あらやす日(本)誌 -60ページ目

移民反対で「極右」とは大げさ過ぎる〜世論誘導

フランスで移民反対をスローガンにする政党が国会で議席を取った。

全議席の5%くらいの議席で、
第一党に踊りでたかのように大げさにはやし立てて、
さらに移民反対だけで「極右」とレッテルを貼るメディアは異常だ。

ネット右翼=ネトウヨも同様で、
日本におけるネットでの保守的な言動を大げさに誇張するレッテルだ。

誇張したレッテルは、
他の実在のものを逆に際立たせることもある。

国策として反日工作をしている国=中国や韓国は、
まさしく本物の右翼であり、
こうしたリアルな右翼=リアウヨの存在がさらに目立ちつつある。

たかが移民反対だけで「極右」ならば、
少数民族や外国を国策として排斥する国は何と呼称すれば良いのか?

チベット・ウイグル等の少数民族を迫害し、
日本等の外国を仮想敵国とみなして、
外国の領空・領海を実際に侵犯している中国や韓国は、
「ハイパー・超・極右」と呼ばなければならなくなる。

メディアは商業的に注目を浴びるために、
誇張とねつ造が当たり前だと考えてほしいのだろうが、
もうす少し適切な日本語を使ってほしいものだ。


広島大学・准教授の暴挙〜反日映画で扇動・洗脳

4/28、
日本の国税で運営されている国立大学である広島大学において、
韓国籍の?准教授(旧名称:助教授)が、
一般教養科目の講義(テーマ:演劇と映画)で約200名の学生に対して、
韓国のプロパガンダ映画「終わらない戦争」を見せた。

【注】この准教授の名前は不明。日本人ならば名前を公表しているだろうが韓国籍のせいかメディアは未公表。

映画「終わらない戦争」(約60分)は、
従軍慰安婦(日本政府・軍によって強制連行された売春婦がいるという仮説)を完全に肯定し、
日本を貶めることを目的にした韓国の反日・国策映画。

この准教授はこの映画の上映前に「映画が事実であること」を強調し、
上映後は学生らに議論の機会を与えずに、
一方的な刷り込み、洗脳の手段として映画を利用した。

ねつ造された従軍慰安婦問題以前の問題として、
大学生にある種の事象、仮説を一方的に事実であるかのうように刷り込む教育姿勢には、
高等教育の教育者としての資質、資格はまったく見当たらない。

准教授といえば、
企業でいえば次長クラスの管理職にあたり、
大学経営を担う要職だ。
国立大学の准教授となれば立派な国家公務員で、
年収は1,000万円くらいだろう。

国税を年間1,000万円も使って、
韓国のための洗脳教育を行うとは…絶句するしかない。

私立大学の非常勤講師クラスにこの種の教員がいたらそれも驚きだが、
国立大学の准教授にこのような理性なき暴挙を行う教員がいるとは…
ここまで日本は落ちているのだと怒りさえ湧いてくる。

即刻、聴講した全学生にヒヤリングして徹底的な調査を行い、
事実ならばこの准教授を懲戒免職することが妥当な処分だろう。

それができない広島大学はもはや教員を管理する能力がなく、
また、自由な学問の場であることを自ら放棄したといえるだろう。

広島大学が適正な調査のもとでの適正な処分ができないのならば、
国立大学を所管する文科省が動かざるをえないだろう。

事実ならば、
文科省が動く前に広島大学が適正な処分を行うことを願う。

広島大学がこの種の自浄化作用を行使できないとなれば、
文科省の行政指導に期待することになり、
全国の国立大学に問題が波及してゆくだろう。


アメリカでは、
戦後、公職や映画界やメディア等において共産主義・社会主義者の過激な追放キャンペーンが行われ、それはレッドパージ=赤狩りと言われた。

日本はアメリカとは逆に、
日米の協調政策で日本の国粋主義や保守主義に敵対する勢力の温存と醸成が行われて、
今でも日本の教育界やメディア等には左派、反日的勢力の力が根強い。

左右いずれにせよ、
いずれかに偏向しすぎることは良くない。

たしかに、
戦前は右に、また日本中心的な思想に傾き過ぎていたが、
今現前にある、この左に、また反日的に傾きすぎた状況は、
均衡や中庸の観点から見れば理想とは到底言いがたい。





集団的自衛権〜平和を神話化してきた日本

先進国だけでなく、
主権があるのか?怪しい国でさえも、
集団的自衛権を持っている。

国連も集団的自衛権を前提に存立してる。

集団的自衛権は国家の自衛権の中に包含されるもので、
そもそも自衛権に個別も集団もなく、
また、
わざわざ憲法や法律にするまでもない固有の自然権だといえる。

その意味で、
集団的自衛権が日本に存在しないこと自体、
幻想そのものだろう。

青山繁晴氏は集団的自衛権をうんぬんすることは、
机上の神学論争だと言っているが、
まったくその通りだろう。

この幻想を神話化して正当化できたのは日本の平和憲法のおかげであり、
過激な憲法護持信仰の成果だといえる。

平和憲法のもとで自衛権を真剣に議論せず、
あいまいなままにしてきたのはアメリカの軍事力のおかげで、
それがアメリカの意向だったといえる。

日本の平和憲法、
憲法前文と第9条の日本語を素直に読めば、
戦争放棄のためにすべての自衛権を否定しており、
日本は「平和を希求する」諸外国の軍(主にアメリカ軍)によって防衛されると、
読むのが正しい解釈だろう。

実際、
敗戦からGHQ(連合軍、主にアメリカ軍)の日本占領時まではその通りの解釈で、
当時、日本には軍も自衛隊も存在しなかった。

GHQの撤収後、自衛隊が生まれたが。
戦争の放棄をうたう平和憲法との妥協の産物として、
実質的に再軍備ではあるが「軍」という呼び名にしなかった。

今、
日本政府と裁判所は、
憲法原文の無理な解釈によって日本独自の自衛権、
自衛のための戦力を認めている。

政府、裁判所が自衛権と自衛のための戦力を認めた時点で、
即刻、憲法改正すべきだったと言える。

【参考】
実際、アメリカが日本の憲法改正を許さなかったのだろう。日本政府も平和の実際的な維持をアメリカに依存することで経済の繁栄に最大限の努力を傾けることができ、日米の思惑が一致していたと言える。また中国や北朝鮮の脅威が今ほどではなかったのでアメリカの負担も小さかっただろうが、アメリカが軍縮に向かうこれからは…時代は変わってきている。


戦後、ある時期まで日本では、
「戦車」を「特車」と言い換えることをGHQに強制された。

さすがに「特車」は行き過ぎで一般化しなかったが、
ちまたで「戦車」の話題を持ち出すことは、
オタクか右翼だというレッテルが貼られる思潮が今も続いている。

また、
戦前まで大義をこめて命名されていた”大東亜戦争”は、
太平洋戦線だけに限局した「太平洋戦争」として言い換えられ、
今に至っている。

【参考】
1950年代等に製作された古い日本映画等に登場する戦前に生きた主人公に、さすが「太平洋戦争」と言わせることはできず、当時の常識にのっとって「大東亜戦争」と言っている場合がほとんどだ。しかし、戦後に教育を受けた主人公・登場人物にはセリフ等で「太平洋戦争」と言わせるようにしなっている。


軍を「自衛隊」といい、
駆逐艦・戦艦を「護衛艦」というような、
子供だまし的な、言葉のまやかしはもうやめないといけない。

もちろん、
海外では日本語のような微妙な違いを表現する言葉が見つからないので、
自衛隊は「軍」、護衛艦は戦艦等で訳されている。

国家の主権が「軍」によって防衛されることは世界の常識であり、
外国の軍に主権の存立を依存している国は属国または植民地と言われる。
属国や植民地を自国の利益を無視して本気で守った宗主国は世界史上存在しない。


有事にあっては、集団も個別もなく、
柔軟に自由な防衛戦略を取らないと国家防衛を行うことは困難だ。

独自に国民の生命、財産を防衛することは国家の第一義であり、
そのために自由に自衛権を行使するための憲法改正は日本の戦後の悲願だ。

【参考】
多くの先進国は東西冷戦下の核の脅威の中で国民の生命を防衛するために核シェルターを公共事業で準備してきた。永世中立国のスイスやイスラエルでは、全国民に核シェルターを用意している。欧米やロシアの核シェルターの普及率は人口の6割以上、先進国平均でも全国民の半数くらいを収容できるようにしており、アジアではシンガポールが半数以上を確保している。しかし、日本の人口あたり普及率は1%にも満たない(ある統計では0.02%。それでも核シェルターが日本にあること自体意外)。すべての国において(日本以外は?)、核シェルターの建設に反対する人はなく、政治的主張に左右されるものではなく、右も左もないのだ。
これは何を意味するのか?まさしく捨て身の玉砕覚悟の不沈空母が日本の現実の姿だ。日本が戦後、平和憲法のもとで「平和」を神話化し、核戦争に巻き込まれることはないという幻想のもとで、結果的に国民の生命をないがしろにしてきたことを如実に語っており、この点、戦前の玉砕思想、生命軽視の思想をいまだに引き継いでいるといえる。今まで核戦争が起きなくて良かったが、これからも起きないとは誰も保障できない。だから多くの先進国はこれからも核シェルターを維持し続けるだろう。


幻想や神話の世界、言葉遊びや机上の空論のような法律論の中で暮らせることは、
それはそれで幸せな時代だったと思うが、
外界の変化や現実に適応できない。

戦後の日本は平和憲法のもとで、
言語空間を中心に、
第二の鎖国ともいえる日本独自の閉鎖的な世界をつくっていたのかもしれない。


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【蛇足】
戦後日本で行われてきた検閲は、憲法で保障された言論等の自由に抵触しないように巧妙に行われてきた。それは巧妙な検閲の自動化システム=自主検閲であり、検閲自体が存在しないかのように偽装されてきた。GHQは実際に検閲を行ったが、GHQの撤収後は検閲される側であるメディア、出版界、言論人等の民間レベルで自らを統制して検閲してきた。
この検閲の内部化、自主検閲とは、たとえば、用語統一マニュアルにそって「大東亜戦争」を新聞社の社内校正によって「太平洋戦争」に書き換えることをさす。
最近でも自主検閲は行われており、2012年のNHK大河ドラマ『平清盛』では「皇室」を「王家」と言い換えた。この天皇侮蔑を意図するシナリオには何らかの強制があったと考えるのが妥当で、制作に関わった脚本家や歴史考証家は「王家」と書かなかった可能性が高く、NHK側の自主検閲があった可能性が高い。また、昨年2013年に上演された新作歌舞伎「陰陽師」でも天皇を茶化してあざ笑うシナリオが採用された。これも脚本家に対して何らかの誘導、強制があった可能性が高い。
昨今、マスコミが自主検閲のご褒美、懐柔の一環として高額な年収を確保し続け、粗大ゴミ=マスゴミと呼ばれる歴史的なゆえんがここにある。このような日本の言論界にあって健全なジャーナリズム、表現の自由の場が醸成できなかったことはいうまでもないだろう。

2016年NHK大河ドラマ「真田丸」〜主人公は真田幸村

5/12、
NHKは2016年の大河ドラマの主人公を真田幸村に決めた。

喜劇で定評のある人気脚本家の三谷幸喜氏を迎えて、
タイトルは「真田丸」。

題名の「真田丸」は、
徳川家康の大群を前にして、
真田幸村が大阪の陣で築いた出丸で、
真田丸は大阪城の外堀の外に出っ張るような形で築いた砦だ。

「丸」には船の中で一丸となって城を守るという意味があり、
日本の城郭の中に作られた本丸、西の丸等の「丸」も同じ意味だろう。


豊臣家滅亡後も徳川家は真田家を完全に潰さず、
江戸時代も真田家の血筋は生きながらえた。

仙台、伊達藩に召しかかえられて、
今でも仙台真田家の子孫(14代目)がご存命だ。

真田家の居城、長野県上田市にある上田城には天守閣は残存していないが、
立派な堀とその堀を囲む高い石垣がまだ残存している。


テーマの選択の失敗、演出の失敗などもあって、
低迷が続くNHKの大河ドラマだが、
来年2016年は久しぶりに良い視聴率を叩きだして、
話題になる可能性があるだろう…

しかし、
大河ドラマ等のエンターテイメントは、
民放が充実した現代にあってはNHKが行うべき仕事ではない。

NHKはAKB48のレギュラー番組をやっているが、
これは一部のタレント、プロダクションの優遇で差別そのものだし、
民業圧迫でもあるので、即刻、放映中止にすべきだろう。

国営放送としてのNHKが模範にすべきは、
民放テレビ局ではないのだ。

模範にすべきはイギリスのBBCであり、
BBCのように当事国、日本の情報発信基地として、
海外放送を重視して税金で運営すべきだろう。

これを機会にNHKは、
日本のNHK丸としてその職責、役割を再確認して、
再出発、再生してほしいものだ。

【参考】
2012年のNHK大河ドラマ『平清盛』では「皇室」を「王家」と言い換えた。この天皇侮蔑を意図するシナリオには何らかの強制があったと考えるのが妥当だろう。すなわち、脚本家は「王家」と書かなかった可能性が高く、NHKの自主検閲があった可能性が高い。









破壊ではなく「造り変える力」〜芥川龍之介の日本論

芥川龍之介の小説「神神の微笑」(1922年)は、
秀逸な日本文化論になっている。

この作品の中で、日本の力は、
「破壊する力」ではなく、
「造り変える力」だと芥川は説いた。

引用すると、
日本の霊として現れた老人が日本で布教しているキリスト教の神父に対してこういう。

「…(日本人は)何人でも(キリスト教に)帰依するでしょう。
ただ帰依したと云う事だけならば、
この国の土人(日本人)は大部分悉達多(シッダールタ=釈迦)の教えに帰依しています。
しかし我々の力と云うのは、破壊する力ではありません。造り変える力なのです。

※上記の()は個人的注
※出典 青空文庫 小説「神神の微笑」
https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/68_15177.html



芥川は日本人の大部分が「悉達多(シッダルタ=釈迦)の教えに帰依しています。」というが、
実際、日本の仏教も釈迦の教え(原始仏教・小乗仏教)そのものではない。

日本は小乗仏教ではなく国の風土に適合しやすい大乗仏教の教えをあえて選択し、
さらに日本独自の神道や土俗信仰などの日本の伝統的な要素を仏教に取り込み、
一つの国の中で仏教は世界に例がないほど多種多様に発展して、日本的な変容を遂げている。

空海が開いた真言宗のご本尊、大日如来は、
神話として言説化できない古代の太陽信仰、山岳信仰、
日本の神話にある天照大御神のイメージが重なり、
仏教本来の釈迦のイメージと協働して調和的なイメージをあわせ持つ。

さらに中世に入ると、
より布教しやくするために念仏による救済を唱える浄土宗や浄土真宗が生まれ、
ここにはキリスト教の救済信仰の影響があったとも言われている。

この多様化と変容を許す懐の広さ、
寛容さが仏教自体に内包していると言える。

日本の歴史でも宗教をめぐる国家権力等による弾圧はあったが、
信者同士が相争うような残虐な紛争は非常に少ない。

この宗教の多様化、仏教の多様化は、
なによりも日本人自身の個々の寛容な姿勢によるところが大きい。

民俗学者・折口信夫が研究した「まれびと信仰」のように、
異質な考え、異質な文化に敬意を払ってさらにそれを懐の中に受容する、
日本人の個人レベルでの寛容度の高さ、
本質を見極めて枝葉末節を多様性として認容、許容できる核となる力だろう。


そもそも、
個人的な浅知恵からいえば、
釈迦の教えや原始仏教は、
釈迦自身は他者を導く指導者ではなく、
悟りを他者に強要せず、悟りの方法も開示せず、
自分自身の力で悟ることを説いている。

このことは、
インドの原始仏教等も研究した哲学者・中村元が言っている。

もし、個人の「悟り」を超えて、
組織的な洗脳が行われると…

【参考】
「スッタニパータ」(パーリ語)は中村元によって初めて和訳された仏教の経典。「スッタ」は縦糸=経を意味する。インドからセイロン(スリランカ)に伝えられた、仏教の歴史の最初期に編纂された最古の仏典の一つとされている。この中で仏教の修行者は誰とも交わらず「犀の角のようにただ独り歩め」と記されている。他者と会うと「悟り」を邪魔する、いろいろな煩悩、欲望が出てくるからだと言う。組織化しない、個人主義的な「悟り」が小乗仏教の基礎になっているのだろう。
※中村 元 「ブッダのことば―スッタニパータ」 (岩波文庫)


個人の「悟り」の手前に、
日本の伝統的な慣習(太陽信仰等の原始宗教観)=悟りに近い境地で、
完全な異物を作らないで、日本の精神風土の内部に取り込んで
取り込むものを「破壊」しないで日本の精神風土に溶け込むように造り変える。
ここで起きやすい内外環境との対立はできるだけ抑制する。

そして、
元のオリジナリティを損なうことなく、
原点・原典を尊重し、敬意を払って造り変えること、
それが日本の伝統的な姿勢だろう。


【蛇足】日本の日本によるオウム返し?は破壊そのもの

1945年、世界は東西冷戦に突入してゆく。日米戦争に敗戦した日本は、再軍備せずに片務的日米同盟を維持したことでベトナム参戦もせずに、東西・中立化(左傾化・反日化)路線で経済の再生政策に特化して成功する。しかし、その副作用として、過大で過剰な受容精神によって日本・日本人のアイデンティティーも喪失してゆく。

1989年、ベルリンの壁が崩壊して東西冷戦が終焉し、昭和も終わった。1990年代、バブル&バブル崩壊、阪神・淡路大震災という第二の敗戦で日本社会は自信をさらに喪失していた。
そのとき、急激に信者を増やそうとしたオウム真理教に、当初、メディアや多くの学者・哲学者らの知識人がその口車に乗ってしまったので、偏差値の高い優秀な大学生が信者になり、多くの戦後社会の知的層は布教に一役かってしまった。
それも日本的宗教観からすれば異質なものを歓迎するという、だまされやすい、過剰な寛容さ・やさしさが主因だったのかもしれない。
オウム真理教の実態は、小乗仏教と敵対化しかねないエセ大乗仏教の衣をかぶった悪魔の集団だった。この悪魔の教団は、キリスト教的な救済観念や厳格なキリスト教的な階層組織も模倣した組織になり、その本質は釈迦の教えに反しているだけでなく、日本的文化観とも相容れない、社会を根底から破壊する暴力的な欲望を肥大させた恐ろしい犯罪者集団になった。

日本・日本人のアイデンティティーを失った日本社会が醸成した過大・過剰な受容精神がつくった犯罪者集団=テロ組織、オウム真理教で、信者ら、彼らは独りで考えず、一人で歩まず、集団化して滅私することで「悟り」ではない異次元の世界をつくって、善悪を誤魔化して煩悩・欲望の赴くままにニセの「犀の角」で多くの他者を傷つけたのだ。

「価値」感を共有できる国〜その価値とは?

国内政治にもある程度いえることだが、
国際政治は国内政治以上に巨大な私利私欲と巨額の金で動いている。

5月6日、
安部首相は欧州歴訪の最後にOECD(経済協力開発機構)の閣僚会議に出席し、
同じ「価値」を共有できる国との経済圏の構築を説き、間接的に中国を牽制した。

さて、
安部首相が「価値」観外交で説く「価値」は、
欧米、世界で共有できるのか?

そもそも、
民主主義、自由主義、法の支配、人権などの人類の普遍的な価値、理想は、
欧米が生んだものだが…。

日本はそうした普遍的価値観を伝統的に共有できる風土があったからこそ、
実際に実践している優等国なのだが…。

実際、欧米の権力層のある種の人々、
世界を動かす原動力になっている人々の頭の中にある「価値」の中で、
安部首相が念頭に置いた人類の普遍的な価値観、理想は低い序列にあるようだ。

軍事大国・中国を支えている欧米の国際金融会社等は金儲けだけに専念し、
民主主義・自由主義・法の支配・人権に反した国家、中国の圧政には関心はない。

しかし、最終的に、
この中国の圧政を終わらせるのも、
グローバリズムを推進する国際金融会社等かもしれない。

【参考】
アメリカの大手金融会社ゴールドマン・サックスが中国工商銀行株を売却し、クレディ・スイス銀行、イギリスのスコットランド王立銀行が中国銀行の株をすべて売却した。昨年2013年9月に、バンク・オブ・アメリカが中国建設銀行の株をすべて売却し、欧米の大手金融会社は中国の4大国有銀行から形式上はほぼ全面撤退を完了している。これは欧米資本の完全な撤退だとはいえないかもしれない。現地、中国での代理人に完全に委任できるようになったということかもしれない。日本や韓国でも欧米の大手金融会社は大きな看板を出していないで影に隠れて大きな影響力を維持している。


今も、
現代史に残る多くの重要な局面において、
共産主義に替わるある種の力、思潮が、
グローバリズムの名のもとでが働いている。

現代史に残る大きな事件がグローバリズムの背後にある私利私欲と大金によって引き起こされ、
グローバリズムが国際金融会社などの一部の多国籍企業によって支えられている。

グローバリズム社会では、
民族性、国家観を希薄になり、
国際人の格好良さとか、見せかけの民主主義の衣に包まれた格差社会を生み、
多国籍の大企業が最大の恩恵を受けてさらに富み、
多くの国民は貧しいものとしてさらに貧しくなる。


元外交官で防衛大教授だった馬渕睦夫氏の著書、
「国難の正体―日本が生き残るための「世界史」」で、
現代のグローバリズムの正体を垣間見ることができる。

安倍政権が誕生した直後、
2012年12月に馬渕氏のこの著作(下記)が発行されたこと、
そこには偶然ではない、必然性を感じてしまう。

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来日したオバマ大統領は尖閣問題について数歩踏み込んで、
尖閣が日米安保条約の適用対象であることを明言した。

この背景に、
キャロライン・ケネディ大使からオバマ大統領へ直接説得があったと言われているが、
それだけではないだろう。

オバマ大統領に最終的にそう言わしめた背後には、
アメリカの宗主国、同盟国であるイギリスと、
中国に莫大な投資を行っている国際金融資本等との何らかの合意があったのだろう。

そうでなければ、大統領の命があぶない。

【参考】
国家の中央銀行とは国家通貨を発行する機関のことをさす。日本の中央銀行である日本銀行はその株券の55%、過半数を日本政府が持っているが、アメリカの中央銀行は欧州等の民間銀行の集合体であるアメリカ連邦準備制度理事会(FRB)が支配している。アメリカの金融システムは、アメリカの憲法の民主主義の精神とは異なり(憲法違反とも言われている)、国民による国家統制機関=議会が統制していない。アメリカでは、民間銀行の集合体であるFRBがアメリカ政府にドル通貨を貸しつけてFRBがアメリカ政府=アメリカ国民から莫大な利子を取っている。その利子の過半は欧州等の国際金融会社に流れているようだ。
リンカーン大統領やケネディ統領は、こうしたアメリカの金融システムの矛盾に対抗し、国際金融会社(FRB等)に依存しないアメリカ独自の通貨(アメリカ財務省発行の通貨)を発行した。実際、ケネディ大統領は2ドル・5ドルの財務省発行の通貨を発行・流通させ、10ドル・20ドルの通貨を印刷して流通する直前に暗殺されてしまった。次期大統領のジョンソン大統領はケネディ大統領の発行した通貨の流通を禁止してすべての通貨を市場から回収した。
また、リンカーン大統領時代は南北戦争、ケネディ大統領時代はベトナム戦争があった。南北戦争で南軍にはイギリス等の欧州の金融資本が軍資金を貸し付け、リンカーン大統領は独自に自前の通貨も発行したが、両戦争を実質的に支えた莫大な軍資金は国際金融会社によって支えられていた。


金融産業は経済の血液として不可欠だが、
国際金融会社には人類の普遍的価値に対する配慮は希薄で、
株価や為替を暴騰させて儲けて、暴落させてさらに儲ける。

軍需産業は軍事力による抑止力という点で貢献はしているものの、
人類が流す血によって儲けている。

いずれも、
奢って度を越せば必要悪だ。

発展途上国を発展させて新しい制度をつくり、
戦争や内戦を仕掛けて儲けて、
始めたゲームを崩壊・終了させてさらに儲けるといった、
創造と破壊の荒業を行う倫理なき企業論理が実際に存在している。

そして、
この荒業の味付け、後付に社会改革や善き思想などの綺麗事を加味するのだろう。



今月5月21日、
イギリスの音楽業業界の長老でイギリスでもっとも有名な文化人、
元ビートルズのボール・マッカートニーが来日公演する。

氏の武道館での公演は高度経済成長期だった1966年のビートルズ時代以来、
48年ぶりのことだ。


なお、今日5月11日からチケット発売開始だ。

さて、
これはイギリスからの日本重視の味付け的メッセージか?
日本からイギリスへのメッセージの返事なのか?

同じ文化的「価値」を共有きでることのメッセージ…
そう言えなくもないだろう。

しかし、
あくまでそれは文化的な味付けなのだろう。

本当の大事なメッセージは背後に隠れているのかもしれない。





国、企業も個人も〜外界▶感情▶分析・意思決定

企業の戦略的な意思決定とは、
外部環境の変化に対応する内部環境が実行する所作=理性的な判断ともいえるもので、
特に外部環境を変えるほどの内部資源を持たない中小企業では、
外部環境の変化への対応が不可欠だ。

この一連の流れは、
個人においても同様だというような仮説がある。

神経科学の第一人者、アントニオ・R・ダマシオ氏が唱えている、
「ソマティック・マーカー仮説」が、それだ。

この仮説は人間を対象にしたものだが、
企業の意思決定においても財務等の数的な問題だけでなく、
経営者等の人間的な感情や信条、
経営理念等が大きく影響していることを逆に考えさせてくれる。


ソマティック・マーカー=Somatic markerは、
内部環境=身体(somatic)の中に出るmarker(標識=情緒・情動・感情)を意味するようだ。

ダマシオ氏は、
外界と身体、
身体と精神的な情緒・情動・感情、
情緒・情動・感情と理性的な判断、
それらが密接に結びついていることを、
臨床の現場でのさまざまな事例をあげて立証しようとしている。

個人的な解釈も若干入れて、
ソマティック・マーカー仮説による一連の流れを示すと、

外部環境の変化
  ⇣
 視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚で変化を知覚する
  ⇣
内部環境の変化
   ⇣
 ◉身体の変化
   ⇣
 身体の変化を知覚する=情動
   ⇣
 ◉心の状態の変化
   ⇣
 心の変化を知覚する=感情
   ⇣
 分析・推論
   ⇣
意思決定
 ⇣
行動
 ⇣
この行動が内部環境(身体、精神)、外部環境等の変化も生む


こうした一連の意思決定▶行動の前に、
情緒・情動・感情(”短気的な感情”という意味ではない)の存在が不可欠であり、
デカルト的な近現代の二元論(身体・精神)には限界があることを主張している。


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安倍外交は休まず営業中

今、
安倍政権の閣僚19人のうち16人が海外に派遣されている。

一番多くの閣僚が行っている国はアメリカで、
安部首相の側近、下村文科大臣ら閣僚3人が派遣されている。

昨年もそうだったが、
安倍外交は今年も積極的だ。

安部首相自身も、
10日間の日程でドイツ、イギリスなどの西欧諸国をまわる。

西欧歴訪にあたっては、
最初にドイツにするか、イギリスにするか?
迷っただろう。

選択の決め手の一つはウクライナ問題で、
ウクライナ問題で対ロシア外交で重要な位置にあるドイツを最初に選んだのだろう。

また、
ドイツのメルケル首相への謝意かもしれない。

最近、ドイツを訪問した中国の習近平主席に対して、
メルケル首相は粋なプレゼントを送った。
それは尖閣・新疆(ウイグル)・チベットが中国領土になっていない清朝時代の古地図で、
台湾は中国領土になっていたと思われる。

あちらを立てればこちらが立たず…だが。






バブル景気とその崩壊〜昭和と平成の間で

1989年(昭和64年)1月7日に昭和天皇が崩御し、
昭和が終わった。
そして、平成が始まった。

今上天皇が即位し、
平成は1989年(平成元年)1月8日から始まった。

ときはバブル景気の最中で、
この年、日経平均株価は大納会(12月29日)に最高値38,915円になる。
これが日経平均のピークだった。

一瞬、平成の御世を祝ったかのようで、
このときから、
日本の景気は昭和天皇の崩御による長い喪に入った観がある。

日経平均株価は1989年の最高値38,915円から一転、暴落に転じ
翌年1990年10月1日には一時20,000円割れになる。
わずか9か月の間に半値近い水準にまで暴落した。

1990年3月に大蔵省銀行局長土田正顕から通達された「土地関連融資の抑制について」(総量規制)によって不動産投資が抑制され、また、日銀による金融引き締めも行われ、金融縮小=信用収縮が一気に進んだ。1989年に導入された消費税も景気悪化に拍車をかけた。

日経平均株価を暴落させや原因の一つには、
先物取引やオプション取引による「売り」がある。

1988年9月に日経225先物の取引が開始され、
1989年6月には日経225オプションの取引も開始されている。
「日経225」とは日経平均株価のことで、
日経平均が225社の株価の平均で指数化されていることから命名されている。

これらの新しい取引手法は、
1988~1989年、バブル崩壊直前、バブル絶頂期に日本の市場に導入された。

先物やオプションは小さな資金で大きな投資が可能で、
金融派生商品=デリバティブと呼ばれるが、
実物投資を超えた大きな影響力を持つ。

デリバティブは、
とても「派生」とはいないレベルの破壊力を持っている。

これらのデリバティブ取引によって、
海外等の大口投資家による売り仕掛けは株価暴落に拍車をかけた。


バブル崩壊で消失した不動産等の資産価値は約1,500兆円だと言われる。

現在、日本の金融資産(不動産等は含まず)は約1,600兆円だから、
バブルで膨れ上がった資産とはいえ、
膨れ上がった資産と共に根こそぎともいえる勢いで、
今の日本のほぼすべての金融資産に匹敵する資産が短期間で消えたことになる。

バブル景気は1991年(平成3年)2月に終焉したと言われるが、
政府見解では翌年1992年2月までこの好景気の雰囲気は維持されていたと考えられている。

デリバティブ取引の規制が行われていたら、
また、
日経平均暴落後に実施された不動産投資の総量規制や日銀の金融引締めがなかったなら、
急激なバブル崩壊は回避できたのかもしれない。

こうした、もし…しなかったら…していたらの考察は、
日本のバブル&バブル崩壊が二度と再発しないように、
多く国で歴史の教訓として研究が行われている。


















米の外交政策の変化〜米中協調から同盟強化へ

来日した米・オバマ大統領は会見で、
「尖閣は日米安保の適用対象」だと明言した。

また、
オバマ大統領は来日前に一部メディアとのインタビューにおいて、
「日本の防衛力強化や日米の防衛協力拡大に向けた安倍晋三首相の努力を称賛する」
と述べて集団的自衛権行使容認の検討を含む安倍政権の安全保障面の取り組みを支持している。

こうした発言を導いた背景には、
アメリカの国内的な問題が大きかったのではないだろうか。

この発言は、
TPP交渉で日本が譲歩することの交換条件で出てきたものではない。
その証拠に甘利担当相はTPP交渉で一歩も譲歩しなかった。

【追伸】
交渉最終日に日米はTPPの基本合意(特に肉類等の農産物)に達したという見解がアメリカ側から出たようだが…日本側の見解ではそこまで言い得るかどうか微妙なところのようだ。


今年行われるアメリカの中間選挙のための強気の発言だったように思える。

今年2014年11月4日、
アメリカで上下院の中間選挙がある。
これは日本の総選挙に当たるものだ。

この中間選挙でオバマ政権を支える民主党は大敗し、
上下院ともに野党の共和党が過半数を握る可能性がある。

野党共和党が過半数を占めている下院では全議席が選挙になり、
上院ではオバマ政権を支える民主党が過半数を占めているがその半数が選挙となる。

今回、上院で選挙となる選挙区は共和党に有利な選挙区が多く、
上下院で野党の共和党が過半数を占める可能性が出ている。

さて、
この中間選挙を乗り越えるためにはそどうするか?

そのための一つの得点稼ぎが外交問題だ。

中間選挙においてライバルの共和党は、
民主党の弱腰外交を非難する可能性があり、
この非難の芽を少しでも刈り取っておく必要がある。

ロシアのウクライナ問題において、
弱腰な米外交を露呈したが、
ウクライナ周辺にはアメリカの同盟国はない。

しかし、
ロシアの真似をアジアでしかねない中国の周囲には、
同盟国の日本やフィリピン、韓国、同盟国イギリスの同盟国であるシンガポール、
シンガポールはマレーシアと密接な関係がある。
また、韓国や準同盟国の台湾への中国の圧力も大きくなってきている。

また、
イギリスの同盟国オーストラリアで保守政権が生まれて、
前政権の親中政策の誤りを是正する動きもある。

こうした英米の同盟国が多い東アジアの情勢は、
ウクライナとは事情が大きく異る。

オバマ大統領の今回のアジア歴訪は、
アジア同盟国重視の姿勢を打ち出して得点稼ぎをしたかった可能性が高い。

同盟重視の結果として、
中国に圧力をかけることになったのであり、
中国への圧力が第一義の目的ではないのだろう。

アジア重視政策は結果論的に対中外交戦略の見直しになり、
西欧の金融資本が行う対中国投資にも変化が出てくるだろう。

中国を強くし過ぎることはアジアだけでなく、
多くの地域でマイマスになること、
地球の成長センターだと言われるアジア地域にあって、
中国の覇権が健全なアジアの成長を阻害することが明白になってゆくだろう。

となると、
中国は国内外共に厳しい状況に置かれ、
苦し紛れになるをしでかすやら…

アメリカは今回の中間選挙において、
完全なねじれ(上下院の議会を野党・共和党がにぎること)に陥ると、
アメリカの力は外交的にも経済的にも停滞する可能性が高く、
非常に危険な事態を世界規模で招く可能性もあり、
2015年は要注意の年になるかもしれない。

すでに日本は英米同盟を基軸にしてASEAN諸国と共に、
軍事大国・中国の覇権主義に対抗する中心国になっている。

日本は中国との決定的な対立を回避しながら、
中国の動向を注意深く見守ってゆく必要がある。