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ALECA 小濱白光の素敵な陽だまり

依美澄卑親呼は宝物の名。小濱白光は進化した名。しかし、どちらにも許しと道があった。

それぞれの道と意味を、私はいま味わっています。

ノーベル化学賞受賞 おめでとうございます。 

長きに渡ってのご尽力、ご尊敬申し上げます。


先日のブログにも書きましたが、風水でいうところの「水の時代」は、アジアの時代とも

言われています。その中心は日本だと。


「西洋の衰退と、アジアの台頭」 これは風水でなくとも、昨今の情勢がそれを如実に現している

と、言えるのではないかと思っています。


そこへもってきて、日本の四博士がノーベル賞に。 時代の流れとは、面白いことをするものです。


それを努力の賜物、と、いいますが、先人の博士達だって、どんなにか努力なさった事でしょう。

でも、賞としては報いられなかった。


それが答え。


私たちは、どんなに努力しようと、報いられない時だって有る、と言うことです。

それは博士が言っていらっしゃるように、「天の導き」でもあるのです。


今朝のビッグローブ・ニュースの中から抜粋す。

  受賞の喜びを伝えたい人は一人だけいる。研究生として2年間お世話になった故・平田義正 

  名古屋大学理学部教授だ。「非常によくしてもらった。今のわたしがあるのは先生のおかげだ」

  と振り返った。

  GFPは、クラゲからある物質を得ようとした際の副産物として偶然発見した。

  「発見は非常にラッキーなこと。 わたしは神を信じないが、天の導きだと思った。

   ノーベル賞も同じだ」 と。



私は聞いてみたい。 先生の言う神とは、何の神だというのか。

キリストの神か、イスラムの神か。それとも仏陀のことか。その他の他愛ない神のことか。


私は、天の導きこそ、神の意思だと言っているのです。

あなたにはわからない、不思議な導き。

生きる人が生き、死ぬ人が死ぬ、不思議な導きのことである。


どこかの、誰かの、命あり死ぬ身の、人間を神格化した神の事を言っているのではない。

その人たちがみな、「神よ」と祈った神の事である。


GFPと書いて、8画。  「 8 」 とは、天の意思で言えば、「 光り 」の事である。

 (地の意思で言えば、お金です。 それでか、ヤクザさんが好む数字の一つにもなった?)


ラッキーと書いて、9画。 「 9 」とは、神の子のことであり、神の副産物を表す。

だから、9の数字を持つ人は、医者か、医術系に進む人が多い。

(地の意思で言えば、事故の数でもある)


LUCKY(ラッキー)と、英語で書いても、10画.天におわす父(神)を表している。

(しかし地の意思で言えば、病弱、不運を表す事が多い)


同じ数字なのに、その人によって現れ方が違うのである。

9とか10は、もともと非常に頭が良く、勘(かん)も鋭く、医者、医系に進む人が多いが、

人によっては死をもたらすものでもあるのです。(普通の人間には難しい数である)


姓名の絶妙な組み合わせによって、どちらをその人にもたらすかは、

両親、祖父母、ご先祖様の因果応報と、言えなくも無い。


だから私は言う。子孫のために、たった一つの悪意も駄目であると。

子孫の喜びは、今のあなたの努力に大きくかかわっている事なのだと。


本田美奈子さんだって、あの人の総画は、30でした。

30といえば、天の意思なら、神の叡智と結ばれた形でもあった。

だから、彼女は好かれた。

彼女を好いた人々も、彼女を見ているのではなくて、神の叡智を見ていたのかもしれません。

でも、いじった。 人間的にいじった。


私から言わせれば、神の意思を壊した形になったと思っています。

未熟な助言者のことばを、信じたのでしょうか。


今の科学者の知らない世界である。

未来にはきっと、もっと解き明かされる世界だと、信じている。

その一端を、私がになえれば幸いであり、今もその道を進みつつある。


たぶん、私の道が正しいなら、神は私の命を取りはしない。

かえって、共に歩き、その栄華を見せてくれるだろう。

 (仏像の背の光背のように。天使の光りの輪のように)


その意味においてのみ、長寿は幸福なのだろう。



                H20、10、9 (木)  am 11:59 記    神福の 小濱白光



追伸   先生、もう何もやりたくなくなって、もうどうでもよくなって、

      それでも生きていて、誰かを助けたくなったら、来てくれませんか。

日本の三博士、ノーベル物理学賞受賞、おめでとうございます。

ほんとに、長きに渡ってのご努力と喜び、我が事のようにうれしいです。


私たちには、まだまだ分らない事が、ほんとに多いですが、正しいものなら

かならず、姿を現す、と言うことでしょうか。


素粒子  顕微鏡でも見えないとか。 でも、有る。 


「私は有るというものである」と言った旧約聖書は、正しかったのです。無いものではなかった。


素 粒 子と書いて、24画。 我が 天水光神 と同画です。 不思議で、楽しい発見です。

10 11 3


素は、もともと、神(10)と同画の 10を持っていたのです。おもしろいね。

神も見えない。でも、有る、といえる存在です。


文字を作った人々は、なんと思って作ったかもわからなかったでしょうが、

文字には神の真理が垣間(かいま)見える。  (それは英語でも同じでした)

不思議で、面白く、楽しく、うれしい事です。 きっと、作らされたのでしょう。

 

私の、たった一つの言葉の意味の、真理を理解するのにも、(今朝書いたノートの中でも)

4年5ヶ月かかったものもあった。

6年かかったものもあった。 12年かかったものもあった。


分れば、真理は、人を変えてしまう。 もう、知らなかった昔にはもどれない。

そして、真理は人を幸福にする。


もし、誰かが、「真理を知っている」と言って、その人が不幸なら、

その人の理解は中途半端だと言う事です。

不幸な現実はあっても、不幸な真理は無いからです。


不幸な現実を引き寄せた悪因悪果はあっても、

真理を司る神は愛以外の何者でもない事を、その人は知らないのです。

もし、愛以外なら、無です。  むなしい現実です。 (現実と書いて、26画。 ウラギリの最大凶)



現実をむなしくしないために、何が出来るかといえば、

簡単な算数で文字の真理を垣間見、理解を深める事で、

あなたの無理解を、理解に変え、生きてみる事です。


結果はすぐに現れますから、あっているか、いないかなど、心配する必要もない。

幸せなら、成功したのです。


頭痛が起こってきたり、体が痛かったり、悲しいなら、その実験は失敗したのです。

(中国の毒入りギョーザのように。薬物中毒のように)

その点において、あなたの体は、あなたよりもあなたを知っている、と、言えるのです。


本当に真理に導かれ、守られている時、人は健康で、幸福感を感じるものです。


オウム真理教のように、人を殺す必要も無いはずです。

真理真理といいながら、人を殺さねばならないと言うのは、邪道の証拠です。

お前のためといいながら、そのお前が幸福でないなら、そこにはウソが含まれているという事です。


注意して、目を見開いて、現実をよく見ていきましょうね。

そして、幸福をのみ、希求するのです。

あなたの幸福です。 他人と違う事が多いので、注意しましょうね。


いつも人前で楽しそうにする事だと、混同しないでくださいね。

本当の幸福は、たった一人でも、幸福なのですから。


いつも人前でへらへらしてしまうのは、その人が弱いことを示しています。

そして多くの人は、そういう人を、「あの人は優しい人だ」と、表現する事が多いから、ウソですね。

本当に強い人は落ち着いているものです。



勉学と大いに違うところかもしれません。

素粒子が6個ある事を、世界が理解(?)するのに、30有余年かかったというなら、

その長さに、私は驚きません。


日本がこれからも良い学者、良い技術者、良い市民をつくるのに、何ができるか、問われていると

私は思っています。


そして、そんな日本の中で、あなたが何になるか、私の興味は尽きません。

輝かしい日本の、世界の礎(いしずえ)に、なろうではありませんか。


そういう、真面目に努力したい人間よ、集まれ。 私はいついつまでも、あなたの味方である。




                  H20、10、8 (水)  pm 1:48 記    神福の 小濱白光




追伸  真子さん、再度のコメント、ありがとう。

     あなたの優しさが、輝く時が来ますよ。

     短気は損気。長い目で、あなたの真実をつくっていきましょう。




「改名したから、亡くなったのではないと思いますが、どうでしょう」とのお気持ちでしたね。



そうですねえ。人の運命と言うものは、解明しつくせるものではありませんが、

少なくとも、彼女は、総画30 (寿命全うせずの小凶)から、31(大吉)に、変更したかったのですね。


何か、思いのほか辛い事にみまわれて、総画が悪いからと、言われたのではないでしょうか。

もしくは自分でそう思って、個人的に変えてみた。


なのに、変更したにもかかわらず、その名の通りに、うまくいかなかったとしたら、

変更に何の意味があるのでしょうか。


意味の無い変更なら、しないほうが良かったと、わたしは思います。


あの方は、人に優しく、賞をいっぱい取る名でした。

いじらなければ、もう少し長く、生きたのではないか、と、思っています。


あの方が(。)を付けた事によって、総画だけが変更になったのではなく、

。 の位置によって、外格が、変更になったからだという事は、お分かりですか。


外格が作用して、40歳から後の運勢を、金剋木として、切り倒したのを、気付きましたか。

外格は社会性。そのかかわりが、名格、総格を傷つけているとしたら、

晩年を傷つけるのだ、と言う事を、知っていますか。


ですから、もともと死ぬ運命なら、変更など、意味がない事になりますね。


それでも、あの方は、今でも「本田美奈子。」として、自分を表現していらっしゃいます。

親族の気持ちか、本人の意思かは分りませんが、 そうし続けている。

だから、そこに希望を持っていたはずですね。 切ない事です。


(でも、あの改名の仕方は、未熟で、間違っています。

 間違ったとおりに、答えが出たと思っています)



もう一つ、問題点があります。

我が家にいらっしゃる方は、もうすでに、救われる星を持っていらっしゃいます。

しかも、多くは、大転換期(大吉運期)の始まる数年前 (平均2年前。長い人は4年前)に、

訪問されます。

まるで、準備をするかのように。  自分自身も知らない、何かの声を聴いたかのように、

その方たちはやってきます。  その方たちこそ、救われていい方たちなのです。


私はそのお世話をするだけです。 心を定めるお手伝いをするだけです。

その時に出来るだけ良い名を、付けます。



本田美奈子さんが、我が家にいらっしゃったら、どうなっていたか知りません。

でも、来なかったのが、答えでしょう。


彼女がすがったやり方は、間違っていた。

もともと救われる運命に無かったとしたら(?)  悲しい事です。

間違ったものをいつまでも付けている事自体が、間違っているのに、

それに気が付かないとしたら、

何か、本当に、大きな考え違いをしているという事ですね。


そして、悪名は、人を殺す事など、朝飯前です。

会社を倒産させ、詐欺をして社会をあざむく事など、簡単な事です。


なぜ、数字がそうしてしまうのか、私こそ聞いてみたい。


とにかく、この世には、何でも混在しているのです。

その中から良いものだけを拾(ひろ)い集めるという事は、至難の業だということです。


今のご時勢、金持ちになるのも、不運なのかもしれませんものね。

持たない者の強みかな。

”塞翁が馬” (さいおうがうま) の逸話(いつわ)にあるように、

私たちには、叡智(えいち)が必要だと、言う事です。



これで答えになったか、どうかは分りませんが、いかがでしょうか。

あなたが幸福である事を、松伏の空から祈っていますよ。



  H20、10、7 (火)   pm 5:54 記す。  小濱白光 より 真子さんへ。





皆様、お元気ですか。前回はたくさんの方が見てくださって、ありがとうございました。


ほんとは、レイクタウン グランドオープン (2)を、朝から二時間もかけて書いていたのに

ちょっとしてミスで、パッと消してしまいました。 ああああーーーー。

思い出そうとしましたが、気分を変えて、こちらを書きます。


加勢の親方は、この名が良い、と、とても執着していたようですが、

一人の男を駄目にするには、十分に効力を発揮した、最悪の名です。


”金運悪く、他人の失敗をかぶり、一生浮沈。中年期から無気力により衰退し、失権する”

”家族運悪く、家族は生死別。家名を汚す運” なり。


人の親方になる時、こんなバカは困るのである。

たとえこれが、加勢本人の運勢により引き寄せたものだとしてもである。


人には出来得れば、成功する名を、付けてやるべきである。

目も当てられないような悲惨な名を付けておきながら、努力しないのが悪い、など、

私には言えない。


神戸の少年A 酒鬼薔薇聖人(さかきばら せいと)と同じである。

人には付けてはいけない名である。

それは、偉大だからではない。最悪、最大凶の関係性を、導き出す名だからです。


これら最悪の名を身に帯びて、耐えられる人など、ほとんどいない。

ごくまれに良くなっても、ほとんどが一時的成功で終わるのです。


「本田美奈子。」さんも。(。)を付けた事によって、ガンを誘発し、40歳以降の運を切った。

「zard」も。 アルファベットと、カタカナのザードが相剋(そうこく)し、かたよった潔癖症をもたらし

病弱、孤独、災厄を、もたらしたのです。



私の唱える永遠の命の中には、吉名も含まれているのです。


でも、それを許されない人々もいます。 (知る事無く死んでいく人、もしくは計算間違えの人)

だから、それら良い運を身に引き寄せるためにも、悪事はしてはいけないのです。

できればたった一つも。



多くは、運の良い人は、名も知れぬ多くのご先祖の努力の賜物(たまもの)を、頂いているのである。

ですから、自分達も、まだ見ぬ子孫のために、今、努力しなければいけないのです。


そして、それは、空(むな)しくはないのです。

自分の目の黒い内に、かならず、良い事を見るからです。


年を取って微笑(ほほえ)んでいられるのは、非常に幸福な事です。

でも、気をつけてください。

神は見ている。

腹から誠実でありなさい。 そうでないと、かならず、見破られる事があるからです。

自分を信じて、誠実であり続けなさい。  誰のためでもない、あなたのためです。


がんばりましょうね。



              H20、10、7 (火)  pm 12:17 記  神福の 小濱白光

皆様お久しぶりです。元気でお過ごしでしょうか。

私はまたまた難問に直面しましたが、高気圧とともに解決しました。


また、このたび JR武蔵野線 越谷レイクタウン駅 に、日本最大級のショッピングモール

イオンレイクタウンが、10月2日に、グランドオープンしました。

(ベッキーさんがテープカットをしていたTV画像には、有名人も来ていたんだ、と、びっくりしました)

私はもう、一度いっていますが、総延長約1㌔も、空調が良いのか、苦になりませんでしたよ。


駅前からタローズバスの直通便ができました(約30分 ”田島”下車 徒歩2分)ので、

我が家に来訪されるお方は、立ち寄ってみられたらいかがでしょうか。


(イオンレイクタウン来訪のついでに我が家にと、お考えの方が多いとか、少ないとか、は、

 どなたかが言っている「自由だー」ですね  p(^-^)q )





それにしても、アメリカの、サブプライムローンから始まった、世界への大迷惑は

風水でいうところの、西欧の衰退を象徴しているのでしょうか。


これからは水の時代と言って、心や精神の浄化を大切にする時代が来たのだとしたら、

火の時代の戦争屋は、衰退を見るのは必定なのかもしれませんね。


これは大きな潮流です。単位は100年、直近は20数年。いろんな事が起こってくるでしょう。

こんな時に皆さんは何をすればいいかと言うと、心を清める事が求められるのです。



最近目にあまるニュースが多いのも、時代の潮流として、「不正があばかれるのは当然の事」

と、言えるかも知れないからです。

私たちは時代の子、時代に逆らっては、生きる事はできないのです。


もう一度戦争がしたい人々も、いるかも知れませんが、(彼らは無茶をするかも知れませんが)

その結果はきっと、神からの罰をくらって、自滅するでしょう。


ですから、私たちは、清い心を保って、ただ見ていればいいのです。

彼らの自滅する姿を。彼らの導いた結果を。

たぶん、私たちは手は出せないし、火の粉がかかってくる事もないでしょう。


たぶん、私たちは、今まで多くの、救ってはいけないものを救い、

救わなければいけないものを、救って来なかったのでしょう。

そのツケが、今払わされているのでしょう。


私たちの罪(つみ)です。原罪(げんざい)です。

(原罪とは、キリスト教で言う、アダムとイブの時代からもともと生まれながらに持っている罪の事)

これらの認識を、今の日本人は、理解しないか、まったく知らないのです。知ろうともしない(?)

「親の因果が子に報い」と言う言葉がある。そのそら恐ろしい事実を考えて見ようともしないのです。


昨今テレビでは、「何の罪も無い人々」と、よく言いますが、あれはウソです。

運の良い人は死なないからです。

ガンもそうです。ガンにはガンの数字があります。

医者は何でも治せると言うのも、ウソです。(メタボでも、死なない人はいくらでもいる)

(メタボが死病なら、アメリカ人は半分になるはずです。ロシア人も、北欧の人も)

(どんなにアオザイがすっきりと似合う美人でも、幸福な人ばかりではない事は、事実でしょう)


でもお医者さんは、悲しい人々を救うために存在しているのですから、

医者のいない時代に戻していい、と、言うものでもありませんよね。


今の政府や、頭のいい人々がこんなにいっぱいいるのに、どうしてきっちりと、

正しい政策を打ち立てたり、実行しないのでしょうか。理解に苦しみます。


ですから、これからも、多くの人があばかれますよ。

あなたはいかがでしょうか。

あばかれる事の無い人はさいわいです。でも、思い上がってはなりません。

神はどんな報いも、ご計画ですから。良い報いを受けられる人はさいわいですね。


そして、合格するとか、落ちるとか、病気になるとか、健康であるというものも、

神の大きなご計画から言えば、幸福に直結しないものは「無」なのです。

幸福に直結するもののみ、「有」なのです。


(キリストの神は、旧約聖書で言った。「私は有るというものである」と。だから旧約も正しい)


無+有 = 自然 と同数です。 (12は最大凶、6は六大吉数の第一番目の大吉ですね)

12  6    6 12

文字は言っている。自然の中に全部存在している、と。 (混在しているのです)


あなたは「無」の者になりたいか、「有」の者になりたいか、それだけが神の質問なのです。

正しい答えを出せば、あなたは幸福になれる、ただそれだけの事なのです。


神は結果の良い事を喜ばれます。


銃で人を殺して幸福はありえないですよね。盗みをしたり、犯罪をすることも同じ。

人はそんな悪徳の記憶に、耐えられる者ではいないのです。

でも食べ物をもらえばうれしいし、かわいい人を見ればうれしいのです。それが人間。

めくらましに、遭いやすいのです。

いつも注意深くあるべきです。

日々の占いに、一喜一憂するのではありません。

自分の足元と、遠くを見据えて、幸福をのみ、希求するのです。

答えはあなたが知っていますね。



      H20、10、3  (金)  am 11:55 記    優雅 神福 の白光より


むごい事件がおきました。


悪徳の3人が、若い女性を拉致監禁し、挙句(あげく)に殺した。


またやりそうな勢いである。


日本全国民、世界の人まで震撼(しんかん)とさせた事件である。


これらへの影響を考えても、断固とした判断をし、二度と起こせないような処置が必要である。



一人殺したから死刑はない?  アホナ。


大の男が三人も寄ってたかって、たった一人の美しい人を殺したのである。


三人が一人一人殺したのである。三人殺したのである。 言い逃れなんか、出来るものか。



こんな残酷な事件は、今始まった事ではないが、それならば今の時代、(野に放つなら) 

GPSを埋め込んだりして欲しい。

”この男はうら若い女性を暴行し、殺害しました” と、額(ひたい)に刺青でもして欲しい。


それが平等というものでしょう。



犯罪がはびこりやすい仕組みを作っておきながら、それを取り締まる方法を持たないとしたら、

これは、片手落ちと、いうものでしょう。


昔の人は偉(えら)かった。 「 悪の芽は小さいうちに摘(つ)め 」 と、言った。


今は 「 自由 」 といって、悪徳も善徳もごっちゃにして、ぐちゃぐちゃにして、目くらましをして

増えてしまった悪行に四苦八苦してる。 アホナ。




でも、善良な皆さんは、判断ミスしないで。 良い人の方が圧倒的に多いのですから。


「豊 か で 幸 福    と は 何 か 」   と書いて、63画。(六大吉数の六番目、大吉なり)

 18 3  4  8 14(47) 2  4 7  3(16)    (慈雨の恵みを受け、万事順調に物事が進展する)            


47画も、六大吉数の五番目、大吉なり。 温和な性格で、生涯ツキにツク人生を送る、と。



これとは逆に、

「不 幸 と 悲 し み   とは何か」 と書いて、46画。(大凶。運気が弱く、辛苦、困難、破産など。

 4  8 2  12 1 3(30)    (16)             多少欲の深いところがあって、その欲に                                   

                                    つられて人にだまされやすい傾向。

                                    病身、孤独、短命、刑罰、失意の人生)と。


30画も、「未達の人生」といって、波乱に富んだ浮き沈みを経験し、晩年を全うしない事が多い数字。


「不幸と悲しみ  に 近 づ く    とは何か」 と書いて、64画。(小凶。一生安心立命できない数。                                             

   (30)     3  11 3 1(18)   (16)               波乱万丈の人生、虚言と浪費、

                                           男女共に生き甲斐の無いひどさ)

しかも、18とは、考えの甘さを含む数字である。(甘さゆえに近づくのである)



ですから、自ら、悪徳や悪行、不幸や虚言の世界に入って行くなどと言う事は、あってはならない。

そんな人間を、決して信用してはならない、と言うことです。

なぜなら、「朱に交われば赤くなる」からです。



あなたは、悪徳にまみれないで、幸福な人生を生きてください。

神が見ている、人が見ている。 あなた自身が見ている。


自分を信用できる、カッコいい、かわいい、素敵な人に、なってください。

そして、それは、今からで十分間に合う事だ、という事です。 がんばりましょうね。




                 H20、9、26 (金)  am 11:37 記     光明心殿  小濱白光



お彼岸に豊橋へ行って来ました。お蔭様で義母は元気そうでした。

お墓にお花を変えに行った時、たくさんの人がお見えになっていて、にぎやかでした。

まだまだ日本はいいところがあるなあ、と、思いましたが、若い人の姿はすくないですね。


草取りもしていない墓を見るのは、やはり寂しい気がします。

わたし達のところまで命がつながったのです。血脈です。一族郎党です。

感謝して、守り続けたいものです。

(お墓の中にわたしはいません、といっても、目の前で手を合わすわたしの心の中にはいます)

どんなつながりも疎(おろそ)かにしない心が、一族を守り、長い繁栄の基を築くのだと、思います。



昨今のニュースで目につくのは、ウソと偽装、言い訳と不誠実、対応のまずさと不遜な態度。

もともと悪事を働く人に誠実を期待する事自体まちがいなのでしょうが、

それにしてもお役人の、いい加減な米の管理法には、がっかりしました。


どんなにお人好しでも、いい加減な食料を提供されてはたまりません。

日本国民の体を使って、人体実験をしているつもりなのでしょうか。

実際に被害の模様を調査したからこそ、元太田農水大臣が言ったような 「じたばたあわてない」

などと言う発言になるのではないでしょうか。

そうでなければ、もっと驚いて、あわて、怒り、悲しむ事でしょう。


それに(株)浅井の社長が言っていたように、

 「カビ、タバコの吸殻、ほうきで集めたようなチリ、手袋まで入っていた。

  これ(事故米)を食料に転売するなんて、考えてもいませんでした。

  わたしはノノガキ穀販に騙(だま)された」 とするなら、

お役人がそんな酷(ひど)い米とは知らなかった、などと言うたわごとを、

誰が信じると言うのでしょうか。


お役人は実物を見もしないで、売ったというのでしょうか。

汚い米を無理に買わされて(それも税金で)、しかも、日本人の口に入るのを見逃したとしたら、

その人はいったい、どんな言い訳をできるとお考えなのでしょうか。



それにしても、お金持ちの衰運、あばかれの年は、まだ3,4ヶ月残っています。

まだまだ出て来る期間は残っていますよ。

心当たりのある人は、今頃青くなった方がいいですよ。




三 笠 フ ー ズ  と書いて、20画。(万事が円満に進まない、厄難、不如意、ギャンブル、災い、

3 11 1  1  4             破財、離散、孤独、短命 などの最大凶数)


三笠と書いて、14画。(常に精神的、経済的に不安定な、大凶数。ウソを付く事が多く、

               詐欺や、詐欺を働く人に多く現れる数字。さびしがり屋)


ミカサフーズと書いて、14画。(上記と同じ)


穀  販と書いて、26画。(一生を平安に過ごせない、不如意に陥(おちい)る最大凶数。

15 11            謀反(むほん)反乱の加害者、被害者になる事が多い。

                 たえず不平不満が多く、失意、孤独に陥るとする)



これらを、皆さんは、なんとお感じでしょうか。

名づけの難しさを、つくづくと、感じます。


人には人の運命があり、会社には会社の運命があります。

しかし、関係性は色濃く残り、きっても切れない関係を醸(かも)し出しますので、

いろんなものと整合しないと、ちょちょいのちょいで開運する、などと言う事は

ありえない、と言うことです。


あなたが運のいい人になりたかったら、ただ今から、心を正すことです。

心を正し、努力するものを、ほっておく神はいないからです。

あなたの手で、幸福は作り出せると言う事です。


ただし、正しいからと言って、怒りに身をまかせることは間違いです。

この世の苦しみの中には、神の(大きな)ご計画があるからです。

死も幸運も、えもいわれぬ導きに、大きくかかわっているからです。


あなたが幸運になりたかったら、神を味方につけるほどの努力が、必要なのですね。

そのために苦しみの涙を流すぐらい、なんでもない事でしょう?

その苦しみはいつか必ず報われる時が来るからです。 勇気が必要なのですね。



            H20、9、25 (木)  pm 12:50 記     光明心殿 小濱白光




おはようございます。たくさんの方が読んでくださって、ありがとうございます。

わたしはいつも、腹から語らしていただいていますが、わたしがこうなれるまでには

それはもう、多くの紆余曲折(うよきょくせつ)と申しましょうか、熱い涙が、何度したたったか

わかりません。


でも、その度に、わたしに正しい判断を迫ったのは、易経でした。

わたしはその昔、易経を学び始めた時、「易聖 高島加右衛門」が言った言葉を、

今も忘れません。彼はこう言いました。

「これまで私は神様に欺(あざむ)かれたことはただの一度もありません」と。

(学研 日本神人伝 p153)


わたしはこう思いました。「本当に、そんな事があるものだろうか」と。

でも、ありました。

わたしにも易経は、ただの一度も、いい加減な事は言いませんでしたし、

わたしをここへ連れてきました。

それはもう神の如くに、わたしの弱いところを気付かせてくれました。

わたしが、あまりの未熟さに涙し、もう駄目か、と思ったときも、易経はわたしに伝えました。

「自分を無能だと思うなよ」と。それでわたしはもっと泣きました。

こうやってわたしは出来上がってきたのです。

いっぱい叱られて、ここへやってきたのです。


(今の日本人は、あまりに叱らないのです。正しい事を厳しく教える事を、恐れているのです)

でも、神は、恐れるものではありません。畏れ敬うものです。

 今の日本人には、きっと、敬うものもないのでしょうね。かわいそうな事です)


禅もそうです。禅の十牛図は、わたしの歩んだ道とそっくり同じでした。

ですから、わたしには、十牛図を書いた人も、わたしと同じ経験をしたのだなあと、

非常に感慨深く、また、その真実を、腹の底から理解したものです。


ですから、他人が、よくも分らない禅の説明などをすると、

「なんだこいつ、でたらめをいっていやがる。なにも見知った事もないのに、さも本当のように

 語っているなあ」と。

まあ、心の中でこんな汚い言葉を使った事はありませんが、こんなところです。ごめんあそばせ。



本当の豊かさとは、自分の思ったままを、だらだらと、言い訳しながら生きていく事ではありません。

正しい事を、きちんと、心に留めて、精一杯生きていく事です。

そして、それは、古い事でもなんでもないという事です。


わたしの神様の言う豊かさには、一族郎党、事故も無く、健康で、賢く、努力を惜しまない、

立派な人間であるというものが含まれています。


自分が使いたい放題金を使う、という事は、含まれていません。

そして、これは、特別なことではなく、誰にとっても有益だという事です。

お金まみれが豊かなのでは無い、という事です。


どんなに自分一人がお金を持っていても、親族が財産争いをし、殺しあうなど、(ドラマには

よくあることでしょうが)現実的には悲劇でしょう。


また、朝から晩まで株のことばかりが頭をよぎって、他の事には一切興味が無いなどと言う事は

現実には愚かな事でしょう。

そりゃあ、お金は持つかもしれない。お金をいっぱい貯めてから考えようと思うかも知れない。

でも、本当にそんな事をすると思いますか。


ありえませんね。


その人たちの価値判断は、お金だけになってしまっているからです。

もう、どんなものを見ても、すべて金額でしか判断しないから(?)です。

美しいドレスも値踏みして、その中の女性の真価など、どうでもいい生活をし続けたら、

男はどんな顔になるのでしょうね。


金持ちが不倫する事が多いのはこのためです。

なぜなら彼らの周りには、金に群がる美しい蝶が、山ほど集まるからです。

その中にもかわいい人もいるでしょう。

そんなものをつまみ食いしている間に、女性を信じなくなり、晩婚化し、ひいてはバイヤグラ?



これが幸福だとは、わたしは思いません。

あこがれもほどほどにしないと、真実の見えないアホウになります。


どんな事も、自分が泥沼に引きずり込まれる前に、一歩踏みとどまり、熟慮する事がなければ、

命がいくつあっても足りないという事です。


今はやりのフリンジブーツ。はいている子はみな、口元がゆるんた、だらんとした感じを受けるのは

どうした事でしょうか。靴のせいでしょうか。 日本人とも、いいたくないのでしょうね。


世の中にはもっと立派な人がいっぱいいるのに、

マスコミが取り上げる人たちは、どこかかたよっているのでしょうか。

目先ばかりを追わせて、日本人をだめにしたいのでしょうか。


まるで、農水省(26画) (謀反(むほん)、反乱、失意の最大凶運。裏切りの最大凶数)のように、

日本国民に毒を食わせたいのでしょうか。


もっと優雅で、賢い、美しい日本人は、もう、日本には必要ないとでも、言うのでしょうか。


本当の豊かさを知る日本人を育てたい。礼儀正しく、優しく、信用に足る日本人を育てたい。

そう思うのは、わたしだけでは無いはずですね。 世界中が注目しています。


ここが、一歩抜きん出る、がんばりどころだと、わたしは思うのですが。




             H20,9,18 (木)  pm12:28 記    光明心殿  小濱白光

お久しぶりです。みなさまお元気ですか。わたしは元気にしています。

ノートが52番目になりました。私のノートを見ていただく機会はないでしょうが、

私にとって私の足跡を記録するという事は、私が何を考えて生きてきたかの証明にはなる、というものです。



宇宙ゴマを、皆さんは知っていますか。普通のコマに金属の輪が付いているものです。

長時間まわる事が可能で、楽しいおもちゃです。


宇宙独楽と書いて、(6,8,17,15=46) 46画。 (大凶、運気が弱く、困難辛苦が絶えない人)

という事になります。


この人は 1 足(た)りないのです。1とは、前にも書きましたが、信念ということでしたね。

1 足りないという事は、信念が足りないという事です。



心に信念という心棒(中心のぼう)を持った時、独楽(コマ)はひとりでも回り続けるという事です。



(”宇宙。独楽” と書いて、

 6,8、。=15大吉 中正なり。 17,15=32最大吉。 主格の 。、17=18勤勉努力型

 外格には 29 という、あの”恩寵(おんちょう)の水”が付いてくる。

 総画 6,8、。、17,15=47 (大吉) 

 一人でやっても成功しますが、協力者を得てやるとより大きく成功するという、生涯ツキにツク宿命の大吉数)

          

このように、あなたも、心に正しい愛の信念を持った時、あなたの周りは幸福になり、あなたも幸福になってくる

というものです。


あなたは、何に成りたいか、ではなく、何になるか、が、大切なのです。

あす銀座にオープンする H & M (服飾店)のように、あなたも世界戦略が必要なのです。


いままだ弱い木なら、強くなる事から、始めねばなりません。

強くなったら、人に役立つ生き方を、すればいいのです。

急ぐ事はありません。しっかり、大切に成長してください。それがまず先ですね。

または、そんな悠長なことは言ってられないとしたら、同時進行系で。


人という、あらゆる才能が集まって宇宙はできているのです。

死ぬ人も生きる人もいる。みながいろんな事を教えあって、つながっているのです。


あなたはきっと、誰にも負けない、正しい、美しい心棒を持った、偉大な賢人になってください。

その道はいかに遠かろうとも、あなたが目指すかぎり、かならずあなたの目の前に、栄光の道として

見えて来るはずです。



わたしは、誰にでも出来るなどという無責任な事はいいませんよ。

目的を達する事もできずに亡くなる人もいるからです。


でも、今、これを読んでいるあなたなら、可能かもしれないのです。

なぜなら、私の神はいった。 「お前につながる人を、不幸にはしない」と。

わたしはいままでも多くの現実を見てきたし、多くの人が立ち直ったのを見ている。

わたしにこんな幸福があるものだろうかと思ってみても、そうなのだから仕方が無い。


わたしの神はやわじゃない。とても厳しく怒られる。

今の日本にわたしが期待しないのは、みんなやわで、ウソツキになっているからです。

どんな不正も自分のためにはならないのに、「なんちゃって」とか言って、恥も外聞も無い。

見苦しい人生である。

(女子大生にもなって、他人のビルから携帯電話を充電するな。愚かを超えている)



わたしはそんなのは嫌なのです。美しい、栄光の日本を作りたいのです。

世界に冠たる、不正のはびこらない国 日本にしたいのです。

それにはまず、人から。

やわに成りぎた、おバカに成りすぎた、不正だらけの日本は、もう終わりです。


理想じゃない。希望なのです。

希望は、歩いて行かない限り、決して近づいてはこないのです。 さあ、歩き始めましょう。



               H20,9,12 (金) pm 1:47  記      光明心殿 小濱白光




追伸    大事典に、「匪徒(ひと)」という字があった。わるもの、悪者、悪人という意味だと。

       わたしは、これが「人(ひと)」に変化したのかと思って、ぞっとした。

       みなさまはどうお感じになるでしょうか。






私はこのところ、禅でいうところの足心(そくしん)に、注目しています。

足心とは、土踏まずのことですが、足が地面を踏む時の、肝心な部分ですね。


その足の歩いて行くところが、あなたの行きたいところだと、思うのです。


私は世俗から離れ、悟りの道を見つけたかった。それが私。

今から思えば、胸をかきむしるような、辛く、熱い涙を何度したたらせたか分りませんが、

(私の初期のノートに、涙の後がポタポタといくつも付いており、私を物語っています)でも、

私は一番知りたい事を知ったのです。

たぶんそれが、私の来たかった道だったのです。


隠遁と孤独は辛いものです。金袋を持たせてくれない事も、辛い事の一つでしたが、

(易経は私に語った。「お前が正しいものに就(つ)いていく限り、お前の生活は守る」と。)

その言葉の通りに、私たち家族は健康で明るく、皆が自分のやりたい道を見つけ邁進してきました。

ありがたいことです。

でも、「旬(ひと)しを過ぎれば災いあるなり」と言われたように、 細心の注意も払ってきました。

(易経は何度も「緻密であれ」と言い続けた)

(私はこの注意をよく聴いてきたのです)


私は元来新し物好きで、すぐに、あれもいいな、これもいいな、と軽率に動きやすい者だったのです

その手を封じて、「あっちに行ってはいけない」「こっちに来なさい」といい続けた我が神は、

本当に偉(えら)かったと、今では思っています。

そして、最終地点の「帰結の穴(けつ)」まで見せて、「さあ、活動だ(始動だ)」と、言ったのです。



ですから、本当は、何かが無い事が辛い事ではない、という事ですなね。

自分が何になりたいか分らない事が、辛いのですね。

目標が無い事が、辛いのです。


その目標も、利益の無いところには、人間は反応しない、という事です。

その利益も、人それぞれであるにもかかわらずに、

他人がああせいこうせいと、言い過ぎるから、自分の本来を狂わされて辛いのです。


ずっと以前、こう言った看護師さんがいた。

「私は受付などの(やわな)業務はいや。(血みどろの)手術室の助手がしたい」と。

(その人には血みどろの数字がついていた。人は、自分には逆らえないという事でしょうか)

(そしてその血みどろも厭(いと)わない人がいなければ、手術など出来ないという事です。

 ありがたいことです)


夫が毎晩、妻のところに帰るのは、妻が夫にとって有利だからです。

洗濯もしてくれる、掃除もしてくれる、時には性も満たしてくれる、

かわいいわが子を産み、愛しつつ育ててくれる、どんな乱れた姿も許してくれる。

自分の住む安住の地がそこにあれば、夫は必ず帰ってくる。

なぜなら、それが有利だからです。


あなたの心(電磁波)は、物事を常に天秤(てんびん)にかけているのです。

スーパーで物を買うように。どっちが自分に都合がいいか。どちらを好きでいられるか。


たとえば、大小ばらばらのリンゴよりも、大粒で形のそろった美味しいリンゴを欲しがるのが

日本人であるというようにです。だから日本の商品は信用が出来た。


日本人自体が優秀なものを求める心が強いからなのでしょう。

その日本人が、偽装を嫌うのです。 日本人の歩いて来た道です。


ところが昨今、金のためなら偽装も厭わない、アメリカナイズ(?)された日本人が増えた(?)のだろうか。

もう、日本人も、大和なでしこも、武士もいなくなったというのでしょうか。

日本の商品が信用されなくなったら、日本は衰退するでしょうに。

この小さな国「日本」が歩む道は、世界一信用できる国、ではないでしょうか。


毒ギョーザやはりぼて、演出、うそ花火を、「それのどこが悪いの」という国は、気持ちが悪い。

核を利用して他国にたかり、脅(おど)す事を国力だと考えている国家も、いただけない。


自分の仲間の腹に爆弾を巻いて、聖戦だと言い張る人々は、なにか勘違いしている。

それほど正しく、天国へ行くなら、自分の子供からそうすればいい。

でも、金持ちの主人公は、けっして自分の愛息の腹に、ジハードの爆弾を巻いたりせず

毎日うまい酒と、うまい飯と、きれいな服を着ているだろう。それが彼らの歩く道だ。

仲間を死なせるという事は、滅亡への道、人類滅亡を目指す道を歩いているという事だ。


人々の思想が未来を創るのです。


今の日本に多くうごめく、頭の悪い未熟の者たちが、「誰でもよかった(?)」と言って

人を傷つけ、刃物を持って人を刺すとき、

その人は自分を刺し殺している事に気が付かないのだ。

タリバンの聖戦と同じだ。 共存できないのである。


どこを踏み荒らしても、どこへ行って何を泥棒しても、何の器物をどれほど損壊しても、

なんの責任も取らないつもりでいるのでしょうが、そうは問屋がおろしませんよ。

この世は善人のほうが圧倒的に多いのですから。


皆殺しにしなければ気がすまないと言うのでしょうか。(できるはずもない事です)

そんな人の顔は、いつも不満顔で、やさしくほほえむ頬の線は顔相にない。

それが彼らの歩いて来た道なのです。

不満顔と怒りのみが顔に表れているとしたら、それが彼らだと言う事です。


人の足跡は、必ずどこかにある。隠しおおせるものではない。でも、

あなたが幸福になりたかったら、今日から、その道を正しい進路に合わせ直せばいい。


神はあなたの覚悟を見ておられる。本物だと分ったら、必ず、

救いの右手を、差し伸べてくれるものです。


北島康介選手が二個目の金メダルをとったようにね。

その時あなたも、きっと、「なんも言えねえ」と言って、喜びの涙をしたたらせる事でしょう。


今日から、正しく、優しい人になりましょう。

それには細心の注意と、緻密な心と、最善の努力が必要でしょうが、

きっと、あなたの見たい世界を、見せてくれるでしょう。

そして、完成とは、一年や二年ではやって来ませんよ。

何事も成功している人というのは、20年、30年、かかっているものです。

ですから、短気は罪なのですね。

自分を、神を、信じて、ゆっくりでいい、幸福にたどり着きましょうね。



         H20、9、7 (日)  pm12:22  記  小濱白光