夢は小説家ですと本気で宣ふブログ -54ページ目

夢は小説家ですと本気で宣ふブログ

文章の世界に魅入られた小娘が、妄想を書籍化しようと奮闘する日記。

昨日は朝になるまで、酒をしこたま飲んだんですが(絶賛、二日酔い中ですよ)、
昨日1番の名言が【いつでも最初は1人のお客様から始まる】という言葉です。

 まぁ、チラっと話せば辞めた職場の近くにあるお世話になったママさんのお店に飲みに行きまして、お店を作った経緯とか私が小説家になりたいと言う理由で辞めたことを深堀されたりしていたのですが、そういう話の流れで出た話題でした。

 奥深いなぁと思いました。
 1人のお客様が気に入ってくれて、知り合いを連れてきてくれて、輪が広がって、1人が2人、2人が4人と増えていく。
 素晴らしいですね。
 そしてそれって小説も一緒なんですよね。最初は1人の読者なんです。好きだって言ってくれる人がいて、その人が1人にすすめてくれたら、またその人が違う人におススメしてくれるかもしれない。そうやって1人の人がしてくれた評価を素直にありがとうって受け止めるのが大事で、人気があるとかランキングに入るようなとか気にしたらやっぱり駄作しか編み出せなくなる。
 飲食業なんかをやっていると、お客様が入ってくるのは当たり前みたいに思ってくる瞬間があります。でも、来てくれて当然だと思っていること自体が間違っているんですよね。
 webを見て来てくださったのか、偶然か、それとも紹介か、見ているだけじゃ分からないです。でもそのお客様に自分のお店を好きになってもらいたいなぁと思って、接しているとお客様が「いいお店だね」って言ってくださるんですよね。
 いいお店には、いいお客様がいるんです。だからいいお客様の居るお店を友達には紹介します。もうね、いいお客様は私がとろくても待ってくださるんですよ。「店長、手が空いたら」「店長、暇なときでいいので」そうやって愛してくださるから、頑張りますってエネルギーが湧く。
 三丁目の勇太は、そういうお店だったなぁ。
 
 そういう方に恵まれて、昨日は飲みに行ってきました。楽しかったです。
 二日酔い辛いです。飲み過ぎた、4件梯子はやり過ぎた。

 でもね、そういう方たちが私をめちゃくちゃ応援してくださるんですよ。
 期待に応えたいなって思います。言うは無料ですから。
 いい話を書こう。いい気持ちになってもらえるように、私が幸せだと大好きだと思えるものを1人でも多くの人に知ってもらえるように、文章を書こうと思えた夜でした。
 パスタをフォークに絡めながら、向かいの席に座る姉に我慢を説く。
 アルバイト中の信じられない、チーフやお客様の言動・行動に苛々するのだと、姉は言う。
 私は淡々と、そこは姉ちゃんが我慢すべきだと言う。
 なんで!
 処世術だよ。世渡り上手とも言う。むかつくこと、イラつくことを我慢して無理矢理飲み込めば直に慣れる。その繰り返しで全て許せるようになる。そうして穏やかに暮らせるようになるのが大人だと私は言う。
 なら大人になんかなりたくない。
 いや、そこはなっとこうよ。大人に。楽だから、楽になるから。めんどくさいも、やって欲しいもかなぐり捨てて、全部やって、やってあげる。早いし感謝されるし、重宝されるし、手伝ってくれるし、とにかく楽だよ。我慢は自然と身に付かないから、とにかく覚えるしかないんさ。
 そうなんなきゃダメなの。
 損はしないよ。

 納得したのかは分からないけれど、メモしとくんですって。

 私は忙しい店より、ゆったりとした店が向いているのかも、なんて言い出す。
 甘いなぁと思いながらも口にはしない。忙しいほうが楽だと、姉ちゃんが気付くのはあと何年かなぁ。楽しみ。
 私がいまさら語ることなんてないと思っとったけど、やっぱり語らせてもらおうと思う。

 小中学生では、いじめは絶対起こる。私の学校でもあった、私もやったし、やられたし、そういうもんやと思う。
 それでも、やりすぎやって思う。被害があまりに無惨で最低で、ほんまいじめた子も一緒に死にぃやって思う。悪さの分別きかんわけやないやろうし、周りは見とっただけってのも理解できん。私なんでその場におらんかったんやろうって思う。
 なんでそう思えるかっていったら、自分が大人やからや。
 大人には大人のやり方がある。大人には大人のいじめの止め方がある。
 
 私が居酒屋で店長やってた頃、やっぱり理不尽なクレームなんてもんはいっぱいあった。でも何か困ったらすぐに上司に連絡したし、あまりにものときはすぐに警察に止めてもらおうと思っていた。当事者たちじゃ解決しない問題なんてもんはザラにあるから第三者を呼ぶ。しかもプロを呼ぶ。自分の間違いも相手の間違いも当人同士で解決するんじゃなくて、第三者に聞いてもらう。私はこう思います。相手はこう言っています。どちらが正しいですか? 間違っていますか? 間違っていたら謝ります。それでも居酒屋の店長やからってお客様だからといって自分の正義を捻じ曲げてまで、お客様を崇めたりしない。そして従業員を差し出したりはしない。私が守る、私の従業員で、私の店で、私の責任や。そういう気持ちで監督している。だから、間違ったお客様を正しいと言ったりはしない。でも自分が悪い時は謝る。許してもらえるまで謝る。そういうもんやと、それが仕事やと思ってる。

 だからこそ、今回の話でなんで気付かなかったんやって責める。
 気付かなかったなんて嘘やし、先生が止め方分からんかったら愚かや。自分たちで解決する必要なんてないし、学校が分かってくれないのならば教育委員会を頼ればいいし、それもあかんかったらネットでもなんでも頼れるもんなんでも頼ったらいい。すがったらいい。
 なんで止めてあげれんかったんやろう。なんでこの子は生きていないんだろう。なんでそんな思いしてまで学校に通っていたんだろう。助けてあげたい、あげたかった、今ではもう全部手遅れや。
 いま、この瞬間いじめられとってしんどい子がおるんやったら、今すぐそんな学校いかんかったらいいって言う。学校でたいんやったら転校したらって言う。ちなみに私は転校した。高3んとき、新しい学校では普通に友達できた。まぁ、高校でいじめてきたんは生徒やなくて担任の先生やったけど。
 難しく考えない方がいい。学校途中で変わってるからって普通に就職できるし、普通に生活できるよ。
 私でも大人になれたんやから、みんなも絶対大人になれる。なんかあったら相談のる。私もネットで相談のってもらってた。そうやって助け合おうや。
 初めて、このテーマで投稿しますね。
 公募作についてです。

 本来ならば、最初にこの話をしておくべきだったのかもしれません。
 いま私の中には、仕事を辞めてまでも書き上げたい愛息子がいます。人間じゃありません。創作の話です。

 思い浮かんだのはランチ中(もちろん働く側です)でした。ランチのセッティングをしながら、そうだ私がやりたいお店を創作世界で再現すればいいんだと思いつきました。
 設定を考えました。エピソードを考えました。
 頭の中で出来上がった息子たちは本当に楽しそうに自由に笑って仕事をしていました。羨ましいと思いました。私には到達できないと思いました。この子たちならば私の思い描いた店を、理想の店を運営してくれると確信しました。
 投稿する文学賞を決めて、具体的にいつまでに何枚という目標が定まったときに仕事を辞めようと決意しました。私には自分が働く仕事よりも、息子たちに働いてもらう方が価値が高いと思ったからです。
 創作上のキャラクターの話ですが、私は登場人物たちが大好きです。大好きで会いたくて、生み出したくて、たまらないのです。
 だから、書けない。
 このジレンマを共感して頂けると嬉しいです。

 私の思い描く、今作は飲食人達の日常です。穏やかで、普遍的で当たり前で、日記を読んでいるようなエッセイを読んでいるような、ハプニングなどない刺激などない日常生活の話です。ただ、いまその子たちを書こうとワードを立ち上げると筆が進み過ぎるのです。書きたい、書きたい、書きたいという気持ちが強すぎて普遍的な話が流れて流れて描かれていきます。
 それが今、すごく嫌なのです。なぜ落ち着けないのか自分でも理解できないくらい興奮してしまうのです。
 頭の端では分かっています。ならば何度でも何度だって何枚だって同じ話を違う表現で書いて書いて書いて書きまくればいいのです。書道家が何回も何万回も同じ字を書くように、何枚も何千枚も同じ話を書けばいいのです。
 読書ができないのは書きたい気持ちが大きいからです。書きたいのです。書きたくて仕方ないのです。思いだけが強すぎるのです。
 いつになったら落ち着くのでしょうか? 落ち着くことはないのでしょうか?
 私は自分が書きたいように、息子たちを描ききることはできるのでしょうか? 原作者になりたいんじゃありません。作者になりたいのです。自分で書かねばなりません。私がやらねばなりません。
 なぜ自分が書きたい話を上手に書けないのでしょうか? なぜこんなに不器用なのでしょうか? 自分で自分が嫌になります。でも私はそれがやりたいのです。

 書きたい話があります。公募作に関して進捗率は今その程度です。
 
 漫画の台詞に、「普通からはみ出すことの怖さをお前は全然分かっていない!」(ウロ覚え)というのがありました。

 普通って何ですかね。偏見とか差別とか、一向に減らないですね。
 なんか私も居酒屋で社員やる前は見えない差別とか偏見いっぱい持ってたなって思います。いろんなお客様に出会って、話して仲良くなって、ああ私間違ってたわっていっぱい思った。
 まぁ言っちゃえば外国人雇用者とか同性愛者の話になるんですけどね。

 アルバイトさんに「恋人できました」って噂聞いて「彼氏できたんだって?」っていったら平然と「女の子ですけどね」って言われたこととか。
「国に反発したら追いかけられてタイまで逃げた」って話とか、分からない単語があったらとりあえず「分かりました、すぐやります」って答えとけっていうのには、すっげぇなとか思ったりもしたな。

 ああ、そんなこと言ったらあれだ。私も結構昔から酷いヲタクなんで、ヲタクに対するバッシングとかも凄かったなぁって思いだしますよ。もう完全にグループ作っちゃって一切他の子と関わり持とうとしなかったからね。コバルト文庫みたいな漫画絵のはいった小説読んでるだけでアウトみたいな空気感。ああ、いっそ懐かしい。今なら受けて立とうと仁王立ちできるのに。

 ヲタクってばれないように結構保守に生きていた時期もありましたね。今じゃ全然そんなことないですけど。なんていうか怖かったですよね。
 ああ、だからやっぱり普通じゃないって思っている人達も、怖がっていると思いますよ。まぁ普通の人が偉いとか一切思ってないですけど私。
 ニートとかフリーターバカにしている社会人とかいるけど、劣ってないからって本気で思う。あと社員がどうとかアルバイトがどうとか、言いだしたらキリがないけれど。
 でも兄さんニートでどうすんだよって悩んでいる弟とかも見たことあるから一概にニートの味方とも言えんけど。
 お手手つないで仲良く、みんな平等なんて望んでないし、いっそ分かりあえなくていいやって開き直って生きている節もあるけれど、やっぱり好きなのは黙認って言葉で、受け入れてくれないでいいからそっとしておいてって点あるなぁと思います。
 まぁ、結局閉めの言葉を探したら、人それぞれってことでいいんじゃないですかね。