【東京弾丸ツアー 後編】
東京の用件も終わり、帰りの飛行機まで時間があったので、ディナーを食べることにしました
ランチは初めて唐揚げを提供した店「三笠会館」で食べたことは前話で書きましたが、
ディナーでは、これまた日本食文化に多大な影響を与えた「煉瓦亭」に向かいました
「煉瓦亭」とは過去記事にも書いたことがありますが、簡単に説明すると~
1895年(明治28年)に創業した洋食屋の走りといえる店で
「ポークカツレツ(豚カツ)」「海老フライ」「カキフライ」「オムライス」等を考案したと言われています。
また、洋食に付きものだったパンではなく、ご飯を食べたいとのお客さんの要望に応え
フォークで食べにくいお茶碗に代えて、お皿にご飯を盛り付けたり、
日露戦争でコックが徴兵され、料理の手間を省くため温野菜の代わりに、
キャベツの千切りを添えることなどを考案したそうです。
こういう風に説明すると、当店が僕らの食文化に多大な影響を与えたことが理解してもらえるよね~
と言うことで、堅い話はそこまでにして、一日の疲れを癒すように~
『かんぱ~い』
『ひや~、うめ~よ~』
ビールは注ぎ方が味を左右すると言われてるけど、
きめ細かい泡、泡とビールのバランスもよく、最高に美味しかったよ~
その後、今回オーダーした発祥の「元祖オムライス」(1,400円)が登場しました
「元祖オムライス」は発祥当時の味をそのまま継承していて~
現在食べるオムライスは、ケチャップライスを玉子で包んだものが普通だけど、
発祥のオムライスは、溶き卵に白飯とみじん切りの具材や調味料を混ぜ込み焼いたもので~
1900年(明治33年)に賄い料理として考案されたものを、お客さんが食べたいとオーダーしたため、
1901年(明治34年)に「ライスオムレツ」との名称でメニューに載せるようになりました。
なるほど、作り方がこれだけ異なるだけあって、見た目も少し違うなと思いつつ~
『メッチャ美味いよ~』
因みに、1900年とは日本が欧米列強諸国に負けじと軍事拡張し、
日清戦争(1894年)、日露戦争(1904年)と次々と戦争をしていた時代で、
料理についても、欧米から入ったものだけじゃなく、日本人好みにアレンジしていたなか、
ハイカラな人たちに愛された「元祖オムライス」を食べることができて嬉しかったよ~
そうそう、断面図はこんな感じ
その後、時間がまだあったので、腹ごなしにテクテク歩き出し~
銀座大通りを南に向かうと~
当店はまだ未掲載だけど、ここも発祥の店だなと思いつつ、新橋方面に歩き続けました
(何の発祥なのかは、いずれのお楽しみと言うことで・・・)
すると、小腹が減ってきて~
って書くと、漫画みたいな展開だけど、本当はお腹いっぱいじゃなかったので、
お店を探して歩いてたのが、真実なのよ~
と言うことで、2軒目に訪れたのは「すし三崎丸」
当店では「おすすめAセット」(880円)をオーダーすると~
中トロ、えんがわ、サーモン、イクラ軍艦巻き、はまち、赤貝、エビ、煮穴子、本玉が
所狭しと並んでいて~
『食べて食べて』
と叫んでました
(もちろん心の中で、じゃないと変なおじさんになっちゃうもんね~)
さすがにオムライス、寿司と続けて食べたので、お腹いっぱいになったよ~
その後、無事に空港に到着し、帰路につきました
念願だった「三笠会館」でインドカレーと唐揚げを食べることができ、
「煉瓦亭」では元祖オムライスを食べることができ、大満足の一日となりました
【「青ブロ」のバックナンバー】
「たいめいけんのタンポポオムライス」(東京都中央区日本橋)
「うに屋のあまごころのとろふわウニオムライス」(東京駅)
「五穀の明太子オムライス」(福岡市中央区)