以前から「鬼門」について考察していて・・

 

 

「鬼門」→「延暦寺」→「日吉大社」→「山王信仰」→「大山咋神(おおやまくいのかみ)」と繋がり、今「秦氏」に行きついています。(^。^)

 

 

「秦氏(はたし)」とは、言わずと知れた、古代日本に渡来し、政治と経済に大きな影響を与えた氏族です。

 

 

 その秦氏に、「秦河勝(はたのかわかつ)」という人物がいます。

 

 

 

聖徳太子の片腕として文武両道の活躍をしたとされる、飛鳥時代の政治家・文化人です。

 

 

           

         秦河勝            聖徳太子

 

 

 

 

そしてこの「秦河勝」には、なんと「秦の始皇帝の生まれ変わり」とされる逸話があったのです・・

 

 

 

          

              始皇帝

 

 

 

時は欽明天皇の時代、大和国の初瀬川が氾濫し、嬰児の入った壺が、大神神社(おおみわじんじゃ) に流れ着いた。

 

 

その子を朝廷へ連れて行くと、天皇は、以前夢に現れた童子が言った言葉を思い出した。

 

 

「吾は秦の始皇帝の生まれ変わりなり、縁有りてこの国に生まれたり」

 

 

・・ この子は「秦の始皇帝の生まれ変わり」・・?

 

 

その子には「秦」の姓が授けられ、川の氾濫に負けなかったことから「河勝」と名づけられた。

 

 

 

 

      

 

 

 

 

 

そして、その「秦河勝」の邸宅跡に建てられたのが、京都御所の

「紫宸殿(ししんでん)」」です。

 

 

 

その敷地に植えていた「橘」をそのまま利用したのが「右近の橘」です。 

 

 

       

                   紫宸殿

 

 

 

 

「左近の桜」と対になるこの配置は、桃の節句の「雛人形」の由来にもなっているため、このことに深い意味がある気がしています。

 

 

 

          

 

 

 

 

また、「橘」のことを指すといわれるのが、神話に登場する

「非時香実(トキジクノカクノコノミ)」です。

 

 

 

常世の国にあるとされる、この「非時香実」は、「不老不死の果実」です。

 

 

           

 

 

 

 

「秦の始皇帝」は、不老不死を強く望みながら、錬丹術として摂った水銀がもとで命を縮めたといわれます。

 

 

 

         

 

 

 

 

その始皇帝の生まれ変わりとされる「秦河勝」の庭に植えられていた、「橘」・・

 

 

 

        

 

 

 

 

 

・・このことは、何を意味しているのでしょうか・・? ( ゚д゚)

 

 

 

「不老不死が叶わなかった始皇帝が、生まれ変わって、日本で不老不死を手に入れていた」

 

 

 

     ・・という暗喩?? (・Д・)??

 

 

 

 

         

 

 

 

 

・・疑問がいっぱいですが・・ ( ´ ▽ ` )

 

 

 

 

 

この「秦河勝」は、謎の神「摩多羅神(またらじん)」と同一視されてもいます。

 

 

 

       

           摩多羅神(またらじん)

 

 

 

 

そんな、興味深すぎる人物、「秦河勝」・・(゚∀゚)

 

 

 

 

この人物を、さらに掘ってみたいと思います・・(^。^)