カタセテロジュマン -77ページ目

夏休み

今年は仲良しの友だちと一緒に大好きで短い夏を大いに満喫するつもりで、従いまして夏休みも人並みに、いやそれ以上にばっちり獲得する予定でしたが、またしても、予定は未定、こうして日々通勤を重ね、海にも行けず、山にも行けぬまま、まもなく皆様も平常勤務にもどられようかという盆も豪雨も走り抜けた本日の東京は晴天なり。

昨日の地震は船酔いしそうな揺れで、しかもちょっと長め。荷物まとめようかと一瞬考えちゃったわ。

こうして何事もなく無事に今日を迎えられたからこそ、夏休みがないなどと文句をたれていられる余裕もあるわけで、身勝手は人のみならずならずとも我し知らぬが身勝手のゆえ、と万葉集巻六ー1018 の坊さん歌をもじってみたりしても生まれて以来培われはぐくまれた性根というのは一朝一夕では改まる由もなし。自戒の念は自虐の鬱憤へと姿を変え、溜飲の下がらぬままメートルばかりを上げ、またも繰り返すは破廉恥な文句たれの数々あるいは意味不明なひとりごと。知らぬが仏、言わぬが花、踏まぬは敷居と畳のへり。

まあいっか。

どの道どの私もまた私であるわけでして、かわいい妹の私も四十年増の行かず後家も果ては既に過ぎた極道の私もこれまた私。恐れるものはあの虫だけ。虫も殺さぬ顔をして虫は殺せず人なら刺すと?剣呑、剣呑。少し、本気で、やりなおしてみましょうか。音楽と文学と芸術と。うそにきまってらあ!毎日がのらくら夏休みみたいなもんさね?そうだよ、あんた、世間様ってものがあるから、こうして呑気に暮らしてられるってもんだよ、感謝しないとねえ。なんて長屋のおばちゃんに意見されそうだから、せいぜい精進して、繰言をつづりつづけて参りやす。ヤス、上がって来い!ギ、ギンちゃん、かっこいい・・・・・・。お後がよろしいようで(かどうかあとは白波)・・・・・・。

La sphinxe-2

le sphinx


お庭を通りぬけて17の廊下を持つ家に着いても二つ目のお部屋の鍵はもう開けられないの。

六本目の桃の木の先の一軒家のお部屋からはもう教会も青い空も見えなくなってしまった。


パンドラの壺はどこかにあるのかもしれないけど実はもう既に他所へ運ばれてしまったのかもしれない。

今この時間のテレ朝

の番組。

「拘留中の辻元さんが立候補しても国民がどう判断したらいいか、わからなくなっちゃうと思うんですよぉ。」

と心配そうにやさしげな声音で発言した女性あり。

どう判断したらいいかわからなくなっちゃうほど国民はバカだって言ってるわけよね?

ま、私はその最たるものだから、バカなりに言わしてもらうと、拘留中の犯罪者に投票するわけないじゃん。

ご心配ありがとね。


その後の企画コーナー、第七弾?

「ドンの苦悩」

日本の政界はマフィアか?

ドン・コルレオーネはマーロン・ブランドが演じて素敵だったけど、あれは、「物語」なの。

でも、ま、マフィアみたいなもん、ってことで、世間も放送界も恐れひれ伏し従うわけってか。

あ、ごめんごめん、スペイン語の単に敬称ってこと?訳して、

「殿方の苦悩」とでもすればいい?


番組に詳しい人か出演者か、教えていただきたいわ~。どのくらい私がバカでものを知らないか。

啓蒙すべし!あまんちゃを啓蒙すべし!

『いちばん近い他人』

Self Portrait

とか。

稲垣潤一、また、突然に思い出しますねんな。



HEART &SOUL

そして、『君に会いたい午後』。

九折を運転しながら聴くといいよ♪



いちばん近くにいて他人のままで、

たまに午後、会えたら、とても幸せなのにな。

今夜の月は

綿飴に立てたアーモンド・アイ。

水面を照らす灯りも丸く柔らかに・・・・・・。


月明かり

60年or60周年

さて、本日は終戦記念日。

というのに、いつもと変わらぬ怠惰さの、この私よ。


って、ちょっとね、またしても腑に落ちないことがあって、書かないもうやめだ、と思いつつ、未練がましくここへ文句たれてやるわ。


新聞、報道、雑誌、記事、なんでもいいわよ。


「戦後60年」

「戦後60周年」


って、二種類書いてあるの、目にするのよね。

そして私が文句を垂れるわけでございます。

「~周年」って、なにかanniversaireな、まあ、annirersaryには違いないんだけど、どちらかっていうと、こう、「祝典」的な印象、感じ、ございません?

ある日や、ある年、その日のめでたさを祝して、毎年・・・みたいな。

創立記念や、偉人の生誕、鉄道開通、みたいなときに、「~周年」って使うのはいいんだけど、

たとえば、

没後~周年、被災~周年、事故発生~周年ってのは私にはそぐわない。ま、所詮私は旧式の時代遅れで現代語を理解していないんだろうからそれはそれとして納得するしかないけど、だから、余計に、悪いけど、ここに文句をたれておくわ。


なんでかっていうと。

「周年」が祝い感覚なのは、たとえば、「創業~周年祭」、というような、使い方もするじゃない?

一方、同じ「祭」を付加しても、

「年祭」の場合は、祥月命日などの行事、の意味あるわけですよ(私が知る限りあったわけですよ、つい最近まで)。

という細かいことばかり毎度恐縮ですが、

私は、

戦後60周年には反対。

戦後60年と言いたい。勝手に言え。

今しばらくね。もう少し、この現代語に浴して慣れてきたら自然に語彙も減ってこのような文句も垂れる術も失うことでしょうから。その前に寿命が尽きるとは到底思えない、世の変遷ぶりだし。


それにしても、平和なんだなあ。

こんなくだらないことに一喜一憂していられるんだからさ。

エノラ・ゲイの乗組員も、仕方がなかった、って言うわけよ。


仕方ないわよ。なんだって、仕方ないのよ。


って言ってれば、どう?立派な大人で都会人かしら(^_-)-☆


おしまいは始まり。

だもの、ね?

私は終わってしまった。だから、始まってしまった。

いっそ始まらなければ愚かな繰り返しもないのに、とため息などつきつつ、そろりそろりと参りましょうか。

The Freshman

これはまたまた、観る人によって、賛否両論なんでしょうね~。

私は、こういう、マーロン・ブランドがすごく素敵だと思うのよね。

なさけないとか、みっともないとか、ダメな薄汚い男とか、そういう役を「演じる」彼の感覚がものすごくかっこいい。素敵。役柄には惚れなくても、演技してる人間の男のマーロン・ブランドは最高にハンサム♪

醜悪と評した人もいるけれど、老いたその姿をそのままスクリーンに映して生きた彼の自然さが好き。若いときにきれいなのは当たり前だもの。見た目も大事だけど、でも、魅力を感じる加齢は、やはりその人の無形財産。継承不能なの。少なくとも私には、訃報を受けて、マーロン・ブランドより泣ける男はそうそう現れない。と思われる。今日、この刹那(なんといっても気紛れですから)。そう思った7月から、1年以上がもう過ぎた・・・・・・。


The Freshman


ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
ドン・サバティーニ

こちら

とか

こちらも

参考に

Photo Galleryはこちらに


邦題の『ドン・サバティーニ』は、もちろん高級イタリア料理店に由来?それだったら、とことんパロディ(長音省略ね)で、最高♪

廊下

私は廊下が好き。

長い廊下の真ん中に立つとき、合わせ鏡のちょうど間に立っている気がするの。前を見、後ろを振り返ると、ひとつ、またひとつと鏡を越えながらやってくる悪魔を、聖書を片手にして待ち構えている小市民の身勝手な素性を丸出しにしてる気がして緊張する。

そんな錯覚で遊べる長い長い廊下が好き。だから廊下の写真をつい撮ってしまうの。


意味不明でございましょうから、親切な私は以下に解説を差し上げますわ。



『鏡』(星新一『ボッコちゃん』) 

男が小さな悪魔をつかまえ、いじめてうさばらしをする。悪魔は絶対死なず、傷つけてももとどおり回復するので、男は妻とともに悪魔に針を突き刺し、ハサミで尻尾を少しずつ切り取って楽しむ。しかしある日悪魔は逃げ去り、うさばらしの対象を失った夫婦は、ののしり合い、喧嘩をして死ぬ。


もすこし詳しく


星 新一

ボッコちゃん


確か新潮の文庫で読みましたが、真鍋博 の挿絵がまた、イメージにピッタリだったのよね、私には。

こちら でちょこっとご覧いただけますわよ(『殺し屋ですのよ』風にね)。

東京湾大華火祭

第18回東京湾大華火祭

花火   花火


たいしたものではございませんが、他の写真はプロフィール欄のアルバム のうち、

「Hanabi」

に載せました。

Diaporamaをクリックしてスライドショーでご覧いただければ幸いに存じますm(__)m


駄物

なにをかはするものでなしろくでなし