カタセテロジュマン -76ページ目

lunatic

今日は満月です。だから、アルバムに月の写真を置いてみました。

私は月が好き。暗い水面を照らすその光が道のように波を煌かせて、まっすぐ歩いてそのまま何処へでも、どこまででも、歩いて、ずっと歩いて行けそうな気がして、浜辺へ降りておいでと、潮騒に誘われるよう。

見つめずにいられない。飽きることなく、見つめずにいられない。

ラーメンといえば

私の最高は、こちら、晴れる屋さん!

うまい、うますぎる~ヾ(≧д≦)ノたまらん!

晴れる屋さん

江ノ島詣での際は洲鼻通りでみつけてね。

店内BGMはサザンの曲のみ♪

欲しいもの

ピアノの練習はずっとサボりっぱなし。フランス語のお勉強はちっとも進まず。

けれど私の気紛れは数ヶ月前から、また、疼き始めている。

何年かおきに周期的にやってくる「欲しい」熱。その対象は・・・・・・

アコーディオンです♪

メーカーは、私にとってはもちのろんで、Excelsior:エキセルシャー

巷間のコーヒー屋、初めて見たとき、無論、「エキセルシャー」、って読んだわ。

えくせるしおーる?って読むらしい?まあ、そのほうがフランスかぶれの私としても自然なはずなのだけど、

どうしても先に入った情報にひきづられますわよね。

ともあれ、またまた、定期的なアコーディオン熱が高ぶってきております・・・・・・。

あ、でも、YAMAHAかTomboでもいいんだけど(*^。^*)

ほしい・・・

秋の予定

このブログはワタクシメの記憶と記録のアーカイブというのが目的でもございますので、スケジュール帳としてもたまに利用するのであります。

下書きにしとけよ?

いいじゃありませんか、他にご興味の出る方もいらっしゃるかもしれないし。


その① ギュスターヴ・モロー展 (日取りは未定。Allons y?)

手前ミソ!? ↑


その② 9月文楽公演 (楽日で観覧席確保済み)


これだけ。他にもいろいろ行きたいけど、時間、ないかなあ・・・・・・。

大丸ミュージアム東京の古代エジプト展 もいいなあ。

しつこいようですけど

選挙の話。

「刺客」とか「命がけの抗争」とか、

どうしても戦いや命の狙い合いの系列にもっていきたいみたいね新聞やテレビ番組。

世界が平和だからってことなのかな。

本当に命狙われるような環境だったら、そんな茶化したみたいに、政治のこと話題にできない気がする。

終戦60年、もう、絵空事でしかない、殺し合いの記憶と記録。

まあさ、いずれみんな一度は必ず死ぬんだから、ふざけて任侠ごっこでもしてなけりゃ、この世知辛い世間様の荒波小波をこぎ沸けていけないってことでござんすかねえ。

ちんまい小舟が揺れてその真っ暗闇の波頭にたたきつけられてしまったら、それこそ命がけで抜き手を切って泳がなきゃ、源氏の御旗を握り締めたかいなごとすっぱりと切り落とされたる小まんが命、竹生島より遠ざかり・・・なんてのはあたくしのいい加減な繰言ですから、かまやしないんですけどね、何が?

東京タワー

とは申せ、小説ではございません。

単に、テレビ塔の東京タワー 。建設前は、追い剥ぎが出るからと医者も往診を拒否するような愛宕の山のその向こう。

子供たちが福岡から来たのよ。やっぱり東京は「違う」んですって。

青雲の志でしょうか。

ま、私は塔や高層建築やらは大好き。ゴシックの思想なのよ、と言い訳がましく、敢えて申し述べておきます。

La tour Tokyo


子供たちの夏休みもおしまい。この次はお年玉をもらいにくるってさ。

やれやれ・・・・・・。


長考はやめ

友だちの言葉たちが私を起こしてくれた。

まだ、書くわ。

カカセテロジュマン?

ロジュマンシリーズ、いったい、いくつまでできるか?!あほちゃうか。あほでんねん(^^ゞ

遁走曲-2

コクトー、ペレアスとメリザンド、フォーレ、シシリエンヌ、月、ドビュッシー、夢 、ギュスターヴ・モロー、ギリシア、パンドラ、オルフェウス、コクトー、メーテルリンク、リンク、リング、fuga。

国民総脱靴時代

さてご来場の皆様。

昨今は国民総作家時代。ねこもしゃくしも書けば売れる(とは限らない)とばかりに珍文駄文を書きなぐり垂れ流し、私でも芥川賞を取れると豪語しつつ、せがめどせがめど一行も書いて見せてくれなかった神経症病みを装った娘(これが気に入らなくて忘れられないのよね、彼女のこと)やらなにやら輩、とにもかくにも、お手々つないでみんな仲良く、あなたのできることは私もできて、私のできることはあなたになんぞできゃしない、自尊心は人一倍どころか二倍三倍、そんなご立派なプライドがあるなら、負けは負け、失敗は失敗と潔く認めたれと思いきや、針の先ほどの忠告や助言にさえもそれこそ死なんかなと悶えるほどに過敏に反応、孫子の代までいや子々孫々未来永劫恨みぬくとばかりの反論異論を投げ返すも、悲しいかな、理屈が通らんのじゃ、何故ならそれはアンタの言い訳は汝が正当化、あとからは何とでも言えるということを知ってか知らずか或いは知らぬ顔の半兵衛か、それが利口な処世術、後は野となれ山となれ、知らぬ存ぜぬ覚えておらぬ、それは誰かがそう言ったから、結局責任転嫁なの。

さてもさてもそうもこうもしているうちに、誰かが脱いでいたから、誰かが乗っけていたから、引用は至極簡便、連用は極力勘弁、誰も彼もが靴を脱ぎ、国民総作家時代は、国民総脱靴時代へと、「サ」を「ダ」に変換、「ダ」は「駄」に相通じ、まさにいい得て妙の新時代へと突入したのであります。

再度証拠の品をご覧allez!!


横須賀線8132


こちら老夫婦。ものすごい勢いで新橋駅から乗車。先に座っていた青年がその勢いに押され、眉間に皺を寄せつつ、別の車輌へ移動・・・・・・。


横須賀線813


横浜駅で降りた老夫婦の意志を引き継いだ青年、即刻脱靴。というか、サンダルなんだけど、履いてらんないの?

それともお勉強はLapTopでってこと?


お次の時代は国民総画家時代かな?「ダ」の次は「ガ」、「我」かしら「蛾」かしら「餓」かしら「雅」かしら「俄」かしら・・・・・・。なんでもええですやん。

お詫び言い訳または逃げ?

ここはカタセテロジュマン東京と名乗りつつ東京のことについてさほどご案内しているわけでもなく、東京について語っているわけでもないので、言い訳がましく、もっと東京のことをよく教えてくれる場所をTopのメッセージボードに追加しました。

Tokyo-Collection@関心空間

です。

私もあつかましく参加していくつもり。

東京至上主義なわけじゃないけど、でも、excitingなcityだって、リチャード・ギアもコマーシャルで言ってた(セリフなんだっちゅうの)。


好きだった、東京も、まだ、残ってることも事実。

懐かしくなりつつある自分の心境の変化と加齢も事実。

最後の悪あがき。


だから、ここでは、相変わらず、文句をたれていきたいと思います。


かしこ