癒し 天使たちのことば -6ページ目

癒し 天使たちのことば

日々降ろされる霊天上界からのメッセージと共に、
心癒される言葉や、励まされる言葉をお届け致します。

学舎(まなびや)


大学のことについて、天照様にお話しをお伺い致しましたので、お知らせいたします。


天照様より

Q: 今日、幸福の科学大学について、みんなの思いを結集するのにうまくいかなかったみたいで、審議会より不可とでましたが、まだ審議会の答申という事で、大臣の最終的な判断、政治的な決着があるのかどうなのかという事が分かりません、これについて天照様の思いを教えていただければと思います。よろしくお願いします。


 これは、我らの思いが今一つ、結集しなかったという事に加え、これを邪魔せんとする勢力が力を増してきているという事があります。
その双方が相まって現在只今の結果を生み出すに至りました。
これは、善なる心の怠慢であります。
我らの良き思い、良き心がその平和な世界を求め、それを得る為に如何なる努力を成しているかという事について、非常に曖昧模糊とした感覚的なものでしかなくなってしまっているという、それを手に入れる為の明確な努力、ビジョンというものを失っているという事に尽きましょう。
また、これを邪魔せんとする勢力について、全地球的にその暗雲垂れ込める勢力が強くなってきているという現実があります。
この事に対して我らは、もっと真剣に取り組むべきでありましょう。
この処が非常に日本人にとっては、自覚しにくい部分であります。それは、島国であるという事も手伝って、他の国々から寄せられる攻撃的な思い、また我が国の中に於ける自らを冒涜する思い、そういったものに対して非常に鈍感であると言わざるを得ないのです。

 平和や、向上、幸福、規律、美しさ、こういったものは日々の努力によって得られるものであるという事を、多くの人々が忘れ去っているのであります。
また、これらを手に入れる事の幸せを、如何ほどにも大きく受け止めてはいないという、非常に堕落的な精神を持ち続け、それに慣らされてしまっているという現実があるという事に気づかねばならないでしょう。
それらの事に対し、深く反省を致し、日本国民が総手を挙げてこれを善処する方向に向かうならば、一たまりもなくこの事は見る間に実現していく事となるでしょう。
しかし、そこに至るまでは人的努力が必要であるという事を忘れ去ってはなりません。

 天上界もこれに対し、大いに力を振るい、これらを実現していく為に協力をするものであるが、その為の三次元に生きる者達の思いや如何にという処を問われているのであります。
これを仮にも、了として見るならば、その険しい道を通って切り開く先に我らの求める未来があるという見方を持つ事も良いでしょう。しかし、王道はそれとして順当なる道筋を付けていく努力を先ずする事であります。
未来は如何様にも展開して参ります。それをより良く生きる為に、我ら共々皆、努力をするべきでしょう。



ブログ管理者KUより

 確かに、思いの結集と言う事については、未だ未だ出来たのではないかと言う気がします。更なる善念の結集が必要でしょう。

 今回は大学の設置認可申請に対して、その審議会が不可としたと言う事で、一般的にはこの審議会の答申を受けて、大臣がそれに沿った形で行うのが通常の流れでしょう。しかし、時として政治的判断を必要とする事もあり、必ずしも答申通りに成るとは限らないものです。

 幸福の科学大学認可については、やはり政治的にどうするかが当初より問われていると思います。なので後は、文科省の大臣がどの様な判断をするか、安倍総理がどの様な判断をするか、時の政権がどの様な判断を下すか、と言う事でしょう。

ここで私達にとってとても大切なことがあります。
未だ結論は出ていません。
なので、善念の結集が必要です。一人でも多くの方の善なる祈りが必要です。
法友や支援者の方々に、祈りの協力をお願いできればと思います。
短期決戦です。祈りを!

しかし、心配する事はありません、どんな結果になったとしても、淡々と前に進むのみです。
要は、人類最高の学問の場があれば良いと言う事、未来に向かって人類を導くリーダーを育てる学びの場が必要と言う事です。
そして忘れてはならないことは、主が許可された事であると言う事です。
この世的などんな機関だろうが、組織だろうが、主の許可に勝るものはありません。

新しい時代を切り開くものにとって、全てフロンティア精神で以て突き進んでいきたいものだと思います。

人類を導く主の教えを、人類最高の教えを学べるのです。その価値に気付いている人は、全世界に大勢居ます。世界中から学生を集め、人類の未来のために素晴らしい学舎を応援していこうではありませんか。

どの様なことがあろうとも、決してあきらめないことでしょう。


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邇邇芸尊の物語
「我・天孫降臨す」


第二章 命発す
第二部

 耳をすませて一人座し、心の内を静かに統御してみる。
これにより、周りのあらゆるものが手に取るように見えてくるのであります。
この時にさらに大きくその周りを感じ取って見る、すると、不思議なことにその周りにある様々な思い、様々な力がどの様にそこに存在しているのか、段々に見えてくるのであります。
この様にして私は、一つひとつ、その思いの輪を広げ、その中に囲まれたるところの、この世界が如何様な思いに満たされているかを、感じとることができたのであります。

 このときの私は、周りにその集まるところの様々な魂たちが、一生懸命に叫んでいることを聴き取ることで、周りの人々のことを理解することができたのであります。

 このことは、これから後も、あらゆることを決定してゆく時に一つの大きな指針となるための方法でありました。
まずは、そのようなことから手をつけて、感じ取っていくことが最初の仕事でありました。

 そして私が感じ取ったことが、実際にこの三次元の世界において、どの様に表現にされているかと言うことについて語るとするならば、これは基本的なところを外すことなく、繰り返しその思いを致すことによってのみ実現してくるものであり、この様に現されてくるところの世界観を、常につぶさに見つめる必要がありました。

 仕事を成す時もこのつぶさに見つめるという事を、日々積み重ねることにより、益々その色合いは濃くなり、それは、概ねどの様な役職に就いていたとしても、皆同じことであります。

 私はそのことを思いながら、万事に当たっていったのであり、
常にこの瞑想を怠ることなく、何度も繰り返し行っているのでありました。

 幻か現実か・・夢うつつの中でありありと思いを浮かべるのは、そう容易くはないものの、常にその瞑想状態にいつでも入れるよう、日々の努力が肝心であったのです。

 次に思いを馳せたのは、更に更にその瞑想を深め、それらの思いの力を用いて、より一層広範囲にわたり遠方のことをも思いをいたし、どの様な国造りを成すのが良いかを、常に見極める必要がありました。

 既に多くの者達が、各地で活躍をしているその時、改めてこれを治めると言う事は、余程大切な事であり、また新たにその政治力の深みを増していく事は、統治力を発揮する以上の力が必要でありました。

 そこには取りも直さず、国造りの確りとしたその理想を打ち立て、精神的支柱をはっきりと指し示す必要があったのです。
多くの者たちは、迷いにおいて、様々な思惑の中、右に左に揺れながら、その日その日の暮らしを立てていたと言う時に、改めてこれを如何様であるべきかと言うことについて、説いて回り、それを浸透させてゆくことが必須のことであったのであります。。

  
私の想いの中に、天上界からいただいたその理想と、はっきりと示した神への信仰心・忠誠心を躊躇することなくこれを表すことによって、人々にとってそれが間違い無く進むべき道であると言うことを示すこと、これが私の大事な仕事でありました。

 いざこのところを確りと握り、何処であろうと、誰であろうと、これぞ間違い無きことと、私ははっきりとそれを示すことができたのであります。
 それは、確固たる神への信仰心によりて、間違いなく私が掴んだのでありました。
また、神に与えられたるところの、使命でもあったのです。
これを為すことなくして、他のどの仕事も私にはなし得る事は出来なかったであろう。
何が一番大事であるかと言うことについて、この根本的なる精神の部分を語らずして、他のどのような理屈と言わず、感情と言わず、それらのものを語ったとしても、説明がつかず、他のものが入り込む隙間など、寸分もないのであります。

 ここ高天原より始めたる国造りの仕事を、山を越え、谷を渡って、段々にその勢力を伸ばしつつ、神への思いと言うものを確りとその土地その土地に根付かせてゆくことが、その大きな使命であるとそう心に決めておりました。

 この素晴らしき国を、これよりうち立ててゆくために、様々な出来事に私は精神誠意、この思いを大切にしながら、進んでゆくのでありました。

 いかにもこれ始まりの時の、その根本なる思いを、まずは自らがしっかりと示し、一人びとりにゆき渡らせるよう、心の内にて常に神への感謝と祈りの思いを途切らせぬよう、常に常に思っていたのであります。

 誠にありがたき事、誠に嬉しき事、そして、誠に誠に心清らかに一糸乱れず、襟を正し堂々と構えて、思いを集中させる事。
これらを常に忘れずにして、思いを途切らせることなく維持し続けることが、必要かつ大事なことでありました。

 このようにして、始まりの時の思いの持ちようと言うものを統御していったのであります。




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邇邇芸尊の物語
「我・天孫降臨す」


第二章 命発す
第一部

 激しく雷鳴の響き渡る時、天より雷(いかずち)の落ちたる処、誠にぎにぎしく何事が始まるかを予感する者達が集まり来て、静かに事の始まりを伺っていたのであります。

 私の思いは強く、先ほどまで天上界にて誠に心地よき未来への夢を思い浮かべ、瞑想をしていたかと思いきや、その瞑想から覚めた時に、山の頂上にて大きな杉の木の根元に座り、先ほどまでに瞑想から解けたのでありました。
周りは辺り一面、雨がしきりに降り、水が溜まり、その雫が小さな川を造り、段々に流れを大きくしていったのであります。
しかし、私の座していた場所は雨粒一つかからず、何時何時までもその様にしていて構わないのだという思いが自然と沸き起こってきたのであります。
それにより、私は、私自身の全てを生かされていることを知り、感謝するのでありました。
私も天上界よりの降臨の時が今ここに、このようにして起き、このような形で生まれることとなったのであります。

 如何にも不思議な何とも言えぬ感覚でありました。それは、懐かしき、その思いを称えて、今私の目の前にその景色が広がるのであります。
静かに目を開け、辺りを見回したその時に、先ほどまで動いていた話の続きが解らなくなり、何を瞑想して発見せんとしていたのか、それさえ忘れてしまう程の衝撃でありました。しかし、その分、私のこれからの活躍は、恐らくは実に細かく精査され、これから先にどの様にそれらが現れてくるか、そのようなことさえ、とうの昔に約束を交わしたであるが如き、何の躊躇も無く、少しばかりその思いが途切れた処で、実際には天上界にて決められていた処の理想を求め、それらを必ず実現していくこととなっていたのであります。

 これは、私の意識があろうが無かろうが、そんなことに関わり無く、必ず何らかこれを成すことが既に決まっているのでありました。
これより、私の思いは益々明確になり、実に様々な分野に渡ってその力量を発揮することとなって参りましょう。
大変賑やかにこのことが進んでゆき、我らがこれから先ず掴むべき理想を掴み、成すべき事を成してゆく、そしてそれらの事は、逐一皆、ここに現されてくる処の国造りの原点として始まってゆくでありましょう。

 先ほどより激しく降っていた雨が上がり、天の様子が変わり、雲が晴れ、明るい光が差し込み、全天輝かんばかりの真っ青な空へと変わったのであります。
それにより、この光輝く高天原のこの峰にて、その最も神秘的で大切な神事がこれより始まってゆくということを暗に宣言致したのと同じこと。
私の存在は、そのことを示しているのであります。

 これより後は、この地上の尊き存在として、私の仕事を成してゆくことと致します。
天上界より大いなる根本神の御心は、これを受け取り、感じ取りながら、その仕事を成してゆくということを心中深く収め、我自身の内にそれを確認し、無言のうちにその決意を表すことを、今一度静かに成して、私のこれより仕事の始まりと致すのであります。

 全ての神の思いは晴れやかに、私自身もこの胸の内にて際限なく広がり、如何様にこれをこの世に現さんとするか、そのことに思いを致せば、どこまでもどこまでも、その思いは募り、広がってゆくのであります。
あらゆることが、起きて来るであろうと、当然の如く予測がついており、それに向けて準備を整えて参ります。

 これより、いざ我が信ずる処の神の御心を、この世に現す大仕事の始まりであります。


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邇邇芸尊の物語
「我・天孫降臨す」


第一章  天上界より臨みて
第三部

 いよいよわたくしは、これより下界へと天下ることになって参ります。
ここ天上界に於いて、天照様とお話しをした折に、この仕事をお引き受け致すこととなりました。
天照様は様々な事に関わっておられ、どの全ての事柄にもよく注意を払い、天上界の神の御心をその地上に現さんとして力を発揮なされているお方であります。
その方と、私との間で交わされた約束であります。
これから後の時代を更に神代の国として、強くしていく為、私はあらゆることを成していくということをお誓い申し上げたのでありました。

 地上では、既に日本の国の歴史が始まっておりました。この始まりの時に我が足跡を残すことによって、それが様々な処で仕事を成し、やがては全体的なこの国の発展した姿というものを、多くの人々に見せることと成って参りましょう。

 私はいずれにしても、この使命を全うする為に、より多くの事を経験致し、後の世の人々の役に立てるべく、確りとした仕事を成してゆかねばならぬということを肝に命じております。

 この様に考えていきますと、我ら天上界の者達は、それぞれが誠、神の道具として一人びとり地上に降りてゆき、与えられた使命を果たしては帰って来るものであるということであり、それによって地上の世界は段々に形成されてゆくということであります。

 そして少なくとも言えることは、天上界に於いて計画の無いものは、地上に於いても成し得ないということであります。
それは、こちら側から見た時には、当然のこととして見えるのでありますが、恐らく地上から見た時には、そのようなことは知らぬという者が非常に多く出るであろうと予測されております。

 私の使命を果たし切る為に、与えられた様々な徳目を持って降りて参ることと致します。
この天高く、雲の上より地上へと、その遥か広がる台地の下へとただ今より、天降ります。

 我は、その思い胸に秘め、誓いの言葉を耳に傾け、これより雷の轟と共に天降りる事と致します。願わくば、その与えられたる使命を、間違いなく果たせまするように、心より祈るものであります。

我が思いよ、大宇宙の根本神と共にあれ。
大宇宙の根本神は、これ即ち、広く多くの国・民達の美しく、また力強い光となって存在するものであり、また、この存在と共に我は地上に降り立ちて参ります。

これより、我、天孫降臨す。


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「邇邇芸尊の物語」に対する抵抗


 いつも私達のブログをお読み頂き、誠にありがとうございます。
今、神代の物語は「邇邇芸尊の物語」を始めたばかりですが、何故か編集が進みません。それで、その理由を探ってみました。

 この物語を収録するに当たり、巫女役はM・Iさんにお願いしましたが、どうもそのM・Iさんの魂は、磐長姫(いわながひめ)の流れをくむ魂の様であり、心の奥で邇邇芸尊様に対して何らかの引っかかりがあるようです。

 皆様もご存じだと思いますが、磐長姫は妹の木花咲耶姫(このはなさくやびめ)と共に邇邇芸尊様へお輿入れをしましたが、邇邇芸尊様の意思により、磐長姫は実家に帰され、その後、嫉妬の念を燃やしたと言う事になっていますが、どうもその思いが伝わってきているようです。
また、それとは別に、この物語を阻止しようとする意思も感じます。

 巫女役のM・Iさんには、十分なレクチャはしていますが、その転生の高次なる意味が今ひとつ不明確のままになっていました。
そこで、物語の第一章・第二部で出てきた「薬」の意味から、この数奇な人生の意味を探ってみたいと思います。

 先ずは、私の守護霊に聞き、その後、磐長姫様にお話しをお伺いしたいと思います。


KUの守護霊より

Q: 磐長姫と邇邇芸尊、そして木花咲耶姫の三人の間で演じられた人生について考えるとき、「邇邇芸尊様の物語」の中で「薬」と言う言葉が出ていますが、このことについて気になりますので教えていただければと思います。

 そうですね、様々な役割を演じながら、それは既に仕組まれた神仕組みによって、その様な道を辿ることとなっていたものであります。
過去の転生からの流れもあり、そして必ず未来へと繋げていくための必要な分岐点でありました。そこを一つの支点として、道は別れたのであります。

 今、言われた「薬」としての、「煎じ薬」としての転生経験・出来事であった訳でありますが、人類が大きくこの支点を通ることによって、向上の道へとシフトされてゆくこととなったのでありました。
ここのところは、もしその経験無く安易に流れたならば、腰折れとなって、他の道を選択する事となっていたでしょう。
もちろんその道もありえた訳でありますが、我々はそれを選ばなかった。
ここで一つ確りと腰を入れて、力を踏ん張るところとして、一番ふさわしい時期にその役割を演じる事としたのです。

 その思いの中には様々に、複雑な感情もあったでしょう。それを乗り越えていきながら本来の道を探ったのであります。
目に見えぬところ、気付かぬところに、大きな支点力点があるということを、学んだ転生ではなかったかと思います。
如何様な捉え方もあるだろうが、ここは三人が力を合わせて、大きな問題を乗り越えようとしたところであったと言うことを深く理解出来たならば、この転生の意味が、また一段とより深く感じられることであろう。



磐長姫様より

 私と木花咲耶姫とは、もともと表裏一体の存在でありました。
一人の存在の中に、いくつもの一面が内在すると言う事を、私たちは知っております。
その一面一面をつぶさに見たとき、まったく逆のものを持っているのだと言うことを知るので御座います。それによって人の心というものは、錦の色に輝くように出来ているので御座いましょう。

 その一つ一つの特性をさらに美しく輝かせるためには、総じて一つのものとして捉えるものではなく、一面一面の輝きとして取り出し、こと細かにその輝きを磨き、向上させる必要が御座います。
そのためには、砥石にかけて磨きあげる必要が御座いましょう。

 それらが見事に磨かれた時、その集合体はさらに美しい輝きを放つ事となるので御座います。そのことは、多くの人々、全ての人々の中にもある話で御座います。
また、それらを体験することにより、さらに大きな進化を遂げて行くための手がかりとなるものでもあります。

 私達は、そこを目指してこの時の転生を決意したので御座いました。
邇邇芸尊様と木花咲耶姫と、この磐長が如何様に関わることによりそれを見事達成できるやいなや、それを語りあったとき、この考えが出たので御座います。
そしてそれは、三人三様にそれぞれの喜びもあり痛みもありながら、それぞれの魂を向上させる事、これを堅く誓いあい、転生したので御座いました。

 一つの存在を二つに分け、つぶさに磨き込むことにより、さらなる向上を目指したのだと、そしてその体験そのものが、人類の「妙薬」として役割を果たすことになると言う意味合いを秘めておりました。
三人三つ巴の人生で御座いました。


KUより

神仕組ですか?
すべての出来事は、やはり必然的なものなのですね。
そして、それらのことには意味があり、その意味もまた複雑に絡み合っているものだと云う事でしょう。

それでは、物語を阻止しようとしている方においで頂きましょう。


大国主命様より

 私は出雲の国において、邇邇芸尊と相対峙した者である。
私には邇邇芸尊に対する、思いがある。
互いに国を治めんとして、相対峙した時の思いをそのままに持っておる。
現在只今のところも、その思いにいささかの変わりもない。

 天照様は、私にその地位を譲られたにもかかわらず、邇邇芸尊は私の総てを追いやり奪い去った。
積年の思いがある。
これについて、その物語になるものを今編纂せんとして、その仕事をなし得るものがここに居ることを、少なからず不快に思うものである。

 我の存在を、はたへ追いやり、その者達の好き勝手に語られる事は、いささかおもしろくない。ましてや、二人の姫を今もなおそばに置きおる事、鼻持ちならん。よってこれを阻止するものである。

Q:はいご意見賜りました。それではこちらの方から質問をさせて頂きます。
今現在只今、出雲神社は貴方様、大国主命様をお祀りしておられるのではありませんか。本来なら、出雲の国から国替えをされ因幡の国へ行かれたはず。しかし、また元に戻られたと言う事ではないでしょうか。
ここで、貴方様が物語に対して阻止されると言う事になりますと、また過去におきた様に、出雲の国から出て行って頂かねばならない事がおきると思いますが、いかがなものでしょうか。

 そなた達は、今一度奪い返そうとしている思いを、私は受け取っている。
それに対して、もの申しているのである。

Q:確かに、その様に思っています。それは、何故、大国主命様が出雲の神社に祭られているのか、本来ならば、須佐之男尊様が中心の筈、そして、それを受け継いだ邇邇芸尊様を共に祭るのが本筋というものではないでしょうか。
では何故貴方が国替えをされなくてはならなかったのか、それは、貴方の統治の仕方に問題があったのであり、国が乱れたので天上界より邇邇芸尊様を天降ろされた訳で有ると思いますが、どの様に思われますか。
貴方も日本の神の一人の筈。本来ならば天上界の意思に沿って、統治しなければならないものを、貴方個人の思いを優先された。ここに問題があったのではないですか。

 確かにそこのところは三次元的なる思いで統治した。それ以上の世界について、思いを致した事はあまりなかった。
それにしてもどうにも収まりがつかん。
私の心の内の拘りが溶けておらん。

Q:はいおうかがい致しました。貴方様は今世、主のおそば近くで修行されていると聞いています。心の統御は総て貴方様次第だと思いますが、しかし、私達に対してこれ以上の邪魔はさせません。そこのところ、ご理解頂ければと思います。

 んー、分かっておる。しかし、実際はほんの小さなとこで拘りが溶けず、何時までも思い続けているということが続いている。しかし、どうしようもないのだ。
戦いを望んでいる訳ではない、しかし、我の立つところ、これを我は死守する。

Q:私は貴方が、大いなる神の御心に沿って出雲神社に居られるのであれば、異論はありません。しかし、そうで無い場合は出て頂く方向で、時代は流れると思いますよ。

今は未だ、その事について十分な思いの変化を認めることは出来ない。

Q:そうですね、今後、もう少し時間をかけて話し合っていきましょう。


KUより

んー、この文言をブログで出して良いものか、出雲神社は最近、天皇家より縁が出来、また今世下生された大国主命様は、幸福の科学の組織の中で活躍をされて居られます。
その現実があるのに、あえてこの文章をだすか? と言う事でしょう。

しかし、出雲神社と大国主命様の問題は、何れ避けては通れない問題でしょう。
現存する史歴を見ても、何故大国主命様が祭られているのか、その理由が見つかりません。

また、私達に対して明確な邪魔をされているのであれば、強い意志で以て対応せざるを得なくなりますが、その様なことが無いように願いたいものです。



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邇邇芸尊の物語
「我・天孫降臨す」

第一章  天上界より臨(のぞ)みて
第二部  深き愛

 ここ天上界は、誠素晴らしき方々の集まりし世界。
わたくしの周りには、それ相当の高貴な魂の方がおられます。
そのお仲間として、共に居られることを喜びと致し、感謝申し上げている次第であります。
私の大きな徳目である処の、愛の心について、この思いは全ての者に対しあらゆる方向に向けて持っている徳目であります。
私は、この愛ということについて、長らく深く探究をして参りました。そのことにより、皆、この愛ということにおける、繋がりでもって、ここでは同じく存在し合っている世界であるということです。
深く、広く、そして高貴なる処の愛を学ばんとして、皆ここに集って来ているのであります。

 それは誠に様々な段階があり、この愛一つを取ってみても、学ぶべきことは実に多様であり、非常に広い範囲に於いて一通りの体験を積み、あらゆる段階の心境を超えて辿り着いた境涯であります。
それを思う時、隣にいる者達も皆、やはりこのような境涯を掴んで来た人達なのであるということを思い、その深さと素晴らしさに敬意を表するものであります。
天上界より見ている時には、その姿は透明でどこまでも広く広がっていくものであり、これは本当に身に付けることが出来るまでに、相当な学びと悟りを求められるものであると、幾度もそう思っております。
私はまだ、自分の持てるこの徳目について、更に磨きをかけ、より素晴らしいものを手に入れていく為に、尚一層難しい境地へと果敢に進んでゆかねばならぬと思ったのであります。

 暫くの後、私はこれらの学びを更に深める為に、ある決意を成すことと致しました。
それは誠に勇気のいることでありましたが、思い切ってこれを実践することを決めました。
それらのことを実践するに当たり、この天上界に於いて、何をいか様に実践し、何の目的の為、どのような使命を持って成し遂げていくかと、私はこれを決めなければなりませんでした。
約束は元より、大宇宙の根本神に対してお約束申し上げ、お誓い申し上げるのでございます。
「私はこれを神の御前にて、成し遂げてゆくことをここにお誓い申し上げますと共に、そのことを成し遂げさせて頂けることへの感謝の意を表し、誓いの言葉とさせて頂きます。」
そのように申し上げ、この世界の共に住める方々に対しても、お誓いを申し上げたのでございます。
私のこの思いは、次なる計画を立て、新たにその世界を全うせんが為の、大いなる神仕組みとしてのものであり、この世に生きる者たちへの薬として、その役割を果たすことに当たって参ります。

 これより後、わたくしは如何様な仕事を成し、如何様な使命を果たしてゆくか、私自身の中に於いて、それを考え、見つめて、出てきた答えに必ず実現して参りますよう、宣言を致しました。
そんな折、天上界にあらせられます処の天照大神様より、お声を掛けて頂きました。
これより地上に天降り、国造りの仕事を成さんと致すこと、如何に思うかと問われ、わたくしはそのことについての思いを語りました。
「これは有難いお言葉、当然わたくしの成すべき仕事と自覚をしております。その為に、必要な学びは既に積んでおり、相当の覚悟を以てやって参ります。」そうお答えを致しました。
天上界よりこの地上の世界全体を見渡した時、大宇宙の果てから見れば、小さき一点なれど、傍によりて見れば、広大なる砂漠の広がった世界に見えているのでございます。
天照大神様はその言葉を聞き、黙ってうなづいておられました。
明確に打ち出した言葉が、言霊となって響いたようでございます。
その熱き思いを、感じとってくださったようでありました。
心の内には常にそのことを思い浮かべ、決して忘れることなく、前進せねばならぬのだと、思っておりました。
「わたくしの使命は、この深き愛を以て、貫徹して参りますことをお誓い申し上げます。」と私は答えておりました。

 この様な夢うつつとも、現実ともつかぬ世界に於いて、一つの計画を持ち、突き進んでゆかんとすることは、男女の関わりなく、皆等しく魂の向上を目指し一定の試練を潜り抜け、進化してゆく事をわたくしもそれは、責任ある者の思いとして表したものでありました。
ここにそれをお約束し、その決意を表すものと致します。
それによって新たな世界を切り開き、新たな境涯を得る事を以て了とする。
如何にもわたくしらしいと言わざるを得ない世界観であります。
この世界に於けるわたくし自身の学びであり、誓いでありました。
何事も乗り越えてゆきます。それをお誓い申し上げます。

 先ずはそのような前段の話があり、ここから全てが始まったのであります。



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邇邇芸尊の物語
「我・天孫降臨す」


第一章  天上界より臨(のぞ)みて

第一部 何もかも全て、与えられたるもの

 私が天上界にて、心安らかに過ごしていた時は、何不自由なく、心地よく過ごしておりました。その色は柔らかく、虹の色に様々な変化を致し、真っ白き世界の中に虹の色に淡き光がさらりと降り注ぎ、その香りはふくよかな花の香りでありました。

 さらさらと流れる小川の水は、どこまでも透明でその川に住む、魚たちもまた、美しい色に輝いておりました。
水の流れに逆らいて、懸命に川を登ろうとする魚の姿あり、その姿を時折見ながら、微笑ましく感じ、生命の不思議さを噛みしめておりました。

 また、肥沃な土地には辺り一面に豊かに実った稲穂が揺れ、更にその周りには、色取り取りの花々が咲き、山と言わず、川と言わず、どれもこれも輝きたるのどかな景色、これを楽しみながら見ておりました。

自由自在に、私は行き来することが出来ました。(天上界と地上世界)

 天上の世界は、実に様々な世界が広がっております。どこまでも美しく、高く昇れば上るほどに、その透明感は増し、誠に美しい光の世界であります。
何時までも、ここにこの様にして、居りたい。
そう思える心地の良い処でありました。

 時には、共にその境涯に住む人々に会うことがあり、そのような時にはお互いに感謝をしあい、互いの素晴らしさを認めあい、近頃の心に触れた思いを語りあいながら、その世界の素晴らしさを共に共有するのでございました。
他の方の思いの内に存在する世界を、写し取り感じる時には、なんと素晴らしい世界をお持ちであるかと、一言も発せずとも、それを感じることが出来たのであります。

 私の住める世界は、二つと無い美しい世界で、それは正に珠のような美しさでありました。
その世界に住む者たちは皆、それぞれの境涯に住み、その人、その人独特の世界を持っておりました。お互いに、それを見せあうことで、更にその世界を拡げることとなり、学びの一助ともなっておりました。

 わたくしが目指すは遥かなる根本神の下へと届かんが為、あらゆるものは、良き者が全てこの世界に存在しており、下界の姿も時折覗いてみることにしていたのであります。 

 私も、思いによる様々なる世界を拡げてゆくことは、この上なく幸せなことであり、他の世界に入らずとも正に美しさの競演でありました。
その美しさをどのように表現すれば良いか、解らぬ程、それは実に様々な輝きを見せておりました。

 その時の、この世界を拡げることは、思いを尚一層大きく持つことであり、無限大にそれを拡げることが出来る、そのことを私は知っておりました。

 天上界に居りますれば、様々な神々の存在をも知ることが出来、あるいは見ることさえ難しいそのお言葉を聞くこともあり、何とも有難い世界なのであります。

 この素晴らしき世界を天上界より眺めている時は、私のその思いにより、どこまでも広げることが出来たのであります。

 先ずは、この天上界にてその美しき様を、いか様な言葉で表現することも難しいほど、その美しい有様を伝えんとして日々その思いを鍛錬し、私自身がその伝道者として仕事をなすことが出来るように、これを広め渡らせることこそが、その喜びとして、我が胸中に広がり来るのであります。

 根本神なる存在、この存在に対し日々心中より感謝申し上げ、素晴らしき世界を与えられたる者として、如何にもここにそれを現す者として、その喜びを感じるものであります。

 幾度となく山越え、谷越えて、この世界を見渡し、心の内にそれを収めんとし、またいずれの時にか、その美しき世界の話を誰かにして聞かせる時もあろうかと、そう思いながら、心の内にそれを収め、温めているのでありました。

 この美しき天上界の景色を大きな絵巻物として収めておきたいと思う程の素晴らしき世界をあります。

 私の喜びは、その中に住めるところの、我自身がその景色の中に溶け込まんとしている瞬間であります。

 何もかも全て、与えられたるものであり、感謝深く申し上げるものでございます。

ありがとうございます。



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邇邇芸尊の物語
「我・天孫降臨す」


まえがき

 神代の時代は長く歴史の中に閉ざされてきたが、この度この書によって、また新たなる、その世界観を表すこととなった。

これほど人の心に沿った政治家はいたであろうか。
これほど愛に満ちた国造りをした者はあるであろうか。

 私は、ここにその尊き手本を示してくれたことに、この上もない喜びを感じている。

 この書を読み解いていく度に、その内容が明白になってくることを期待している。
多くの人々が、この書にその真実を求めて集まり、読み解いてくれることを望んでおります。

ありがとうございました。

二〇一三年八月八日  天之御中主



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新たなる、神代の物語の始まり


 何時も、このブログにおいで頂き、また、神代の物語等をお読み頂き、誠にありがとうございます。心から感謝いたします。

 神代の物語は今迄に「天之御中主尊の物語」「天照大神の物語」「須佐之男尊の物語」と連載してきましたが、また新たなる物語「邇邇芸尊の物語」(ニニギノミコト)を始めさせて頂きます。

 この物語は2013年8月に霊言にて収録を終えたものでありますが、今日から文字おこしを始めることにし、随時このブログにて発表させて頂きます。

 何故私達が、この様な神代の物語を始めることになったのかは、その真の天意は明確にわかりませんが、その時の私達の思いは、「この国の誇り取り戻す。」と言う主の御言葉が胸に湧き出でていたことは間違いの無いことであります。

 この日本という国が如何様にして出来たのか、神代の時代とはどの様なものであったのか、それを示すことで、この国の誇りを取り戻す一助になればという思いが、熱い思いとなって沸々と湧き出ていたことを今でも思い出すことが出来ます。

 これらの物語は総て後に書籍にいたしますが、最初の発表の場として、主の思いを共有できる方達の集うこの場にて行うことが出来ますことを、皆様に心から感謝するものであります。また、校正前の原稿でありますので、不具合な点もある事かと思いますが、ご了承頂きます様、お願い致します。

 尚、物語の「まえがき」と「あとがき」は、天之御中主尊様に御言葉を頂き、「邇邇芸尊の物語」に花を添えていただきました。

では、始めさせていただきます。



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中江藤樹先生の教えの流れ


 前回の続きになりますが、どうしても中江藤樹先生のお弟子さん(藤次郎様)のことが気になり、もう少しお話を伺ってみたいと思います。

【藤次郎(自称)様との会話】

KU:藤次郎様は、西郷隆盛様とお会いになったということですが、当然、中江藤樹先生の教えも、西郷様にお話されたと思いますが、そこのところをお教えいただけませんでしょうか。

 西郷さんとは度々あって話をした。言葉を交わし互いの考えをぶつけ合って、それぞれがどのようにお互いを認めあい、尊敬し合っているかということを深く確認したものである。

 その中において少なからず、藤樹先生の言葉を伝え、それについてまた語りあったものである。
よって、それなりの影響が出た事は間違いないことであり、また当然のことであろうと思う。
こちらもまた同じく影響を受け共に学び合うこととした。

KU:ありがとうございいました。明治維新の流れは、中江藤樹先生の教えが、色濃く流れていることが理解出来ました。そしてまた、貴方様の使命もまた垣間見えた様に感じています。「知行合一」の精神のもと、勇気ある行動で激動の流れを作られたこと、心から感謝するものであります。
今世に下生された、貴方様の魂の兄弟と相まみえることを楽しみにし、また、新しい時代を共に力を合わせて生き抜いていきたいものだと思います。
これからも、よろしくお願い致します。

こちらこそ、よろしくお願い致します。

KU:ありがとうございました。

それでは、再び西郷隆盛様にお話しをお伺いしてみましょう。


【西郷隆盛様との会話】

KU:再びおいで頂きまして、ありがとうございます。
昨日の自称「藤次郎」様との件で、お会いされたと言う事ですが、当然、中江藤樹先生のお話もされたかと思います。その事で、かなりの影響を受けられたのでは無いかと思いますが、そこの所をお話し頂ければと存じます。よろしくお願いします。

 非常に親和性のある教えであると私は感じた。
もともと私自身の中に、持っていたものであり、しかし、そうであるにもかかわらず改めて新鮮さを感じる教えであった。

 なぜそのように感じたかは、その時の私には知る由もなかった。
そのような事など、はや分かっていようはずの事と思っていたにもかかわらずだ、なぜこのように心に響くのだと言うことを考えていた。
それは、魂の奥底から出てくるに違いない。

 それが私の魂をして、熱くせしめ、情熱をかき立て「これは、おお一番の仕事を成さねばならぬ」と言う思いがふつふつと湧き起こる。
熱き思いを抑えることが出来ぬ程迄に、深く感銘を受けたのであった。

 「知行合一」など、その言葉は新鮮なれど、考え方としては既にあったものであり、「改めて言われなければ分からぬ」というようなことではないと感じていたが、それはまだ思慮の浅いところでしかなかったということを思い知ったのであった。

 その言葉を、一つひとつ丁寧に伝えてくれたものが、あの・・・・ その方であった。
私にとっては、やはり非常に大きな導きとなったのである。
これはなんとしても、この沸き起こる熱き思いを、絶やすことなく、その精神を持って大事をなしていかねばなならぬと思うたのでありました。

そのようなところであります。

KU:そしてその実際に於いては、いま目の前にある事を一つ一つやっていきながら、結果的に、あの大きな明治維新と言う偉業をなされたということですが、最初の一歩を踏みだされる時に、どの様な勇気、どの様なハードルがありましたでしょうか。

んー、遥か古のことゆえ、その時のことを鮮明に覚えているかといえば、ちと心もとない気がする。
おそらく、己自身に対する使命感と言うものを、後ろ盾として心を奮い立たせ、その一歩を記したのであったと思う。

KU:誠に有り難うございました。西郷様のお言葉を確りと受け止め、勇気を持って前進して行きたいと思います。本日は誠にありがとうございますた。

次ぎにおいで頂きました方は、明治天皇様です。御言葉を紹介いたします。
(明治天皇様の魂は、中江藤樹様の魂の兄弟であります。)


【明治天皇様の御言葉】

永き世の 平安なるを 祈りつつ
草むらのかげで いかなる思いの つゆとなれるを
心 決して忘れまじと 思うております。

多くの人々の 努力と汗 血と涙
これらが 無数に折り重なって
この国を 支えてきたのであります。
そのことに対し その英霊に 我は伏し
感謝申し上げる。

いかな教えも 心の統御も すべて
この一筋の 光のみちびきによりて 与えられし事
一人びとりの 尊き魂の糧を 
我は大切に 思うております。

この後も また営々と 人々の魂は
この国を 守り続けてゆくでしょう。
その尊き思いに 尊敬の念すら 持つものである。

この日本の国の 国民一人びとりが 皆それぞれに
その素晴らしき 魂の輝きを 発揮しながら
精進しつづけ まいる姿 
我は 頭が下がる思いで 見ております。

この人々のあるお陰にて
この国 安泰なる事
心より 感謝申し上げる。

KU:心にしみる御言葉、誠にありがとうございます。
国民の一人一人の人生が、ひとつの糸を紡ぎ、そして国全体としてもまた大きな糸を紡ぎ、悠久の時の流れを流れゆく姿が、誠に綺麗な、素晴らしい光景に見えます。
個人個人の人生の中においては、様々なる彩りが有り、心の痛むことも数限りなくありますがまた、魂の輝きをいたるところで見ることもできます。
私たちがこのような環境の中で、多くの人達と共に、魂修行をすることが出来ることを、主に心から感謝いたすものであります。

EO:次ぎに、私からご質問させて頂きます。
先日の藤次郎様の御子孫の方が、明治天皇様の事に少々疑問があるというので、代わって質問させて頂きます。
「明治天皇様の幼少の頃はとても柔らかく、色白で、女性みたいなところがあったように感じていたが、その後、急に逞しく、色も黒くなられた様で、同じ方とは思えない別人では無いか」という疑問があるようなので、恐れ多いことですが、お話しを頂けばありがたいのですが、よろしくお願い致します。

 幼少の頃は確かに、まもり育てられ、ひ弱にも見ゆる姿やもしれぬ
だがその後に、私はこの足で歩き、この目で実際に人々の暮らしというものを、直接目にする機会があった。それは、それまでの私にとって大きな衝撃であった。
それまでに教えられ、それが総てであると信じてきたことが、世の人々に会っては、まったく当て外れな姿ということを思い知ったのであります。
これではいかん。
それ迄に、もやがかかっていた心の内が、霧が晴れるように真実の姿を見ることが出来るようになり、考えが変わったのであります。

 それより後、我のなすこと、総て深き思い、考え、行動ということを、一本の筋として信念を持って言動すること、心に決めたのであります。
それゆえの変化であると言うことで、ご理解いただけようか。

EO:ありがとうございます。同じような疑問を持っておられ方もおられるかと思います。これで、その疑問が晴れたのではないかと思います。
心から感謝いたします。
誠にありがとございました。


ブログ管理者より

 今回は、中江藤樹先生のその教えの影響力、そのほんの一端を垣間見ることが出来ました。

 過去の偉人達の活躍に、ただただ頭が下がる思いと、感謝の念が湧き出てなりません。
私達もまた、この大いなる流れの中で、自分たちの魂を昇華させていきたいものだと思います。

いつも私達のブログをお読み頂き、心より感謝致します。
誠に、ありがとうございます。

KU

    (追伸) ここで登場する自称「藤次郎」様と言われる方は
         どうも、複数の転生が混ざり合った記憶のように
         感じます。しかし、これ以上はいいでしょう。
         



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