可愛いイレーヌ(イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢)について1
昨年、東京、九州、名古屋を
巡回した展覧会、
ビュールレ コレクション

この、"可愛いイレーヌ"、
確か
少し前に観たけど、、、、
いつだったか、、、、
複製画も買った記憶が。。。。
気になり、、、
我が家の図録の中から
探しました。。。。
昨年と
ユダヤ人の銀行家
ルイ カーン ダンヴェール伯爵(1837-1922)の
長女イレーヌ(1872-1963)の肖像画。
カーン ダンヴェール伯爵は、
ルノワールに肖像画制作を注文した
ユダヤ人の中で
最も裕福な人物の一人である。
イレーヌの母親ルイーズ モルブーゴも
イタリアのトリエステの
ユダヤ人銀行家の娘であったが、
彼女はユダヤ人の銀行家、
美術史家て美術収集家の
シャルル エフリュッシの
愛人の一人であった。
テオドール デュレの回想では
ルノワールはデュレが
連れて行った
東洋美術の収集家アンリ セルヌッシの家で
エフリュッシと出会っている。
ルノワールへの肖像画制作の注文は、
エフリュッシが仲介したものだった。
カーン ダンヴェール家には、
息子2人と娘3人がいた。
ルノワールは、3人の娘の肖像画を
一人ずつ描こうと思っていたが、
下の二人の娘の肖像画は、
カーン ダンヴェール家の意向で
1点で描かれた。それが
"エリザベスとアリス カーン ダンヴェール"
1881年 サンパウロ美術館蔵
である。
この肖像画は、ルノワールがてがけた
子どもを描いた肖像画の
代表作であるが
母親のルイーズはこの肖像画の
出来栄えに満足せず、
使用人の部屋にかけていたという。
本作品は
1880年の夏に
パリのバッサーノ通りの
カーン ダンヴェール家の庭で
二回ポーズをとって描かれた。
8歳のイレーヌは、
薄い青のドレスをまとっており
肩には赤茶色の美しい髪が
覆うようにかかっている。
切り揃えられた前髪と
後ろでリボンでまとめる髪型は
当時流行していた
少女の髪型であった。
庭の一隅を表現したと思われる
後ろの深い緑の茂みが
イレーヌのあどけない顔を
引き立てている。
まつげなどの細部は入念に
仕上げられており、
滑らかな美しさが見事に
表現されている。
イレーヌは、1891年10月にユダヤ人銀行家
モイーズ ド カモンド伯爵
(1860-1935)と結婚、
離婚後の1903年には
シャルル ザンピエリ伯爵と
再婚した。
パリのモンソー公園近くの
ニッシム ド カモンド美術館は、
モイーズ ド カモンド伯爵と
ルイーズの間に生まれた息子
ニッシム(1917年に第一次大戦に出征して戦死)
の名を冠した美術館である。
この美術館では、
モイーズが歿後
フランス国家に寄贈した
自邸の建物、収集した家具、
美術品などを公開している。
イレーヌ カーン ダンヴェール嬢
(可愛いイレーヌ)
にもとづいたデッサンの制作を
ルノワールに依頼し、
そのデッサンは
美術雑誌
ガゼット デ ボザールの1881年7月のサロン特集号に
掲載された。
また、ルノワールは
作曲家であるイレーヌの叔父
アルベールを描いた
"アルベール カーン ダンヴェール"
1881年 J ポール ゲッティ美術館蔵
も制作している。
ゴッホの映画予告から2
先日、
ナチスによる芸術品没収について
書きましたが、
ゴッホの絵画は
ヒトラーにとって
"退廃芸術"
でした。
ゴッホの他にはシャガール、
クレー、ピカソ、マティスも。。。
それらは
没収したのち、一部を焼却し
残りは
売却による外貨稼ぎや
他の古典作品との交換に活用しました。
この絵は、
ゴッホの
ポール・ゴーギャンに捧げる自画像
1888年 油彩 カンヴァス
ハーバード大学フォッグ美術館蔵
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1888年10月、 ゴッホはゴーギャンをアルルに招待し、 ともに共同生活を始めるのですが、 それに先立つ1か月ほど前に、 自画像の相互献呈を行いました。 この絵は、ゴッホからゴーギャンに 献呈されたものです。 弟テオにあてて書いた手紙の中で、 ゴッホはこの絵に触れて 次のように言っています。 「僕はゴーガンへの返事でこう書いた。 肖像画で自分の個性を誇張することが 許されるなら、 僕は自画像の中に単に僕自身だけでなく、 全般的な意味の一人の印象派画家、 永遠の仏陀の 素朴な崇拝者である坊主でもあるかのように この肖像画は考えて描いたのだ、 と・・・ 僕の肖像画はゴーガンに送るが、 彼は手放さずに持っていてくれるだろうから、 君もそのうちに見てくれるだろう。 それは全体の灰色と淡いヴェロネーズ緑が 対照になっているものだ。 服は例の青い縁取りの茶色の上着だが、 僕はその茶色を真紅にまで誇張し、 青い縁取りの幅も広げた。 頭は明るい厚塗りで形づけ、 ほとんど影のない明るい背景に相対している。 ただ目尻は日本風にすこし釣り上げた」 (岩波文庫版「ゴッホの手紙」) 1939年6月30日 スイスのルツェルンのホテルで 大規模な美術品の オークションが開かれました。 画商のテオドール フィッシャーの 主導により 売りに出されたのは ナチスが没収した、 ブラック、ゴッホ、ピカソ、クレー マティス、ココシュカなど 現代の巨匠による 彫刻と絵画でした。 このオークションで最高価格で 落札されたのが、 この、ゴッホの自画像 "ポール・ゴーギャンに捧げる自画像" でした。 (17万5000スイスフラン) 米国のユダヤ系銀行家 モーリス ヴェルトハイムが購入しました。 このオークションには 世界中のバイヤーが つめかけていました。 しかし売り上げ金がナチスに流れることは 明らかであったため ニューヨーク近代美術館(MOMA)は 参加しませんでした。 フィッシャー画廊のように スイスは、略奪美術品処理の ロンダリングの場所となっていました。 |
ロッシーニのオペラ、セヴィリアの理髪師
METライブビューイング
アンコール2019
フアン・ディエゴ・フローレスと
Il barbiere di Seviglia
1.主な登場人物
- フィガロ(バリトン)・・・理髪師。伯爵とロジーナの恋の仲介役。
- ロジーナ(ソプラノまたはメッゾ・ソプラノ)・・・バルトロの姪
- アルマヴィーヴァ伯爵(テノール)・・・リンドーロという貧乏学生と偽ってロジーナと恋におちる
- バジリオ(バス)・・・ロジーナの音楽教師
- バルトロ(バス)・・・医師。ロジーナの後見人。ロジーナの遺産を目当てに結婚しようとねらっている
- ベルタ(メッゾ・ソプラノ)・・・バルトロ家のメイド
2.あらすじ
アルマヴィーヴァ伯爵は街一番の美人ロジーナに一目惚れし、セビリアまでやってきます。伯爵は貧乏学生のリンドーロと身分を隠して彼女を口説き、ロジーナもこのハンサムな貧乏学生に恋をします。
ところが、ロジーナの家には後見人のバルトロがおり、彼は彼女の財産目当てでロジ-ナと結婚しがっています。そのせいで彼女はいつも見張られていて、めったなことでは外に出られません。アルマヴィーヴァ伯爵は、床屋で街の便利屋フィガロに助けを求めます。フィガロも伯爵の報酬を目当てにいろいろなアイディアを出します。
バルトロは、音楽教師ドン・バジリオの助けをかりて、ロジーナを厳しく監視します。情報通のバジリオは、アルマヴィーヴァ伯爵がロジーナを慕ってセビリアの街へ来ていることを伝えると、バルトロはすぐにでも結婚しようとします。伯爵はフィガロの機転に助けられて、バジリオに変装してロジーナの家に乗り込みます。一度は駆け落ちの相談をして結婚の約束をしますが、バジリオに伯爵の正体を見破られます。そこで、バルトロは偽の手紙をロジーナに見せ、リンドーロはロジーナを伯爵に売り飛ばすつもりだと告げます。落胆するロジーナはリンドーロへのあてつけにバルトロとの結婚を承諾してしまいます。
フィガロと伯爵は嵐の夜にベランダからロジーナの屋敷に忍び込みます。最初は彼をなじりますが、伯爵はロジーナに本当の身分を明かし、改めて結婚を申し込みます。ロジーナも誤解が解けプロポーズを受け、バルトロはロジーナの財産を分けてもらうことで渋々承諾してみんなで喜びます!
http://www.asahi-net.or.jp/~hy3j-hsmt/opera/barbiere.htmlより
































