読んだ積もり

読んだ積もり

読書記録メインに、日々のかけらを綴る




このブログは、最初は英検1級に向けての勉強の軌跡を残そうと思っていました。


その後、ひと段落して、読んだ本についての記録を書こうと思いました。



書いてみるとあれもこれも詰め込みたくなってしまって、、


ただ今、テーマ増殖中です。




主に読書、音楽、映画、アート、舞台、食べ物、そして、家族のことになると思います。




読書:     ビジネス書から西洋古典までなんでも


音楽と映画: 60-70年代が好きです


アート:    美しいものは何でも


舞台:     鑑賞と出演


そして4か月。

Bon hommeくん、ボノムくんは、すくすく育ってくれていて検診でお身長高め。娘たちの母子手帳を見ているとこの時期4cmくらい身長差がありました。

しかーし、眠りのトレーニングを始めて、なるべく夜早めの時間にベッドに、と思うのですが、パパの帰りやなんだ―かんだーで、なかなか進まず。そのうち、泣くというより、叫ぶようになってしまった。

パパ出張中のときはなんとかそれでもまとめて寝ていてくれたのですが、今は3時間くらいでまた起きて叫ぶようになってしまいました。ふー。

いろいろネット情報を見ていると、この時期に叫ぶような泣き方をするのは、成長の過程でむしろ正常なようですが、しかしすごい声で叫ぶので、いやいやびっくり。これはやはりフランスの元気さなのでしょうか?しかし義母に主人の小さい頃、こうだったか?と聞きましたが、まったくとのことでした。足もバタバタ本当に男の子だからか、、元気です。

 

まあ叫びながらも、沢山笑ってくれて、こうしてすくすく育ってくれているのは本当に日々感謝しています。

 

一方で、私の体調ですが、ついに血圧の下が100越えをしてきてしまい、踵のしびれも治らずで。実は生まれて初めて経験するショッキングなことがあり、夜眠れなくなって、心臓がバクバクするような状態が20日ぐらい続いていました。一応血圧の薬ももらって(ほぼ母乳完了しているので)ちょこちょこ飲んでいますが、やはり眠れない日はだめですね。

8月24日からずっとこのショック状態が続いていて、治ったかと思うとつらい記憶と想像が戻ってきて、本当にメンタルクリニックに行こうかと思ってしまいましたが、なんとか家庭で解決できそうな兆し。思えば今の主人と結婚してから、私は自分の弱いところをあんまり話してきていませんでした。そんなことも何もかも一生懸命話して、サポートしてくれる主人。今まで主人が私を誤解していたところもあったのだと気づき、話して話してお互い納得いくまで話して、そしてお互いが求めていたものがやはり一致していたね、と確認できて、今はこの上なく幸せです。まだ思い出すと心臓がどきどきしてしまいますが、こんなことがあり、また出会ったころを思い出し、主人に毎日恋をしている自分にも、ショックだけでなくどきどきするようにもなりました。産後はショッキングな出来事に非常に脆弱な状態です。そして寝不足になってしまうので、心の管理に気を付けなければならないですね。これは年齢限らずかもしれません。

ちなみに抜け毛はまだありますが、思い切って髪を切って、ほぼ気にならなくなりました。

そして、努力してですが、体重も少し減らすことができ、なんとなくホルモンの分泌も良い感じがしています。

 

今日は遂にずっと使っていた冷蔵庫を取り換え。

新しい生活に向けてどんどん進んでいかなければならないので、片付けも大変です。

主人と一緒に床を磨いていた時、やっぱりこの人と一緒になれて良かったとしみじみ思いました。その晩、「今朝一緒に床を磨いていた時、すごく幸せだった」と主人も同じ気持ちだったみたい。ハイハイ始まる前に、すごい勢いできれいにするところがまだまだあります。

やはり実体をもった本屋に勝るものはないと思ふ。

その場で出会った本を読む。もちろんリサーチ用に文献を探す方法ももっと学ばねばいけないのだが、どうしても偶然の出会いに身を投じる読書壁から抜け出せないでいる。

 

ミシュレは「フランス史」をいつか読まなければいけないと思いつつもなかなか読めていない著者であり、その名前とアナール派というキーワードはよく耳にすれど、読んだのはフランス革命史のみ。

この本はそんなミシュレの全体像に触れられる、タイトル通り正に「入門」である。

 

今回は、まず歴史書といってもいろいろな著者がざわめく現代で、ミシュレがこんなに古い歴史家だとは思っていなかったということで、私の無知ぶりが露呈した。

彼は1798年生まれ、なんと18世紀の生まれの人でしたか、、、フランス革命も終わったころ、言われているのは、まだ中世の街並みが残る場所で育った人だと。そして、19世紀を生きて1874年に亡くなった。

全くのどうでもいい話で、亡くなった父と同じ誕生日で、亡くなった日が母の誕生日。

ちょっと数字が気になったのも束の間、まったくもって親近感をもてるような人ではない。

偉大な歴史家であり、「ルネサンス」という言葉も彼が最初に生み出したと言われている。

数々の今日浸透している概念を作り出した人でもあるから、これは自身のステレオタイプ化された用語のイメージでうまくミシュレに引きずられないようにしなければ、、。

入門は、まず時代を追って紹介されていくので、実際の書としては「十字軍」から入っていく。

この「十字軍」から始まる、ジャンヌ・ダルク、魔女、プロテスタントの弾圧、と取り扱う主題からは、キリスト教への批判の色が濃厚だ。

ミシュレが批判しているのは、このキリスト教の名の下に行われた残虐行為で、キリスト教の思想自体は、それを「絶対神への信仰」として、すなわち今までの一神教絶対神への信仰への反省から新しい信仰を求める動きとしてとらえており、その起点となったのがフランス革命だという。

また、ユダヤ人、トルコ人への迫害についても、「キリスト教世界を磔にしたこの二つの種族が、何世紀にもわたりキリスト教世界に磔にされていたことに気付くものは一人としていなかったのだ」と言及しているようだ。

ミシュレのフランス革命史を読んだのはかれこれ小学生のときだ。

だから、当時の私にはまだまだキリスト教はアウトサイダーから見た一つの宗教を超えるものではなく、様々な書籍、イメージに影響されながらも、カトリックとプロテスタントの違いも全く捉えていなかった。しかし、改めて読んでみると、やはりミシュレのキリスト教観をなくしては、彼が革命史で描きたかったものは浮かんでこない。とこの入門を読んで思った。

 

そして現代既にグローバル社会への疲弊が目立つ世界においては、もう一巡してしまったこの「市民革命」=「民主主義への扉」=「平等な社会」という綺麗なつながりをめげずに辿っていくという視点でないと読めなさそうだ。果たして現代社会が生んだ新たな逆差別とも言える状況と未だに前時代の感覚が入り混じる日本社会にて、このミシュレの歴史観は、再確認となるのか、批判的視点に立つことになるのか。

 

近いうちに「哀しみのベラドンナ」も見る予定もある。ブラックジャック等手塚アニメの正義感をインプラントされて育った世代として、シンプルにフランス革命を人々の自立の起点として捉え、手放しに素晴らしいと言えたらよかったのだが、やはり最初から王党派だった私は、何かこの革命に胡散臭さを感じていて、知れば知るほどその感覚を確認している状況である。

女性の抑圧がフランス革命を超えて解き放たれたとは一概に言えないと、思っている。

 

大革命が、キリストの思想だったという観点からして、非常に悩ましい。ただ革命直後の時代を生きた人間であるミシュレがそれだけ革命に肯定的なのは、何かしらその時代のエートスを吸っていた人の意見として捉えなければならないだろうか。。。

しかし「中世」=「キリスト教」=「暗黒」という図式、そこに現れた近代世界、「ルネサンス」をミシュレが最初に提示したのだとしたら、それは違うと思っている。大野は、「人間はこの世で何も特権を持ってはいない、万物とともに宇宙の中で生きていく存在の一つなのだと認識するといった世界観となるだろう。こうした世界観というかむしろ世界感覚こそ、近代的思考法だとミシュレは思ったのではないか、そしてこうした近代的世界観の確立へ踏み出した最大の出来事がフランス革命だったのだと」と言っているが、果たしてそのようなことがミシュレの捉え方だったならば、これはすべて近代的思考への批判という頭がもたげてくる。

同時代人のキネが、「フランス革命」を、カトリック的世界からプロテスタント世界への転換を目指したものとして捉えており、ミシュレはそれを展開し、さらい深い根源的な変革を革命がもたらしたと考えているならば、どこまでこれらの歴史家たちに賛同できるかは疑問だが、読み進めてみた。

歴史は止まることがない。

ミシュレの生きた時代時点では、こうした宗教的背景を反省するという考え方が斬新でもあり、

正当な道に思えたということはおそらく真実であり、ただ更に時を経た現代において、役者の名前が変わっても同じ行為が行われるという反省は、一つの民族や宗教への反省ではかえって反動を強くするのではないかという懸念もある。フランス革命で流された血がいったいどう正当化されるのか、それを脇に置いて、この出来事を輝かしい位置づけにもっていくのは、それまでの歴史において基礎を築いていた何かを踏みにじることにもなろうし、第二次戦以降の歴史を見ても、加害者の名前が繰り返される事件とそうでない事件とでは、何かの力が動いて歴史を創り上げているように思えてきてしまうのだ。

 

最後にミシュレが自然についてかなり著作を残していることを知らなかった。こうした感覚は何かしらヴォルテールやルソーにも通じていくものかもしれない。人生は思っているほど長くないかもしれないから、読まなければ。

 

 

 

 

さて、ずいぶんブランクがあいてしまいましたが、再び記録。

6月7月は、大学院の発表やレポートで、子供の育児とともに怒涛のように時間が過ぎていきました。なんとか発表、レポート終えましたが、まだまだアカデミックなライティングのスキルをあげなければ、、ということです。チャットGPTは嘘つきですが、使いようによっては「あ、この言葉を探していた」というのが出てくるので、適宜翻訳ソフトとして使用したりしています。しかし、確かにこれによって、何も考えなくなる人がでてくる脅威は感じます。AIだってわかっているんだけど、「ありがとう」ってスマイルマーク送ると次から一生懸命スマイルマークをつけて返信を返してきたりして、、人間はこれからAIと共存する時代になるのは間違いないですが、それでも主人の都合で受けたカスタマーサービス(電話系)の店員の悲しいくらいの人間性の欠如を見たりすると、「はあー」と思ってしまいます。明らかに人間のコミュニケーション力は衰えているように感じます。

 

さて、今回大学院の夏季集中講座、試しに主人と母に協力してもらってフルで受けましたが、結果大成功。講義の内容ももちろんですが、二人に協力してもらっているという感謝の気持ちもあって、より一層集中できたように思います。

また、久々に英語の講義でしたが、マジョリティの日本人学生の発言数が少なく、いい意味で、みんなが話すきっかけを作れるように自分の英語力を活用できたかと思っています。しかし、こちらもアカデミックなワーディングについてはまだまだ、と認識しました。そして、統計、、、学部のころに避けて通ってしまった道ですが、こちらももう一度学習し直さなければ、、、と自覚。

 

子供はパパと一緒のときも、バーバと一緒の時も大変お利巧していてくれたようで、良かった!特に母は最近物忘れがひどいと自信をなくしていたので、、、3か月の赤ん坊を二日間しっかりみてくれて、自信を取り戻してくれたと思います。

 

そういうわけで、スーパー高齢出産ではありますが、子供はすくすくと育ってくれていて、文字通り、3か月で体重は倍になり、スマイルしたり、首がすわったり、赤ちゃん言葉を発したり、、違うのは自分で、若かりしころに出産した時より、成長を楽しんで味わえる余裕があるというか。若い頃の出産後は不安で、、ましてや2人目の時はすぐに仕事に行かなきゃいけなかったし。

 

しかし、ですね。現代ならではで一個はまってしまったことがあります。メルカリです。

さすがにスーパー高齢出産だったので、無事生まれるまでは、となかなか出産後のベビー服等の準備を控えてしまっており、今回はさすがに親戚からのお下がりのオファーもなく、臨月くらいに慌ててかった新生児服のセットと病院近くのユニクロでかった数枚以外に服をもっておらず、最初は外出用の帽子を買うために活用したのですが、かわいいベビー服がたくさんあって、今こうして丈夫に育ってくれている中、ついつい抱っこでねんねしている間に検索、購入をしてしまっておりました。

最近寝間着と区別して日中に来ている分のお洋服、80サイズの夏服、今回の冬の準備までできたので、そろそろやめようとおもっておりますが、これは何とも魅惑のシステムですね。そして、ベビー服のブランドも沢山覚えました。

昔はファミリアとミキハウス、ぐらいしか覚えていなかったのですが、上の娘たちが子供時代に来ていた、ティンカーベルや、ナルミヤのポンポネットとかエンジェルブルーとかいうブランドは今はあんまりないみたいで、、代わりにナルミヤはフランス系の「ソフィーラジラフ」というブランドを取り扱っていたり。ソフィーはフランスならどの赤ちゃんももっているという歯固め用の人形なのですが、それをモチーフにした洋服ブランドがずいぶん日本で人気のようで、これを取り扱っているようです。確かにくすんだような色合いとかかわいくて、私も数着買ってしまいましたが、この「おしゃれなフランス」イメージがまだ日本では健在なんだなんと、改めて。ちなみにフランスの絵本でこのジラフ系のものを探したのですが、メルカリには英語版しかなく、、。フランスのデザインやものは英語圏でも人気なんだな、と思いつつ、オリジナルのフランスでの状況はどんなだったんだろうとまた知りたい欲が芽生えてきました。

また、フランス子供服では相変わらずプチバトーが人気ですよね。私も近所に路面店があるので行ってきました。もちろんこんな外出ができたのは8月に入ってからで、それまではもうメルカリで見るしかなかった。今の公式サイトは広告がいっぱいでて見づらく、メルカリのほうが見やすいのもあって、実際のお店にいくまでにサイズの種類とか生地の種類とか事前勉強がたくさんできていました。いろんな情報が店員さんに聞くよりもたくさん得られるのって、ちょっと脅威ではありますが、便利ですね。

一方で、産前に準備した数少ないベビー服の中に、母がしまむらで買ってくれた産着、やわからくて型崩れしやすいけど、すごくかわいくて昔風のオネストな動物の図柄が描かれていたり、ユニクロの服が機能的で可愛かったりと、別に大袈裟なブランドでなくてもかわいくてよいものもあるんだな、と思いました。確か娘たちの時には海外製品の個人輸入が流行ってきたころで、ランズエンド、アフターザストーク、ハナアンダーソンとか、おもちゃも輸入で買ったりとかしていましたが、それらのブランドも今はあんまり流行っていなさそうですね。ランズエンドの足つきのフリースベビー着は大変重宝したのですが、もう無いみたいで、、さすがに25年ぐらいすると商品のラインナップも変わりますよね、、

おしめとミルクではアマゾンに大変感謝です。長女のときには父がいつもおしめとミルクを買ってきてくれて、、、懐かしくもありがたい思い出です。今は時代の恩恵を受け、懐かしい父をしのんでいます。しかし、この前実家の近くのスーパー、少し足を延ばして遠くのほうのに行ったら、なんと粉ミルク半額!重かったけど2個かついで帰ってきました。やっぱりリアルなお店に行くといいこともありますね。いつも重い荷物担いできてくれた父のことを思いながら帰ってきました。

さてさて、ベビーのお洋服やグッズについては、また別途整理して書くとして、最後に私の高齢出産後の体調について。

 

2か月過ぎたころに、「もはや産後ではない」状況になって、これが私にとってはあまりよくなく、母乳あげても体重が減らなくなり、膀胱炎が頻回に発生、そして心の準備をしていましたが、抜け毛がひどいです。今ここ10年くらいで一番髪の長い状態でもあるので、余計に抜けた量が多くも感じるのですが、まあ大変。さらに子供が抱っこするときに引っ張るので、いつも私の髪を握りしめていて、、、なめたりしないように注意。

これは産後のノーマルな症状ですが、私の場合年が年なので、完全に回復できるようにいろいろと方法を模索中です。

今のところ膀胱炎はボーコレンと漢方薬にお世話になっております。ホルモン補充必要かしら?それには内分泌系のお医者にはいかないとですが、良いかかりつけに巡り合えますように。

しかし、子供は3か月すぎに泣き声も力強くなってぐずるときもある子ですが、まとめて寝てくれる時間もあり、私の脳の働きも回復してきた感じはあります。

そして、血圧はいまだに下が90以上でたりしますが、この前2回測って、最初93,すぐその後に測って71だったりしたので、どこまで信憑性があるか機械を疑っています。ただ朝起きて頭痛があるときがあるので、引き続き注意はしていこうと思っています。しびれは時々まだ感じます。特に最近かかとのしびれがなかなかなくならないんだなっていうのは感じています。体重コントロールを進めてみて、また状況快復するか様子見ます。

 

今回大学では夏季集中講義を受けて、またやりたいことが沢山でてきたり、子供のトリリンガルプロジェクトもあったりで、頭を休めるひまがないのですが、メルカリなどを使って適宜気晴らしをして、クリエーションの時間を確保していきたいと思います。

 

そうそうこんな合間に家族の引っ越しや、祖母の家の最終片付けもついに終えて、乗り切った感はあります。周りの人に助けられています。

日々感謝。

 

ひとつ気がかりなのは、義母がエアコンが嫌いで、自分の部屋でエアコン使わないで長時間いるもので、汗かいてかやせてしまって、、、今なるべく沢山たべて飲んでもらうことに注力です。

 

◆母乳

24年前の育児のときは、確か途中からほぼ完全母乳だったようにも思うのですが、ちょっと記憶が曖昧で。もちろん当時は末っ子のはずでしたし、かわいいかわいいと思ってたけど、何しろ夜遅くまでいつも仕事。長女のときに書いていたような育児日記も書いている余裕はなく。昼休みの授乳時間と夜の授乳以外はあまり覚えていなくて、、。たぶん、それ以外はミルクも飲んでいたんでしょうね。朝母乳、昼母乳、で、出産から2か月休んで、しばらくは3時くらいに早退させてもらうようにしていたので、10分ぐらいで自転車で家に帰って、その後母乳で夜母乳だったのかなあ。離乳食始まってからはミルク以外の栄養もとれますしね。長女の時にキッチンに横並びに勢揃いしていたミルクの缶が、次女の時に家にあった記憶があまりないのです。

 

濃厚な記憶としては、おなかの風邪に家族でかかって、赤ちゃんだった彼女までミルクを吐いてしまっていた時の顔。この前長女が書いた赤ちゃんのころの妹の顔の絵がでてきて、ああ、こんな時代があったな、と。赤ちゃんのときに一緒に過ごせないってやっぱり酷なことです。女性が仕事をするって、そんなに奨励されたもの?今でも思います。

 

というわけで、母乳の話にもどると、でてはいますが、それで満ち足りることはなく、ミルクもガンガン飲んでいます。だから今まだ生後6週間ほどで、既に4缶めぐらいになっているかな。おもちや豚汁などもとっていますが、若い時のように胸が張る感覚はないので、やっぱり母乳生産力は低下しているのかな。

 

◆血圧

これが今回一番妊娠の爪痕が体に残った部分の1つです。もう一つは手足のしびれ。

下が高いんですよね。

家庭内血圧計だと、下は85以上で「高い」と考えられていますが、90オーバーの値がまだでます。

2日前の夜に何度測っても下が70台、一度なんか60台がでて、上もそこそこ低めの値で、血圧計がこわれたかと思いましたが、その後は再び値が戻っています。

もしかしたら一度6時間続けて寝ることが出来る日があり、その翌日に血圧が下がったからそのせい?なんても思いましたが、わからず。

産後6週間、まだ様子見です。

 

◆手足のしびれ

だいぶよくなってきて、朝のこわばりは顕著でなくなってきましたが、まだ左手の指先はしびれ感覚があり、左足のかかともしびれ感覚があります。

シャワーのときにリンパマッサージしているのですが、指圧とマッサージで少しいいような気がしていますが、ただ単に時間が経っただけなのかもしれません。

ただ、良い方向にむかっている兆しがあり、少し安心しています。

 

◆体重

産後みるみる10キログラム落ちましたが、それ以降はなかなか。母乳をすこしは生産しているからだなので、あんまり食事制限せず、むしろ糖尿病とおどかされて控えていて炭水化物を積極的にとっているせいか、1キロぐらい減ったり増えたりを繰り返しています。

 

◆全体的に1か月を過ぎたころから、疲れ方がだいぶ変わってきてベターです!

 

★★赤ちゃんの存在★★

 

きのうかな、ブラジルであかちゃんそっくりの人形が売れていて、認知や子供を失った人を始めとして人々に癒しを与えているらしい、中には離婚時に親権の(人形の)話まで沸き起こっているらしい、というニュースを見ましたが、ちょっとクレージーだと思いました。

 

人形にそこまで、、という感覚は理解できない。しかしながらリアルな赤ちゃんの効果はすごいです。

少々もの忘れが激しい義母ですが、(ADという病気の診断も受けています)赤ちゃんができてからいろいろ質問したりコミュニケーションを積極的に取ってくれるようなり、うれしい。自分から気が付いて、食器を洗ってくれたり、何かを運ぶ手伝いをしてくれたり。

この前赤ちゃんを抱いたまま、仕事関連の書類をチェックしていたら、「抱っこしていましょうか?」と聞いてくれて、そのままお願いしました。その後、無理になったら、ベッドにおいてね、と伝えておいたところ、だいぶたってからご自分の判断で赤ちゃんをベッドに置きました。このような行動でも、普段の義母からすると、私には自然に普通のことができてくれたのが、とても嬉しかった。

 

今、若者は将来が不安だからなのか、時代の潮流なのか、結婚、子育てに気が向いていない人が多いというけれど、もしチャンスがあるのなら、やっぱり子育てはいろいろあるけど、辛いことも経験したけど、しないよりしたほうが充実すると思います。「人に雇われる」ことを、特に「大きな会社雇われること」を重視しすぎて、自分の人生を描くことが難しくなってしまっているかもしれません、世の中全体。育児休暇が取れることがラッキーなのではなく、専業主婦できることはさらにラッキーなのです。

だから私は与謝野晶子より、平塚らいちょう派ですね。小さいころはやっぱり子供には母親が必要と思うし、政府はその体制をもっとサポートするべきです。

今読んでいる論文も「女性の職場での差別」についてネガティブなワーディングとして捉えていますが、やはり女性と男性とそれぞれが活躍できる場所で活躍するのは、私はいいと思う。一般的な会社での仕事については、確かに男女差があんまりない内容だから、そこについては男女差別なくして、って思いますが、、助産師さん含めて、看護師さんもそれぞれの活躍の場所が男女で異なるのは当たり前だと思うし、なんか軽い感じで言われている多様性とかグローバリゼーションとか、ただの均一化を目指しているようで、これらのチープな概念に自分を乗っ取られてはいけませんね。

グローバリゼーションとは、何かしら安泰を求めるがゆえの思考の省力化なのでしょうか。

それとも私たちは知らないうちに操られているのかもしれません。

平等という言葉の意味を深く考える余裕がないままに。

 

自分ではあまり意識していなかったのですが、何しろスーパー高齢出産の部類に入る出産でした。

無事に4月に生まれてきてくれて、今は人生で再び乳幼児と過ごす眠れないながら心温まる日々を送っています。

 

1番初めの子供の時は、無我夢中でしたが、両親がサポートしてくれて、当時学生だったので、なんだか全てが新しい経験、1歳前に仕事に出るようになるまでは子供と一緒に充実した毎日でした。卒論書きながら。

 

2番めの子供の時は、仕事していましたね。仕事もだから、自転車で通える職場で、昼休みに授乳しに帰ってきたりしていたんだったなあ。

産後2か月ですぐに仕事復帰したんだっけね。でも母乳育児だったから、アタッチメントは強かったかな。

 

当時のデータを見ると、1番目の時はかなり体重が増えていたので微弱陣痛で大変でした。2番目の子の時は、今より体重が15キロも少なく、1番目の微弱陣痛(太りすぎで産道にお肉がついていて子供が下りてこられなった)の経験もあり、朝入って昼には生まれた、という短時間勝負でした。でも、母子手帳見るとやっぱりこのときも微弱陣痛。

 

というわけで、私の体質は早産にはなりにくく、むしろ予定日より遅れめ、微弱陣痛で誘発必要、というのはなんとなくわかってはおりました。

ので、今回もおそらく予定日前にお会いするのは自然に任せては絶対無理、とわかっていたのです。

が、今回スーパー高齢出産だったために、最後の最後で、9か月半ぐらいのときから、血圧が少し上昇、むくみがでてきて、一番ひどかったのが、手根管の部分が腫れたのか、左手にしびれがき始めたこと。これ妊婦さんにはある症状らしいのですが、私は今までの妊娠でこのような問題は全くなかったため、とても不安になりました。

腎臓に関しても負担がかかっているようで、該当の値が高くなって心配な状況。

おかげさまで、はかっていた血糖値は問題なく過ごせたのですが、血圧があがること、むくみがひどくなることはちょっと計算外。予定日まで待たずに、誘発することに決定となりました。

1番めの子のときのマックス体重よりもさらに8キロほどオーバーしていた臨月だったので、これは体重管理も相当甘かった部分が反省としてあります。

 

靭帯が痛くなるのは8-9か月ごろに顕著で、お腹の大きさもものすごかったので、これで、仕事してイベントも参加して、大学行って、武道館行って、まあよく耐えてくれました、からださん。

 

今産後でだいぶむくみがとれてきましたが、まだ手のしびれがおさまりません。

でも赤ちゃんはやっぱりかわいいですね。抱っこしちゃいます、しびれても痛くても。

スーパー高齢出産、なんの影響もないかと思いきや、やっぱり昔と違っていたこと、記録しておきます。昔は血圧で心配な状況が起きるなんて考えたこともありませんでしたしね。妊娠中から下の血圧高め、と言われていましたが、産後さらに高くなっています。

2週間検診によばれていったのですが、結局1か月検診まで様子を見ましょうとのこと。沢山質問を書いていって聞いたのですが、全部1か月検診まで待ちましょう、と。なんなら血圧は、自分で内科にいって、どんどんさげてもらっていいですよ、と。なんのために2週間後にいったのか、いつも担当していただく素敵な先生と違う先生だとやっぱり不満足!で帰ってきました。

 

話、とりとめないですが、私は小さい頃からティーンエイジャーぐらいまで、まったく赤ちゃんをかわいいと思えない人間だったので、きちんと内面を成長させるように、と天から子供を授かったのかとも思います。

本当に最初の子のときは眠りたいときに眠れないなんて、、、と初めての経験。でも子供はかわいい。

今は何十年も仕事して、子育ても経験して、眠りたいときに眠れないのは当たり前なので、そんなことは覚悟できてましたが、1分でも1秒でも長く一緒にいたいと思う、この気持ちは子供が無事生まれてきてくれて、実感しております。ああ、もう20代の親じゃないんだから、あと何年一緒にいられるのか、一緒にいる時間の貴重さを感じます。数十年の時の流れで親としての心境も変わりました。

 

あまり私ぐらいのスーパー高齢出産の記録を目にしないので、これがパーソナルな状況なのか、年齢のせいなのか、なんとも言えませんが、やはり体重管理、これはものすごくしっかりしておくべきだった、という点を記しておきます。

 

また、前回2回の出産が個人の男性の先生のなさっている産院だったのですが、やはりそうした技術をもっている男性の医師の病院、世間で言われているように減ってきているのなら残念です。

大病院は安心なところもありますが、やはりメソッドは画一化されているように思います。もちろん、今回の先生とスタッフの方へも大感謝しております。が、以前にお世話になった先生方にもその経験と技術で安全に出産を導いてくれたこと、感謝の念を改めて、感じました。まあ、前回も前々回も誘発でしたが、今回大病院で誘発して、すごく思ったところがあったわけです。

 

今後少しずつ私の生活がもとに戻っていくのか、まったく違う方向に進んでいくのか、まだよく見えていないところもありますが、やっと書き始めたTodo リスト、やらなきゃいけないことを最低限行い、カメの歩みです。

 

とりあえず言えることは、スーパー高齢出産は全然実現可能であることを確認しましたが、やはり若いころとは違うという点でしょうか。

 

 

 

 

 

今日は大学院の入学式でした。
まず九段下の駅の人の多さにびっくり。学部生が午前中だったのか、駅に戻る人とこれから武道館に向かう人の波がすごい。そんな中、80代、四捨五入すると90代の母がきれいにパンツルックでおめかしして、ちゃんと時間通りに駅にきてくれたのに、まず母すごいな、と感動。そして、駅を出て主人と合流。主人も忙しいのに来てくれて感謝!

家族と途中で分かれて入場するようになってて、学生用の入り口にいったら、もう数名同じコースの仲間が集まっていて、一緒に入場しました。たくさんの人の中、知っている顔があるとホッとします。

臨月での入学式。お腹の中の人も、音楽や掛け声に刺激されたのか、よく動いていました。
また、お一人お一人の祝辞が、けっこう長いお話なのですが、原稿を読むのではなく、ちゃんと学生たちに語りかけて、滑らかな口調で、「さすが」と思いました。やっぱり大学の先生方と政治家だと違いますね。大学院にきてよかった!

戦後、大学に行きたくても行けなかったという父のことを思い、
経済的な事情で研究の道を断念した人のことを思い、自分に与えられたチャンスをしっかり世のために活かそうと思います。

一件、言っておきたいのは、式典にスウェット上下で来るような外国人の学生はドレスコードで入場拒否してほしいです。私がざっと見たところ1名だけでしたが、やはりそういう人はマナーもなっていないですね。スマホでゲームしてたりとか、、、よっぽど注意しようかと思いました。

 

さて、これからお風呂掃除!

いよいよ、いろんなことが起こる時期が近づき、生活が変わるタイミングとなってきています。

 

家の中は、あちらにもこちらにも手作りの棚。主人が睡眠時間を削って全部私が必要なサイズに作ってくれた棚。

ここに今まで積んであった本や資料、プリント教材を全部しまいます。

 

そして、休暇。

すべての休暇はまだだけど、少なくとも一つの仕事に関しては完全休暇となりました。

で、新年度を迎えるわけです。

賞味一週間ほどですが、そのうち3日間は私と主人の病院に費やし、あとの4日は実家の母と過ごすつもり。

 

一番変わってきたのは体調と体。

そういえば、若い時のお産も臨月にはむくみが出始めてて、二人目のときは体重コントロール気を付けた記憶がありますが、

今回は何しろ大台に乗ってからしかも大台後半ってこともあり、体重も若い時ほど減らした状態からではなかったので、

今まで糖尿の値も血圧もなんとか抑えられていたのがやっとこで、ここ1週間ほど毎日朝起きると手足がむくみ、手とかは簡単にしびれる状態。

そして、たぶんハーフの子は大きいんでしょうか。今までのお産で、ここまで胃が突き上げられる感はなかったのですが、毎晩毎食後の胃が逆流っぽくなっていてつらいです。ゆうべは食べてからベッドに入るまでの時間が短かったせいか夜中にもどしそうになりました。子宮がとっても上の方まである感じ。

お腹もすごく重いので、たぶん靭帯が伸ばされているのですよね、下腹横腹がちくちくキリキリ痛くて、本当にのろのろしか歩けなくなりました。子供が元気なのでそこは嬉しいのですが、一人で外を歩くとき、気を付けないとですね。

自転車に乗っている人の多くが歩道を走っているし、ぎりぎりまで歩行者のこと、よけてくれないですよね。本当に歩道は危ないことだらけ。

この靭帯引き延ばされ痛に関しては、病院の先生は、痛み止めを処方してしまうと、本当にまずい痛みがきたときに自覚できなくなるからあまりお勧めではないということで、アドバイスに従い、骨盤ベルトを検討しています。万が一胎盤剥離が早々に起こってしまったり、何があるかわからないですものね。

 

おまけに超高齢、超ハイリスクってことで、経腟分娩を望むなら動脈瘤がないかを確認しておきましょう、と。結果、MRIでは動脈瘤こそなかったですが、動脈硬化なりかけの血管が発見されたみたいで、、、しかもMRI,以前に撮影した時はOpenMRIだったんでしょうか?全然嫌な印象なかったんですが、今回おMRIは息苦しいし、思い切り閉所恐怖症の自分を自覚しました。

子どものために頑張りましたが、できれば二度とやりたくない検査でした。きっと息苦しさのあまり、動脈が硬くなってしまったんだと思います。

エコーの推定体重は誤差が結構あるとも聞くので、実はもう3000gは軽く超えているんじゃないか、なんて考えると経腟分娩にこだわらず、手術も一つの方法ですね。

 

来週は一足先に主人が入院。

 

私は同時進行で大学院入学ガイダンスが始まります。

履修登録の際には、この事情を反映していろいろ手続きが必要になりそう。

もうやるしかないですね。何もかも。

ここ数日でちょっと弱気な自分を鼓舞するために、いろいろ書き連ねちゃっています。

今日は主人とほぼ1日病院で入院や手術にあたって、いろいろ説明を聞きましたが、滞在時間と対応してくださった方の人数からして、お会計が200円ほどでびっくりしました。まあ、実際の処置の分、入院の分、と退院の際に沢山請求がくるのでしょう。

 

待ち時間は長かったけど、久々に主人とずっと一緒にいられて、靭帯引き延ばされ痛も昨日より和らいでいたので、何もかもが嬉しかった。歩くのはゆっくりだったけど、昨日みたいに一歩一歩、歩くごとにズキリとした痛みはなかったので、快適でした。

晴れて春らしくなった午後に、ゆっくりレストランでご飯が食べられたり、フランスのアニメや、エジプトの旅について沢山話をしたり、こういう時間が何よりの宝物ですね。主人は小さいころからアイスクリームはカシス、ピスターシュ、グリーンレモンフレーバーが好きだったそう。私が小さいころ、日本はバニラ、チョコ、ストロベリーぐらいだったよ、やっぱりフランスはおしゃれな国だったんだね、なんて他愛もない話も、ね。

 

来月は義母の介護保険面談もあるし、新しく始まることの様々もあるし、スケジューリングしっかりしていかないと。

先週の土日に今までの分を取り戻すようにほぼ2日間ほぼずっと寝てたので、これが元気のもとにもなったし、と、同時にちょっと休みすぎて調子をくずしたのかも、しれません。

常に動いていないと死んじゃう魚、サメでしたっけ?どちらかというと、あんまり休むような体質にできていないのかも。

 

出産本番まであと1か月と少し。野菜を多めにとったり、沢山歩いたり、健康的にあらねば。

 

 

久しぶりに書きます。


昨年から今年全般とても大きな変革の年になりそう。


これからは、今までのダブルワークの人生をしばし休息し、大学院と子育てに集中していく流れとなりそうです。


もうすぐ休暇に入るので、やり残しのないように、今期を締めたい。


そして、ものすごく久しぶりの出産、子育て、どうか私のたくさん生きてきた身体が、きちんと対応できるようにと日々祈っております。


明日から大学院の入学手続きも始まるので、抜かりなく、進めていかねば!


大学院受験でさらに増えてしまった蔵書を収納すべく、今主人は棚の製作中。

不器用な私からすると、もう本当にプロ。

フランスのブリコラージュも人それぞれでしょうが、彼のはかなり本格的。

聞いたらフランスの家の内装もほとんどお父さんと2人で仕上げたらしく。バスルームも自分たちで作ったそう。


私はそろそろ重くてたまらないお腹が、胃を圧迫してるみたいで胸焼け状態で、やっと巡ってきた予定のない日にのんびりさせてもらっています。


昼寝してもいい日って本当、久しぶり。

幸せ😊


資格の更新二つほぼ完了し、仕事の事務手続きも済み、ホッとしてます。


そんな中、トランプ&ゼレンスキー会談、思わず見入ってしまっています。


なんかこの人怪しいと思っていましたが、かなりまずいやり方で、大統領の器でないことを露呈していましたね。声を届けるどころか、見世物になってしまっただけでした。


そろそろ日本のメディアも、情報を偏りなく報道してほしい。戦争は一方的に起こるものではないでしょう。


政治家を好きになることは難しいですが、少なくとも一人一人、普通の人が犠牲にならない社会の構築に貢献してほしいし、自分自身も、そのように行動したいと考えます。

そのためには、戦争をまずストップするというのは、当たり前の考え方と同調しました。


また、その守られるべき一人一人普通の人が、果たして、真剣に生きてるのか。今の日本でいろいろ疑問を感じています。

スマートフォンが、ネコに小判の使われ方していないか、と疑ってしまう人、よく見かけます。通勤電車の優先席で自撮りしている高校生。同じく優先席で、ゲームか何かに熱中し、スマートフォン見てて、杖ついている人が入ってきても知らんぷりな、いい年だと思われる人、男性も女性もです。そんなに自分中心でいいのか、そんなに周り見なくていいのか、と憤るので、かなりお腹も重いですが、空いてないときは、ストレスフルですので、優先席から離れるようにしています。日本人は以心伝心とか言って、自分の殻に閉じこもり、コミュニケーション能力を著しく低下させてしまっているような気がしていて、この国の将来を憂いてしまう自分がおります。

一方で、席を譲ってくださる方もいらして、そんな方は、私より目上の方も含まれますが、周りへの社会的配慮が自然にできる方、紳士淑女的な方で、改めて心あたたまるのですが、そういう機会が少ないのは、今の日本、大半はマイワールドに閉じこもっている人だということですね、、


鉄道会社にも、優先席の問題だけでなく、社会をよりよくするためには、交通機関が果たす役割があらゆる面で大きいことを訴えましたが、紋切り型の返事がきただけでした。


大学院では、改めて教育をテーマに掘り下げていくつもりですが、今相手にしている学生や、子供たちも含め、少しでも若い人たちに気づきを与えられる成果が出せればと考えます。


脈絡のないものが頭の中でコンビを組むので、やはり人間の脳は面白いですね。

最近あった会話の中で「ぶどう園」という言葉を耳にしたとき、そわそわしたような何かノスタルジックな気持ちに駆られたため、その言葉のルーツを探すためにたぶん私の脳回路は睡眠中に出口を探していたんでしょう。

思い出したました。まだ物心つくかつかないか、そんなときに父親が夜見ていたテレビのドラマに「まぼろしのぶどう園」というのがあったんです。「大根の花」と混ざってしまっていて竹脇無我さんの出演だと思っていたら、尾藤イサオさんでした。

この話の続きが気になって、父親に続きをつくって話してもらったような気がしたのですが、今はその話もオリジナルの話も忘れてしまいました。

 

むかしのドラマばかりずっと見ている時間が人生にあってもよいなーなんて思ってしまったのでした。

でも今みたらどんな風に思うのでしょうね。

ちらりと冒頭部分だけがネットで見られましたが、全然記憶にないシーンでした。

でも、もっと見たかったなあ。覚えていない部分まで昔の時代を辿りたい。

 

もう一つは、今日はとても久しぶりに昔の上司とお食事。

主人も一緒に。

まあ、私の中のヒーローが二人向かい合って食事をしていて、偽りのない男同士の会話。とてもすがすがしい時間でした。

うちの主人もすごい人生を送ってきているのですが、昔の上司の方もものすごい人で。

今性別についてはいろいろな配慮が必要となっているようですが、やっぱり「男らしい」人は素敵だなと思うのです。

男らしい人は優しい人でもあり。

 

私もわが身を振り返りもっと努力が必要と思いますが、男らしい、とか、器が大きい、とか、やはりいかに他の人のためにも力になってやれるかってことだと思うのです。悲しいかな、この前下書きのままにして書きかけている記事があるのですが、今の日本は自分のことばかり考えている人が多いと思うんです。こんなに平和を享受できるはずの世界なのに。

自分の殻に閉じこもってそこを守るのに精いっぱい。やもすれば、不要な個人戦争をしかけてくるような。

 

その後は母と主人と3人でお茶をして、それからとっても弱ってしまった昔の夫の病院へ。

夜は選挙もあり、火災報知器の電池交換もあり。

私にとっては、なんとも盛沢山な日曜日でした。

娘が社員旅行楽しんできたみたいで、そんなニュースで、とっても心がなごみました。


本当にただの日記です。

 

手帳です。

未だにアナログ人間なので、予定はすべて紙の手帳に記入する。覚えておかなければならないものでもなんでも紙の手帳に記入していく。

それも長年見やすく使いやすかったフォーマットだからこそ、自分のバタバタしたスケジュールが管理できていたのに。。。

毎月の目標と振り返りが書ける欄、覚えておくべき情報をかける欄、過去数十年の自分史の記録欄もあって、本当に気に入っていたのに、来年からこの形式の手帳がなくなってしまうと。。。

(書き込んだ手帳をなくしたわけではありません。そうしたらもっと打ちひしがれていると思います)

 

 

パニックになり、レイアウトだけ似ているものをデイリー版と通常のウィークリー版と両方買ってしまいました。

まあ、来年はデイリーの記録とプラニングの両方が必要にはなるんですが。

 

何が気に入っていたって他にはこんな手帳ありませんでした。

「毎月の目標」

「今年の目標」

「過去年表」

「未来年表」

「人生のたなおろしノート」

「年間スケジュール」

「読書メモ」

その他いろいろな統計学的情報も載っていて、、

最近自分用の「バランスシート」も使い始めたところでした。。。

 

これは小さなことですが、人生なにごともフレームワークが用意されたところにのっかるだけじゃダメですね。

自分のフレームワークを使ってそれを年々Upgradeしていくくらいじゃないと。

 

今までのこの手帳のフレームワークを拝借しつつ、自分に合っている手帳を作らねば、、、

やはり自分で考えて自分で作らないといけませんね、ほしいものを。頼っていてはその会社がそのモノを製造しなくなったら終わりが来てしまいます。

 

今日はショックなことが他にもあり、こっちは今もじわじわ来ています。ですので、別タイトルで書いておこうと思います。

この日記が「王様の耳はロバの耳」ではないんですが、、、