オシン歌謡からもカバー祭り開催中やよ
アーティスト名 : Dini Kurnia Feat. Mufly Key
曲名 : KARI CERITO
タイプ : ジャワ歌謡 / オシン歌謡 / コプロ
言語 : オシン語(ジャワ語オシン方言)
お初の方に向け改めて紹介。オシン(Osing)語とは東ジャワ州バニュワンギ(ジャワ島の東端に位置する県で、すぐ対岸にバリ島が見えるところ)の先住民族オシン族によって話される言語で、ジャワ語の一方言になります。って、知ったかして書いていますけど、バニュワンギには行ったことがないのでよく知りませんw(今年末には行けると思います)。
オシン語はオシン族にしか話されていないのか、はたまたバニュワンギの人ならオシン族以外の人でも話すことが出来るのか、その辺りの詳細までは分かっていない先生です。
ともかく、歌詞の中に「Riko(あなた / 標準ジャワ語で言うところのKowe)」という単語が出てきたら、その歌はオシン語で歌われている可能性がかなり高いです。
ただし、中部ジャワ州のバニュマス語でも「あなた」は「Riko」というので、絶対ではありません(どないやねん)。バニュマス語のほうは表記上はRika(発音はリコ)と書かれることが多いのですが、それでもRikoと書かれる場合もあるので紛らわしいです。
ではなぜ、東部のバニュワンギと、そこから遠く離れた中部のバニュマスでRikoが共通しているのかというと、これは元々古ジャワ語の表現で(源流を辿ればサンスクリット語ですけど)、両言語とも古ジャワ語の影響を色濃く残しているので自然と共通する点が出てくるというだけのことなのです。
ええっと、ここなんのブログでしたっけ?(アホ)
Kari Cerito(思い出だけを残して)の歌詞の概要
インドネシア歌謡ではベタとなる、別れを受け入れる系です。相手を引き止めるのではなく、自分の未熟さを認めて身を引く立場に置くと。
タイトルのKari Ceritoを紐解いてみると
Kari : ~だけ残る / インドネシア語で言うところのtinggal
Cerito : 物語(先生は「思い出(kenangan)」と意訳) / インドネシア語で言うところのCerita
ほら、ベタでしょ?🤣
以下は、歌詞のおおよその意訳です。
Riko sing biso nerimo
Abote gudo nyekso batin rogo
Riko mutusno ninggalno
Roso mung kari roso
Angen mung kari angenan
Susah senenge pahit manise
Mung kari cerito saikine
Kadung riko kepingin ngadoh
Isun ikhlas mung biso meneng
Mergo salah sun wes ceroboh
Sing biso gawe riko seneng
Dudu mergo sing gelem ngaboti
Tapiu isun mung sadar diri
Isun mung pengen riko seneng
Masio seng biso urep bareng
君は受け入れなきゃいけなかったんだね
心も体も苦しめるほどの重い負担に
君は去ることを選んだ
想いは、ただの想いとして残り
希望は、ただの夢物語になった
苦しい時も楽しい時も
苦さも甘さも
今ではただの思い出話だけ
君はもう、離れたいと思ってしまった
僕は黙って受け入れるしかない
全部、軽率だった僕の過ちのせい
君を幸せにできるのは――
誰かが面倒を見てくれるからじゃない
ただ、僕が身の程を知っただけ
僕はただ、君に幸せでいてほしい
たとえ一緒に生きていけなくても
そして、カバー祭り絶賛開催中です。アウトなやつからセーフなやつ、審議中のやつまで(なんのこっちゃ)。
1曲だけ貼っておきますので、後は各々検索してお気にのカバーを見つけ出してくだしあ。
Nyanyi Bareng Yuk 🎤
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Candi Penataran, Kab. Blitar, JATIM
(AIで生成)









