あるがまま ~彼女とネコと同居中~ -34ページ目

あるがまま ~彼女とネコと同居中~

同性の彼女とネコとの平凡だけど温かい暮らし日記

うちには3月に養子縁組?した二人の娘(もしくは二匹)がいる。


娘なのだが、この二人は親子関係にあたる。

いわゆる「シングルマザー」をうちの養女として迎え入れた。


母親の方は美しい、つややかな毛をしている。

目も大きいし、生まれながらにアイラインまで入っていて、

メイク要らずの美人だ。


肌(肉球ともいう)もピンク色のつやつや、ぽちゃぽちゃで

風呂上りなど裸の時にまとわりつかれようもんなら、

パジャマを着ないで抱きしめたくなる。


見た目は聡明なかんじなのだが、どこか妖艶で

いかにも男が寄ってきそうな雰囲気も漂わせている。


昨春、ついに事件は起こる。


この母親は節操がなく、どこの誰だかわからん

男の子供を身ごもり、一人(一匹?)で出産してシングルマザーになった。


行きずりの男に身体を許してしまったのだ。

多分、寂しかったのだろう。

しかし男を見る目はあったようだ。娘はとびきり可愛い。


男に捨てられた母親は、子供に食べさせるために頑張っていた。


それを夏前に、母子寮を営む人に娘とともに保護されたのである。

彼女にはもう1人子供がいたらしいのだが、その子供は誰かに

誘拐されたらしく、母親はあまり語りたがらない。


そしてこの母娘の里親を募集しているサイトで保護主さんと知り合い、

私となぎはこの母娘を養子に迎え入れた。

母子寮がいっぱいだったというのも理由のひとつだ。


ちなみにこの母子寮に入るには、二度と子供を生めない体に

なるのが条件である。母親は子供と自分が生きていくために

涙をのんでその道を選んだに違いない。


変わって娘の話である。


もうこの娘もいい年頃だ。

毎日、挑発するかのように「ヒョウ柄」を着ている


体つきは母とは違いスリムだが筋肉質、それでいてしなやか。

おそらく父親似なのだろう。しつこいようだが美形である。

この種の生物としては完成形でなかろうかと私は思う。


ま、誰でも自分の娘というものは可愛いものだね。


娘は思春期でおなかが空くのか、普段ははにかみやなのに

食事どきになると、ものすごくおしゃべりになる。

未だかつて食事に文句は言った事はないが、時々無言で

皿の中に残してある。


今朝などはよほどおなかが空いていたのか、あろうことか

私が朝食にしようと、昨日焼いておいた食パンに歯形だけつけていた。


叱ろうと思ったが…

「ごめんねぇ。」と可愛い声で謝られると許してしまった。


うちの娘たちには、外に出る事を一切許していない。

おかしな男にたぶらかされては大変だ。

(子供が出来ないんだから妊娠の心配はないのだが)


事故に遇われても困るので、まさに箱入り娘である。

二人とも日がな一日、思い思いに食事したり、遊んだり、

寝て

寝て

寝て

寝て

寝て


一日のほとんどを寝て過ごしている。

家事も何も手伝わない。 爪も自分では切らない。


その代わり、電話やネットもしない。

服も欲しいとも言わない。娘なんかヒョウ柄の一着だけでは

物足りないだろうとも思うが、とにかく物欲というものがない。


母親が喜ぶのが「ピンポン玉」

娘が喜ぶのは「ネズミの人形」


ネズミの人形といってもミッキーマウスのことではない。


母親の方はなぎの姓、娘の方は私の姓を名乗らせている。

これに特に意味はない。


とにかく愛い娘たちなのであるよ。



なでなで


      ねぇ、 くーちゃん♪

昨日のあたくしの暗い、字だらけの記事のオンパレード。


…コメントくださった皆さん、ありがとうございました。


就職活動や職訓の申し込み、ツキイチ前(これが一番大きいかも)…

火曜の母とのやりとり が引き金となって、色々自分の中に溜め込んでた

ものが噴出してしまったようです。


昨日まで、何を見ても聞いても涙が水のごとくあふれるばかり。

こういう時はどうしようもなく、なぜそうなっているか、自分が何に

反応しているか、不器用ですが一つ一つ掘り起こしていきます。


毎回同じ事の繰り返しなのですが、自分の感情の起伏には無理に

逆らわないようにしています。そうしないと長く引きずってしまうので。

だからまたこういう事はあるんだと思います。


この2日間であり得ないくらい泣いて、泣き過ぎたのか

昨日の夜は激しく喉が渇きました。


そして今朝。


…? 涙が出てこないよ。


どうやら何とか復調しつつあるようです。毒が出たのでしょうか。

このまま浮上できたらな~と思ってます。カラ元気も元気のうちってね。


*******************************


ここからはいつもの調子で。


今日は天気があまりよくない。

私のしなければならない事といえばドリルくらい。

(一応やってる。役に立つのかどうかは別として。気持ちの問題)


さっきね、2階に昼寝してるネコどもの様子を見に行ってきた。


「くー」がなぎのベッドで寝てたの。

「くーやん、寝てんの?かわい…い…ね…。」


……


ん~



なんかにおう。


どうも「くー」から臭うような気がする。


「ちょっとごめんよ。」


「くー」のおま●こ付近のニオイを嗅いでみた。




くっさ~~~!!!




臭いけどもう一度嗅いでしまうあのニオイ!



思わず「はー」を連れてきて、お尻に近づけてみる。

「はー」はものすごい勢いで「くー」のお尻及びおま●こを舐め出す。


あまりに臭かったので、なぎにもメールしてみた。


「嗅いでみたいけどコワイ…」と返事が。


んんん…

ネコってお尻に匂いを分泌する器官があるからなあ。

オスはギュってしてしぼり出すとか聞いたことあるけど…

メスも、メスもそうなの?


ちなみに「はー」のお尻も嗅いでみたけど、こちらは全然臭くない。

(尻のしわにウンチついてたけど…)


うーむ、あとでもう一回嗅いでこよう。

調べておかしければ病院に連れて行かなければ…

(はーについても気になる事があるんやけど、これはまた後日)



ひさしぶり!

画像からは想像できんけど、あんたのお尻、相当くさいですから。




別にあたしは…

変な臭いを嗅がされたあとは窓辺でお鼻直し…。




あいかわらずで…

その後は、案の定いつものパターンで。



ネコの尻の臭さの原因はなんとなくわかったけど、

詳しい方いたら教えてください。


それにしても臭かった。ここからニオイを放ちたいくらい。

からの続き。


そうやって、勉強に関しては「親が勝手に見つけてきては、塾に行く」

繰り返された。


それを苦痛だと思う子供ではなかったけど、ありがたいとも思わなかった。

むしろ、塾に行っていて成績が悪ければ突っ込まれるのだから

少し迷惑と言えば迷惑だ。


話を少し兄に向ける。


彼はとにかく勉強が嫌いで、学校の先生からも

「この子をイスに座らせておくのはかわいそうだ。」と言わせてた。

しかし兄はバカ(あくまで勉強ができないという意味)だったとは

思っていない。何でも「向き不向き」があるだけなのだ。


兄はランクだけで言えば、私より一つ下の高校に行った。

無理して上の高校の一番下にいるよりも、入れる学校で、

真ん中ぐらいでいる方がこの子のためだという担任の進言があったらしい。


高校での兄は私とは対照的だ。

マンガを読み、テニスをし、好きなようにしていた。


兄の進路を決めるとき、父が言ったそうだ。

(関西内の私立(国公立は無理)で、ある程度のランク付けをした上で)

「このライン以下なら行く必要はない。」と。


彼はあっさりと「行かない」を選択し、その時に

「あいつの方が勉強向いてるし、俺のために貯めててくれたんなら

あいつに大学行かせてやって。」と言ったらしい。


それから親の教育がますます熱心になった事は言うまでもない。


勉強は出来て当然という雰囲気だったのだが、もう一つ厄介だったのが

「品行方正、明朗活発、良い生徒」でなければいけなかったことだ。


今思えば「学級委員」がなんぼのもんじゃい…なのだが、

小学校の高学年になってくると、3学期中一度は選出されないと

母の中でブーイングが起こっていたようである。

あれは…勉強が出来る人が選出されるという訳じゃないと思うけど。


そして中学生になって…

二年の時に生徒数が多すぎて2校に分割されたのだが、入学した時は

町内6つの小学校から集まって、一学年で13クラスあった。

6つの小学校から集まってくるわけだから、誰がどんな人かわからない。


当然、一学期に中央委員(学級委員)を投票で選ぼうにも出来ない。

だから一学期だけは中学側から指名される。併せて体育委員も。

私はその、親が喜びそうな中央委員には指名されず、体育委員に

指名された。母がどんな反応をしたのかは覚えていない。


中2、中3になってからは中央委員に選出されるようになった。

親としては鼻が高かったろう。

もっと喜ばそうと生徒会役員にもなったし、風紀委員長にもなった。


高校に入学して、別のもっといい塾を見つけてきたからピアノは

やめなさいと言われてやめた。そんなに好きじゃなかったし、

いい機会だった。


塾は家から遠くて、電車を使うと1時間半もかかった。

それを高1の終わりから高3まで、ほとんどを車で送り迎え

してくれた事は感謝する。


高2になって家庭内不和(夫婦間)が勃発し、離婚騒動まで発展したが、

私はクールさを押し通した。

父が飲んで暴れて、ガラスが割れる音を聞きながら勉強していた。


高3になって少し落ち着くと、またここでも厳しいライン引きがあった。

本当は私も国公立に行くべきだったのだが、英語と国語以外は厳しい。

センター試験は受けられない。でも短大ではダメだと言う。

ここで必然的に4年制の私立に決まるが、兄と同じ条件が出た。


何とかそれをクリアして入学した。

親が喜んでくれたのは、合格したその一瞬だっただけかもしれない。


随分と無理をして入学したので、一回生で落ちこぼれた。

その学校は一回生の秋までに4年間の基礎は全てやってしまう。

ここでつまずけば、残りの3年半は席を温めるだけの生徒になるのだ。


2回生になって母に退学させて欲しいと頼んだが無理だった。

大学を卒業させるのは親の夢でもあるのだと。

残りの時間は留年しないようにだけ気を付けて、パン屋にいそしんだ。


4回生の時に勝手に製菓専門学校を受験して、卒業後に進学した上に

学費が足りなくて、途中で働きたかった地元のパン屋に飛び込んだ。

もちろん、両親にすればものすごい裏切り行為である。

彼らは、父がそうであったように私も「名の通った」企業に入る事が

当然のことだったのだ。


裏切り者、泥棒、色んな言葉を聞いたがパン屋になりたかった。

けど、自分には自営業でやってはいけないとはっきりわかった時、

私はそれを辞めた。


そこから何とか名誉挽回しようとPCを習い、会社員になった。

でもそこが初めて経験する事業縮小による解雇。

その頃には日常的に「ごくつぶし」とか「恥さらし」と言われてたし

とにかく何か働くしかなかった。


そうやって最終的にコンビニ系の弁当工場の社員になるのだが、

そこでパンクしてしまう。社員で働いたのはこれが最後だ。

自己退職になったけど、職安側は「配置換え、もしくは転勤できれば

このような事態にはならなかった」と判断してくれて、失業保険は

すぐにもらえた。


それでも根性が足りなかったからだと言われた。


そしてこの間、その後勤めた(派遣)会社が業務縮小でなくなった。

これは私が望んだことではない。

だけど、やっぱりダメだった。


この正月に母から「パラサイト、寄生虫」と何度も言われて

なぎのとこに飛び出してきてしまった。


失業した始めの頃は、

「今度は社員になって、ずっと勤められるところを探しなさい。

焦ってつまらない会社に行かないように。」そう言ってくれた。


だから私もそのように考えてたつもりだった。


でも最近は…

「何をしている?派遣でもバイトでもいいからどこでも働け。」に変わった。

こういう母の一言一言に私は惑わされてしまうのだ。


これをこの間帰省した時、なぎの目の前で言われた。

だからなぎもこの母の一連の言葉の流れは知っている。


「もうなあ…悲しいけどあのお母さんは、あるもちゃんが

派遣で働いたとしても、社員になったとしても、満足してくれんと思う。」


「だからもう、お母さんが満足いく会社や人生じゃなくて、

あるもちゃんが働きたい会社、生きたい人生を生きたらええねんで。

もう切り離して考えたらええねんで。」


そう言ってくれる。


頭ではわかっているが、心がついていかないのだ。

自分の人生のほとんどを親の顔色を見て、「これでええやん。」と

言われるように生きようとしてきた癖はなかなか簡単に抜けない。


お父さん、(特に)お母さん、ごめんなさい。

もうあなた方の希望に沿うようには生きられません。

からのつづき。


先日も書いたのだが、子供の頃の私は非常に活発だった。

だがそれは一面だし、自由奔放な部分もあったのはほんとのことだが

親が怖くて仕方なかった。親の(特に母の)気に入るように振舞った。


私の母は簡単に言うと、

「こっちへおいでと呼んでおいて、そこに行ったら突き放すような人」だ。


保育園に入ってしばらくして、親の好みでピアノを習うことになった。

これは父が「乙女の祈り」を聴きたいと勝手に思ったからだ。


両親は私の教育については熱心だったんだろう。

しかしそのどれもが私に選択肢を与えられたわけではなく、

お膳立てされたものばかりだった。


親が子供が将来何をしたいか方向を見つけるために、あらゆる経験を。


こう言えば格好がいいが、ただ単に自分の理想像を描いていて

その通りに生きさせたかっただけのように今は思う。


私には5つ年上の兄がいるが、彼は勉強があまり好きではなかった。

両親も彼に関しては早くから諦めていたようだ。

私は親が用意した塾にも(内心は渋々)黙って行ったし、ピアノも続けた。


小学生の頃で忘れられない思い出がある。

算数が苦手とは最近ずっと書いてることだが、その日のテストも悪かった。

国語で100点を取っても、算数で30点は許されない。

帰ってから、ビクビクしながらその答案用紙を母に見せた。

母はその答案を目の前でビリビリに破って、「情けない」と言いながら

畳に座っていた私を足で蹴った。


後にも先にも蹴られたのはその一度だけなのに、今でもその光景が怖い。


ピアノは父が行けと言った習い事だったが、書道は自分から行きたいと

言った習い事だった。私の周囲で流行っていた。

これだけは自分で選べたし楽しかった。


小学6年になって、中学から始まる準備期間のように英語塾に

行くように言われた。これも何の疑問もなく行った。

この塾はいわゆる文法よりも音読に力を入れている

当時では珍しい塾だった。あと、英検の取得も。


判断基準を持たない子供に親がなるべくよいものを選んで与える。

これはいいことだと思う。

押し付けにさえならなければ。

今日、うっとおしく書き連ねていくので面倒な人はスルーしてください。


昨日なぎが帰宅して、母から菓子の礼の件を話そうとした。

けどなかなか言えなくて、晩御飯を食べているお皿の中に

涙がボトボトと落ちた。


なぎは驚いたし、いつもの私なら理由をちゃんと説明できる。

理由は?と何度も聞かれたけどなかなか言えなかった。

いい加減、自分の家の親子関係が恥ずかしくなってきてた。


話したのは夕飯のあと、片付けも済んでなぎがお茶を淹れてくれてから。


なぎが私に言ったことはこんな風だった。

「もうあるもちゃんの人生なんやから。

お母さんのために生きてるんじゃない。


まあ~、そりゃ、あのお母さんやから…

家に行かせてもらっても、きつい事言わはる人やなって思う。

物理的にでも距離を取らんと、しんどいやろなって思ったよ。


あるもちゃんは電話で言うたんやろ?

別会計になって、お母さんやお父さんに迷惑かけてないんは

ほんまのことなんやし、堂々としてればいい。

ここでゆっくり自分の生き方を探せばいい。」


その通りだ、と思う。


けれど、払っても払っても、親が私を連れ戻しに来るのでは

ないかと恐怖心が湧いてくる。


今の私となぎの関係が発覚した場合、それは必至だ。


なぎに支えられて生活しているなんて言語道断で、ましてや

好きで一緒にいるなんて分かったら…


何度も書くけど、私はおばちゃんと呼ばれてもいい年で、

自分の意思で動けないのか?と笑われても残しておく。


先日の「小さき頃のあるも」には書けなかったもう1人の私を。

さっき、実家の母から昨日送った菓子が届いたと電話があった。



「あれ、あれが前に食べたやつやっけ?あんな味やっけ?」


こう言ったのは、本人が思っていたほど美味しくなかったらしい。

(記憶なんてそんなもんだ)


せっかく送るんやし、日保ちのする菓子なので少し大きめのを送った。


「あんなようけ送ってきて!私一人で無理やんか。」


「は?おやぢはおらんようになったん?」


「違うけど…(苦笑)

おとーさん、最近近所の知り合いの畑手伝いに行って、帰って来て

暑いからビール飲んで終わりやし。」


「冷やしてもいいって書いてるんやし、日保ちもするし、

せっかく行ったんやからどうせやったら大きいの送りたいやんか。」


そのあと。


「あれ高いやろう!無職の娘からもらう気ないわ。

今度帰って来たらお金払うし。」


「いや、いい。6月は帰るつもりないから送った。」


「あんた、仕事はどうなってるん?」


「こないだ受けたけど落ちた。

今は失業保険の手続きして、学校受けるの申し込んでる。」


「! それでまた3ヶ月ほど遊ぶ気か?もう半年やろ。

ようまあお金も入ってこんのに、のん気にいてられるな。」


「とにかく無職の人間からこういうのを受け取れん。」


送るときに手紙を添えなかった。

前もって送るというメールもしてなかった。


私の言葉が足りないのはわかってる。

いつもバシバシ言われたり言い返したり、それが結構

本気で繰り返されてきたから、うまく言えなかったんだよ。


「母の日もしてないし、今回の父の日も帰らへんからね…って

なぎがそう言って半分出してくれたんよ。」


「あ、そうなん?そんならなぎちゃんによろしく伝えといて。

今度帰って来たときにまたお返しするから。」


なぎの名前を出したことで納得した様子だった。


その後も仕事について突っ込んできそうやったから…


「こっちはこっちで別で生活して迷惑かけてないんやから、

いちいち細かいことまで口出しせんといてよ!」


「いま忙しいねん!」と母の言葉を押し込めて電話を切った。


結局こうだ。


いつまでたっても親は親で、手に職を持ち、それを武器に生きた

母にはかなうはずもない。追い越せないのかもしれない。


ずいぶん離れたところにいるはずなのに、母が追ってくる。

それが親心だと頭ではわかっていても、いままでに充分過ぎるほど

期待を裏切ってきた私には、もう重い。


なぎに荷物が届いた事と、母が礼を言っていたことを

伝えなければならないけど、私は泣かずに言えるだろうか。

最近、中島らも氏の本を読んでいて「デラシネ」という言葉を知った。


デラシネとはフランス語「根無し草」という意味らしい。

(ちなみに私はさっき調べなおすまで「ダラシネ」やと思ってた。

 自分にぴったりの言葉やなあ…と)


今日は朝からスーパーを3軒回った。


スーパーに行っている間にベーカリーには全粒粉パンを焼かせ、

帰って来てからは炊飯器にご飯を炊かせて一食分ずつ包んだ。


ご飯を炊かせている間、昨日、庭にあるみかんの木にとまっていた

青虫を探した。あれがアゲハ蝶になるとわかったから。


私が調べたサイトの人はエサになる葉っぱごとビンに入れて

成虫になる様子を観察してた。私もやりたくなった。

(青虫をビンに入れる作業は恐怖やけど)


結局、青虫は見つからなかった。

スズメの餌食にでもなったのだろうか。

サナギが成虫になって羽ばたくとこが見たかったのに。


時々、自分が間違いなく存在しているのか確認する。

いま、自分の目に映っているもの、聞こえているものは現実なのかどうか。


目を閉じて…開いてみる。目の前に生い茂った庭が広がっている。

耳には風に揺られる葉っぱのザワザワという音が。

手もつねってみる。痛い。

私という人間は、個体としては紛れもなく存在しているらしい。


ここにやって来るまでずっと走ってきた。

その走り方が正しかったかどうかなんて知らない。

大学には小学生からの夢を持って入学したけど、卒業する頃には

全く違うことに手を染めていた。


「18と22の時ではやりたいことなんて変わる。」と親に言ったら叱られた。


大学卒業後の職歴は、自分の意図する方向と全く逆ばかり。

定年までいたいと思っても、組織が傾けばどうしようもない。

かといって自営でするほど情熱がないことは自分でもわかっている。


幾度もの出会いと別れを繰り返した後、なぎと出会った。


そして今、なぎしか知り合いのいない土地で静かに暮らしている。

まだ仕事もしてないし、これが正しいのかどうかもわからない。


そもそも「正しい」という言葉を使うのが適しているのかわからないし

良かったかどうかは死ぬ時にはじめてわかるんだろう。


「今はこれいい」と思えるかが重要なんだろう。


「これいい。」ではいけない気がする。


なぎと平和な土日を過ごして一人になると、色んな事を考える。


昼前にリビングにはいないネコたちの様子を見ようと2階へ上がった。

なぎの部屋で「はーと「くーが寝てた。


はーを抱いて、なぎのベッドへ上がった。

喉を鳴らして手に頭をこすりつけてくる。


そうやって「はー」の頭を撫でているうちに少し眠ってしまった。

目が覚めたら、「はー」が自分の背中をぴったりと私の身体に

寄せて眠ってた。


「くー」は、はにかみやなので遠くからこっちを見て、私が声をかけると

小さな声で「ミュミュ」と返事をする。

間違いなくこのネコたちは私たちの子供。


算数ドリルをするつもりの時間を眠ってしまったけど…


少し前までは、こんな穏やかな時間が来るとは想像もしなかった。

なぎとネコと一緒に…


私は「デラシネ」を卒業できるだろうか。

最近、「ご当地グルメ」なんて言って、ネットで気軽にその土地の名産が

手に入るようになった。


便利やし利点もいっぱいある…

前に行った場所や、人からもらったお土産でもう一度食べたいものを

買うこともできるしね。

その土地に行く交通費のことを考えると、とてもありがたいこと。


でもその分だけありがたみも薄らいだ気がする。


もちろん、ネットでお取り寄せできる名産も大好きやけど、その店に

行かないと手に入らないというのはもっと好きかも。


あるも家でここ2年ほど、とてもお気に入りの和菓子がある。


そのお菓子は、うちの実家の犬が子供を産んだ時に、里親になって

くださった方が、会社の出張で出た茶菓子が美味しかったから

出張先の人に聞いて、その店に寄って送ってくださったものだ。


それをすごくうちの両親が気に入った。


奇遇なことだが里親になってくださった方と私はいま、車で20分くらいの

ところに住んでいる。

(こちらに来たことは先方には伝えてないけどね)


あの頃は、車で2時間以上かけてお土産を持って、うちの雑種を

見に来てくれたものだ。


先月車検で帰ってたとき、母が「あのお菓子が食べたい。」と言った。


母の日のプレゼントはちゃんと出来なかったので、

今月の父の日と一緒にして好きなお菓子を贈ろうと考えてた。


ほんとは今日はなぎと市場のある商店街に出かけようと思ってた。


しかし諸事情で、今月は実家に帰らないことになったので…

急遽、そのお菓子の売っている街に行くことにした。


ここからでも車でひとっ走りあった。

けど、そこまで行って買うお菓子には値打ちがあるような気がする。

さっきなぎと一緒に食べたけど、やっぱりおいしかった。


明日、実家に送ろう。

昨晩、なぎと今週末の予定を決めた結果、本日は家の用事をすることに。


昼食兼朝食を摂ってから、なぎは洗濯と掃除。


最近、庭や玄関先でハチをよく見かけていて、数日前に調べてみたら

玄関周りに大小(大きいのは約10cm、小さいのは3cmくらい)5個の

ハチの巣を発見。


結構大きなハチだったのと、玄関にあるという理由で巣の除去決定。


なぎが洗濯してる間に取ることにした。

5個ある巣の一つに、一匹大きなハチがへばりついてたので

殺したくはないけど「ハエ用殺虫剤」を噴霧。


が、ここで母さん?頑張る!

巣を自分の身体で必死でかばってる。


仕方がないのでもう少し長めに殺虫剤。

たまりかねて母さんバチは飛んで行った。


それからゆっくりとながいホウキで巣を落とした。

部屋が10くらいしかない小さな巣やったけど、その中は

まだイモ虫みたいな子供達で満員やった。


ちょっと気持ち悪かったけど…

全部成虫になってたら20匹やそこらはいたかも。

母さんバチは帰って来るかな…。殺虫剤で弱って死んでしまったかな。


落とした巣を一通り観察した後、玄関脇に昨日まであったさなぎの確認。


が…今日はもういなかった。

調べたら羽化したんじゃなくて、鳥の餌食になったっぽい。

何の蝶になるのかこれまた調べたら、アゲハ蝶になるみたい。

もう一つ、ガレージ脇にサナギがいるんやけど羽化するとこを見たいな。


最後に門扉のところの落ち葉を掃き掃除して。

外の用事は今日はこれで終わり。


次に家の中でだらだらする。なぎもだらだら気味。

2人ともツキイチ前なのよね…。もうダルダル。


はーとひるね

はーの様子を見に2階へ上がってそのまま昼寝。



なぎがキウイにヨーグルトを乗せて、うちの実家から持って来た

いちごジャムをかけて出してくれたのを食べた。


それから5月分の家計簿(ごく簡単なの)をつけた。

食費の設定額はちゃんと目標達成。二人で喜んだ。


家のことはあらかた片付いたから、明日は昨日書いた

市場の周辺へぶらぶらしに行くのと、一週間の買い物予定。


今日はあとはドリルをして終わり。

まずは喧嘩?のあとの仲直りの方法。

(私たちの場合は食い違いを埋める話し合いに近いが)


朝はやはり気まずい。あまり会話せず送り出す。

終業後「今から帰る」メールが来る。これも少し他人行儀っぽい。


ここからが重要。


晩御飯はセーブさせてるけど、なるべく好きなものを作る。

(昨日はグラタン。ハ○スのやけど


「ちょっことだけ美味しい晩御飯食べようね。」と返信。


帰宅。 黙って抱きつく。


あとは「しめじも入れる?」とかなるべく喜びそうな具材をプラス

するかどうか聞く。


「おいしい♪」と言わせたら完璧。


いつもこのパターンで前日の気まずさをやり過ごす。


それから再び、私の今後の就職活動について話し合い。

職安からもらった民間委託の職業訓練の中に、いいなと思うコースが

あったので、それを申し込むことにする。(と勝手に私が決めた)


で、今日のお昼に職安に行って来た。


私は二つの職安のちょうど中間に住んでるんやけど、仕事を

探すのに端末を叩くのには近いほうに行く。駐車場もあるしね。


しかし学校の申し込みとなると、少し遠い方の職安になる。

なんで~?って聞かれるけど管轄がそうなってるんだから仕方ない。


今日、私の職業訓練相談を担当してくれたおっちゃんは、3月に

公共職訓を申し込んだ時のおっちゃんだった


どうやら私を覚えててくれたらしい。


「なに~~~。3月のはあかんかったってか?

何でや?落ちる理由がないんやけどな。

え?それで一度あかんかったら、再チャレンジして受かった人は

いてないって学校が言うたんか?それもまたおかしな話やな…。」


で、そのあとのおっちゃんの言葉。


「君なあ…、正直やろう?


い、いま、何と?

私はおっちゃんに履歴書も何も見せてませんが。


「話したら分かる。」だそうだ。


しかし…三日の間に同じ事を言われるとは…

苗字を本名から「正直」に改名するか?「正直あるも」なんてどう?


そうしてまた私と色々話をする。

訓練受講の申し込みもスムーズに済んだ。

これに伴って、今まで置いておいた失業保険の受給手続きもした。


「学校な、試験は国語と数学と面接と作文やから。」


数学!?それ概要には書いてませんけど。面接と作文って…。」


「いや、数学いうても算数や。分数と小数点の計算くらいや。」

国語はちょっとした漢字くらいやぞ。大丈夫や。」


「はい…わかりました。」


礼を言って席を立とうとしたら、おっちゃんが


「君が就職できんかったらおかしいから。

職務経歴書でも履歴書でも、持って来たらいつでも見たる。


あ、でも僕、結構休み多いんや。(どうやら嘱託っぽい)

そやから電話してくれたらええ。ここ、携帯の番号あるしな。

会社受ける前の書類の点検でもええし、いつでもおいでや。」


そう言って名刺をくれた。


不肖あるも、男性から名刺をちょうだいするのは前の会社の

上司以来、人生二度目のことである。


しかし…算数とはいえ超文系の私には大問題


中学から高校に進学する前の模擬試験の五教科、各70点満点中

英語は満点数学が9点


担任に「これでは高校に行けん。」と言わせたくらい数字に弱い。


むー、やばい。計算といえどもやばい。


試験までは一週間ある。ちょっとは勉強せねばと本屋へ。

もちろん小学生用の計算ドリルを買うために。


    

     ドリルを見た。こんなかんじ。

……

とりあえず「小学4~6年用計算ドリル」を買って来た。

(英語も試験科目に入ってたらちょっとは恥もかかんでよいのだが)


通分と小数点の勉強からしなければいかんとは。


今日の職安の界隈には市場とかあって結構おもしろい。

けどなぎもいないので一人で買ってもおもしろくないし。


明日行かへん?と誘ってみよう。

(その前にドリルしろよ、ちゃんと。)