おいしいごはんが食べられますように | 感傷的で、あまりに偏狭的な。

感傷的で、あまりに偏狭的な。

ホンヨミストあもるの現在進行形の読書の記録。時々クラシック、時々演劇。

 

 

(あらすじ)※Amazonより
「二谷さん、わたしと一緒に、芦川さんにいじわるしませんか」
心をざわつかせる、仕事+食べもの+恋愛小説。
職場でそこそこうまくやっている二谷と、皆が守りたくなる存在で料理上手な芦川と、仕事ができてがんばり屋の押尾。
ままならない微妙な人間関係を「食べること」を通して描く傑作。

 

※ネタバレします!!!ほぼ冒頭から最後までネタバレしてます。

 途中はぼかしているところもあるが、本当に最後まで書いてます。

 おもしろい(そしてゾッとする)作品なのでぜひ読んでみてほしい!

 そして私の記事に戻ってきてくださ〜い・・・><

 

◇◆

 

第167回芥川賞受賞作である。

 

あらすじにある「心をざわつかせる、仕事+食べもの+恋愛小説。」という描写に

いやいや、読者を勘違いさせるような言い回しはいかん!

と思った私であります。

確かに心は大いにざわつくが、仕事、食べ物、そして恋愛。な〜んて書いたら、ホッコリ系の小説だと思われちゃうじゃないか。

読んでみてほしい、ホッコリの真逆をいく作品だから。

この小説、確かに表紙もタイトルも小説の内容も、ぱっと見、ホッコリしているように見える。

何気ない日常の一部を切り取った・・・的な感じに見えるかもしれない。

 

いやいやいや。

いやいやいやいや。

そんなん見かけに騙されちゃいけませんで。

わたしゃ、こんな怖い小説、ひっさびさに読みました笑

ちょっと大袈裟に言いすぎたが、見た目可愛い本のラストに震えました。

すごい作品を読んでしまったものだよ。

特に真面目に働く、そして理不尽な目に遭っている女性社員一同に読んでもらいたい。

もう、いやもう、イライラするで〜

そしてどこにでもこういう人、いるんだーーーーー!!!!!とイライラマックス笑

 

さてこの作品。

分厚くもないし(むしろ薄い)、内容も至極シンプルであっさりとしてさらっと読めるのだが、よくよく思い返してみると色々と隠されているころがあることに気づく。

 

食品や飲料のラベルパッケージの製作会社で、デザイン部のある東京本社のほか、全国8の支店に主人公である二谷(男)がいる営業部があり、そこが主な舞台である。

 

腹を膨らませるものを食べればそれでいい、と食に興味のない主人公の二谷は職場でも誰とでも距離感を上手く取りながら、そこそこ上手く立ち回って働いている。

そんな職場には芦川さんと押尾さんというタイプが真逆の女性がいた。

オットリとしていて、性格も大人しく優しく、周囲からは助けてあげたくなるような存在の芦川さん。芦川さんは厚かましい男上司や、セクハラめいた男の先輩たちも邪険にせず、母親のような温かい対応をする。そして仕事はどっちかっていうとできない。できないのはともかく、取引先とのトラブルなどの際にすぐ体調不良が〜とか言って謝罪にも行かず逃げる。予定外の大事な研修にも体調不良が・・と言って休む。←予定外のことに対応できない人。

一方の押尾さんは、テキパキ仕事もできてハッキリものをいうタイプの人で体育会系女子。さっぱりしていて気持ちいい性格の持ち主で、女性読者(男性もだろうけど)は押尾さんに肩入れしちゃうと思う。

 

急に入った研修で例の如く芦川さんは欠席、二谷と一緒に参加した押尾さんは仕事終わりに二谷と飲むことになり、芦川さんのことが苦手だ、と二谷に愚痴るところから始まる。

 

押尾さんの愚痴って本当に核心をついていて、困ったちゃんを抱える部署に所属する人たちみんなが共感しきりだと思う。

芦川さんが苦手、という押尾さんに二谷は

どういうところが?

と問う。

押尾さんの答えは、たとえば今日の研修会を急に休むところ、で、それに対して二谷は

 

多分だけど、(芦川さんは)そもそも大人数に会うことが苦手で、かつ今回みたいに前日になってグループワークをしますって言われるとか、予定外のことが入るのが、すごく苦手なんだと思う。(略)単にできないのがむかつく感じ?(13P)

 

というのだが、

 

っていうか、できないことを周りが理解しているところが、ですかね。

 

と押尾さんは答えた。

 

芦川さんが別に予定外のことが苦手、ってそう言ってるわけでもないのに、支店長や藤さん(セクハラおじさん笑)や他のみんなも、うちの支店に来てまだ3ヶ月しか経ってない二谷さんでもわかってるでしょう。それで、配慮してる。それがすっごい腹立たしいんですよね。(14P)

 

うーん、わかるなあ。

すっごく仕事はできなくてもいいけど、会社に属している以上、最低限はちゃんとやるべきことはやってよって思うよね〜。

つーか、上司ももっとガツンと言ってよ。

・・と、普通にやってる人間からしたら思うよね〜。

でも、今はそういう時代じゃない。

押尾さんもそれがわかっているから、なおのことムカつくのだ。

 

できない人がいて、でも誰かがしなきゃ会社はまわらない。そうなるとできる人がすることになるし、できる人ばかりに仕事がよってくる。できる人には出世というご褒美?があるかもしれないが、できる人がそれを必ずしも臨んでいるわけでもない。今の時代。

 

そして押尾さんは酔ったことをいいことに、二谷にとんでもないことを言い出す。

 

「わたしと一緒に、芦川さんにいじわるしませんか」

 

えーーーーーー!?笑

愚痴までは理解したけど、まさかの「いじわる」。

その発想はさすがに・・・。

とちょっとひきました。

でも、その後も芦川さんの仕事のできなさっぷりの描写が、水を得た魚のように筆が走っていて(変な言い方)、こりゃ押尾さんがいじわるしたくなる気持ちがよ〜〜〜〜くわかるわ。

と思わせる。

しかもいじわるの内容は・・・

芦川さんには大変そうな仕事は回さない、という社内で暗黙の了解を無視して、そういう仕事も芦川さんに回す、というもの。

・・・・芦川さん、社員なんですけど!?

普通に仕事してもらわないと困るんですけど!?

押尾さんも、芦川さんに回すよりパートさんに回した方が早いんですけど・・と頭を抱えながらイジワルをしている。もうどっちがいじわるされてるのかわからない笑

 

これって、ある程度の大きい会社だから起こることだと思う。

一方、私の職場では良くも悪くもこうはいかない。

できない人がいたらできるほかの誰かが・・ってそのほかの誰か、がいないし!!!!

私1人で弁護士2人の面倒見てるんですけど!!!

しかも上に立つのは、世界で2番目(1番は今は亡きジョブズ)に短気なボスである。

芦川さんみたいなんがいたら、ボスの見事なキレ芸が見られるであろう。

そりゃ〜もう、キレ散らかすで〜笑

 

そんな中でも芦川さんは常にマイペースで仕事をする。

ちょっとでも体調が悪いかも〜と思ったら、躊躇せずすぐに早退。

部署内が超絶忙しい時も、無理せず早退。

それが芦川さんの正しい働き方なのだ。

・・そう言われると、無理してまで働くことが正しいわけでもない気もしてくる。

そう、みんな自分の能力の範囲でゆっくりやればいい。

別に無理する必要はない。

それはそうなんだけど・・・

でも他のみんなは、無理して残業して、目の下にクマ作って働いてますけど。

流石にそのことについて押尾さんが深いため息をつくと、藤さんが

勘弁してよ。ものもらいくらいで早退すんな、って言った側が左遷になったの、知ってるでしょ?

と押尾さんより深いため息をつくのであった。

 

いや〜みんな絶対に何かしら思ってるはずなのに、芦川さんに何故かすごく親切。

しかも言いやすいからなのか、仕事のできる押尾さんにはわりと冷たい。

強い人には何やってもいい、的な。

それもあるあるだよね・・・。

 

一方、二谷はなんか流れで芦川さんと寝ちゃう。

いや、なんで!!!笑

芦川さんを抱きながら、痛めつけてやりたい衝動に駆られるそうです・・。

その発想が怖いんですけど。

吹けば飛ぶような存在の芦川さん、胸三寸でどうにでもなる存在。支配下に置いている。そういう気持ちにもなるようで。

なんか不思議な、言っちゃ悪いけど、なんでここにこういう変な描写をあえて入れてきたんだろう・・とすこ〜し違和感を覚えた私。

その違和感がなんとラストに繋がるんじゃ〜。こわ〜〜〜〜〜!!!!

 

仕事がクッソ忙しいのに、相変わらずの芦川さんは定時に帰らないと頭痛がするから・・と帰る日々。

それにイライラする押尾さん。

休まれるよりはマシでしょ、とイライラする藤さん。←(あんなんでもいた方がマシなくらい忙しい)

そして翌日、にこやかに登場する芦川さん(いつもニコニコが信条のお方)、皆さんが仕事してるのに早退してすみません、と毎日手作りケーキとか手作りお菓子を職場に持ってきて配る。

 

いやいやいや。

いやいやいやいや。

 

お菓子作ってるヒマあったら残業して仕事しろや!!!!

とかみんな言わずに、そんな気を遣わなくてもいいのに〜とか、美味しそうねえ〜とか言って食べたり食べなかったり。

 

こっわ!!!!!

お局にいびり倒される方がよっぽどスッキリするんですけど!!!!

やさしい世界・・・・かなあ・・・

 

そんな中、事件が起こる。

・・・事件の詳細を書いちゃうとアレなので簡単に書くと、その芦川さんのお菓子が捨てられている、という事件が起こるのだ。

そのお菓子が捨てられるという事件がオオゴトになるのだが、その結果がなんだか切なかった。

押尾さん、最後に言いたいことが言えてよかったな〜と思うくらい。

押尾さんの職場での挨拶も、二谷との最後の飲み会での会話も素晴らしかったですね〜。は〜スッキリ。笑

ず〜っと読者はあまったるいケーキが胸に支えている状態だったが、この瞬間ちょっとスッキリした。押尾さんに幸あれ!他人に頑張れって励ますのは簡単だけど、自分で自分を励ますのは大変だという押尾さんには頑張ってほしい。

 

二谷は

 

押尾さんが負けて芦川さんが勝った。正しいか正しくないかの勝負に見せかけてた、強いか弱いかを比べる戦いだった。当然、弱い方が勝った。そんなのは当たり前だった。

 

と思う。弱い方が勝つ。ご時世だなあ。

 

ラスト。

社内の飲み会(遠回し表現にしときます)で、ワイワイガヤガヤの中、芦川さん、二谷の言葉を聞き間違えて、プロポーズだと思い、その勘違いプロポーズに勝手にイエス的な返事をする。

 

これ、多分、流れで結婚することになるんだろうなあ・・・。

・・・って、これ、二谷がハメられとらんか?笑

二谷が支配する存在と扱っていた存在が、逆に二谷をコントロールしてるんですけど?

こっわ!!!!

弱い方が勝つ、二谷と芦川さんとの勝負にも言えることだった。

 

全て芦川さんの計画どおりだとしても怖いが、無自覚(天然?)でやっている方がなお怖い。

この無自覚といえば、先日直木賞候補になった雫井さんの「クロコダイル・ティアーズ」を思い出す。あれも無自覚の犯罪なのか、それとも意図的なのか、という面白さがあった。

 

は〜怖かった。

・・・あれ?待てよ。

そういや、結局ケーキを捨てたのは誰だったんだろう。

押尾さんと二谷の証言(裁判じゃないけど笑)が正しいことを前提として。

 

・ケーキを踏んづけてぐちゃぐちゃにしてゴミ箱に捨てていたのは二谷

・ゴミ箱に捨てられたケーキ(綺麗な形のまま)を芦川さんの机に置いていたのは押尾さん

 

2人のほかに綺麗な形のままケーキを捨てていた人がいる!(1人じゃないかも?)

それが誰だったのかわからずじまい。

そんな状態であっても、今日も明日もそして明後日もやってきて仕事をする。朝が来てご飯をたべ、昼が来てご飯を食べ、そして夜が来てご飯を食べる。そうやって毎日が過ぎる。

 

ふー、なんという怖い小説を読んでしまったのだ。

と何度もため息をついてしまった。

正直、1人で2人の弁護士の世話をするのは大変だが(世話って!笑)、1人でよかった気もする。一緒に働く人が芦川さんだったら、ちょっと私、困る。困りすぎる。

世の中には芦川さん的な人もたくさんいて、そういう人がこの小説読んだら、どう思うんだろう。やっぱり押尾さんに共感しちゃうのかな笑?

 

どうでもいいけど、押尾さんみたいな能力の高い人が去って、芦川さんがずっと職場に残る状態って、大丈夫?この会社。

こうやって「配慮」が歪な形になっていき、日本の社会って衰退していくんだろうなあ。

 

この小説で唸るところはたくさんあったが、うわ〜やられた〜と思う箇所。

それは芦川さんが、弟にバカにされ、そして自分ちの犬にも全く相手にされていないところ。

犬って人を見るからなあ。そして家の人と自分との順位をつけて接する。

芦川さんはイヌ以下。

ほんの数ページの描写なのだが、犬の方がわかってるやん!って思った。

いや、人間だってわかってる。だけど色々配慮が必要で、イヌみたいな対応はできないのだ。

社会に生きるって大変だ。

 

そんな怖い小説を書いた高瀬さん。

窪美澄さん(第167回直木賞受賞作家)と一緒に映った高瀬さんを見て、心底驚いた。

私が想像する「芦川さん」像そのものだったから!

てっきり私が想像する「押尾さん」的な容姿の人がこの怖い小説を書いているのかと思ったら、まさかの芦川さん!

腰抜かすレベルに驚く。

勝手に想像して勝手にびっくりしてましたとさ。