エンザイムが寿命を決める
健康に生きる為に気をつけるべき三つのこと。
それは、
食歴 生活習慣 精神力
そして、この三つのいずれを考える際にも考えなければならないのは、
エンザイム(酵素)をいかに蓄え、いかに消耗しないようにするか?
ということだそうだ。
これらの説、もちろん科学的根拠に基づくものもあるが、
有名なお医者さんが唱える説のわりには、「自らの勘」に頼っている割合が高い。
なので、「こんな根拠のない説は信じられない」という意見も多いかもしれない。
でも。科学的根拠の「重要性」を重々承知しているはずの医師が、
あえて自らの勘による説を唱えていることは、非常に素晴らしい事だと思う。
科学的根拠というのは決して万能ではない!
意外と昔からの伝承とかの方が効き目があったりすることもある。
結局、科学的根拠は、それが前提とするパラダイムが引っくり返れば、
全て変わってしまうものだし。
もちろん、科学的根拠に全く根拠がないという訳ではなく、
むしろ根拠はかなりあると思う。
ただ、科学でも伝承でも「100%正しい」なんてことはそうそうない。
少なくとも、ここに書いてある内容を実践して、体が悪くなりそう…という内容はなかったし、
この医師は、これまでも相当の実績を残してきている方のようなので、
試しにやってみるのはありかなと思うので、少しずつやってみよう。
一読の価値はある本だと思う。
フォトリーディングという1つの「パラダイム」
ポール・R・シーリィ, 神田 昌典 あなたもいままでの10倍速く本が読める
数ある速読術の中の一つ、フォトリーディング・ホールマインドシステムの解説本。
この手の技術は
「胡散臭い」
「私は体得できなかったから、出来る人と出来ない人がいるんだろう」
的な意見が多いだろう。
実際、俺も
十数冊は試したが、出来ているような気がする本もあれば、
出来ていないような気がする本もある。
個人的な受け止め方としては、
「深入りしすぎず、身に付いたら付いたでいいな」程度のスタンスで、
やっている。
確かに、本の文字をしっかり読まなきゃ分からないというのは、
自分の心の中にはあるけれども、
一方で、それも1つの考え方に過ぎないのかもしれないという
疑念もあったりする。
現代社会では情報が氾濫している。
色んな情報があり、その根底には色んな考え方がある。
中には全く正反対のものまであるので、訳が分からなかったりする。
だからこそ、
「それらに対してどういう姿勢で臨むのか?」
「どういう受け止め方をするのか?」
という事こそが、これからの時代を生き抜く上で非常に大事。
これって学校で学ぶことなのだろうか?
学校は、必要な知識・ルールを学ぶ所ではある。
でも、皆で同じ事を同じカリキュラムで学ぶという事によるメリットも沢山ある一方で、
それぞれの子どもや時代に合わせた柔軟な対応はなかなかしにくい。
そもそも、教育の責任は、1人や2人で背負うべきものではないが、
やはり第一義的な責任は親にある。
そう考えると、
まず親が柔軟な考え方を持ち、時代に対応していく、
ということが、現代社会では求められているような気はする。
自分が親になる時には、子どもにしっかりとしたしつけはしつつも、
現代社会で生きる為に必要な考え方も身に付けさせてあげなければならない。
少なくともそういう環境を設けてあげないといけない。
そう感じる。
そんな事を感じながらも、とりあえずフォトリーディングを続けていこう。
実際、本によっては出来たという感覚がある。
新書とかなら合計でも1時間あれば読める。
もう少し速く読めるんだろうけど、まだ初心者なので。
自分が何かの上に立っているという事に気付くこと
大鹿 靖明 ヒルズ黙示録・最終章
ライブドア事件、村上ファンド事件を深くえぐった内容。
ライブドアや村上ファンド、あるいは検察。
全ての当事者に対して同じように疑念の眼を向けるその洞察力に、
ひたすら感嘆。
結局、真実というのは本人達にしか分からない。
さらに言えば、本人達でも分からない。一部しか分かっていない。
もちろん、著者もかなりの情報を得たはずだが、
それでもほんの一部に過ぎないのかもしれない。
大切なのは、本を読み、それをあくまで1つの側面だと捉える視点。
書かれたり言われたりしていることは、一部に過ぎない。
だからこそ、色んな本を読んで、色んな話を聞いて、
様々な側面からの視点を手に入れようとする姿勢こそが大事だと思う。
例えば。
「正しい」「間違っている」という倫理観のようなものは、
人間社会を維持し続けるために不可欠なものではある。
1つの側面ではなく、全体を表しているような気がする。
でも、その倫理観も、その根底には、人間社会の維持という意図が含まれている。
軸を、パラダイムを、そこに定めていない人間には、
「正しい」「間違っている」と言われるような事が、そう思えないかもしれない。
だからと言って、その人が必ずしも間違っているとは言い切れない。
「人は地球の1つの構成員に過ぎないのだから、まずは地球を維持すべき」
という考え方の人からすれば、
「我々が生きていることすら間違っているのではないか?」と思えるかもしれない。
ただ、様々なパラダイムを自分の中で受容しきるのは無理がある。
精神的に分裂してしまいそうになるだろう。
哲学者とかは特にそういう風になってしまいそうな気もする。
自分の中で1つ信頼に足る軸を持っていることは大事だ。
でも、
自分がその軸中心での物の考え方をしているという視点を持つこと
は同じくらい大事だ。
その軸を自分にとって「より良い」と思えるものにしていくことこそが、
真の成長だと私は思う。
そして、この考え方も、物事の1つの側面に過ぎない。。
