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夢は小説家ですと本気で宣ふブログ

文章の世界に魅入られた小娘が、妄想を書籍化しようと奮闘する日記。

 おはようございます。3連勤目です。折り返し地点。つまりは踏ん張り時である。

 体力というものは個人差があって当然である。学生時代に部活動に励んで身体を鍛えたもの、日々の生活に運動を取り入れて身体を築いているもの、体力というふり幅を日々更新している者は疲れを持ち越さず若い肉体で日々を暮していけるだろう。だがその体力は誰しも持ち合わせていると思ってはいけない。すくなくとも、中学の時は合唱部、高校の時は漫画研究部、大学の時はイラストレーション部に所属していた私にそれを期待してはいけない。

 つまりは3連休を乗り越えた今、ズタボロである。

 

 私最近思うのですけれど、やっぱり個人差というものがあるじゃないですか。神様に与えられた基本ステイタスはなんの悪戯か、体力に極振りされている者や、学力に精通している者、もしかしたら全ステイタス最弱である可能性だってある。もちろん、それは日々の生活で改善されるのかもしれないけれど、まぁ基本的にはそんな自分を受け入れてうまく付き合っていかなきゃならないわけじゃないですか。算数が苦手だとか、英語が苦手だとか弱点もあるけれど国語なら得意だよって頭脳面も受け入れて生きてきたわけじゃないですか。それでも対人関係とか備わっていないと苦労する基本ステイタスもあるのだけれど。

 だからさー、私がいま疲れていることだって許してくれてもいいと思うのだ。あと2日を合言葉に騙し騙しきているけれど、低反発のまるで身体が浮いているように思うくらいのマットレスの敷かれたベッドで8時間くらい。小鳥の囀りにも太陽の日差しにも遠慮されてただただ静かな眠りにつきたい。

 でも今日も携帯のアラームは容赦なく私をたたき起こしてくれたので、美味しいコーヒー飲んで出社ですよ。頑張りましょう。

 それでは、本日もいってまいります。



 おはようございます。

 昨夜の帰宅時間は、シンデレラタイムを過ぎた0時30分。リビングルームで冷蔵庫をあけ、何もないなと朝ごはんにしようとしていた菓子パンを齧って、更に目の前にあった1枚100円するチョコクッキーを3枚ばかり口にした。母が目覚めた。

「あんの、おかえり。ラーメン食べにいこう?」

 ラーメン? この時間に、ラーメン?

 世の中のオシャレ女子は20時以降、何も食べないと努力していて、かの倖田來未はといえば、18時以降は何も食べないとうわさに聞くというのにラーメンですか。この時間から。いきます。

 ところで私はオシャレ女子予備軍なわけだが、私の満腹中枢はオシャレ女子であることを抗ってくる困ったやつなのである。反抗期なのだ。つまりは思春期なのだ。桜の香る校舎でセーラー服を身にまとう思春期のガールなのだ。だからであろう。オシャレ女子だというのに注文はつけ麺の大盛りなんかを要求するのだ。だって普通盛りと20円しか変わらない。お金出すのは、お母さん。ここのラーメンおいしい。阿夫利の甘露つけ麺おいしい。仕方がないので私の満腹中枢甘やかしてあげました。たんと、お食べ!

 さて、今日も祝日。混雑が予想されます。たっぷりと満たされたのだから1歩でも多く歩かなければ(滝汗)

 冬の次は春なのだから。

 

 

 おはようございます。飲食店というものは大体にして人様がお休みの日に忙しい職業である。つまりは週末を迎えている今、とっても忙しいのである。1日の疲れが抜けない。朝ごはんを食べる時間を睡眠に費やしてもまだ、あと2時間は寝たかったなぁと思う。そんな残念な朝を迎えている。

 今日は仕方ないからコンビニ飯だ。新商品の菓子パンを買おう。とびきり甘いやつ。疲れている身体にご褒美だ。

 日曜日の朝といえば私には理想の朝がある。まずは部屋のサンルームで温かな日差しを浴びて太陽に「おはよう」をしながら伸びをする。身体中に日差しを受け、私の肉体は浄化されたような気持ちになる。そうこうしているうちに控えめなノックが私のプライベートに踏み込んで「お嬢様」と声を掛けられるのだ。「朝食の準備ができました」

 私は言うわ。「ここに運んでちょうだい」

 きつね色に焼かれたトーストはバターの濃厚な香りが溶け、ふわふわのオムレツとカリカリのベーコンがプレートに色を添える。健康を気遣ってだされるグリーンサラダには毎日違うドレッシングがかかっている。私はオレンジジュースを口にしながら「食後にコーヒーが飲みたいわ」という。私のセバスはうやうやしく腰を折り「かしこまりました」と静かに言うの。それが理想というのに、どうなっているの! 私のセバス。日曜日なのに朝ごはんを楽しむ時間もないじゃない。そんな、残念な朝。

 

 さて、話は変わって日記の話だ。私は日記というものは毎日書くことに意義があると考えている。もちろん文章はのっているときとのっていないときがあって、更に面白いネタをかかえているときとかかええていないときがある。

 執筆というものはよく音楽に喩えられるのであるが、私もそう感じている1人である。文章がのっているときは主旋律を奏でるピアノのように次から次へと文章が流れてくる。私は迷う暇もなく頭に浮かんだ文字の羅列を文章に書き起こしていくのだ。その作業は楽しく口元には自然と笑みを浮かべながら何時間だって集中して文字を叩き続けることができる。しかし、毎日の文章がそんな風に書かれているわけじゃない。やっぱり調子が出ない日というのも存在する。それでももがきながらも苦しみながらも一定量書いてみる。そういう積み重ねが自分の力になると信じていて、そして後日読み返したときにそんな不調な日の文章も愛おしくなるのだからやっぱり日記はできる限り毎日書きたいと願う。

 さぁ、まもなく勤務地に到着する。今日も頑張ろう。

 どうも、オシャレ女子です。ちがった、私です。

 この間、お休みの日にスーパーに行ったのですよ。鶏のささみ肉と、豆乳、パセリを購入してああなんてオシャレ女子と悦に浸っていたら、今日も今日とて職場では「ちがうよ、あんの」と話を遮られるのです。いえいえ、オシャレですよ。なんたって私、今朝はオリーブオイルでガーリック炒めちゃいましたからね。香ばしい香りが胃袋を刺激し、愛するうどんは美味しい塩焼きうどんへと変身したのです。

「本当のオシャレ女子ならそこでイタリアンパセリを買うし、うどんじゃなくて冷蔵してあった生パスタを食べるよ」

 イタリアン、パセリ?

 それって普通のパセリとなにが違うの? というか、生パスタ? 冷蔵庫にいるの? オシャレ女子の冷蔵庫には生パスタいるの?

 私、5パック入りの冷凍うどん愛用しているからもうなんにでも、うどんいれてた。和洋中なんでもいけるうどんマジ神様って思っているのに、え? オシャレ女子の冷蔵庫、生パスタ生息してるの?

 

 たはーっ、遠いわ。オシャレ女子の道のり遠すぎるわ。なんだったらイタリアンパセリ普通のより200円高くて諦めたわ。200円あったら炭酸水2本買えるよ? ハイボール6杯は飲めるよ? でも最近、タンカレーのジンも欲しいかなって思ってる。トニックですっきり飲むのもいいよねって思ってる。

 とりあえずオシャレ女子、パセリ手に入れたから次はトマトソースのパスタ作りたいんだ。希望はねー、アマトリチャーナ!!
 中身おっさんやからオシャレ女子の道は遠いけど、私頑張る。

 とりあえず、生パスタ購入したらまた報告するね。

愛いやつめ

 

 可愛らしいものに対して言う。愛いやつめという言葉がある。たいていの場合、そのうしろにどうしてくれようかと続くように思う。そう考えると、目に入れても痛くないくらいの意味合いがあるように思うし、そうなってくれば孫のような存在といっても過言でもないような気がする。

 つまりはなんの話かというと、私が新しいパソコンを買ったという話だ。愛いやつめ、どうしてくれようか。さっそく、ワードを開いて文章を作成するとしよう。そういう、書き出しだ。

 

 さて、最近気になる話題といえば世の中の愛いやつはどうなっているのだという話だ。AKBの総監督でもある高橋みなみさんが37キロだという話が話題になった。全国的に可愛いと言われている女の子がもっと可愛くなるために辛い目にあっているように思える。つまりはそのとき浮かぶ感情は、可愛いじゃなくて可哀想なのだ。なんて可哀想なのだろう。僕が守ってあげなくては。つまりは庇護欲がものをいうのか。でも本人はきっとそう思われたいわけじゃないのだろうし。なんだかなぁと思う。炭水化物が好きな私からしたら、痩せたら可愛いとかじゃなくて、旨ぇまんま食って可愛いべべきて幸せそうに笑っている。それが可愛いなぁと思うのだが、世間様はちがうのだろうかとそんなことが気になったのだ。

 かくいう私はといえば、最近激務によるダイエットに成功し、また髪型をかえたことにより周りの評判があがっている。そう思うと、いまの体重を維持しようかという気にはなっている。つまり、太りすぎはよくないと考えているのだと思う。

 そうなると、アイドルが激ヤセしていることを非難する権利はないように思ってくるし、自分がご飯を食べたい言い訳のようにも思えてくる。

 最近はアイドルブームで子どもたちは女の子がアイドルになるアニメをみては私もアイドルになりたいといっている時代。現役アイドルの子たちがそんなようでは心配だなぁと思ってしまうのだ。

 愛いやつ。誰からも愛される可愛い子。そんなひとになりたいものだなぁと思うけれど、どうしてくれようかどころかどうしたものかと頭を抱えてしまいそうなので、私は新しいパソコンを胸に抱えて眠りにつくとしよう。いい夢見れますように。