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一年落着

今年は「落ち着き」・「余裕」を得た年だった。

客観的にみてもそうだ。特に、10~12月でいろんな人に言われるようになった。

ただ、それは年の割には…ということであるので、まだこれからも伸ばさねば。


今年成長できた要因は、

①ある知人と会話。その人から教わった、

②高めのレストラン、

③高級車を運転して雰囲気が出たこと。


また、

④環境の変化が大きかったこと。(それによっていろんな人と出会った。いろんな経験をした。)

⑤本を読んでること。





修理費

知り合いがプリンターを直しにそのプリンター修理専門の会社に行った。

そうしたら、修理に七千円かかると言われたという。

そして、その七千円は一番安い修理段階で、その上は1万円、さらにその上は…と続くという。

一番安いっていうので、すぐに修理してもらうことに決めたらしい。


俺だったら、新しいものを買ってしまう気がする。


保険会社とかでもそうだと思うが、あえて料金の高いプランを設定して(このプランに入ってもらうことは考えていない)、低いプラン(このプランに入れることが目的)に入りやすそうにさせる。という戦略があるのだろう。


だからといって、こちらがこれといった対策は持ち合わせてないが。

友人の刺激

スポーツ選手とかよりも友人から勇気をもらう。


スポーツ選手はそのスポーツだけをやってる人とみてしまい、

別世界の人という感じで自分と照らし合わすことは少ない。


友人が何か成し遂げたとき、刺激をもらう。

よく話していた友人は自分とある程度同じ環境である、

自分も同じくらいのことができると思わせてくれる。

できなきゃいけないと思わせてくれる。

あるCM

ついこないだ、上戸彩のドラマが終わった。

その途中に流れるCMでも上戸彩は毎回、アルバイト紹介のCMに出てきた。


上戸彩は芸能人で超人気者。アルバイトすることはないだろう。

そんな、まったくかけ離れた人がこういったCMしていることに違和感があった。


決して、決して、上戸彩が嫌いな訳ではない。むしろ好きである。

だから毎回CMも見るのであった。笑

全体をみる

全体を見る。


自分にとってAをとったほうがよくても、周りとの兼ね合いでBをとった方が良いならBをとる。

Aをとれば自分にすごい人気がでることがわかっていても、全体としては穴が空く。

これから上に立つには全体を見ることが必要だし、集団の中にいる一員としての役割だと思う。


目先のものを追いかけずに全体を見るのは、余裕や強さ、自信がないとダメだし、集中力もないとダメだ。

一点だけを見るのが集中ではない。全体を見ながらその一部を的確に扱うことが集中だ。

見せパンと迷惑

電車で乗り継ぐために階段を上がり下がりしている雑踏の中、前を歩いているギャルが急に立ち止まった。

携帯を見るためらしい。

それをみた彼氏が、「そんな所で止まったら迷惑だろ」と言った。

その彼氏は、だぼだぼパンツに帽子をかぶっていかにもラップが好きそうな男であった。


そんな彼を俺は面白いと思った。そのギャップが。



と思ってまた階段を上りはじめ、ふと彼の方を見ると、なんと彼のパンツが半分近く見えた。

見せパンをしていたのだ。

しかも、ミッキーの柄物。


おぉ。


ソイジョイ

一緒に飲んでた友達がいきなり、結婚することになった、と言った。

3,4ヵ月前は結婚はまだできないなっていってたのに、押しに押されて決心したらしい。

そこまでわたしを好きって言ってくれるならと。


もう、一緒に飲むことはないかと思うと切ないな。

帰りの電車、目の前に貼られている「SOY JOY」の広告が、やけに目に焼き付いている。

溝の意識

簡単なものから片付けて、リズムを作る。


これは最近仕事する上で実感していることだ。





大学時代、やっててよかったこと。

それは、テニス雑誌を読んでそのポイントをメモ紙に書いて、その日の夜に試していたこと。

これは非常によかった。だから上達できた。


「わかった」と「できた」の間の溝は深い。知識と実践の違いとでもいうか。

そこを意識していかないといけない。

頭で理解したらすぐ試してみる。

これは何にでも使える。

プレゼンとか商談とかはまさにそうだ。


久々に本を読んだ。


本を読む時間がないのでなく、本を読まないから時間がなくなるのだ。

(本を読めば効率よく、早く仕事が終わるから)


そんなことが書いてあった。そうだなぁ。




また、久々に読んで本を読むことは自分を考えることであると思った。


普段何気なく起こっていることが、もう少し深く見えるようになる。

本を読まなかったらただ見過ごしてしまうようなことも

本を読んでいると「あ、そういうことだったのか」ということがある。


結果よりも過程

去年の考え

自分が満足いくことができたなら結果はもし悪くてもよい。


今年の考え

自分の満足がいってなくても結果が良ければいい。



そのくらい結果が欲しい。


自分の満足とはただの自己満、過信と呼ばれるただそれだけのものかもしれない。

結果が悪ければもちろん自分のやり方を見直さなければいけない。

結果が良くても、自分のやり方が正しかったと思うだけでなく、自分のやり方を見直しさらなるものを求めていく。

これが結果よりも過程が大事だということばの大切なとこだと思う。