前回の日記を書いたあと、、、
しばらくしてからふと気づいた。。。
渋川神社にあったあの楠木は、
樹齢約1000年だそうで。
そんな古い木だから、物部守屋も見たのだろうと
漠然と思っていたけど。
でも、よくよく考えてみたら、、、
物部守屋は、平安時代よりも、奈良時代よりも、
もっともっと古い時代の人だったから、
その頃はまだ、あの楠木はなかったかも。。。
・・・と。
今更ながら、ちゃんと気づいた。。。
ウィキで確認してみると、彼の生きた時代は、
歴史的には「古墳時代」と呼ばれているらしい。。。
仏教が日本に伝来したのが6世紀。
物部守屋も、その頃の人。
・・・ということはやっぱり。
1000年前どころではないんだ。。。
改めて。。。
そんな昔の話なんだね。。。と。
しみじみした。。。
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前回、娘と大阪に行った時、
本当は、住吉大社と四天王寺に行く予定だった。。。
でも、娘も私も、、、
ギリギリのスケジュールであれこれ詰め込んだ
時間に追われる旅は苦手でね。。。
四天王寺は、次回、みんなで行くときにしようか。。。
・・・と、あの時は、住吉大社だけしか行かなかった。
だから今回は、、、
四天王寺に行くことは、ちゃんと予定に
入れていたのだけど。。。
お昼に、四天王寺のすぐそばのお店で、
お好み焼きを食べていたら急に、
気が変わってしまったの。。。
朝の7時頃に八尾市に到着して。
それから午前中いっぱい、
あちらこちらを歩いたのだけれども。
お昼ごろには日差しも相当強くなり。
みんな、ちょっと疲れてた。
帰りの運転もあるし、これ以上歩かせるのは、
さすがにちょっと、可哀想かも。。。と。
そんな気がしてきて。
それで、スマホで四天王寺のサイトを開いて、
よくよく見てみたら、、、
なんだかそこは、中がとんでもなく広いみたいで。。。
(特に男衆が)更に疲労するだろうと思い。
結局。。。
今回もやっぱり、、、
目の前まで来て、行くのをやめてしまった。。。
縁がないのかしら?四天王寺。
・・・なんて考えていたら、、、
ふと思い出したことがあった。。。
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以前、長野の物部守屋神社に行った時。
神社の入口の鳥居の下の階段に、
ものすごく綺麗な羽根が、1枚落ちていて、、、
なぜだか、その羽根が気になって気になって仕方なかったので、
持って帰って、お守りにすることにしたのだけど。。。
あとから調べてみたら、その羽は「アオゲラ」という
キツツキの羽根だということが分かったの。。。
それから、数ヶ月経ったころ、、、
夫が偶然、こんな伝説があったことを見つけてね。。。
★寺つつきのお話★
ちょっと、、、ゾクッとなった。
まさか、物部守屋とキツツキが繋がるような、
そんな話があったなんて。。。と。
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そんなわけで、四天王寺に行くのは
取りやめになったのだけど。。。
その代わりに、一度は行くのを諦めた、
樟本神社に行ってみることになった。
樟本神社は、全部で3つあるとのことだったけど、
時間と、男衆の体力のことを考えて、とりあえず、、、
「守屋の首洗い池」があると言われている
ところだけ行ってみようということになった。
でもね。。。
勘と、あやふやな記憶を頼りに周ったら、
気づけば3社とも、周ってしまう羽目になった。
正解のところに辿り着いたのが、
最後の最後だったから。。。
私はもともと、3社とも行きたかったから、
予期せず、、、目的は果たせちゃったけど(笑)
息子はグッタリしてた^^;
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「守屋の首洗い池」というのは、、、
蘇我入鹿・聖徳太子軍にいた、
迹見赤檮(とみのいちい)という人が、木の上にいた
守屋を矢で射落とし。。。
その守屋の首を秦河勝(はたのかわかつ)がとって、
この池で洗ったという。。。
そんな怖い言い伝えのある池だそうで。
樟本神社にあったその池は。。。
その水面を緑の藻が覆っていて。。。
「うわぁ。。。。」という感じで。
そして、、、
池の中にはゴミがいっぱい捨てられていて。
ちょっと、悲しい気分に。。。
ちなみに、、、
「守屋の首洗い池」といわれているものは、、、
なぜか、大聖勝軍寺にもあって。。。
こちらは、水はなくなって枯れてたけど。。。
同じ伝説を持つ池が、
ふたつもあるっていうのがね。。。
首をとるとか、首を洗うとか。。。
普通にそんなことが出来たなんて、
考えただけでも、恐ろしい。
昔の人って、残酷。。。
・・・というか、「無知」というのは本当に、、、
悲しいことだな。。。と。
今の時代のこの。。。
穏やかで平和な時を、
大切にしたいものだなぁ。。。と。
そういう言い伝えのある池を見ながら、、、
しみじみ思ったのでした。。。

