ろくじょうのおとしあな -149ページ目

北欧シリーズ



Gling-Glo





やっと聞けた。bjorkjazzをうたうアルバム。




最初に聞いたとき、本当にjazzだったのでとても変な感じだった。




次に聞いたとき、jazzなのはバックバンドだけで、bjorkbjorkであることに気づいた。






このひとのうたは、音楽のためのうたではないのだろうな。そんな気がした。

うたうということは、例えば話すこととまったく同義で、それは伝えることで、思考することで笑うことで泣くことで愛することなのだろう。

言葉がリズムとメロディを持っている。





Gling-Gloという最初の曲は、私がずっと探していた曲だったと気づいた。小学生だかなんかのときに、GLAYJIROがラジオで流してて、ほほうこれがbjorkなのか。って思ったことを昨日思い出した。








。。。。。。。





「愛おしき隣人」






早稲田松竹で見た。

奇妙でやわらかく孤独な映画だった。

おもしろかった。



人生は、不条理で残酷でやるせないことの連鎖。

そして少しずつ隣のひととそれを共有していたりする。




客観的に見るとそれらはなんだかとてもユーモラスである。くすくす。






寒いところの、あのぞっとするような孤独な冷たさってなんなのだろう。部屋の隅の湿った影。人々の泣きはらした後のような目。得体の知れない遠い場所の生活感。







私のことを誰も理解してくれない、と泣きながら煙草を吸う女の歌がよかった。しゃがれ声のブル-ス。ジャニスみたい。

音楽がすごくすきだった。サントラあったら聞きたい。くらい。









。。






飛躍は共感を生まない。












。。。。。。。







先日下北で買った小鳥がきちんと鳥かごに収まった。

鳥かごって変なかたち。

鳴くはずのない小鳥の鳴き声が聞こえてきそうな夜だった。昨晩。

マトリョーシカは回るし、消したはずのテレビが騒がしくなっていた。帰宅後。変な明るさ。今日はよくねむった。

ゆめのそとでうわごとを言う みつけてほしいの、と言う

流れ出てゆく

手のひらで掬う

こぼれおちないように、

できるだけたくさん、掬う

見つめる

さわる

感じる

飲み込む






平たい視点などは、言葉にした瞬間存在し得なくなってしまう

どうしたって私の目は私の目でしかない



でもひとつの対象を、ゆっくりと見つめたそのとき、対象が抽象から何かしらの形をつくる瞬間があるのを知っている



ただただそんなちっぽけなものにのみ心を預けて、そんな瞬間の連鎖を作ってさえいけたらいいと思う。生活などはどうだって。たとえ腑抜けでも甘えでも馬鹿でもその作業を適当に言葉で整理することだけはしたくない。

見つめたその先の言葉が、私の手垢にまみれた狭い狭いものだとしても。

再び、

日が翳る



また、突如不安がやってくる




おわらない永遠にループし続ける命題









シュウマイがおいしくできました。

花びらみたいでかわいかった。

また新聞屋に追い詰められる。

不安定にならないお薬がほしい。