ブログ変更
御無沙汰しております。
大変申し訳ないことに、飽きやすい性格でして、
ブログを変更しました↓
http://blog.livedoor.jp/in_16_out/
今後は新ブログにてよろしくお願いいたします。
勉強会
近しい人達との勉強会を、
始めてみたんだけど、結構面白い。
1人1人の個性が強く、
ただ頭がキレるだけではなく、
さらなる付加価値を持っている人ばかり。
そういう人々に対して、
自分は何が出来るのだろうか?
よく分からな いことが多い。
アウトプット!アウトプット!アウトプット!
インプットの習慣は何となく身についているけど、
アウトプットに対する意欲や力が低く、
それが結果的にインプットの少なさにも繋がっている。
とにかく、アウトプットしていこう。
そう切に願うばかりの今日この頃である。
始めてみたんだけど、結構面白い。
1人1人の個性が強く、
ただ頭がキレるだけではなく、
さらなる付加価値を持っている人ばかり。
そういう人々に対して、
自分は何が出来るのだろうか?
よく分からな いことが多い。
アウトプット!アウトプット!アウトプット!
インプットの習慣は何となく身についているけど、
アウトプットに対する意欲や力が低く、
それが結果的にインプットの少なさにも繋がっている。
とにかく、アウトプットしていこう。
そう切に願うばかりの今日この頃である。
罪文化と恥文化
- 自分をグローバル化する仕事術/天野 雅晴
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罪文化=自分の信念をベースに考え、信念に反するものを「罪」と捉える。
恥文化=自分の周りをベースに考え、空気に反するものを「恥」と捉える。
日本はグローバル化している。
海外では罪文化がベースとなっている。
だから、日本でも罪文化をベースに考える必要がある。
そういう一節を見ました。
常に周りの視線を気にしてしまう典型的日本人の私としては、
心が痛む限りです。
もっと自分の信念を持つ必要がありますね。
ただ、無宗教の人が多い日本において、
「恥」という感覚は、他の国で言う「神」の代わり、
つまり、「抗いようのない恐ろしい何か」として、
機能していたのではないでしょうか?
現に、昨今の日本では、
明らかに「恥」という感覚を忘れた人でないと犯せないような事件が、
次々と起こるようになっています。
今、グローバル化しているからと言って、
単純に「罪文化」を採用せよという主張は、かなり危険なのかもしれません。
罪文化の前提である確固たる信念を、
1人1人が築けるような素地が、
この国にあるのでしょうか?
仕事において「罪文化」的行動をとることには賛成ですが、
私生活においては「恥文化」も決して忘れはいけない、
そう思います。
