博研・15:シングー探検
アダルベルト王子
博物ハンターではなかったけど、アマゾン支流シングー河を探険した男にプロイセン王子だったアダルベルトがいる。1842年に父親のプロイセン王と共に、リオ・デ・ジャネイロに着き、若きブラジル王ドン・ペドロ二世に謁見した。2ヶ月の滞在後、父親と別れ海路でパラ(ベレン)に向かった。この航海には2ヵ月半を要した。
アダルベルト王子が記した『ブラジル・アマゾナス・シングー』のポルトガル語版
1843年、アマゾン地方でもほとんど未知の領域とされたシングー河に下流から入った。途中に船の航行が不可能な巨大な激流の難所があり、流域には多くの文明未接触のインディオが住んでいた。
シングーの大瀑布の難所を通過するには、下手にある支流のツクルイ川を遡り、その上流から陸路で激流の上手へでる迂回ルートしかなかった。インペリアルゼブラプレコ産地は、そのルートでは通過しないため、もちろんその記述はない(笑)。この迂回ルートを1841年に開発したのは、アントニオ・トルクアートという神父さんである。
アダルベルト、トルクアートの一行は、大きな支流のイリリ河まで遡った。途中でジュルーナ族の村に立ち寄り、老婆がユカ芋を咀嚼して作った発酵酒カシリを飲まされている。
後年、博物学者のベイツやウォレスも、ヴィラ・ノーヴァというとこでトルクアート神父の世話になっているね。
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B-41.恐竜の足跡
チック・コリア
長野、群馬、埼玉の奥地にまたがって山中地溝帯(さんちゅうちこうたい)という中生代白亜紀の地溝状堆積物がある。オレの大学時代、ここにも何度か足を運んでいる。科学博物館の同室で一緒に勉強してたMさん(今は理学博士)の専門エリアだった。群馬県神流町から秩父へ抜ける国道沿いに漣岩(さざなみいわ)という県天然記念物があって、この付近で道路工事があったとき、かなりのアンモナイト化石がでた。Mさんたちと一緒に採集した標本は1991年、お師匠さまO博士、Mさん、大学友人Fくん、オレのミット(合同)論文で発表した。論文アンモナイト・イラストは、オレが描いた(笑)。
さざなみ岩は、漣痕(れんこん)と呼ばれる波の跡なんだけど、表面に窪みやひっかき跡がある。1985年、M博士はこれを恐竜の足跡と鑑定した。
その後、恐竜骨もいくつか見つかり群馬県多野郡神流村は、村おこしのため「恐竜センター・中里」って施設を造った。
オレもダイノサウルス・トラック(恐竜の足跡)をめっけたことあるぞ。場所はブラジル東北地方のマラニョン州アルカンタラのバロネーザ海岸だった。40センチくらいあった。
この海岸の化石産地には、2回行った。恐竜の歯なども採集している。
ブラジルでもっとも有名な恐竜の足跡は、リオ・グランデ・ド・ノルテ(北大河)州のソウザ地方だね。ここも村おこし博物館が建てられている。
世界でもっとも有名な恐竜の足跡産地が、USAマサチューセッツ州にあるコネチカット渓谷だ。
渓谷にはジュラ紀恐竜の足跡が無数にあって、19世紀初頭のエドワード・ヒッチコックさんが克明に研究した。
コネチカット渓谷の足跡化石は、スーベニールにもなっていて、日本の通販でも標本を売っている(笑)。
さて今日も引っ張った(笑)とこで、マサチューセッツ州出身のジャズ・キーボーダーのチック・コリア。マイルス名盤Live-Evilのころ、エレキ・ギターはジョン・マクローリン、パーカッションがアイルト(アイアート)・モレイラ、キーボードはキース・ジャレットだったけど、チックは、キースの後釜に入った。アジトBGMにCrystal Silenceや La Fiestaなどがある。
ユーチューブのCrystal Silence
http://www.youtube.com/watch?v=0y1cNBpvYw8
チック・コリアのクルスタル・サイレンスなどは、リターン・トゥ・フォーエヴァーに収録されている。アイルト、フローラ・プリムなどのブラジル人も参加している。マイルス時代のチックは痩せ男だったけど、今はかなりメタボった。
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XC-20・コケコッコー・4
タマゴなんかのお話し・2
前回の青白い鶏卵アラウカナは、南米3C(美女3国)の一つチリ産だったね。オレのチリ・イメージってたら、ナンバー・ワンは若いチレーナ(チリ・フェミニン・サピー)。
次に偉大なコウテイモンキチョウ(すでにブログ登場)、その次に奇怪なミロドンの毛皮(そのうちブログ登場)、続いてパタゴニアのトラウトFF、そして月並みだけどイースター島のモアイくん。
モアイの島をスペイン語でイスラ・デ・パスクアって呼ぶ。オランダ船が見つけたのが、パスクアの日だったのに由来する。パスクアってのは、もちろん復活祭(イースター)ね。十字架にかけられ金曜に死んだはずだよのお主さまが、三日後にゾンビーのように再生したのを祝う祭りだね。
復活以前の旧ヨーロッパでは、エッグ&ラビットが豊穣のシンボルだった。ウサギが卵をどっかに隠す、それをガキが探しだすという、あまり面白そうでない(笑)遊びが作られた。バニーちゃんが、うふうふとウェヴォをもて遊ぶというゲームじゃないよ(笑)。
エッグ&ラビットは、いつしか復活祭に重なって、お祭りアイテムになった。スペイン語でタマゴはウェヴォ(Huevo)で、ポルトガル語は、オーヴォ(Ovo)だね。おスペでは、オヴァル(卵形)のテスティクロ(金のタマさん)の隠語に使われることもある。
日本では、土用の丑でウナギ業界がでっちあげた販売促進日があるけど、ブラジルのパスコアは、一年でもっともチョコレート業界が忙しくなる。大きなオヴァル・チョコが、スーパーなどでたくさんぶら下がる。
ブラジル人の多くは、セマナ・サンタ(聖週間⇒パスコアの週)に獣肉を食わなかった。敬謙なカトリック信者だったら、その前の40日間(四旬節⇒お主さまが断食した)も控えた。だもんで、鶏卵業者と魚市場が忙しくて儲かった。でも最近は、この戒律も甘くなっている。
今日のシングー・レシピも手を抜くね(笑)。単なるメンタマ焼き。
ちなみに、四旬節の始まる前日がカーニバルの最終日。肉の食えない日が始まるから、その前に食べましょうから始まった宗教のしきたりだったのに、同国では超得意のお遊びに転化した。こっちのほうは年々、派手に獣人化している(笑)。
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博研・14:ブラジルの独立
本国の戦火が去ったポルトガルは、リオ・デ・ジャネイロに置いていた暫定王朝を、1821年にリスボンに戻した。皇帝のドン・ジョアン六世は帰国したが、息子のドン・ペドロを残し、ブラジルの管理に当たらせた。ブラジルで生まれた住民が増え、ポルトガル本国に多大な利益を搾取される不満から、数々の反乱事件が起きていた時代だった。ドン・ペドロの重要な臣下に、鉱物学を専攻する博物学者のアンドラーダ・イ・シルバという政治家がいた。彼はポルトガル王子にブラジル独立を薦めた。独立活動を察知した王朝は、ドン・ペドロを反逆者とする決議を行った。それを知った王子は剣を抜き、1822年の9月7日イピランガの丘で「独立か死か!」と馬上で叫び、後にその日がブラジルの独立記念日となる。ブラジル王朝が始まり、ドン・ペドロが一世として即位した。
十八世紀末にフランス革命が起こり、国民が勝利した。共和主義の風がブラジルにもやってくる。民衆の支持が衰えたドン・ペドロ一世は、1831年に退位し当時5歳の息子をドン・ペドロ二世を即位させ、ポルトガルに戻った。ブラジルは、アンドラーダ・イ・シルバらの官僚が統治した。
ブラジル独立は、各地方の大統領府に協力を求める書状を送り、その同意を得る形で進められたが、最後まで渋ったのがアマゾン地方だった。ポルトガル本国からの移民が多かったからである。ブラジルが独立すると同時に反対派がこの地で革命を起こした。反乱は鎮圧されたが、ポルトガル系白人と有色人種たちの間に、深い反目を残した。1835年に知事の暗殺があり、大きな変事となる。続いて彼らの血みどろの殺し合いが始まった。有色人種軍はパラ(ベレン)を襲い、ポルトガル系白人の皆殺しを叫んだ。ブラジル政府は1836年にリオ・デ・ジャネイロから軍隊を派遣し、殲滅作戦を展開した。これを「カバナージェンの乱」と呼ぶ。有色人の反乱軍は、パラの砦を放棄して密林に逃げ込んだ。政府軍はそれを追い討ちし、その後の5年間で4万人もの残党たちを殺している。騒乱がほぼ沈静化されたのは1840年頃だった。
「カバナージェンの乱」は、当時のパラの人口の40%ものヒト(約10万人)が死んだ大惨劇だった。
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B-40.ホテル・カリフォルニアのお話し
紫煙・イーグルス
昔むかし、羽田⇒ロス⇒マナウスって国際便があった。始めてオレがブラジルに来たのは、このコース。機種は、たしかDC-8だった。チケットは、当時の金で往復70万円以上もした。ポルトガル語は、オブリガード(ありがとう)くらいしか喋れなかったけど、マナウスに落ち着いてすぐ、旅行の虫がうごめいた。ブラジルに来たんだから、花のリオに行っとかないとね。日本でイメージしてたのは、コパカバーナのビキニだ!、イパネマのトップレスだ!、酒池肉林だ!(大笑)
実はジモピーたちは、コパをけっこうバカにする。「あそこはオバさん、ババア&外人さんが行くとこさ(笑)。隣のイパネマも、まだダメだね。おれっちカリオカ(リオ生まれ)は、その隣のレブロン海岸で遊ぶんだ!」とのことですな。
コパとかイパネマで雨が降ってきたら、たいへん悲惨だ。ババアすらいない(笑)。それはさておき、始めてのリオ・デ・ジャネイロ。ちょっとキバってコパ海岸(アベニーダ・アトランチカ)にホテルをとった。ブラジルなのに、なぜかホテル・カリフォルニア(笑)。オレって、こういう意味なくトンチンカンっぽいネーミング好きだね。
コパの大西洋で泳いでみた。調子よく沖にスイスイでて、海岸を振り向くと、スゴ~く遠かった。大西洋って潮流が早いんだね、なんてノンキ言ってるヒマはない。必死で泳いだけど、なかなか戻れない。あぁ~苦しいなぁ、と思った瞬間、大きな波頭に巻き込まれた。そのままゴロゴロと砂浜に叩きつけられるようにして転がった。助かったけど、海パンがずれてハンケツ露出オーバーになっていた(大笑)。
溺れ疲れたんでホテルの部屋で休んでいたら、廊下から痴話シーンみたいな音響が始まった。若い男女が大声で喧嘩してるようだ。男が何か叫んで、ドアを荒々しく閉めて出ていったみたい。しばしの静寂…… そして、若い女の泣き声が始まった。イメージ大好きのオレ。このときほどポルトガル語が喋れないことを悔やんだことはない(笑)。「お嬢さん、何を泣いているのですか?」って声がかけられたら、すてきな映画みたいなラブ・ストーリーが始まったかも知れないのにぃ(?)。オレが言語の勉強に興味をもったのは、このホテル・キャリフォルニア事件が発端の一つでもある(笑)。
ホテル・カリフォルニアをベースにして、オレにしては珍しく、お決まり観光をやった。日本語のパンは、ポルトガル語のパォン(ポン)が語源だね。ポン・デ・アスーカルを直訳すると「砂糖パン」になる。しかし、昔は砂糖を精製した後に砲弾型に固めて、これをパォン・デ・アスーカルと呼んでいた。コパに続いている突きでた丘の観光地は、この砲弾型・砂糖に似ている、を意味している。頂上でウルサく鳴いていたセミを手で捕まえた。
ブラジルのピアーダ(小噺)にこんなのがある。『ニューヨークの自由の女神像と、リオ・コルコバードのキリスト像は、なぜか向かいあっている。自由の女神は、手を振り上げて、アンタの子供をはらんじゃったわ、責任とってちょうだい!、って怒っている。しかし、キリストは、オレは知らな~い、と両手を広げた…… 』 コルコバードの丘には、リオ市内で知り合った女の子と一緒に登った。言葉も喋れないのに、てーしたもんだ(笑)。この辺が原記載産地になっているモルフォ・ヘラクレスが飛んでいないか見回したけど、いなかった。
さてさて、イーグルスって古いバンドに、「ホテル・キャリフォルニア」がある。オレは、70年代USAカントリーロック風は、あまり聞かないんだけど、リオ旅行の印象が楽しかったんで、BGMに入れてやっている。
ユーチューブのHotel California
http://www.youtube.com/watch?v=LMFqh_tiHoQ
曲の中の年中無休ホテル・キャリフォルニアは、異次元世界にある。経営者の紫煙マリちゃんが、「いつ出てってもいいのよ」って言うけど、なかなか足が抜けれないアリジゴク。歌詞の意味は、かなり飛んでいる。
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C-23:ホーキー削りだし
電動ヤスリ登場
溝切りした材料の大きめカット部分をマジックで線引きする。まず、その線に沿って電動ヤスリで削っていく。それから面を落として、柔らかな曲面を削る。
曲面を削るとき、アマゾンの水中で泳ぐベイト・フィッシュをイメージングする。オレのX脳波がルアー材に感応して、小魚の生態オーラが注入される(ような気がする)。
前のCRAFTで、銘木チーク材をルアー・クラフト用に拾ったことを書いたね。もちろん、これも削ってみた。しかし、硬い。そして、けっこう重い。硬いのは丈夫だからいいとして、重いとフローティング・ミノーなどでは泳ぎが軽快でなくなる難がある。そこでチーク・ルアーは、ひとまずペンディングにした。削ったチーク素肌は、たしかに美しいから、何か別アートの材料になるでしょう。リリトちゃんの裸像でも削ろうかな(笑)。
ここまでの作業も、まったく簡単。やはり、たいした力も時間もいらない。しかし、削り粉がでるんで、後の掃除は面倒だ。
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XC-19・コケコッコー・3
タマゴなんかのお話し・1
前回コケコッコーで写真登場したエピオルニスたまごっち。英名ジャイアント・エレファント・バード。近世(キリストさんが生まれたころ)まで、マダガスカルにいた地上棲の巨鳥である。しかし、サピーが本土から移住してきて食われちゃった。移民たちは、長径30センチの巨大卵も料理したかも知れない。何人分のオムレツができただろう?
70年代に日本の科学博物館が、マダガスカルに化石調査隊を送りだした。オレの師匠O博士も行った。博士が某出版社から頼まれていた子供向け恐竜本が、まだ完成していなかった。長期不在だったんで、仕上げ(校正と索引)仕事を、オレに置いてった。生まれて始めて手にした原稿料はウレしかったなぁ。すぐ釣具に化けたけど(笑)。
調査隊は、大量のアンモナイト、恐竜骨など発掘した。エピオルニス卵破片もたくさん持って帰った。現地では、土産スーベニールになってるらしい。イジくった卵殻は、厚さが数ミリもあった。コロンボでも、トンカチないと割ることは難しいだろう(笑)。
ところで鶏卵殻には、白いのと赤褐色のがあるね。いわゆる白玉と赤玉だ。後者のほうが高く売れるんで、最近はたくみに着色したインチキもあるらしい(笑)。ちなみに、南米チリ先住民マプチェ族が作出した家禽ガジーナ・アラウカナは、淡いブルーの卵を産む。
マプチェ族は、チリとアルゼンチンの寒冷なパタゴニア地方に住んでいる。語源は、マプ(大地)+チェ(民族)だね。
蛇足ついでに、アルゼンチンからは、マプサウルス(大地のトカゲ)って超巨大な肉食恐竜が発掘されているね。
もう一丁、蛇足をやっちゃおう。マプチェ族は、アラウカノス族っても呼ばれるけど、アラウカリアってのは、ナンヨウスギ(南洋杉)属のこと。チリマツの学名は、アラウカリア・アラウカナ。ブラジル南部には同属のパラナマツがあって、その種子は茹でるとたいへん美味しい。いわゆるマツの実。でも長さが数センチもある。
引っ張ってきたね(笑)。今日のレシピは、もちろんタマゴの手抜き・反則技。前菜に使うスクランブル。
ちなみに、卵は頭がよくない(?)。単細胞だからである(笑)。現生では、ダチョウ卵の黄身が世界最大のアホと言われている。
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u博研・13:若き博物学者コンビ
スピックス&マルティウス
1817年にブラジル在住のポルトガル皇帝は、息子ドン・ペドロにオーストリア皇女のレオポルディーナを嫁がせ、各国王室関係を強化した。この王朝移転と皇女との婚姻は、ブラジル博物学史の一大転機になった。それまでのポルトガルは、秘密主義に徹し諸外国にブラジル探検の門戸を閉じていたが、これを契機に状況が一変した。各国の学者たちによるブラジル博物冒険時代が到来した。
1817年。動物学者スピックスは36歳、植物学者マルティウスは23歳。若きドイツの博物学者たちは、あこがれのブラジルに到着した。二人はリオ・デ・ジャネイロから内陸部に入り、ミナス・ジェライスでインペリアル・トパーズ鉱山を視察し、サン・フランシスコ河流域でピラニアに驚き、ペルナンブッコ、セアラ、マラニョンなどの東北ブラジル地方を旅した。セアラ地方では、アラリッペ山地で産した中生代白亜紀魚類化石に出会った。
彼らは、アマゾン地方へと進んでいった。当時の交通手段は、人力と驢馬だった。当時のサンタ・マリア・デ・ベレン・ド・グラン・パラ(現在のベレンのことで、略してパラとも呼ばれた)に着くと早々に、アマゾンには危険な魚のカンディルがいて、人間の匂いに誘引され体内に潜り込む話を住民から聞かされる。またマラジョ島にいるピラルクは塩漬けにされ、パラ市民の食卓に上るという記述もしている。
彼らはアマゾン河の遡航を開始した。シングーの河口、オビドス砦、バッハ・ド・リオ・ネグロ(マナウス)砦、エガ(現在のテッフェ)を経てタバチンガ砦まで至っている。このブラジル探検は、3年半に及んだ。帰国した彼らは、『ブラジルの旅』全3巻を出版した。
その第3巻目は、アマゾン地方の記述である。それまでブラジルの中央部から南部の探検記録はあっても、博物学者による本格的なアマゾン遡航探検紀は少なかった。マルティウスは数多くの植物を記載し、検証の結果ブラジル植物相を5つの植生区に分けることを提唱している。彼は特に、アマゾン地方の美しいヤシ樹類を称えている。
スピックスは哺乳類や爬虫類の記載をしていたが、1826年に45歳の若さで他界してしまった。マルティウスは、まだ未記載だった魚類標本をキュビエの弟子のルイス・アガシに譲ることにした。アガシが1829年に、Spix & Agassiz として記載したアマゾン魚類には、マパラ、ピンタード、バルバード、カンディル類などのナマズ類、シクラ・モノクルスなどのシクリッド類、コロソマなどのカラシン類がある。アガシは、スピックスが持ち帰ったセアラの魚類化石の研究もおこなっている。
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B-39.白亜&砂漠の薔薇
UKスティング
「白亜の殿堂」ってエラそうな形容があるね。しかし、白亜は泥んこ、すなわち単なる白い漆喰のことだ。UK本国ドーバー海峡の崖は白い。ここの石はチョークと呼ばれる。すなわち未固結の石灰岩だね。黒板にエロ教師の風刺画を描いたり、それに怒った先生が生徒に投げつける白い棒の語源だね。しかし、今の先公は、タマ抜き紳士だから、そんな野蛮なことはしない(笑)。
恐竜時代(中生代)最後の時代を白亜紀(クレタシアス)って呼ぶ。ネームは、もちろんUK海岸チョークの堆積時代に由来する。かなり専門的になるけど、白亜紀はさらに細かく、12の期に分けられている。一番古いのがベリアシアンでジュラ紀の最上限の上に重なる。一番新しいのがマストリヒシアンでその上が新生代層だ。下から4番目の時期に、バレミアンってのがある。バレミアンは、日本では有田統(ありだとう)という時代に含まれている。有田地方は、和歌山県沿岸にある蜜柑ブランドで有名なとこだね。
何を隠そう(笑)、日本にいたころのグランデは、有田統アンモナイトの研究家だった。当時の日本で、この分野では五指に入っていたはずだ。何しろ、オレの知っている限り、そんなのやっていたのは数人もいなかった(笑)。有田の湯浅という町に通算で半年くらい住んで化石採集をやっていた。日本で始めてのバレミテス(アンモナイト類)も発見した。科学博物館から論文も出しているぞ。
話しは違うけど、砂漠の薔薇(デゼルト・ローズ)って石がある。ある種の化合物がバラのような結晶に成長したものだ。ブラジルでも東北地方の乾燥地帯でたまに採集されている。サンパウロ市内の宝石屋で、サハラ砂漠のデゼルト・ローズをずいぶんイジくったけど、不思議なオーラを持っている。
さぁ~てBGM。ナイジェリアのシェブ・マミというミュージシャンをフューチャーしたUKアーチスト、スティングのデゼルト・ローズ。
ユーチューブのDesert Rose
http://www.youtube.com/watch?v=C3lWwBslWqg
スティングは、シングーと縁がちょお~深い。もちろんアルタミラに何度も来ている。始めのダム工事計画を葬ったのは彼である。
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C-22:クラフト開始
ホーキーを切る
ホーキーの柄には、カラフルなビニールが巻いてあるから、まずひん剥いて、すっぴんの裸体にしてしまう。このとき、リリトの熱い溜息が聞こえる(ような気がする)。
それから、Gノートのデッサンに従って、整形手術前の患者みたいなカット線をマジックで素肌に入れる。個体ごとのネームを入れておく。それから、ノコギリで輪切る。このとき、リリトのきゃ~、という声が聞こえる(ような気がする)。
それからベリー(腹)になる部分に溝を切る。始め金ノコでトレース溝を切り、それから木工用ノコで谷間を入れると、正中線からズレにくい。このとき、リリトのうふふ、という含み笑いが聞こえる(ような気がする)。
ここまでの作業は、まったく簡単。たいした力も時間もいらない。
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