中江藤樹先生の弟子の御子孫からの要望
このブログを見た人からの要望が届いていますので、その要望に対応させて頂きます。
その方は、中江藤樹先生の弟子の子孫であると云われています。
その方のご先祖は、中江藤樹先生に住居・教室を提供し、藤樹先生の教えを学んだ方で、その後、正義のため乱を起こすが、すぐに鎮圧され、鹿児島に逃げ延びてきた。知人のすすめで、奄美に行き、そこで西郷隆盛氏とも会っていたという事です。
その子孫の方からの要望です。
「中江藤樹先生に、私の先祖はどの様な人物であったかを聞いてもらいたい。」とのこと。
この要望を受け、受けるかどうか迷いましたが、どの様な乱を起こされたのかも気になったのと、「乱」と云う行動を起こされた原動力を知りたくなり、要望を受けることにしました。
では、中江藤樹先生にお話しを伺ってみましょう。
【中江藤樹先生との会話】
EO:中江藤樹先生に、当時、教室や住宅を提供していた方の子孫という方から、自分の先祖はどの様な人であったのかを知りたいとの要望が有り、先生のお話しをお伺いできればと思います。
また、鹿児島の地においても、「知行合一」の先生の教えは残っており、私もその教えを実践にうつしています。
よろしくお願い致します。
確かにその様なことがあったという記憶はあります。
私は随分と色々な方に支えられ、多くの方に助けられておりました
皆さんその当時、私の周りにいた人々というのは、皆、大変親切で、心優しく、人々に大変親切であったという記憶をしております
それで、私自身もその様に、大変丁寧に扱っていただけたことを記憶に残っております。
おそらくその当時、それなりの厳しさのある中で、私のその場所を提供してもらっていたと、承知しております。大変ありがたく、心より感謝をしておりました。
そのような人々に支えられて、私の趣旨、主張するところの意思と言うものは人々に伝わり、物事をなしていくときの大きな力と成り得たのだと考えております。
もともと、近江の地より、いでしところのその学びの元というものを、私は固く信じ、それを持って、鹿児島にもまたそれを花開かせることが出来たということは、鹿児島の人々にあって、その熱き思い、情熱の深さ、厚さというものに深く感銘を受けたからであり、ここに一つの思想、信条、道筋と言うものが、生かされ人々に伝わりしてきたのだと思います。
今、そのいわれた方との事に思いを寄せてみるに、まこと心優しき懐の深い人であったという印象を持っております
当時は世話になったということを伝えていただきたい。
感謝をしておると、いうことです。
EO:今その子孫のかたも、以前から真理は何であるかと探究してきた様な感じで、色々なことを学んでいる様に感じます。藤樹先生の教えをいただいた方の子孫だなーと、何か醸し出されており、その魂もずっと磨き続けてきた方なんだなーと思います。
まぁ、その子孫であると言うからには、それなりの素性の方であろうから、間違いないと思います。これからの活躍を期待します。
EO:ありがとうございました。
KU:ありがとございました。続きまして私の方から質問させて頂きたいと思います。
はい
KU:今仏弟子として二十年ほど学ばさせていただきましたが、自分の思うようになかなか行動が出来ません。悔しい思いをしているのですが、その行動の始まりとしての第一歩がなかなか出さないでいます。どの様にしたら、その一歩を踏み出せるのでしょうか。よろしくお願い致します。
「初めの一歩」という言葉があるように、物事はなんでも初めの一歩がいちばん肝心であり、ある意味難しいものである。その一歩が出れば後はだんだんに転がっていくのであるが、そこにたどり着くまでがなかなか大変だということは、多くの人々が知っていることであろう。
それをいかに始めていくかという時に、難しく考えすぎないことであると私は思っております。
何事も大きく考えすぎ、「己」と言う人物を大きく見たときに、その一歩をいかに出せば良いか迷い始め、また、自分にそのようなことが出来るだろうかという不安がよぎり、一歩を出すことができなくなる。それよりも地道に、小さくても良い、まず手に着くことから始める。それが後になって、あれが最初の一歩であったと、いうことが後々わかることであって、特別に線を引き、ここから大きく一歩を踏み出すというような思いを持ちすぎぬ方が物事は始まりやすい。
自分が特別な人間だと思ったところに、落とし穴がある。
そうでは無い、自分もまた、平凡な人間であり、出来ることは小さなことから始めれば良いのだと、考えてみれば、どのようにでもその一歩を踏み出すことができる。
あまり大きく、考えすぎないことだ。
KU:物事を見るときには大きく考え、行動を起すときには、自分が何ができるか、身の丈にあったところから始めていく、と言うことですね。
はい、そいうことです
KU:ありがとう御座いました。
では次に、その先祖の方のお話しを聞いてみたいと思います。
【○○さんの先祖の方】
名前は藤次郎、籐十郎とゆうたかな?
私は、中江藤樹先生を大変尊敬しておったので、んー んー 藤次郎と呼ばれてみたいという思いが強かった。後、後の時代にそのように自ら語ったことがある。
藤次郎
KU:歴史に名前が残っていますか。
いやその様な、たいそうな事は無い
KU:何か事件等を起こされたと聞いてますが、有名な事件なのでしょうか。
当時としては、人々の記憶にとどまることもあったであろうが、いまはもはや知る人は少ないであろう。
KU:先ほど藤樹先生においでいただき、貴方様にお世話になったと、大変感謝されておられました。そのことをお伝えいたします。
また、今貴方の御子孫の方と言われる方から、ご連絡があった訳なんですが、ご先祖である貴方様から、何か御子孫に対してアドバイスを頂けないでしょうか。
んー そのように我が子孫が、思いを向けていてくれていると言う事は、まこと嬉しい限りであります。
○○家の血を引く者として、名に恥じぬ様頑張ってもらいたい。
我が○○家は、もともと武家の出であり、後に商家となるも、その血は争えず、一本筋の通った思いを脈々と大切にひき繋いできておるものである。
その思想において、間違いの無きところ、先祖代々受け継ぐことをもって、我が先祖ならびに子孫に対し、その義を果たすものと心得ておるゆえ、その者もまたそれを受け継いでいくに違いない。
我が師であるところの、中江藤樹先生に多大なる大切なその志を受け継ぎ、これを指針として○○家はその家督を継ぎゆくものを子孫として迎え入れ、繋いできておる。
心してそれを継承されたし
KU:今この日本に、大宇宙の根本神である主が下生され法をお解き下さっています。このことに対してどの様にお考えでしょうか。
まこと立派なことなれど、我が命あるときに会い見まごうこと、適わぬ時であった事を、まことに残念に思う。しかし、現在只今、その子孫の時において、その縁あることを、大変喜ばしく思っております。
これはわが子孫として、その義大になる事をなすものと思っております。
少なからず、○○家はその血筋もまっすぐに貫き通しておると誇りに思うと同時に、ますます正しき道へと導きゆかれる事、我が代より遥か古のご先祖様に到るまで、皆その偉功を受ける事となる。その喜びやいかばかりか、喜ばしいことであると存ずる。
KU:と言う事は、今世に生きる者が、主の弟子となると云う事は、その偉業は遥か先祖までにその御光が届くと云う事でしょうか。
さよう
KU:ありがとう御座います。では次ぎに、貴方様が行動を起こされたときの、そのエネルギーと言いますか、考え方と言いますか、そこのところを教えて頂ければと思います。何故ならば、私達はこの世に於いて、なかなか思う様な行動が出来ず、悔しく思っている部分があります。是非、貴方様の行動エネルギーを、参考にさせて頂ければと思うからであります。よろしくお願い致します。
いきさつまで事を細かに話す程、記憶は鮮明ではないが、
KU:はい、大筋でお願い致します。
これは私の心の内にある、その正義感というものが、どうしてもこれを貫かねばならぬという思いに駆られたところから始まった。
その思いが熱く出たことを、記憶している。
周りの者たちは皆、目を見張らんばかりに、驚き、恐驚く者さえいたと思う。
しかし私自身の中では、その様なことなどものとはせず。熱き火の玉の如き思いに駆られて、突き進むのみであった。
そのことをなすときには、ある種、周りがどの様であろうなどということは、目にも耳にも入らず、火の玉の如くに相成りて、突き進むのみであった。
およそ、人間と云うものは、みな誰しも、己自身の持つ正義感というものを中心に物事を見ており、判断をつけ行動をなすものである。
私自身もそのようであったと思っております。
己が心が、正しきことと定めし事を深く信じ、他のものの言葉は耳に入らす、ばく進したのであります。そのような気持ちでいるときには、もう居ても経っても居られず、じっとしておくことの方が難しい。はや、細かなことが如何様であったかなど、記憶には無い。
ただ我が思いが、どの様であった、そのことのみが思い起こされる。
KU:その後、この世を終わられ、天上界に帰られたわけなんですが、その後の気付き等御座いましたら、お教え願いないでしょうか。
熱き心、熱き魂、火の玉の如き熱血の思いと言うものが、それはその時の正義であって、それはそれで良かったのだと思っておりました。
こちらの世界に生きて、そのことをまるで第三者の如きおももちにて振り返ったとき、おのれ自身は正しいと信じ疑いもしなかったことについて、静かに反省をする時が流れた。
まさかとは思ったが、我欲がなかったか、我に利すると言う思いが先走ってはいなかったか、そのようなことを思っていたのでありました。
まさにその時には、爪の先ほどもそのような思いはなかった。
だが、後々になって、こちらの世界に来てからそれは、静かに見えてきたものでありました。髪の毛ほどの我欲もなかったのかどうか、それを思ったときに、私の反省は始まった。
まだまだ、現在ただいもその道の途中であると言うことです。
KU:中江藤樹先生の教えを受けた方達の乱と言えば、「大塩平八郎の乱」がありますが、それとの関わりはあるのでしょうか。
大塩は私とよく語ることがあった。共に戦ったものである。
平八郎の名が残っておるが、それらを中心にやって動かした者たちは複数名居る。
私もその一人であった。
KU:ありがとう御座いました。
その後、三帰誓願をされました。
次ぎに、中江藤樹先生のお弟子さん達が多数おいで頂きましたが、幸福の科学霊系団の天使の方々に、三帰誓願式をお願い致しました。
私達はその後、暫くの間、この正義について話しをしていましたが、その話しの内容は、色んな立場によって、またその環境によってそれぞれに正義が変わってくる。それを理解しながら、やらねばならない、全ての方は仏の子である。とか、ふぁわっとした話になっていたところ、強い強い念が来たので、その方をお呼びしたところ、西郷隆盛様でありました。
【西郷隆盛様の言葉】
(鹿児島弁で来られましたが、鹿児島弁が分からないので、おかしな表現になっているかも知れませんが、よろしくお願いします。)
なんでんかんでんその様に話をしていくと、泥団子のごと、わけのわからんことになる。
それは、実際に生きている時に物事を起こそうとした時、あれもこれも正しい、それもあるこれもある、ちゅうて話を盛り込んでいくと、まとまりがつかんようになる。
そこは正義をつけて、今はこの大義を果たすにあたり、小事は切っていくという勇気も必要。そるができんならば、大事を果たすことは出来ん。
その様にどれもこれも、同じ土俵に乗せることは、何時もいつもそれが正しいとは限らん、ちゅうことです。
KU:はい、ありがとう御座います。確かに未だそこの所の選別が出来ていませんでした。
小事を成す者は小人にて可能、
大事を成す者は大人ならねばなさぬ、
この見分けをする事も肝心
自分の器が、どんだけん器かちゅうこと
よう見極めて、なにを成すか、
それに値するだけの、使命が与えられる。
そんが、間違ごうた見方ばしよったら、
ちぐはぐなことになるちゅう事
KU:ありがとう御座います。確りと精査して、物事の判断に当たります。
誠にありがとう御座いました。
ブログ管理者より
中江藤樹先生の魂は、天之御中主尊様でも有り、この日本の国を率いて来られた魂です。
その弟子たちがなした乱は、明治維新への道を、その一歩を踏み出した「乱」であると考えてみると、この一歩はとても大きな一歩であったことが見て取れるでしょう。
その弟子たちがなした乱は、明治維新への道を、その一歩を踏み出した「乱」であると考えてみると、この一歩はとても大きな一歩であったことが見て取れるでしょう。
その時代に生き、この乱に参加した人達は、飢饉に於ける理不尽さに立ち上がり乱を起こされましたが、少し時代の流れを鳥瞰する様に見ると、とても偉大な神仕組を感じます。
そして、その時代、時代の流れを押し進めるには、やはりその一歩が必要になるのでしょう。個人個人においての一歩、組織としての一歩、その時その時に要求される一歩、と様々ですが、必ず前に進む一歩があるはずです。
主を信じ、勇気を奮い起こし、その小さな一歩を踏み出しましょう。
KU
(追伸) しかし、どうもこのご先祖の方、気になります。
何か、何か、未だある様に感じるのですが、
皆様はどの様に感じられましたか。
鹿児島の地に、中江藤樹先生の教えが浸透していますが
それだけの影響を成した人とは???
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