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TRIQUETRA ~Tributary Zone~

2代目のブログです

昨日、12月1日、

また、諏訪に行ってきました。

 

 

忘れないように。

あとで、何かあった時に思い出せるように、

ブログにメモ。

 

 

 

諏訪大社4社と、守矢史料館。

あと、物部守屋神社の入口前。

 

 

いつものコース。

 

 

 

急に思い立って行ってきたけど。

行こうと思えば、こういう状況でも行けるもんだな。。。

 

最近、ひきこもり生活だったので、

久々に、気分転換できたぁ。。。

 

 

 

「12月」

 

 

・・・というのが、、、いろいろあって、

ちょっと、キーワードになっていたのだけど。

 

 

このことだったのかなぁ。。。と。

勝手に思うことにした。

 

 

以前、諏訪に行った時よりも、

ちょっと、空気がまろやかだった。

 

以前はもっと、凛とした空気だったのだけど。

 

 

あと、物部守屋神社に続く

守屋山の道がなんとなく。

 

終わった感じがした。

 

 

霊気?みたいなのが、

すっかり消えちゃってた。

 

 

人の手が入って、木々が綺麗に整備されて、

とても明るくて綺麗な山になってた。

 

 

以前までは感じてたあの、もののけ姫的な、

ああいう雰囲気、なくなっちゃってたな。

 

 

 

数年前、物部守屋神社で、

 

「ここはもういいから」

 

・・・って、誰かに言われたような気がしたのだけど。

 

 

それも結局、私の妄想なのかなんなのか

正直、全然わかんないけど。

 

 

今回、こういった山の変化を見たら。

なんか、勝手に納得しちゃった。

 

 

 

ただ。。。

 

諏訪大社の前宮とか本宮あたりのお山にはまだ、、、

雰囲気が残っていたような気がする。。。

 

 

 

あとは。。。

 

 

思いついたら、また書こう。。。

ご無沙汰しております。

 

夏に母が倒れまして、それ以来、

こういうところから、めっきり離れていました。

 

 

一時、退院したりしていましたが、、、

今日は、母の手術でした。

 

 

今まで、セッションを依頼してくださったクライアントの方々には、

個人的に事情を説明させていただいておりましたが、

母が治ったら復帰する予定でしたので、

ここで公表することは避けていました。。。

 

 

・・・が。。。

 

ちょっと、まだまだ長引きそうなので、

いちお、、、今の状況をお知らせしておいたほうがいいのかな。。。と。

 

 

そんなわけで。。。

しばらく、ヒーラー業は、休業いたします。。。

 

 

***

 

 

ブログを書く気もまったく起きないなぁ。。。

 

私はもう、二度と、ブログ書かないのだろうなぁ。。。

 

 

なんて。

 

 

そんなこと思っていたのだけど。

 

 

人ってホント。

 

明日のことはわからないね(笑)

 

 

 

今日はなんだか。

久しぶりに、「俗世」に戻ってきた感じがする。。。

 

 

そうしたらそこで、、、

 

グラスバレーのCDが再販とかいう

とんでもなく嬉しいニュースを見た。。。

 

 

なんだかすごく。

懐かしい感じがした。

 

 

 

そして今日は朝からずっと。。。

 

 

なぜかこの曲が、

頭の中をグルグルしていました。。。

 

 

 

 

子供たちがまだ、幼稚園かそこらの頃。

 

簡単な絵本を創ってあげたことがあった。

 

 

2006年にブログを書き始めた頃、

その絵本の文章だけを、ブログにも載せた。

 

 

 

ブログでは多少。

文体を変えたけど。

 

それは、もともとは、その絵本のために

創ったものだった。

 

 

 

今思えば。

 

私が誰かに解ってもらいたかったことというのは、

すべて、あの絵本のお話の中にあったような気がする。

 

 

 

 

そうだった。。。

 

 

私はそれをずっと。

 

「もと」

 

・・・と呼んでいたのだった。

 

 

 

すべてのものの、もとはひとつなんだよ。

 

 

・・・と、よく言っていたんだった。

 

 

小さな子供たちに。

 

 

 

のちに出会ったウイングメーカーではそれを、

 

「ファースト・ソース」と呼んでいたけど。

 

 

ファースト・ソース。

 

最初の源。

 

 

源。。。

 

 

もと。

 

 

結局。

 

そういうことなんだ。。。と。

 

 

 

久しぶりに。

あの、自作の絵本が見たくなったのだけど。

 

今は、手元になくて。

 

読めなくて残念。

 

 

でも、その文章だけ。

振り返ってみたくなった。

 

 

****************

 

 

 

『もと』  

 

 

「もと」は何でも知っている。  

 

…けれども、何もできない。

 

ただ「ある」だけ。  

 

 

でも、この世にあるすべてのものは「もと」の中に「ある」。  

 

そして、この世にある全てのものの中にも「もと」は「ある」。  

 

 

「もと」は「経験」ができる「からだ」と「こころ」を持って  

自分の記憶を消して旅にでる。  

 

自分を知りたかったから。。。  

自分を大きくしたかったから。。。  

 

 

「今のわたし」は自分の「もと」の姿を忘れてる。  

 

でも、忘れることは「もとのわたし」が決めたこと。  

 

「今のわたし」と重なって一緒にいてくれる目に見えない  

「もうひとりのわたし」。。。  

 

そのわたしは「もとのわたし」のことを覚えてる。  

 

 

だから。。。  

 

記憶をうしなった「今のわたし」は

自分のなかにいる「もうひとりのわたし」に聞けば、

だいたいのことがわかるんだよ。。  

 

ただ。。  

 

その「もうひとりのわたし」のお話を、

素直に聞くことも信じることも  

「今のわたし」にはとても難しいことで。。。  

 

それができるようになるためには

「経験」というものが必要になってくる。。    

 

 

「経験」をするために必要なもの…それは何?  

 

それは「今のわたし」が持っている「からだ」と「こころ」  

そして「覚えていないという」状態。  

 

「もとのわたし」のことを覚えていて「からだ」というものを持たない  

「もうひとりのわたし」だけでは「経験」はできないから。。。  

 

そしてもし「今のわたし」が本当のことを全部思い出してしまっても  

この「経験」というものはできなくなってしまう。  

 

 

そこで「もとのわたし」は旅の目的を果たせるように。。と

出発前に自分でカギをかけた。  

 

出来れば、、、思い出さないように。。。と。。。  

 

 

「経験」に必要な「からだ」と「こころ」を持って、

そして帰り道を永遠に見失わないようにと

「もうひとりのわたし」をお供につけて旅にでた。  

 

 

「もうひとりのわたし」は自分が「もとのわたし」だと覚えてる。  

だから「もうひとりのわたし」に聞けば、いろいろなことがわかるんだよ。  

 

 

ためしに「もうひとりのわたし」に

「お友達のえんぴつをとってもいいの?」と聞いてごらん。  

 

「もうひとりのわたし」は何と答えた?  

 

 

「いいって答えたよ!」なんて言わないようにするためには、  

やっぱりたくさんの「経験」が必要になっていく。  

 

でも「えんぴつをとってもいいよ。」と「今のわたし」が言ったり、  

思ったりしてしまうこと。。。  

 

それすらも「もとのわたし」にとって目的だった「経験」のひとつになっている。。  

 

そして、そのことに気づくには、またまた「経験」が必要。。    

 

 

旅の途中、わたしたちはたくさんの「経験」をするけれども、  

それはたくさんの「今のわたし」によっていろいろになっていく。  

 

いろいろになることが、「もとのわたし」の望みだったから。  

 

そして「経験」を重ねていくうちに「今のわたし」は

少しづつ「もとのわたし」を思い出してくるけれども、

カギがかかっているからハッキリ思い出せないかもしれない。。  

 

 

ほんの一瞬だけ「もとのわたし」に戻ることもある。  

 

自分が「もと」だったこと、あなたが「もと」だったこと、  

みんなが「もと」だったこと。。  

 

それを感じる「一瞬」が起こることも

もしかしたらあるかもしれない。  

 

 

それは、お話を聞いたり本を読んだりして「知る」こととは違い、  

それは「感じる」ものなんだよ。。  

 

でもね。。その一瞬も「もとのわたし」がしてみたかった「経験」の中の 

ひとつに過ぎないってこと。  

 

 

たとえ「もとのわたし」に戻れなかったとしても、

それも「もとのわたし」がしてみたかった「経験」のひとつ。。。  

 

 

「今のわたし」が「もとのわたし」を少し思い出し始めると、

わたしは、 もっともっとハッキリ思い出したくなってしまって、

カギをあけるための 「道具」を探し求めてしまうことがあるかもしれない。。  

 

「道具」を探して森に入り込むと道に迷ってしまうから要注意。。  

 

「カギをあける道具」なんてないの。。  

だって「もとのわたし」には「形」がないのだから。。  

 

でも、迷ってしまうこと。。  

 

それもまた「もとのわたし」が望んだ「経験」の一部。  

 

 

すべての人のすべて経験。。  

 

これは「もとのわたし」の求めていた大事な大事な宝物。  

 

「経験」するために「もとのわたし」が持たせた「こころ」のおかげで  

「今のわたし」は嬉しかったり、悲しかったり、喜んだり、怒ったりできる。  

 

うんうんとうなずいたり、う~~ん?とわからなかったり、

ちがうちがうと首を横にふったりできる。  

 

 

それらが全部、、、  

「もとのじぶん」の宝物になっていくだろう。。  

 

 

そして、すべてのものの「もと」はひとつ。。。

 

 

ということ。

昔から時折、

 

「ウイングメーカーって何ですか?」

 

・・・と訊かれることがありましたが、そういう時は、

 

「本が出ているから、もし興味があるなら

それを読んでみるといいですよ」

 

・・・としか、言えなかった。

 

 

ウイングメーカーとは何か。

 

 

それはおそらく、その人その人が「感じるもの」であって、

誰かから「説明されるもの」ではないと。

 

 

そういう意識が自分の中のどこかにあったから。

 

 

ただ。

 

本を読んでみてはいかが?

 

・・・と言うことすらも。

 

私にとってはちょっとした、

負担を感じるものでもありました。

 

 

 

なぜなら。

 

 

昔から母に、いろんな本を薦められ。

 

「こんなに素晴らしい本があるから、

読んでみなさい」

 

とか言われるのだけど。

 

「読む気がしないから、今はいい」

 

・・・なんて答えようものなら、だいたい、

こういう返答が返ってくる。

 

 

「あんたにはまだ、器が小さいからわからないのよね。

ご近所の〇〇さんなんて、すぐ読んでくれて、

感動してたわよ」

 

・・・みたいな。

 

 

近所の〇〇さんに、こんな本を、薦めたの?

ちょっと、、、恥ずかしいからやめて。。。

 

と、子供の私は思ってた。

 

 

そりゃ、〇〇さんだって。

そんな風に薦められちゃったら、無下に断れないでしょ。

近所なんだし。。。

 

ちょっと、お母さん。

「社交辞令」って言葉、知ってる?

 

・・・とかね。

 

 

でも、そんなことを私が口にした日には、

一層めんどくさいことになるのは火を見るよりも

明らかだったから。

 

言い返しはしなかったけど。

 

心の中では、そんな風に思ってた。

 

 

強引に宗教の勧誘するおばちゃんとか。

 

絶対、母みたいなタイプの人なんだろうなとか。

 

そんな風に思ってた。

 

 

ある意味、純粋。とてもピュア。

でも、思い込みもとても激しい。

 

だから、周囲の空気を読まずに

突っ走る。

 

 

 

そういう経験をしてきたからだと思うけど。

 

私は、「この本読んでみて」と。

 

人に薦めることすらちょっと、

躊躇してしまうところがあったりしました。

 

 

でも。

 

ウイングメーカーとは何か?と訊かれて、

それを私の言葉であれこれ「説明すること」に対してのほうが、

更に抵抗感があったので。

 

 

「よかったら、、、ですけど、

そういう本がありますけど?」

 

 

・・・と。

 

 

ものすごく弱気に(笑)

紹介することしか、出来なかったりした。

 

 

 

****************

 

 

 

先日、スタディ・グループにいらしていたひとりの方が、

こんな風に言っていた。

 

 

「最近は、ウイングメーカーって何?って訊かれたら、

『哲学』ですって答えてます」

 

・・・と。

 

 

それを聞いて、思い出した。

 

 

英会話の先生に時折、翻訳をチェックしてもらっているから、

結果的に、彼もなんだかんだと、ウイングメーカーの情報に

触れることになってしまったけど。

 

そんな彼は、ウイングメーカーのことを、

 

 

「これは、『ジェームズの哲学』だね」

 

 

・・・と、そう言っていた。

 

 

そんな彼らに。

 

私はとても、共感しています。

 

 

そして、英会話の先生はいつだったか。

こんなことも言っていた。

 

 

「今更、『新しい宗教』を作る必要はないよ」

 

・・・と。

 

 

この言葉にも。

 

私は、心から共鳴しています。

 

 

****************

 

 

 

「盲信」という言葉は、、、

英語では、「blind faith」というのだそう。

 

 

そんな言葉が存在するということは。

 

いつの世も、どこの国でも。

 

そういう方向に走っていってしまう人というのは、

必ずいたのだろうな。。。と。

 

 

そんなことを思った。

 

 

きっと、そういう人が。

 

「宗教組織」とか「宗教団体」とか。

 

そういう方向に走るのだろうと。

 

 

そんな風に思った。

 

 

母もあんなだったし。

ミッションスクールのキリスト教関係の先生たちの

在り方を見ていても思っていたのだけど。

 

 

「なぜ宗教って。

こんなにも人の心を重くするのだろう?」

 

 

・・・と、ずっと感じていた。

 

 

その謎は、10代であの神秘体験をした時に、

ちょっと、解けた。

 

 

 

多分、イエスも仏陀も。

 

「これ」を、自身で経験したのだろう。

 

 

そして、「これ」さえ思い出してしまえば、

根本的なところで、人間的なすべての苦しみから、

解放されること。

 

 

これを彼らは、その身をもって、知ったのだろう。。。と。

 

そう思った。

 

 

けれども、「これ」を「言葉」を使って説明することは、

不可能。

 

それもしみじみ、実感した。

 

 

だからこそ彼らはそれを、神話的に、

「比喩」を使って話すしかなかったのだろうけど。

 

 

その「比喩」を。

 

「言葉通り」に、「額面通り」に受け止めた人たちが、

のちにそれを、「宗教」にしてしまったのだろうと。

 

 

あの瞬間。

 

そういうことすら、瞬時に悟った。。。

 

 

だからこそ。

 

「これ」を、本当に知るには。

自身でそれを体験するしかないのだと。

 

だからこそ。

 

「誰か、悟り装置を作って!!」

 

・・・と、あの時、切に願ったわけだけど。

 

 

 

今はもう、あの頃とは時代も変わり。

 

実際に「それ」を経験する人は稀であっても、

そういった「概念」を知っている人は増えてきたし。

 

一般的にもそういった概念は、

浸透してきていたりもするので。

 

だからもう今更、

それを熱く語る必要もないよね。

 

・・・と。

 

私の中で、「どうか、解ってほしい」と願い続けた、

あの、個人的な欲求も。

 

今は、だいぶ薄れてきていたりする。

 

 

****************

 

 

 

ウイングメーカーと出会い。

そこから始まった旅の途中で、

宗教の興りの原点となるもの。

 

たとえば、聖書とかお経とか。

 

そういったものを、

自分自身の目で、ちゃんと確かめてみたい

気持ちになった。

 

 

学生時代は、聖書もお経もとても身近にありながら、

拒絶反応が大きくて、ちゃんと読む気にもならなかったけど。

 

その頃の私は、

当時よりも少し、大人になっていたから(笑)

 

 

だから。

最初から全面否定するのではなく、

まずは、知ってみよう。。。と思って。

 

 

ただその、「原本」だけにあたった。

 

 

なぜなら、他の人の解釈や説明がそこに入ると、

必ずそこに、その人の「フィルター」がかかるから。

 

 

そういったものは一切抜きにして。

 

原本のみにあたった。

 

 

そうしたら、解った。

 

イエスやブッダみたいな人が。。。

 

彼らの言っていたことは、決して間違っていたわけでは

なかったんだな。。。と。

 

 

だったら。

 

私は一体、宗教の「何」を嫌うのか。

宗教のどういった部分に拒絶反応を示すのか。

 

 

そういうところも、同時にクリアに見えてきた。

 

 

そして、昔からうっすら感じていたことに、

ますます確信が深まった。

 

 

 

結局。

 

そのあとに続いた人たちが。

「それ」を歪めていったのだな。と。

 

もちろん、歪めていった人たちが、

悪意を持ってそれをやっていたわけではないことも

解ってる。

 

 

むしろ、「善意」でやっていただろうけど。

 

でもやっぱり、「歪む」のです。

 

何かが。。。

 

 

「それ」が、人から人へと伝わっていく間に。。。

 

 

それは、、、

昔も今もきっと。

 

変わっていないのだな。。。と。

 

 

最近。

 

しみじみ思った。

 

 

****************

 

 

今の若い世代は。

 

「二次創作」は「原作」とは別物である。

 

・・・という、捉え方が出来るようになってきたみたいで。

 

 

また、「目に見えない世界」と、

「目に見える世界」を、きっちり分けて考える

冷静さのようなものも持ってる。

 

 

そういう冷静さを保ちながら、

そのふたつの世界を、上手に行き来してる。

 

 

そういう意識って、大事だと思う。

 

 

けれども。

 

こと、スピリチュアルや宗教の世界では、

そのあたりの境界線が曖昧になりやすい。

 

 

不思議な声が聴こえてくること。

不思議な何かが見えてしまうこと。

 

 

そんなことは、おそらく。

 

誰にでも起こります。

 

 

長く生きていればそんなことの一度や二度、

もしくは、それ以上。

 

誰でも経験します。

 

 

そういった経験をとても大げさに捉えるか。

それとも、アッサリ流すか。

 

 

それを、個人的なことと受け止めるか。

世界に広げなくてはいけないメッセージだ~~と

意気込むか。

 

 

ただ、それだけの違いのように感じます。

 

 

 

誰もが納得できるような証拠を見せずに、

その人にしか聴こえないもの、見えないものを、

「これが真実です」と誰かに伝えようとするときは。

 

その人が、完全に浄化されきった人でなければ。

 

よっぽど注意していない限り、

いつもの落とし穴に落ちるでしょう。。。

 

 

私自身も。

 

いつ自分が、その落とし穴に落ちやしないかと。

 

 

そういうことに関しては。

自分自身を常に厳しく、律しています。

 

 

だって。

 

人を惑わせたくないもの。

 

 

 

だから、ウイングメーカーに関しても。

 

私がそういった態度を崩すことは。

 

今後一切、ないでしょう。。。

 

 

 

そして今後、この日本で。。。

 

ウイングメーカーが宗教になっていくような

流れが濃厚になったと感じた時は。

 

 

その時は私は。

 

ここを立ち去るだろうと。

 

そう思っています。

月日が経つのは早いもので。。。

2018年ももう、半ばなんですね。

 

「平成」という時代も、

あと、もう少し。

 

 

昭和生まれの私には、平成という名前には未だに、

「新しい年号」という感覚が、わずかに残っているのに。

 

それももう、終わりなのかぁ。。。と。

 

 

そういうことを考えると。

何とも言えない複雑な。

 

言葉にはできない感情のようなものが、

胸にこみあげてくるのがわかる。。。

 

 

子供の頃は、昭和生まれの人、

大正生まれの人、明治生まれの人といて。

 

昭和時代の私たちは、明治生まれの人を、

「古い時代の人」という感じで見ていましたが、、、

 

今後、平成から新しい年号に変わったあとに

生まれてくる子供たちからは、今度は私たちが、

 

「昭和生まれの人かぁ。昔の人だな」

 

・・・なんて思われるのだろうなぁ。。。なんて思うと。

 

なんか、笑っちゃう。

 

 

順番。。。

 

繰り返していくんだなぁ。。。

いろんなこと。

 

 

そして、あの頃の自分が、単に「昔の人」と感じていた

人達にもやっぱり、自分たちと同じように青春があったり、

人それぞれの人生の物語があったのだろうな。。。と。

 

今更ながら、しみじみ思ったりする。。。

 

漠然と。。。ではなく。。。

リアルな実感として。

 

そういうことを感じるような。

 

そんな年に、自分もなってきたのだと思う。。。

 

 

****************

 

 

最近は、自分の時間の感覚がとても狂っているようで。

 

昨日のことが、遠い昔に感じたり。

何年も前のことが、最近のことのように感じたり。

 

 

20年近く前にお付き合いのあったお友達と、

ある日、再会し。

 

その彼女と一緒に、出口さんの石鹸彫刻教室に

通っていた時期があったのだけど。。。

 

私の感覚ではそれは、「つい最近」のことでした。

 

でも彼女に、それはもう、3年くらい前のことだよと

指摘された時、すごいびっくりして。

 

なんだか、本当に。。。

 

時が経つのが早すぎる。。。と。

 

 

これから先、こんな風に時間が過ぎていき。。。

気づいたら、70歳くらいになってるんだろうな。なんて。

 

そんな風に思ったら。

 

 

人間の一生って本当に。

あっという間なんだな。と。

 

なんだか、しみじみしてしまいました。

 

 

****************

 

 

英会話も。

 

気づいたらもう、なんだかんだと、

4年くらいは続けているけど。

 

英語の周波数に、定期的に触れていれば、

きっと、完全に忘れてしまうこともないだろうと。

 

そんな気持ちでユルユルやっていたら、

気づいたらもう、こんなに経っていました。

 

 

これもまた、、、

「つい最近」始めたような気がしていたのに。

 

 

****************

 

 

最近は、仕事でサロンにいることが多いのだけど。

 

サロンの照明は、モロッコランプなので、

あんまり明るくはなくて。

 

 

ただ、蛍光灯の明かりは、交感神経を刺激して

シャッキリなってしまうので。

 

ヒーリングをする場としては多少、

暗めのほうがいいだろうと。

 

 

そんなお部屋に始終いるものだから、

最近の私は、副交感神経が優位になってばかりで、

時には外に出てお日様の光を浴びないと、

ボーッとなりがちになる。

 

 

でも、西洋のお部屋はなんとなく暗い感じがしたので、

先生にそれを訊いてみたら。

 

彼は今、日本に住んではいるけれども、

自分の家の照明は、夜でも、

テーブルに置くスタンドライトだけで、

あとは暗いよ。。。と言っていました。

 

彼が日本に来たばかりの頃、

たとえばコンビニとか、そういうお店の中が

明るくて、眩しすぎて。

 

「サングラスをかけたい~」

 

・・・と思うほどだったそう。

 

今は、慣れてしまったそうだけど。。。

 

 

瞳の色が濃いほうが、光には強いわけですが。

 

やっぱり、西洋の、目の色の薄い人達には、

日本の光は、明るすぎる。。。と。

 

そう感じるようです。

 

 

日本は夜でも、

家の中が明るいのが一般的だし。

 

そうやって、常に交感神経を刺激され続けているから、

気持ちもゆったりできないのではないのかな。と。

 

そんな風に感じたり。

 

 

自殺率が多かったりするのも、

「光」と関係していたりしないのかな。とか。

 

 

サロンに泊まり込む日々が続いたあとに、

家に帰ったりすると、やっぱり。

 

「眩しい」

 

・・・と、そう感じることも多くて。

 

 

最近の自分が、こんなにユルユルなのは、

光も関係しているのだろうなぁ。。。とか。

 

いろいろ思います。

 

 

「暗い中で本を読んでるのは、

目に悪いけどね」

 

・・・と、先生は言ってたけど。

 

そういう先生の視力はかなり良いのだそう。

 

 

私は、視力の良し悪しは結局。

遺伝子なのではないのかな。。。と。

 

そんな風に思ってるけどね。

 

 

視力の話から、マサイ族の話になったりしたけど(笑)

 

今では、マサイ族にもテレビとかスマホといった、

そういう「文明」が普及されているのだとか?

 

「マサイ族の視力は驚異的」

 

なんてことも、そのうち、大昔のことと

なっていってしまうのかもしれませんね。

 

 

先生も私もお互い。

近いものが見えづらくなってきていて。

 

でも先生は、、、

 

「こういうのは、自然なことだよ」

 

・・・と。

 

そう言っていました。

 

 

「老眼鏡」と、日本では言うけれども、

英語でそれは、「Reading glasses」というみたいで。

 

そっちのほうが、かっこいいな。

 

・・・と、思ったりしました。

 

 

****************

 

 

ドラム叩きながら歌うって。

すごいよね。

 

 

 

 

占星術のモニターセッションをしていて気づいたのは、

クライアントさんのほぼ99%が、

太陽星座が火の星座以外の人だということでした。

 

火の星座というのは、牡羊座、獅子座、射手座のこと。

 

月星座が火の星座であるという人はいましたが、

太陽が火の人は、あれだけたくさんセッションしたにも

関わらず、たった、おふたりだけでした。。。

 

 

私も、太陽星座が火の星座ですが。。。

 

実は私自身、誰かに自分のことを見てもらおうと

思ったことは、これまで一度もなくて。

 

最後の占星術の先生に見てもらったことはありますが。

 

それは、、、

 

自分の運勢や性質を先生に教えてもらいたいという気持ちよりも、

「先生がどんなセッションをするのか、学びたい」という。

 

そんな気持ちのほうが強かったような気がします。

 

 

 

その占星術の先生がおっしゃってました。

 

火の星座の人は基本みんな、、、

自分に自信を持っているからね。。。と。

 

 

すごく、納得した私でした。

 

 

その自信って何なのか?と言われれば。

 

自分のことは、ちゃんと自分で決められるから大丈夫。

 

・・・みたいな。

 

そんな自信。

 

 

そういう部分であまり、

人を頼らない。。。ということなのだろうな。と。

 

そんな気がしなくもなく。

 

 

だから、火の星座の人はだいたいみんな、

人の話、聞いてるようで聞いてない(笑)

 

特に、他者からのアドバイスとかは、

一切聞いてない(爆)

 

・・・みたいな。

 

 

まぁ、、、

 

火の星座の人は、、、

 

特に、牡羊座や獅子座の人は、

自分自身でそれを「体現」してなんぼ。

 

・・・の人達だと感じていたりするので。

 

多少、自己主張が強いほうがいいのだと

感じていたりしますし。

 

彼らは、たとえば、「その人の描いた絵」みたいな、

そういう、「その人の創った作品」で勝負するよりも、

「その人自身」を使って、他者に影響を与えていく

人たちのような気がして。

 

だから、そういう人たちはその人の

行動そのもの(牡羊座)、

存在そのもの(獅子座)

・・・で、語っている人たちなのだろうなと。

 

そんな気がしていたりします。

 

 

同じ火の星座でも。

 

射手座はそのあたり、

微妙に、何かが違うような気もしなくもないのだけど。

 

あ、、、自分の人生哲学で語る。。。

 

・・・とか?(笑)

 

 

****************

 

 

この前、ネットの簡単相性占いで遊んでみたら、

息子と私の相性の良さが、100%と出て。

 

それで、え?と思って、いろんな人とやってみたけど、

「100%」と出る人は、他にはいませんでした。

 

 

息子は、太陽もアセンダントも牡羊座なので、

思いっきり火の人で。

 

 

なんだか。

 

漫画とかそういう2次元では、クールで知的なタイプの

ヒーローに惹かれがちなのに。

 

実際に、一番気が合うのは、

熱い、ワイルド系なのかもと思ったら。

 

 

人ってやっぱり。

自分にないものに惹かれがちなのかもね。。。と。

 

 

そんな気がしたりもしました。

 

 

私の弟も、同じく牡羊座ですが。

 

やっぱり、彼とも深いところで何かが。。。

ノリというか、テンポというか、ツボというか。

 

そういうところが、ものすごく合っているような、

そんな気がしていたりします。

 

 

息子がたしか、中学生とか高校生になってきた頃、

私はよく、息子を弟を呼び間違えたりしていました。

 

母もやっぱり、よくふたりを間違えてた。

 

 

なんだかね。

昔の弟と息子が、無意識にリンクしてしまってね。

 

 

「遺伝子ってすごい」

 

 

・・・なんて思ってたけどそういえば。

 

息子も弟も、共に牡羊座だということに気づいて、

なんだか、不思議な気持ちになったりもしたものです。

 

 

 

それにしても、息子も弟も。

 

牡羊座ってホント、、、

我が道をひたすら突き進んでいるよなぁ。。。と。

 

見ていると、感心します(笑)

 

 

でもそういう彼らの、「自分勝手さ」が。

 

射手座の私にとっては、妙に、

心地よく感じたりします。

 

 

でもなぜか、、、

 

そういう「自分勝手さ」にイラつかないのは、

相手が牡羊座の場合に限る。。。

 

なんですけどね。

 

 

****************

 

 

そんなマイ・ペースな息子や弟から、

いつも、突然送りつけられてくる

メールやラインの内容は。

 

いつも、あまりにも唐突過ぎて(笑)

 

 

いきなり「笑点」のテーマソングとか、

なんだかわからない動画とか。

 

そういうのを、何の説明もなく送りつけてくるので、

しかたなくつきあってあげて、返事を返してあげるのに。

 

彼らは、その返事にはノーコメント。

そのまんま放置。

 

 

「なんなんだ!!!」

 

 

・・・って(笑)

 

 

娘とふたりで、困ってます(笑)

 

 

「何考えてんだか」

 

・・・と呆れると同時に、、、

 

「何も考えてないな」

 

・・・とね(笑)

 

 

こちらの反応とかを、ほとんど気にしてないので、

そういうところ、カラッとしているから楽なのですけど。

 

 

ホント、愉快な方々です(笑)

 

 

 

思ったら、何も考えずに即、行動!

 

 

そういう、牡羊座の瞬発力みたいなもの。

 

こういうところでも感じますが。

 

 

でも、そういうノリ。

実は、すごく好きだったりします。

 

 

 

****************

 

 

 

そんな弟から先日、イーグルスの名曲、

「ホテル・カリフォルニア」とすごい似てる曲があるけど、

どう思う?

 

・・・と、送られてきたジェスロ・タルの曲。

 

 

コード進行がほぼ同じだとかなんだとか、

なんか、マニアックな話をしてたけど。

 

 

それにしても。。。

 

ジェスロ・タルには、いろいろ想い出があるので、

懐かしくなった。

 

 

そしてこの曲、すごく良かったので。

 

忘れないように、貼っておこうかな。。。と。

 

 

こっちのほうが、、、

イーグルスより、古いらしい。。。

 

 

私の名前には、「麻」という字が入っていて。

 

子供の頃も、そして大人になってからも、

この名前はあんまり好きじゃなかった。

 

 

小学生くらいの時、学校の宿題か何かで、

自分の名前の由来を親に訊いてきなさいというのがあり。

 

母に訊ねたところ。

 

 

「麻の生地のような丈夫な子に育つようにと願って」

 

 

・・・という答えが返ってきた。

 

 

母は昔、生地を扱う会社に勤めていたことがあり、

その時、麻の生地の丈夫さを実感したらしく。。。

 

 

それで、将来もし自分に娘が生まれたら、

その名前にしようと。

 

そう思ったのだそう。。。

 

 

 

****************

 

 

 

自分の名前に関する印象が少しだけ変わったのは、

カバラを勉強し始めた時。。。

 

 

カバラの先生に初めて会った時、、、

 

「あなた、すごい神秘的な名前だね」

 

・・・と、言われたから。

 

 

あの時はまだ、、、

よく解っていなかったけど。

 

今にして思えば、、、

 

あのあたりから、流れが変わったような。。。

 

 

そんな気もする。。。

 

 

その後、ハーブの勉強をしていた時、

ある先生に、「ヘンプオイル」を薦められ。

 

 

「ヘンプ」というのは、いろいろ種類のある麻の中でも、

「大麻」のことなのだけど。

 

その種から絞るオイルが、とても良い。。。と。

 

 

実際、ヘンプオイルを使ってみたら、

私の肌にもとても合っていたりしたので。

 

 

多分、、、あれがキッカケで私は。

 

麻。。。というものに、

意識を向け始めたのだろうと思う。

 

 

それで、「麻」。。。

 

特に、「大麻」の。

 

いろんなことを知った。

 

 

****************

 

 

聖書の話のあれこれや。。。

日本の古代のことを調べていると。。。

 

 

自分の名字の「モリヤ」とか、

名前の「麻」というものが、

 

妙に意味を持ち始め。。。

 

 

なんなのだろうなぁ?とは思うけど。

 

でも、いつものように、

決定的なことは、解らない。

 

 

ただ、、、

心が、ワクワクする方向へむかって進み。

 

 

その物語を楽しむだけで。。。

 

 

****************

 

 

「麻」をキーワードにすると、

いろんなことが繋がることが解った。

 

 

これまでの人生の物語の中で拾ってきた

パズルのピースたち。

 

 

長い年月をかけて。

そのピースを拾い集めてきたけれど。

 

 

これからはもう。

 

それを、1枚の絵に組み立てていく

時期なのかもな。

 

なんて思う。

 

 

そして死ぬ前に。

 

その絵が完成するといいのだけど。

 

自分が、納得いくような絵に。。。

 

 

****************

 

 

蛇に関わる不思議いろいろ。

 

ミサクさま。諏訪。守屋山。

そして、ご先祖のこと。

 

諏訪にやってきた、伊勢出身の女神。

ヤサカトメ。

 

ヤサカトメと関わるかもしれない、

天白神。

 

布を織っていた麻績氏。

 

ミサクさまと天白さまの関係。

 

 

そして。

 

縁を結びに行こうと出向いた諏訪からの帰り道。

空を飛んでいた、巨大な何か。

 

白鷺に見えた、何か。

 

 

物部氏に関わるニギハヤヒ。

 

猿田彦と、椿の花。

 

伊勢の織姫。

 

 

アトランティス、エッセネ派、聖書のこと。

スレイマンのこと。遊郭のこと。

 

 

結局、、、

 

うっすらと見えかかってきたものを、

なんにも言葉に出来ないのだけど。。。

 

 

ひとつ言えるのはやっぱり。

 

「統合」

 

・・・なのだと思う。

先日の、ウイングメーカー・スタディ・グループに

 参加してくださったみなさま。 

 

今回もありがとうございました。 

 

次回は、7月7日(土)になります。 

どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

 先日すでに、ご参加表明してくださっている方々以外で 

参加ご希望の方は、メールでご連絡くださいね。 

 

 

irislyrica★gmail.com(★を@に変えてください) 

 

 

ウイングメーカー、および、スタディ・グループについての詳細は、

こちらのページをご参考になさってくださいませ。 

 

 

ウイングメーカーについて

 

 

 

 **************** 

 

 

 

スタディ・グループがこの先どうなっていくのか。 

いつまで続いていくのか。。。

 

 それは、私にも分りません。。。 

 

 

ただ、、、 

参加希望の方が、ひとりでもいらっしゃる限りは、 

やめないで続けよう。。。と。 

 

それだけ決めてやっていたりします。 

 

 

 

ウイングメーカーの情報は、1998年の11月に、 

突如、アメリカのインターネット・サイトに現れました。 

 

その情報が、日本で最初に知られることとなったのは、 

2001年。

 

「ムー」という雑誌に、ウイングメーカーのことが 

取り上げられた時でした。 

 

 

現在、日本で書籍化されている 

ウイングメーカーの翻訳者であるshimaさんという方が、 

もし、そのムーを読まなかったとしたら。

 

 「今」はなかったというわけです。 

 

 

彼はそこで、ウイングメーカーの世界に強烈に惹かれ、 

そして、アメリカのサイトを自力で翻訳し始め。。。 

 

2001年当初、開設されていたご自身のHPで、 

翻訳したものを、少しづつ公開されていました。 

 

 

私が、ウイングメーカーの世界に出会ったのは、 

2003年です。 

 

 

当時、いろいろと個人的な流れがあり、 

インターネットを駆使してあれこれ探していたら、 

偶然、あるサイトで、ウイングメーカーのことを知りました。 

 

 

そのサイトは、shimaさんのサイトではなかったのですが、 

少しだけ、ウイングメーカーのことに触れていました。 

 

その、「少しだけ」の情報は、ウイングメーカーの 

センセーショナル的な部分だけに触れられていましたので、 

私がその時、その世界に興味を持ったのは、 

単なる、「好奇心」でしかありませんでした。 

 

 

けれども、、、その好奇心を抑えきれずに、 

あれこれ探してみた結果、出会ったのがアメリカ本家サイト。 

 

英語だったので、断念しそうになりました。 

 

当時は、小さな子供たちの世話でいろいろ忙しかった時で、 

英語のサイトを自分で翻訳するなんて余裕は 

ありませんでしたから。。。 

 

あの頃の自動翻訳機は、、、 

全然使えませんでしたしね(苦笑) 

 

 

けれども、もう少し頑張って探してみたら、 

shimaさんの翻訳サイトと出会って。 

 

そしてそこで、見つけてしまったのです。 

 

私の今回の人生の軸となる経験を、、、 

証明してくれているかのような言葉を。 

 

 

「マイ・セントラル・メッセージ」を。

 

 

 

あれからずっと。 

ウイングメーカーの世界とは付き合ってきましたが。 

 

いろんな流れがありました。 

 

 

まず、2005年に日本でウイングメーカーの情報が 

書籍化された時。 

 

パッと大きく、炎が燃え上がりました。 

 

 

書籍化されるにあたり。 

裏ではいろんな不思議なご縁や繋がりや。 

 

でも、完璧な流れがあったようですが。 

 

でも、現実として「書籍化」ということが起こったこと。 

この「事実」が、いろんなことを物語っていますね。 

 

 

さらに、ジェームズがウイングメーカーの情報を 

書籍化することを許可したのは、この日本だけ。 

 

それもまた、、、どうしてだったのだろう?と。 

いろいろ、考えたりもしました。

 

 

 

けれども、ウイングメーカーの世界は正直言って。

万人受けするものではないと感じています。

 

マニアックというか。

 

ハマる人にはどこまでもツボだけど。

そうじゃないと、「一体何がそんなに面白いの?」

 

・・・みたいな。

 

そんな世界のように感じます。

 

 

ただ、、、マテリアルの一番外側の部分。

 

表面に被っている「洋服」が当時、

とんでもなくセンセーショナルだったというか。

(今では全然、センセーショナルでもないのですが)

 

人の好奇心をくすぐる形であったので、

それで食いつく人は多いけど。

 

そこから先に、深く入っていけばいくほど、

マニアックにハマっていくか、

ワケがわからず投げ出すか。

 

どちらかになる。

 

・・・みたいな。

 

 

だから、2005年に書籍化された時は、

いろんな人がウイングメーカーのことを話題にしてたけど。

 

いつの頃からかそういうこともおさまり。。。

だんだん、忘れられていき。。。

 

その炎は、一見、消えてしまったかのようでした。

 

 

 

けれども、2011年に。

また、再燃しました。

 

ある有名なブロガーの方が、なぜだか急に、

ウイングメーカーのことを記事にして。

 

それを機に、ウイングメーカーの世界を知る人が

また少し、増えました。

 

その頃ちょうど、本も新書版として再販されたりしました。

 

 

あの頃は、ジェームズも精力的に動いていた時期で。

 

ドールマンの予言やクォンタスム、

そしてウェザー・コンポーザーなど。

 

次々と新作の小説をリリースしまくっていたりしました。

 

 

2014年。。。

 

アメリカの本家サイトがリニューアルし。。。

1998年当時から、ずっと、隠され続けてきた

ネルダ・インタビューのパート5の部分も公開され。

 

 

あの時私は、、、

 

「あ、終わった」

 

・・・と、そう感じました。

 

 

1998年に始まった、「第1幕」が。

その時、幕をひいたような感じがしたのでした。

 

 

その後、pinterestなどでジェームズが、

これまでの画像のほとんどを放出したりするのを見て。

 

その感覚はますます。

確信に変わっていったりもしました。

 

 

「目に見える部分」でのジェームズの活動が

あれ以来、ずっと止まったままのせいか。

 

今は、この日本だけでなく。

世界中もまた、一部の人を除いては、

静かなものです。

 

 

人ってやっぱりね。

「刺激」がないと、すぐに飽きて忘れちゃうから。

 

 

それでなくても現代は。。。

 

次から次へと、新しい情報が入って来るし。

いろんなことに、翻弄されやすい状況ですしね。

 

 

ジェームズが動いていない今。

炎はまた、、、消えてしまったかのように。。。

 

 

 

そんな状況なのにも関わらず、、、

 

2016年になって私は。

ウイングメーカー・スタディ・グループなんてものをはじめ。

 

 

なんで今頃こんなことをしているのか。

正直、自分でもよく分らなかったりするのですが。。。

 

 

でも、、、

 

ライトランゲージ中に、

そういう「声」が聴こえたので。

 

 

なので、分らないながらもとりあえず。。。

やっていたりするのですが。

 

 

今までの経験上、こういうことは、

ずっとあとになってから。

 

 

「こういうことだったのか」

 

 

・・・とわかると思うので。

 

 

先ほども書いたように。。。

 

人がまったく集まらなくなるまでは、続けよう。。。と。

 

そう思っていたりします。

 

 

****************

 

 

ドールマンの小説の中に、

「オラクル」という人が登場します。

 

 

そして物語の中では、、、

 

オラクルは、

地上では「ヴェスタ」と呼ばれている。。。

 

・・・と。

 

そんな風に、描かれています。

 

 

ヴェスタって。

 

ローマ神話に出てくる女神の名前で、

その女神は、ギリシャ神話では「ヘスティア」と

呼ばれています。

 

ヴェスタは、「竈(または炉)の女神」。。。

 

つまり、、、「炎の番人」です。

 

 

チベットでも、、、埋蔵経というものは、、、

必要な時代に発見される。。。と。

 

そう言われていたりするそうですが。

 

 

だからこそ、「炎」は。

 

消えないように、誰かが見守っていなければ

いけないのかもね。。。

 

・・・なんて思いつつ。

 

 

今は、そんな気持ちでやってます。

 

スタディ・グループ。

 

 

****************

 

 

今日、パソコンを開いたら。

 

綺麗な画像が出てきて、

しばし見とれてしまいました。

 

 

イタリアの、「ヴィエステ」という場所みたいです。

 

この町の名前は、、、

ヴェスタと何か、関係あったりするのかな?

 

なんて思いながら、眺めていました。。。

 

 

※画像はこちらからお借りしました※

©WingMakers.LLC

 

 

 

出口さんのブログを読んで、不思議な気持ちになった。

 

 

出口さん、昔、新宿によく来てたのかしら?

 

 

私は学校が新宿で、

バイト先も新宿で。

 

だからあの頃は、ほぼほぼ毎日、

朝から晩まで新宿にいたりした。。。

 

ある学年の時の校舎なんて、

新宿御苑のすぐそば。。。

 

もしや勉強していたすぐそばで、、、

出口さんが、リス探してたの????とか(笑)

 

 

あの頃って、、、

グラスバレー大好きな頃だったし。。。

 

あぁ。。。

一度くらい、街ですれ違ったりしてなかったのかなぁ。。。

 

 

ただ気づかなかっただけで。。。

知らないうちにそんなことがあったとしたら、

 

なんか、面白いのになぁ。。。

 

 

それにしても新宿かぁ。。。

 

想い出がいっぱいの街です。。。

 

 

****************

 

 

スタディ・グループのお知らせ書こうと思って

ブログを開いたのに。。。

 

出口さんのブログが更新されていたので、

話がつい、、、脇道にそれてしまいました^^;

 

 

****************

 

 

今週末の土曜日に、スタディ・グループを開きます。

 

先月はお休みだったので、少しお久しぶりですね。

 

ご参加の皆様、どうぞよろしくお願いいたします。

お会いできるのを楽しみにしています!

 

 

 

ウイングメーカーの世界は、とてつもなく幅広く。。。

 

なので、その広大な世界の中のどこにフォーカスするか、

どんなところが気になったりするのか、、、

 

・・・というのも、人によって様々です。

 

 

だから私ひとりでは、とてもカバーしきれませんし、

いろんな人の視点から見つめたほうがいいな。。。と。

 

そう思ったので、現在は、その会ごとに

リーダーさんを決めて、その日は、その人の

好きなように会を展開してもらってます。

 

 

以前からずっといらっしゃっている人から順番に

会のリーダーをやっていただいております。

 

ですので、初回参加でいきなりリーダーということは

ありえないので、ご安心くださいませ。

 

ただ基本、どなたでもリーダーはできますので、

ウイングメーカーの世界に心惹かれ、

自論を熱く語りたい!!みたいな方は、

ぜひ(笑)

 

 

 

私は、『クォンタスム』の小説を地道に翻訳して、

それを、少しづつシェアしています。

 

これは、毎回やっています。

 

 

『クォンタスム』がアメリカでリリースされた当初、

あれはたしか、2012年の夏頃だったかなと思いますが、、、

 

当時私は、それよりも少し前にリリースされた

『ドールマン・プロフェシー』を自力で翻訳していたりしました。

 

 

ドールマンは、最初、英語のままつらつら読み、

その後に、しっかりと翻訳してみることにしたのですが、、、

 

その時、マテリアルを自分で翻訳することの

奥深さをひしひしと実感した私は、クォンタスムは、

最初から、ちゃんと訳しながら読んでみようと。。。

 

あるところまでは、ドールマンと同時進行で

翻訳を進めていたりしました。

 

 

・・・が、そうすると、なかなか先に進めない。

 

クォンタスムは、全部で100章以上あるので、

このペースだと終わりまでたどり着くのはいつのことやら。。。と。

 

やっぱり、途中からそのまんまで

読み進めてしまうことにしたのでした。

 

 

なので、いちおストーリーは最後まで読みましたが、

翻訳は、途中で止まったままでした。

 

 

ジェームズは、いくつか小説をリリースしていますが、、、

 

私は、この『クォンタスム』が一番好きです。。。

 

ドールマンも好きだけど。。。

やっぱり、、、クォンタスムかなぁ。。。

 

 

スタディ・グループに継続参加されている方々は、

やっぱり、クォンタスムも読みたいだろうなぁ。。。と思い、

以前、翻訳していたものを少しづつシェアすることに

したのですが。。。

 

実を言えば、昨年などは、

自分や夫の会社の仕事で手いっぱいで、

ゆっくりと翻訳をする時間など、全然とれませんでした。

 

ですので、、、

今、シェアしているものはまだ、

2012年の時に訳したものです。

 

 

ただ、、、

あれからまた、何年も経っているので、

今、改めて訳そうとすればきっと、

以前とは多少、違った形になったりするのだろうな。。。と。

 

そんな気もしていたりします。

 

 

 

現在は、、、

その会の参加者の方に、その日の

チャプターの翻訳分だけをお渡ししています。

 

ですので、お休みされた場合は、

その会の分の翻訳は、基本、お渡しできません。

 

 

ただ、翻訳がある程度の分量たまったら、

一冊のファイルにとじて、ご希望される方には、

シェアさせていただく予定ですので、

抜けた章が気になる方は、その時に。。。

 

・・・と思っております。

 

恐れ入りますが、その時は、

ファイル作成にかかった諸経費分だけ

いただく予定です。

 

 

そしてその時は、以前翻訳したところをじっくりと見直して。

変えるところは変えて、お渡しするつもりです。

 

 

 

次回の会でシェアするチャプターは、第7章。

 

 

この章の少し前から登場している「ゼニス」という

謎の女性。。。

 

個人的に、、、ものすごく大好きなキャラクターです。

 

 

ジェームズの描く物語の中で、、、

私がものすごく共感できるのが、このゼニスと。。。

 

そして、ドールマンに出てくるオラクルだったりします。

 

 

 

思えば、、、

射手座土星期間は、本当にあれこれ忙しく。。。

 

ものすごく、現実にひっぱられていた時期でした。

 

 

占星術もやめ、ライトランゲージもやめ。

ヒーリングのお仕事はゼニス一本に絞ってから、

心に余裕も出てきたし。。。

 

 

ジェームズの小説ともまた、、、

昔みたいに、じっくりゆっくり向き合えたらいいな。。。

 

・・・と思います。

前回の日記を書いたあと、、、

 

しばらくしてからふと気づいた。。。

 

 

渋川神社にあったあの楠木は、

樹齢約1000年だそうで。

 

そんな古い木だから、物部守屋も見たのだろうと

漠然と思っていたけど。

 

でも、よくよく考えてみたら、、、

 

物部守屋は、平安時代よりも、奈良時代よりも、

もっともっと古い時代の人だったから、

その頃はまだ、あの楠木はなかったかも。。。

 

・・・と。

 

今更ながら、ちゃんと気づいた。。。

 

 

 

ウィキで確認してみると、彼の生きた時代は、

歴史的には「古墳時代」と呼ばれているらしい。。。

 

 

仏教が日本に伝来したのが6世紀。

 

物部守屋も、その頃の人。

 

 

・・・ということはやっぱり。

1000年前どころではないんだ。。。

 

 

改めて。。。

 

そんな昔の話なんだね。。。と。

 

 

しみじみした。。。

 

 

 

****************

 

 

 

前回、娘と大阪に行った時、

本当は、住吉大社と四天王寺に行く予定だった。。。

 

 

でも、娘も私も、、、

ギリギリのスケジュールであれこれ詰め込んだ

時間に追われる旅は苦手でね。。。

 

四天王寺は、次回、みんなで行くときにしようか。。。

 

・・・と、あの時は、住吉大社だけしか行かなかった。

 

 

 

だから今回は、、、

四天王寺に行くことは、ちゃんと予定に

入れていたのだけど。。。

 

 

お昼に、四天王寺のすぐそばのお店で、

お好み焼きを食べていたら急に、

気が変わってしまったの。。。

 

 

 

朝の7時頃に八尾市に到着して。

 

それから午前中いっぱい、

あちらこちらを歩いたのだけれども。

 

お昼ごろには日差しも相当強くなり。

みんな、ちょっと疲れてた。

 

 

帰りの運転もあるし、これ以上歩かせるのは、

さすがにちょっと、可哀想かも。。。と。

 

そんな気がしてきて。

 

 

それで、スマホで四天王寺のサイトを開いて、

よくよく見てみたら、、、

 

なんだかそこは、中がとんでもなく広いみたいで。。。

 

(特に男衆が)更に疲労するだろうと思い。

 

 

結局。。。

 

今回もやっぱり、、、

目の前まで来て、行くのをやめてしまった。。。

 

 

 

縁がないのかしら?四天王寺。

 

 

 

・・・なんて考えていたら、、、

ふと思い出したことがあった。。。

 

 

 

****************

 

 

 

以前、長野の物部守屋神社に行った時。

 

神社の入口の鳥居の下の階段に、

ものすごく綺麗な羽根が、1枚落ちていて、、、

 

 

なぜだか、その羽根が気になって気になって仕方なかったので、

持って帰って、お守りにすることにしたのだけど。。。

 

 

あとから調べてみたら、その羽は「アオゲラ」という

キツツキの羽根だということが分かったの。。。

 

 

それから、数ヶ月経ったころ、、、

夫が偶然、こんな伝説があったことを見つけてね。。。

 

 

寺つつきのお話

 

 

ちょっと、、、ゾクッとなった。

 

 

 

まさか、物部守屋とキツツキが繋がるような、

そんな話があったなんて。。。と。

 

 

 

****************

 

 

 

そんなわけで、四天王寺に行くのは

取りやめになったのだけど。。。

 

 

その代わりに、一度は行くのを諦めた、

樟本神社に行ってみることになった。

 

 

樟本神社は、全部で3つあるとのことだったけど、

時間と、男衆の体力のことを考えて、とりあえず、、、

 

「守屋の首洗い池」があると言われている

ところだけ行ってみようということになった。

 

 

 

でもね。。。

 

 

勘と、あやふやな記憶を頼りに周ったら、

気づけば3社とも、周ってしまう羽目になった。

 

正解のところに辿り着いたのが、

最後の最後だったから。。。

 

 

私はもともと、3社とも行きたかったから、

予期せず、、、目的は果たせちゃったけど(笑)

 

 

息子はグッタリしてた^^;

 

 

 

****************

 

 

 

「守屋の首洗い池」というのは、、、

 

蘇我入鹿・聖徳太子軍にいた、

迹見赤檮(とみのいちい)という人が、木の上にいた

守屋を矢で射落とし。。。

 

その守屋の首を秦河勝(はたのかわかつ)がとって、

この池で洗ったという。。。

 

そんな怖い言い伝えのある池だそうで。

 

 

 

樟本神社にあったその池は。。。

 

その水面を緑の藻が覆っていて。。。

 

「うわぁ。。。。」という感じで。

 

 

 

そして、、、

 

池の中にはゴミがいっぱい捨てられていて。

 

ちょっと、悲しい気分に。。。

 

 

 

 

 

 

ちなみに、、、

 

「守屋の首洗い池」といわれているものは、、、

なぜか、大聖勝軍寺にもあって。。。

 

 

 

 

 

 

 

こちらは、水はなくなって枯れてたけど。。。

 

 

 

同じ伝説を持つ池が、

ふたつもあるっていうのがね。。。

 

 

 

首をとるとか、首を洗うとか。。。

 

普通にそんなことが出来たなんて、

考えただけでも、恐ろしい。

 

 

昔の人って、残酷。。。

 

 

・・・というか、「無知」というのは本当に、、、

悲しいことだな。。。と。

 

 

 

今の時代のこの。。。

 

穏やかで平和な時を、

大切にしたいものだなぁ。。。と。

 

 

そういう言い伝えのある池を見ながら、、、

しみじみ思ったのでした。。。