お客様は本当に神様なのか?
元日の朝日新聞の読者投稿欄にこんな投稿が。
日本には謙譲という文化があった。
それが、他の人との間に、衝突を防ぐ緩衝帯を生み出していた。
しかし、最近は謙譲の意識が失われつつあり、
緩衝帯であった部分に、ズケズケと入り込むようになった。
例えば、買い物に行けば、店員が客を神様のように扱う一方で、
逆に客は、それが当たり前だと思い、
少しでも不満があれば、バシバシ文句を言う。
謙譲の文化を取り戻すべきなのでは?
日本人同士の間に緩衝帯を生み出していたのが、
「謙譲の文化」というものなのかは分からないが、
自分より年上の方々に比べて、
自分より年下の人々には、全体的に、
緩衝帯にズケズケと入り込んでくるイメージは浮かぶ。
では、そうやって入り込むのが本当にダメなのか?
それは、「本音で語る」と言って、ポジティブに捉えることもできる。
まあ、上の例の場合、本音なのは客だけなのだが。
もし、これが友人同士なら、謙譲の意識を取り払った方がいいのかもしれない。
そう考えてみると、安易に、
謙譲の文化があった昔 v.s. 失われた今
という対立軸にマクロ化するのは危険な気もする。
状況によって、理想像が異なってくる可能性があるからだ。
なので、ここでは、上の例のようなシチュエーションに限定して考えてみることにする (フーッ…前置き終了。。。)
「お客様は本当に神様なのか?」
この質問に、他の人はどう答えるのだろうか?
と考えつつ、自分の意見を述べてみることにする。
実は、 前述の投稿者とほぼ同じ意見 である。
端的に言うと、
店員が「お客様は神様だ」と思うことと、
客が「神様と思っているなら、そう扱われるのは当然」と思うことは、
全く別のお話だということ。
これを同じだと勘違い(? 俺個人の意見としてはの話) してしまうことが、
皮肉なことに、サービス業等で実際に店員として働いている人に多い。
自分はそうしているのだから、そういう扱いを受けるのは当然、
と思ってしまうらしい。
お前が客を神様のように扱っていると思っていても、
客がそう感じているとは限らないんだよ!
そう言いたい。
働いていれば、どんな人でも、
お客様を迎える状況というのがあるだろう。
なので、誰にでも当てはまることだと思う。
本音をぶつけるのも良いが、
日本に昔からあるような気がする「建前の美学」というのも、
非常に大切なことだと思う。 本当に貴重な文化だと思う。
お互いの間に存在する緩衝帯を大切にする心。
この貴重な文化を後世に、そして、世界に伝えていくことが、
今世界中で起こっている様々な問題を解決するヒントにもなるような気がする。
どうやって伝えていけばいいのか?
俺は、考え、行動しなければならない。
謹賀新年
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
今年はとにかく、会計士試験に合格すること。
目標をわざわざ立てるまでもなく、これが目標となります。
自分に厳しく!
いきたいと思っております。
2006年
どんな年だっただろうか?
自分の2006年に賞を与えるとしたら?
人に最も会わなかったで賞
…。
会計士試験の講座をWEBで受けているので、
必然的にこうなってしまう。
来年の試験では、一発合格を目指したい。
こんな生活を 無駄に長引かせても、不毛だ。
早く人間になりた-い!
と、妖怪人間を猛烈に意識した発言をしてみる。
では、最後に、今年お世話になった方々に感謝の気持ちを。
「今年は本当にお世話になりました。
来年もよろしくお願いします。」
と、小学生の年賀状ばりの言葉で感謝の意を表したところで、
2006年を締めたいと思います。
来年は良い年にできるよう、頑張ります!