地球温暖化推進委員会 -12ページ目

地球温暖化推進委員会

全てのエコNPO・NGO団体に神の裁きを!

イメージ 1

イメージ 2

 1月の記録的な降雪の後、やっと雪がなくなり凍結防止剤が国道の路面から消えてきた頃にEG6が走行中に一瞬エンジンが停止してしまう症状に見舞われた。最初は路面の段差で振動が発生してると思っていたが、R34を買い物の為に流れにのって20kmほど走行した間に数回同じ現象が発生。信号停止時にアイドル状態で一度タコメータの針が0rpmまで一瞬落ちて2000rpmまで吹き上がった。

 まるでB16Aエンジンがしゃっくりを起こしているような風情だった。しゃっくりの度に運転席の右ひざのあたりからカチッと言う金属音が聞こえた。このあたりにはガソリンタンクに内臓されている燃料ポンプを駆動する電磁リレーユニットがある。EG6購入後数年で一度このリレーの故障でエンジンが起動出来なくなった事があった。

 ネット検索すると15万キロを越したEG6の燃料ポンプの故障は珍しい事ではないらしい。我がEG6は既に17万キロ手前まで走行距離が延びている。とりあえずプラグを確認して失火していない事は確認できたのでシリンダーにガソリンが来ていないと判断した。ここから先は自分の手には負えないので”信頼できる同志のかーべーたん”に連絡を取る。状況を説明し代車を出してもらえる事になったので年始早々我が家のおじいちゃんは入院する事になった。

 工場までの移動中と工場内の試験動作では現象が再発しなかったので見込み修理をせざるを得ない。燃料ポンプ本体と電磁リレーとボンネット内の燃料フィルターを交換する事にしたが、実はEG6の燃料ポンプはメーカーが製造終了であった。ついに来るべきものが来たかと覚悟したが、同志かーべーたんの調査でEG6の後継のEK9(シビックタイプR)のポンプが流用可能と判明。ポンプ本体のみEK9の物を組み込んだ。ただしEK9のポンプもメーカー在庫数残り15個だったそうだ。メーカーの部品在庫もだんだん怪しい状況になってきているのでこの際交換できる点火系の電装部品を交換する事にした。デスビ1式とイグナイターも交換。既にECUは生産終了が判明なるもレース用ECUはまだ入手可能なのでこいつは後回しにする。1週間強の入院でEG6は退院してきた。

 今回も”信頼できる同志のかーべーたん”のお陰でEG6は延命できた。まだまだ前世紀の遺物はしぶとく走り続けるのである。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

 新年早々の1月の下旬に長崎は記録的な雪に見舞われた。丘の上の団地に住む私は陸の孤島と化した自宅に丸々二日間閉じ込められる事になった。公共機関は完全停止で道路は凍結。移動は徒歩のみ可能であったが普段雪が降らない地方では雪中行軍可能な装備を持たぬのが普通である。

 仕方ないので秋葉原の老舗の模型屋で確保した1980年頃に生産されたと思われるプラモデルの製作を進める事となった。経年劣化か金型の不良なのか部品の合いが悪く、ずれるし隙間だらけなので何ヶ月も放置されていた。流石にこのタイミングを逃すと箪笥の肥やしに成り果てるのが明白だったので手をつけたと言うわけだ。部品のモールドも崩れているし、筋彫りもゼロからのスタートである。世界のタミヤ製品なので安心していたのが裏目に出た。前世紀の80年代の製品のクオリティはまた別の世界の話だった。

 こつこつと・・・ひたすら罫書き針とパテと紙ヤスリでなんとか仮組み出来そうなところまできた。まだ気温が低いのでサフのスプレーの温度的な問題で春までに何とか形に出来ればと思う。模型は先の見えない修行の世界だな。

 ガンプラとは違うのだよ!ガンプラとは!

イメージ 1

 やっと寒さが本格的になったと思いきや、既に年末である。気候の変化が異常な昨今では気温で季節が解らなくなった。今年は終盤になってZZR400N4の部品交換が立て続けに発生したが未だ老いて盛んなN4翁である。霜が降りる朝でも機嫌よく目覚める様には老馬ながら感動を禁じえない。さて来年はどんな歳になるのやら。出たとこ勝負の我々に明日は見えないが明日は来る。どちら様も良いお年をお迎え下さい。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

イメージ 13

 今年はなかなか本州への長距離ツーリングが実施できなかった。駄菓子菓子!神様は私を見捨ててはいなかった。4連休とお天気に恵まれたので再び琵琶湖湖畔を目指してFZ1GTで往復1500kmの旅にでた。一年ぶりに訪れた琵琶湖は正に秋晴れで水鳥の群れが翼を湖面で休めている。叡山の山並みも綺麗に見えて初老のヲジ様の心を癒してくれる。湖畔の漣街道は少し冷えるが市街地の国道1号まで戻ると汗ばむ程の陽気だった。日本一の広さを誇る琵琶湖はいつもゆったりとしていて見ていると時間が止まった様に感じる。居心地のよい琵琶湖の湖畔をうろつき、昼食を取ろうと”生ける廃墟”として名をはせたピレリ守山の再生復活をこの目で確認する為に訪れた。

 兎に角駐車場が広い。2Fのフードコートにてスガキヤの台湾風まぜそばを食べた。滋賀で名古屋飯もいかがなものかと思ったが、試してみた。430円にしてはよく出来ている。昼食後にフードコートのベランダで琵琶湖を眺める。良い眺望で琵琶湖大橋が見える。平日なので客もまばらでまったりできた。

 夕食は身内のところに強引に泊まっている事もあって以前から気になっていた近江牛のすき焼きを食べる事にした。あちこちに近江牛コロッケとか近江牛を使ったメニューを目にするが肉その物の風味が良くわからない。目をつけていた近江牛専門店でしゃぶしゃぶすき焼き用の肉を調達。調理法は濃い口醤油、酒、砂糖を使う関西風。柔らかく上品な風味で美味しい。和牛はすき焼きが一番だね。

 翌日は身内と近所をうろうろしていた。旅行案内の雑誌に出ていたバリバリジョニーでランチ。地元ではいくつも支店を出している有名な店らしい。大盛りはないが九州ラーメンのような替え玉制で無料である。ドカ盛り系の店のようだった。選んだメニューはバリジローでトッピング追加は無し。

 出てきた料理を見て驚いたのがメニュー写真にはない黒い焦がし油でもやしの山が真っ黒になっていた事だ。最初黒胡椒かとも思ったが違った。全く辛くはない。メニューに”ブラック~”を謳うものがあるのでスパイス関連ではないようだ。そう言えば高速道路のSAでもスープが黒いラーメンが名物として売られていたから、何かしら黒い名物があるのかもしれない。またの楽しみに取って置こうかな。

 今年の長距離ツーリングは何とか確保出来たが時期が外れかけているのかツーリングライダーの姿が少なかったな。今度はバイクで比叡山に登ってみたいと思う今日この頃。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

 ZZRのオーナーズ倶楽部に参加して3回目の全体ミーティングとなった。会場は宮崎県宮崎市の一ツ葉有料道路の下り側PAの駐車場である。職場の上司に公休の申請をするも前日までしっかり仕事を入れられてしまい、泣く子も黙る長崎~宮崎日帰り弾丸ツーリングとなってしまった。

 ミーティング当日5:30amに出発天候は曇り。高速道路を金立SAまでは快走するも放射冷却による冷えが蓄積し、熊本県の平野部に入る頃には首筋と肩が凍えて強張って痛くで堪らなくなってきた。宮原SAにてZZR400Nに給油ついでに少し長めの休憩を取る。空模様が怪しい。鉛色の空で雷の音まで聞こえる。熱いココアを飲みながら体温が正常に戻るまで待った。この時点で集合時間である10:00amには会場に着けない事が明白なので延着の連絡をメンバーさん達に入れた。

 給油して人吉の山中に入っていくと気温が落ち、小雨まで降ってきた。早朝とは言え、交通量も三連休と言う事でそれなりにあるので巡航速度は上がらない。鉛色の空と濡れた路面に神経を使いつつえびのJCTを通過して宮崎方向に向かうと有り難い事に空が明るくなってきた。霧島SAで最後のトイレ休憩を取るが既に集合時間の10:00amである。隣にフルカウル仕様でパニアケースを付けたFZ1フェザーが止まり、オーナーが話しかけてくれたが、時間が無かったので早々に出発しなければならなかった。初めてフルカウル仕様のフェザーを見た。自分だけかと思っていたがいる所にはいるのだな。

 宮崎ICが近づき標高が下がると暑くなってきた。高速道路のICに接続されている有料道路の料金所で目的地への行き方を確認して市街地に下りた。目的の日向灘沿いの有料道路はフェニックスの並木道でシーガイヤの横を通っている。倶楽部メンバーを既に1時間以上待たせているので時間短縮の為に下道を走らずに対向車線側から有料道路を走って1区間先でICから入り直して現場PAに到着した。一度対向車線側からPAを通過するのでZZRのステップに立ち上がって集合地点を確認すると3台の青いZZRが並んでいるのが見えたので確信をもってPAに走りこんだ。

 実はメンバーさん達は私が間違えて反対側のPAに入る事を予測して見張っていたらしい。立ち乗りする私の姿をしっかりと見られていた。現場到着は11:05am。1時間以上の延着であった。

 到着後直ぐにZZRの整列写真を撮影する。私の遅刻のせいで全員の予定が遅れてしまった。申し訳ない気持ちであります。即、ランチに関する会議が行われ、宮崎名物のチキン南蛮に決定された。

 連休中は宮崎市内でのチキン南蛮の有名店では行列は必至と言う事と関西からフェリーで来ているメンバーさん達の復路の都合で市街地から離れた元祖チキン南蛮の系列店に向かう事になった。

 久々のオーナーズ倶楽部でのパレードは楽しい。天気も良くなり東九州道を走ると日向灘が右手に見える。美しく、壮大な海原に感動した。感動の後に都濃(つの)ICからR10に降りて目的地の店舗に入る。丁度昼過ぎとなって待ち時間無しで着席できた。初めての元祖チキン南蛮はタルタルソースが少し赤みを帯びていて某大手のホカ弁のチキン南蛮を較べると甘酢の風味が弱い。衣も少し質感が違う冷凍食材しか知らないので評価は難しいが美味しい事には間違いない。朝からポークミートランチョンのオープンサンドを食べてから固形物は口にしていないので一気に食べてしまった。

 食後もお喋りでまったりしたいところであったが非情に復路のフェリーの時間が迫っているので退店後は北上組と南下組に分かれて再スタートした。私は北上組と同行した。延岡市まで高速で行き、フェリー組は更に北上、私と支部長と熊本のメンバーさんの3名はここからR218で高千穂越えをした。初めての高千穂は高原特有の絶景だったが日が暮れてくると急激に気温が落ちた。朝の状態とほぼ同じでジャケットの上から合羽を着て走った。熊本県に入り、通潤橋の道の駅で休憩を取る。初めて来たのでこれも良かった。橋の上に人がいるが、手すりもガードないのがスリリングである。時間が無いので橋に登らなかったが次は登ってみよう。

 完全に日が暮れてから熊本の平野部に降りた。高速ICの手前で熊本のメンバーさんとお別れして支部長と2台で高速を北上する。支部長のZZRはガス欠寸前で北熊本のSAで給油した。去年の全体ミーティングも同じ事があったような・・・。(笑)

 鳥栖JCTまで2台で走り、別れた後に金立SAで再び熱いココア休憩を取って22:05に帰宅した。今日一日の走行距離847km。冷えたせいか首筋に鈍痛が残る。長い一日だったけど良い一日でもあった。久しぶりによく走ったものだ。人馬とも御老体に鞭打ってるよなあ・・。