Ⅰ からのつづき。
先日も書いたのだが、子供の頃の私は非常に活発だった。
だがそれは一面だし、自由奔放な部分もあったのはほんとのことだが
親が怖くて仕方なかった。親の(特に母の)気に入るように振舞った。
私の母は簡単に言うと、
「こっちへおいでと呼んでおいて、そこに行ったら突き放すような人」だ。
保育園に入ってしばらくして、親の好みでピアノを習うことになった。
これは父が「乙女の祈り」を聴きたいと勝手に思ったからだ。
両親は私の教育については熱心だったんだろう。
しかしそのどれもが私に選択肢を与えられたわけではなく、
お膳立てされたものばかりだった。
親が子供が将来何をしたいか方向を見つけるために、あらゆる経験を。
こう言えば格好がいいが、ただ単に自分の理想像を描いていて
その通りに生きさせたかっただけのように今は思う。
私には5つ年上の兄がいるが、彼は勉強があまり好きではなかった。
両親も彼に関しては早くから諦めていたようだ。
私は親が用意した塾にも(内心は渋々)黙って行ったし、ピアノも続けた。
小学生の頃で忘れられない思い出がある。
算数が苦手とは最近ずっと書いてることだが、その日のテストも悪かった。
国語で100点を取っても、算数で30点は許されない。
帰ってから、ビクビクしながらその答案用紙を母に見せた。
母はその答案を目の前でビリビリに破って、「情けない」と言いながら
畳に座っていた私を足で蹴った。
後にも先にも蹴られたのはその一度だけなのに、今でもその光景が怖い。
ピアノは父が行けと言った習い事だったが、書道は自分から行きたいと
言った習い事だった。私の周囲で流行っていた。
これだけは自分で選べたし楽しかった。
小学6年になって、中学から始まる準備期間のように英語塾に
行くように言われた。これも何の疑問もなく行った。
この塾はいわゆる文法よりも音読に力を入れている
当時では珍しい塾だった。あと、英検の取得も。
判断基準を持たない子供に親がなるべくよいものを選んで与える。
これはいいことだと思う。
押し付けにさえならなければ。