ファイナルファイトガイのせいで一回話が飛んでしまいましたが、元に戻します。

 

 まあここに書くことをもう昨日の段階で要約して書いてる時点で、ちょっとボク自身のダメさが露呈している結果になってますが、気にしない。

 

 

 だって書いてるのは同じ日にちなんだもの(現在9月9日)。

 

 

 

 さてタイトル。

 新しいもの好きの父親がセガサターンを買ってくれて、数ヶ月で離婚して、セガサターンは父親の元に残って…。

 

 で、SFCは母親の元へと持っていけたんだけど、元々一人でクリア出来ない所を父親に任せていたボクは、まあクリア出来ないゲームをやらなくなった。

 

 新しいゲームも、ずっと父親が勝手に買ってきたものをプレイしていたが故に、自分が欲しいと思うものが見つかることもなかったので、家のゲームが増えることもなかった。

 

 

 代わりに、ボンボンに載ってたギャグ漫画を読んでいた記憶がある。

 ヘロヘロくんやウルトラ忍法帖とか、まあ今でいうコロコロに載ってるお下品なものとベクトル的には似てるので、そんなやつだと思ってもらって良い。

 時にはストリートファイターZEROの四コマとか、色々な作家が集まって書いたゲームの四コマとか、今でいうアンソロジー系統絵柄が違うのを気にすることなく沢山読んでた。

 …思えば今でもきらら系統の四コマやギャグ寄りのマンガを読んでしまうのはこの頃の名残なのかね…。

 

 

 当時は気になったものを中身見ることなく買って、掲載している雑誌なんて目もくれず、シリーズ揃えるなんてこともせず、親にねだって買ってもらっていた記憶があるなぁ…。

 

 それが今や中身を試し読みしないと買えなくなり、掲載している雑誌を気にしてすぐに続きを読みたがり、シリーズを揃えて、もらえる給料のほとんどをマンガに使っているという現状…。

 

 真逆にも程があるな

 

 

 

 で、まあ時系列を戻すと、その間SFCをプレイしていたのが

 

 姉はボクと父親が遊んでいたゲームではなく、自分で買ってきた、それこそ本人曰く絵柄に惹かれて買ったゲームをやってた。

 

 

 記憶にあるのは、テイルズ・オブ・ファンタジアエメラルド・ドラゴン

 

 

 特にエメラルド・ドラゴンは姉が小3になるぐらいまで何周もプレイしていた記憶がある。

 操作性なのかゲーム性なのかストーリーなのか、それとも全部なのか…ともかく姉にとってどれかが刺さったんだと思う。

 

 ボクが子供用のギャグ漫画を読んでる間はずっとプレイしていた。

 

 

 

 で、まあそうなると気になってしまうもので…。

 小学1年生の夏休みには、テイルズ・オブ・ファンタジアをプレイさせてもらうようになり、今のようにRPGをダラダラとやるようになったのが今、って感じよね。

 

 ほんとそれまでは週一回の休みの日に、父親とセガサターンを使って格ゲーばかりやっていたのに…テイルズはストーリーも全然分かってないのに、戦闘システムが面白くてプレイしていたように思う。

 

 だからダオスがやろうとしていることの目的やその葛藤などは当然理解できず(出来たのはPSで出たリメイクの時かな)、奥義習得のために特技を使いまくらないといけないことも分からず、ストーリー上先に進む方向とかも分からないので姉に助言をもらったりしてましたが。

 

 

 

 それでも、それら全部が分からない子供でも楽しめる戦闘システムを当時のSFCで作り上げてるってのは、今冷静に考えると相当スゴいことだったように思いますわ。

 

 なんせその後姉の影響で小1のクリスマスに買ってもらったドラクエⅤやFFⅤなどのコマンド入力式のゲームなんて、武器屋や道具屋で装備と準備を終えるという概念がなかったせいで全くクリア出来ませんでしたからね…(´・ω・`)

 

 その辺を理解できるようになってようやくなので、購入して数年眠らせてクリアとかだったもんなぁ…。

 ドラクエⅤなんて小5だし、FFⅤなんてアドバンスの移植作でしかクリア出来なかったしね。基本的にゲームは下手なもので…。

 

 

 

 

 なのに…いや、だからなのか、ボクは幼いながらの頭の中で、自分なりのストーリーを作り上げていたことが多々あった。

 

 昨日のブログを書きながら思い出したんだけど、話を理解していないなりに話を考えていたフシがあった。

 

 

 てっきり姉がゲームをするようになってそれがRPGばかりで、それをマネするようにやっていたら年齢とともにストーリーが分かるようになった

 

 

 …みたいな経緯だと思っていたけど、SFCのファイナルファイト・ガイのストーリーを、なんか自分なりに考えていた記憶がふと蘇った。

 

 確かに普通のお話ではマリオワールドとかと変わらないし、小さい頃はアンパンマンばかり見ていたから、ああいう一方的な悪役がいる作品のストーリーは自分でも想像しやすいとは思う。

 

 もちろんまだ小さいので、敵にもそういうことをする理由があるんだ、みたいなストーリー構成にはなってないんだけど。

 ただファイナルファイトって、最初のデモムービーで、マリオでいうピーチ姫ポジションのジェシカってキャラが本当に縄に括り付けられシーンが挿入されてて、マリオ以上に「誘拐されてます!」感が強かったのよね。

 

 

 だから敵を倒すガイやハガーへの感情移入度が高かったのか、ステージ一つクリアするたびに、そのステージのボスをより一層ボコボコにしてるシーンとかを考えてたストリートファイターⅡの勝利シーンのおかげで、ボコボコにされてる顔のイメージが浮かびやすかったのもあるかも

 

 

 もちろん文字には起こしてないし、頭の中での行動だから、実質的には妄想でしかないんだけど。

 

 でもステージ1クリア時点でそのジェシカが帰ってくる妄想とかもしてて、頭の中で作るストーリーに限界がないことを、多分この時には何となく悟ってたんだと思う。

 

 

 

 あと普通に龍虎の拳の影響もあってかエロい妄想したりもしてたし。

 

 ただ今でも不思議なのは「エロい妄想してた」と記憶しているのに、具体的にどうう妄想してたのかまで思い出せないこと。

 当時からそういう行為を知っていた訳ではないので、そこが不思議でならない。

 

 

 

 

 

 新しいものが大好きな父親が、新しいものとして発売していたファミリーコンピューターを持っていたために、ボクもそれを毎日遊んでいた。

 

 スーパーファミコン(SFC)が発売されてからは、そちらばかりプレイしていた。

 

 

 ボクがゲーム好きに育つには当たり前の環境だったなぁ…と今でもシミジミと思う。

 

 

 ただ当時プレイしていたゲームは、今とは違いストリートファイターⅡやスーパーマリオワールドなど、あまりストーリー性がないものばかり。

 最初や幕間にお話はあるものの、小学校に上る前のボクがそれを理解できるわけもなく…ただ、ストⅡはなんか戦って優勝するもの、マリオワールドは姫を助けるために進んでる、程度にしか理解してなかった。

 

 そして自分が行き詰まったら父親に代わりにやってもらうような。

 

 まさにそんな感じ。

 

 

 龍虎の拳や餓狼伝説やスーパーメトロイド…今書いてる途中でも、そういうのもやってきたなぁ、と思い出したりするぐらい、なんか本当、二人プレイのものが多かった記憶。

 

 

 

 明確に変わってきたのは、セガサターンが発売された時からだろうか。

 

 もっと正確に言うなら父親と離婚してから

 

 これまで行き詰まったら頼っていた人がいなくなってから、やるゲームの種類が変わった感じがする。

 

 

 

 

 さすがに昨日は愛について語るという痛い行動を行ったので、バランスを取るために雑談。

 まあなんせこのブログを書いてる金曜日まで、電話占いは一件も来ていないのでね。

 力がありあまってますわ(´・ω・`)

 

 

【Ameba Pick開始】

 いやまあ申請通ったからこれから初めていくかなぁ、というだけのお話。

 ブログ内で趣味の話とかしてたらそれを探し出して貼り付けるとか出来るんだけど…こういうのの時は何を貼り付ければ良いのか普通に分かりませんわ。

 

 使い所が難しく、使いこなせる自信はあまりない。

 

 

 

 ……雑談出来るほどの話題数も無かったわ(´・ω・`)

 

 この一週間あった変化がAmeba Pickの申請通ったことだけとはね…なんて変化のない日常を歩んでいるんだ…!

 

 

 趣味の話はあまりしない方向なので、読んでるマンガややってるゲームは極力スルーしたいところ。

 まあ自分語りする上で欠かせない、今の自分を形作った程の影響力を受けた作品については取り上げるけど…今やってるものはそれじゃないからなぁ…

 

 

 

 

 とか言いながら読み切りリンクを貼り付ける。

 実を言うと昨日の愛について語ってしまったのは、モロにコレの影響を受けてしまったから。

 涙腺が脆い人間なので、普通に「一時的に思い出して名前を呼ぶ」ところで大泣きしてしまった人が勧めても説得力は低いかもしれませんが、とてもいい作品です。

 

 お時間合えばぜひ(むしろコレを紹介するのがメインですらある( ˘ω˘)

 

 

 だから「自分は相手のことが好きなのに相手がそれに応えてくれない」は根本的に間違ってることになる。

 

 

 

 いきなりタイトルからの続きですが、でもこれって目を逸らしようのない事実の一つなんよね。

 

 もちろん反論があるのは分かってる。

 でも『応えてくれる人がいない中応えてくれたから、その人のことが大切になる』って部分も間違いなくある訳で。

 

 多分人って、愛が一方通行っていうの本能的に察してる部分がある

 

 だから伝えることに勇気がいるし、応えてもらった時は飛び跳ねるぐらい嬉しくなる。

 …まあ、こんなのはマンガ読み過ぎなボクの勝手な妄想と言われたらそれまでなんだけどね(´・ω・`)

 良くも悪くも、ボクは30超えてるのに精神面での成長が遅い部分があるし

 ただ、色々と経験して、酸いも甘いも噛み分けてきた人ほど、そうじゃないと否定する要素が作り上げられていってる気もする。

 

 

 つまり、純粋であればあるほど『愛は一方通行』を自覚しやすいと思う、ということ。

 

 経験を積み重ねて、そうじゃない、と思う材料が積み重なってきて、それらでこの本質を庇ったり囲ったりして見えなくするから、否定するだけで。

 

 

 

 …と、ここまで書いたところで、でも「応えてもらえない」と事前に思ったまま相手と接するのもまた違うよなぁ、と考えたり。

 

 愛を伝えれば愛が返ってくるのが当たり前。

 …は確かに違うけれど、

 愛は一方通行だから応えてもらえないのが当たり前。

 …もまた違う気がする。

 

 

 応えてもらえないのも、返ってくるのも、『当たり前』じゃない

 相手が気持ちを持った相手である以上、この単純な答えは当然ある訳で。

 

 何より応えてもらえないのが『当たり前』になってしまうと、最初から関わっていこうとしなくなる気がする。

 逆に、自分の愛を伝えて愛で返ってくるのが『当たり前』になると、何も嬉しくなくなってしまう気がする。

 

 

 

 応えてもらえるか分からない中、愛を伝えて愛が返ってくるからこそ、嬉しいんだと思う

 まあ、伝えて絶対に返ってくる愛ってのも、それはそれで安心感になるんだから羨ましくはあるんだけどね(´・ω・`)

 

 

 

 問題はその安心感が『当たり前』になって、失くなるものだと忘れてあぐらをかいて浮気とかする人がいることよね、ホント。

 昨日に引き続き占いの話。

 まあ相変わらずの予約投稿なのである種連投ではあるのですが。

 

 

 

 ともかくタイトル。

 復縁を占う時に中には「自分から相手に声をかけなくても復縁できるかどうか」というのを聞いてくる方がいる。

 

 そしてそれを見た場合、ボクの場合は9割方出来ないと出てしまう。

 

 残りの1割はちゃんとその人が行動を取っていて、後は成果を待つのみだった場合だけ。

 つまり、とっくに行動を終えてる人が、成果待ちで何もないから不安になってきてしまっただけのパターン。

 これならばまだ分かる。

 分かるどころか、これまでの行動の成果が実りそうな程頑張ってきただけに、ある種の感動を覚えてちょっと泣きそうになったりするボクが)。

 

 

 それとは逆のパターンの人の話。

 

 

 つまり「ロクに連絡も取っていなかったのに急に向こうから復縁を申し込まれないかどうか見て欲しい」みたいな内容。

 

 んな都合のいい話どこにあるんだよ

 

 これこそ昨日のブログの内容でも話した自惚れの一種ですわ。

 よく、「男性の恋愛は『名前を付けて保存』、女性の恋愛は『上書き保存』」だなんて言いますが、アレは男側に必ず未練があるって意味ではないんよね。

 

 そりゃ未練がある人もいるにはいるだろうけど、大抵の場合は「いい思い出だった」ってするための言葉。

 つまり女性と同じく『終わったもの』として処理するための言葉でしかないんですよね。

 終わった後の処遇をどうしているのか、を表しているだけに過ぎないんよ。もちろん、後々都合のいい遊び相手になってもらえたらな、という下心のみで考える人も一定数いるし。

 

 

 

 だから、こうなる前に行動に移っておかないといけない

 

 もし何か、一手でも行動に移っておけば、向こうが思い出にする前に連絡がくる可能性はある。

 もしくは思い出にしていようとも、声をかけて刺激を与えれば、その保存されたものを再び引っ張り出してくれる可能性も出てくる。

 

 そのために「声をかけて欲しい」とお願いすることがボクは多い。

 

 

 

 もちろん、これが全てでないのは百も承知。

 

 あくまでボクが復縁祈願など特殊能力的なものを全く持っていないから、相談者さんに負担を強いているだけに過ぎないんですよ、コレは。

 

 だから『多くの場合』というタイトルを付けた。

 

 

 

 ただね、復縁祈願についても割と疑問はあるんですよ。

 だってあれって、相談者さん自身が頑張ってきたことすらも祈願者さんの成果にされる諸刃の剣ですからね。

 

 吉方位とかで恋愛運が上がる方角を意識する。

 恋愛運が上がるパワースポットに行く。

 

 究極言うとコレも相談者さんの行動そのもので、それらと相性がガッチリと噛み合って成果を実らせた場合は、間違いなく相談者さんの頑張りなんですよ。

 

 

 

 なのでもし、祈願してもらって成果が出た場合は、そこに足を運んだ自分を褒めることを忘れないで欲しい

 

 もちろん、してくれた人への感謝をするな、という話ではなく…相談しに行った自分を褒めることも忘れないでね、という話。

 ずっと自分語りしてても仕方がないし、何よりネタが浮かんだ時に使っておかないと素に忘れてしまうという難点があるので、再び占い関係のお話。

 

 

 

 タイトルの内容で占うことって割りと多いんだけど、これって本当に一長一短な内容だと思うんだよね。

 というかぶっちゃけ無意味さの方が際立つ

 

 

 …こう聞いてイラッとした人は、きっとこの「相手の気持ち」を知った上でどう行動するのか、自分で判断できる人だと思う。

 つまり、占いの内容を無意味にしない人

 

 無意味にする人っていうのは「相手の気持ちが自分に向いているだろう」と決めつけた上で聞いてくる人。

 

 

 そして多分、そういう人ほど相手との関係は長続きしなかったりするのよ。

 自惚れが強い。

 なんで相手があなたのことを想っている前提で話を進められるのか。

 そこに純粋な疑問がある。

 

 酷い話だけど、相手の気持ちを分かった気になってるだけだと言わざるをえない。

 

 

 

 無意味にしない人ってのはね、その「相手の気持ち」を聞いた上で、自分に向いていればどう行動を取り、向いていなければこう行動取ろうかな、と考えられる人なんよ。

 もちろんコレには、「あなたのことを想ってませんよ」と言われた後「それなら向いてもらうためにはどうしたら良いですか」と訊ねることが出来る人も含まれる。

 

 大事なのは、気持ちを聞いた上でどう行動取るかを考えられるかどうか、よ。

 

 

 

 …まあ、その結果を聞いて「この占い師は自分には合わない」と早々に見切りをつけて別の占い師の所にいくのも、現実問題としては何も悪くない選択肢ではあるんだけどね。

 

 その占い師が当たってる当たってない以前に、前に話した「相性が合わない」人なのかもしれないしね。

 

 あとはもう、安心感を得たいだけだからと割り切って、いい結果を言ってくれる占い師の数が多くなるまで手当たり次第とかね。

 言いようのない不安を解消するために、複数の占い師に「相手の気持ちはあなたを向いている」と言ってもらえれば、その不安がなくなるって人は一定数いるから。

 

 

 

 まあ、その全員に「気持ちは向いていない」と言われたら目も当てられないのでオススメは出来ないですけど。

 ほぼ自分語りというより父親語りみたいになってますが、今日でとりあえずこの話は落ち着かせたい。

 相変わらず2日の金曜日に書いてるとか言わない

 

 

 

 まあ自分のことを話すために作った「自分語り」のテーマで、出来る限り時系列で話したかったけど、今回は別。

 本当にこの2022年現在の父親との関わり方について。

 

 

 まず結論を書くと、まあ連絡取ってない

 

 

 昨日書いたブログの段階で、確かに姉は父親のこと嫌いになったけど、ボクに合わせて一緒に会いには行ってくれてたんよね。

 だからボクは色々と気付けなかった

 

 で、まあ、それも3年4年したら父親が引っ越したことで無くなって、電車で行く距離になったからと月1回になって、姉が高校生になる頃には行かなくなって、年始に1回だけ父方の両親に会いに行くだけになるとか、まあそんな感じ。

 

 

 そっから本当に連絡取らなくなって、でも当時のボクの携帯は父親名義で契約してもらってたから繋がりだけはあって、でもボクも高校卒業してからは自分の名義になったからその繋がりすらも無くなって、連絡先だけ残ってるけど何の反応もしない…と、まさにそんな感じ。

 

 きれいに自然とフェードアウト出来たと思う。

 

 

 

 借金しまくっていたのでそれから逃げるために蒸発すると話に来てくれて、祖父祖母に何聞かれても知らないと答えてくれとわざわざ言うために会いに来てくれたことを除いては。

 

 この時ぐらいに、姉に昨日のブログの話をされたかな…。

 ただその話をされてもまあボクは覚えていないから特に何も思わず、ボクの中の好感度は特に上下しなかったのよね。蒸発しようとしてたのに(ちなみに借金は祖父祖母があっさりと父親を見つけて建て替えた模様)。

 

 

 変化があったのは20代後半の時かな。

 父方の祖父が亡くなったお葬式の時に、父親がその見栄っ張りを全開にして無理やりボクを呼んで、親族の前では連絡を今でも取っていることにしろと言われ、姉のことは連絡取ってないから分からないということにして、職業についても小説家目指してることは言っちゃダメで普通に働いてることにさせられて…。

 

 

 そもそも亡くなったから顔だけ見るつもりだったボクに対して騙し討ちのように葬式に参列させた癖に色々と準備してないことや作法が分かってないことにグチグチ文句言ってきたりしたので心底ムカついて、好感度が底を突いた

 

 

 …とまあ、そんな感じですわ(´・ω・`)

 お願いベースで色々とフォローに回ってくれるならまだしも、そうじゃなくて常に『親として上から』みたいな感じで接してきたのはなぁ…お前何もしてこなかったじゃん、的なね。

 この時になってようやく姉と同じ気持ちになれました。

 

 

 まあさすがにもう何年も前の話だから、そろそろ連絡とっても良いとは思うんだけど…今連絡とってもあの態度取られるのかもしれないと思うと、なかなか手が動かないよねホント。

 なんて書いてるのに実際は金曜日に引き続き書いてるだけっていうね。

 

 

 

 という訳でタイトル。

 …に入る前に、ウチには優秀な姉が一人いる。

 勉強できるは人との距離感測るの上手いわで、まあボクが何をしても勝てない人

 

 

 その人が父親を、心の底から嫌っている。

 

 これには理由があって、今回はそんなお話。

 

 

 父親と離れて暮らすようになってからも、ボクと姉は週一ぐらいのペースで父親の家に自転車を漕いで遊びに行っていたのよ。

 その時からずっとゲームの相手をしてもらってたしで、当時からボクは父親のことが好きだった(そりゃまあ最初は父親の所にいくつもりだったぐらいだし)。この週一で遊んでるぐらいの時は多分姉もまだ嫌いではなかったと思う。

 

 決定的なことがあったのは、父親に彼女のような人が出来てからだと思う。

 ボクは子供すぎたので全く覚えていないけど、それでも「なんか女の人がいたなぁ」ぐらいには覚えてる。

 遊んだ後、夜ご飯を食べに行こう、と言ってくれた日には確実にいたと思う。むしろこの彼女さんがいてくれたから晩ごはんを父親と一緒に食べることが出来たように思う。それ以外の日は夕方には母親の所に帰ってたし。

 

 

 別に、離婚してるんだから彼女ぐらいは出来るだろうというのは分かる。今に思えば。当時は何も分かってなかっただけで。

 ただ姉の中で決定的だったのは、父親がその彼女さんと二人で過ごしたいが故に、ボクたちを晩御飯のあと無理やり家に帰そうとしたことなんだよね。

 自転車で行っているんだから自転車で帰らないといけない訳で、でも父親は車で送ると行ってきていて、その彼女さんが泊まらせてあげれば良いと言っていたのに、父親は頑なだった…らしい。姉の話では。

 

 で、結局泊まることになったんだけど、拗ねた父親は家に帰って来なかったらしい

 

 ボクは(おそらく)寝ていたせいで全く覚えていないんだけど、姉はこれを本当によく覚えていて、それで心底イヤになったらしい。

 まあ姉にしてみれば知らない女性と一晩過ごした訳だからそりゃしんどいだろうと、今なら分かる。

 

 

 

 …そう。

 あの父親、自分の家に彼女と子供を置いて、自分はどこかに行っていたのである!!

 

 ちなみにこの彼女さんとは別に同棲している訳ではなかったと思う。

 …けど、まだ家族していた時のボクと姉の部屋を、ボク達が遊びに行った時「散らかってるから」と立ち入り禁止にしていたことを思うと、何かしらの片鱗はあったように今なら思う。

 とようやく自覚したので、本来やろうと思ってた自分語りとか。

 

 とはいえイザとなればあまり書くことが思いつかないのも事実…。

 そういえばよく占い師さんのプロフィールとか読むんだけど、親が占い師で~~、とか、先祖が霊能力者でその能力が自分にも~~、なんてのをよく見かけますが、自分の両親はそういう特殊能力持ちじゃない至って普通な方なので、そういうネタもないんだよね。

 

 

 まあ父親の金遣いが荒すぎてそれに耐えかねた母親が離婚したぐらい。

 

 

 子供の頃は父親について行くつもりだったのを覚えてるけど、そうしてたら今みたいに、こうしたやりたいことをやりたいようにやる、なんてことは出来なかっただろうなぁ、とは思う。

 あの父親見栄っ張りだし。

 それでお金使って質の良いソファ買ったり車買ったり趣味のパチンコしてたりしてたもんなぁ…。

 

 パソコン使ってこうしてブログ書きながら電話占いのコール待ちをするなんてこと、出来たとは思えない。

 

 きっと極々平凡に働いて愚痴を吐きながら一人で生活してたように思う。

 …まあそれも悪くはないんだけどね。むしろ一種の憧れすらある

 ボクには彼女がおらず、となるともちろん結婚なんてものもしていないので、大切なものや守りたいものを作ったことがないんだよね。一緒に住んでるネコなど大切で守りたいものが『出来た』ことはあっても、自発的に『作った』ことがない感じ。

 

 だから『普通に働く』に価値を見いだせず、こんなやりたいことをやってるように思う。

 

 どっちが良いかはそれぞれの価値観に依存するんだろうけど…内心、どちらになろうともそれぞれの楽しい部分を見つけて過ごしていたようには思う

 

 

 

 なんせ子供の頃からゲームしてたんだから、この辺の価値観を作り上げたマンガ諸々の趣味は父親だろうと母親だろうと変わらなかっただろうしね