ようやく自然体! | ありのままで生きる

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自然が大好き。旅が大好き。自然のcolorのグラデーションの中に意識を合わせることが大好き。そんな感覚を伝えていきたい。「自然との調和」を大切にこの世界をつくっていきたい。

小学校の教員をしている時に、発達障がいの子に服薬させて、落ち着かせるという状況に苦しくて、心が折れそうになり、教員を退職した。

 

この状況、自分の中で未消化だった気持ちがリンクしていた。

被害者のように感じるのは、自分が体験してきたことだったから。

 

宮崎で暮らしていた時に、倒れてしまったことがある。

実家に帰ってきて、娘と暮らしていた。

段々、両親との暮らしの中に息苦しさを感じ、生活そのものがストレスフルだった。

その時は、臭いに敏感で、暮らし全体の中にある、魚を焼いた臭いや、過度な柔軟剤の臭い、漂白剤の臭いなど強い匂いがストレスで、全てに頭がくらくらしておかしくなりそうだった。

そして、それを両親に言っても、「あなたがおかしい。」と言って一向にストレスを軽減させてくれない。

 

これって、過度な柔軟剤の臭いに苦しんでいる繊細さんたちの気持ちをわかろうとしないどころか、この臭い世界に免疫をつけろという始末。

本当、ありえない世界。今思うと本当、私の人生、この家族から虐待を受けていたのだなと思う。

昭和の世代って、どこか戦後の人々の意識だから、人に色んなことを強要してもそれが当たり前で、自分たちもそれを乗り越えてきたからだろうね。

でも、いつまでも、その意識を続けているのは違う。

そもそも、自分がそういった現実を作っていたんだけれどね。

これは、ヨガをしていくと、よくわかる。

自分の心の状態が、この世界を作っている。

 

それで、苦しくなって、日々のストレスが強過ぎて、頭がどんどんおかしくなっちゃったんだ。

そして、自分の正しさを誰にもわかってもらえずに、気づいたら、精神病院に強制入院させられていた。

今思うと、自分の正しさをしっかりと伝えるコミュニケーション能力も未発達で、行動の予測もできないくらい幼かった。

あまりの支配的な態度に、自分を守る状況を作り出すことができずに、ベランダから助けてと叫ぼうものならば、

「何を馬鹿なことをやってる。」とさらに状況は悪化。

 

今思うと、私も、親も、どちらも未発達だったんだな。

困った状況をどうにもできないけれど、なんとかしないとという思いだけで動くから、理性を伴っていない行動になってしまう。

知性って本当に大切だなと感じる。

知性って誰でも磨いていけるもので、思考力を深めていくことで、培っていけるものだと思う。

ぼーっとお笑いのテレビばかりを垂れ流して見ているようでは、ダメですよ。

物事の仕組みに対して、「なぜ?」「どうして?」って考える力を育てていくことで、思考力は育っていきます。

日本の学校の勉強は、本当に、この思考力というものが育ちづらい環境ではあるなと感じてしまう。

 

 

巷で起こっているニュース、家族内での問題を誰も解決できずに起きてしまう殺人事件に心を痛めるよ。

引きこもりの親子に対して、正しいコミュニケーションを伝えたいって今は思う。

お互いの言葉の通訳をしてあげたい。

両方とも正論。でも、物事の真理が相手に届いていないから衝突ばかり。それぞれの背景があり、それぞれの正しさをしっかりと伝え合うことで、問題は問題ではなくなり、真理の中の愛に気づくことができれば、本当に平和な世界が訪れる。

 

そして何よりも満たされていないという心理が、働いているから。

 

そうそれで、強制入院していた時に、薬を飲まないといけない世界まで追い詰められた。

入院した時は、先ずはどうして自分がここに入れられたのか、納得がないままここに入れられるってやっぱりおかしなシステムだよね。

だって、コミュニケーションで解決できるかもしれないのに、お互いの思考力がそこまでないから、

今の、学校の発達障がい児の子の対応と一緒。

子どもだから、親や医者や先生の言うことは絶対の世界。

納得していないのに、薬を飲むなんて絶対やだよね。

自然な自分をただ受け入れてもらいたいだけなのに、周りの大人が頭固過ぎて、その自由が広がらないから、お互いに苦しい。

 

私もそうだった。

薬を飲まないと、もっと酷い状況が待っているかもしれない。

強制入院が長期的に続く。

隔離病棟に連れて行かれる。

実際、普通病棟にいて、少しでも暴れたりすると、看護師の人たちが大勢で取り囲んで、薬打たれて、大人しくさせて、気づいたら隔離病棟で、自由を奪われているなんて状況を聞いたりすると、もう薬を飲んで、言うことを聞こうって思ったんだよね。

これって、いつの間にか薬漬け。

そこから、一気に自分の中の、アドレナリン物質は抑えられたのかもしれない。

でも、退院した後、しばらくは、口がいつもパクパクしているようなおかしな反応が後遺症で残っていた。

そして、薬を断つまでが大変だった。

飲まないと不安がやってきた時に、自分で自分をコントロールする力を薬によって奪われてしまっていたから。

今になってみれば、それしか解決方法がなかったのかなって、、

でも、本当はコミュニケーションでお互いが分かり合える世界が、本当の世界だって思っている。

 

ま、極論、自分の精神力の強さなんだけれどね。

自分自身で、メンタルをあげていくことの大切さをそこで学んだかな。

 

 

でも、日本の自殺率や精神病入院数など先進国の中でもトップクラスの現状なんて

これ、本当に社会の闇。

強い意識の世界では、これだけの弱者が生まれてしまう。

私もそうだった。繊細な感覚に鈍感になればなる程、本当の自分とはどんどん離れていってしまうような感覚になり、バランスがおかしくなってしまった。

 

みんながありのままで生きることができれば、この世界に苦しんでいる人たちはいなくなるのだろうな。

ありのままっていうのは、愛に基づいた意識。子どものような純粋な意識。

子どもたちに、服薬をさせるような社会じゃないためにはどうしたら良いんだろうね。

大人たちにそんな現状を変えていこうって声を上げることなのかな。

 

そんな世界を思い描きながら、平和を祈りたいと思う。