あらやす日(本)誌 -47ページ目

NHK紅白歌合戦~サザン・桑田氏を利用したNHKの愚行

2014年、大晦日の夜、
NHKテレビの人気番組、紅白歌合戦で、
サザンオールスターズの桑田佳祐氏がヒットラーを連想させるパフォーマンスを行った。

NHKは、
こうした政治的なパフォーマンスを軽々しくテレビ番組で放送すべきではない。

【蛇足】
外国人や良識ある人ならば、ヒットラー→独裁者→北朝鮮の金家の独裁や中国の共産党独裁と結びつけるだろう。韓国でも1987年まで独裁政治であり、世界には独裁国家がたくさんある。
非常に狭い話になるが、昨今、安倍首相の写真に口ひげをつけてヒットラーに似せるという侮辱的ないたずらを国内外のごく少数の反日運動組織がよく行っているので、こうしたいたずらを記事やネットなどの見たことのある人は桑田氏のこのパフォーマンスが安倍政権批判を含んでいると思わざるをえなかっただろう。
NHKと桑田氏は視野狭窄的な視点で安倍政権批判を念頭においていたようだが、国際的・巨視的な視点で普通に考えれば、ヒットラーの揶揄は、北朝鮮や中国等の一部の特権階層による非民主主義社会への批判だから、さらに強烈なメッセージ性がこのパフォーマンスには内在している。


桑田氏は、
鼻の下にヒットラーを思わせる付け髭をつけて登場し、
平和をテーマにしたマイナー(ヒットしていない)な歌、
「ピースとハイライト」」を披露した。

ピース、ハイライトはタバコの名前で、
「ピース」は桑田氏の父親が、「ハイライト」は桑田氏自身がかつて吸っていたタバコだという。

このタイトルには、
ピース=平和、
ハイライト=極右がかけられていると言われている。

桑田氏は歌を歌い出す前に、
「これ(口ひげをつけて)で歌っていいの?」
と意外なことを口走り、
舞台のそでにいるらしいNHKのスタッフの誰かに視線を送って、
進行を確認した。

歌うときに付け髭を取るか、取らないか?
NHK側と事前に決めていなかったのだろう。
ということは、
口ひげで登場することまでは決めていたと見て良いだろう。

さすがに桑田氏も付け髭のままで歌う覚悟はなかったようで、
髭をとって桑田氏は歌い出した。


このとき歌った曲は極めてマイナーな(多くの人が知らない)曲で、
しかも、
平和をテーマにしたメッセージ性のある曲だった。

それがヒット曲ならばまだ良いだろうが、
ヒット曲を厳選した紅白歌合戦の選曲コンセプト全体から見ても、
サザンの選曲と口ひげのパフォーマンスには違和感を感じざるをえない。

ヒット曲が多々ある中で、
なぜ、わざわざ売れていない政治ネタの曲を選曲したのか?
付け髭はつけて登場したのは桑田氏の意思だったのか?

「これ(髭をつけて)で歌っていいの?」の裏には、
舞台裏でNHK側が付け髭のことを事前に知っていただけでなく、
NHKと協議して付け髭をつけることを決めていた可能性もあるだろう。

年明けの今でも、
この付け髭のパフォーマンスを思い出すと、、
違和感だけでなく、単なるギャグではすまされない、
不穏なムードを感じて不愉快な気分になる。

問題なのは、
サザンオールスターズの曲、桑田氏のパフォーマンスそれ自体ではない。

政治的な主張を行ってはならない「NHK」が、
こともあろうに日本でもっとも視聴率の高い番組を利用して、
このパフォーマンスを意図的に放映したことが不愉快であり、
放送倫理等の違反行為だけでなく超法規的な違法性すら考えたくなる。

たしかに、
北朝鮮や中国等の一部の特権階層=独裁者による非民主主義社会を積極的に肯定できるものではないが、公共放送のNHKが紅白歌合戦を利用してそのメッセージを流すのはおかしいだろう。

「平和」のテーマは普遍的なもので、
サザンオールスターズ、桑田氏は民間の舞台や民放で何を歌っても良いが、
民放でもできないであろう今回のパフォーマンスを、
公共放送たるNHKが放映したことは重大問題だろう。

この種のパフォーマンスを公共放送が流す行為には、
逆に「平和」を乱す可能性もはらんでいるように見える。

NHKよりも民間放送の方が常識と良識があるから、
民放は間違いなくこの種のパフォーマンスを放映しないだろう。

NHKは、
公共放送として求められている政治的中立性を維持すること、
この基本的なことが認識できない人がトップ層で意思決定を行っているようだ。
さまもくば、
現場を統制する能力をトップ層が喪失しているのだろう。

NHKが企画した今回のサザン・桑田氏のパフォーマンスは、
公共の電波を使って間接的に政治に介入したと言っても過言ではないだろう。
この浅薄で愚かな行為はNHKの社史、テレビ史に汚点となって永久に残るだろう。

今回のこのNHKの愚行には当然その根底に愚考があり、
この愚考をその根から根本的に引き抜いてゆかないとNHKの再生は困難だろう。


静かな年の瀬、晴れやかな年始にあたって、
このような記事を書かせるほど不愉快にさせたNHKの罪は大きい。

サザン・桑田氏は遊び半分だったろうから…どうでもいいが。


【蛇足】
紅白歌合戦はライブでは見ていないので、おだやかな大晦日、年始を過ごせたことはラッキーだった。1/3に知人宅で紅白歌合戦の録画を見て今回の桑田氏のパフォーマンスを知った次第。民主主義に根ざしたささやかな抵抗として、今後もNHKの紅白歌合戦は見ないようにしようと思う。

謹賀新年~アベノミクス3年目、日本の長・中・短期の計

日本は1989年のバブル崩壊後、
阪神淡路大震災、東日本大震災と二度の天災に見舞われて、
「失われた10年」が「失われた20年」になり、
ついに「失われた30年」になりかけていた。

ほぼ四半世紀におよぶ長い低迷期だった、
と今年は過去形にしたいものだ。

アベノミクスの発動、2020年の東京五輪の開催は、
この停滞の「気」を追い払う好機になりつつある。


昨年12/14の総選挙で安倍政権は増税勢力を蹴散らし、
消費税再増税の延期が決まった。
これは日本の民主主義のささやかな成果だろう。

【参考】主観的な投票率批判
昨年2014年の総選挙の投票率が52.7%と過去最低になったことを否定的に評価する人がいるが、政権選択の選挙だった前回2012年12月の総選挙が59.3%だったこと、日本海沿岸などの東日本が寒波だったことを考慮すれば、取り立てて低い投票率とは言えないだろう。


2013年から行われたアベノミクス政策は今年で3年目に入り、
日本の為替と株価は、
欧米諸国に次いで最後にやっとサブプライム&リーマンショック前の状況に戻った。

日本は景気の「気」を取り戻し、
基礎体力をある程度取り戻しつつある。

今年2015年以降は、
この基礎体力を元に日本全体の景気を取り戻してゆく時期に入る。

何事も創業は易く、守成は難しで、
始めることは簡単で、
それを維持し続け、さらに成長させることは難しい。
まさしく、
諦めずに継続することこそ力なり、
だろう。


目先的には、
2017年の消費税増税までに基礎体力をさらに充実させる必要があるだろう。

中期的な視点に立てば、
そもそも、
消費税増税は10%を超えてさらにどこまで上がるのか?
消費税だけでなく税金はどこまで上がるのか?

無計画な増税に歯止めをかけるべく、
知恵をしぼって国民的な議論を展開してゆく必要があるだろう。

さらに長期的に見れば、
国家百年の計ともいえる国家ビジョンを模索し、具体的に構築し、
国民の生命・安全を守る安全保障の整備、拡充は当然のこととして、
うやむやになっている行政改革、
国体の体質改善を行う必要があるだろう。

もっとも重要な体質改善としては、
国においては、
税収の2倍に跳ね上がっている「社会保障」にメスを入れること、
国会が統制できない、非民主主義な歳出入=「特別会計」にメスを入れること、
また、
地方再生の第一歩として、
地方自治体の合理化(行政、議会のスリム化等)と共に地方の主体的な動きを活性化させること、
それらが三大課題だと個人的に思う。


今年は大東亜戦争の敗戦から70年目の節目にあたり、
中国、韓国・北朝鮮の隣国三国が行っている反日政策に変化が出てくる可能性があり、
日本側が妥協しない関係改善が行われることを期待したい。


今年2015年は、
2+0+1+5=八。

末広がりの年になることを期待したい。

STAP騒動で見たメディアの異常性~2014年最大の日本の悲劇

STAP騒動は悲惨な結末で終わった。
高く持ち上げて奈落に落とした感じだ。

STAP細胞の存在を過信した間違った論文、STAP細胞の再現実験の失敗は、
有象無象のアイディア、仮説の中で発展してきたこれまでの科学の歴史の一コマでしかない。

たしかに、
ハーバード大学のバカンティ氏(当時・教授)の強力な後ろ楯で意を強くしたこともあって、
小保方研究員の論文は自分のアイディアにおぼれたお粗末なものだった。

ねつ造まがいのお粗末な論文であったことは事実だが、
研究者の若気の至りで済ませることができるレベルだったのではないか、
と擁護したくなる気持ちがある。

ところが、
そうした寛容な精神はまったく払拭され、
騒動は大きくなり続け、
ついに、
小保方論文を査読する立場にあった、
ノーベル賞級の研究者だった小保方研究員の上司、
笹井芳樹氏の自殺という断じてあってはならないことが起きた。

笹井氏の自殺でメディアが煽ったSTAP騒動は沈静化していき、
さながら、
笹井氏の自殺が物語の最後、最終目標だったのではないか、
そう思えるくらい不幸な悲劇的な結末になってしまった。

【参考】笹井氏の死による損失
NHK等のテレビと週刊誌等が、小保方研究員と笹井氏の色恋沙汰の妄想まで持ち出して誇張されたSTAP騒動を起こしたことは事実だ。STAP騒動が、日本を代表する科学研究のメッカである理研の権威、日本の科学界の権威を傷つけたことも事実だ。
そして、世界的な研究者であった笹井氏の死も事実であり、笹井氏の死で氏の研究グループは瓦解し、笹井氏が進めていた多くの再生細胞関連などのプロジェクトが頓挫したことも事実だ。これらの事実から推計する経済的な損失は莫大なもので、これらの損失を出すことが本当のねらいだったのではないか…と思ってしまう。結果的にメディアがこうした莫大な損失の計上に加担していたことは紛れもない事実だろう。

【参考】ハーバード大学・元教授バカンティ氏の背後
ハーバード大学のバカンティ氏は、なぜ?、自ら説得力のある再現実験もせずにSTAP細胞の存在を自らの職位をかけてまで声高に最後まで肯定したのか(バカンティ氏はSTAP問題で教授職をやめている)、それが今回の騒動の謎を解く最大の鍵かもしれない。バカンティ氏には数人の兄弟がいてほぼ全員が医薬・医療関連の研究者だから、兄弟に正常な人的関係があれば基礎的なアドバイスもあっただろう。その意味でバカンティ一族数人が今回の騒動にからんでいる可能性がある。


STAP騒動は、
日本の国益に大きくかかわる事件であり、
再発防止のためにも国家予算をかけて調査を徹底的にしてほしいものだ(特定秘密になるだろうが…メディアがかかわることなのでメディアはあえて追求しないだろう)。


最初からこの結末を予期していた人もいただろうが、
ある時期から確実に誰かが大きく傷つき、自殺するのではないか、
と予想できた人は多かったのではないだろうか。

予想できたという意味で、
騒動を煽った関係者には殺人の共犯に近い動機、
犯罪性がはらんでいる。

心ある日本人ならば、
この騒動を煽った関係者、
多くのメディア関係者は反省していることだろう(そう思いたいが…)。

どれだけ反省しても死者は蘇らないが…
犠牲者をもうこれ以上出すわけにはゆかない。

イギリス等のようにメディア規制をしない限り、
今後もメディアの姿勢は変わらないだろう。

有名人になったら人権が喪失するかのような風潮にも問題があり、
人権を蹂躙して人の命さえも奪うハイエナのようなメディアから人を守る方策とは?
それを今後は考えてゆかないといけないのだろう。

企業再生の映画「キンキー・ブーツ」〜ゲイもニッチ市場の消費者

映画『キンキー・ブーツ』(Kinky Boots、2005年、イギリス)は、
イギリスの田舎町ノーザンプトンにある中小企業の靴工場が舞台で、
親のあとをついだ息子の若手社長が工場を再生するという、
大胆で、繊細な面もあるイギリスらしいコメディタッチの映画。

この映画に出てくる靴工場は、
創業100年を超える実在の紳士靴メーカー、ブルック(W.J. Brookes Ltd)がモデル。

東欧圏などから安価な靴が市場に入ってきて売上が低迷する伝統的な靴工場を、
ニッチ市場をねらってエロティックなファッション・アクセサリーの工場に変えた、
というのは事実だが、
体重のあるゲイ(ドラッグクイーン)がはく頑丈なハイヒール、ブーツの製作で成功した、
というのは映画だけの話のようだ。

エロティックなファッション・アクセサリーもゲイ向けのブーツも視点は同じで、
偏見を捨てないとニッチ市場に打って出るのは難しいということだろう。

映画では、
同業他社が登山靴などのニッチ市場に進出して生き残っていると、
若手社長が解雇面談時に従業員の女性に言われ、
ドラッグクイーンを巻き込んで新製品開発をしてゆく。

映画のタイトルの”Kinky”は英語で「よじれた、よれた」という意味。
「Kinky Boots」は、
足を入れないと”よじれて倒れてしまうブーツ”を意味し、
このブーツには男性のシンボル、性的なイメージがある。



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映画の冒頭で、
物づくりは「気を配ること(英語原文は”細部に配慮する”こと)」と言い、
また、
映画の終わりで、
「工場は建物ではなく人」
だという日本の工場などの現場でも通じる台詞が妙に耳に残った。

昨年2013年、
この映画はアメリカでミュージカル化され、初演は自動車工場地帯に近いシカゴだったが、
その後、ブロードウエイ(ニューヨーク)で人気を博し、演劇のアカデミー賞と呼ばれているトニー賞のミュージカル部門作品賞(2013年度)を受賞した。

このミュージカルのプロデューサーは劇団四季出身の川名康浩氏で、
日本人がトニー賞の受賞者として名を連ねるのは史上初の快挙。
なお、シンディ・ローパーがこのミュージカルの作曲・作詞を担当している。



映画では、
ドラッグクイーンが力自慢の工場の従業員と腕相撲をするが、
ミュージカルではボクシングになっているようだ。

映画ではクローズアップができるが、
舞台ではでそれがきないのでダイナミックな動きが見せられるボクシングにしたのだろう。

世界的なベストセラー本「21世紀の資本」〜現代の「資本論」?

トマ・ピケティ氏の著書「21世紀の資本」は、
2013年にフランス語で公刊された700ページを超える大著。

2014年4月には英語訳版が発売されるやAmazon.comの売上総合1位になり、
アメリカでは2014年後半だけで50万部を超えるベストセラーになっており、
今、日本でもアマゾンの投資・金融・会社経営部門でランキング1位になっている。


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ピケティ氏は1971年生まれのフランスの若手経済学者で経済格差問題を主に研究している。
氏は1995年から1997年までフランス社会党の経済委員会に参加するなど政治にも関わっており、
2011年におきたアメリカ、ニューヨークでのウォール街占拠運動にも大きな影響を与えたと言われている。

「21世紀の資本」でピケティ氏は、
ここ四半世紀に起きている世界的な貧富の差拡大現象に警鐘を鳴らしている。

本書では豊富な統計資料を基礎にして、
今後21世紀の資本主義が貧富の差をさらに拡大してゆくと論じ、
課税によって富裕者からもっと富を吸い上げて所得の再分配をすることで、
貧富の差を解消することを提案している。

この富裕層への課税の提案自体は平凡なもので、
税率は異なれどすべての国で行われている政策で、
誰もが思いつくことだろう。

ここ四半世紀、国や社会に還元せずに、
脱税・節税のためにタックス・ヘイブンに資産を置く富裕者が急激に増えている。

中国に至っては多くの公務員や富裕者が海外に家族とともに資産を持ち逃げしており、
中国では共産主義の思想教育がほとんど身についていなかったようだ。

家族と共に母国を捨てて、社会から得た利益を根こそぎ持ち逃げすることは、
究極のアニマル・スピリットかもしれないが、
そこにはイノベーションを支える人間的で知的な精神(スピリット)はないようだ。

共産主義の社会では、
労働の対価(アウトプット)だけでなく労働力(インプット)自体も平等に「搾取」し、
個人の自由度を制限した計画経済の中で大きな貧富の差もなく所得再分配も不要だが、
その代わりに技術革新を支える勤労意欲ともいえる貪欲な「アニマル・スピリット」(動物的というよりも人間的な際限なき貪欲な精神?)が失われる危険性がある。

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▲「21世紀の資本」と「アニマルスピリット」は同じ訳者、山形浩生氏。


貧富の差を根絶するという思想は、
共産主義・社会主義を支える大黒柱であることから、
「21世紀の資本」は現代の「資本論」とも呼ばれている。

今、世界でもっとも貧富の差、所得格差がある国は中国とアメリカ。
アメリカよりも中国の所得格差の方が大きいと分析した中国国内の大学の調査が最近出ている。

韓国もジニ係数(所得格差の係数)で見ると暴動が起きてもおかしくないレベルにあり、
日本の所得格差も近年大きくなってきており、低所得者の増加も問題になっている。

アメリカの富裕層の状況(下記)を見ると、
共産主義の全盛時代、1930年代から1980年代までは抑制されていたが、
東西冷戦の終了によってまた拡大してきている。

アメリカでは今、
富裕者の富の独占は世界大恐慌直後の1930年ごろの状況になってきている。



旧ソ連や中国などの共産主義国家の盟主が資本主義に転向する中で、
資本主義陣営に敵はいなくなった。
そして、
資本主義を支える富裕層の欲望に歯止めがなくなってきているようだ。

本書ではこのような思想・風潮、心理的側面ではなく、
あくまで分析的に投資(株・不動産など)による収益率が高くなったこと、
その結果、富裕層をさらに富裕にしていると分析している。

「21世紀の資本」は、
共産主義・社会主義の思想をなぜ人類が産み落としたのか?
その理由を今問い直し、
資本主義に内在する際限のない金銭欲、権力欲に歯止めをかけるには?
人類の抱えるこの経済的問題を多くの人が考えるきっかけになるかもしれない。

富裕層がまったく働かないわけではないだろうが、
西欧や中国などの人生観には働かないことが美徳で、
さらに税金を払う気持ちさえ希薄で、
社会よりも個人を過大に尊重しても恥ずかしくない、
そういう風潮が富裕層の富の蓄積の背景にあるようにも思える。

なお、
アメリカのクリントン政権で財務長官をつとめ、元ハーバード大学学長の経済学者ローレンス・ヘンリー・サマーズ氏は、1982年におけるアメリカの富裕者上位に名を連ねていた400人のうち、30年後の2012年にもその地位を維持していたのはわずか10人に1人だったと指摘している。
また、
富裕者層の財産は増加しているとはいえず、富裕者上位1%の収入は現在大半が給与所得であり、資本から得られる収入ではなく、他の多くの経済評論家は上位1%の収入の増加をグローバリゼーションと技術革新によるものと説明しているとして、ピケティ氏の論調を批判している。

また、
苫米地英人氏は、
著書「『21世紀の資本論』の問題点 」で民主主義の視点で批判を試みているようだ。

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左派系学者のピケティ氏にして、
サマーズ氏は自由主義を尊重する右派系の学者だ。
…苫米地氏の思想的な背景は不明だが…

ピケティ氏もサマーズ氏も現実のデータを尊重する視点は同じだが、
データの取捨選択、分析の段階である種の思想が入り込み、
結果的に論調が偏ってくる場合が往々にしてあるものだ。

世界には経済格差だけでなく、
思想による論調の偏り=格差も存在しており、
左右両者の意見は平等に聞く必要があるだろう。

アメリカ株と日本株の関係〜欧米景気回復後→アベノミクス発動

2007年、アメリカの金融商品サブプライム・ローンの破綻で、
2007年8月末からアメリカ株は下降トレンドに入り、
リーマン・ショックでさらに落ち込んでいった(下記:DOWのチャート)。

この谷底からアメリカが這い上がる課程で、
案の定か、偶然か、
2009~2012年まで日本では無策・無能な民主党が政権を取って、
その結果、日本は世界で唯一、デフレ・円高政策を強いられた。



もし、この時期が自民党政権だったとしても、
アベノミクスのような積極的な政策は欧米から妨害された可能性が高いだろう。

サブプライム&リーマンショックで傷ついたアメリカ等の金融が回復するまで、
日本は積極的な経済政策が取れなかった可能性があるのだ。

この時期に、
元高、ウォン高で輸出による漁夫の利を得たのが中国と韓国であり、
これらの国をバックアップしているのが西欧の金融資本だということもあってか、
日本経済は無策・放任主義の中で自ら沈滞してゆく。

【参考】
2012年まで日本の円よりも韓国のウォンの方が発行量が多かった。当然、対円で異常なウォン安=円高になったことは当然の成り行きだった。円とウォン等で大きな価格差が生まれて韓国等は安く海外に輸出できるようになって日本企業は韓国企業等に当然敗退してゆく。サムソンなどの韓国の大手企業の多くは外国資本の株式保有率が高いため、増益によって外国資本も配当などで大きな利益を得た。


その後、
日本が落ち込む中、
欧米は金融緩和政策などの常套手段によって持ち直してゆく。

そして、
昨年2013年1月、ついに、
サブプライム&リーマンショックの震源地アメリカの株価は、
サブプライム&リーマン・ショック前の高値水準に戻った(上記:DOWのチャート)。

このとき、
すでにイギリスもドイツもサブプライム&リーマン・ショック前の経済状況に戻っていた。

アメリカ株がサブプライム&リーマン・ショック前の高値に戻った時期とほぼ同時期、
2012年12月下旬、ついに日本で安倍政権が誕生し、
デフレ・円高政策の終焉=アベノミクスが発動される。

この流れを見ると、
アベノミクスがアメリカ株の回復、西欧諸国の景気回復を受けて発動されたのではないか、
と考えても不思議ではない因果関係があるようだ。

思うに、
日本は欧米の金融システムが正常になるまで、
日本以外のほぼすべての国が当たり前のように行った経済政策の発動を待ったのだろう。

【参考】サブプライム&リーマン・ショック後の世界の常識的政策
サブプライム&リーマン・ショック後、日本以外のほぼすべての先進諸国が金融緩和政策、財政政策を取って経済の停滞を防いだ。しかし、日本の民主党政権は財政規律を理由に緊縮財政を選択肢、積極的な経済政策を取らなかった。


ならば、それはそれとして、
欧米諸国のために日本は犠牲になったと堂々と言うべきなのだろうが、
そこは恩義背がましいことが嫌いな日本にあっては、
無策・無能の民主党政権の失策のせいにしてしまえば単純だと考えたのかもしれない。
…野田元首相は世界のからくりをわかっていた可能性がある…。

民主主義国家である日本にあっては、
2009年~2012年にかけて実施されたデフレ・円高政策について、
実際にこの政策を現場で主導した日本銀行・財務省等は、
アベノミクスのような政治(民主党政権)による民主的統制がなかったから、
なすがままに緊縮財政を行ったと堂々と言い訳ができる。

この偶然を装ったデフレ・円高政策で多くの日本人は仕方なく甘受したことになっているが、
この政策を実行した財務省等の幹部や族議員らを欧米の特権階層は深く感謝しているだろう。



「成長戦略」+地方再生=地方への生産拠点誘致

中央政府たる安倍政権の2年間、
アベノミクスの第一の矢、金融緩和政策、
第二の矢、財政政策は従来からある経済政策の基本をなぞったものだ。

【参考】アベノミクスは経済政策の基本
金融政策、財政政策は経済成長のために行われる古典的といえる政策で、経済学の教科書にのっているごく常識的な経済政策であり、成功事例の多い政策だ。しかし、第三の矢、成長戦略は未知数の多い、新しい概念だといえるが、企業における「経営戦略」と言えるものだろう。


第二の矢、財政政策は緊縮財政の大きな流れの中で大きな抵抗があることから、
有効な財政出動ができていないようだが、
アベノミクスの第一の矢、金融緩和政策は諸外国の通貨に対抗しうる円を供給したことで、
適正な通貨価値を取り戻した。

第三の矢、成長戦略に対しては有効な手立てがなかなか見つからない状況にあるが、
ここでも金融緩和政策の成果を最大限に活用して相乗効果をねらうことになるのだろう。
すなわち、
適正な為替水準(対ドル95~105円前後)を維持し、
海外に移った生産拠点を国内に取り戻すことだ。

ここ四半世紀、
多くの大企業の生産拠点が国内の諸地域から、
安い労働力と販売市場との近接性を求めて中国等の海外に移った。

これに伴い比較的体力のある中小企業も海外に拠点をつくっていった。

当然、
かつて生産拠点のあった地域の雇用は失われ、地方は活力を失って、
地方経済は縮小していった。

地方経済の落ち込みの大きな原因は、
この生産拠点の喪失にあると思われる。

さて、
成長戦略の「成長」とは具体的にどこの何を成長させてゆくのか?

頭だけ大きくなっても成長とはいわず、
体全体、国全体が公平に均衡をもって成長してゆくことが健全な成長だろう。
今、成長が鈍化しているのは大都市以外の地方であって、
これら地方の成長が成長戦略には不可欠だ。

その意味で、
成長戦略と地方再生を共に実現できる政策は、
生産拠点の国内誘致政策がもっとも手っ取り早いだろう。

ただ国内移転で雇用が生まれて内需が促進されても、
労働コストなどが上昇すれば企業が生み出す付加価値はそれだけ減少するので、
生産性を上げる取り組みを日常的に行う必要が出てくるだろう。
生産性の低さは日本の課題のなので改善する良い機会になる。

さて、
再度、生産拠点を日本国内に戻すためにはどうしたら良いか?

最大の基盤は円安基調であること。
これはアベノミクス、第一の矢でほぼ実現した。

円安基調に伴って、
すでに多くの大手の輸出型企業が国内移転計画を打ち出しているが、
さらに国内移転を加速してゆく必要がある。

上場企業には約300兆円という史上最大規模の内部留保があり、
銀行からの融資がなくても拠点移転、設備投資がある程度できる体力がある。

しかし、
やっとの思いで海外に工場などを移転した中小企業には戻ってくるための体力が乏しい。
国内移転の裾野を広げるためには、
中小企業の移転コスト等を優遇的な融資で支援する必要があるだろう。

さらに国内移転に拍車をかけるためには、
さまざまな規制緩和と共に、
金融支援、税制優遇など地方自治体と一体となって知恵と共に財政出動し、
あの手、この手の誘致策を打ち出す必要があるだろう。


来年2015年の統一地方選挙までに、
国内に多くの生産拠点の誘致計画を策定できれば、
地方再生の道のりが具体的に見えてくるので与党・自民党は大勝できるかもしれない。

戦後の平和憲法は、
中央政府と独立した地方自治体の主体性・自治の精神をさまざなな制度内に強く埋め込んでいる。
このことで、
地方自治体が林立して日本を沈没させるムダな重複業務、莫大な行政コストを生んでいる。

国会議員・国家公務員よりも、
地方議員・地方公務員の合理化・削減の方が数十倍の行政コスト削減になる。

生産拠点等の重要産業の誘致や産業育成にあたって、
地方と地方が競争してより良い土壌を地域ごとにつくってゆくことで、
これを好機に地方の行政改革も進めていって欲しいものだ。

地方公務員は改革を拒む日本最大な巨大抵抗勢力なので、
非公務員の人々、地元の一般市民の民意、支援が不可欠だ。


もし、選挙で野党が大勝したら…株暴落・円高回帰・増税実施?

ありえそうもないが、
もし、選挙で自民党が大敗しアベノミクスを否定する野党が大勝したら、
株価は暴落し、円高になることは間違いないだろう。
また、
中国や韓国の反日政策に拍車がかかってゆくだろう。

野党政権が増税を来年4月に予定通り実施するかは不明だが、
増税法案を通したときの与党が野党・民主党で増税延期さえ主張しなかったのだから、
民主党が与党になれば安倍政権よりは増税実施の可能性が高まるだろう。

株価がどのくらい下落するか、その合理的な試算は難しいが、
甘利ラインと言われた日経平均13,000円まで下落する可能性がある。

日経平均株価にも市場の平均PERのような指標があり、
日経平均採用銘柄の平均PERは歴史的に15倍前後くらいが平均値。

【参考】適正な株価・為替水準とは?
PER=株価÷1株当たりの企業利益。1990年前後のバブル時代は平均PERが50倍くらいあった。12月12日時点で東証1部の平均PERは約17倍だから今の株価がバブルだとは到底言えないだろう。安倍政権になって株高を過大評価しているが、実際、適正な株価に戻ったという評価の方がより正確だろう。為替についても同様で、対ドル円で80円は間違いなく円高であり、経済学者等の算定による適正な水準は対ドル100~105円だと言われていることから、この前後で円安・円高を判断するのが良いのだろう。


企業収益が改善されれば株価も底上げ要因になるが、
企業収益に影響される株価決定に比べて為替価値決定の仕組みは恣意的で比較的わかりやすい。

金融政策で為替や金利は人為的にある程度操作できるのだ。

野党政権は、
金融緩和派の日本銀行・総裁らを更迭して金融引き締め派(ほぼ増税推進派)に力を与え、
金融引き締め政策を取るだろう。
これにより為替水準を決定する日本のマネタリーベース(円の発行量)は、
民主党政権時代と同じレベルに低位かすることになるだろう。

【参考】適正なマネタリーベースとは?
民主党政権時代、2012年まで韓国のウォンの方が円よりも発行量が多かった。当然、ウォン安・円高になり、また、中国の元は日本の4倍近く発行されていたため、元安・円高になった。そして、日本の輸出企業の競争力は急激に失われ、こぞって輸出型企業は生産拠点を海外に移転し、生産拠点を奪われた日本の諸地域の景気は悪化した。今、日本円の発行量は、韓国のウォンの2倍弱、中国の元やアメリカのドルの半分くらいになっており、GDP等による国力から見れば適正水準になっている。ただ韓国が異次元的金融緩和をしているため、まだウォン安の状況だろう。また、日本の財務省は行政指導で銀行に自由な投資を認めず、銀行も肝っ玉のある経営者がいなくなり財務省の言なりだから、せっかく日本銀行がマネタリーベースを増やしてもそのまま円滑に市場に円が出て行かないのも問題だ。


民主党政権時代のように円の発行量は韓国のウォンと同じレベルに低下し、
その結果、当然、ウォン等の外国通貨が安くなり円高になってゆく。

この外国通貨安・自国通貨高政策は自国貧窮化=隣国富裕化政策であり、
偽善的・自虐的な思想を好む野党にはお似合いの政策だといえる。

金融引き締めで円の供給量が相対的に低下して円高になり、
財政支出等の引き締めと増税が共に推進され、
通貨安で輸出を推進したい外国勢力とも利害関係が一致するので、
円高・デフレ政策が必然的に取られてゆく。

円安基調に伴って国内に生産拠点を移す計画を進めていた、
キャノン、パナソニック、東芝などの輸出型企業は再度計画の移転見直しを迫られる。

【参考】生産拠点の移転等の国内投資計画
パナソニックは日本向けの白物家電の生産拠点を海外から移転、キャノンは日本国内での生産比率を4割→5割に増強、東芝は国内半導体工場に7,000億円投資など国内投資の計画は多い。


日本企業の生産拠点を温存できる外国諸国にはありがたい話だが、
生産拠点の移転先だった日本の諸地域にもたらされるはずの恩恵は失われる。

【参考】円高・円安の経済効果
円高政策で生産拠点が海外に移ったことによって日本の諸地域の活力がどのくらい喪失したのか?円高に伴って非正規雇用がどのくらい増えたのか?円高による輸入材利用促進で、国産材よりも輸入材を選ぶことによる国内生産のダメージの大きさは?円高・円安にはさまざまなトレード・オフ関係(あちらを立てればこちらが立たずの関係)があるが、適度な円安がもたらす恩恵の方が大きい可能性が高い。
日本のGDPの成長率にもっとも貢献している要素は「輸出」であり、過度な円高は輸出を阻害し、経済成長率の減少をもたらす。2009~2012年の民主党政権下で行われたデフレ・円高政策でどれだけ日本が損失を被ったか、トレード・オフ関係を数字で明確に試算する必要があるだろう。バイオテクノロジー等の自然科学的な研究だけでなく、円高・円安のもたらす恩恵等、経済政策についても社会科学的に精緻に研究してゆく必要があるだろう。


また、
自民党の大敗=野党の大勝は、
外交上、弱腰外交になりかねず、
中国や韓国で来年2015年に行われる終戦70周年の記念事業が、
いっそう反日的な勢いを増したイベントになってゆく可能性がある。


これらの悪夢のような事態は想定内のことだが、
安定的な長期政権をつくれないことで日本の国際的地位は低下し、
さまざなま弊害が出てくるだろう。

そう考えれば、
確かに与党・自民党の圧勝は想定内のことなのだろう。

争点がないとか、
大義なき解散とか、
投票率が低くなるという予想から見れば、
「現状の政策のままでOk」だと言っているのに等しいだろう。
選挙前の段階ですでに安倍政権は信認を得ている状況だといえるだろう。

「選挙」の意義〜毎年選挙でもぜんぜんOKでしょ

日本が民主主義であるためには、
議会に送る代表者を選ぶ「選挙」をする必要がある。

3つの国家権力のうち、
行政権をになう官僚、
司法権をになう裁判官は試験で選ばれる。

行政権、司法権は、
いわばエリート=選ばれた人々によって主に国民に対して権力が行使される。

しかし、
立法権=法律をつくる議会をになう代表者は選挙で選ばれる。

その意味で、
争点があろうか、なかろうが、
1年に1回、半年に1回選挙が行われてまったくおかしくなく、
ネット投票が実現できれば法律ごとに国民に可否を求める時代がくるかもしれない。

実際、
「争点がない」なんてことはありえないが…。

世論で争点が明確でなくても、必ず争点はある。

争点は選挙に参加する選挙民が個々見つけるもので、
見つけられない人は「争点を誰も教えてくれない」と世論や政治家のせいにしないで、
自分で見つける努力をすべきだろう。

安倍政権の2年間ほど大きな争点が生まれた時代は、
戦後日本の政治史の中でも希有だと思うのだが…

この2年をどう評価するのかが今回の選挙の最大の争点であることは間違いなく、
「争点がない」というのはまったく根拠のない、欺瞞、ねつ造的な意見だろう。

安倍政権は誕生して2年、
歴代政権の平均値よりも多くの重要な政策を実行してきた。

アベノミクスと呼ばれる経済政策だけでなく、
外交問題、集団的自衛権の限定容認、道徳・歴史教科書等の教育問題など、
戦後日本の転換点になりうる政策も多い。

さらに、
安倍政権は憲法改正も視野に入れている。

その意味で、
政治家とメディア等は、
「争点がない」と勝手な理屈をつくって世論を誘導して、
重大な争点について国民的な議論を回避しようとしているようだ。


真珠湾攻撃の真相も海底?〜1941年12月7日(日)

73年前の今日12月7日(日)、奇しくも今日も日曜日、
日本はハワイの真珠湾周辺のアメリカ軍基地を攻撃した。

この攻撃の前後の歴史を簡単に振り返って見ると…

1940年、日本、ドイツ、イタリアの三国同盟が成立し、
1941年、ドイツはソ連(現・ロシア)に侵攻する。

ドイツからの対ソ戦をしてほしいとの要望が日本にあったが、
独ソ戦開始前の1941年4月に日ソ中立条約を締結し、
対ソ戦を回避した。

アメリカ、イギリス、オランダ等が日本向けの「石油」を全面禁輸(ABCD包囲網)し、
日本は石油等の資源を求めてインドシナ(現ベトナム)、インドネシア等に南方戦線を拡大してゆく。

【参考】
ABCD包囲網(ABCD encirclement)は、1941(昭和16)年に東アジアに権益を持つ国々が日本に対して行った石油等の貿易の制限について日本側が付けた名称。「ABCD」とはアメリカ(America)、イギリス(Britain)、オランダ(Dutch)と、対戦国であった中華民国(China)の頭文字(ここでの「中国」は、国民党の中華民国(現・台湾)であって、共産党の現・中国ではない)。なお、当時、日本は石油の8割をアメリカから輸入していた。


1941年3月、アメリカは大統領秘密命令で非公式に第二次大戦に参戦する。
アメリカは中国側に義勇軍という名目で多くの軍人と大量の飛行機(輸送機・攻撃機等)を投入し、中国で実質的にアメリカは日本と戦いを始めていた。
また、アメリカはイギリス本土にも義勇軍を送り、爆撃機などの航空戦力を提供して、物資の輸送等にも協力し、ドイツとの戦いも始めていた。

アメリカの空軍戦力は非公式に実質的に日本とドイツと戦い始めていたが、陸軍・海軍はまだ大きな動きを取っていなかった。陸軍・海軍を動かすには正式な参戦、宣戦布告が必要なのだ。

当時、アメリカのルーズベルト大統領は、
アメリカが戦争をしないことを公約にしていた。

それまでルーズベルトは不戦の公約で大統領選で3選を果たしていたこともあって、
政界も世論も国民もアメリカは厭戦、反戦ムード一色だった。

日本とアメリカとの外交交渉は難航(日米共に決裂覚悟だった?)し、
ついに1941年12月7日(日)、
山本五十六連合艦隊司令長官の率いる空母を発進した戦闘機がハワイを攻撃した。

アメリカへの日本の宣戦布告よりも真珠湾攻撃が早く行われたことをもって、
アメリカは卑劣、卑怯な「奇襲攻撃」だと日本を非難した。

この「奇襲攻撃」によって国内の反戦・厭戦ムードは一気に転換し、
アメリカは正式に参戦モードに入って第二次世界大戦に本格的に参戦してゆく。

当時、日本海軍以外の日本の暗号電報(日本政府・日本陸軍等)は、相当なレベルで暗号解読されていたと言われており、日本と駐米日本大使館でやり取りされていた電報文書(和平工作や宣戦布告の条件等)の一言一句をアメリカの上層部は知っていた可能性がある。

「はめられた」という疑惑がある限り、
個人的には、
「真珠湾奇襲攻撃」とは言わずに、
単に「真珠湾攻撃」と言うことにしている。

【参考】
アメリカ等の連合軍と日本との戦争について、マッカーサー元帥(元・GHQ司令官)はアメリカの議会で「日本は自衛のために戦争を行った」と述べている。自衛のための戦争とは、売られたけんかを買わざるをえなかったという意味だ。また、ハーバート・クラーク・フーヴァー元大統領(第31代アメリカ大統領)は、ルーズベルト大統領が真珠湾攻撃を「奇襲」に見せるために意図的に工作したというメモを残しており、このメモはアメリカの歴史家によって公表されている。


英・米等の特権階層に日本とアメリカの国民が「はめられた」かどうかは、
もし、それが事実だとしても、
それは「超」特定秘密なので歴史の表舞台に出ることはないだろう。

反論を許さない宗教的な信条でない限り、
あらゆる言説、科学的な概念は常に反証可能性があるわけで、
この「はめられた」という可能性も否定できない。

もし、「はめられた」ことが立証されたとしても、
アメリカの参戦によって連合軍が勝利し、
そのために失われた日米の多く若者の命は決して無駄死にではなかった、
と歴史は記述するだろう。

歴史は勝者側に都合の良い歴史に修正されやすい。

温故知新。

歴史的解釈をいくら出しても過去は取り返しがつかないが、
未来には選択肢がある。

歴史の裏側にあるさまざまな可能性を想像することが、
将来の戦争回避のための重要な教訓になることは言うまでもないだろう。

こうした歴史の裏側を想像することは、
対立を煽る南京大虐殺や従軍慰安婦のねつ造・歪曲ではなく、
戦争回避のための選択肢の模索、平和維持のための知恵のひとつとして考えれば、
歴史の「もし=If」は許されると思う。


【蛇足】
真珠湾攻撃で沈んだ戦艦アリゾナの艦体からはいまだに燃料タンクから石油が漏れて真珠湾の海面に流れ出ているという。
アリゾナが沈没した場所に建設された記念館の展示コンセプトは客観的な戦力分析、被害分析等に終始し、空母・赤城を正確に再現した巨大なミニチュア模型も展示されている。この記念館は、後世の人々が、真珠湾攻撃から始まった太平洋での死闘に対して感情的・扇動的な気持ちを起こさせないように、日本への憎悪の念を抱かせないように配慮されている。
この客観的な史実に徹するコンセプトは、中国や韓国の戦争記念館で見られる感情的・扇情的・ねつ造的なコンセプトとは大きく異なる。