走り続けていないと不安になることってある。立ち止まってしまうと何か自分の存在価値がなくなってしまうようで。何かに押しつぶされてしまいそうで。だから走り続ける。疲れていても、止まれない。というか止まりたくないんだよね。


走り続けているときは、止まったときに思い浮かぶであろうことを考えなくてすむよね。毎日毎日を忙しくしていれば、やがて日常に紛れて辛い想いが消えてしまうかもしれないと思うよね。まっすぐ向かい合うことをしたくないよね。


でも、ちょっとした瞬間にやっぱり辛くなるでしょう。ずっと忙しくしていることなんてできないもの。ふとした瞬間のときって、想い出すことは予期していないから、すごく苦しいでしょう。


そんなときに思い浮かぶことは、おそらく消えない想い出なんだと思います。自分のこころが救われる唯一の方法は、自分で【消化】をすること。【消化】というのは、その現実や、起こってしまったこと、そして今の自分を【認める】こと。認めた上で、自分自身を【愛する】こと。そのために必要なことは、【自分にとことんまで向き合う】こと。結果的にはそれが一番の近道なんだと思います。


一人で向き合うことは怖いよね。くずれちゃうかもしれないから。だから、そばに誰か大事な人がいるのが一番いい。両親でも、友人でも、恋人でも。もちろん、カウンセラーでもいいんだと思うよ。近すぎると出来ないことってあるからね。


本当は、【走らなきゃならない】から走るんじゃなくて、【走りたい】から走るんだよ。疲れ方が全然違うからね。

今日は、ある外資系の人とご飯を食べていました。六本木グランドハイアットホテルの上のステーキ系レストラン。うーんさすが外資系の人は洒落ているなあと思いつつ。「ごち」で(笑)。これは表の仕事で。

「ワイン飲みますか?」と言われて「いいですねえ」と即答したんですが、ワインって実は僕にとっては一番酔う酒なんですよねえ。ウィスキーとかだと全然酔わないのに。アルコールの度数とは関係無しに、相性みたいです。

で、案の定酔いました。そんなに飲んでもいないのに。今はお茶をがぶがぶ飲みつつアルコール吸収中。今は日記書けるぐらいに覚めました。でも【こころの日記】はさすがに今日はお休み。すんません。

ワインとビールはどうもだめ。やっぱり日本酒かウィスキーかな。

あなたは悲しいときに泣くことができますか?嬉しいときは?嬉しいときに泣いてしまったことってありませんか?


【涙】というと、悲しいときに流すものといわれがちですが、人は嬉しいときのほうが泣きやすいんだそうです。逆に、本当に悲しいときは泣きたくても泣けなかったりする。泣きたいときに泣けないのは辛いよね。


悲しいときほど、こころの殻を厚くしようとします。悲しさを封じ込めるために、感情を麻痺させようとします。だから、悲しいことを悲しいことと思わないように頑張っちゃう。ある種、緊張しているんだと思います。何かがきっかけでほっとした瞬間に涙が溢れてくるのはそのせい。


逆に、嬉しいときはこころの殻が薄くなっているから、涙が出やすい。そもそも、笑うことと泣くことは近いものがあるんだそうです。また、感情から湧き出る涙はストレスから来る有害なものを体の外にだす働きがあるそうです。だから泣くとすっきりする。


でも、嬉しいときに感情をうまく出せないときがある。そんなときって、何か悲しいこと、辛いことがあって殻がずっと厚くなったままなのかもしれないね。そんなときは、嬉しさでも悲しさでもどちらでもいいから、感情を呼び起こすことから始めないとね。感情を呼び起こすには?何かの出来事といっしょに、自分のそのときに思ったことを話してごらん。殻が厚くなっているときって、感情を話さずに、事実を淡々と話していることが多いんだよ。そのときに思ったことを話すことで、自分の感情を認識する。最初はそれで十分。


【涙は感情のバロメーター】

撮影は夜までかかると思ったのに、出番は午前中で終わり。日頃の夜型生活がたたり一睡もしないで行ったからよかったけど。夜までもたなかったかもしんない。


さすがにまったくものが考えられません。人は極限状態になると本能で動くようになるといいますが、今の状態は;

①眠い←当たり前
②おなかがすいた


これだけ。これって【生きる】ことに執着してるってことだよねえ。うーん、本能のままに生きるのもいいかも。


一方で頭の中ではサザンの『クリスマス・ラブ』がくるくると。普段歌う歌でもないのに何故この曲が?うーん、これも【生きるため】の歌?


ちょっと寝よ。。寝ないとこのまま【獣】になってしまいそうだ。

です、基本的に。飽きっぽくて続きません。健康のためにジムに通ったり、ダイエットと言って炭水化物抜いたり、早起きを心がけたり、一応やってみるのですが、ほとんど続きません。好奇心は旺盛なので、やってはみる。「らくらくできるダイエットエクセサイズ」ってのもやってみたけど、これも2日で【忘れた】なあ。「毎日もしくは定期的に」っていうのがだめなようです。よく人に怒られます。


そんな中で、自分で続いているなあと思うのは、【こころの中】の日記です。途中で全く更新しない時期もあったのですが、これを始めたのは昨年の始め頃かな。「カフェスタ」ってコミュニティが最初。その後アメーバブログに移って、ミクシイに紛れ込んで。場所は変われど書いているテーマは同じ。何よりも友人がびっくりしてました。そりゃそうだ。


数えてみたら【こころの日記】だけで80ぐらいあった。ちょっとびっくり。これって結局【好き】だからなんだなと思った。あるいは、【先の目的】がはっきりしてるから。もちろん、この日記を好きでいてくれる人がいるからってのも大きいかな。誰も見向きもしてくれなかったらくじけてるだろうから。


99まで行ったら本でも作りたいなあ。『こころを元気にする100か条』とかで(笑)。なんで99かって?残りの1ページは空白にするんだよ。ここは『あなただけの【こころを元気にする1ヶ条】』ってこと。


みんな買ってくれるかなあ。今のちょっとした自分の夢です。

[褒めること]と関連して、意外と仕事上で使うことの少ない言葉だったりします。

あなたは、部下に何かを頼んだときに、この言葉をどれぐらい使いますか。当たり前のように頼んで、当たり前のように終わらせていませんか?誰かにコピーを頼んだときに、何も言わずに受け取っていませんか?

「部下なんだから、物を頼んで当然だろう」って言う人、結構多いんです。部下は兵隊ではありません。「言わなくたって感謝の気持ちは伝わってるだろう」っていう人、絶対に伝わりません。

端的に言うと、それだけであなたはかなり損をしています。だって、その一言で部下のモチベーションと、あなたに対する信頼度は格段に増すんですから。

「ありがとう」っていう言葉は、こころの中に直接響くすごく素直な言葉で、言われた人はそれだけですごく優しくて嬉しい気持ちになれる言葉。その一言で、相手は「これをしてあげてよかったな」という気持ちになる。そう思ったとき、人の行動心理としては、「次にはもっとこの人が喜んでくれることをしてあげよう」と思いますね。そうすると、少しぐらい無理難題をお願いしても、快く引き受けてくれたりする。だってそれで自分ももっと優しい気持ちになれるんだから。部下とか上司とかって関係ない。これは、人と人との交わりなんですから。

そんなに難しいことじゃないはず。たった一言なんですから。それだけで人間関係が円滑になって、仕事がしやすくなるまさに【魔法の言葉】。にっこり笑顔で一言、それがあれば、どんな褒め言葉もいらない。どうしても照れくさかったら、メールで一言返すだけでもいい。

【100の褒め言葉よりも1の「ありがとう」】
苦手な人って意外と多いように思いませんか?仕事では特に。怒ったり、注意していることのほうが断然多い。「若手が伸びないんだ」「部下がついてきてくれない」といった悩みをもつ管理職と話をすると、[褒めること]をあまりしていないですね。

そういった人の言い分はこう;
①安易に褒めることでその人が「この程度でいいんだ」と思ってしまって上を目指さなくなる。このぐらいで満足してほしくない。
②欠点のほうが目に付いてしまうから、どうしても欠点の指摘のほうが多くなる
③自分から見たら、そんなにたいした成果ではないので、褒めるほどのものではない

①については、「相手のため」という建前があるのでしょうが、ちょっと待って、人ってそんなに単純なものでしょうか?決して全体を褒めるわけじゃないですよね。達成した成果そのもについての評価です。それ自体を褒めたからといって、自分自身が「すごいんだ」って思う人はかなり「まれ」に思います。

②についても、欠点とその成果は別ですよね。欠点は欠点で指摘してあげればいい。でも、その成果と欠点を相殺する必要はない。欠点は欠点、成果は成果。切り離したほうがいいよね。というか、本人は切り離していると思います。

③成果に「たいしたもの」も「たいしたことないもの」もありませんね。相手はあなたではないし、成果は成果そのものですから。

人は褒められたら単純に嬉しいもの。褒められたら、自然ともっといいことをしてみようというモチベーションになる。そうしたらまた付加価値の高い仕事をするようになる。「甘い!」という人がいるかもしれません。でも、どうせ自分で「やった!」と思っていたとしたら、人に評価されたほうがその喜びは倍になるじゃないですか。お客さんに評価されたら嬉しいでしょ。それって内部でだって同じこと。

褒めてばかりじゃもちろんだめで、課題の指摘をするときは真剣にしっかりと。その両方があって初めて、人はあなたについていきたいと思うでしょうね。人があなたについてきたときに、チームとしてのパフォーマンスは格段に上がると思いますよ。

【失うこと】って辛いよね。普段何気なく思っているものでも、いざ失うとなると「ちょっと待って!」と思ってしまう。なにか今までの想い出も失った瞬間に消えてしまうように感じたりして。だって物事には何かしらの【想い出】が詰まっているもんね。好きな物事だったらなおさら。しがみついちゃうよね。


私達は【得ること】に貪欲なように見えるけど、実は【失いそうなこと】を【失わないようにすること】にこだわるように思います。それってたぶん「そこにあることの安心感」「自分の存在価値」。だってそこにはこころがつながっているのだもの。だからある意味、自分自身なんだよね。


でもきっと、「そこになくなった」としても、こころの中にはちゃんと残っているはず。だから、想い出が消えることってない。形あるものはいつか崩れるけれど、こころの中にあるものは残り続ける。


きっと、【失う】んじゃなくて、【こころの中にしまう】んだよ。大切に、そっとね。


いろんな辛いことが次から次へとやってくる。まるで待ち構えていたかのように。避けられるものなら避けたいけど、容赦なくやってくる。ここにいることすら苦しい。いっそのこと消えてなくなりたい。


ってことは、幸せなこともまとまってやってくるかもしれないね。だってこんなに辛いことがまとまって自分にまとわりついているんだもの。幸せと辛さは釣り合いが取れているんだって誰かが言っていた。


明日それが来るかなんてわからない。いつこの辛さがなくなるのか、誰も知らない。耐えられるか自体が不安になる。でも、今が辛いほど、どこかで同じぐらいの幸せをつかむことができる。自分自身が【幸せをつかみたい】と思っていれば必ず来る。


【幸】と【辛】って何だか字が似ているね。【辛】の上に【ポジティブ(プラス)】が乗っかったら幸せになるのかも。


だから、辛いときほどその想いを自分のこころの中にためていこう。口に出して言ってみよう。いつでも出せるように。いつでも引き寄せられるように。こんなときほど、貪欲に生きていこう。


【明けない夜はない】

私達は何気ない言葉に傷ついたりするよね。相手に悪意があるかどうかに関わらず、その言葉自体でショックを受ける。時に自分が間違っているのかと思う。自分を否定されたような気分になる。


やっぱり相手には何かを期待しちゃうよね。知らず知らずに自分の期待する答えを相手に求めているところがある。悲しくなったり、腹が立つのは、それとのギャップが激しいとき。相手に期待していないときは得てして腹も立たない。意外と流せちゃったりするよね。


でも、そのギャップってある意味仕方がないかもね。相手はあなたじゃない。そして、言葉は便利だけど、自分の気持ちを全て伝えられるものじゃない。ちょっとしたニュアンスの違いだけでもそのギャップは起こる。ということは、言葉ってその程度のこと。私達は結構コミュニケーション下手。


相手はあなたに悪意を持ってその言葉を発しているのか、あなたに対して好意を持った上での発言なのか、どっちでしょうか。後者なら、あなたが期待しているたことを伝えてみましょう。どんな言葉がほしいのか言ってごらん。違うニュアンスの言葉が返ってくるかもしれません。目をみてごらん、表情をうかがってごらん。一人で傷つくんじゃなくて、傷ついている自分を表現してごらん。相手はそれで始めて気づくかもしれないよ。私達はかなり不器用なんだから。


コミュニケーションは言葉だけじゃないけど、やっぱり言葉は大事。感じるだけじゃなくて、言葉で伝えてほしいことってあるもんね。だったら、こっちも言葉で一生懸命伝えていかなきゃね。