Andreaのペルー通信パート2 -12ページ目

Andreaのペルー通信パート2

リマでアロマテラピーサロンをしております。大好きなペルーの現実を日本に伝えます。コメント大歓迎ですが、ネットエチケット上不適切なものは、承認しませんのでご了承ください。


この記事は2001年4月に書いたものです


小銭をとられたりかばんをとられたりは日常茶飯事の国だそうなので、私も遅かれ早かれそのうち洗礼をうけることにはなるとは思うけど、満員のバスは危ない、ほとんど誰も乗ってないバスも危ない、タクシーはどこかに連れて行かれるかもしれない・・・と言われてしまうとちょっと通勤が大変です。 

リマに電車も地下鉄もないことは前にも報告しましたが、こっちの主な交通手段はバス。

大型のバス(ミクロ)とハイエースクラスのバス(コンビ)の二種類。バスの車体に行き先と番号が書いてあるので、自分の乗りたいバスが来たらタクシーのように手をあげて乗ります。バス停留所もあるんだけど、どこでも止まってくれます。私が愛用しているのはコンビ。


ちなみにコンビもミクロも距離に関係なく一回1ソル、こどもはその30%の30センティモ。大学生は50センティモ。日曜日は120%値段があがります。タクシーで会社までは空いていれば10分でだいたい5ソル。交渉制でメーターはないのでたまにラッキーだと4ソル。渋滞するとがんがんメーターがあがっていく日本のタクシーにくらべて良心的だけど、小銭をもっていないと、お金をくずすために途中でガソリンスタンドに寄ってガソリンをいれることもよくあります。

5ソルって日本円にすれば200円しないんだけど、タクシーがバスの5倍という比率は日本と約いっしょなので、やっぱり贅沢なんだなと思って、なるべくコンビを使っています。たまに近いから50センティモね、と勝手に値段を決めてお金を払ってる人もいます。そういう私も小銭がなくて90センティモに負けてもらったことがあります。


私の家から乗り換えなしでの会社までのルートはマイナーなので、コンビの台数が少ない上に、サイズもほかのコンビより一回り小さい。あのハイエースタイプのワゴン車には、私も、旅館のお迎えやダイビングの船着場に行くときなどお世話になったことはあるし、工事現場のバイトなんかは、あれで職人さんたちといっしょに現場まで行ったことのある人もいるかな?(なんで知ってるんだよー そんなこと?)と思いますが、あの、横にガラガラーっとやるドアは、重くてなかなか開け閉めが大変だということは皆様ご存知でしょう。コンビはそのドアの窓から箱乗りというか身を乗り出して車掌さんが行き先を叫んでいて、人の乗り降りがあればそのドアを思いっきり開けるので、あの重いドアが障子のようにすべっている。


幸い通勤の往路は、社長のセクレタリーが子どもを学校で降ろして会社に行く通り道なので、毎日ひろってもらっていますが、問題は帰り。5時半すぎると道も渋滞、コンビの中も大混雑で、空いてれば車で10分で着く距離に1時間近くかかってしまう。

神奈川方面にお住まいの方だと日曜日の5時過ぎの134号線・・・東京方面にお住まいの方だと箱崎まで首都高で行ってはまってしまったとき、あるいは渋谷にもうすぐ着くのにー・・・なんで進まないんだよー・・・という、あの246の三軒茶屋あたりの混み具合、のような感じです。それでもって信号待ちだろうとそうじゃなかろうと停止中はほぼ全車がクラクションを鳴らし続けている状態。仕事の疲れにプラスして疲れ倍増。

その間を例の売り子さんたちが車との進行方向と反対に物を売っている。

アイスキャンデーを家で作るための深い棒つきの製氷皿や、世界地図、36色のサインペン等、ちょっぴり欲しくなるようなものも売っていますが、この間笑わせてもらったのは縄跳び! 信号待ちで停止中の車の間を縄跳びを跳びながら走ってる売り子の人がいた!マラソン選手のような体系の人だったので、なにかのトレーニングも兼ねているのでしょうか・・・縄跳びはいまのところまだその一度しか目撃していません。


そんなことで会社を出るのが5時半すぎた場合は(早すぎー!と怒られそうですが、会社の始業時間はなんと8時。実働8時間働いても5時なのです。ちなみに残業代は出ません。)ボーイフレンドにお迎えにきてもらうか、おじいちゃんか善人顔の運ちゃんを選んでタクシーに乗るかのどちらかなのですが、社長に誘拐事件のほとぼりが冷めるまでは日本人とは名乗らないように言われていたことなど思い出し、外人とばれたときには中国人のふりをしています。こっちのタクシーの運ちゃんは、年取っていれば年取っているほどお話好きなので、昨日海に行った話とか、選挙には誰に投票するかとか、ダイエットって明日から始めるって毎日言ってて結局できないよねー・・・とか、てきとうに話を合わせてペルー人のふりをしています。ペルーにはここで生まれ育った日系、中国系、韓国系も沢山いるので、アジア系ペルー人のふりをしてればokです。 最近は昼休みに仕入れたネタで選挙がらみの冗談などを言って、運ちゃんを笑わせすぎて、誘拐より交通事故のほうが心配になっているほどのよゆーです。


この間、奥さんと離婚して下は11歳から上は20歳までの5人の子ども全員といっしょに住んでいるというタクシーの運転手さんに遭遇しました。白髪とハゲでちょっとおじいちゃんに見えたけどたぶん50代。前は他の仕事をしていたとのこと。ペルーでは不景気のあおりで脱サラや商売をたたんだでタクシーをやっている人が多く、中にはドクターなんかもいるのですが、風貌や話し方から想像するに、この人もかなりいい地位にいた人だと思われます。彼はまったく悲壮感がなく、“子ども5人で働いてるのは私だけ。だからいっぱい働かなくちゃいけないんだよねー でも子どもたちとの生活はとても素晴らしいよ”と幸せそうに言っていました。

その運転手さんに出会った日、だから私はこの国が好きなんだなー・・・と思いました。


続く

この記事は、2001年4月に書いたものです


入学式、人事異動、お花見、恋の予感?と楽しい季節がやってきましたね。

ペルーは残暑、48日の大統領&国会議員選出の選挙に向けて、候補者の宣伝もさらに白熱してきました。


その1 選挙の宣伝



政治や宗教の話を書くつもりはないのですが、こちらは直接選挙制なので直前の今、話題は選挙でもちきり。大きな道路の角にはふつうの家の部屋のドア3枚分くらいの大きさのポスターの立て看板が立っています。反対側の角にはほかの候補者のが、その上には道路をまたいでさらにまた他の候補者の横断幕が・・・といったバーゲンセール会場のような状態。一般市民も超盛り上がっています。

信号待ちのときは近すぎると見えないのですが、車で走っていてもはっきり見える大きな看板です。私は不謹慎ながらビジュアル的におもしろがって見ているのですが、ひとりの候補者のテーマソングがすごくかわいくて、それに合わせて彼の政党のシンボルマークのお人形が踊っているんですが、それがなんと水道の蛇口。

フジロックとかなんちゃらフェスティバルのようなかなり大規模な野外コンサート会場のようなところで、壇上は候補者とその家族と蛇口が、満員の客席は彼のブロマイドをもった人々が、彼のテーマソングに合わせて歌って踊っているというテレビCM。


ある候補者は小さい頃の貧乏時代をほうふつとさせる映像から現在にいたるイメージビデオで、もうビッグアーティストのプロモーションビデオ状態。

またある女性候補者は何を勘違いしたのか、工事現場で“もっと仕事を!”と言いながら大き目のスコップをかついでる。

ある白人社会等候補者は有名な黒人歌手と一緒に歌っているそのレコーディング風景。なんだかなー・・・でもそれぞれをほぼそっくり真似しておちょくったコミカルなテレビ番組はかなり笑えます。日本でも物まねのテレビで本人が出てくるのがあるけど、こっちは本人といっしょにでても、ひるむどころかさらにすごいデフォルメや悪いことを言っています。でもって本人も笑ってる。そこで心の広さを見せてるのかな?さて誰が大統領になることやら・・・。



その2 誘拐



ペルーも治安が悪い国ですが、お隣のコロンビアに比べればかわいいもんです。皆様もご存知のように、本当にコロンビアでは3月初めに誘拐事件が発生。

現在の私のボスである社長によると、コロンビアに日本から出張していた人は急遽日本に帰らせたそうです。

なんでもそういうことをすぐ真似するばかものが多いらしくて、私も呼ばれてじゅうぶん気をつけるように言われましたが、

それを彼のセクレタリーに話したら

“そんなの彼ら日本人だけよー 私たち貧乏人には関係ない 関係ない”と一笑されてしまいました。 

いちおう私も日本人なんだけど、ま、それはいいとして、なんで貧乏だってわかったのかなあ? 

そこまで調べ上げてから採用したとは思えないんだけどねー


私の勤め先のオフィスビルは1Fで厳重警備がある上、会社の入り口もガラスドアだけどインターホンつき、

そこを入ってからオフィスに入るガラスドアも鍵つき、さらに私がバトンタッチした駐在員の人も無事日本に帰った今、

社長と彼のセクレタリーと私の3人だけが、さらにもうひとつ鍵つきインターホンつきガラスドアの向こうに隔離されている・・・

というか、役員室の外にも鍵があるという感じです。

世界で2番目に大きい銀行の日本支社に以前派遣されていたときも、各階の出口という出口に鍵がかかっていて

カードキーを忘れるとトイレに行っても戻ってこられないというようなこともあったので、

状況的にはそんなにびっくりしなかったけど、日本に逃げたフジモリさんの影響で日本人に嫌がらせをしたりする人もいるそうで

この鍵をつけたのは昨年の年末最近だそう。 セクレタリーの横には受付を常に映している監視カメラとマイクのモニターもあります。 前の面接であのそでまくり刑事がしつこい取り調べをしたのはそのためだったのかー と納得。

対日本人への嫌がらせも大使館情報によればもうすっかりおさまったそうです。


続く

この記事は2001年3月に書いたものです。


その2 面接パートI


一社目の面接は、連絡をもらったすぐ翌日のアポ。

当日の朝、もう一度別の人から電話が来たので何だろうと思ったら

“お車でいらっしゃいますか?駐車場をご用意いたしますので車種とナンバーを教えてください”

とのこと。すごいねー 私は社長でもお客様でもないのに・・・

でもお言葉に甘えて駐車場をご用意していただくことにして

“どの車で行くかわかりませんのでナンバーは後ほどご連絡いたします”

などともったいぶったあげく、結局は面接に行くのにはかなりふさわしくない、海や山に行く用の四輪駆動のでっかい車で運転手(ボーイフレンド)とともに参上したら、すごい すごい 外に無線機を持ったガードマンがドアに2人と角角に1人ずつ。それが見渡せるほどけして広い敷地ではないのに。さらに

“セニョリータアンドレア お待ちしておりました”

ときた。まだ名前も言ってないのにね。

ガードマンといっても映画の“ボディーガード”みたいなんじゃなくて、日本でいうところの警備員。おまわりさんのような制服を着ていてけっこう怖い。無線機で中に連絡を取った上でさらに高―い塀を鍵で開けて中に入れてくれようとしているので、めんどくさいので彼には後で迎えにきてもらうことにして私だけ下車。駐車場入り口から敷地内に入り、10メートルくらいしかない通用口までそのガードマンが連れて行ってくれて、次のガードマンにパス。そこでパスポートを見せて受付に入り、受付嬢に“こんにちは 私は・・・”と名前を言おうと思ったと同時に中からお迎えが来てお部屋に通される・・・といった素晴らしい連携プレー、バケツリレーのような見事な段取り。


この会社の面接は、日本人社長、彼のアシスタントと思われる駐在の人、日系人のベテラン秘書の3名。秘書の人はスキルや何か、いっしょに働くと仮定したかなりいい感じの質問をしてきたんだけど、それに比べてあとの日本人2人はとにかく私の身上調査。

しかし、2ヶ月ぶりに日本語を話すという状況だったので、日本語が出ない出ない。“共感をおぼえる”というフレーズがでるのに30秒近くかかってしまいました。

ペルーに来た理由はペルーが好きだから。

でも何度言っても納得してくれない。

たぶん、この人たちはペルーが嫌いなんだろう。

あるいは私が日本語が流暢でないと思われスパイの疑いをかけられたのかも?とにかく面接っていうより取り調べって感じで、日本語が出ない一方で“人を見たら泥棒と思え”という諺を思い出したりなんかしてました。

社長じゃないほうの駐在員の人がノーネクタイにYシャツ腕まくり状態。おまけに角刈り風だったんで、よけいに刑事ドラマチック。

アンタ、面接の間くらいきちんとしろよこっちだって2ヶ月ぶりにストッキングと、サンダルやスニーカーじゃない靴をはいて、ペルー仕様になりつつある体を無理やりスーツにおしこめて暑い中やってきたんだかんねー


ペルーの男の人は、Tシャツはもちろんのこと、ジーンズや下着のパンツにまでアイロンをかけて、ゴキブリでも殺してるの?と思うほどシュ――――――――――――――――ってコロンをふりかけてからお出かけするので、この刑事のような日本人のマナーの悪さはびっくりでしょうね。

総理大臣がサミットとかに行くと、なんか同国人として恥ずかしい感じがするでしょ。あの感じ、ひさしぶりに受けた。相手は面接官なのにね・・・。この刑事の取調べの途中からだんだんムカつきを通り越して、どうでもよくなってきて日本語をしばらく話さない状態とは・・・と、戦地から帰ったきた小野田さんや横井さんのことを思い出したりしていました。


役所の建物内などは、たいていどこへ行っても、受付に身分証明書を置いて帰るときにもらってはい、さようならというパターンが多いのですが、この会社は、面接が終わったので外で彼のお迎えを待っていようとしたらガードマンに

“セニョリータ、中でお待ちください。お迎えが来たらご連絡いたしますので”

と言われてしまいました。

以前になんかあったのかなと思うほど異常な緊迫感。学習院に通っていたときも宮様のおつきの人々がいつもいたけど、そんなにピリピリしていなかったのに・・・逆に怖くなっちゃうよ。おもしろいから今度車で通ったときに爆竹でも投げてみようかな・・・いやいや本当に取調べを受けることになるのでやめておこう。


その3 面接パートII


履歴書を送ってから1ヶ月近くがたったのでもうダメかなー

日曜日の何でも欄を趣味でなく読まなければいけないかなー

と思っていた矢先に二社目の面接のご連絡がきました。今度のところはオフィスビルの中。1F受付のガードマンも受け付け嬢男性版、といったところで、けっこうおしゃれな茶系のグラデーションのスーツとシャツ。身分証明書のパスポートのコピーを見せると、ちゃんとアポがあるか確認してからそれでは5階へどーぞ。

またもや日系人のベテランセクレタリーに迎えられ、しかし今回は“早実経由早稲田大学出身ラガーマン”(単なる私の想像)といった感じのダンディな社長が出てきて、政治経済の話から始まって2時間いろいろお話ししたあと、じゃ、明日からきてもらいましょうか、と話がすんなり決まったところで、ちゃんとネクタイをしたおとなしそうだけど頭のよさそうな駐在の人に紹介されてさらに30分。かわいそうな私のボーイフレンドは1階受付で2時間半の間ずーっと待っていた。


現在そこで働いています。経費削減のため駐在の人はもうすぐ帰ってしまうので、現地人と同じお給料でokのとってもお得な私がそこで社長のアシスタントをすることになりました。

現在スペイン語から日本語への翻訳書類と格闘中。

この会社は去年、164人から40人!という大幅なリストラをやったせいで、現在社長はすべての部の本部長を兼任。そのおかげで月初には、財務資料から販売データやら何から何までが大量に私のところにメールが来て、それをすべて日本語に翻訳して日本にレポートする・・・というのが私の使命。

実は今日やっと終わったんですねー そのレポートが。

実はまだアルバイトの身で正式な契約が済んでいないので詳しくは次回のお楽しみ。


ひな祭り、過ぎてから気づきました。

日本はこれから美しい桜の季節ですね。 日本人のわびさびを忘れないようにしなければ・・・


続く

この記事は2001年2月に書いたものです。


日本の皆様、お元気ですか?

寒いのが大嫌いな私なのでそんなに今のところ日本は恋しくなっていませんが、例の“英国人女性失踪事件”の顛末を聞いたときには、あー ワイドショーが見たいよー と思いました。

今回はお仕事関係のお話です。


その1 求人広告

こちらでは新聞の日曜版に求人広告がのるのですが、社名が書いていない。

私書箱宛ての住所に履歴書の郵送をするケースと、

“火曜と水曜日の午前中のみ受付ます”みたいなのは

直接履歴書を持っていかなければならないケース。

この直接がくせもので

“え?今日ここで何があるんだろう 何か楽しいことでもあるのかな?”

プレステとか古くはたまごっちの発売?と思えるほど人が並んでいる!!!

いやあ本当に不景気で、仕事が不足しているんですね。

だって求人広告には社名どころか給料も何も書いてなくて

“事務所受け付け。経験有り無し可。若い人。”

とかいう恐ろしくアバウトなもの。

若いって何歳まで?何の受け付け?歯医者さん?弁護士さん?会社?

と限りない疑問が湧いてきます。


そうそう、求人広告は専門(大卒および有資格者)の欄と、なんでもの欄があって、なんでもの欄はウエイトレスをはじめ、こちらならではの仕事だとメイドというか、昔でいうところの住みこみの女中さんや、運転手さんの募集なんかもあります。

“中には若い人、男女ともに募集、セクシーな女性歓迎。ビデオ出演。”

といったご想像どおりのお仕事もあります。

最初の頃は真剣にすべての求人広告を見ていましたが、仕事を求めて並ぶ人の長蛇の列を、近所のなんでもない安ホテルで目の当たりにしてからは、こんなところでペルー人とはりあったとしてもかないっこないな・・・と思ってやめました。

それからはなんでも欄は、日曜日のブランチのあとに求人広告を見てどんな仕事か想像するという新しい趣味として利用させてもらっています。


結局は日本企業の現地法人を調べて、募集してるかなんかおかまいなく履歴書を送ってみました。


その2面接に続く

ペルー通信パート1の合間に、現在の記事です。



日曜日、以前にもご紹介した私の大好きな雑貨屋さんで 、スゥィーツの会がありました。


Andreaのペルー通信パート2


場所はうちから海沿いの道をずーっと抜けて行くと着くアーティストの街バランコ(BARRANCOです。西語RRの発音練習中の方、頑張ろう!)というところにあります。


パリのオルセー美術館のモネのすいれんの部屋、青山通りの2階のカフェ、自由が丘の、四ツ谷の、西麻布の・・・ずっと居たい場所、居ると気持ちのいい場所は、沢山あります。

まさにここにも、居るだけで幸せになれる居心地のいい場所です。


Andreaのペルー通信パート2


本の交換会の主催者のazavalaさんが 企画された、リマから少し離れたとバランカという街でケーキ屋さんをしているchikakoさんに 、スイーツの販売をその雑貨屋さんでしてみては?という素敵なコラボレーション!

そんな計画があるよ、と聞いていた矢先の震災・・・。

プロのChikakoさん以外のお菓子作りの得意な方にもazavalaさんがお願いしてくださり、その販売と、寄付で、スゥイーツの会は義捐金を集めるチャリティの会になりました。


私もちょっと早めにお手伝いのために行ったのですが、準備出来る前から、まあ本当に沢山の日本人の方が集まりました。

今回の震災の被害での悲しみ、何もできない歯がゆさから抜け出して、やっとちょっぴり笑顔になれた日でした。

サロンのホームページやブログを見てくださっていた方に声をかけていただけたり、新しいお友だちができたり、それも嬉しいことでした。

Andreaのペルー通信パート2



さて、出ましたよ、アンドレアのペルー偶然シリーズ!!

その前日、おうちに遊びに行く予定だった日系人の昔からの友達にドタキャンをくらいましたが、スゥイーツの会の最中に彼女から電話。

”昨日ごめんね、今日はだいじょぶ?うちで飲もう!!”

夕方彼女の家に行く約束をして電話を切ると、しばらくしてまた電話が。

何と、雑貨屋さんPORTICOのオーナーご主人と、彼女の恋人が親せきの親せきとかで、今からそっちへ行くよ、とのこと。その男性は2人とも日本人でも日系人でも無いのに、これまた何という偶然!

世界は一家、人類はみな兄弟!!WE ARE THE WORLD!!


Andreaのペルー通信パート2

この日はチャリティーでしたが、”コラボレーション”ということの話も盛り上がりました。


コラボレーション=自分のスタンスとポリシーを守りつつ、尊重しあいながら、できることをいっしょにやる、って素敵だと思いませんか。


この日のコラボ&チャリティーはまさに。

ほんわかオレンジ色の空気で包まれているような、幸せな気分でした。




アマゾン屋さん 、私のサロンアロマソフィア 、場所はこのPORTICO さんのこの空間↓で、次のコラボレーションの企画も考え始めてています。


Andreaのペルー通信パート2

住みたいくらい素敵な場所です。

Andreaのペルー通信パート2
真中は日本語も上手なオーナーのご主人

PORTICO

JR.JUNIN 358, BARRANCO, LIMA

TEL (511) 7274525



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