アリを主人公にした物語を創るブログ
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あるアリの物語。第十五回

それから1ヶ月がたちました。

ギター教室からは、とても初心者のそれとは思えない、

しっかりしたギターの音色が聞こえてきます。

ジャックは、この1ヶ月の間、朝の出勤前、職場での昼休み、会社帰りと、

可能な限りのすべての時間をギターに費やしてきました。

周囲からも「あれだけギターの練習ばかりしていれば、誰だって上達するさ」と

呆れられるくらいの熱心さです。

そして、教室の中から聞こえてくるのはジャックのギターの音以外は、

先生であるはずのマイケルがたてるイビキだけです。

教室でマイケルの口から発せられるのは「いらっしゃい」と「おつかれさま」

の二言がせいぜいで、時にはソファでの居眠りから起きることなく

レッスンの時間が過ぎてしまうこともあるほどです。

「あのー、マイケル先生、お休み中に申し訳ありませんが、

私のギターはどんなものでしょうか?」

ある日ジャックは、自分の成長ぶりを確認したくて、

あいかわらず眠りこけるマイケルに聞いてみました。

「うーむ。ジャックさん、そうですね、悪くないですよ。悪くない。

だけど、そろそろギターの音にジャックさんらしさが

出てきていい頃かもしれませんがな。」

初めてマイケルから発せられた指導らしき言葉でしたが、

期待していた具体的な内容ではなく、

ジャックは肩すかしをくらったような気がしました。

「ギターの音に、私らしさ・・・・・。

マイケル先生、それはどうすれば出るものなんですか?」

ジャックは戸惑いながらもマイケルに確かめようとします。

「まぁ、まぁ、ジャックさん、そうあせらずに、

あなたもこれを飲んでみればわかるかもしれませんよ。」

マイケルは、黄金色の液体の入ったボトルを嬉しそうに振りながら

ジャックを手招きします。

「冗談はよしてください。それを飲むとカラダがしびれたりするって聞きましたよ。

そんなんじゃ、私はとてもギターなんて弾けません!」

憤慨したジャックは、激しい調子で拒絶すると、

ギターをケースにしまいはじめました。

「ふぉふぉふぉ、まぁ、いいでしょう。

ジャックさんらしい音は、もう少し時間がかかるかもしれませんが、

なに、あせることはない。

私の指導のおかげで、順調に成長していますから、

このペースでいきましょう。おつかれさまでした。」

私の指導っていったい何の指導のことですか?

とノドまで出かかった言葉をぐっと飲み込んで、

ジャックはギター教室を後にするのでした。

あるアリの物語。第十四回

「マイケルさん、はじめまして。私の名前は、ジャックです。」

二人はぎごちなく、握手を交わしました。

「ジャックさん、あなたはギターを弾いたことはありますか?」

手を握ったままの姿勢で、いきなり質問されたジャックは、

マイケルの大きな瞳に吸い込まれそうになるのを感じながら、

正直に答えることにしました。

「いえ、ありません・・・・・。あの、やはり私には無理なんじゃないですか?

そうなら、はっきりそうだと言ってもらえたほうが助かりますから」

不安そうに応えたジャックの緊張をほどくかのように、

マイケルは柔らかい笑みをたたえました。

「いやいや、かえって、へんなクセがついていないほうが、

上達が早いかもしれません。

まぁ、すべてはジャックさん、あなた次第ですがね」

恐れていた内容とは異なるマイケルの返答に大いに勇気づけられたジャックは、

いったんほどきかけたマイケルの手を再び強く握りなおしていました。

「マイケルさん、私は手先の器用さと、コツコツ努力することだけは

誰にも負けません!ひとつ、よろしくお願いします」

力強く振られる自分の手を眺めながら、マイケルは苦笑するしかありません。

「フォッフォッフォッ、まぁ、わかりました。とにかく楽しくやりましょう。」

「で、何から始めればいいのでしょうか?」

すっかり勢いづいたジャックの質問にはすぐに答えず、マイケルは壁のほうへと進み、

立てかけられたギターの何本かの弦の具合などを確かめて、

やがて1本を手にして戻ってきます。

途中で、テーブルの上にあった本に手をのばして持ち上げると、

フッと息を吹きかけてホコリをはらいました。

「そうですね、まぁ、まずは、このギターをお貸ししましょう。

毎日、このギターにさわることです。

それと、基本のコードや弾き方は、この本に書いてありますから。

これを読んで、毎日、ギターにさわる。それだけです。

毎日、ここへ来て弾くといいでしょう。」

差し出されたギターと本を、ぎごちなく受け取りながら、

疑い深い表情になりかけたジャックがたずねます。

「この本と、このギターですか?で、マイケル先生は、何を教えてくれるんですか?」

マイケルは面倒くさそうにソファに身を沈めると、

ジャックの目ではなく天井を見上げながらつぶやくように言いました。

「私は、このソファにすわって、ジャックさんの弾く音を聞いてます。

間違った方向に進みそうになれば、引き戻しますから、大丈夫です。

まぁ、海で泳ぎを覚えるようなもんです」

「はぁ・・・・」

もっと手取り足取りの指導を期待していたジャックでしたが、

マイケルに反論するだけの知識もなく、

差し出されたギターと本をだまって受け取るのでした。


あるアリの物語。第十三回


「あ、あのー、外の看板を見たんですけど、

ギターのレッスンはやってないんですか?」

「フォッフォッフォッ!

クロアリがギターを習いたい?!

これは、私の評判もまだまだ捨てたもんじゃないな、

フォッフォッフォッ」

キリギリスの無遠慮な笑いに、

ジャックはとてもバカにされたように感じました。

「クロアリにはギターは無理だと言うんですか。

まぁ、たしかにそうかもしれません。

だけど、いきなり笑うなんて、失礼じゃありませんか。

キリギリスに、クロアリの私がギターを習おうなんて、

たしかにバカげた考えでした。すいません、帰ります。」

ドアに向かって歩きかけたジャックに、

キリギリスが少々あわてながら声をかけます。

「いやいや、そういうわけじゃあない、

まぁ、そう、カッカしないで、リラックスしなさい。

笑いは、すべての音楽の源泉ですよ。

うーん、どうやら、クロアリさん、あなたには笑いも、音楽も、

両方必要なようですな。

よろしい、私がそのどちらも指導いたしましょう。

私の名前は、マイケル。クロアリさん、あなたのお名前は?」

帰りかけたジャックでしたが、

自分から名乗った相手に背を向けて帰るのは無礼だと思い、

立ち止まって引き返すのでした。

(つづく)

あるアリの物語。第十二回



「グフゥー、どなたですか?申し訳ないけど、

大きな声を上げんでもらえませんかね。

ちょっと、耳鳴りがするもんで」

よろよろとフラつきながら、キリギリスが近づいてきます。

その足元には、クロアリ族の間では手に触れることすら禁じられている、

黄金色の液体の入ったボトルが転がっています。

不思議な香りのする液体がボトルの先から雫になって、

ポタポタと床を閉湿らせています。

「すいません、留守かと思ったものですから・・・・」

ジャックはこう答えながら、

薄闇の中で目をしばたかせているキリギリスと

視線が合うのを感じました。

「うん?これは、これは、クロアリさん。

キリギリスのギター弾きに何の御用でしょう?

お説教ならじゅうぶん間に合ってますよ。

フォッフォッフォッ、ゲホゲホ」

自嘲気味の笑い声をたてながら、

キリギリスは愉快そうに咳こむのでした。

(つづく)

あるアリの物語。第十一回



「こんにちは、どなたかいらっしゃいませんか?」

薄暗い室内をホタル電球が、かろうじて照らしています。

壁にはさまざまな種類のギターが立てかけられているようです。

ジャックが足を動かすたびに床からは溜まったホコリが舞い上がり、

ホタルの光を受けて空中を微生物のように漂います。

ジャックはホコリを吸い込まないように注意しながら、前へと進みます。

留守なのかもしれないな、とジャックがあきらめかけた時、

部屋の奥のソファからくぐもったうめき声といっしょに、

みどり色の足が宙にのびてきました。

あるアリの物語。第十回



『人生を楽しもう!キリギリスのギター教室。初心者歓迎!』

キリギリスは、草むらの生き物の間でも、

先祖代々お気楽に暮らす種族といわれており、

約束をしても忘れてしまったり、

待ち合わせに平気で遅刻してくるなど、

あまり評判がよくありません。

でも、ジャックは、ちょっと古びたギターのイラストに

自分がまだ親元で暮らしていた頃を思い出していました。

当時のジャックは心底ギターを弾いてみたかったのですが

父であるフィリップが、

「ギターなんて弾きだしたら不良アリになる」

と頑として許してくれなかったのです。

そんなフィリップも他界してしばらくになります。

今なら、誰にも文句言われることなく、

ギターを習えるかもしれない、とジャックは思いました。

仕事も駄目、家庭も駄目なら、第3の場所を見つけて、

そこを自分にとって居心地のいい場所にしたい、

そうジャックが思ったのも、

当然といえば当然だったのかもしれません。

「マジメにやっているつもりで不良品よばわりされるなら、

いっそ不良でいいじゃないか。」

ジャックは、思い切ってギター教室のドアを開けたのでした。

あるアリの物語。第九回



その晩、仕事を終えて我が家へと向かう

ジャックの足取りは重いものでした。

思えばこれまでのジャックは

職場にあっては会社のため、

家庭にあっては家族のため、

自分の我儘をこらえて

周囲に尽くしてきたつもりでした。

ところが、はたして本当にそうだったのか。

実はアーノルドに言われた通り

ジャックの思い込みと勘違いに

すぎなかったのではないか・・・・。

「もう、わけがわからなくなってしまった・・・・」

深い疑問を胸に抱きながら、

ふと顔をあげたジャックの目に、

ある看板が飛び込んできました。

(つづく)

あるアリの物語。第八回



「ジャックさん、あなたは、会社が設定した基準よりも

さらに細かく分解していい気になっているようですが、

それは単なる自己満足にすぎません。

危険なお菓子に関しても、会社が定めたマニュアルに

即して対応しなければ、規則違反です。

工場は組織として動いているのですから、

勝手な“ジャックさんルール”で行動されては、困るんです。」

何も言い返すことの出来ないジャックに、

アーノルドの容赦ない言葉が続きます。

「いいですか、ジャックさんが給料分の仕事をしているか、

していないか、それは、工場の決めた方針と規準にのっとって、

定められた目標をクリアしたかどうかによってのみ、

判断されるんです。

今までのような、俺様ルールが今後も通用すると思ったら

大間違いですよ。

今後は私のたてた方針と計画にそって行動してください。

いいですね。私からは以上です。」

アーノルドは、呆然と立ちつくすジャックの脇を通って、

作業場のほうへ行ってしまいました。

残されたアーノルドは壁の一点を見つめたまま、

なおも体を動かすことができずにいました。

アーノルドの視線の先の壁には、大きな文字で書かれた

「日々是カイゼン」というポスターが貼られていました。

(つづく)

あるアリの物語。第七回


自分の仕事ぶりに関して、褒められることはあっても、

非難されることなど思いもよらなかったジャックは、

しばらく反論する言葉を見つけることすらできませんでした。

しばしの沈黙の後、ようやくジャックが口を開きました。

「ちょっと待ってください、アーノルドさん。

あなたは、まだこの工場に来て間もないから

事情がよくわかっていないんだと思いますが、

私の効率が悪いというのはあなたの勘違いですよ。

私は、他の作業員が分解しきれないような細かい部分まで

味ごとに分けることができますし、危険なお菓子を事故なく

慎重に切り分ける技術だって、誰にも負けません。

それは工場のほかのみんなに聞いてもらえばすぐわかることです。」

しゃべりながら、徐々に落ち着きを取り戻したジャック。

胸をはってアーノルドの謝罪の言葉を待ちます。

「勘違いしているのは、ジャックさん、あなたのほうですよ。」

この一言で、ジャックの自信に満ち溢れていた目は、

驚愕のあまりいっそう大きく見開かれたのでした。

(つづく)

あるアリの物語。第六回


「ジャックさん、ちょっといいですか?」

仕事中のジャックに声をかけてきたのは、

マネージャアリのアーノルドです。

アーノルドは、穴掘り会社から

ヘッドハンティングでお菓子解体工場へやってきて

まだ日が浅いのですが、

前の会社で作業の大幅な効率化を成し遂げた手腕をかわれ、

経営陣から一目置かれている存在です。

「はい、なんでしょうか?」

ジャックは作業台を離れて、アーノルドの部屋へ向かいます。

「ジャックさん、これを見てください。」

机の上にアーノルドが広げた大きな紙には、

工場の作業員の名前と各自が分解したお菓子の量、

そして抽出された「あまい」「からい」「にがい」「すっぱい」

の各味の量がグラフにして書かれていました。

「これを見ていただくとわかってもらえると思うのですが、

ジャックさんの作業ペースは他の作業員よりも効率が悪いんですよ。」

(つづく)