写真は
6月29日と30日
リハビリと
小さな川の朝の散歩
の余り。
あと少しで
梅雨が終わるよ。
(小さな川の木陰にて。)
今年は早い。
この後
リハビリ終わってしまったら
こっちを沢山歩くんだよね。
(ブログ内容と写真は1月の
歯科通いだけど。2月のこの頃
行き始めたリハビリは
7月の始めまで続いたよ。
楽しかった。終わりも嬉しい
けど。なんだろうこの気持ち。)
小さな川B。
(小さな川の木陰のお陰で。)
夕方にはクタクタ。
夜にはクッタクタ。
朝の散歩で草木見ると
午前中からもう身体に
心地よい疲労感が湧く
ベランダの小さな仕事
も然り。植物の力だね。
(ブログではやっと7月。
8月以降は写真ぐんと減る、
減らした、のでご安心を!)
さて
今日は6回目
こころの時代、宮沢賢治
を、観た。
(正確には聞いた。
もっと言うとこれ再放送?
ずっと昔にも観てるはず。
ここにも書いたような。)
こころの時代、全部を
久しぶりに録画していて
(したつもり無いのだけど
何故だ⁈無意識にした?)
宮沢賢治の6回は
家の中の歩き仕事の
(洗濯とか掃除とか)
お供に。
話代わって
蟻とキリギリス。
土に触れながら
最近、考えてた。
あれは、単なる
働き者と怠け者の話
ではなく
賢者と愚か者の話だな
と。
愚かさとは
馬鹿にする事、又は
下に見ている相手の
賢さに気づかない事、も
指すのだと。
賢治がなりたい
デクノボーとは
デクノボーと言われようと
その相手の命自体の尊さを
軽んじる事ない者の事よね。
反論もせず
それにより更に
デクノボーと言われる。
そしてそれを良しとする。
自然が、
それを知る者(賢者)が、
そのデクノボーの賢さを
知っていてくれる。
(良いな。理解者は居る。)
けれど
自然は
時に猛威を振るい
素直に返してくれない
日もあるのだろうな。
そんな中
今月も吉野ヶ里から届いたよ。
(これ、買っているわけでは
無いのです。わかる方はわかる
と思うのだけど。)
初めて見るのも含め
茄子が3種。
でも紫の
水菜もある。
ありがたい。