再殺と考察
「なんだかなぁ~」つって阿藤快のモノマネをしながら、
大槻ケンジの『ステーシーズ』を読んだ。
今回はホラー。
で、あらすじはこんな感じ。
世界中で突如、15歳から17歳までの少女が死に、
その後、人肉を求めてさまよう。(まるでゾンビのように)
やがて少女達はステーシーと呼ばれ、
再び殺す為には百六十五以上の肉片にしなければなら事を知る。
そして、再殺部隊が組織されステーシーになった少女達を始末して行き、
時に愛する者を殺めなければならない状況に陥る。
再殺部隊員の心は確実に壊れて行った。
世界中が血にまみれ、
狂気の渦に巻き込まれて行く。
人々とステーシーはいったい何処へ向かうのだろうか・・・
みたいな、血みどろホラー恋愛小説だった。
何だか、人間を百六十五以上のバラバラにしなければならない。
と言った設定が「グロッ!!」とか思いながらも読んだのだが、
もしこの作品の様に、
愛する者をどうしてもそうしなければならない状況があったとしたら、
再殺部隊ではなく、「あなたに殺して欲しい」と再殺を願われたのならば、
自分はどうするだろう?などと考えさせられた。
そして、そな状況下で登場人物達が決断を下すのが、
非常に切なく悲しい気分にさせられた。
これはグロホラーの体を取った、
純愛小説の様に私は思う。
嫌悪を覚えるほどの内容が散りばめながらも、
大槻ケンジの純粋さや優しさが垣間見える小説だった。
そんなこの作品がなかなかどうして私は好きだ。
大槻ケンジにはエッセイではなく、
小説をもっと出してもらいたいと思う。
きっと私は買うだろう・・・
などと、そんな思いを抱えながら、
次に待ち構えている小説を私は手に取った。
果たして次はどんな世界が広がっているのだろうか?
私はワクワクと胸を高鳴らせページをめくった。
そうして、新たなる物語へと私はまた旅立ったのである。
もう夜だ音楽でも語ろう
何だか最近音楽の事書いてないなあ。
とか思ったので、久しぶりに書いてみようかなと思った。
私の今のブームはパフュームなのだが、
小汚い34のおっさんである私が、
パフューム好きです!
脇汗が凄いっす!
それはまるでナイアガラの滝のようですっ!!
などと(細かいプライベート事情まで)大声では言えない。
だから小声で発信したい。
そんなパフュームブームから、
プロデューサーの中田ヤスタカに目が向き、
この人がやっているユニット、カプセルに興味が沸いた。
ので、アルバムなどを色々視聴してみたらば、
初期のアルバムは何とも私の好きな昭和の香り漂う、
レトロポップで素敵なものだった。
また最近のアルバムは、
何だか90年代に聞いた事があるような、
テクノミュージックをどこか漂わせつつ、
更に進化した物だと私は感じた。
これまた好きな雰囲気。
だからして、もうそりゃ買うしかないでしょ!
ポチッ!つってボタン押せば買えるんだからー!!
なんちゅー気持ちになって、アルバム二枚も買っちまった・・・
やはり改めてネットの怖さは、簡単に買えちゃう所だなと思った。
酔っ払ってポチポチっとキー押しちゃえば買えんだから危ない危ない。
けれども今回の酔人の買い物は、納得出切ると思う。
何せ、ここしばらく興味がある、
個人的に目新しいアーティストに出会っていなかったので、
こりゃ楽しみだと酔いが冷めた後も、ワクワク感に包まれたのだ。
届くのが非常に楽しみである。
では取りあえず気に入った二曲をご紹介。
(↓以下、音出るので注意)
(何かこれ聴くとピチカート・ファイブを思い出してしまう。)
うん、非常に良い音楽だ。
今後も彼等の活動に期待したいと思う。
また別に話は変わるが、
私は昔から非常にグレイプバインが好きで、
聞き惚れては、小便を漏らしているのだが、
何と言うか、アルバムが出るたびに、
田中和将の書く詞にシビレちゃうのですよ。
なんなんだろうなあ。
言葉では上手く言い表せないが、
両掌ですくった水が隙間から零れちゃう。
みたいな歌詞感なんだよなあ。
『Wants』や『Good bye my world』や『豚の皿』
なんかの歌詞はシビレちゃいますね。
興味がある方はこちらから 検索してみてちょうだい。
そんで他にもシビレる歌詞は色々あるが、
今日はこの辺にしておこう。
てか、この歌詞達は非常に素晴らしい。
聞く者に訴えかけるものがあると私は思う。
けれども、GREAPEVINEが売れたら売れたで、
それは困る気がする。(商業主義に走ってしまうかもと言う意味で)
程よい感じで、世に出て行けば、
私にとっては最高である。
音楽は素晴らしい。
洋楽も好きだけれど、
やはり邦楽でも楽しみたい。
洋楽に負けない様、
色々な方達にがんばって欲しと、
私は酒を飲みながらささやかに思うのだ。
では、今日も酔っ払って寝るっ!!
おやすむなしぃ~。
縁側と天狗と私
今日も天狗と膝を突き合わせて、
軍人将棋をしていた。
相変わらず天狗の野郎のスパイの位置が読めない。
奴はいつも的確に私の大将に忍び寄っているのだ。
『天狗を舐めたら火傷をするぜっ!!』と言う昔から伝わる言葉は、
間違っていない事がこれで分かる。
そんな軍人将棋夜露死苦(よろしく)な私たちは、
縁側で春を感じ、時に茶をすすり、
相手の手を待つ間は風に流される雲を見上げた。
流される雲はちょっとづつ形を変え、
右から左に流れて行く。
その流れは速い。
私はまた茶をすすった。
そうしている間に天狗の駒は私の陣地へと侵入して来る。
奴の手は何だ?
少佐?中将?はたまたスパイか?
私はしばらくの間逡巡し、自分の駒を動かす。
手に汗握る駆け引き。
そして、審判の判定。
少しの時を置き審判は私の駒を盤上に戻す。
私の勝ちだ。
私はニヤリと口角を上方に歪め不適に笑む。
眉間に皺を寄せ、チラリとこちらを見やる天狗。
恐らく今、脳をフル回転させ、
こちらの勝利した駒が何なのかに考えを巡らせているのだろう。
これが軍人将棋の醍醐味なのだ。
こうして、天狗と私は日曜の朗らかな日を過ごしたりしている。
勝敗はこの時点ではまだ読めない。
対戦は通算して天狗の方が上回っているし、
奴のスパイ使いの上手さに私はいつも翻弄される。
だが今日はどうだろうか?
私は勝ちたい。
そう願って自分の駒を動かした。
天狗よ今日の私の手が読めるか?
そんな事を思いながらまた空を見上げた。
相変わらず速い雲が流れ、
私はそれを眺める。
梅雨。
ジメジメとした時期がやがてやって来る。
気づけば、天狗も空を見上げていた。
奴も同じ事を思っていたのかもしれない。
『縁側と天狗と私』の居る風景。
そんな日曜日が、ここにはあったりする。
それは不思議だな。
などと思って私は、また少しばかり口角を上げて微笑んだ。
後、天狗が買って来た饅頭を頬張り茶をすすった。
天狗が買って来た饅頭を食っているなんて、
そりゃ可笑しいだろ?
なあ?
クスクスクスクスクス。
って。
笑ったんだよ。
さまよい人
何だか突如、体から玉が出て来た。
直径は10cm程で、
カスタードクリームの様な、
美味そうな色だったのだが、
食べ物ではなさそうなので、
食んでみたい衝動を抑えながら、
事の成り行きを見守った。
時にして、二十分くらい過ぎただろうか。
玉は、
「ひい、ふう、みい、よう、いつ、むう、なな・・・」
やがて美味そうな九つの玉が私の前に転がった。
そんな不思議な玉を眺めながら、
いきなり玉を出すとは何事だ!
などと憤りを感じるが、
出て来たものは仕様がない。
神の所業か?
はたまた悪魔の仕業か?
などと考えを巡らせていたのだが、
玉を一つ手に取り上げて見ると、
玉には文字が記されてある事に気づく。
それには、
『者』
と記されたあった。
だから私は次の玉、次の玉と取り上げ見やった。
その玉たちはこうつづく、
『在』『闘』『前』『臨』『皆』『兵』『陣』『列』
私はこの文字に覚えがあった。
並べ替えると恐らくこうであるだろう。
『臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前』
これは災いから逃れる為の呪文である。
と気がつくと同時に、
私の体が透けて宙に吸い込まれて行くのを感じた。
少し離れた所で僧侶らしき者が印を結んでいるのが目に入った。
全てが宙の中へ。
そう私は、ついに成仏したのである。
リビドー発信本
本を読んだんで感想を書こうかな?
なんつった感じで今宵も、
ユラユラな感想文でも書こうと思っている。
今回読んだのは、筒井康隆の短編集『陰悩録リビドー短編集』である。
古本屋をブラブラしていたら、偶然見つけたので買ってみたのだ。
まず惹かれたのは『リビドー』と言う言葉である。
そして、筒井康隆の小説を読んでみたいなあ。
などとちょっと前から思っていたからして、
迷う事無く即買いのソソマスク34歳、
しし座、寅年、乙女チックな男の子(おっさん)なのだった。
そんなリビドー本をペラペラと静かな田舎の夜に読みふけった。
そして、私はケラケラと小声で笑ったのだ。
中でも好きだったのは、
男心を巧みに描いた『欠陥バスの突撃』。
自慰でテレポートしてしまう『郵性省』。
蒸発した夫を探していた妻が辿る道を奇妙に描いた『君発ちて後』。
そして、私が1番好きだった『陰悩録』。
その『陰悩録』について今日は少しだけ書こう。
簡単なあらすじは、
ある男の子が風呂に入っている。
この男の子は風呂の詮を抜いて、
その排水溝に尻の穴を吸わせる事が非常に好きだった。
そんなある日、いつもと同じ様に、
風呂の詮を抜き、尻の穴を排水溝にあてがっていたら、
なんと!金の玉がスルスルと排水溝に吸い込まれて行った。
男の子は焦り、金の玉を引き抜こうとがんばるが、
痛くてどうしようもない。
ママに言おうと思うが、バレたら怒られるだろう。
男の子は試行錯誤するが、
次第に状況は悪くなって行ってしまう・・・
みたいな、金の玉危機を描いた素晴らしい作品だった。
自分は金の玉を排水溝に吸われるなどと言う、
経験は無い訳だが、何かの拍子で有り得る出来事だと思うと、
背筋がゾッとし、金の玉が縮み上がる。
男子にとって金の玉は非常にデリケートゾーンであり、
ささやかな衝撃でも激痛と鈍痛を有する部位なのである。
そして、そんな想像の痛みだけを感ずるのではなく、
縮み上がった金の玉を抱えながらも、
笑いが溢れてくるのだ。
痛みと笑い。
相反するものがこの作品には同時に描かれ、
不思議な感覚に陥る。
そんな筒井康隆と言う著者が、
私はこの一冊で非常に好きになった。
短編の発想がどれも意外で素晴らしく、
自分もこんな発想が出来ればと思った。
これからも色々な筒井作品を読んで行こうと思う。
楽しみがまた一つ増えて私は嬉しい。
と・・・その時、金の玉がゆるんで行くのが私には分かった。
それは自分の玉なのだから当然である。
だらりとした金の玉が窓から射す月明かりに照らされた。
それは以外にも美しかった。
そこには月の光と玉のシワのコントラストがあった。
私の眼下に確かにあったのだ。
玉えモン
ギャ!ギャギャ!
ギャ!
ギャン玉。
ギャン玉ふくろうを持つ男子たちよ。
立ち上がれっ!!
ギャ!ギャギャ!
ギャ!
その肥大したギャン玉は今や地面をこすり付けている。
哀れで愛おしいギャン玉ふくろうを、
しがらき焼きの狸みたいに、
置き物にしておくにはもったいない。
もったいないオバケが出るかも知れん。
なのだから、ギャン玉ふくろうを持つ男子たちよ。
私は諸君に呼びかける。
そんな勇ましき男子たちに呼びかける。
回せと。
頭上でぐるぐると回せと。
パタパタパタパタ~!!
と、ヘリコプターみたいな音を発するまで、
「回しなさいよっ!!」っと、
私は世間に訴えかける。
さすれば、みなは空に飛び立つ事が出来るのだ。
以前、私はタケコプターならぬポココプターを実践し、
夜空へと飛び立った事は、意外と知られていない事実である。
だからして、玉コプターも例外なく飛べるはずなのである。
私は自信を持って今回も実践し、
世間の男子諸君に夢を与えるネコ型ロボットでありたいのだ。
あ、そうそう自己紹介を忘れていた。
私の名は『玉えモン』である。
正式には『ギャン玉デカえモン』であるが、
世間一般の通名は、
『玉えモン』なのである。
そんな私の空への希望をご理解頂ければと思う。
いや、ありふれたこんな講釈はさて置き、
まずは私が空へと旅立とう。
私はブオン!ブオン!と言う大きな音を立て、
ギャン玉を振り回した。
が、やがてその音はブオン!と言う重い音から、
パタパタパタ~!
へと軽快な音へと変化し、
私は少しづつではあるが、
大地を踏みしめていた足が宙へと、
ふわり。
っと浮くのが分かった。
と同時に大空へと駆け上がって行った。
空は水色に包まれ、
所々に真っ白なわた雲がユラユラとしていた。
そんなのんびりとした空に、
必死に玉を回す男が浮かび、
やがて物体から小さな黒い点となり、
水色の中へと消えて行った。
その男は勿論、私であり、
今、大気圏に突入した所だ。
自称わたくし、玉えモンはもう宇宙が目の前なのである。
だから、素晴らしきこの世界へと誘うのだ。
さあ君も飛ぼうか。
パタパタパタパタ。
羽仁男が辿り着いた場所
何だかタイトルに惹かれ、
三島由紀夫の『命売ります』を読んだ。
あらすじはこんな感じ。
睡眠薬で自殺を計った羽仁男は、
やがて目を覚ました。
そこは天国かと思ったのだが、
残念ながら病院だった。
そうして、羽仁男は死ねなかった事に気づく。
この宙に浮いたような自由の命の使い道を、
羽仁男は考え、
三流新聞の求職欄に、
次のような広告を出す。
「命売ります。お好きな目的にお使い下さい。
当方、二十七歳男子。
秘密は一切守り、
決して迷惑はおかけしません」
やがて、羽仁男のアパートに客が訪れ、
商談はすんなりと成立する。
売られた命はどういう運命を辿るのか?
果たして・・・
みたいな、何だか非常に興味の沸く話から、
この小説は展開されて行く。
なのでグイグイと読まされる様にページをめくり、
羽仁男のその後の運命を追う事となる。
また伏線も所々、綺麗に差し込まれていて、
興味を更にあおり、上手いなと思った。
ただ若干、羽仁男のナンパ師ブリに、
このナンパ話はこの小説にいるんだろうか?
などと個人的にはやや鼻に付いた感じだった。
三島由紀夫はナルシストだったらしいので、
そんな部分がこの作品の所々に出たのかもしれない。
だが、そこを除けば、
私はかなり好きな作品だと思う。
また、羽仁男が埼玉県飯能市に逃げる辺りなどは、
自分が以前、飯能市に住んでいた事もあって、
町並みを想像しながら(この作品が書かれた時代とは違うが)、
いつもとは違った楽しみ方をする事が出来た。
羽仁男(三島由紀夫)もこの町の、
この道を歩いたのだろうか?
などと考えると私の心は踊った。
そんな個人的には惹き込まれ、
生きる事を考えさせられる小説だった。
また三島由紀夫の『春の雪』も既に買ってあるので、
機会を見て読み、また感想を書きたいと思う。
ちゅー事今日は、ねるねるねぇ~るね♪
おやすみミンミン♪
読書サイクル
何だかよく分からないサイクルで、
あ~貪るように本読みてえなあ~とか、
今はあんま本に興味なし、
って感じのサイクルをくり返している訳だが、
ちょうど今は本を渇望する時期に突入している様で、
空いた時間があれば本を開いては読みふけっている。
そして、まだ後に控える十数冊の乱雑に重ねられた本を眺めながら、
このサイクルに読み終われればいいなあと思う。
って事でまずは伊坂幸太郎の『魔王』を読んだ。
個人的には伊坂作品が結構好きで、
いつかは全てを読破したいと思っている。
なので、古本屋で名前を見つければ内容に関わらず買っている。
そんな中の一冊である。
では、あらすじ。
サラリーマンの安藤はある日、
自分の不思議な能力に気づき始める。
自分が念じれば現実に他人が自分の思った言葉を喋るのだ。
安藤はそんな能力を半信半疑で能力を幾度か試す。
だが、確信を得るまでには行かない。
本当にそんな能力が自分にはあるのだろうか?
困惑した思いを抱えながら日々を過ごしていた。
そんなある時、犬養と言う野党議員が、
こんな事をキッパリとテレビで言ってのける。
「私たちに政治を任せてくれれば、五年で景気を回復させてみせる。
五年で、老後の生活も保障しよう。
五年だ。もしできなかったら、私の首をはねればいい」
キッパリした物言いや、犬養の政治姿勢に、
少しづつ国民の心が揺り動かされる。
そして、安藤は国民の支持を受け始める犬養にどこか不安を覚える。
犬養は何を考え、日本をどう変えようとしているのだろうか?
安藤は、考え考え考えに考えてやがて結論を導き出した。
その答えとは果たして・・・
みたいな、伊坂さんらしい(伏線多数の)作品だった。
やや安藤の『考えろ考えろマクガイバー』みたいな表現に、
しつこさが鼻に付きはしたものの、
全体を通して見れば、
個人的には面白く、読み易い小説だったと思う。
またこの作者のその読み易さが、
仇となっている様な気もした。
言葉で上手く現すのは私は困難だが、
シュっと綺麗にまとまり過ぎている印象が強い。
今回の『魔王』はその印象を私に強く感じさせるものだった。
私はそれを含めて好きなのだから問題ないが、
「つまらん・・・」とか「あああ・・・」とか思ってしまう読者には、
そんな点が納得いかなかったりするのだろうと思う。
否定的なレビューを読んで非常に感じた。
本には好き嫌いがある。
だから、自分が好きだと思う作家は、
たとえ万人に嫌われようとも、
読みつづけて行きたいと思う。
自分が嫌いになるかもしれないそんな日まで・・・
掌の中
掌の上に変革があるんだが
握ったまま放す事が出来ない
潰さない為に軽く握った手で
外に出ない様そっと包囲する
ただちょっと怖いんだ
放たれる事が
自分の意思では制御出来なくなる事が
手からすり抜けてしまうかも知れないから
やがて手の中の変革は狭い世界で
暴れだす
外に出せ外に出せと
そのエネルギーを手の中で回転させる
やがて手は開かれ
変革は飛び出そうとする
その時ぼくはどうするのだろう
握りつぶしてしまう
いや手を開いて飛び立たせる事を願う
雲がたゆたうあの青い空へ
変革の手を放ちたい
無事に目的の地へたどり着く事を願う
ただ願う
ぼくは掌を空に向かって放り出した
変革がぼくを離れ飛び出す
そうしてどこかへと消えたんだ
きみが横で微笑んでいた
だからぼくもつられて笑ったんだ
きっとあの鳥は目的の地へたどり着くだろう
何だかそんな気がする
あの青い空で鳥は優雅に飛んでいる事だろう
強い上昇気流を捕らえ
高くどこまでも高く高く
青春ダッシュ
なんだか、大槻ケンジの『グミ・チョコレート・パイン』 を読んでいたら、
自分の学生時代をふと思い出した。
あの頃の自分はと言えばこの作品の登場人物、
大橋賢三と同様に日々エロ神様を愛した生活を送っていた。
そんな多感な時期、私はエロ本を買うの事が至極楽しみだった。
あのワクワクドキドキと胸高鳴らせる時はなんなのだろうか?
私はゆっくりじっくりと、エロ本をありがたく手に取り凝視吟味し、
時に店員のおっさんを意識しながら本棚の前に立つのだった。
ちなみに私が買う店はあの店Sと決まっていた。
来客が少なく、店舗が小さく、おっさんが店員である店だ。
時折、チラリとおっさんに目を向ければ、
ギンギラギンにさり気なくこちらを見ているのであった。
だが、そんなプレッシャーは当時の私には大した事では無かった。
何故ならば、私はエロ本をテストが終わった時のご褒美に買っていたからだ。
「このテストが終われば・・・このテストが終わればあのユートピアに・・・」
そう言う強い思い、夢、希望、がそこにはあったからだ。
否が応でも気分は高潮し、エロ神からの褒美をありがたく頂く日なのだ。
テスト最終日とは私にとってそんな胸躍らせる時なのだ。
エロが地球を回している。
かの偉人はそう言っていた。(いや、恐らく誰もそんな事は言っていない)
そんなとても重要なアニバーサリーに私は、
十分な時間と熟考を本棚の前で行い、
珠玉の一冊を意を決して掴み、
おっさんの待つレジへと進んだ。
おっさんは古びたレジキーをゆっくりと叩き、
デジタル表示が○○○円と表示される。
私は尻のポッケから、
ナイロン素材のウッドペッカーが印刷された財布を取り出し、
チャリチャリと小銭をトレーの上に置いて行った。
が、しかし、財布の中身を全てトレーの上に乗せたにも関わらず、
足りない・・・
一円足りない・・・
財布を逆さまにしてみたりもしたが、零れるお金は有りはしなかった。
焦りおののいてズボンのポッケや、
持ていたカバンの中を探ってみたけれど、
びた一文登場する気配は無く、
何故だかポッケも付いていない上着のトレーナーなどを両手で撫で回した。
その行為はまるで意味が無いのは明白だが、
焦りとはそんな行動をさせる事を黙殺する。
そうして、境地に追い込まれた私が出した答えはとは・・・
「あの・・・一円足りないんですが・・・」
この状況下で言った言葉が、
哀願の値切り交渉だった。
私は眉毛を『へ』の字に曲げ、
そう訴えたのだ。
人間とは窮地に追い込まれると、
そんなことすら言ってのける生物なのである事を、
己の発言で知る事となった。
だが、私の哀願は商売人のおっさんには通じなかった様で、
「で?」
と、言われてしまう最悪の状況を招いた。
先ほどから粘ついた汗を体中に出現させた私は、
更に粘性の強い汗を皮膚に浮き上がらせ滴らした。
脇の辺りから仄かな臭気が漏れる。
ストレスが最高潮に達し、
脇の下が、いや自分自身がSOSを発しているのだと気づいた。
だから私はおっさんに言い放った。
「ちょ、ちょっと待って下さい!私に時間を下さいっ!!」
そう言い残して私は店のドアを開け放ち走り出したのだ。
「矢の様に走れっ!!」
あの時、私の脳裏にはそんな声が聞こえた様な気がする。
思い浮かぶのは『走れメロス』である。
メロス(私)は人質のセリヌンティウス(エロ本)を救うべくひた走るのだ。
流れる汗を後方に置き去りに、前のめった姿勢で足を忙しなく動かすのだ。
「一円を笑う者は一円に泣く」
私は一円を笑ったつもりは無いが、
その時さめざめと泣かされた事は間違いない。
泣いて走って
走って泣いて
そうして私は、一円を保有しているであろう我が家へと辿り着いた。
マイルームを引っ掻き回し、宝(エロ本を買う)の鍵(お金)を探す。
意外と簡単にそれは部屋の机の引き出しから見つかる。
そのお金を握り締め、私はまた矢の様に走り出した。
「時は一刻を争う」
そんな焦りが、私の体を覆っては通り抜ける風と共に後方へと過ぎ去って行った。
人質であるセリヌンティウス(エロ本)は今にも処刑(売り飛ばされる)かも知れない。
だから私は走りに走りに走ったのだ。
これぞ青春の疾走である。
熱き思いを抱き、ただひたすらに足を前へ前へと動かした。
着けば書店ではおっさんが、やれやれと言った表情で私を迎え、
そんなおっさんに私は、握り締めて温まった十円をトレーの上に乗せた。
おっさんはぎこちなくレジキーを叩き、
私に感情の無い9円をバラバラと掌に乗せた。
私は紙袋に入れられたエロ本を脇に抱え、
安堵と期待に包まれながら家路を焦らず急いだ。
ダッシュ
ダッシュ
ダッシュ
私は希望のワクワクを押し殺しながら、
ページを一枚一枚ゆっくりとめくって行った。
そこには幸福と喪失が混在している不思議な世界があった。
事前と事後。
男にしか分からないであろう感覚が今、
部屋を包んでいた。
その時、全てが終わったのである。
いや、終えたのである。