ノーベル化学賞 下村 修 先生へ | ALECA 小濱白光の素敵な陽だまり

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依美澄卑親呼は宝物の名。小濱白光は進化した名。しかし、どちらにも許しと道があった。

それぞれの道と意味を、私はいま味わっています。

ノーベル化学賞受賞 おめでとうございます。 

長きに渡ってのご尽力、ご尊敬申し上げます。


先日のブログにも書きましたが、風水でいうところの「水の時代」は、アジアの時代とも

言われています。その中心は日本だと。


「西洋の衰退と、アジアの台頭」 これは風水でなくとも、昨今の情勢がそれを如実に現している

と、言えるのではないかと思っています。


そこへもってきて、日本の四博士がノーベル賞に。 時代の流れとは、面白いことをするものです。


それを努力の賜物、と、いいますが、先人の博士達だって、どんなにか努力なさった事でしょう。

でも、賞としては報いられなかった。


それが答え。


私たちは、どんなに努力しようと、報いられない時だって有る、と言うことです。

それは博士が言っていらっしゃるように、「天の導き」でもあるのです。


今朝のビッグローブ・ニュースの中から抜粋す。

  受賞の喜びを伝えたい人は一人だけいる。研究生として2年間お世話になった故・平田義正 

  名古屋大学理学部教授だ。「非常によくしてもらった。今のわたしがあるのは先生のおかげだ」

  と振り返った。

  GFPは、クラゲからある物質を得ようとした際の副産物として偶然発見した。

  「発見は非常にラッキーなこと。 わたしは神を信じないが、天の導きだと思った。

   ノーベル賞も同じだ」 と。



私は聞いてみたい。 先生の言う神とは、何の神だというのか。

キリストの神か、イスラムの神か。それとも仏陀のことか。その他の他愛ない神のことか。


私は、天の導きこそ、神の意思だと言っているのです。

あなたにはわからない、不思議な導き。

生きる人が生き、死ぬ人が死ぬ、不思議な導きのことである。


どこかの、誰かの、命あり死ぬ身の、人間を神格化した神の事を言っているのではない。

その人たちがみな、「神よ」と祈った神の事である。


GFPと書いて、8画。  「 8 」 とは、天の意思で言えば、「 光り 」の事である。

 (地の意思で言えば、お金です。 それでか、ヤクザさんが好む数字の一つにもなった?)


ラッキーと書いて、9画。 「 9 」とは、神の子のことであり、神の副産物を表す。

だから、9の数字を持つ人は、医者か、医術系に進む人が多い。

(地の意思で言えば、事故の数でもある)


LUCKY(ラッキー)と、英語で書いても、10画.天におわす父(神)を表している。

(しかし地の意思で言えば、病弱、不運を表す事が多い)


同じ数字なのに、その人によって現れ方が違うのである。

9とか10は、もともと非常に頭が良く、勘(かん)も鋭く、医者、医系に進む人が多いが、

人によっては死をもたらすものでもあるのです。(普通の人間には難しい数である)


姓名の絶妙な組み合わせによって、どちらをその人にもたらすかは、

両親、祖父母、ご先祖様の因果応報と、言えなくも無い。


だから私は言う。子孫のために、たった一つの悪意も駄目であると。

子孫の喜びは、今のあなたの努力に大きくかかわっている事なのだと。


本田美奈子さんだって、あの人の総画は、30でした。

30といえば、天の意思なら、神の叡智と結ばれた形でもあった。

だから、彼女は好かれた。

彼女を好いた人々も、彼女を見ているのではなくて、神の叡智を見ていたのかもしれません。

でも、いじった。 人間的にいじった。


私から言わせれば、神の意思を壊した形になったと思っています。

未熟な助言者のことばを、信じたのでしょうか。


今の科学者の知らない世界である。

未来にはきっと、もっと解き明かされる世界だと、信じている。

その一端を、私がになえれば幸いであり、今もその道を進みつつある。


たぶん、私の道が正しいなら、神は私の命を取りはしない。

かえって、共に歩き、その栄華を見せてくれるだろう。

 (仏像の背の光背のように。天使の光りの輪のように)


その意味においてのみ、長寿は幸福なのだろう。



                H20、10、9 (木)  am 11:59 記    神福の 小濱白光



追伸   先生、もう何もやりたくなくなって、もうどうでもよくなって、

      それでも生きていて、誰かを助けたくなったら、来てくれませんか。