青竹色 -6ページ目

一般論

自分に何か不都合な一般論を言われたとき、

それはあくまでも一般論、一人ひとりは違うよね

と納得してしまうのは若い。

一般論になるにはそれだけの重さがあることを知って自分も例外では全くない

と受け止めて対処していくのが大人。


そんなことを友達と話していて思った。

いつでもおまえにあげる

桃子よ   八木 重吉



もも子よ
おまえがぐずってしかたないとき
わたしはおまえに げんこつをくれる
だが 桃子
お父さんの命が要るときがあったら
いつでもおまえにあげる




親子愛、特に父親と娘の愛にはめっぽう弱い。

いいですね。



昼寝

毎朝、6時ちょっと前。


窓の外からいつも、前の家の奥さんが家前の掃除をしている。

約10分くらいだろうか。その間に俺は起きる。というか起こされる。


暑くて眠りが浅いせいもあるのだろう。そしてこの時期、見えないプレッシャーもあるのだろう。

俺もカーテンを開けて外を見る。

その家のベランダにはすでに洗濯物も干してある。


こういう奥さんにこそ昼寝が許されるのだと、ぱっと頭に浮かんだ。

なんとなくわかる

「仕事したからって別に充実感のある人生じゃないから」


テレビの特集で宮崎駿がぼそっと言った言葉。


どきっとした。

充実感のある人生のために仕事をするんだって人が多い気がする。


深いから、その意味を完全に理解できていないことがなんとなくわかる。

そのような言葉に合うとうれしい。

住宅地

これからは60代の人が欲しがるものが増える。

マーケットはここを狙っていくという。

旅行会社や趣味教室など。


60代はお金も時間も十分にある。

都心での買い物や飲食も減り、わざわざ都心に出ず、最寄りの駅前で済ませるようになる。

だから、住宅地の今後は有望である。

エスニック

国際化の波はマクドナルドに見て取れる。マクドナルドは世界中どこにでもある。

世界の様々な文化の均質化が進み、固有の文化が見えにくくなっている。


一方、各都市ではエスニック料理が人気である。

文化の均質化が進むほど、人々は個性や独特の文化への哀愁を感じ、

そうした文化を楽しみたい気持ちになる。



そんな内容を前に本で読んだ。

もともと、強いものを食べると腹がすぐおかしくなるのでエスニック料理は食べないが

最近エスニック料理のお店も一時期に比べて減ってきたのではないか。

日本人が国の中のものに目を向け返してきた気がする。

それとも、俺だけだろうか。

言い回し

うまく、かつ、ていねい、かつ、きれいに言葉を使ってみたいものですね。

言葉がきれいになれば、行動や雰囲気にも現れてくると思う。

最近、覚えたいと思った言葉。


すみません→

恐れ入りますが
お手数ですが
あいにくですが


いらっしゃいます→
おります
伺います


もったいないお言葉です


折り入ってお願いしたいことがあるのですが


お手すきの折りにでも


ご依頼の件、承りました


心ばかりのものですが

お父さんとエアガン

小学生の詩(昔読んだ本より)



僕は学校のマラソン大会で17番になった。

去年は24番だった。

去年よりがんばったのでエアガンが欲しいとたのんだ。

お母さんはだめだった。

お父さんは買ってくれた。

お父さんは甘いなと思った。



お父さんは何でも買ってくれるのか。

それとも、男にしかわからないエアガンだったから買ってくれたのか。

自分の小学生時代を思い出した。


小学生低学年のあの筆箱

だだをこねていただろうか。

それとも親を口説くこともなく奥手だった俺は買ってとも言えなかっただろうか。
あまり覚えていない。

ままならぬ期待を持って、文具屋へ。
さすが、時代は変わっていろんな機能が目白押し。

物色する。

少年の心をつかむ、ボタンを押すとシュッと出てくる鉛筆削り。
温度計の板盤があり、ボタン一つで鉛筆が立って取り出しやすくなる。

三拍子そろってる。

すっげぇっとぼやく。

筆箱作った人の思うつぼ。一瞬でそれらの機能に悩殺される。

おめがねにかなった筆箱に首ったけ。
ほくそ笑む。


さて、どう使おう。

電話のタイミングで

今日ジュースを飲んでいるときにふと、2年ほど前のことを思い出した。


一本の電話が繋がる繋がらないで人の人生が変わることがある。


言葉をいう言わないで人生が変わるのはわかるが、

電話が繋がるか繋がらないかはほんとタイミング次第。


あの時もしも電話が繋がっていたらどうなっていたのだろう。


タイミングで変わるなんて、やっぱり人生面白い。

なんて一著前に大人ぶってみました。