こんばんは。



あなたのココロに

ぽっと灯りを。。。

かのんです。




私は自然が大好きです。



生まれたときは
海の近くに住んでいて
海にご縁を感じていましたが
今は山が大好き。



登山とかは興味ないんですよ。
ただ
神社に行くまでの山々と
空の開放感がとても大好きで
今日も車を走らせました。



私はいつも
自然に癒しを求めます。



ココロが
窮屈なとき。
ココロが
不自由さを感じているとき。
ココロが
泣いているとき。
ココロが
叫んでいるとき。



そう。
実は今日も
そんな状態だったんです。



昨日
思いもよらぬ出来事があって
そのことが頭から離れなくてね。
自然の中に行きたい!!
そう思って
いつもの通り慣れた道を
ビシャビシャに泣きながら走りました。



するとね。
自然は言うんですよ。



私たちは
万人に平等に与えています。
この人にはコレを
あの人にはアレを
なんて
分け隔てしていません。
って。






同じものを目にしても
それをどう感じるかは
私たち次第。



私の大好きなこの山々も
この空と雲のコントラストも
人によっては癒しではなく
古傷をえぐる風景かも知れない。



どんな感じ方を
それぞれがしていても
自然は
ただそこに在るだけ。



私はそうやって
いつも自然から
色んなことを教えてもらい
色んな気づきを
与えてもらっています。



だから
辛いときこそ
自然を感じられる場所に
身を置くんです。



みなさんの2025年が
どんな一年であったか
私にはわかりません。



でも
みなさんが
この地球という
自然の中に身を置いて
生きていることは確かです。



都会だと
自然に触れていると感じることも
難しいかも知れませんが
空を見上げることは出来ます。
風と共に呼吸することも出来ます。
太陽の眩しさや
雨音を感じることも出来ます。



そうやって
平等に与えられているものの中に
それぞれの魂を
輝かせる何かを見つけながら
みなさんが
ここに存在していてくれたなら
私は嬉しいです。



2025年。
この場で
色んな言葉を紡ぐことが
なかなか出来ませんでしたが
そんな中でも変わらず
覗きに来てくださったみなさん
本当にありがとうございます。



それぞれの今が
どんな今であっても。



2026年を迎える瞬間だけは
笑って一緒に迎えましょう。



新しいあなたでいられますように。



今日も

生きていてくれて
ありがとう。



おやすみなさい。




かのん







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こんばんは。




あなたのココロに

ぽっと灯りを。。。

かのんです。




お母さんが旅立ってから
言葉は
人を狂わせるな。
ってよく思います。



自分って
自分のことを
わかっているようで
わかっていなかったりします。



もっと言うなら
自分ほど
わからないものも
ないと思います。



自分らしく
生きているようで
ココロに蓋をしていたり。



その蓋をしていることさえ
自分は
気づいていなかったり。



お母さんがいれば
そんな自分に気づくことも
自分らしさから
道を外れれば
軌道修正することも
安易に出来たと思います。



でも
ひとりになって
お母さんという
軸がなくなると
嫌でも
他人という
周りの意見が
たくさん耳に
入って来るようになりました。



どの意見を選ぶかを
決めるのは当然自分です。



ただ
誤作動することも
多いんですよね。



お母さんを失った
悲しみや孤独が
ずっと
ココロに
しがみついていると
以前の自分なら
しないような誤作動を
起こしていたりするんです。



それは
母ロスで苦しみもがく中
色んな人の言葉を
探し求めている人が
陥りやすい罠でもあります。



何かしらかに
困ったり
悩んだり
落ち込んだりしても
お母さんの言葉さえあれば
救われるはずが
お母さんがいなくて
ひとりでは苦しすぎて
どうにかして
その苦しみから逃れようと
他人に救いを求めてしまう。



仕方のないことですよね。



苦しいんですもの。



でも残念ながら
他人の
うまくいくやり方と
自分の
うまく行くやり方が
同じとは
限らないんですよね。






私のブログを
読んでくださる方は
私と似たような
感覚の持ち主だと思うので
恐らく
自分のことより
周りに
気を遣いすぎてしまって
クタクタになったり
言いたいことが言えなくて
ひとりで
抱え込んでしまったり
人一倍感受性が強い方が
多いと思うんです。



だからこそ
お母さんのことにしても
ずっと
苦しくて悲しくて
後悔や罪悪感に
溺れてしまっている。



そんな
ココロ優しい
繊細な方なんですね。



でも逆に言えば
そのくらい感受性が強いと
色んなものに
反応しすぎて
自分が何を思い
どうしたいのか
わからなくなって
自分を
見失ってしまうことも
多くなりがちだと思うんです。



なので
時には
ひとりの時間を
大切にしてみてください。



外側から
入ってくる情報を
すべて遮断して
自分との対話を
楽しんでみてください。



そうすると
必要な他人の言葉と
そうでない他人の言葉とが
わかるようになります。



自分さえ見ていたら
道を外れることはありません。



お母さんがいた
あの頃と同じように
自分を取り戻せます。



もし
道に迷うことがあったら
一度試してみてくださいね。



今日も

生きていてくれて
ありがとう。



おやすみなさい。








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こんばんは。



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ぽっと灯りを。。。

かのんです。




寂しいとき。

恋しいとき。

会いたい気持ちが強くて
拗ねてしまいそうなとき。



自分の感情ばかりを見ていたら
塞ぎ込んでしまいそうになりますね。



そんなときに
私は両親の気持ちを見るんです。



お父さんもお母さんも
ずーーーっと
私を見れて嬉しいね。



どこにいても
何をしていても
見たいときに
私の顔が見れて嬉しいね。



認知症が故に
目の前に娘がいても
娘に会えていないと
嘆いていたお父さんも。



寂しがりやで
不安症で
片時も私の側を
離れたくなかったお母さんも。



好きなときに私に会えて
ずっとずっと
側にいられて嬉しいね。
幸せだね。
って。






そりゃね。
私は寂しいって思うときも
ちょっぴりあります。



でも
両親が幸せなら
ま、いっか
って思うんです。



両親が寂しい思いを
しているわけじゃないなら
ま、いっか
って思うんです。



両親の姿が
私の目に見えていなくても
それはただ見えていないだけで
いないわけじゃないですし
寂しがる私の思いに応えて
来たよーーーって
私を挟んで
にっこにこしているかも
知れませんしね。



自分の気持ちばかりを見ていると
落ち込みそうになっても
両親の思いに気持ちを重ねれば
幸せが見えてくる。



それが
魂同士の繋がりなんでしょうね。




今日も

生きていてくれて
ありがとう。



おやすみなさい。








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かのんです。





今日は早起きをして
お気に入りの神社へ行って来ました。



薄曇りの中でも
すっきりとした空気と
砂利の音に浄化されながら
一歩一歩丁寧に。



久しぶりという
ワクワク感も重なって
足取りもとても軽やか。



お気に入りでもあり
とても相性のいい
この神社は隣市にあって
車で約1時間くらいかかるんですが
神社までの道道の風景が
さぁこれから自然の中に入って行くぞ
という感じで
これまた大好きでココロも和らぐんです。



ただ
地元の一番大きな神社が
お家から
徒歩5分くらいのところにあり
いつもお守りいただいているのに
崇拝している神社が
隣市の神社だなんて
不義理をしているのではないか?
とずっと気がかりでならないのです。



もちろん
この神社のお札も
神棚にお祀りしていますし
時折お参りもするんですが
何だか申し訳ない気持ちになるのです。



神さま。
私は不義理をしているのでしょうか?
どうかお返事くださいませんか?







今日も

生きていてくれて
ありがとう。



おやすみなさい。








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あなたのココロに
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かのんです。



例えば
認知症の人とか。
障がいを持っている人とか。
寝たきりの人とか。



自由に
何処にでも行くことが出来て
自由に
身体を動かすことの出来る
人からしてみれば
不自由なんじゃないかと
思うかもしれない。



その不自由の中で
生きていることは
大変なんじゃないかと
思うかもしれない。



私もお父さんが
心肺停止で救急病院に運ばれて
蘇生こそしたものの
ベッドの上にただ横たわる
お父さんを見て
覚悟を決めなければならないと
瞬時に思った。



幸い生き長らえたとしても
寝たきりの生活は
免れないと思った。



その時
私の頭の中に浮かんだ思いは
寝たきりの状態で
お父さんは生きていると
言えるのだろうか?



そんな状態でさえ
お父さんは生きていたいと
思うのだろうか?



意思の疎通さえ
ままならない毎日を
辛いとは苦しいとは
思わないのだろうか?



果たしてそれは
お父さんにとって
幸せと呼べるものなのだろうか?



そんな思いだった。






その時の私は
お父さんの気持ちになって
大好きなお父さんだからこそ
辛い思いをして欲しくはないと
お父さんの代弁者と
なっているつもりでいた。



でもそれは
大きな勘違いだった。



どんな状態であれ
今を生き続けている人は
辛かろうと苦しかろうと
どれだけ不自由であろうと。



今を生きたいから
生きているんだ。



周りは何をどう思おうと
本人は生きたいと
望んでいるから
生きているんだ。



それは私たちも同じ。



どれだけ死にたいと
願うことがあっても。



生きているということは
魂がまだ生きることを
望んでいるからなんだ。



ただただ。



私たちが
そう気づいていないだけで。



本当はみんな。



生きていたいんだ。



今日も
生きていてくれて
ありがとう。



おやすみなさい。








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