クロコダイル・ティアーズ | 感傷的で、あまりに偏狭的な。

感傷的で、あまりに偏狭的な。

ホンヨミストあもるの現在進行形の読書の記録。時々クラシック、時々演劇。

 

 

 

 

(あらすじ)※Amazonより
ベストセラー作家、雫井脩介による「究極のサスペンス」

 

「息子を殺したのは、あの子よ」

「馬鹿を言うな。俺たちは家族じゃないか」

家族小説、サスペンスの名手である雫井脩介による最新長編。

 

大正時代から続く陶磁器店を営む熟年の貞彦・暁美夫婦は、近くに住む息子夫婦や孫と幸せに暮らしていた。ところが、息子が何者かによって殺害されてしまう。

犯人は、息子の妻・想代子の元交際相手。被告となった男は、裁判で「想代子から『夫殺し』を依頼された」と主張する。

息子を失った暁美は悲しみに暮れていた。遺体と対面したときに、「嘘泣き」をしていた、という周囲の声が耳に届いたこともあり、想代子を疑う。貞彦は、孫・那由太を陶磁器店の跡継ぎにという願いもあり、母親である想代子を信じたいと願うが……。

犯人のたった一言で、家族の間には疑心暗鬼の闇が広がっていく。

殺人事件に揺れる一家を襲う悲劇。姑である暁美からみて、「何を考えているか分からない」という想代子の真実とは。


「家族というのは、『お互いに助け合って、仲睦まじく』といった一面が取りざたされることも多いですが、そうじゃない部分もあります。ある種の運命共同体であるからこそ、こうしてほしいという願望を押しつけあったり、求めあったりして、生きづらさも生んでしまう。だからこそ、ドラマが生まれる。家族が一枚岩になれないときに生ずる『心の行き違い』は、サスペンスにしかならない」(著者インタビューより)

 

※これから先、大いにネタバレしています。

 ミステリー&サスペンス作品なのでご用心!!!

 

◆◇

 

第168回直木賞候補作である。

 

↓あもる一人直木賞(第168回)選考会の様子はこちら・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第168回直木賞候補作は5作品あったのだが、一番最初にこの作品を読んだ。

他の作品(受賞作2作)を読むまでは、

これが1位でいいんじゃないかしら!?

よっぽどのものが次に来ないと、この作品は超えられない気がする~。

と思ったほどの作品であった。

 

後日、選評を読むと選考委員の評価はなかなか厳しかったが、私はそんなに言うほど悪かったようには思わない。

というか、純粋にエンタメとして楽しめました!!

 

Amazonの説明に

「ベストセラー作家、雫井脩介」

とあるように、ニブチンあもちゃんの耳にもお名前だけは届いていた。

が、なにぶんミステリー初心者のあもちゃん、今回初めての雫井作品であった。

 

読み終えた時のあのモヤモヤ感がめちゃくちゃ怖くて、

うわ〜やられた~

と雫井さんの技巧にまず舌を巻いた。

そりゃベストセラー作家になるわけだよ。

 

結論は読者次第、どうとでもとれる、とあえて結論を有耶無耶にしている作品はこの世に多く存在するが、この作品における「結論」はちゃんと書いてある。

なのに、読者はこれまでの経緯を延々と見て(読んで)きているので、その「結論」が俄かには信じられない。でもご本人はそう言ってるし、それ以上のことは書いてないし、その他の事象を考えても、一部アヤシイ点はあるけれど大まかにはそういうことだったのかもしれない・・・

と思うも、やっぱり信じられないの〜〜〜><

これは作者のあえての仕掛けなのか、それとも偶然の産物なのか。

 

どういう構成かと言うと(バリバリ内容に触れて踏み込んでます!!)

 

ある男性が殺された

殺された男性の妻・想代子の元カレが容疑者として捕まり、粛々と裁判が始まり結審間際、容疑者が

「いやいや、実は想代子から殺してくれって頼まれた」

とか言い出す

疑心暗鬼に駆られる被害者の両親、そして親戚たち。

で、なんやかんや、想代子がアヤシ過ぎる!という事件が次々と起こる。

 

但し、姑目線で。

 

ここ重要。

本当は息子を殺したのは嫁じゃないかって疑っている姑の目には、想代子の一挙手一投足が怪しく映る。

という描写。これがすこぶる上手い。

「想代子」が「捉えどころのない美人」であり、彼女を見る人によって、彼女の人物像が曖昧になる。芯が強いんだか、図々しいんだか、たおやかなのか、ただ鈍いのか・・読者も常にケムにまかれる状態。

姑以外に舅の目線、姑の姉の目線から入れ替わり立ち替わり、想代子との絡みが語られ、徹底して肝心の対象である想代子の心の内は描くことなく、そこにある事実とその周辺にいる人物の受け止め方と思いで物語が進んでいく。

その辺もアヤシサ満点という感じで、舅は想代子に悪印象はそこまでなく、割と想代子の肩を持ってあげているのだが、それがまたアヤシイのだ。

想代子が美人だからす〜ぐ男たちは想代子に甘い顔をする

と女性陣が言っておりまして、私も

そーだそーだ。きっと最後に痛い目に遭うんだから〜!

と読者である私も完全に姑ら女性陣の視点から想代子を疑っておりました。

だって〜。

そういう感じで書いてあるんだもん笑

 

ちなみに選考委員である林のおばちゃんは

「嫁の行動に主観を入れていくのは、あきらかに読者を誘導している。これはルール違反であろう。」

と批判しておりました。

ええ、ええ、私、完全に誘導されておりましたよ。

でもその誘導がラストにモヤっとして、そこが気持ちよかったんだけどな〜。

 

そして疑惑MAXになった頃、色々事件が起こり、最後にとうとう想代子の独白。

今までアヤシイと疑われていた事象について、想代子が1つ1つ読者に説明してくる。

結論から言うと想代子はシロ。

 

・・なんですけどーー!

・・ではあるんですけどーー!

いや、それ、ほんと?

 

私の中で、最後まで想代子への疑いは晴れることなかった。

(なんなら今も疑ってます←しつこい笑)

 

だって〜詳細は省くが、この事件で結果的に一番得したのは多分想代子。

(世間から、殺害依頼をした、と疑われた点はキツイが。)

実家から実母を呼びよせ、義実家の家族がいなくなった義実家に住み、親戚がやっていた店まで自分が入り込むことになったし、俗にいう背乗りってやつ?が成功した、とも見えるのだ。

 

想代子は自身の幸せに

長く耐えててよかった!

とか思って作品は終わるのだが、

ほんとだねー!頑張ったね!

なんて、ち〜〜〜〜〜っとも思えない、それがこの作品の最大の魅力であります。

 

想代子が全てを仕組んだことだとしたら、こええ女。

と思うし、

想代子の言うことが100%本当だとしたら、やっぱり違う意味で、こええ女。

(鈍いって大罪だと思う)

と思うのである。

 

選考委員の宮部みゆき氏は

「無自覚な犯罪者が無自覚だからこそしれっと成し遂げてしまった完全犯罪」

と解釈して、他の選考委員に驚かれたそうだが、いや、なんで驚かれる?と私もそのことに驚いてしまった。

続けて宮部さんは

「素直に読むと「究極のプロパビリティの犯罪」ものですね。」

と書いていたが、うーんどっちとも取れるからこの小説は面白いんじゃないのかしらん。

と思いました。

しかもどっちか結論が出ないってのがモヤモヤして面白い。

 

※プロバビリティの犯罪とは、確実に殺人を行う訳ではないが、「もしかしたら相手が死ぬのではないか」「こうすれば相手を殺しうるかもしれない」という考えのもと、不確実な手段で相手を殺そうとする方法。

例えば自転車のブレーキが壊れているのを知りながら、相手にその自転車を貸すような行為は、プロバビリティの犯罪に当たる。

 

北方のオジキは結論が出なくて、自分は不満を覚え、ここは賛否が分かれるところかもしれない。と書いている。それは確かにそう。結局どうなんだ!と思っちゃう人がいるだろうってのもわかる。

モヤモヤを楽しめるのもある意味、性格だから。

 

最後の想代子の告白で、ニマリとか笑ってくれていたら

あ〜やっぱり〜!!

とか思うのに、そんなこと一切なくて、本当に恐ろしい事件だった・・・とか感慨深げに過去を振り返る。

そんな姿もやっぱりアヤシイ。

疑い出したらキリがないし、一生、これ、解決しない。

じゃあ結局、あの殺人事件の真相って単純に元カレの逆恨み的犯行ってことでいいの!?

いや〜嘘だ〜。

くぅ〜。モヤモヤするぅ〜。だがそのモヤモヤも気持ちいい!!(玉壺風。by鬼滅)

 

構成は一つの殺人事件について、そしてその後の経緯について、被害者男性の父母、そして伯母からの視点で書いてあり、時系列に進んでいるのでさほど複雑な作りにはなっていない。

なんならミステリーとしてはシンプルすぎるほど。

でもそれは全てこの最後のためだったのかもしれない。

この結末、作者はあえて仕掛けて書いたのだろうか。それとも意図せず、偶然こういう曖昧で怖い感じになったんだろうか。

 

ちょっと大袈裟に言うと、『藪の中』(芥川龍之介)的な感じ・・・はさすがに言い過ぎ&ちょっと違うが、ただ、この作品のモヤモヤはあの種のモヤモヤと似てると思ってもらえれば。

 

ただ最後の想代子の告白の描写そのものは、ここまで積み重ねてきた描写と比べて少し稚拙であったことは否めない。

ちょっとご都合主義ではあったかな。

帳尻合わせだから仕方ないんだろうな、というのはわかるのだが、それまでのオットリとした中でも緊迫感のある描写がすごかっただけに、それと比べるとちょっと見劣りがしたのが残念であった。

選考委員のしをんちゃんは、この作品に割と好意的であった(さすがしをんちゃんやで!笑)が、この想代子の告白についてはイマイチ、との評価で、想代子が語っていることが真相だとしても、うまく効果を発揮しきれていない気がした、とのことであった。

 

無自覚・・といえば、先日書いた「おいしいごはんが食べられますように」にも無自覚のニブチンが出てくるのだが、こちらはそのニブチンご本人(芦川さん)の告白や当人の視点の描写が一切なく、それが逆に気味悪さを増幅させていたように思う。

雫井さんも、思いきってラストの「想代子の告白」を全カットするか、そこまで丁寧に1つ1つの事件の答え合わせを書かず、ざっくりぼんやりと描写した方が良かったのかもしれない。

 

 

 

 

 

ところでタイトルの「クロコダイル・ティアーズ」は、「嘘泣き」を意味するそうです。

英語が苦手な横文字アレルギーのあもちゃんから言わせていただくと、タイトルはもう少し考えたほうがいいと思います笑

(宮部さんも同じようなこと言っとりましたけど笑)