アラベスク
アラベスク
たぷん、と
小さな部屋の中は液体になってしまった
言葉はすべて、鈍く沈んでゆく
あなたの手のひらの上の安らかな音を
私は真っ黒な目で見つめていた
あなたは鏡ごしに私を見つめながら
ためいきのようにやわらかに微笑んでくれた
言葉はすべて、密やかにねむっている
底の方でじっと耳を澄ますのだけれど
そこには何も響かない
ことばがただただ流れてゆく
あなたにはそれを掬う術がないし
私にはそれをかたちにする術がない
それなのにあなたは、声を持っているから、
あなたは強くまっすぐに私に伝える
私の脳を置き去りにして
私の身体のぜんぶを、あなたは声で満たしてしまう
泣くように血が出る
遠い嘘
虚構への穴
あなたのしたこと
舌の味
馬鹿げた思い上がり
わたしのしたこと
大海原を泳いでゆく想像
血液の入れ替わる周期
指の感触
密やかな眠り
水の中の過去
たしかであるもの
見逃されてしまうもの
水の中の
夜の温度
いろがみ
精神のきしきしとしているおんなのひとに声をかけられ
これ、おいしいから食べてみなさい、と
そのひとの石膏のような手は小さな皿を持って
その中にはグロテスクな形の緑の植物が無数に
いいえ、もうお腹がいっぱいなのです
と言うと、そのおんなは無表情で音を立てている
なるほどそれは彼女の頭の軋む音で
ああ、ありがとうございます。いただきます
と言うとようよう静かになる
植物を手に取り更に困惑してしまうのは
だってどこから何を食べたら良いのか
種のところはなんだかすこしふわふわとしていて
その上に出ている無数のイガのような葉
しばらく眺めているとおんながまた音を立て始めるので
私は仕方なくイガの方から口に入れる
それは喉に突き刺さりながらどうしようもなく噛みきれず
なんだか少々の甘みを口の中に広げさせ
気がつくともうおんなはいない
世界が突然騒がしくなりボーイが何かきれいな色のお酒を運んでくるので
私は口から植物を吐き出し、グラスの中身を3秒で飲み干す
おおよそ世界などこんなもの。