以前、徳川家康には「雷神」のイメージがある・・
そして、ズバリ雷神である「菅原道真」と、共通点が多いということを書きました。
その「家康」と「道真」について、さらに思ったことを書いてみたいと思います・・(^。^)
以前の記事はこちら
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家康は、「寅の年、寅の日、寅の刻」に生まれました。

その時、薬師如来を護る「十二神将像」のうち、寅の方角を守る
「真達羅大将(しんだらだいしょう)像」別名「寅童子(とらどうじ)」が忽然と姿を消しました。
75年後に家康が亡くなると、その像が元の場所に戻っていました。
・・この事から、家康は真達羅大将(寅童子)の生まれ変わり、といわれています。
家康は、「寅(虎)🐯」と関係が深いのです。
一方の、「菅原道真」
道真は、「丑(うし)の年」に生まれました。
(さらに「丑の日、丑の刻」という伝承も)
亡くなったのも「丑の年、丑の日」といわれます。

モ〜
その他、牛が関係するエピソード・・
左遷され太宰府に向かう際、刺客に襲われていた道真を、飛び出してきた「白牛」が刺客の腹を刺し、助けました。
キノコ狩りの宴に現れた「小牛」が道真に懐き、可愛く思った道真は、その子牛を館に連れて帰りました。
そして「遺骸を牛車に乗せて、牛の赴くところにとどめよ」と残した遺言の通り、道真は「牛」が臥した場所に埋葬されました。
(その場所は、都府楼(太宰府の庁舎)の北東(=丑寅))
・・などなど、道真には牛と関わる伝承が多く残ります。
道真は、「丑(牛)🐮」と関係が深い。
・・もしかして・・( ゚д゚)
「この二人」で、「丑寅(うしとら)」を表している・・!?

「道真・家康」=「丑・寅(うしとら)」=「鬼門」
=「かみなり鬼(雷神)の通る門」?
陰陽道において、北と西は「陰」、東と南は「陽」とされ、
北東は「陰と陽の境」となり、不安定になるといわれます。
そのため北東は不吉な方角=「鬼門」として忌み嫌われますが、実は「神々が通り抜ける方角」「太陽が生まれる方位(生門)」という意味もあるのです。

「神々が通り抜ける方角」→「天神さま(道真)の、通り道」?
「太陽が生まれる生門」→
「東照大権現(家康)の、太陽が生まれる、日光の門」?
雷神は、牛の角に虎のパンツ(=丑寅)
そして「陰と陽の境」とは、気が反転する領域?
そこは、「回転」する領域なのでは・・? ( ゚д゚)
「鬼門」=「天神・大権現の通り抜ける、回転するポータル」?
・・そんなふうに、思うのでした・・(意味不明?( ´ ▽ ` ))
★この件に関しては、さらに続きを書けそうなので、まとまったら、また書いてみたいと思います (゚∀゚)




















