将来、お前のおかけでいい人生だった、と言ってみたい -13ページ目

縫い物

今朝、いつものスーツのズボンに足を通すと、

折り返しの部分が裂けていることに気がつきました。

じっくり注目しなければわからないところなので、

とりあえずは無視しようかなとも思ったのですが、

今日は比較的時間に余裕があったので、

自分でつくろい始めました。

まるで、手術跡みたいに縫い目がはっきりして不恰好

この上ないのですが、なんとか目的だけは達成できました。


私はお嫁さんが欲しいです。

理由は、今日みたいなときに私に代わって器用に縫い合わせてくれる人が欲しいから、

ではなく、

私が自分で縫い合わせたことを褒めてくれる人が欲しいからです。


税金

って、本当に高いですね。

今日は、わが社のボーナスの日です。

事前に支給額は知らされていたのですが、

今日、手取り金額をみてびっくりです。

1/4もなくなっちゃいました。

とはいえ、このご時勢、もらえるだけでも良しとしないと。


でも、今の俺にとって、一番惜しいのはお金ではない。


好転

今回の実家への帰省で、私のなかの何かが好転していることを祈っています。


今日、お花見をしました。

お花見は何年振りでしょうか?

場所は前回と同じです。

まだほとんどの桜が3分咲き程度でしたが、

ところどころの桜は満開でした。

お花見をしていたほかの仲間からはぐれ、

ひとり、川沿いに咲く満開の桜をめでていました。


自分にとって、良いことなのか悪いことなのか、

仕事そっちのけで、コンカツのことばかりが頭に浮かびます。

私は何かに飢えているいるのでしょうか?

精神的にもう少し落ち着かないと、事態の好転は望めないよう気がします。

でも、どこか大雑把になってしまって。


実家に帰っても、最近のコンカツでなにがあったのか、何も言えませんでした。

でも、先日、夜中に電話したことで、両親はすべてを察知しているようです。

明るく冗談で笑い飛ばそうと思えば、その程度のことなのかもしれませんが、

歳をとって、肉体的にも確実に衰えている両親を目の当たりにすると、

私のコンカツの不首尾が、どうしても悲壮的なものに思えてきます。

そして私の心境も、正直、今は明るくありません。

相談所の方から、ちょっとだけいいニュースを頂きました。

久々の好ニュースに、かなり気分も和らいだのですが、

残念ながら現時点で、その後の続報がありません。

幻だったのでしょうか??


暗い気分でいると、現実も暗くなるというのは、

あながちうそではないような気がします。

少なくとも、人前では、明るく振舞おう。

今はそう心がけています。

でも、正直なところ、親身に泣き言を聞いてくれる誰かも欲しいです。

相談所のカウンセラーは、聞いてくれるでしょうか。。。。



詣でる

実家に帰って数ヶ月ぶりに両親に会った。

両親はともに60歳代後半。父親は来年で70歳になる。

ボケこそしてはいないが、

端から見るその姿は、残念ながら老人としか見えない。

母親については、歩き方が老人のそれになってしまっている。

思えば、私がすでに40歳にならんとしているのだから、

しょうがない現実ではあるが、なんともさびしい限りだ。


私が生まれてからずっと正月にお参りしていた神社がある。

母親の実家の近所の神社だ。

私はそこでお宮参りをし、七五三をやり、父親の厄除けもしてもらっていた。

その神社に、今年は一度もお参りしていなかった。

今年の正月は、河口湖へ旅行に行ってしまったからだ。


今年になって、コンカツ、仕事で、ツイテいないことが多かった。

昨日、神社にお参りに行った。




私なりの解答

なぜ、結婚したいのですか?

とよく聞かれる。

確かに、その質問に自分でも自信をもって答えることは、

正直、難しい。

ただ、曲がりなりにも、私なりの解答はちゃんと持っている。

それは、「家族がもちたいから」というものだ。


たいていの人は、男ならいつでも結婚できるじゃないか、と言う。

世の中には、大きな歳の差がある夫婦がいるからだ。

若い奥さんをもらえば、たとえ自分が歳をとっていたとしても、

子供を生むことは可能だし、家族もできる。

確かにそれもひとつのありかただろう。

でも問題は、それを私は望んでいないことだ。

私はやはり、歳の近い人と結婚したい。

歳が離れていれば、将来的に相手に負担を掛けることになるだろうし、

それになにより、今この歳の自分が、まだまだ結婚できないというのは、

ちょっと耐えられそうにないからだ。


歳が近い人となると、30歳代となる。

女性の初産は、医学の発達した現代であっても、理想的には20歳代

だということらしい。

となると、やはり、歳が近い人で、そして、子供を持つことができる人

ということを考えると、私の結婚というハードルは今越えるしかない。


消極的な書き方になってしまったが、

私の思いはポジティブだ。

変な言い方だが、私は離婚したとしても、いいと思っている。

結婚が失敗だったとしても、それでいいと思っている。


昔、野際某という女性が離婚したとき

「結婚をやりおえた」といったような言い方をしていたのを記憶している。

私はその言葉を聴いたとき、目からウロコが落ちるような思いがした。

結婚、そしてそれに続く結婚生活というは、もしかしたら、

人生の1つのイベントに過ぎないのではないのか?

1つの人生の状態にすぎないのではないのか?

人生の中で、「結婚をしている期間」という、

履歴書の1行と捉えることができるのではないか?

と、この人は考えているんだなと思えたからだ。

結婚は、少なくとも人生そのものではないし、

その人の人格そのものを表すものではない、ということなのだろう。


私はその考え方に共感したわけではない。

ただ、その考え方を知って以来、ある思いを抱くようになった。

それは、結婚は1つの人生における「通過儀礼」なのではないだろうか?

という思いである。

なんというか・・・

いっぱしの人間たるもの、結婚くらいしなければならないし、

ちゃんと家族をもたなければならない、ということではないだろうか?

人には、生まてから死ぬまでに通過しなければならない儀礼がいくつも存在する。

学校で集団生活を覚え、運転免許をとって、アルバイトをして、恋をして、就職をして・・・・

どこかの教科書や聖典に書いてあるわけではないし、明確な社会的共通認識が確立しているわけではないけれども、

現代に生きる人間としての、暗黙の通過儀礼は依然として存在し、

結婚そして結婚生活、家族を持つことは、その1つではないか・・・

なんとなくですが、素朴な私は、結婚というのもをそのように思っています。


だから、私は結婚をしたい。


やっぱりこの理由では、消極的でしょうか?????笑




実家に帰ろう

コンカツに行き詰まり感を感じています。

やめるわけにはいかないので、このまま続行することになると思うのですが。。

いやまてよ、やめるという選択肢もちゃんと考えるべきかな。


もともと合コンだとかに出て、ちゃんとしゃべれるようなら、

コンカツなどしていなかっただろうな。

私は、合コンのような大勢の人が出席するなかで、

タイミングをとらえて、気の利いたことを発言するのが苦手なのです。

逆に、1対1の方がちゃんとお話できて、自分に合ってるなと思ったから、

コンカツをはじめたのです。

直接的な言い方はしませんが、私がお見合い活動をしていることに、

人生の幸運に対する執着のなさというか、男らしさの欠如を感じている

人も多いでしょう。

確かに、男たるもの、たとえ街中で見かけた女性であっても、

将来の伴侶にしてみせるくらいの気概があってしかるべきかも知れません。

草食系とか肉食系とか、今流行の言葉で言えば、コンカツ=お見合いと合コンの差は、

そういう感覚の違いなのかもしれません。

でも、私自身は、今の自分が草食系であるとは思わない!

だって、世の中には、結婚をしたいと思っているのに、

あるいは、恋人が欲しいと思っているのに、コンカツすらしていない人だっているんだし。

結婚相談所に足を踏み入れるのだって、結構、エネルギーがいるんですよ。

プロフィールに載せる写真を、写真館で撮るのも結構、恥ずかしいですよ。

お見合いを申し込んでも圧倒的に断られるのは日常茶飯事ですが、

正直、その度に精神的にちょっとした苦痛が走るのですよ。


う~、俺は何を書いているのでしょうかね??


とにかく今日は実家に帰ります。

よくわからないけど、帰ります。


たかだか10ヶ月の活動で相手は見つかりませんかね?

まだまだ、続けるか。


今日の文章はむちゃくちゃだ。



好きな言葉

「いい日旅立ち」という唄を聴いていて、

私は、『せめて』という言葉が好きなんだということに気がつきました。


「せめて・・・・だったら」

日本人らしい謙虚なものの言い方。

自己の願望を積極的に表現するのではなく、

相手あるいは、漠然とした自然の摂理、

天の動きに、自分に対する厚意を謙虚に求める。

言葉で表現すると、少々厭らしい意味合いには見えるが、

実際に耳で聴くと、本来的な厭らしさは微塵も感じない。


どうでもいいか、そんなことは。






アクセス

数の増加は、予想通りでした。

せっかく検索していただいたのに、こんなブログにたどり着かせてしまい、

申し訳ありませんでした。

謹んでお詫びします。


昨日も今日もいい天気ですね。

そして、おとといも、昨日も飲みに行ってしまい、

さらに、今日も飲み会です。

最近、食生活が荒れてます。

食生活が荒れてくると、生活全体もバランスを欠いてきます。

最近は落ち込むことが多いです。

やはりあのことが私にとって、どうしても忘れることができないショッキングな出来事でした。

あのことがなかったら・・・

今更ながらどうしようもないことですが、悔しくてたまりません。



好きな芸能人

ここに芸能人の名前を書くと、アクセス数が増加する。

まぁ、そんなことはどうでもいい。

CMをみて、なんとなく好きな芸能人の名前を書きたくなった。


好きな芸能人は、大泉洋と阿部サダヲ。

TVで見ていると、とっても楽しくなる。

阿部サダヲのCMは、思わず噴出すな。

映画「舞妓はぁ~ん」も面白かったし。

阿部サダヲになりたい。

そうか、大泉洋は、同じ年だったのか。






なにをすべきか

なにをすべきか。

待つ、というのもすべきことなのでしょうか?

法律用語に「未必の故意」というものがある。

「なにもしないことによってもたらされること」

といった意味だったと思うが、待つ、ことも

積極的な意義として認めたほうがいいのだろうか?


コンカツという限定された行動に範囲において、

今月、私はもうやることがない。

お見合いを申し込んだ方からの返事を待つしか、

とりあえず、私ができることはない。

でも、それでいいのかな??


心境的には、ぜんぜん落ち着かない。

あのことがあってから、歯車がくるいだしたというか、

なんというか。

とにくかく落ち着かない。


早く巡り会いたい。

もし、私を待つ人がいるならば。


それもと、いっそのこと、コンカツなんてやめようかな。