TRIQUETRA ~Tributary Zone~ -74ページ目

TRIQUETRA ~Tributary Zone~

2代目のブログです

 

 

 

昨日は、ゼニスオメガのレベル1を受講されたみなさんに集まっていただき、

練習会を開きました。

 

練習会、、、というよりは、お茶会のような和やかな雰囲気の中、

みんなでいろいろなお話をして。。。

 

私自身も、とても楽しい時間を共に過ごさせていただき、

感謝、感謝のひとときでした♪

 

 

ゼニスに関することはもちろん、その他のこともいろいろと、

各自が持っている体験談とか思いなどをシェアしあうことで、

お互いにとても良い刺激になりましたし、思わぬところから

思わぬ情報が出てきたりすると、それが見事に繋がっていったりとか。。。

 

そういうことが起こると、、、じわっと感動しますよね。。。

あぁ、もう本当に、、、すべては完璧なのだな。。。と。

 

まるで、、、私たちの気づかないところで、目に見えない何かが

動いてくれているような「感覚」。。。

 

それを感じるのです。。。じんわりと。。。

 

 

ウイングメーカーもそうなのですが、ゼニスとかライトランゲージとか。

こういったものに意識的に関わるとそうやって、、、

「あぁ、、、完璧なんだ」と、感動できる場面が必然的に増えます。

 

増える、、、というか、気づきやすくなるんですね。

 

本当は、何気ない日常もすべて、こういったミラクルの連続ではあるのですが、

高次の意識、、、ティフェレットの意識、ソウルの意識。。。

 

そういうものがより介入しやすい領域で活動している時のほうが、

より、気づきやすいのです。。。

 

その「感動」を、リアルに感じること自体が、、、

普段の何気ない日常をこなしていくためのエネルギー充電にもなって。

 

そうこうしているうちに、日々の一瞬一瞬すべてにおいて、、、

常にその感動を感じながら生きていけるようになっていきます。。。

 

 

スタディ・グループとかお茶会とか。。。

 

そうやって人が集まることの本当の意義は、、、

実はそこなのではないのかな。。。と。

 

そんなことを感じたりもします。

 

 

非日常的なテーマにフォーカスする中で、

ミラクル感を普段よりも強めに意識でき、、、

それによって気持ちが高揚し、リフレッシュする。。。

 

言葉を変えれば、自分の波動が少し上がる。。。

 

 

そういう感覚は非常に心地がよいので、、、

ついついそちらにのめり込んでしまう気持ちも分かりますが、、、

そうするとそれが、現実逃避になってしまうような気もします。

 

 

スピリチュアル的なことを共に探究するグループの人たちと、

いつもいつもベッタリしながら、常にその世界に

留まっているのではなく、たまにそこでリフレッシュしたら、

それぞれの日常を、、、それぞれの現実をしっかり生きていく。。。

 

地に足をつけて。。。

 

 

そうじゃないときっと、、、

世界全体は、いつまでたっても変わらないと思うのですよ。。。

 

自分ひとりだけが成長するのではなく、、、

人類全体をひとりの存在とみなして、、、

その単位で大きく成長していきたいですものね。。。

 

 

今はまだ「非日常」的なものが、、、

いずれは、当たり前の「日常」になっていければいいですね。

 

 

 

ウイングメーカーと関わっていても、不思議なことはよく起こり、、、

そのたびに、「あぁ、ウイングメーカー達が働きかけているんだ」と。

そう感じてきました。

 

ゼニスでは、ヒーリングを手伝ってくれる目に見えないヘルパーがいると

言われていますが、たしかに、ゼニスを使っているうちに、

実際にその「存在」を感じるような場面にたびたび遭遇し、、、

 

そうこうしているうちに、、、

ヘルパーさんって、本当にいるんだな。。。と。

そんな気持ちにさせられたりもします。

 

 

その「目に見えないなにか」。。。

 

 

自分の意志とは関係ないところで何かが動いてる。。。

何かが働きかけてくれている。。。

自分をどこかへ導こうとしているような気がする。。。と。。。

 

そういう感覚というのはおそらく、、、

何らかのきっかけで、どんな人も感じるものなのだと思っています。

 

歴史などを見てみれば、、、

いろんな宗教、いろんな哲学、芸術や科学の世界でさえ、、、

みんなどこかでその、「目に見えない大きな力」を感じているようです。

 

それを神と呼んだり、天使と呼んだり、マスターや宇宙人と呼んだり。。。

それは人によって様々ですが。。。

 

 

何か目に見えない力ってあるんだ。。。と。。。

 

そういった感覚が自分の中でもう疑うことができないほどの確信に

なったとき、、、そこに、「信仰心」って生まれるんですね。

 

「信念」といってもいいかもしれませんが。。。

 

 

外部から植え込まれた信念、信仰心ではなく、、、

自分の経験から自然と生まれてきた信仰心。。。

 

それを持つことは大切なことだと、個人的には感じています。

 

それがとても強みになるのです。。。

 

 

 

大学で生物学を学んだ人は、、、

自分のことを、「自分は理論タイプなんだよ」といっていましたが、、、

 

彼曰く、こういったエネルギー・ヒーリングは、

「それはプラシーボだよ」。。。と。

 

 

実は、、、私も自分の中のある部分では、

そう思っていたりもします。。。

 

 

でも、、、

そもそもプラシーボ効果ってどうして起こるのでしょう?

 

 

そうやって突き詰めていくとやはりそこには、、、

人の思い、、、信念や信仰心というものが大きく関わっていそうな、

そんな気がしてくるのです。

 

 

ヒーリングではよく、「意図することが大事」と言われますが、、、

意図というのはおそらく、、、自分の思考の力を使って、

エネルギーの流れる道を作ってあげることのような感じがしています。

 

ですからそこにもきっと、、、

その「信念」、「信仰心」というものが、大きく関わっていくのでしょう。。。

 

 

それを単に科学的には「プラシーボ」と呼び、、、

スピ的には、「エネルギー・ヒーリング」と呼び。。。みたいな?

 

 

でも、、、これは経験からいうのですが、、、

呼び名は何にしても、、、それに効果があることだけは確かだと、、、

そう思っていたりします。

 

 

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ヒーリングやカウンセリング、、、

または、占星術的なアドバイスなどを求めている時の視点は、

イエソド・レベルです。

 

日常的なこと、、、というか、人間的な感覚で言ったら「普通」の

現実に目が向いている意識です。

 

そしてこの「普通」の中には、、、

今の「ニューエイジ的なスピの世界」で、非常に混乱した形で

捉えられている、多次元的な世界も含まれていたりします。

 

それは、チャネリングとか、アセンションがどうとか、

宇宙人がどうとか、、、そういうことです。

 

 

ヒーリングが起こると、「一時」、苦しみから解放されます。

でもそれは、「根本的な解決」ではなく、「新たな旅の始まり」です。

 

ですが、いろいろと古い荷物を降ろさなくては、

重くて重くて、とても新たな冒険には出られませんから。。。

 

だからやっぱり、現世的な問題をひとつひとつ解決していくのが、

とてもとても大切な、最初の一歩だと。。。

 

今の私は、そう思います。

 

 

自分の「本当の正体」を知ると、、、

そこからの視点が、自分の中で安定します。

 

すると、表面的には何が起こっていようとも、

その、深い深いところにある平安と、

いつも繋がっていられます。

 

もちろん、人間ですから感情や思考、それ自体を止めることは

出来ませんけれども、そういったものから起こる「波」に、

いちいち翻弄されなくなります。

 

 

実を言えば。。。

最近では、、、波に翻弄されないことがいいのか、、、

されているほうがいいのか、、、

 

そういうことさえ、、、どうでもよくなってきてしまったのですが(苦笑)

 

私は私の経験しか語れませんから、、、

だから、こういう話しか出来ないのです。。。

 

 

結婚した後は、、、私もいろんなことがありました。

 

そうやって、私の人生で起こったことを人に話すと、、、

「Lyricaさんも大変だったんだね」

・・・とか言われたりします。

 

まぁたしかに、、、

「人間としての私」にとっては、それは「苦労」だったのかもしれませんが、、、

それでも私は、それを「大変だ」と思ったことはありませんでした。

 

それどころか、、、それを心底楽しんでいました。。。

 

なぜなら、、、

19歳の時に私は、、、自分の正体を思い出してしまっていたからです。

 

 

でも、、、

その、「一見苦労のように見えるもの」の渦中にいるときの私が感じていた、、、

本当の心情、、、本当の「感覚」を伝えようとしても、、、

誰もそれを、理解してはくれませんでした。

 

みんな、「自分というフィルター」を通して、、、

私の話を、その人の思いたいような形に変換して解釈するから。

 

誰も人の話を、「本当に」聞いてない。。。

 

聴いてない。。。

 

「そうじゃないんだけど」。。。と。

そういうことで私はいつも、、、もどかしくてもどかしくて。

 

そういうことで、イライラしていた時期もありました。

 

 

 

人間視点でみたら、それは大変なことに見えるのでしょうけど、、、

私はいつも、、、本当に、幸せだったのです。

 

この「感覚」。。。

誰も解ってはくれません。

 

いくら説明しても、、、本当のところは全然伝わりません。。。

 

「大変だったね」とか言われると、、、

なんだか憐れまれているようで、すごいイヤで。。。

 

「全然大変じゃなかったんだってば!!」と死ぬほど訴えても、、、

相手にはそれが、強がっているようにしか見えなかったりとか。

 

 

 

なのである時諦めて、、、

いちいち説明するのもやめてしまいました。

 

 

それが「大変だったんだね」と映る人には、、、

もう、そう思っててもらってもいいや。と。

 

いつしか、、、そう思うようになりました。

 

 

そう思うようになったら、、、すごく軽くなりました。

 

そして、、、あぁ、、、自分のこんなところにも、

こんなエゴイズムがあったのか。。。と。

 

それに気づいて、苦笑いでした。。。

 

 

・・・とはいいつつも、、、

未だにまだちょっと、このエゴイズムは克服しきれていないので、

似たようなことでイラッ!!と来るときは、、、

たまにあったりはしますが。

 

 

 

人間視点ではない「感覚」から世界を眺めると、、、

この世はすべて完璧であり、、、まるで本当に体験しているように

感じられる今という瞬間というのは、、、

本当に本当に、、、どんなに貴重なものであるか。。。

 

本当に、、、そうなんですよ。。。

 

それは誰もが、、、最後の最後にファースト・ソースに戻った時、、、

「そういうことだったのか」。。。と、しみじみ分かると思います。。。

 

 

頭で、、、知識として分っているのではなく、、、

泣きたくなるくらいの、、、半端ない大きな安堵感。。。

とんでもない感動を伴って、、、

 

それが分かると思います。。。

 

 

この世はすべてが完璧であって、、、

そこにはもう、、、「自分」しかいない。。。

 

愛しかない。。。

 

 

Nothing but Everything...

Nothing but Love!

 

 

私が言いたいのは、、、本当はこれだけなのです。。。

これしかありません。

 

 

だから私は、、、

ジェームズがある時から、アヌンナキの話をしはじめ、、、

そこに「悪役」を立てはじめた頃から、それに対してだけは、

違和感がありすぎて。

 

どうしてなんだろう?

どうしてジェームズは、そんな方法をとったのだろう?

もしかしてジェームズは、実は知識だけの人だったのだろうか?とか。

 

そういう疑問がずっとあって。

だからこそ、ジェームズに直接会って、本人の口からそれがどうしてなのか、

説明してほしいと。。。

 

ずっとそんな風に思っていましたが。。。

 

 

でも最近、ちょっとしたキッカケで「グノーシス主義」のことが目に留まり。。。

スッキリした気持ちになりました。

 

 

グノーシス主義には、どこかで関心を持ちつつも、、、

その特徴が「二元論」だと聞いていたので、

これまで、私はあまり深く関わろうとはしてきませんでした。

 

これからも、グノーシス主義について深く研究したいとかは思いませんが、、、

でも、「これまでの人間の歩みを知る」という意味で、、、

そういう世界のことを知るのもいいかなぁ。。。と。

そんな気分になってきました。

 

グノーシス主義。。。

チラッとその表面だけを見てみたら、なるほどな。。。と思いました。

 

ジェームズの、アヌのお話はおそらく、、、

グノーシス主義的な持って行き方なのだな。。。と。

 

そんな感じがしました。

 

 

キリスト教では「神」と呼び、、、

ユダヤ教では「ヤハウェイ」(ヨッド・ヘイ・ヴァウ・ヘイ)。。。

 

ダスカロスが「絶対無限の存在」と呼ぶもの。。。

ジェームズが「ファースト・ソース」と呼ぶもの。。。

ジェームズのこの呼び名は、、、ウランティア・ブックから来ているのですけど。

 

そして私はそれを、、、「夢を見ている本当の私」と呼びますが。。。

 

 

カバラでもそうなのですが、、、

グノーシス主義もまた、そのファースト・ソース的な、絶対的なものの

ひとつ下にもう一段階、「神様的存在」を設定して物事を考えるみたいですね。

 

その神様が物質世界を創って、

私達の霊、私たちの魂、、、

呼び名はなんでもいいのですが、、、

 

それを、その「悪い神様」が創った世界の中に閉じ込めてしまった。。。

 

だから、早く目を覚ましてそこから脱出しなくちゃ!と。。。

 

グノーシス主義はそういう、、、

「善と悪」が存在する二元論。

 

でも二元論的な説明というのは、実は混乱させますよね。

最終的に目指すところは、「ワンネス」なのですから。

 

グノーシス的な考え方が生まれた時代背景を考えれば、、、

これが限界だったのかもしれませんが。

 

もしかするとその混乱さえ意図的だったのかな?

そこがひとつの、「イニシエーション」になっているとかね。

 

 

ウイングメーカーではその神様が

「アヌ」ですけれども、、、

グノーシス主義ではそれが、「デミウルゴス」。

 

ジェームズは、こうしたグノーシス主義的な物の考え方に、

現代の宇宙論を絡めて、、、もっと壮大にしていますが。。。

 

 

「悪い神様」みたいなもの、、、

自分の外側にいる「悪」みたいなものをそこに存在させること。

 

私はそれは危険な賭けだと思ったし、逆に人を混乱させていくと思ってた。

 

だってね、、、

ほとんどの人がそれを、、、

「額面通り」に受け止めてしまうのですから。。。

 

でもそれもまた、、、

ひとつの「やり方」なのだと。

 

なかなかそう受け入れきれない自分の、、、

ここにもまた、エゴがある。。。

 

 

 

 

言葉で説明できないことを、誰かに説明しようとする時は、、、

神話とか喩え話を使うしかないのでしょう。。。

 

 

 

そしてそれを、どういった「表現」で伝えればいいのか、、、

いにしえの賢者たちは、そういうことをすごく考えたのだろうと思う。

 

デミウルゴスとか考えた人も、、、

そうだったのだと思う。。。

 

ファースト・ソースの中にある無限の可能性の中から、、、

誰かがそれを表現したのでしょう。。。

 

インスピレーションとしてキャッチして。

 

でもそのおかげでそれがずっと、固定されてる。

エレメンタルとして。。。

 

 

ジェームズ、、、信念体系を変えるのではなかったのかなぁ(苦笑)

ジェネティック・マインドを作りかえるのでは。。。

 

 

彼もやっぱり、ヒューマン・インストゥルメントを纏って、、、

あれこれ苦労しているのでしょうね。。。

 

 

 

本来言葉にできないものを言葉にしなくてはならない時は、、、

それを伝える人の個性がそこに乗るでしょうし、あとはその時代を

生きている人達の意識レベルとか、、、そういった時代背景とかもまた、

関係してきたりするのでしょうし。。。

 

 

ジェームズですら、、、その「固定された世界」の中で、、、

固定された表現を使っていかなくてはならないのですから、、、

 

彼も本当に、、、いろいろ試行錯誤したのだろうな。。。と。

 

そう思います。。。

 

 

私は、、、自分の外側に悪を立てるのは嫌いで。

 

悪というものがあるとしたら、、、

それはすべて、自分の中にあると。

そう思う人です。

 

 

そして、今のニューエイジ系スピみたいに、

そういった自身の中にある「悪」、つまり「エゴイズム」から

目をそらすことも嫌いなのです。

 

 

だから私は、、、

ジェームズの神話を読む時は、、、

 

アヌもまた、自分自身だと思って読みます。

 

そのアヌに対して、ダメなところはダメ!と。

あなたのこういうところは大嫌い!と。

 

そう、厳しく言い放ちながら。。。

 

深いところでは、、、

アヌにもやはり、限りない愛情を抱いています。。。

 

 

こんな風に書くとまた、、、

誤解されたりするのだろうなぁ。。。

 

 

 

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アトランティスに存在したかもしれない、あるひとりの女性。

巫女であり医者であった彼女の名前は、ラーナ。。。

 

「ラー」というのは、古代エジプトの言葉では「太陽」を意味し、

「ナ」はたしか、「あなた」という意味があると聞いたような気がします。。。

 

ですから、「ラーナ」というのは、「太陽のあなた」という意味です。

 

 

もしかしたら、あなたはラーナの生まれ変わりかもしれない。。。

 

 

・・・と、ある人は私にそう言いましたが、、、

そのあたりはきっと、私には死ぬまでハッキリ分からないような気がします。

 

けれども、正直に言えば、、、

あれから何年もたった今ですら、私はそのラーナに、、、

どこかで取り憑かれているようです。。。

 

 

その名前を言葉にするとき、、、

私は、「Luna」と記しています。

 

Lunaは、、、「月」という意味ですが、

カバラの生命の樹では、「月」はイエソドに対応し、

それは「自我」を表すものであるからです。

 

生命の樹で「太陽」は、ティフェレット。。。

「真我」に相当するものであり、、、それは、「魂」を表すものであり。。。

 

 

 

今の私が、「常に」ティフェレットの意識に留まっていられるようになるまでは、

常にサヴァリン・インテグラルを体現できるようになるまでは、、、

「Ra-na」と記すことにはまだ、、、抵抗があるのです。

 

 

ちなみに、、、「ラー」は太陽。「ルナ」は月。。。

その語源はおそらく、、、どちらも「光」です。。。

 

 

「ラー」と言えば、古代エジプトでは、「太陽神ラー」を崇拝していました。

 

そこにはラーだけではなく、他にも様々な神々がいて、

地方によって、または個人によって、、、

特別に崇めている神が、それぞれ違っていたのだとか。

 

 

古代エジプトは、果たして一神教だったのか、それとも多神教だったのか。。。と。

これについては、大昔から、研究者たちの間で論争が繰り広げられて

きていたようですが、、、

 

彼らは、たくさんの神々を崇めながらも、、、

どうやら、「ファースト・ソース」の存在というものには、、、

もうその頃から気づいていたらしい。

 

・・・ということが、今では解ってきているのだそうです。

 

古代エジプトではそれを、「ネター」と呼んでいました。

 

 

その「唯一の神」(神という言葉は語弊を招きそうですが、、、)は、

決して直接見ることはできず、限定されたものはなにもなく、、、

そして、絶対無二の、すべてを含むものであるのですが。。。

 

その絶対唯一の「表現のひとつ」として現れた様々な形、性質を、

それぞれの神として崇拝していたのだろうという説があります。

 

他には、その神の代理人となるような存在(WM的に言えば、セントラル・レイスのような

存在)を、神として崇めていたという説や、あとは、かなり高度に成長していた人々を、

半神半人として崇めていたという説とか。

 

いろいろあるようですが、唯一神。。。

ファースト・ソースの存在というものについても、

古代エジプト時代には、もうすでに理解していたようです。

 

 

ただ、、、

 

「一神教であり、同時に多神教であること」

 

そこに矛盾がないことを本当に理解できるのは、高度な神秘学的な

教育を受けた一部の人たち。。。

例えば王族とか神官のような、エリートたちだけだったのでしょう。

 

そして彼らは、国民のあらゆる混乱を避けるために、、、

一般庶民には、ファースト・ソースに関する知識を

直接伝える代わりに、その神の代理人として存在する超人的存在。。。

 

セントラル・レイスのようなものをそこに存在させ、、、

一般庶民の人たちには、それを信仰させようとしたのだろうと思います。

 

 

そんな中、あるひとりの革命家のファラオが登場しました。

 

古代エジプト第18王朝のファラオ、アメンホテプ4世です。

今は「アクエンアテン」と呼ぶようですが、

私は、「イクナートン」と呼ぶほうがなじみ深いかな。。。

 

彼は、あの有名なツタンカーメンのお父さんですね。

 

 

イクナートンは、それまでの多神教から一神教に改宗したファラオとして

有名ですが(アマルナ改革)、これまで書いていたように、

一神教的な考え方というものは、それ以前にもすでに、エジプトには

存在していましたので、唯一神がいるのだと、最初に気づいたのが

イクナートンであったというわけではないようです。

 

ただ彼は、それまではおおらかに、あらゆる神を信仰していたエジプト社会に対して、

 

「ほかの神は信仰しちゃダメ。太陽神アテンだけを信仰しなさい」

「あと、神官たちは放っておいて、ファラオである私だけを崇拝して」

 

・・・と。

半ば強引に、そして強制的にエジプト全土を改宗させ、

都も移し、古い多神教の神官たちからは距離を置き。。。

 

 

結局、、、彼が亡くなったあと、あっという間にまた、

神官たちによって体制は以前の古いものに戻され、

イクナートンは、その思想だけでなく、彼の存在の記録までもが

ことごとく抹消され。。。

 

彼の妻、ネフェルティティは命からがら国外へ逃げて、、、

息子であったツタンカーメンは若くしてファラオに即位しましたが、、、

すぐに亡くなり。。。

 

 

ツタンカーメンについても、面白いお話があるのですが、、、

話が逸れるので、それはまた今度に。。。

 

 

イクナートンは一体何をしたかったのか。。。

 

これは、イクナートンに聞いてみないと分かりませんけど。。。

私がなんとなく感じるのは、彼の「純粋さ」です。。。

 

 

もしかすると彼は、、、宗教という名のもとに私腹を肥やす、、、

一部の悪代官みたいな神官たちに、かなりストレスが

溜まっていたのではないのかな。。。なんて思ったりもします。

 

神官たちがそうすることによって、国民たちがどんどん迷っていく。。。

 

それが彼には、、、見るに堪えなかったのではないのかと。。。

 

本当に知るべきなのは、、、「ネター」だけなのに。。。と。

 

 

イクナートンは、その当時のエジプト人たちの意識のレベル、

因習的なことをしっかり見極めながら、ネター(ファースト・ソース)を

「太陽」に象徴させ。。。

 

他の神々を一切排除して、ただ太陽だけを信仰させようとした彼の

その行動の裏には、「善と悪」とか、「男と女」とか。。。

そういった二元論的な考え方から、、、

「すべてのもののもとはひとつ」というワンネス的な考え方で、

人々の心に平安を与えたいと。。。

 

そういう気持ちがあったのではないのかな。。。と。

個人的には思います。

 

 

彼が求めていたのは、宇宙に存在するふたつの力の「調和」。。。

そこにバランスをとることであり、

 

彼の唱える一神論では、神の女性的な側面に対する

深い尊敬の念が表れていたそうで、彼の妃ネフェルティティは、

復活したイシス、、、

再び現れたイシス女神の象徴となる予定だったようです。。。

 

 

そういったイクナートンの夢は、、、

その当時のエジプトにはまだ、定着しませんでした。

 

多分、、、時代が早すぎたのでしょう。。。

 

 

けれども、彼のこの思想が、のちのユダヤ教、キリスト教、そして

イスラム教の先駆けになったことなども考えると。。。

 

イクナートンという人は、いろいろな意味で、人類の中での、

大きなミッションを果たした人なのだなということが、

解るような気がします。

 

 

現在もまた、イクナートンの時代のエジプトと同じような立ち位置に、

私たちはいるのかもしれませんね。

 

人々の意識の中に、「ワンネス」の感覚を呼び起こす。。。

 

そういう時期なのかもしれません。

 

 

 

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明けましておめでとうございます!

本年も、どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

ほとんど毎年、大晦日は東急ジルベスタコンサートを観ているのですが、、、

今回のカウントダウンは、大好きな「ダッタン人の踊り」でした。

 

とても大好きな曲なのでテンションがあがりましたし、、、

実はこの曲、初夏の頃にある次の声楽の発表会で歌う予定だったので、

そんなシンクロに、よけいに嬉しく感じたりもしたのでした。

 

なんか、縁起がいいな~と(笑)

 

 

元旦は、毎年恒例のウィーン・フィル。

 

今年の元旦はどこにもいかないで、

家でのんびりしていたので、ゆっくり観れました。

 

ウィーン・フィルの音って、どうしてあんなに違うのでしょうね?

どこかが、澄んでいる感じがするのです。

 

そして今年の指揮者さん。

 

南米出身、35歳の若手の方だったのですが、

ニコニコと楽しそうに指揮をされていて、

その笑顔に癒されたりもしました。

 

南米の音楽家の人って、なぜか何とも言えない色気があるような気がして。

けっこう、好きです(笑)

 

 

 

2015年は、ヒーリングのお仕事を始めました。

2016年は、ゼニスやライトランゲージの講座を始めたり、

ウイングメーカーのスタディ・グループを始めたりしました。

 

さて、2017年は、何が始まるでしょうか?

楽しみですね☆

 

この流れの中、、、

出会ってくださった方々には、感謝です!

 

今年もまた、どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

 

 

ゲルギエフのダッタン人の映像を見つけました。

バレエは、マリインスキー・バレエ団のだと思います。

 

 

 

 

 

 

ゲルギエフは、才能ある偉大な指揮者ですけど、、、

ダンサーに合わせてあげない指揮者でもあるのですよね(笑)

 

でも、このスピードでちゃんと踊れる身体能力のあるダンサーたち。。。

 

いろいろと、進化してるんだなぁ。。。と思います。

 

 

そうそう、上の絵は、またまた娘が描いた絵です。

年末、年賀状用にと頑張って描いていました。

 

 

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サロン近くにある川の橋があるところに、

今日はカモメがたくさんいました。

 

カモメだけじゃなくて、カラスたちもいつもよりたくさんいたし、

他にも鳥たちが妙にたくさんいて。。。

 

今日は、鳥DAY??

 

 

カモメも、ほとんどは橋の上の電線に並んでとまっていたのですが、

橋の欄干に一羽。。。

 

近づいても全然逃げない。。。

 

あまりに可愛すぎたので、つい写真を。。。

 

 

 

サロンのご近所は猫パラダイスなので、

外から帰ってくるとき、なかなか部屋に戻れません。。

 

つい、猫のほうに寄っていってしまうから(笑)

 

最近、やっとこちらの顔を覚えてくれた子がいて。

話しかけたら、寄って来てくれました。

 

可愛いかった~♪

 

 

 

もう10年近く前だったか。。。

 

カバラを勉強しに、ある先生のもとに通っていたことがありました。

 

そのコースの最後のクラスの時に、自分で何かひとつテーマを決めて、

それについて、カバラの生命の樹に沿って説明をしてもらうからね。。。と。

先生からはそう言われていたのですが、、、

私はそのクラス、欠席してしまいました。

 

たしかその日、、、息子が具合悪くなったのだったと思います。

 

 

カバラを勉強していたころは、子供たちがまだ小さくて。

なぜか、カバラの日の当日に、家族の誰かが体調を崩したりして、

コースの最後のほうは、数回連続で行けなくなったりもして。

 

お休みした人は、あとで振替できると言われていましたが、、、

結局、、、行きたい行きたいと思っているうちに、、、

あっという間に、時は過ぎ。。。

 

でもカバラはやっぱり、、、私にとっては特別なもののひとつであり、、、

カバラ、占星術、ダスカロスの教え、その他、西洋系の神秘哲学、、、

そして、ウイングメーカー。。。

 

すべてが私の中では、きれいに繋がっています。。。

 

 

 

今になって振り返ってみれば、、、

あの頃はまだ、生命の樹のことを私は全然理解していませんでしたので、

それに当てはめて何かを説明しろと言われても、、、

どうしたらいいのか。。。と。

 

いくら考えても頭が真っ白になってしまっていたので、、、

その日、息子のおかげ?で行けなくなったこと。。。

どこかでホッとしていたのだろうと思います。。。

 

 

でもあれからずっと、、、

生命の樹のことはひっかかっていて。。。

 

そして昨日、、、

お風呂の中でライトランゲージをやっていたら、、、

突然、インスピレーションがやってきたのです。

 

「ウイングメーカーが、一番下にある」

 

・・・というイメージが。。。

 

 

そこから、スルスルと紐がほどけていくように、、、

いろんなことが突然、解ってきたのでした。。。

 

そして、「自分の在り方」というものを、、、

綺麗に、生命の樹に当てはめてみることができたのでした。

 

ここにくるまで、、、

10年近くかかった。。。

 

 

そのあと、実際に生命の樹の図を描いてみて、

それぞれのセフィラに、自分のことを書き込んでいって。。。

 

それを書き込み終わるとその瞬間、、、

グラッと大きな地震が起きました。

 

私のいたところは、たぶん、震度4くらいだったかな。。。

 

 

天が、、、

 

「それでいいんですよ~。正解!」

 

・・・と言ってくれる時は、、、

いつもいつも、こうやって何かが起こる。。。

 

 

地震が起こることが比較的多いのですけど、、、

いつかは、雷が一発だけ「ドン!!」と鳴り響いたこともあった。。。

 

 

 

今日は、新月ですね。。。

 

新月前夜にそういう区切りがついたことも、

なんだか感慨深かったですし、、、

 

年の瀬の今という時に。。。

2017年の指標みたいなものが解ったようで。

 

なんだか、嬉しかったです。

 

 

 

今日はサロンの大掃除も終わりましたし。

明日はお家のほうのお掃除をして。

 

大晦日は、、、のんびり過ごしたいなぁ。。。と思っています。

 

 

急に冷え込んできましたけれども。。。

やっぱり冬は、、、このくらい寒いほうが冬らしくて。。。

変だけど、、、なぜかどこかで、ホッとする。

 

今日は、、、

本格的な冬の寒さが、とても気持ちよく感じた日でした。。。

 

 

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ウイングメーカーのスタディ・グループの時に出たポイントを、

ここで改めて追っておこうかと思います。

 

 

IRIDESCENCEサイトに、ウイングメーカー・サイトのイントロダクションの

部分を翻訳したものを載せたページがあります。

 

 

ウイングメーカー

 

 

このページの中にある、「ウイングメーカーの歴史」というセクションの中に、

ジェームズの言葉の抜粋があります。

 

 

 

 全員が自分自身に、最終的にはこう言わなければなりません。「私は知らない。けれども、その可能性について熟考するつもりだ。」と。それは、私たちがワンネスへの道だと感じる瞑想(熟考、沈思黙考)の中にあるのです。また同様に、私たちが分離とエゴ・アイデンティティへと後退する瞑想の欠如の中にあるのです。

 

 

「私たちがワンネスへの道だと感じる瞑想(熟考・沈思黙考)」とありますが、

ここで使われている「瞑想」とは、「meditation」のことではありません。

 

英文では、「contemplation」という言葉が使われています。

 

この言葉、「瞑想」という意味よりも、どちらかというと「沈思黙考」とか

「熟考」という意味合いのほうが強いのかもしれませんが、、、

私はあえて、「瞑想」という言葉を使いました。

 

 

東洋的な瞑想は、マインドをストップさせることを目的としたもの、、、

「空」を目指すようなものが多いのですが、西洋的な瞑想というのは、

何かひとつテーマを決めて、ひたすらそれについて考え続ける。。。

というようなものが多かったりします。

 

何か一点に集中し続けていると、ふと自分のソウルの部分から、

様々なメッセージやインスピレーションを受け取ることがあり、

それは自分にとって、とても深遠で、有益になる答えだったりすることが

よくあります。

 

でも、それだけではなく、、、

こういったタイプの瞑想でも、時に、

神を見ることがあったりもするようです。

 

 

あるカバラのラビは、、、

ひたすら数字を数えていたら神を見てしまったそうです。

 

これだけ聞くと、なんのこっちゃ?という感じですが、、、

私はそれが、、、どういうことなのか、なんとなく解るような気がします。

 

私も、タイムトラベルの本を読んでいて、それを無理矢理マインドで

理解しようとしたら、思考停止したからです。

 

 

それと同じように、、、禅問答にも、そういった仕掛けがほどこされているようで、、、

頭では到底理解不能のような質問に対する答えを、ひたすら思考を使って

探し続けていると、限界を突破した時、思考はショートして、停止する。。。

 

その瞬間、神を見る。。。

 

禅問答の本来の目的は、神を見るということではないのかもしれませんが、、、

そのような、偶然によるおまけ的に、神を見てしまうような仕掛けも、、、

どうやら、その中には込められているのだとか。

 

 

そのようなことを踏まえたうえで、、、

私はここで、「瞑想」という言葉を選んだのでした。

 

 

私たちがワンネスへの道だと感じる瞑想(熟考、沈思黙考)の中にあるのです。また同様に、私たちが分離とエゴ・アイデンティティへと後退する瞑想の欠如の中にあるのです。

 

 

・・・とありますが、これは、、、

 

悟りを目指してひたすら努力している人でも、、、

ハートの美徳を日々頑張って実践している人でも、、、

何も考えずに、ただただ外側の世界に反応だけしながら生きている人でも、、、

 

それらすべては、「ファースト・ソースのひとつの表現である」という

意味においては、どれもまったく等しいものである。。。ということです。

 

 

私は、これまでの日記で書いていたように、今流行のスピの在り方は、

ハッキリ言って嫌いですけれども、、、

それは、「夢の登場人物としてのわたし」としての感覚であり。

 

もっともっと深い部分では、「みんなおなじ」ということは、

重々、解っています。

 

 

そういうことが解ったうえで、

嫌いなものは嫌いなだけであって、それ以上でもそれ以下でもなく。。。

ただ、それだけのことです。

 

そして、嫌いなものを無理矢理好きになることはしません。

 

そして同時に、、、深い深いところでは、、、

どんなものでも、愛しているのです。。。

 

 

私達はそうやって、「多次元的」に生きています。

 

言葉を換えれば、、、私たちは人間である限り、どんな人でも自分の中に、

そういったパラドックス、、、矛盾を抱えている。ということです。

 

嫌いだと思っている自分は、単なる「夢の中の登場人物」に過ぎず、、、

それが自分のすべてではありません。

 

ファースト・ソースとしての自分、、、

ソウルとしての自分の意識をすっかり忘れ、夢の登場人物としての自分、、、

つまり、自我とかマインドと呼ばれる自分になりきりすぎてしまうと、

あれこれ、悩んでしまうんですね。。。

 

かと言って、「夢の登場人物としての自分」というものは、、、

ファースト・ソースにとっては、宝物のように大切なものでもありますから、、、

それをわざわざ、手放してしまう必要もなく。。。

 

自分の中にある多次元性をよく理解して。。。

自分の中にあるこういった「矛盾」と、上手に折り合いを

つけていけるようになれば、、、人生本当に、ラク~~~になりますよ。

 

 

「平等性」とか「等価性」、、、というものを、

「夢の登場人物」が「本当に」理解することは、、、

おそらく、とても難しいことだろうと思います。

 

「愛」がこれまで、もっとも誤解されやすいものであったように、、、

次元が違うものを、イエソド(自我)レベルのままで理解しようとすれば、

そこに誤解が生じるのも当然です。

 

誤解、、、というよりは、様々な解釈の違い。。。

と言った方が、いいのかもしれません。。。

 

人はその言葉の中に、、、自分自身を投影して解釈する。。。

今の自分のレベルでそれを解釈する。

 

ですので、

ほとんどの賢者は、天上レベルで語っているのに、、、

あとに続く人が、それを地上レベルで解釈してしまったために、

本来の意味が歪められて、後世に伝えられてしまった。。。

 

・・・ということは、歴史の中でもよくあったことでしたね。。。

 

 

ジェームズは、「誰もが、私は知らないと言わなければならない」

と言っていますが、、、

知らないのは、「夢の登場人物」としての「私」のことです。

 

その私は、最後の最後まで、すべてを知ることは出来ないでしょう。。。

 

ですから、「解ったつもり」になった時点で、、、

すべてがそこで止まってしまうでしょう。。。

 

ですから私は、、、

「夢の登場人物としての私」は、上を目指して日々精進なのだ。と。

 

そう思っています。

 

 

けれども、、、

私達の中には、「すべてを知っている私」というも、

同時に存在しているのです。。。

 

ハートを通して語りかけてくるその声は、、、

その「すべてを知っている私」からの囁きです。。。

 

そして、、、その私は常に、、、あるがままです。。。

ただひたすらに、、、「観察者」です。。。

 

 

最後まですべてを知ることが出来ない「私」は、、、

どこまでも謙虚に、、、ひたすら謙虚に日々精進。。。

 

よく考えること。。。

熟考、沈思黙考、瞑想すること。。。

そして、、、内省、自己分析すること。

 

 

・・・と同時に、、、

自分の内側深いところには、、、

パワフルで、何でも解っている自分がいるのだということも、

常に覚えていること。。。

 

 

私の中には、、、たくさんの私がいるのです。。。

 

ファースト・ソースとしての私。。。

ソウルとしての私。。。

マインドとしての私。。。

 

 

マインドとしての私にとって、、、

考えることはお仕事ですから。

 

そのお仕事を手放してしまうなんて、ありえない。

 

ただ、余計なことを考えて悩んだり苦しんだりしてしまわないように、、、

「正しい考え方」というものを、身につけることですね。

 

私は、そう思っています。

 

 

今のこの地上で私たちがやることは、、、

私達が今ここにいる目的とは、、、

 

自我と真我を一致させること。。。

 

マインドは謙虚に日々精進しながら、少しづつ少しづつ、

ソウルの意識へと近づいていく。。。

 

それが、サヴァリン・インテグラルの体現ですから。

 

 

私がここで書いたことは、、、

ジェームズももちろん、重々承知でしょう。。。

 

ここで挙げた抜粋だけではなく、全体を通して広く眺めてみれば、、、

彼もそう言っていることが、おそらく解るでしょう。。。

 

 

でも、、、

賢者の言うことには常に、、、矛盾というものはつきものなんですね。。。

 

ですから、どの視点から物を言っているのか、、、

どの次元の「私」のことを言っているのか、、、

 

そういうことが見極められるようになることって、

とても大事だと思っています。

 

 

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10代のあの神秘体験以来、、、

私は、生まれ変わりというものはないものだ。。。と、

ずっと、そう信じてきました。

 

 

・・・というのも、人は死んだらみんな、夢から覚める。。。

あの時見たもの、、、ファースト・ソースの意識に一瞬にして戻るのだから。。。と。

 

そう信じて疑っていませんでした。

 

 

子供の頃から、幽霊はよく見ましたけれども、、、

じゃぁ、私が見ていた幽霊みたいなものは、残留思念だったんだ。と思いました。

 

ですから、その後ヒプノで見た自分の前世も、自分の想像や妄想だと

思っていたわけです。

 

 

一般的に言われていた「悟り」というものも、、、

私はずっと、ファースト・ソースに戻ってしまうことだと思っていました。

 

「もとの自分」に戻ってしまうこと。。。

つまり、今の「夢の登場人物としての自分」は消えてしまうこと。

 

 

こうして、ファースト・ソースの見る夢の世界の中で、、、

自分の本当の正体のことをすっかり忘れて、

その登場人物になりきれている今という時。。。

 

それが、ファースト・ソースとしての自分からしてみたら、、、

どんなに貴重なことなのか。。。

 

どんなにやりたかったことなのか。。。

 

 

それを知っていましたから、、、

だから、「悟り」を目指して頑張っている人を見ると、、、

なんだか、もったいないような気がしていたものです。。。あの頃は。。。

 

せっかくの今なのだから、、、もっと楽しめばいいのに。。。と。

 

 

 

WMの日本語のフォーラムで知り合ったある人が、、、

本当に素晴らしい方でした。

 

その方はおそらく、、、私と同じものを見たことがある人なのだな。。。と。

私はそう感じていましたし、これまで私がそう感じた人は、、、

たったひとりだけ。。。

 

その人だけでした。

 

そういう人に、ウイングメーカーに関わる場で出会ったということに、、、

感激したものです。。。

 

 

 

その人と話しているうちに、「悟る」ということは、

「戻ること」ではなく、「思い出すこと」なのだ。。。と、、、

 

それを理解しました。

 

 

だったら、、、悟りを目指すという人生もまた、、、

その人のひとつの人生として、ありなんだね。と。

 

そう思えるようになったのでした。

 

 

悟るということが、一般的には「もとに戻ること」ではなくて、

「思い出すこと」として理解されていると知ったあとも、、、

 

私はまだ、、、人は死んだらみんな、すぐにファースト・ソースの意識に

戻るのだと信じて疑っていませんでした。

 

 

その頃は、例のアトランティスらしき記憶のヴィジョンが他の人と

シンクロしたりしていたので、そのことについてもよく考えました。

 

 

どうして、こんな記憶みたいなものがあるのだろう?

だって死んだら、みんな、もとに戻るだけなのに。。。

 

 

・・・ということは、ファースト・ソースからまた再び個の魂として発生した時に、、、

自分にとって必要そうな記憶を、全体の意識の中からひっぱり出してきて、

それをあたかも、自分の前世の記憶のように感じるみたいな。。。

 

そんなシステムがあるんだね。。。と。

 

そう思うようになりました。

 

 

だってね。。。

私には、一般的に考えられていたような、

「転生する」。。。という概念が、

どうしても、理解できなかったからです。

 

 

だって、だって、、、

あれに戻るんだってば。あれしかないんだってば。

 

みたいに。。。

 

 

ある時期、、、

精神世界に関してとてもとても深い人と、、、

毎日毎日、色々な話を語り合うという。。。

そういう時期を過ごしたことがあって。。。

 

その人は、本当にどこまでもどこまでも深い人だったので、

この人なら解ってくれるだろうと。。。

そういう気持ちで話したのです。

 

「人は死んだらみんな、もとに戻るんですよね」と。。。

 

 

同意してくれるものとばかり思っていたのですけど、

でもその人からは、、、こう言われました。

 

「そんな簡単に戻れませんよ」

 

・・・と。

 

 

私にとって、、、それは、ものすごく衝撃的なことでした。

転生というものが、本当にあるのだということが。。。

 

 

え???どうして戻れないの??????

死んでもまだ、夢から覚めないの??????????

 

・・・と。

 

 

 

その後、『チベット死者の書』を読んだりした時に、、、

こうやって人は、、、もとに戻れなくなるのか。。。ということを、

なんとなく理解しました。

 

というか、ああいったものを死にゆく人の枕もとで読んであげればあげるほど、、、

実は、余計に戻れなくなるのでは???なんて気もしたりしたのですが(苦笑)

 

 

ダスカロスの話とか、カバラとか、その他いろいろの知識を知れば知るほど、、、

人は死んでもなお、、、夢の世界から目覚めることはないのだな。。。ということが

解るようになってきましたし、幽霊もやっぱり、残留思念だけでなく、

本当にいるんだな。。。と。

 

前世もあるんだな。。。と。

 

そういうことが、だんだんと解ってきたのでした。

 

 

 

そして極めつけ、、、

ジェームズが、「アヌの創った監獄は死後も続く」と話しているのを聞いた時、

「やっぱりそうなのかぁ。。。」と。

 

ダメ押しされたような気持ちになりました。

 

「監獄」って言葉は、、、すごいネガティブな響きなので、、、

私は本当は、嫌いなんですけどね。

 

まぁ、こういう言葉はカバラなんかでも使われていますし、、、

そのあたりは、伝統なのでしょうね。

 

人を、、、夢の世界から目覚めさせようと、発破をかけるために。。。

 

 

 

別に、、、夢から覚めなくても、全然良いとは思うのですよ。

それすらも、ファースト・ソースがしたかった経験、表現なのですから。

 

 

でも、ファースト・ソースは、、、

いずれは、本当のことを思い出せるようにしておいたのでしょうから、、、

どんな人でもいつかは、必死に目覚めようとし始めてしまうものです。

 

時期が来れば。

 

それが、本能なのですから。。。

 

 

だから、そういう時期がくるまでは、のんびり楽しく人生を過ごしていれば、、、

それだけでも十分、その使命を果たしているのです。

 

 

旅に出発させた自分の片割れが、迷子になって戻って来れなくならないように、、、

ファースト・ソースは最初から、タイマーをセットしておいて。。。

 

そのタイマーが作動すると、、、人はなぜだか、目覚めたくなるのです。。。

夢から。。。

 

 

だからこそ、ずっとずっと、、、大昔から、、、

人に発破をかけて目覚めさせようとする教えとか、

「悟りの目指し方教本」みたいなものが、存在し続けているのでしょうね。。。

 

 

 

ウイングメーカーも、そういうもののうちのひとつです。。。

 

だから、目覚める。。。ということに、まだ全然興味がない人には、、、

全く響きません。

 

 

 

 

私は、今回の人生が終わったら、また生まれ変わってもいいし、

ファースト・ソースに戻ってもいいし。

 

それは、その時に自分に起こることに任せよ~~みたいに。

そんな軽い気持ちでいたりします。

 

 

でもひとつだけ言えることは、、、

もし、もう二度と生まれ変わってきたくなかったとしたら、、、

今生きているうちに、思い出しておくことや、理解しておくことは必要。。。

 

そう思います。

 

そうでないと、間違いなく、、、知らないうちにまた、

生まれ変わっていそうですから。

 

無意識のままでは。。。

 

 

 

 

娘が小さい頃、、、夫のお姉さんが話していました。

 

「子供が3歳くらいになった時に、お腹にいた時のことを聞いてみると、

 話してくれるよ」

 

・・・と。

 

お風呂みたいにポチャポチャ浮いてたの。。。

真っ暗だったの。。。

 

たくさんの子供が、そういった話をするということを聞いていたので、

私も娘がそのくらいの歳になった時、聞いてみました。。。

 

「ママのお腹にいるときって、どうだった?」

 

 

すると娘は、、、こう答えました。。。

 

 

「あのね、お地蔵様がいてね、こう訊かれたの。

 お手手はありますか?お目目はありますか?って」

 

 

びっくりしたので、それを母に話すと、、、

母は私以上にびっくりして、こう言っていました。

 

 

「あんたが、子供がなかなか出来ないって悩んでいたから、、、

 お母さん毎日毎日、お地蔵様に祈っていたのよ」

 

 

・・・と。。。

 

 

 

 

 

 

 

クリスマスのことばかりに意識が向いていて、

すっかり忘れかけていましたが、今日は、冬至ですね。。。

 

一年で一番、昼間が短い日。。。

 

寒さは、これから先、、、1月のほうがグンと厳しくなるのに、、、

日は、これからどんどん長くなっていくというのが、

子供の頃から、なんとなく不思議な感じがしていました。

 

 

子供の頃は、冬至はかぼちゃを食べて、ゆず湯に入って。。。なんて。

そういうことをちゃんとやっていましたが、、、

最近、やってなかったなぁ。。。

 

 

 

今年の私の中のテーマは、「美」でした。

 

このテーマは、、、

来年もまた、引き続き変わらず。。。になりそうです。

 

 

・・・というか「美の体現」は、、、

この先、一生の探究テーマにもなりそうです(笑)

 

 

美。。。と一言で言っても、それもまた多次元的。。。

 

外見の美もあれば、心の美もあり、エネルギー的な美とか。。。

「愛」もそうですけれども、「美」と聞いてもそれは、

人によって思い浮かべるものって、違うのでしょうね。。。

 

 

カバラの生命の樹では、「美」というのは、ティファレトのことで、

それは、太陽であり、ソウルであり。。。

 

 

なんとなく、、、

今年中に、ネフェルティティのお墓が発見されるのではないか。。。と。

そんな予感があったりもしたのですが、、、

なんだか、無理そうですね。。。

 

たくさんの人たちが、意識的にソウルを体現できるようになったら、、、

美を体現できるようになったら、、、

もしかすると、世紀の発見が起こったりするのかな。。。とか。

 

だって、、、ネフェルティティの名前は、、、

 

「美しいものが訪れた」

 

・・・という意味なのだそうですから。。。

 

 

 

 

 

占星術を勉強すればするほど、どんどん実感してくるのは、、、

 

例えば、天王星、海王星、冥王星といったような、

遠く離れた天体たちは、地球から見たら動きが遅いですから、

同じ配置にいる時間が、長かったりしますよね。。。

 

だから、そういった遠い天体の配置のエネルギーから受ける影響が、

「時代の色」を作り。。。

 

それらよりも少し近くにある木星や土星などの天体は、

「世代の色」を作り。。。

 

もっと近くにある月や水星や金星や火星などは、

移動していくのも早いですから、

「個人の色」を作り。。。ということで。。。

 

それまでは、自分の中で、感覚的に漠然と感じていたことが、、、

占星術という象徴言語を通すことにより、

それは、マインドにもよりクリアに見えてくるようになり。。。

 

 

ホロスコープというのは、その人が生まれた瞬間に、

その生まれた位置から天にカメラを向けて、

パシャッとその時の天体配置を写真に写したようなもの。。。

 

それがその人の人生のすべてを物語るのですから、、、

不思議ですよね。

 

そして、ほぼすべての人のホロスコープが、

その人独自のものとなる。。。

 

 

ファースト・ソースである自分は、、、

一体、どれだけの個性を表現したかったのかと、呆れるほど。。。

 

だって今は、、、この地上には人間だけでも

70億人以上。。。でしたっけ?

 

 

私が勝手に思っているのは、、、

その時、その天体の配置によって生み出されるエネルギー。。。

 

そういうのがあるのだろうなということです。

 

 

ある神秘学の伝統によれば、魂というエネルギーの振動数は、

何があっても一定だということです。

 

それは、外部からの影響はまったく受けないのだと。

 

私のイメージでは、魂の振動の上に、「マインド」という、

個性的な振動数を持つ、フィルターがかぶさっている感じです。

 

そのフィルターがどういった振動数なのかによって、

ソウルの周波数が外に放射されるかされないかを左右する。。。

 

そういうイメージです。

 

 

天体の配置によって、生み出されるエネルギー。。。

 

魂は、そのエネルギーの衣装を身に纏ってこの世に生まれるために、、、

魂は、一分一秒狂うことなく、あるポイントを選んで、

この世界に生まれてくるのだろうと。。。

 

もっと言えば、、、

前世に地上であれこれ経験し、その後天界でその続きを少しやって、、、

そうやって培った自分のマインド・フィルター、、、

つまり、「個性」の振動数に

一番近い振動数の天体配置の時に、、、

人は生まれてくるのだろうと。。。

 

前の人生の、、、続きをするために。。。

 

 

生まれ変わる時に、一度記憶がリセットされるのは多分、、、

神様からのプレゼントだろうと思います。

 

覚えていたままでは、せっかくの新しい人生から、

いろんな刺激を受けられないから。。。

 

 

でも、、、記憶がリセットされても、、、

それまでに培ったエネルギーは、ソウルの周りにまだ、

フィルターとして残っているのでしょう。。。

 

 

 

今現在の天体配置の組み合わせによって

空間に生み出されるそのエネルギーのシャワーを、

ここにいる私たちはみんな平等に浴びて、

みんなそこから、少なからず影響を受けていますけれども、、、

 

エネルギーというものは、流れのその位置関係によって、

それが強まったり、弱まったりします。

 

もともと持って生まれたフィルターが十人十色なのですから、、、

宇宙から降り注がれるエネルギーによって、

どういう影響を受けるのか、、、というのもまた、十人十色となる。

 

人と人との相性も、、、

お互いのエネルギー同士の相関関係。

 

打ち消し合うのか、、、強化し合うのか。。。

 

 

ウイングメーカーではよく、「コヒーレンス」という言葉が

出てきたりするのですが、それはなんですか?というと、

波の持つ性質のひとつのことだそうで、

「干渉」のことを言うのだそうですが。。。

 

干渉というのは、波同士が重なり合った時に、

お互いを打ち消し合ったり、強めあったりする現象のことで、

それは波の強さだけでなく、どの位置から波が流れてくるか。。。

みたいなことも関係してきたりするんですね。

 

位相。。。って言葉、よく聞きますが。

 

 

光にも波の性質がありますので、、、

こういった干渉が起こるのですが、そういった現象を、

科学式象徴言語ではなく、また違った形の象徴言語を使って説明しているのが、

占星術なのだと。

 

そんな感じがしてきています。

 

 

・・・と言っても、私はまだまだ勉強不足ですので、、、

今はまだ、「そんな気がする」としか言えませんけど。。。

 

 

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娘が9歳になった頃、通っていたバレエ教室の先生はこう言いました。

 

「パリ・オペラ座バレエ学校の生徒たちは、9歳くらいからもう、

自分の髪は自分でアップします。

 

 どんなにぐちゃぐちゃになってもいいですから、これからは子供たちに、

 自分で頭のおだんごを結わせるようにしてください」

 

・・・と。

 

 

でも、先生のその言葉通りにしたのは、クラスでは私ともうひとりのママだけで、

あとのママたちは、「そうは言っても・・・」と、それからもずっと、

子供たちの頭のお団子を結ってあげていました。

 

 

9歳というと、小学校3年生くらいなので、自分で自分の髪の毛をお団子に

結うのはかなり難しいでしょうし、手伝ってあげたくなる気持ちも分かりましたが、

私はグッとこらえて手は出しませんでした。

 

先生も、ぐちゃぐちゃで、レッスン中にほどけてしまう娘たちの髪の毛を、

その都度結いなおしてくれていましたので、どこかで申し訳ない気持ちを感じながらも、、、

それもグッとこらえ。。。

 

娘と先生を信じて、、、私は黙って見守っていました。

 

 

娘から、よく言われます。

 

「うちって、パパとママが逆転してるよね」

 

・・・と。

 

 

ハンカチ持ったの?忘れ物はない?と、あれこれ心配するのは夫のほうで、

忘れたら忘れたで、それも経験のひとつとして、次に繋げなさいと、

放っておくのが私だからです。

 

 

はい、はい、となんでもやってあげるのが夫で、

そんなの自分でやりなさいと突き放すのが私だからです。

 

 

 

「お父さんのイメージ」とか「お母さんのイメージ」というものは、

国や世代、、、または個人によって様々ですので、一概には言えませんが、、、

 

私や娘が持っている、世間一般の父親像・母親像というものは、

「放任するのが父」、「世話を焼くのが母」というイメージが強いので、

なので、「逆転している」と映るのですけれども。。。

 

こういうのも、カバラの生命の樹を通してみてみると、

そこにはまた、違った意見が出てくることだろうと思います。

 

 

 

 

ゼニスを教えてもらった先生に、ソウル・リーディングも習いましたが、、、

それは、私は途中でやめてしまいました。

 

 

人に聞くんじゃなくて、自分で考えて。

どんな人でも、深いところでは分かっているのだから、

外側の声ではなくて、自分の内側の声を頼って。。。

 

 

そういう気持ちが強い私は、、、

 

「あなたの代わりに、私があなたのソウルの声を聴いてあげる」

 

・・・みたいなやり方が、自分には合わなかったようです。

 

 

もちろん、ソウル・リーディング自体を否定しているわけではなく、、、

ただ単に、そのやり方が私には合わなかった。。。というだけのことですよ。

 

 

 

これまで、、、ヒーリングのお仕事をしてきてしみじみ感じたのは、、、

私は本当に、どこまでも寄り添ってあげるタイプではなく、、、

どちらかというと、突き放すタイプなんだなということで。。。

 

そのせいか、、、クライアントさんも、もうすでに自分の足で立っている人が多く。。。

 

類は友を呼ぶ。。。という言葉が、よく頭の中を巡ったりもしました。。。

 

 

占星術の先生にも、、、

「あなたはヒーラーというよりかは、教師でしょう」

と言われましたが。。。

 

自分でも、そう思います。

 

 

「ヒーリング」というのは、私にとってはそこが目的なのではなく、

そこは、「入口」ですので。。。

 

クライアントさんもやはり、、、

そういう感じの人が、必然的に集まってくるようです。

 

 

 

そうそう、、、書いているうちに思い出したのですが、、、

そのソウル・リーディングの勉強中、先生がこんなことを言いました。

 

「自分のソウルに名前を聞いてみてください」

 

・・・と。

 

 

ソウルには、、、本当に名前があると思いますか?

 

 

 

前も書きましたが、私は物心ついたころには、自分の内側の声と対話していました。

何がどうなってそんなことを始めたのかは、もうほとんど覚えていませんが、、、

 

小学生の頃は、そういうことは当たり前となっていました。

 

 

ある日、その内なる声に名前を聞くと、その声はこう答えました。

 

「あなたが自分で決めていいよ」・・・と。

 

なので私は、星の図鑑に載っていたある星の名前をそれにつけました。

 

 

 

中学生になった頃だったでしょうか。。。

なんとなく、そういうことが恥ずかしく感じるようになり、

私はその声との対話をやめてしまいました。

 

そうして長い間、ずっとそのことを忘れ去っていました。

 

 

30代になって、ウイングメーカーと出会ったことがキッカケとなり、

精神的な世界に関心を持つようになった頃、、、

また再び、あの声が聴こえてくるようになりました。

 

そして、日増しに強く聴こえてくるようになったその声に、

ある日私は訊ねました。。。

 

「あなたは、誰ですか?」

 

・・・と。

 

 

するとその声は、こう答えました。

 

「私は、あなたです」

 

 

内側から聴こえてくるその声は、、、音声ではありません。

 

それは、胸から湧いてくるようなもので、

言葉でそれを、うまく説明することができませんが。。。

 

それは、自分自身の内側から聴こえてくる声なのです。。。

 

 

 

昔、小さな子供だった頃に図鑑で見つけたあの名前について、

当時、ネットで調べようと思って検索してみたのですが、、、

不思議なことに、そんな星はどこを探しても、何度検索しても、

見つけることができませんでした。

 

私の記憶の中では、確かに、星の図鑑の最後のほうのページに載っていた

索引の中から、その名前を見つけたことになっているのですが。。。

 

 

すごく不思議に思っていたところ、ある日、『錯覚の科学』という本に出会い、、、

そこで、人の脳は、記憶を勝手にすり替えるのだという事実を知り。。。

 

じゃぁ、私のこの記憶も、、、

私の中で勝手にすり替えられた記憶なのかもしれないと。。。

 

そう思うようになりました。

 

 

私自身は、どう考えなおしてみても、図鑑であの星の名前を見つけたという

ことは事実としか感じられないのですが。。。

 

でも実際、そういう星がどこにも見当たらないとなると、、、

記憶がすり替えられているのだろうと考えるほうが、妥当です。

 

 

でもそうなると、、、

私が子供の頃、その内なる声、、、ソウルにつけたあの名前は、、、

 

一体どこからやってきたのでしょう??

 

星の名前どころか、その言葉自体が、、、

どこを探しても、見当たらない言葉なのですから。

 

 

 

YouTubeでクリスマスソングを観ていたら、懐かしいものを見つけました。

 

子供たちが小さなころ、、、よく観ていたなぁ。。。と。

 

 

 

Design WingMakers. Poem by Vima Lamura

 

 

アトランティスのことを色々書いたりはしていましたが、、、

自分の過去生なのでは?と思うようなヴィジョンは、、、

この他にも、瞑想中などによく見ました。

 

でも思うのは、、、

「記憶」というものは、何も過去生のことに限らず、

今生きているこの人生の記憶でさえも、本当はどこまでもあやふやで。。。

 

自分が「事実」だと思っていた想い出でさえも、、、

実際にその通りであったのかどうかさえ、かなり怪しいものです。

 

ですから私は、過去生のヴィジョンとして見たものを、、、

隅から隅までそのまんま鵜呑みで信じているわけではなく、

そこから漂ってくる「匂い」だけを、感じとるようにしています。

 

 

今ここにいる自分、、、というものはおそらく、

何度も繰り返したであろうこれまでの転生の、、、

その総決算としての自分であり、

今の自分が、今の自分の人格を自己分析したりとか、

瞑想中に浮かんできた「イメージ」を検証したりすれば、

これまで経験してきたであろう自分の過去生を、

ある程度、「想像すること」は出来るだろうと。。。

 

 

まぁ、、、

ダスカロスのように、自分の過去の記憶をあそこまでクリアに覚えていて、

その当時使っていた言語を、今生でも話せたり書けたりとか。

そこまでいけば、私もそれは信じますけど。。。

 

でも一般的な人の場合は、、、

私にとってはそれは、あくまでも「想像」の域は越えず。。。

 

そこには、「事実」と一緒に、「そうなりたかった自分」というものも、

少なからず、混じっているような気がしなくもなく。。。

 

 

ただ、過去生を知ることの意味はと言えば、、、

その人生で体現していた自分の良い部分を今の人生にも反映させ、

そこで犯した過ちを反省し、そこで培ったトラウマを浄化し。。。

 

それだけのために、過去生の記憶らしきものは存在し。。。

それは決して、過去の自分にしがみつくためのものではなく。。。

 

 

占星術の先生も言ってましたが、、、

占星術を使って、過去生を知ることは出来るけれども、、、

でも、わざわざ過去生を持ち出さなくても、ホロスコープを使えば、

今現在起きている問題に対処していくことができる。。。と。。。

 

本当に大切なのは、、、

今という自分を、、、今という時を、

今の私として、精一杯生きることなのだから。。。

 

だから本当に、、、あやふやな過去の記憶というものは。。。

時には薬にもなるけれども、時には毒にもなる、、、

 

エンターテイメントのようなもの。。。

 

 

ウイングメーカーも、私にとっては実は、、、

「エンターテイメント」です。

 

あれは、ジェームズの創った舞台。

私達が演じるための、舞台。

 

私は、そう思っています。

 

英会話の先生は、それをこう言います。

 

「ジェームズの哲学」

 

・・・と。

 

 

だから、、、、

 

ジェームズの話していることすべてを、「完全なる真実」として、

鵜呑みにしているわけではありません。

 

すべてを、そこに書かれてある言葉通りには、、、

額面通りには受け取ってない。。。

 

だから、彼の話している詳細にはいちいちこだわっていない。

ただただ、、、そこから流れてくるエネルギーが心地よいから、、、

ジェームズの舞台で踊りたいだけ。。。

 

 

 

昔、WMの本が日本で出たての頃、、、

クリス・ロックさんが大阪でWMのワークショップを行いました。

 

でも、、、日本ではまだ時が早すぎたのか、、、

彼がふと、WMが神話であるという、その部分に触れた途端、

一瞬にして、会場内の空気が変わったのを感じました。

 

私はその場にはいなかったけど。。。

あとで聞かせてもらったその音声を聞いただけで、、、

会場のその場の様子が、手に取るように解った。。。

 

あれをそのまんま真実であると信じていた人にとっては、、、

そうではなかったということは、大きなショックになる。。。

 

でもそれは、、、

私達WMファンの誰もが、一度は通過する、、、

重要な通過点。

 

 

ジェームズの哲学、ジェームズの舞台には、、、

様々な要素が組み込まれていて。。。

 

あらゆる哲学、芸術、科学、そして陰謀論とか。

 

そういった情報をあれこれひっくるめて、

現代人の感性に合うような形で、

エンターテイメント化されている。

 

そういうイメージです。

 

 

だから、あれをすべて言葉通り、額面通りに捉えたとしてもきっと、、、

混乱してしまうだろうと思います。

 

詳細にこだわればこだわるほど。。。

 

 

詳細を分析したいのであれば、西洋の伝統的神秘哲学を学んだ方が、

話は早い。。。

 

あとは、遺伝学とか、量子物理学、心理学、神話学。

ヒンドゥー哲学にチベット仏教に、ネイティヴ・アメリカンの哲学。

 

その他いろいろ。。。

 

そうすれば自ずと、ウイングメーカーの世界がよりクリアに

見えてきたりもしますが。。。

 

でも、、、その勉強は、、、延々キリがなくなる。

 

 

私のように、「裏付け」が欲しい人はそれでもいいかもしれないけど、

そういうのがめんどくさい場合は、

ウイングメーカーをひとつの「エンターテイメント」として捉え、

分析というよりも、ただただその世界を楽しんでいるだけできっと、、、

 

上で挙げたような分野の勉強をするのと同じくらいの、、、

そんな効果がありそうな気がしたりもします。

 

 

ただ、そうしているだけで多分、、、

自分の人生の中で勝手に、「おぉ~~~」と思うような、

そんなシンクロが次々起こって、「それ」を教えてくれますから。

 

 

今は、、、うお座海王星時代。。。

 

うお座には、「境界線」がない。。。

 

そして海王星という惑星のエネルギーは、まるで熱に浮かされた時に観る

摩訶不思議で意味不明な夢のような、、、

 

酔っぱらってフワフワとしている時の、

そんな意識のエネルギーに似ていて。

 

そんな海王星は、うお座が本来のお家。。。

惑星は、自分のお家にいるときは、パワーアップします。

 

 

境界線のない中、どこまでもボワーッと広がっていくエネルギーは、

マインドを飽和させ、、、

 

集中して本を読んだりとか、詳細を分析したりとか。

そういった、細かいことをやりにくくさせる。。。

 

 

ウイングメーカーが世に出た頃と今とでは、、、

そうやってもう、エネルギーが変わってきています。。。

 

天体は常に動いていて、、、

昔と今とでは、その配置が違うのですから、、、

地上に降り注いでくるエネルギーが変わるのも必然。。。

 

 

そんなことも踏まえて、、、

私自身も、この先、どうやってWMと向き合っていこうかなと。

そんなことを、チラホラ考えたりもしていますが。。。

 

でも本当は、、、考えても、どうせいつも頭が真っ白になるので、、、

結局は、、、最後は流れにお任せになるのですけれども(笑)

 

 

 

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