匹、というものだと思う。
アメリカから帰国した時、
猫のミックを一緒に連れてきた。
その時は、フライト時間が、
乗継含めて20時間近くかかる事と、
とても繊細で人見知りなコで、
機内預けにして知らない犬や猫と一緒だと、
とても耐えられないんじゃないか、と思った事、
更に余り鳴かないので、
回りに迷惑はかけずに済むだろう、という判断で、
機内持ち込みで連れ帰った。
その時のケージの許可サイズは忘れたけど、
余り大きく無かったので、
適合するバッグ形式の物を新たに買った。
ミックは小柄だったのでそれでいけたけれど、
もう少し大きな犬や、
猫でもメインクーンの様な大型種だと、
身動きもできないギュウギュウ詰めになってしまうと思う。
種類によっては、
少し余裕のある大きめケージで、
機内預けにした方がいい場合もあるのではないか。
また、機内持ち込みをしていても、
今回の事故の様な場合、
荷物は一切持ち出せないのは同じだから、
助けられないのは変わらなかったろう。
むしろ、今ここにいるのに連れて逃げられない、方が、
飼い主のダメージはより大きかったのではないか。
もっとも非常時に助けられないのは、
何もペットに限った話ではない。
阪神淡路大震災の時、
倒壊した家に閉じ込められた親を、
助け出せないまま火の手が迫って、
早く逃げろと親に言われ、
後ろ髪を引かれながら離脱せざるを得なかった人もいた。
止むを得ない状況とはいえ、
親を助けられなかった、
見捨てて自分だけ生き残ってしまった、という思いは、
子供を長く苦しめ続けたようだ。
だがそういう行為に対して、
責められる人がいるだろうか?
本人が1番傷ついているというのに。
ペットの機内持ち込み問題に戻るが、
機内預けにしたからといって、
貨物と同じ扱いをしているわけではない。
上空は気温も気圧も低く、
一般貨物と同じ所だと、
凍死したり酸欠になったりしかねない。
なので、生き物を入れる貨物室は、
客席と同じ空調にしてあるそうだ。
客席に同乗した場合、
例えば犬や猫のアレルギーを持った人が近くにいたら、
とても迷惑をかけてしまうかもしれないし、
普段と違う環境に置かれて、
ペットに大きなストレスを与えてしまうかもしれない。
だからそもそも飛行機でペット同伴で旅行に行く、のは、
余り良い選択とは思えないのだが、
うちのように引っ越しでやむ無く、という場合もある。
それぞれの家庭の事情があるから、
一概に良い悪い、と言える問題でもない。
石田ゆり子さんが言った、
生きている命をモノとして扱うことがどうしても解せない、という言葉には、
心情的には同意するけれど、
それ以前に、動物を殺しても、
法的には器物破損にしかならなかった、という現実がある。
最近でこそ、動物愛護法ができ、
何度も改正される事で、
少しは動物への虐待防止へと動いたが、
猫を虐殺した、なんて事件は後を絶たなかった。
刑罰が規定された事で少しは抑止になっていると信じたいが、
命を軽んじる者は、
ペットでも人でも大切にはしないのではないか。
もっとも命が大切なのはペットだけではない。
我々が生きる為に食べている、
肉や魚だって皆、命を持つ動物だ。
その命を頂いて生きている、と思えば、
食材になってしまった肉や魚にだって、
もっと感謝すべきだし、
ましてや余らせて捨てる、なんて、
冒涜もいいところだ。
ペットは家族だから助けたい、とか、
人の方が大事だから優先で当たり前、とか、
それぞれ思う所はあるのだろうが、
どれも論点がズレている様に感じる。
ましてや、機内持ち込みができれば解決する、問題でもない。
大事な家族だから···
当のペット達はどうして欲しいのか、
できることなら聞いてみたいと思う。
そしてあの火災で亡くなったペットが可哀相だ、という人にも聞いてみたい。
保護団体等の努力で、
殺処分される犬や猫の数は劇的に減った。
それでもまだ、1年で1万5千頭近くの犬や猫が、
狭い箱に押し込められて二酸化炭素を注入されて、
もがき苦しみながら殺されている現実をどう考えるのか。
それともそんな事さえ知らないのか?
命を大切にする、という事は、
自分も他人もペットも家畜さえ、
大切にする、いう事ではないのだろうか。
ペットは家族だから大事、という発想は、
家族でなければ大事ではない、という事に繋がる。
全ての命が大切で、
可能な限り尊重し守るべき、と皆が考えれば、
こんな論争は起きないと思うのだが。