あなたの足の向かう所が あなたの心のある所(場所) | ALECA 小濱白光の素敵な陽だまり

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依美澄卑親呼は宝物の名。小濱白光は進化した名。しかし、どちらにも許しと道があった。

それぞれの道と意味を、私はいま味わっています。

私はこのところ、禅でいうところの足心(そくしん)に、注目しています。

足心とは、土踏まずのことですが、足が地面を踏む時の、肝心な部分ですね。


その足の歩いて行くところが、あなたの行きたいところだと、思うのです。


私は世俗から離れ、悟りの道を見つけたかった。それが私。

今から思えば、胸をかきむしるような、辛く、熱い涙を何度したたらせたか分りませんが、

(私の初期のノートに、涙の後がポタポタといくつも付いており、私を物語っています)でも、

私は一番知りたい事を知ったのです。

たぶんそれが、私の来たかった道だったのです。


隠遁と孤独は辛いものです。金袋を持たせてくれない事も、辛い事の一つでしたが、

(易経は私に語った。「お前が正しいものに就(つ)いていく限り、お前の生活は守る」と。)

その言葉の通りに、私たち家族は健康で明るく、皆が自分のやりたい道を見つけ邁進してきました。

ありがたいことです。

でも、「旬(ひと)しを過ぎれば災いあるなり」と言われたように、 細心の注意も払ってきました。

(易経は何度も「緻密であれ」と言い続けた)

(私はこの注意をよく聴いてきたのです)


私は元来新し物好きで、すぐに、あれもいいな、これもいいな、と軽率に動きやすい者だったのです

その手を封じて、「あっちに行ってはいけない」「こっちに来なさい」といい続けた我が神は、

本当に偉(えら)かったと、今では思っています。

そして、最終地点の「帰結の穴(けつ)」まで見せて、「さあ、活動だ(始動だ)」と、言ったのです。



ですから、本当は、何かが無い事が辛い事ではない、という事ですなね。

自分が何になりたいか分らない事が、辛いのですね。

目標が無い事が、辛いのです。


その目標も、利益の無いところには、人間は反応しない、という事です。

その利益も、人それぞれであるにもかかわらずに、

他人がああせいこうせいと、言い過ぎるから、自分の本来を狂わされて辛いのです。


ずっと以前、こう言った看護師さんがいた。

「私は受付などの(やわな)業務はいや。(血みどろの)手術室の助手がしたい」と。

(その人には血みどろの数字がついていた。人は、自分には逆らえないという事でしょうか)

(そしてその血みどろも厭(いと)わない人がいなければ、手術など出来ないという事です。

 ありがたいことです)


夫が毎晩、妻のところに帰るのは、妻が夫にとって有利だからです。

洗濯もしてくれる、掃除もしてくれる、時には性も満たしてくれる、

かわいいわが子を産み、愛しつつ育ててくれる、どんな乱れた姿も許してくれる。

自分の住む安住の地がそこにあれば、夫は必ず帰ってくる。

なぜなら、それが有利だからです。


あなたの心(電磁波)は、物事を常に天秤(てんびん)にかけているのです。

スーパーで物を買うように。どっちが自分に都合がいいか。どちらを好きでいられるか。


たとえば、大小ばらばらのリンゴよりも、大粒で形のそろった美味しいリンゴを欲しがるのが

日本人であるというようにです。だから日本の商品は信用が出来た。


日本人自体が優秀なものを求める心が強いからなのでしょう。

その日本人が、偽装を嫌うのです。 日本人の歩いて来た道です。


ところが昨今、金のためなら偽装も厭わない、アメリカナイズ(?)された日本人が増えた(?)のだろうか。

もう、日本人も、大和なでしこも、武士もいなくなったというのでしょうか。

日本の商品が信用されなくなったら、日本は衰退するでしょうに。

この小さな国「日本」が歩む道は、世界一信用できる国、ではないでしょうか。


毒ギョーザやはりぼて、演出、うそ花火を、「それのどこが悪いの」という国は、気持ちが悪い。

核を利用して他国にたかり、脅(おど)す事を国力だと考えている国家も、いただけない。


自分の仲間の腹に爆弾を巻いて、聖戦だと言い張る人々は、なにか勘違いしている。

それほど正しく、天国へ行くなら、自分の子供からそうすればいい。

でも、金持ちの主人公は、けっして自分の愛息の腹に、ジハードの爆弾を巻いたりせず

毎日うまい酒と、うまい飯と、きれいな服を着ているだろう。それが彼らの歩く道だ。

仲間を死なせるという事は、滅亡への道、人類滅亡を目指す道を歩いているという事だ。


人々の思想が未来を創るのです。


今の日本に多くうごめく、頭の悪い未熟の者たちが、「誰でもよかった(?)」と言って

人を傷つけ、刃物を持って人を刺すとき、

その人は自分を刺し殺している事に気が付かないのだ。

タリバンの聖戦と同じだ。 共存できないのである。


どこを踏み荒らしても、どこへ行って何を泥棒しても、何の器物をどれほど損壊しても、

なんの責任も取らないつもりでいるのでしょうが、そうは問屋がおろしませんよ。

この世は善人のほうが圧倒的に多いのですから。


皆殺しにしなければ気がすまないと言うのでしょうか。(できるはずもない事です)

そんな人の顔は、いつも不満顔で、やさしくほほえむ頬の線は顔相にない。

それが彼らの歩いて来た道なのです。

不満顔と怒りのみが顔に表れているとしたら、それが彼らだと言う事です。


人の足跡は、必ずどこかにある。隠しおおせるものではない。でも、

あなたが幸福になりたかったら、今日から、その道を正しい進路に合わせ直せばいい。


神はあなたの覚悟を見ておられる。本物だと分ったら、必ず、

救いの右手を、差し伸べてくれるものです。


北島康介選手が二個目の金メダルをとったようにね。

その時あなたも、きっと、「なんも言えねえ」と言って、喜びの涙をしたたらせる事でしょう。


今日から、正しく、優しい人になりましょう。

それには細心の注意と、緻密な心と、最善の努力が必要でしょうが、

きっと、あなたの見たい世界を、見せてくれるでしょう。

そして、完成とは、一年や二年ではやって来ませんよ。

何事も成功している人というのは、20年、30年、かかっているものです。

ですから、短気は罪なのですね。

自分を、神を、信じて、ゆっくりでいい、幸福にたどり着きましょうね。



         H20、9、7 (日)  pm12:22  記  小濱白光