akyoonの異端の医学と不思議な情報 -149ページ目

akyoonの異端の医学と不思議な情報

医学や健康医療の【トンデモ論】を主としています・
本人はいたってまじめ。 しかし自分で自分を検証できないので、眉唾と取捨選択が必要。

まったく!


日本の政治屋は。官僚は。それにしても真実を書こうとしない報道。


ドイツもこいつもまったく!!


よくもこんな国になったもんだ。


いや、世界中か・・・・


 


 


ところで、


表題のごとく


 


私もライトワーカーです。


 


え?


ついに明かしましたよ。


 


ええ~~~~


 


オッホン!


 



おいおい、おっさんよ~~
おまえさんがライトワーカー?

飲んだくれのおまえさんが~~?
アダルト好きなおっさんがあ~~~~?


うるさい! いいんじゃ。
だって、ここ読んでいる人はみなライトワーカーだと書いてあるぞ!


え?どこどこ?



うっそぉ~~
だいいち、ライトワーカーって意味わかってんのかな、このおっさん・・


電灯売っている仕事人じゃろ?
まあ、平たく言えば電気屋さん。
ん? おれはいま飲んべえやさんか畑仕事人、いやある時には庭か師・・

ま、いいか。右や左のだんなさま  の右かもしれないし、左かも知れないし・・
どっちでもライトじゃな。




要は、そこを読んだかどうかだけなんじゃな、きっと。


やっぱり意味分かってないぞ、このおっさん・・



(どうでもイイ前書きはちゃんと飛ばしたでしょうか?)


 


かんじんかなめのライトワーカーの証明書をあなたも直ぐもらえる。


要するに、読めばいいだけ。(しかし・・・不思議な事にどうしても、どうしても、覗くことが出来ない人もいるかもね。   きっと覗きになれてないからだ、うん。 だから普段から言ってるでしょ。 覗きは人生の大切な所業だって・・・)


 


ところで「貴方もライトワーカー」


の証明書欲しい人はここ↓


  大山鳴動  


 


このページ読むだけだったんだ・・・・・・


 


チュウ~~~


昨日の夜中にねずみが騒いで(事実です)


・・・ちょっと寝不足


「大山鳴動して鼠一匹」のネズミかも・・・・・我が家へあらわれてしまった!


 


 

なんだか世界の原発推進論が腰砕けになる時は揉まれてしまったからか?


いくら強固な腰でも、揉まれたらもろいねえ~~


ああ~~~


なんて。後はだだもれの不尿意、じゃない不如意状態。


 


もっとも、こちらは最後の砦だからね、現代医学の感染部門。


 


ところで、日本人の99パーセントがまだ信じ切っていると聞いておどろいた。


あれって、テロはテロでも自作自演っぽいってんだね。


ええ~~、そんなのアルカイダ!!


ってのが99パーセントだというのだ。


 


それを聞いたボクの方がびっくり仰天。


まさかあ~~おどろいて、


お~~い、もう一杯~~


 生でしょうかぁ~~~?


ビンだ!ビン!


 


(あ、これ聞き飽きた?)


 


先回までは意味不明の書き物だった・・・


しかし、今回はシッカリと助手に書かせておいたから、マチガイナイ!!


 


 


以下は「かむかむ健康講座」師のところだったと思うのだが・・


ちょっと前にとってあった記事を今回は勝手に強調文字にしたり、改行をしたりして読みやすくしてやった・・・?


(自分のは不如意だから人様のものをいじくって・・・って、いじらない方が分かりやすい? )


 


それはともかく、この一文だけで既に医学の感染症部門(現代医学の最後の砦と言われる)も腰砕けになってしまうだろうなあ・・・・・・・


 


ーーーーーーーー以下引用ーーーーーーーーーーーーーー


 










「病原菌」ではなく「病果菌」 ★つ・ぶ・や・き★(887075)」
[ 経済 ]    



森下恵一博士の著書・「失われゆく生命」(1964年 美土里書房刊)から引用します。

 

 

 


●薬は攻撃用の尖兵


近代の欧米医学は、病気の原因を、主として外界の微生物に求めている。


「目に見えない小さな病魔が清純純白なわれわれのからだを蝕むために病気になるのだ。
だから私たちはこの外敵を撃滅しなければならない」
最新医学は、こう考え続けてきたのである。

 



ここ百年ばかりのうちに、西欧医学は、この攻撃的な性格を露骨に現しはじめた。


現在、病院や薬局の棚に並べられている薬剤の多くは、いうなればその攻撃用の尖兵である。


これらの化学物質はーわれわれ人間よりはるかに生命力が強いー微生物を殲滅することのできる毒物だから、それを服用したり注射したりすれば、当然、私たちのからだの細胞にも、大なり小なり障害が与えられるわけだ。

不都合なことに、これらの強力な薬は、いわゆる外敵が健康な細胞と同居していたずらをはじめる、というような状態になってから使用されるものであるから、その攻撃目標は、体外(にある外敵)ではなく、体内であることを、まず銘しなければならない。



それゆえ、試験管の中ですばらしい威力を発揮する薬剤であればあるほど、味方の細胞の被害も甚大であることを、覚悟しなければならないのである。
だから、「敵は殲滅せり。しかれど、味方もまた、いちはやく殲滅せり」ということに、なりかねないわけだ。

 

 

 

 

●薬石の効大いにありて
よく、新聞の黒枠の欄に、「薬石の効なく、誰々は死亡したー」と書かれているが、この活字をみてときどきこんなことを考える。
薬石ーという言葉が示すように、その昔のクスリは石だった。
もっとも、路傍にころがっているような石ころそのものではなく、特殊な岩石を堅い石の臼でひいて細かな粉末にし、使用したものである。
だから、その頃の医者は、石を商売とする職業、つまりいしや(石屋)でもあったわけだ。
(中略)

 

しかし現代医学では強力な殺菌剤や細胞毒が使用されているのである。


それによって、われわれ自身の体細胞が破壊されることもあるのだから「薬石の効、大いにありてー」というのが本当である場合も少なくはないではないかー。(中略)

 

 

 


●バクテリアを皆殺しにしても病気になる


ところで、現在、一般に「清潔とは無菌的の意なり」と解釈され、「不潔な」といえば、バクテリアがうようよとくっついている状態をいう。


そして、バクテリアやその他の微生物を皆殺しにすれば、病気にならないーという衛生思想は、いろいろと不可解なものを発明してきた。

 

たとえば、動物の無菌飼育というヤツだ。
膨大な予算で、大がかりな設備をし、無菌的に分娩させた動物の子供を、無菌室で、無菌的な空気を吸わせ、無菌的な餌を与えて、無菌的に育てるーという試みである。


大変な苦労をしながら、わかったことであるが

  

「無菌飼育動物は、さぞ理想的な健康状態にあるだろう」との思惑とは裏腹にーパスツゥールのコンベンの中でなければ、生きていけないようなーひよわな動物だったのである。

 



もうひとつ、この頃の衛生思想が発明した産物に、消毒、殺菌剤などがある。

 

 


これは、外科の手術などに不可欠な薬剤で、それによって数多くの生命が救われた、ということも確かであろう。
しかし、もっと大きな観点から考察して、それには手放しで喜べない問題がはらまれていることに、気が付かねばならないのである。

 

 

 


●たくましくなるバクテリア

 

われわれの身の回りには、それこそ無数の微生物がうごめいている。
体の外ばかりではなく、からだの中までもーである。


それに比べれば、全く微々たるたる存在の蚊やハエの駆除でさえ、手を焼いている現状であるのに、この微生物どもを一掃しようなどとは、とうてい正気の沙汰ではない。



おなじみのペニシリンやスルファミン剤が登場した頃は「これで病原菌が根絶される」というので、まさに救世主扱いの霊薬だった。
結果は、どうだったであろう。


はじめは劇的な成功を収めたこれらの薬剤も、だんだん効かなくなってきた。


とはいっても、ペニシリンやスルファミン剤の質が悪くなったのではない。


それらの作用を受けつけないアンチ・ペニシリン菌やアンチ・スルファミン菌という新しいタイプのバクテリアが生まれてきたのである。


 


だいたいバクテリアというものは、非常に根強い生命力あるいは適応力をもっていて、与えられた生活環境に順応し、それに耐え得る性質を次ぎつぎと獲得していく。

 

いま、地球上には、それこそ何千、何万という種類のバクテリアがいるけれども、それらのすべてがアダムとイヴ以前から存在していたと考えるべきではない。

大半は、その後に至って新しく生まれたものだ。


強力な殺菌剤が出現すれば、バクテリアはそれに抵抗する性質を身につけた新しい種類のバクテリアとして姿を現わす。(中略)

 

 

バクテリアではないが、2、3年ごとに新型の流感ビールスが猛威をふるっているのも、そのひとつの例だといえるだろう。(中略)

 

 

 

 


●バクテリアは有益な存在



それに、バクテリアの世界でも、われわれ人間の世界と同様に、悪質ないたずらをするものはごく少数で、大部分は有益な存在である。

たとえば、乳酸菌や大腸菌は、われわれの腸の機能が正常に営まれるために、不可欠である。
とくに小腸に住みついている乳酸菌は、乳酸を産生して腐敗菌やチフス、赤痢、結核などの病原菌や有害なアノイリナーゼ菌の繁殖を抑えているのである。
ビタミンの多くは、腸内細菌によってつくられることも知られてきているし、抗生物質がビタミン欠乏症をおこすのは、抗生物質によって生理的な腸内細菌が死滅してしまうからである。
(中略)


また、土壌に住む無数のバクテリアが、文字とおり昼夜兼行の地下工作を続けてくれるために、農作物の豊作が約束されるのである。(中略)


このように考えてみると、「バクテリアを一掃しよう」などとの考えは、まことにもって愚かな話で、それは「われわれの生命を全滅しよう」ということにほかならないのである。

 

 

 


●バクテリアの正体はよくわからない


近代の欧米医学が教えるところによれば

  

病魔は外界のバクテリアやビールスであるから、

  

彼らをわれわれのからだから遠ざけるととも

 

れを殲滅してしまえば、われわれは数々の病気から解放されるに違いないというのである。(中略)

 


 



実際、われわれ医学者も、まだまだバクテリアというものの素性を知らないでいる。
近代医学が、もしそれを知っていたなら、彼らにケンカを売るようなまねはしなかったであろう。

ある意味では、猛獣以上に凶暴な彼らである。
攻撃をしかけるよりも、むしろ鞭の振りようで獅子さえなびく式の懐柔策を考えるべきではなかったかと思うのである。(中略)


また、おなじみの結核菌は、適温の牛乳と卵と肉のスープでできた贅沢な栄養物を与えなければ、生きていけないのであるから、彼らを栄養失調にしてしまう方法も当然考えられるわけである。

 

 

 


●結核は食事の内容が原因


結核は、わが国特産の病気であるように思われているが、古代の日本においても、特に多かったという病気ではない。
結核が国民病といわれるようになったのは、ごく最近のことだ。

大正時代の終りから、肺結核がとみに増加したということと、文明開化の名のもとに洋式の生活が、急激にわれわれ日本人の衣・食・住に食いこんできたこととの間には、はっきりした関係があるように見受けられる。

それまで、日本人は日本の風土に適した衣・食・住の生活様式を守り続けてきたのだが、いきなりキモノから洋服に、さっぱりした和食からバター臭い洋食に、そして木造の日本家屋からコンクリート造りの洋館へと生活習慣が激変したため、日本人のからだが大いにとまどったことは事実である。
日本の風土にそぐわない生活様式、とくに食事の内容こそ、結核という病気の(そして現代という時代が生んだ数多くの病気の)ほんとうの原因ではなかったかー。

われわれの祖先が伝承してきた独特の生活様式は、日本の気候や風土の中で、長い歳月をかけて培い続けてきたものである。
その生活様式は、日本人にとって、最もふさわしく、また無難な生き方でもあったわけだ。

食事についていえば、穀物や野菜を中心とした食生活でよかったのである。
そこへ前代未聞の油っこい洋食が入り込んできた。
日本人のからだが、それを十分にこなしきれなかったのは、むしろ当然の話で、その処理しきれなかった食物に、結核菌が繁殖しはじめたのであろう。

先ほど述べたように、結核菌はこの贅沢三昧の栄養が与えられなければ、生きてはいけないシロモノなのだ。
そもそも洋食というものは、西洋人が西欧諸国の生活環境において、彼らの生活環境が要求する献立である。(中略)

 

 

 

 

 


●なお生きているパストゥールの亡霊


さて、この結核の病巣には、結核菌が検出される。
チフスではチフス菌がみられるし、ガンの組織ではガン・ビールスが認められる。
だからといって、それらの病気で特異的に検出されるバクテリアやビールスが、その病気の原因と決めつけるわけにはいかない。

現代医学は、病的組織で検出されるバクテリアやビールスこそ、その原因なのだと解釈しているが、

  

それらの微生物が、体外から確かに入り込んできたということを

  

証明した学者は、まだ一人もいない。

  


 




だから、

 

”その微生物がそこに在る”

 

ということだけが正しいのであって、

  

  

  

その由来については、

  

それが

  

外からやってきた場合

  

と、

 

そこに現われてきた場合

 

の二通りの可能性を

 

考慮しなければならない。

 


 


それにもかかわらず、

 

その微生物を病原菌と理解するのはパストゥールの亡霊にとりつかれているからだ。

 



「バクテリアは、バクテリアだけから生ずる。バクテリアは、けっして自然発生しない」ということが、もし正しければ、体内で認められるその微生物はーそこで生まれたものではなくー確かに体外から持ち込まれたものにちがいないといえるであろう。

 

 

 

 


●病原菌ではなく病果菌


しかし、私自身が観察したところによれば、からだの細胞は生理的な崩壊に際して、バクテリアやビールスというような、より微細な生活単位に解体していく。


そして、

 

その崩壊過程にある組織細胞が病的な異状状態に置かれれば、

 

その場で生まれてくるバクテリアやビールスなども、それぞれの異状に応じた特殊性をもつようになる。


言いかえれば、

 

そこに在る微生物は、病的な組織細胞が、その場でこしらえた産物なのである。

 


現代でも、これらは病原菌と呼ばれているが、実は原因をなすものというよりは、結果としての性格を帯びている。

 


したがって

 

病原菌」というよりは、むしろ、病気の結果生まれてきたバクテリアであるという意味で「病果菌」とでもいうべきであろう。



 


もっとも、「病原菌」にせよ「病果菌」にせよ、その病気に対して全く無縁の存在だというのではない。

 


その場で、結果として生じた微生物は、これに反応する異常な組織細胞に対して、二次的に病原性を発揮する。
が、健康な組織細胞には通用しない。
(中略)

 

 

 


●お釈迦さまの言葉


その昔、お釈迦さまがこういったそうである。
「同じ水でもウシが飲めば牛乳になり、ヘビが飲めば毒になる」と。
なかなか味のある言葉で、要するに「肝心なのはからだである」という意味だ。


これが、東洋医学の背景にある思想であろう。
東洋医学のすぐれている点は、”外敵を攻撃するなんて無意味なことだ。それよりも、まず守りを固めよ!自らのからだを健全にせよ!”と強調する点である。


同じ悪食をしても、風邪がはやっても、病気になる人とならない人がいるのだから、誰が考えてみても、キー・ポイントはからだそのものの健康状態なのである。
(中略)

 

 


このように、いわゆる病原菌と呼ばれるものの病原性も、けっして絶対的なものではなく、常に、誰にでも発病せしめるというわけにはいかない。



この病的なバクテリアと反応する異常性が、からだが、からだに存在する場合に限って発病する。


それも健康体にとっては非病原菌なのである





TITLE:
DATE:2009/05/30 14:40
URL:http://plaza.rakuten.co.jp/kennkoukamukamu/diary/200905080001/


 -----------------------以上引用終わり--------------------------------


 


 

使っていたパソコンが壊れまして・・


(アダルト見過ぎのせいかなあ・・・・)


で、古いパソコン引っ張り出してきました。


こちらもちょっと不具合、不如意っぽいけど。


 


そしたら、過去にかいたものが残っていたので、昔投稿したかもしれないけど、まあいいか。


せっかく免疫論出したんだから、どれも似ている内容だけど。


ちょっと三つばかり。


ーーーーーーーー以下引用ーーーーーーーーーーーーーー自分のものだけど


 


弱毒性と強毒性のウイルスとは


 


いったいなんぞや?



この言葉だけで聞くと、ウイルスには毒性をもつ性質がある。


その毒性の性質をもったウイルスにも、比較的弱い毒をもつものと強い毒をもつものがある。



それを区別してインフルエンザにも弱毒性ウイルスが原因となっているものと強毒性のウイルスが感染源になっているものとがある。


 


こんな風に素人は判断しちゃいますよね。



はぁ? そんな風には思っておらん!?


 


そうですか・・・



でも、話の都合上、ほとんどの人が上記のように考えているんじゃないのかな?って事で話を進めたいのが当ボロ愚書きのご主人さまなんですよ。


 


だから、他人の迷惑などちっとも考えない勝手な奴ってことをご承知の上で読んで欲しいのです。



ちょっと話がそれるけど、だいたいこのボロ愚書きの主は相当勝手気ままであって、えらそうに書いている時もあるけど、実質はほんとどうにもちんけな奴なんです。(コレ書くといかにも謙遜ってとられそうだけど)



そんなケチな奴の裏話なんぞはどうでもいいのでした。


 


で、インフルエンザにはどうしてもウイルスが必要だと思いこまされてしまった我々ショミンと致しましては、そのウイルスにもジャクドクだのキョウドクだのという区分があるそうで。



まことにもってウイルスというものは厄介な存在なものですねえ~



と、対して知らない者にとってはウイルスがどんなに小さくて細胞膜も無いとかいう事にも無頓着なんですね。


まして、それが果たして生物なのか無生物なのかという専門家諸君の葛藤などどうでもいいや、いや、そんな事はあんたがたにお任せしといて、こちとら、そのキョウドクだかジャクドクだかの区別をつけてくれってんだ。


 


でもねえ、熊さんや、そのジャクドクだのキョウドクだのという表現してくれているけど、あれはどうもこちらもよく分かっていないんだよなあ・・



なにをおっしゃる!旦那さん!



いや、あのね、起きて見なきゃ分からないってことなのよ、じっさい。



はああ?



患者さんの具合次第ってことかな、たぶん。
たいした事無かったらジャクドク性でいいんじゃないの?
まあ、感染者の具合が悪い傾向が見られた場合はキョウドク性ってことかな。


 


おいおい、しろうとが何も知らないって事分かっていてそんな事言うのか?
あまりにもいい加減すぎるなあ。



(この話は専門家無視の話なので話し2分目くらいに聞いて欲しいーーボロ愚書き)


 


だってそうでしょ。



生き物だか生き物でないかも分からないっていうくせに、ハナから分かるはずもないでしょ? そのウイルスが弱毒だの強毒だのという性格まで判断出来ると思う?



だってすべてもう分かっているんでしょ? ウイルスのすべてを。


 


いやあ~~そりゃあ皮かぶりだよ。あ、買いかぶりだよ。
そりゃあ、電子顕微鏡で何十万倍かは知らないけど姿は見ることが出来るんだけど。


それも自然界におけるものじゃないんだ。
だいたいがウイルスが活躍できるのは人体内の特定の細胞に限られているんだけど、電子顕微鏡はその自然の姿のウイルスを見ているわけじゃない。


 


だから、外へ連れ出してみて、それも不自然な環境においての状態を見ているだけのこと。


だから、それを見てだいたいは推測しているだけなんだな。


 


なな、なあ~~だあ~~、もうウイルスの事はすべて分かっているんだと思ってたら、ほんの一部の事しか知らないってことだったのかあ~~



そりゃそうだよ。
だいたいね、きみ、君らがかってにそう思いこんでいただけなんだよな。
医学は進歩してるってことだよね、進歩って知ってる?
進歩って事は「いまだ至らず」って事。


 


いまだ至らず? まだまだ未知数?到達してないってこと?



進歩って事はそういう意味が裏にあるんだ。
それをきみらは進歩、しんぽ、シンポ、インポ・・ってもうかってに解釈してしまって、至らずどころか到達しまくったという風にとっているんだからオメデタイ。


 


なんだなんだ。それじゃあ、ウイルスの事ぜんぶ知っているかの様に思っていた僕らがぼんくらだったってことか。


なんだ、分からないものがしらないものに教えている様なもんだなこりゃ。



まあ、とにかく科学というものは推測が基礎になって、そこからいろいろ講釈をしているってことかな。



え、講釈?」
そう言えば、講釈師見てきたようなウソを言い・・・



あ、講釈じゃない、解釈だ。



ああ・・解釈ね。しかし、解釈にも見方によって180度も違うっていうけど。



そういっちゃあ実も蓋もないよ。
まあ、わしらはフタの方を重点的に言っている場合もあるけどね。



う~~Mu.
実の方はどうなってるんでしょうねえ~~


 



ということで、ウイルスに対しての現時点での医学上の講釈は、いや、解釈は実にあやふやな状態にある模様である。


ゆえに、ただ単に流されてくる医学の情報に振り回されてしまっちゃあ、いけないよ。



あれも見方によっては解釈は異なる。しかも180度も異なる可能性も秘めているってわけだ。



ウイルスに果たしてそんな毒性があるのか?
細胞膜も無いという存在にそんな性質があるわけないでしょ。


 


ただ、あるのはそのウイルスが実際に感染して発症した人の結果をみてから、いやあれは弱毒性だったの、強毒性だったのって言っているに過ぎないんじゃないの?



意図も簡単に弱毒性だの強毒性だのと言っているけど、その科学的根拠を明快に示してくれよ。



あ、医学は宗教だったか。科学的なんて言葉は失礼だった。



で、あんたはえらそうに書いて医学批判してりゃ済む無責任野郎だからいいけど、専門家はそうはいかんのだよ、飯の種、じゃない、それぞれのお勤めがあるからねえ。



責任ていうけど、ほんとに責任なんてとる人いたの?_過去に。



「今の最先端の医学ではそうなっている」とか「医学の進歩において現在最高の・・・」とか言って、いつも責任は「医学」のせいにしてきたんじゃない?



それなら無責任なボクには最適だよ、180度異なる講釈をしてみるね。
あ、講釈じゃない解釈だ。


 


ウイルスは潜在世界から暫時育って顕在世界に姿を現す。


感染と言っても最初は個人の人体内からその姿を現す(自然発生)


そして、顕微鏡で見ているのは結果のすがたかたちである。
ウイルスとは働きのことである。


働きの意味を知らずして姿かたちにとらわれていると見えるのは単純な分類になるだけ。



ウイルスの肝心な働きとは、人体の浄血作用、浄化作用に寄与すること、エンジンオイルに添加剤を注ぐとスムーズに回転するかのような。


浄化促進強力化的役目。


ちょうど酵素の役割のように。


細菌と違うのは細菌は直接的であり、ウイルスは間接的である。



どちらも血液の浄化、細胞毒の分解促進。



細胞に毒性のものが含まれているものを選別して、その細胞の排除に協力する。


ゆえに、ウイルスが全身どの細胞にも侵入することはない。特定の細胞に進入して細胞破壊に寄与する。


その細胞に毒性があるから。


細胞にしても人体内のある特定の臓器など、体内の毒素が集まりやすい箇所に限るということになる。


だから、全身感染しても全身の細胞が破壊されるわけではない。必要(毒性細胞)な働きが終えれば自然に消滅してしまう理由だ。



ウイルスの性質としてはどこかの個の人体に発生したものが他者の人体にも「共振作用的に働くのが感染的に見える。


しかし、その時点で共振できる者と出来ない者がある。


感染しても発症しない者の理由はそこにある。



ウイルスは急速に変異してゆくのは個々の体内の環境が微妙に違うのと、まったく同じ毒性の細胞ではないからだ。


細胞毒の源は血液にある。
血液は潜在世界においては不純性質のエネルギーが含まれている。それが多いと血液の顕在世界としては汚れ、濁りとなってゆく、それが毒血というもの。



その毒血も浄化装置として細胞に集溜固結してゆく。


血液の流れを川の流れとすると、川の汚れは常に清掃されないとならない。
その川の汚れを一部の細胞群が引き受ける。


 


最終的にはその細胞群も人体機能の邪魔になるので排除される。



その特定の細胞排除にウイルスは共振信号を送るようなものだ。



もちろんウイルス無しにでも単独でも浄化作用は働ける。
それらをウイルスの無い風邪という。



無菌でも無ウイルスでも人体の浄化作用は休むことなく働く。


しかし、細菌やウイルスが手助けをすると急速に浄化作用が促進される。



したがって、その発症の状態も急速で激しい。が、浄化効果は絶大になる。


危険なのはその発症状態を人為的に止める行為である。


ゆえに発熱、下痢などの症状を止めるのは危険が高まる。



普通は風邪もインフルエンザ(流行性感冒と言うのだから、もともと風邪の一種)も自然に任せておけば順調に治るから、怖い病気どころか結果的には万病を防ぐもっとも自然な排毒作用なのだ。


わざわざ、何か食べ物でもないモノを飲んでみたりしてデドックスとかいう必要もない。自然に発生し、自然に治るのが基本である。



しかし、中には相当体内の環境が悪化しており、風邪に限らずとも強い浄化作用の必要がある人体にとっては、たまたま風邪から始まっただけで、風邪が原因というよりも体内毒素の多量の為に身体がもたない場合もある。


ただ、反自然療法による体力悪化もあるので、たかが風邪といえどもその対処方法によってかなり重度化する場合もある。


 


で、ウイルスは共振作用的媒介とでも言おうか、脇役なのである。


主役は各人体内の環境である。


という事は、脇役が勝手に進入干渉するのではなく、
主役が認めた、許しを与えないとウイルスは侵入できない。



その条件こそ、その人体のその時期においての浄化作用を起こすべき「時」と「毒素」の状態にある。



ただ毒素だけではない、共振のタイミングというものがあるようだ。


それが何か?


おそらく、集合意識世界においての魂の合意というような、個々において起こる浄化作用と集合体として起こる浄化作用という様な密接不利な関係があるのだろう。



人体においての各細胞の役割のように、個々はそれぞれの位置に置いて働きが異なっているが、全体としての役割分担の様に密接不離に絡み合っている。


人間においてもそうである。
世界中の人と人の関係は人体内における各細胞の様な関係であろう。



各細胞ごとにある役目と全体の中における役割。


この関係でみると世界の感染症爆発と自然減衰という関係が見えるかも知れない。



世界の感染症に現代医学が功績を挙げたという話はウソなのであった。
これは統計で出ている。ただ、医療大本営が隠しているだけのこと。



ウイルスが主役でないとすると、ウイルスの弱毒性とか強毒性の話も主客転倒ということだ。



主役は個々の人体の主にある。


すると、弱毒性とか強毒性とかは


吾らの人体にあるということだったのだ。



そして、原因、感染の源は自分たちにんげんにあったということなのだ。



外から内へ。



精神世界の話ではない、これは感染症対策のうちわばなしなのだ。


 


ということで、当講釈師の話は終わります。


あ、いや、解釈でした・・・


 


2009年6月10日記


-----------------------以上引用終わり--------------------------------


 


と、講釈師まだ書いてあった。


 


ーーーーーーーー以下引用ーーーーーーーーーーーーーー


 


本当の消毒法はウイルスや細菌に感染(誘因)して貰うこと。



いつも
体内の消毒法は自然に行われている。


ウイルスや細菌の助けを借りるとそれが加速される。



と言うことで、血液の汚れは毒血となり、細胞の汚染は細胞毒となる。


それを毒消しするのが浄化作用の役目。


その浄化作用の過程では熱、かゆみ、痛みなど諸々の不快な症状が伴う。



それが浄化の過程、つまり通過途中である。


病気を通過するとも言うだろう。



体内の毒消し作用が浄化作用である。



ウイルスは細胞に直接働きかけて汚染された細胞を自己崩壊させる。これによって毒消しが行われる。



強い毒、弱い毒、性質の異なる毒に対してはいろいろなウイルスや細菌が対応する。


強毒性を有する人体には強毒を消すためのウイルスや細菌、弱毒性の人体にはそれに対応するものが発生、または感染(誘因)となる。


人体の方も浄化のタイミングがあるから、感染即発症ということにはならない。


その人にとってのタイミングが合致したときに発症する。


ただし、そのウイルスや細菌が対応する体内毒が少ないか無ければ発症しない。


過去感染したりしてその性質の毒が無くなっている時、免疫が付いているという。



いくら予防しようとして体内に毒性物や異物を入れると、それ自身がいずれ発症(感染症に見えるものもあり)するので、予防接種そのものが予防しようとする症状の病気発生の原因となり得る。


 


ウイルスや細菌に強毒性や弱毒性を言ってみても、それは相手違い。


世の中には「逆恨み」といわれる事が、この場合も自身の内側を無視して、外側の事を敵視している事になる。



また、消毒と称して薬物をまいたり体内に入れたりすると、その消毒剤そのものが毒性物なのであるから、いずれその毒を消すために浄化が起こる。



これは消毒は消毒でもウソの方である。



しかし、ウイルスや細菌は本当の消毒を手伝ってくれる本物なのである。



もちろん、消毒の本隊は自分自身の浄化能力であるから、ウイルスや細菌が無くても浄化は行われる。



ウイルスや細菌が介入すると、その浄化作用がずっと効果的に行われる。



ただし、体内毒素が多いときや体力が弱いときには相当なエネルギー消耗が起こるので、ちょっとした逆療法でも悪化したり死の転帰を迎える。


ゆるい掃除よりきつい掃除をしている様なものであるから、生命力が精一杯働いている途中であるからだ。


その掃除を途中で止めるには生命力を弱めることだ。ゆるい掃除状態よりも全力で掃除中にそれを止めるにはかなり生命力を弱めるということだ。


片や生命力は浄化活動を、片や医療は生命力を弱めて浄化を停止、この摩擦が強ければ強いほど、双方の綱引きが長引けば長引くほど、生命に危険が増すことになる。


 



ゆえに感染症でも同様にして、症状に対して症状停止の療法は危険度が高いわけになる。



高熱、下痢、その他の一切の症状は自身の生命力が行っている毒消し(排毒)作用の経過中なので、それを止めると言うことは生命力を止めるという意味である。



ゆえに、過去の感染症でも逆療法によって重度化したり、死を迎えてしまった例がスペイン風邪などであろう。



感染症とされるものは毒消し作用なのだが、その対応を誤ると急激な浄化作用の為に生命に危険となる事がある理由である。


 


インフルエンザにしてもそうだ。


風邪の症状に対していろいろなウイルスが介在しているというのを発見したのは良いのだが、そのウイルスが毒消し作用の介助的役割だと言うことを知らない医学が、いかに的はずれな治療や予防を行っているか。



ウイルスや細菌は太古からの地球上の空気のような存在である。
二酸化炭素が要らないとしたら、地球上の生物は絶滅してしまう。



必要があるから存在するのだ。


そして、人間の方がそれに合わせるようになている仕組みだ。



人間にウイルスや細菌が合わせるのではなく、人間がウイルスや細菌に合わせなければならない。


ウイルスや細菌は空気のようなものだ。


空気がなければ一切の生物が育たない。
空気の中にはいろんな成分が含まれている。


その中に二酸化炭素がある。
これを不要として取り除いたら地球上はどうなるか。



同様にして、地球上の生物を育てたり不要なものを分解掃除したりしているウイルスや細菌をやっつけたらどうなる。



問題はウイルスや細菌などではないのだ。


しかも、かかりたくてもかかれない体質には一切それらは無害なのだ。


害があると思うのは、自分自身の体内が汚染されているからだ。



その汚染を清浄化してくれるウイルスや細菌をなぜ避ける必要がある。



必要な時には必要なウイルスや細菌が働いてくれる。
それらの手助けが無いときは、時間をかけてでも自分だけで浄化毒消し作業をしなければならない。



効率よく清浄化して貰うにはやはり、ウイルスや細菌が必要なのだ。



体内に自然発生できるウイルスや細菌が、次々と周りに感染的な形をとって毒消し浄化作用を推進してくれる。



世界の医学が西洋中心の唯物医学になってから、この原理原則が見えなくなってしまった。


そのなれの果てが今の感染症対策であり無力をあらわに露呈してしまったのが、今回の新型インフルエンザ騒動であろう。


 


自民党も民主党も共産党も国会議員は何も知らない。


医師さえも知らないのだから無理もないだろう。


知らない者が何も分からない国民を指導しているのだから、混乱が起こるのは当たり前だろう。



よく理詰めで考えてみれば矛盾だらけの感染対策や予防法など。
ウイルスと細菌の性質も知らないような関係者が国民を指導するとどうなるか、今回で少し露呈したようだ。


だが、本当に感染拡大が起こったとき、そのときが大変だ。


今のままの医学常識では対応できないのだから、上も下もパニック状態に陥る可能性もある。



医師が本当の事を知らないとすると、医師さえもパニック状態になってしまうだろう。


医学が築いてきた感染症の理論は実際には何らの役に立たなかったという事が起こりえるだろう。



いま専門家に聞いてもそれが分からないのだから、あやふやな対策しか出来ないから、一般の国民は右往左往してしまうのは目に見えている。



知らない者が分からない者に・・というのが新型インフルエンザ騒動に見られたのだが、今後この事に気づいてくれる人たちが増えるかどうか、



それがもんだいだ。


 


だれかわかってもらえるかなあ・・?


 


2009年5月24日 


-----------------------以上引用終わり--------------------------------


 


こんなのも


 


ーーーーーーーー以下引用ーーーーーーーーーーーーーー


 


 


これがひとつの方程式と見ると、今までの、また今後の様子も理解できそうですね。



予防接種がその予防しようとした感染症を産み出す。
(それ以外にも別の病気も造り出す事も含めて)


タミフルに限らず、その薬を掃除する役目の菌(ウイルスも)が発生する。


 


このようにして、人類の薬と病気の関係は続いてきた。


しかし、そろそろその関係が終わろうとしているようだ。



今回の豚インフルエンザ騒動から、なぜか(もちろん過去に米国でこの豚インフルエンザで大失敗した経歴があるから、豚を引っ込めたんだろうが)新型インフルエンザ騒動へと代わった。



そして、なぜかこの日本が暗黙のターゲット場として世界に先駆けている様相である。



なぜか?



そうです。


日本は世界に何事も先駆けるという役割があるからです。



今回の騒動は先駆けにしてもそれはマイナスの方。


失敗の方も世界に先駆けなのです。


そして、その失敗から目覚める役目があるのです。


 


だから、もっともっと大騒ぎしても良いのですね。(苦笑)



その大騒ぎの度が大きいほど、後の始末が転換出来やすいということです。


中途半端じゃ目覚めないわけでして、大失敗するほどその後がやりやすいというわけで、今はそっと高みの見物しかないようです。



集団催眠にかかっているかの様に見えるあのマスク姿のテレビ映像ですが、テレビなんてのは、一面しか映さないのです。



案外、そんな騒動にはさめている人も居るはずです。


しかし、多数の竹槍で敵国を討つという戦後末期の善男善女たちの様に踊らされる事を好む、いや、選ぶ人が多いときには何を言っても目にも耳にも入らないようですから、もう、ほっときましょ。



そのうち、目が覚めますよ。


冷静にして踊らされない覚めた人たちが必ずこの日本には居るのですから。



ただ、出る時期がまだ早いのでしょう。



今回の豚から始まった新型インフルエンザ騒動は、きっかけはやはり人為的な仕掛けがあったのでしょう。


そして、長い準備期間で深層心理に植え付けられていたものが、手品の奇術の様に指をパチンと鳴らされて集団催眠の様に一挙に踊らされるという姿に思えますね。



しかし、自然の中での人為的な工作でいくら仕掛けても、それが空中散布しようが飲ませようがうまくいかないものです。



多数の人が一度に浄化を起こすという時はそれなりに大自然の状態と人体の調和が必要だからです。


人体にいくら毒性物を保有していると言っても、それが浄化発生する時期というのは方程式の様には行かないようですから。



おそらく今回の大騒ぎは医学の無力を明らかにして収束するでしょう。
医学的対処方法がなんら無効だという事を証明する為にわざわざ自ら仕掛けた穴に陥るという皮肉な結果になるのではとボクは理解して居るんです。



では、人為的な策謀で始まったとしても、結果的にはかなりの成果が出るのではないか?という事の心配はあります。



というのは、この騒動で盛んに勧められるワクチンとかタミフル、リレンザなどの薬物が体内に入れられる事が増えるからです。



それが最初に記した


新たな薬から新たな菌(ウイルスも)が湧いて浄化作用を促進する。


浄化作用とは病気症状として現れます。



その浄化は個々の人によって時期も重度も異なります。


ただし、この地球上においては太陽の活動がかなりの影響を与えるということですから、おそらく太陽活動が活発になった時期に同時期に起こるという減少が見られるかも知れません。



もちろん、個人であろうが、多くの人が同時になろうが、それが体内の浄化活動である事には違いもなく、集団であろうが個々であろうがどちらにしても、人類という種の存続の為には必ず伴うもので、それぞれ相応に浄化は起こるので特別な意味ではないわけです。



人為的な仕掛けは失敗で終わってほっとしていても、人体内に異物毒素を入れた場合はそれなりの浄化が起こる時期がいずれ訪れるだけのことです



ただ、その個々の浄化作用が太陽の活動に影響されやすいということは、過去の記事でも紹介した様に、太陽黒点の活動期とウイルスの活動期が連動しているという話です。


もちろん、ウイルスは浄化の過程の結果的産物ですから、ウイルスの活動とはすなわち人体浄化作用の活発化という事でしょう。


 


細菌やウイルスを外的として、これさえ防げば病気を逃れるという病原菌(ウイルス)説を元にして現代医学が対策をとっているものがいかにナンセンスなことかを知るためには今回の新型インフルエンザ騒動は大いに役立つことになるでしょう。



ウイルスに対抗しようという事自体が既に大自然の働きそのものに反抗している「お釈迦様の手の内で暴れている孫悟空」の様なものだからです。


この地球を守っているのは細菌やウイルスです。
その存在無しではすべての生き物が生存できないのです。



調和できるものは育て、不調和なものを掃除するという、どこにでも居る土の中の常在菌でもあり、体内常在菌でもあるわけです。



そして、ウイルスは大きな細菌の前身的な存在であって、潜在系の世界から顕在系の世界に出現したり消滅したりしているの、あの世とこの世の境界線の存在の様です。


エネルギーで言えば、空の世界から色の世界へと出入り自在の様ですから、色の世界(物質的な一面)から退治しようとしても、無駄な努力でしかないわけでしょう。



さらに新しいマイナスなエネルギー(ワクチンや治療薬)が体内にあれば、それを調和解消する為にそれを打ち消す役目として、空の世界(潜在エネルギー世界)から色の世界(顕在世界)へと出現するというわけで、ウイルスは感染ばかりでなく最初はどこでも発生できる存在です。


 


若い人たちは生命力が強いわけで、強い生命力とは強い浄化作用を起こせるというわけです。


病気発生の根元は生命力ですから、若い人ほど病気という浄化力が旺盛なわけです。



また、現代の若い人ほど小さいときから予防接種やら薬剤を入れていると共に、世代の先端的立場にあるわけですから、親からの遺伝毒素の集中度も大きいわけで、浄化力と体内毒素の多さの関係からいうと、感染症には一番かかりやすい年代と言えるでしょう。



先に書いたように、インフルエンザ予防接種そのものがそのインフルエンザにかかりやすくするという性質上、最近の日本の若者は当然その様な条件が揃っているのかと思います。


それと、報道などで盛んに不安を煽っていることが心の状態と密接な関係にある身体が反応することも考えられます。



人はそう思う様になるというのは、それだけの創造主の分身的なエネルギーを持っているからでしょう。



しかし、本当の世界的な大流行というのは、人為的にきっかけを起こすことは出来ないはずです。



それが起こるのは地球上の振動数というかその性質波動と人間の波動が同調するほどの状態にならないといけないのでしょう。



その大本的になる太陽活動が今後どのように地球に影響を与えるのかは不明ですが、ある程度の集中的な浄化活動が一度に起こる可能性はあるかも知れません。
(それを世界同時に多発する感染症と表現するのでしょうが)



いずれにしても、起こるのは個々のその人自身の体内浄化作用の過程でしかありません。



必然にして、必要。



浄化によって死ぬ人も居るかも知れませんが、なんの症状であろうが死ぬときには死ぬし、重度の癌だろうが死ぬ時期でないと死ねない。



寿命というものは自分で決めて来るもの、自らの魂が決めたもの。


けっして外からどうこう左右されているものではない!



こう確信して、おいそれと確信できないかも知れませんが、そこに近づくことで不安呪縛から解放されてゆくのではないでしょうか?



不安を解消するためには風邪の原理を知ることです。
そして、インフルエンザは風邪の一種に過ぎないという母里先生の言葉を真実とすることです。



物事の本質を知れば、こんな大騒ぎのまっただ中に居てもどこ吹く風と笑って見ていられる様になります。



マスクもゴーグルも何らかのウイルス抗体の飲み物なども必要なしです。
神様は貧乏人も平等になっていますから、そんなのにお金をかける事もないし、だいいち、いっさいお金のない海外の国の子供達を想えば、何も要らないという事です。



何もしない方がよいという選択もあるのですよ。



手洗いもうがいも予防グッズも何も必要ない。



最期に医学もそれを認めざるを得ないでしょうけどね。



それまで仕方ないですね。


とことんやってみてください。


どんなに馬鹿馬鹿しい事をやってきたかを自ら知るまでは、何を言っても聞く耳を持たないんですね。



呪縛は自ら解く。


これをやるためにこの世に出てきて居るんですから。(笑い)



他人が外から殻を破ってやるわけには行かないんでしょうね。



こんな偉いことを言っている自分自身がまったく同じ類なんですけど。



このインフルエンザ騒動に対してだけは、高みの見物が出来るという・・・ちょっと思い上がっているきょうこのごろでした。


 


2009年5月21日記


-----------------------以上引用終わり--------------------------------


 


 


 

原発利権など新参者じゃ。


われら医療利権構造は岸壁の母じゃ、いや、完璧堅固。


どんな大津波にも耐えてみせるぞ。


 


原発問題はまさに人類にとって象徴的ですね。


ここの絡まるあらゆるものが大は世界、小は個人という様に、みなが繋がっているようです。


しかし、この原子力なんぞ、まだまだ青い、という奴がいる。


それはもっと大先輩でいらっしゃる、近代医学でしょうか?
なんたって、歴史が違う!


 


でも最後はやっぱり大津波が来るんでしょうかねえ??


大津波って?


 




 


久しぶりに免疫論


免疫とは

(非科学的視点からみた、キット、カモネ免疫論)   ←??  まゆつばってこと?


教説「病原菌、病原性ウイルスから身体を護るために働くことを免疫という。」

そりゃ、うそだろ!

え?どうして・・・?
免疫とは疫病からのがれるという(支払いのがれるーー免除とか)意味でしょ。
その疫病の原因が菌やウイルスなんだから、けっきょく、菌やウイルスから身を守る働きを免疫という・・・これ常識じゃない?


がははは、そりゃあ、自分にとって都合のよい話しだろうね、でもちょっと勘違いしているんだよな。

え、なにが?


確かに病気の時には菌やウイルスが繁殖するんだろけど、その意味だよ、都合の良い話しというのは。
つまり、あくまで自分の身体は清く正しいという考え方があるだろ?
つまり、自分は絶対正しい身体なんだから、もしこの身が病気という辛い状況に陥るのは、きっとよそから悪い奴(それを菌やウイルスにした)がやって来たからなんだ・・・という考えだよ。


自分は悪くない、悪いのは外側からやって来る。





だって、そうなんだもの。どこが勘違いなんだよ!


まあ、地球温暖化と二酸化炭素の関係みたいなものかな・・・
温暖化したから二酸化炭素が増えたという。、いや、チガウ、二酸化炭素が増えたから温暖化したんだとしたら?
どう?
どちらも事実としては認められることだろうね?温暖化している。二酸化炭素が増えている。
まあ異論もあるんだろうけど、それはおいといて。


え? どこがチガウの?


順序というか原因が結果にすり替わったときと、結果が原因にすり替わったときのような感じかな?
つまり、二酸化炭素が増えたから温暖化じゃなくて、原因は温暖化が先に起こって、それに影響されて二酸化炭素が増えたとしたらどうなる?


う~~ん、そうなると、二酸化炭素減らしたからといって、温暖化は防げないって事になる?だって、卵が先か鶏が先かじゃないけど、温暖化が先だったら、二酸化炭素は後の方になるしね。





まあ、二酸化炭素が別の原因で増えたとしても、ある程度は影響があるかも知れないけど、要はもともと地球が温暖化してるって事が別の原因で起こっているとしたら、的外れだよね、二酸化炭素減らせば温暖化阻止できるっていう話しも。


まあ、別の原因があるのかどうか分からないけど、なんとなくそうだね。
それと免疫の話しと関係有るの?



そう。 じつにあるんだよね。
だいたい、最初に「自分の身体はきれいで病気になる原因は何もない」という設定だよね。これに問題ありってこと。
地球が何かの原因で変化した。 その結果二酸化炭素も増えた。
自分の身体が何かの原因で変化した。その結果、菌やウイルスが異常繁殖した。
どう?似ていない?後先の関係で。





じゃあ、その何かの原因というのが有るって言うの?


そう、「その何かの原因」があって自分の身体が菌やウイルスが繁殖するような身体に変化したという事さ。
その「原因」がよく分からなかったから、その原因を無きことにしちゃって、結果として目に見えて顕れたものを「原因」としちゃったわけさ。


う~ん、なんだかよく分かんない。



まあ、世界中の優秀な学者さんがず~~っと分からなかったんだから、よく分かんないのも当然。
ただ、そういう事を言っていた人も少なからず居たんだけどね。


 


「じゃ、どうしてそれが受け入れられなかったの?」


 


ただ、ほとんど多数決だからね、医学論なんてのも。


「よく分かんない人たち」が「分かる人たち」に対して数が圧倒的に多かっただけのこと。
似ているじゃないの?原発反対論者達が極少数だったため、圧倒的に原発推進が国民に指示されて、この狭い地震大国日本に54基も作られちゃった。


みんな多数決なんだな。その証拠に今になってようやく気づいて今度は原発縮小から廃止に世論が変わりつつあるだろう。





まあ、今までの日本の原発推進機構みたいなもんさ。
始めに結論あり、で始まったものにイチャモン付けるような輩はよそへ飛んでいけ~~ってね。


なるほどね、そういうこともあるのかな?都合のよい方向付けが組織化された社会では一部の異論は排除されるというからね。


そう、巨大な組織となってそれが社会そのものみたいになった場合、一部の異論はもちろん排除されるし、口も出せないようになるってこと。
日本の原発推進機構がよいお手本、いや、見本だろうね。


戦争なんてのもそういう仕組みで国民が動くんだよ。絶対多数になればそれが正しくなるのさ。




それを世界的に医学組織がやってきたっていうの?



まあ、意図的か、無意識かはあるだろうけどね。
ほとんどは無意識だったとおもうよ。単なる思いこみの連鎖が拡がったというようにね。


なるほど、思いこみか・・・・ほとんど世界中が・・


ほんの一握りの人が気づいていたんだろうけど、それは言ったように頭抑えつけられたってわけ。


じゃあ、知っていても黙っていた人も・・


そうだねえ、ほんのごく一部は知っていたんだろうけどね、しかし、それは排除されちゃう。医学界だけじゃない、イッパンタイシュウだっておなじ事。


戦争中に「この国は負けるぞ」なんて言えばとんでもないことになるでしょ。


 


どうして、みんなが信じちゃったんだろう?


 


もう社会全体がそういう思いこみで成り立ってしまって、教育から報道、学者さんまでしっかり思い込んでしまった世界だから、もう簡単には解除できない程になったんだろうね。
だから、それに組み込まれている個人個人にはどうしようもない程「常識化」しちゃった。
初めは学者が、そして学会で、後は行政、報道・・最後に国民


温暖化の原因は二酸化炭素説みたいに?


そうかもね。
で、話しはそれたけど、菌やウイルスがなぜ病原菌となるかだよね。


本来は菌やウイルスは地球上に蔓延というかあらゆる所に生息していて、実は地球を護っている役割なんだ。


へえ~善玉と悪玉が居るんじゃないの。すべての菌やウイルスが善玉とは思えないけど。


いや、それが人間様のご都合主義なんだよ。


我が身は清く美しく正しい


だから、菌やウイルスが繁殖するのは、そいつらが凶暴化したからだ、と。



よく言うじゃない、「ウイルスの強毒化」
じつは彼ら彼女らは「相手」に合わせているだけなんだよ。


 


「相手」って、人間のこと?


人間が強毒化?


 


まあ、人間に限らずだけどね。


この地上の物質がぜんぶ腐らずに残ってたらどうなる? それこそゴミだらけになってしまうだろ。


その分解する役目だよね、ただし相手によって彼らの働きが異なってくるんだろうけど。


 


なんか、普段いる大腸菌などが急変して病原菌となるって聞いたけど?


 


そう、微生物たちの役割は地上の物質の循環をさせる役割なんだろうね。


時には発酵させ、時には腐敗させ・・・


 


そうか、発酵も腐敗も微生物が無いとうまく進まない・・


 


というか、物質を変化させて循環させている働きが微生物無しに出来ると思う?
人間だって菌だらけの身体なんだよ。それが平常は身体を整え護っている。食べ物なら腸内で原子転換までやってのけて、栄養にしてくれる。
栄養のない様なものから栄養まで作ってくれる。


 



では、どうして病気になると、いや、菌やウイルスが病気にさせるの?


そこなんだ。病気にさせるーーー確かに分解される細胞の主(生き物)としては害を受けたように見えるね。


けど、最初から大目的があるとしたら?


菌やウイルスは地上を護る目的がある。


 


じゃあ、地上の生き物すべては護られているということになるよね。
けど、地上を護るためには汚いものや要らないものを分解したりして掃除してやらなきゃならないと。


そういう事だろうね。だって汚いものが何時までもそこら中に転がっていたら困るだろう。物質は常に変化し続けているんだよ。


永久に地上に変化しない物なんて無いんじゃないの?


巨大な石だってたぶん少しずつ変化しているだろうね。


中でも、生き物は早い。人間だって細胞が何度も入れ替わっているそうじゃない。分解、新生、分解、新生~~~


 


じゃ、微生物群は我ら生き物を分解させようと働いているのかな?


 


分解を変化と言えば心地よいカモネ。


例えば、土壌が悪化した畑や田んぼで育った作物が、そのまま種を残して次世代に受け渡したら、その種子の情報が次の弱い作物をもっとたくさん作ってしまう。
それじゃあ、だんだんと弱い作物ばかりになってしまう。順調に遺伝すれば皆だめになってしまう。


それなら、弱い作物は虫食いやウイルスで淘汰された方がその種の全体にとっては良いことになる。
つまり、弱い原因があるものは虫や菌やウイルスで分解されてしまう。
弱いものだったら、「変化」させて「新生」させる。




けど、こちらから見ると病原菌がついたとか、虫に食われて病気になったと思うけどね。


そう、地球を護る大きな目的でみれば確かに全体を護っているんだけど、個々に見たらそいつらにやられて被害を受けていることになる。
この視点の違いから、産まれたんだよ、医学のいう免疫理論は。


病気はつらい、苦しい、時には死んでしまう。そしてときどき同じ様な病気が流行する。それを疫病とよんだ。
近代になって、病気の身体から微生物が発見された。
そこで、


病気の原因は微生物だ。


だから疫病からのがれるにはその微生物からのがれるという考えかただね、最初に戻るけど。


その疫病の原因は菌やウイルスという病源がやって来るから・・という視点か?


そう、まず、自分の身体はあくまで清浄だ。身体を悪くするのはあくまで外からやってくる。その主体が微生物にある。


 


けど、微生物は主でなく従であるというわけか?


 


そう、地上の守護神的存在である微生物群は常態なら生物を護っている。けど、その生物に異常があったら分解してくれる。 未来のために、全部を護るために。


そうか。一部の異常が全体に及ばない配慮か・・?


しかし、われわれ人間側は誰しも「自分に原因がある」などとは思いたくない。自分は正しい、正常だ。
原因はよそにある。
こういう考えたいのさ、だから、敵が攻撃してくる、こちらは悪くないのに。
むこうが勝手に牙をむいて襲ってくる! とね。



う~~ん、じゃあ、病原性大腸菌とかも?エイズとかも、オー157とかも、インフルエンザ・ウイルスとかも?
こっちは何も悪くないのに、いや、悪いのか・?


そこだよ。「悪い」という感覚。病気が悪い。病気は悪だ。病気で死ぬのは悪だ。悪だ悪だ、悪だ~~~~
大局的に見れば悪でも何でもない。
とにかく、視点が狭すぎたんだな。
実際に病気、死を迎えるとき、すごく悪い気分になるからよけいなんだろうけどね。


 


そう、実際に病気になるとつらいだけだもの。死ぬ事だって悲しすぎるし・・


 


その病気と死についての人類の常識が土台になっているんだろうね、すべては。病気の原理と死の真実を今こそ人類が知り得る機会が与えられたということだろうね。


 


うむ、ある程度は知っているけど、いざとなるとやっぱりねえ~~


確かに自然現象として認めたいんだけど、感情的にはなかなかねえ~


 


しっかりと視点が変われば、病気も死も当たり前の自然現象なんだよ。
しかも、無駄なあがきをしなければもっと楽になれるのに、自然現象を否定しようと必死に抵抗するから、なおの事苦しむのさ。


でも苦しむからもがくんでしょ?逆じゃないの。楽だったら抵抗しないんじゃ?


そこが勘違いの始まりだろうね。
苦しいのはそういう原因を作ってきた結果だよ。そして、その結果をさらに悪くする原因を重ねているから、いつまでたっても病気の苦しみや死の苦しみをもっと味わう。


じゃあ、永遠にそれを味わうって事じゃない?


いや、どこかで視点を変えればいいだけさ。


病気は悪だ。死は悪だ。怖い、恐怖だ。
この土台を取っ払わなくてはね。
そうすると、病気は浄化作用だ。しかも原因は自分で創っているんだから、自分で治る。
そしていつかは訪れる死は自然現象なんだから悪いことでも何でもない。当たり前の事なんだ。と。


でも、産まれてからずっと病気は悪い、死は悪いと教えられてきたんですよ。
だから、みんなが病気や死を迎えるときは神妙な顔になるでしょ?
悲しいし・・・


何千年も、いや何万年か?分からないけど、そう思い込んで来たんだから簡単には変えられないだろうけど、でも変えないとこれから何時までも永遠に病気と死の恐怖は続くだろうし、そこから産まれた医学はずっと勘違いを続けるだろうね。


 



くりかえすけど、病気は外からやって来る。いまやその大半は病原性細菌、病原性ウイルスだ!と言って、自然界の守護神を相手に戦い続けるだろうね。



けど、大自然に対して闘うという事は天に唾する、天に向かって矢を射るようなものだから、自分の放った矢が勢いを増して戻ってくるだけさ。



抗生物質とか医学が感染症に果たした役割は大きいと言われますよ。


短期的に見ればそう見えるかも知れない。(本当は統計のトリックがあって、感染症の大流行の実体は「自然に拡大して自然に終息していった」もので、医学的貢献は時期的に遅かった)


だってほとんどの医学者が感染症に対しての功績を述べられていますよ。



医学者というのは医学を学んだ人たちだからね。その医学が勘違いしていたらその勘違いを習ってそう信じるだけだろ?  ほとんどは自分で検証しているわけじゃない、ぜんぶやっていたら人生が何度も必要だろうし。
だから、最初から医学を真実のものとして全部受け入れなければ立派な医学者にはなれない。
もし、それに反抗していたり異論をとなえたら、干されるか立派な医学者にはなれない。



そんなことあるんでしょうかねえ?


だから、原発推進のほんの短期間でよい見本になっただろう。当時原発の真実を話した学者は出世できないし、居場所が無くなったように。


※途中ですが・・相棒がつまらないので、急にタイプが止まりました。
では、またそのうちに。



え~~~~、話しの途中でしょ!


ああ・・意欲無くなったんだもん・


じゃあさ、けっきょくどうなったってんの?
細菌はウイルスは地球の守護神だから、それに掃除されちゃうこっちの方が悪いっての?


だからあ~、悪いとか良いじゃなくて~~自然現象なんだよ。
良いか悪いかは自分の都合で考えるからだよ。
だって、他人様がいくら大勢そういう感染症にかかってていてもわりと平気でいるジャン、ところが自分がその目にあうと大はしゃぎ、じゃない、大あわてするだろう?

そんなものさ。自分を中心に考えてみるか、地球大自然空間を中心にして見るかの違いで天地の差ほどあるってこと。
要はウイルスや細菌は最後まで地上の守護神だってことさ。



守護神がどうして人間を苦しめるのかなあ~~?・


はい、また最初に戻ってくださいね。
やっぱ、疫病は波動論なんだろうなあ・・・・共鳴減少。自然との共鳴。うん、時には都合の悪いこともある・・って人間が勝手に思い込んだだけでした。
おわり。


え、おわり?

はい、おわり。



※よい子悪い子として見ている普通の子(自分)に応じて変化した小さな生き物が共鳴してくれて共振してくれているんだな、きっと。
だから、これも引き寄せの法則なんだよ、どちらも自分の身体が呼び寄せている。主役はこっち。だから「勝手にごめんなさいね」と入ってくるんじゃなくて、「どうぞどうぞ、お入りくださいませ」と玄関の鍵を渡してあげる。
だから、ウイルスだって鍵穴合わないと入れないって言うじゃない?

その鍵を相手に渡している主人は我が身なんだよ、きっと。
あくまで、向こうはお客さん。しかも頼み込んで入ってもらうから、よく御礼を言っておきましょ;

しかし、「きっと」が多いですよね。


いや、「かもね」にしておこう、かもね(笑い)


 


ところで、肝心の太陽の活動が先日書いたのとまったく逆の予測をしているらしい。


さて、どっちが本当なのか?


まあ、そんなのはどうでもいいんだけど。


太陽が平静であろうがなかろうが、宇宙の大河はちゃんと悠々と流れているだろうし。


異様な静かさだそうですよ。


そのままずっと大人しくされるのか、それとも


何とかの前の静かさなのか?


それは・・


 


太陽のかってでしょ!!


 


ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー


太陽活動、17世紀以来の休止期に突入か 米研究


2011年06月16日 10:08



【6月16日 AFP】太陽黒点の増減に周期があることは、よく知られているが、太陽活動が近く休止期に入る可能性があると、米ニューメキシコ州ラスクルーセスで開かれた米国天文学会(American Astronomical Society、AAS)の太陽物理学部門の会合で、天文学者らが指摘した。
 
 黒点が著しく減少する太陽活動の休止期は17世紀以来はじめてで、このような時期には、わずかだが地球の気温が低下する可能性がある。

 数年前から天文学者たちは、太陽は2012年前後に激しいフレア活動や黒点増加がみられる活動極大期を迎えると予想してきた。しかし最近、太陽はその予測とは正反対に、異様な静けさを見せている。

 そのしるしとしては、ジェット気流や黒点の消滅、極点付近での活動低下などがある。米国立太陽観測所のフランク・ヒル氏によると、極めて珍しい予測外の現象で、今後、黒点周期は休止期に入るとみられるという。

 以下、略


URL:http://www.afpbb.com/i/a/2806591/7348973

鏡に向かって怒鳴りつける


ここで勉強になると思う事を毒吐くします。

幼なじみの友人がやってきて飲みました。

そして、ボクはその友人に向かって怒鳴りまくりました。


「どうしてオマエはそうなんだ、え~~?」
「どうしてそんなに意固地なんだよ~~!」
「オマエは頑固で頑固でどうしようもない奴だ」


「オマエは、オマエは、オマエは、オマエは~~~!!」


 




どうでしょう?

勉強になりましたか?

反面教師としてボクの体験はお役に立つと思います。


分かっちゃいるけど止められない。
だから、
分かってないんだよ、オマエは。

はは、けっきょく、鏡に映った自分の顔を見て、ついついムカッとして怒鳴りつけている図。

まあ、想像してみてごらん。

本気になって鏡を前にして怒鳴りつけている姿。

こりゃあ、笑いものだよな。
もし、この場面をよそのひとが覗いていたら、こいつばっかじゃないの!?
って、大笑いするんだろうけど、本人は至って本気だからねえ。

もう、むかっ腹立てたら止まらないやめられないカッパ○せん。


精神性向上?
ははは、笑っちゃうよ。
きっとくたばる80才か90才か、それは分からんけど、寸前の所までこらあ持ち越すかも知れないぞ。


知っていることと分かった事はどうも全然違うって事だな。


それに対していろんな教科書を転載、引用してきた張本人がいちばん分かっていなかったという証明。
にんげんの証明だな、こりゃ。

かあさん、ボクのあのぼうしはどこにいったんでしょう?・・・


その帽子はまだオマエの頭にはすっぽりはまっていなかったんだよ、ぼうや(母)

だから、風がちょっと吹いた程度でかんたんに飛んでいってしまったんだよ、ぼうや(母)


ふ~~~ん(ぼうや)


ねえねえ、かあさん、新しい帽子買ってくれる?

ぼうや、それはねえ、あの帽子がかぶれるようになってからね。いくら新しい帽子そろえても、アンタのオツムに合わないでしょうからねえ~~

ねえねえ、その帽子がオツムに合うのはいつの頃になりそうなの?


ふふ、ぼうや、あんたがぼけない内にできれば御の字よ。まあがんばってちょうだいね。

は~~~い。


と、ぼうやは元気を取り戻して、あの帽子をまたかぶるために飛んでいったそうな。



で、帽子ひろって戻ってきたぼうや、自分でかぶると思っていたら・・
なんと、よその子にかぶらせようとしていたそうな・・・・(第九笑)


ああ、これじゃあ、いつまでたっても帽子がかぶれないわけだ・・(ハハ、苦笑)


 


自分はよい子、正しい子、善人の子、知っている子・・・・


そして、鏡のぞいたら、なんと


そこに映っていたのは!!


ムカッとするじゃないか、もう、神経いらだてる奴がこちらを見ている・・・


ばっかやろ~~~~


そうしたら、向こうも同じように「ばっかやろ~~」と怒鳴り返してきた。


それを見てまたまたむかっ腹が収まらずに「このおおばかやろ~」と。


そしたら、また相手が・・・


こだまでしょうか・・・・・


はい、こだまです。


ばかやろ~~と言えば、ばかやろ~と言う。


消えろ~~と言えば、おまえこそ消えろ~と言う。


 


こだまです。


鏡に映った奴はどこか似ていると思ったら、なんと


自分が映っていました。


でも、このこと知っているのに、


こいつはまたおなじ事を繰り返しているのでした。


鏡があまりにもうまくできているので、そいつには鏡の存在が分からなくなっているからです。


まさか、向こうに映っているのが自分だなんて・・・・とっても考えられない。


どう見ても、相手は赤の他人でした・・・


自分はこんなに立派なのに・・・・鏡に映るとなんでこんなに貧相に映るんだろうか?  


不思議で不思議でどうしようもなく不思議なのですから。


だから、なんど教えてやっても、いざというときには鏡だとは気づかないのです。


こんなはずはない、ボクはこんなはずはない、こんな恥はない・・・


ぶつぶつぶつ・・・・・・


 


ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー


波動を上げる 5 ~今のあなたの意識の拡がりはどれくらい?~


「意識の波動を上げる」 ということは、
自分の意識が拡がって行くこと だと、前回お話しました。

でも実際には、自分がどんな状態にいるのかよくわからないですよね。

あなたの意識の波動が上がり
つまり意識が常に非物質な世界の大きな自分と繋がっているとき

あなたの前にあるすべてのことを
あなたは、あるがままに受け入れられるようになっています。


例を挙げてお話しましょう。
たとえば、相手に不満・問題を感じるとき、あなたはどんな態度をとりますか?

?相手を責め、攻撃する人もいるでしょう。
そこには、自分は悪くない。相手に問題がある。だから、相手が変わる必要がある。
悪いところを指摘するのは当然のこと、という思いがあるでしょう。


ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー


上記は


下のリンク中の波動を上げる 5 ~今のあなたの意識の拡がりはどれくらい?~


より診断してみたら、なんと!


見事、第一位でした。立派!


いや、それはよく見たら、順位が下から一番目でした(苦苦九九~)


 


ま、いっか。ぴかぴかの一年生だな。


相撲で言えばこれから出世街道まっしぐらの序の口から。


え?そのまま出世しないで相撲界引退する人もあるって?


ないない、こちら人間界は引退制度は無いんだから、永久に死ねないんだからね。


まあ、あわてないでじっくり行こうかあ~~


どすこい。


 


ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー


幸せへのスピリチュアル・メッセージ


 


Archive [ 200907 ] 記事一覧





 


ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー


 


グリコのふろく。


昨日は広重の東海道五十三次を見てきました。


入場料五百円の大金だから、もしかしたらレプリカ?


などとそこでイチャモンつけようとしたら、「いや、これは全部本物ですよ。あの時代には八軒もの版元があって、これはドコドコの版元です。」ときっぱり言われてしまった。


五十三次の絵はかなり大量に売れたらしいが、それを全部集めるのはやはり大変らしく、貴重なものらしい。


で、この五十三次だが、なんか暗号が秘められているという話しを聴いたことがあったので検索してみた。


なんと、最後の京都へ入るところの惨状大橋の、いや、三条大橋の図には予言としての暗号が含まれているという話しが出ていました。


年代的に言えば最後のその絵は2012,3年頃に当たるという説、もしくは前後数年に当たるというのです。


まあ、そう思えばそうなるだろうし、そう思わなければなんともない絵なんでしょうけどね。


 


竹之高地という部落名の土地。


しかも蓬平のもうひとつ奥地。
蓬平は(白龍信仰の地) ここは個人的にもいわく有るところでした。
それは蛇が三日間ミニチュアの家に居座って動かず、そこへもう一匹の大きな蛇が一回りしたら、ようやく動き出して外へ出て行ったという。


しかも脱皮していったという話し。


ああ、こりゃあ、蛇のアセンションじゃあ~~


これはかなり前の話。たしかあの年は北海道のどこかの島が地震で津波にあった事がある・・


じつはこの蛇、ここの龍神さんの化身じゃあなかったのか?


日本中龍神信仰があるのですが、地震にしても龍脈という地磁気の動く経路みたいなものがあるらしい。


つまりエネルギーの動き出す姿を龍神という形にして見せているのかも知れない、とすると、この龍エネルギーの土地で東海道五十三次を見せられた意味は?


それも最後の三条大橋を渡って京都に入ると完了する、ミロクの五十三次。


これは中山道の六十九次とあい重なっているという話しを昔聞かされていたのです。


5369というわけです。


53は伊都能売、いずとみず。5は日、火、3は月、水。


伊都能売とは日と月の調和された意味。そして369というミロクを両街道が現しているのだそうです。


 


まあ、こじつけと言えばこじつけですが、


この6月11日は気になっていた日付でしたので。


けど、地震とかの災害もなくてほっとしました。ないほうが良いに決まっているのですから。


で、この展示と同時に歌謡ショウがありまして・・・(これは義理で最後まで見ていました 笑い)


そこから出てきたら、雨が降り出して・・・おや、龍神さんのごあいさつか・・


と。(妄想ですよ、この科学時代に 笑い)


で、東海道五十三次の最後の絵に秘められた予言とは(まあ予言というのは外れるためにあるのですが)?


他人様の解釈ではいろいろありますので、


広重の東海道五十三次 予言 謎


などというキーワードで検索するとちょっと出てきます。


やれ富士山が噴火する印だとか・・ありますが、要はミロクの世に入る手前にはちょっとね・・という事でしょうか?


行き先は京都ですから、東海道という龍脈の働きを絵に託しているのかどうか?


どちらにしても、東海道も終点が間近ってことなんでしょうね。


そして京都(ミロクの世)に入る手前に来ている。


けっきょく、めでたい話しなんですよこりゃ。


ただ・・・・


ちとそのまえに・・(あ、こりゃなしね)


 


まあ、そんな事考えているボクもヒマなんですね。


 


そして、夜になって自分の姿に見入ってムカッとするやつぁ~オンナノコ~~~(笑い)


トロリ~トロリと汗かいていりゃ、まだ救われていたのにねえ(ガマか!)


 


追記


ここの土地の神社の言い伝え


竹之高地不動は無格社で、加具都知の命を祀る神社である。神体は弘法大師が自ら作った。尊像で、創立は1100年余り以前に、弘法大師が建立した神社と言い伝えられている。


地震で崩壊後に再建。


弘法大師とこの土地の蛇の伝説がある。


つまり蛇=竜神


なんで弘法大師がこんなへんぴな土地でカグツチの神様をご本尊として奉ったのだろうか?


カグツチと原子の火に関しては


神々が動いている 


が詳しい。


日本は文字言葉によって起こる事象が連動されているというが・・


 


あ、そうか・・・


火のカグツチは地球の火と 太陽の日か・・


それが共振共鳴するとみろくとなるのかな?


よう分からんけど、カグツチと不動尊ってどうなの?


大日如来の化身だそうよ。


 


やっぱ太陽活動と地球の火神のコラボなのかな?


火の洗礼ってのは、地球上の火(マグマ大使ーー地震、火山、それと人工的では原子の火=核物質反応)



太陽からの火、つまり太陽フレアみたいなものと、それ以上に強い影響を保つと言われる、非物質的働きとして霊的エネルギー波(霊的火素とも言う)。


要は火も水も浄化の役割をするんだろうけど、水は物質的洗浄(津波も含まれる)、火は霊的洗浄。


どちらにしても、汚いものをきれいにする。


ああ、いいことじゃん。


ただ・・・・


洗濯されるのも楽じゃないかも


 


肝心要のはずの日本国が核被災国から核加害国になったのに、いまだに原子力から足を洗えないのはなぜか?


 


それは原子力事業というドツボにはまってさあ大変となったドングリがどじょうさんに遊んで貰えなくなるからか?


ドジョウさんてなんだろう?


 


 


 


 


 


 


トップ - 霊性の時代の夜明け


HPより


上記、目次の転載ですが、強調したところは今日聴いたところです。


(例によって読み太君という助手が読み上げるので)


 


 


この内容、 ここも助手に書かせて・・・


とはちょっと言いにくい。


やっぱり。


 


 


ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー


念のために付け加えますが、私たちが大災害や地軸の変動が起こるという地球滅亡論に耳を傾ける時は、いつでも、私たちの思考のエネルギーと力をそのシナリオに与 えているのだということを覚えていてください。


その説を自分自身が固く信じているという場合があるかも知れません。もしそうなら、あなたが受け取るチャネ リングは、すべてあなたの信念を強化するものになるでしょう。


たとえそれが最高の光の領域から来るものであっても、です。そこには選択の余地はありませ ん。これは宇宙の法則の帰結です。


それはすべての信念に当てはまります。信念は、受け取るチャネリングに色付けをします。


あなたが、完全に自分の信念から離れ、自分が正しかったと言いたい欲 望を離れて、最高の光の領域からの正確な真実の情報を受け取りたいと願うことができない限り、チャネリングはあなたの信念によって色付けされ、あなたの信 念を補強するものになります。


自分の信念を放棄すれば、高次の真実が入ってくるスペースが作り出されます。


大災害を予想するチャネリングは(たとえそれが どこから来たと自称していようとも)低い次元の世界から来たものです。それは、現在の高いレベルの全体像を見ることができていません。 


 


それは古いシナリオ にしがみついているだけです。そのシナリオは、地球の上の光の勢力によって実行された大いなる作業によって、大幅に変わってしまったのです。
 
私たちは創造者です。ですから賢く考えてください。第5次元の世界では思考が即座に現実化する、ということを思い出してください。いまから、自分の思考に注意と敬意を払うようにしたほうがいいかも知れませんね。
 
いま、すべては最高の善に向かって前進しています。
 


ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー


 


う~~ん、こうなると日月神示も古いシナリオになったんか?


もっともそれをかたく信じるならそうなるのかな?その人の世界は。


創造者は作家だから、シナリオ書き直さなくては。さっそく。


 


世の中、アセンションなんて言葉さえ知らない人たちはどうなんでしょうねえ?


そんなの無関心で日々を過ごしているのでしょうか? それとも、それなりに何か変化を感じているのでしょうか?


人の数ほどシナリオはある。そしてどこか大筋で同じ様なシナリオを採用しているのかな・・・


ようわからん。


 


 


幾つもシナリオがあるとしたら。


どれを選んでアレンジするのかはキミやボクだ?


 


だから、このシナリオに文句付けたり、イチャモンつけたりする愚かな事はやめよう・・・と、言いつつ、しっかりイチャモン付けているボク。


なんと愚かな・・・


 


小説書いている作家が自分の書いている話しを読んでいたら、ついのめり込んでしまい、自分が主人公になったつもりで、小説の中で怒ったり泣いたり笑ったりしている。。


そのうち、かんしゃくを起こして、「だれだあ~、こんなシナリオ書いている奴は! 出てこい!!」


って、


 


ハッと気がついたひとは数少ないだろうね。


ひとに教えてもらっても、なんだかなあ~で終わっているひと、


いや、まてよ、なんだかそんな気がしてきたカモねのひと


 


まあ、ボクなどは中途半端だから、怒りつつ嘆きつつも、そっちの方へ転換しようと亀の歩みをしているのだが・・


それにしても、風雲急を告げる世界や日本の背景をどう認識するかによって、主人公の生き方も先鞭晩夏、いや千変万化するのだろうね。


 


実体は意識だけなのかな?


あとはぜんぶまぼろし?


周りの環境はただの風景としてみられるなら、大火災のまっただ中でも涼しく居られるのかも。


おれがどのシナリオに合わせるかはオレ次第。


 


だったら、文句言うなよな。


だいたい、作者が自分で書いた小説に文句付けるなら、書き直せよ!


それが作者というもんだよ。


他人の書いた小説に合わせる必要はないんだって、マッタク。


 


と、書くことはいっちょまえだが、この作者は・・・・どうもまだねえ~~


 


コロコロと日々、いや時間とともに、分単位で変わるこの作者もどんなもんだかねえ~


 


 


閑話休題


(おい、どっちが閑話だ)


昔、分きざみで大忙しだったとき


いやあ~~ふんきざみでいそがしい~


と話していたら、ホントに糞きざみを体験したことがある。


なんと知人が落とした財布を引き上げようと奮闘、いや糞とうしたのだ。


それは山の上の方に建てられてあった昔ながらの溜め置きの便所だった。


臭くて汚い思い出だった。


おい、無事引き上げてやったんだから、中身ぜんぶおくれよな!


 


しかし、財布の持ち主はケチだった。


 


おいおい、これも自分で書いたシナリオかい!?


 


 


黄金のきんたまさんブログ


この


うれしうれしの道へ (06/07)


なんでしょうね、やっぱ。


はい、今日は助手に書かせたものをご紹介しました。


 


え?助手って!?


それはないだろ!!


 


いえ、トップ - 霊性の時代の夜明け


から言うと、シナリオ書いている主人公はボクだそうだから、


そうなると、出演者はボクがお願いして方達ということで(笑い)


 


まあ、都合の良いことだけを掘り出して、自分に都合の良いように解釈するとこうなりますね。


しかし、この世界の全体像は主人公によって微妙に違っているんでしょうかねえ。


おなじ背景が有るように見えても、ぜんぶひとりひとりが別々に投影しているのだというし・・・


わけワカラン。


 


これまで見たことのない太陽面大爆発とCMEが発生


どうやら今回はフレアの向きがよそへ向いてる様ですから、直撃しないそうです。


が、ある程度の影響はありそうですから、地球活動に何か変化が起こるかもしれません。


問題は、この様なフレアが地球向けになった場合でしょう。


まだまだ本番ではなく、慣らし運転中の太陽活動?


しかし、それも油断はできませんので。


 


 


何年か前、太陽黒点が非常に少なくなっているという記事がありました。


しかし、ここのところ盛り返しているそうです。


しかも、2012年に向けて上昇が続くという予測が出ています。


 


太陽活動の象徴としての黒点活動ですが、あれって表面が覆われているものが、何かの理由で中身が一部見えるのでは?


なんて話しもあるくらいです。


太陽は実は熱くないという信じられない話しですが。


昔からあったのですね、そういう話しが。


だから、今の科学では理解できないのでしょう。


 


で、エネルギーは物質的に考えるのではなく、非物質的に考えると分かりやすいのでしょう。


地球に影響するものの本質は物質的影響となる見える光と熱でしょうが、その裏にあるエネルギー非物質波動が地球の波動と共鳴するのでは?


もちろん、地上のすべての物質エネルギー体もおなじ事。


 


最近、鼻血が出る人が増えているのでは?


 


これを放射能汚染と関連づけてしまう人もいますが、じつはボク自身でいえば、また友人の話でも、もっと以前から起こっている現象でした。


 


これは太陽のエネルギー波動の変化で人体の浄化作用が強くなっているのでしょう。


もちろん、物質科学では分かりませんけど。


 


その影響が地球には異常気象や地震などに現れ、人間などの生物には浄化作用が顕れる。


これはもう昔から言われてきた事ですが、人体の調和能力の向上。


逆に言えば、病気というもので身体の浄化を促進できる。


結論としては、


人体がより強化されてくる。


 


じつによい事なのですが・・・・


 


なにしろ、その浄化作用・・・かなりきついと身体が保たない人もいるわけでして。


ここが踏ん張りどころでしょうね。


もちろん、寿命も自分で決めている。死ぬときは魂が決定するから死ねる。


その死さえも幻想だと言うのですから、まあ、死を恐れる事はない。


 


こう腹の底から思えたら、あなたは何時でも喜んでくたばれるのです”(笑い)


しかし、現実は幻想には見えませんから、常に意識していないと怖がってばかりいるし、逃げ回っていなければならなくなります。


もうこれからはドコへ逃げても隠れるところはありませんから。


 


なんたって、相手は太陽です。


地球のどこに居てもおなじ事。


しかも、非物質にみれば、そのエネルギー波動は夜中でも受けているわけでして・・・


 


それにしても、気になるきょうこのごろですが、なにが起きても大丈夫。


おれは絶対死なない。


いや、死んでも死ねないのだから。


 


放射能だろうが、バナナの皮で滑って頭を打って(そんなのあるかな?)、何が来ても、


 


それは自分の創り出しているシナリオ内でしか起こらない。


 


これまで見たことのない太陽面大爆発とCMEが発生


何年か前、太陽黒点が非常に少なくなっているという記事がありました。


しかし、ここのところ盛り返しているそうです。


しかも、2012年に向けて上昇が続くという予測が出ています。


 


太陽活動の象徴としての黒点活動ですが、あれって表面が覆われているものが、何かの理由で中身が一部見えるのでは?


なんて話しもあるくらいです。


太陽は実は熱くないという信じられない話しですが。


昔からあったのですね、そういう話しが。


だから、今の科学では理解できないのでしょう。


 


で、エネルギーは物質的に考えるのではなく、非物質的に考えると分かりやすいのでしょう。


地球に影響するものの本質は物質的影響となる見える光と熱でしょうが、その裏にあるエネルギー非物質波動が地球の波動と共鳴するのでは?


もちろん、地上のすべての物質エネルギー体もおなじ事。


 


最近、鼻血が出る人が増えているのでは?


 


これを放射能汚染と関連づけてしまう人もいますが、じつはボク自身でいえば、また友人の話でも、もっと以前から起こっている現象でした。


 


これは太陽のエネルギー波動の変化で人体の浄化作用が強くなっているのでしょう。


もちろん、物質科学では分かりませんけど。


 


その影響が地球には異常気象や地震などに現れ、人間などの生物には浄化作用が顕れる。


これはもう昔から言われてきた事ですが、人体の調和能力の向上。


逆に言えば、病気というもので身体の浄化を促進できる。


結論としては、


人体がより強化されてくる。


 


じつによい事なのですが・・・・


 


なにしろ、その浄化作用・・・かなりきついと身体が保たない人もいるわけでして。


ここが踏ん張りどころでしょうね。


もちろん、寿命も自分で決めている。死ぬときは魂が決定するから死ねる。


その死さえも幻想だと言うのですから、まあ、死を恐れる事はない。


 


こう腹の底から思えたら、あなたは何時でも喜んでくたばれるのです”(笑い)


しかし、現実は幻想には見えませんから、常に意識していないと怖がってばかりいるし、逃げ回っていなければならなくなります。


もうこれからはドコへ逃げても隠れるところはありませんから。


 


なんたって、相手は太陽です。


地球のどこに居てもおなじ事。


しかも、非物質にみれば、そのエネルギー波動は夜中でも受けているわけでして・・・


 


それにしても、気になるきょうこのごろですが、なにが起きても大丈夫。


おれは絶対死なない。


いや、死んでも死ねないのだから。


 


放射能だろうが、バナナの皮で滑って頭を打って(そんなのあるかな?)、何が来ても、


 


それは自分の創り出しているシナリオ内でしか起こらない。


 

夢からさめたらまた夢だった。


その夢からさめたらまたまた夢の中だった・・


おいおい、根本創造主にたどり着くにはいったい?


 


はい、永遠の夢でしょうね、きっと。


だって、人参が好きらしいですよ、根本創造主って(馬か!)


やっぱ、ここが


トップ - 霊性の時代の夜明け


のカフェ「夜明けの・・」


 










■

目覚めたときとは



 T



目覚めたときとは?


 


で、夢の中で泣けるんですよね。夢と分かっていても。


二次元の画面を見て涙のダダ漏れってのは、きっと年とアルコールのコラボなんでしょうかねえ。


 


お後は読まなくてケッコウです。






 


と言いながら、激しく読んでちょうだいって!


 


壬生義士伝


前に映画のDVDを見たのですが。


今日テレビ版を借りてきました。


 


こりゃあ~~ええ~


だだ漏れの涙です。  


こうなりゃ、上も下もダダ漏れです。


 


原発なんかに負けてられない。


しかし上の方には、パンパースやムーミーパンツが・・・


いや、


 


ムーミーパンツならすっぽりかぶって、目や口のところだけあけておけば使えるな・・・


 


しかし、このまま買い物に行くのもどうかと。


 


しかし、こういう物語をよくもまあ、書いたモンだよ浅田さん。


どうしてこんなに悲しくて嬉しくて涙ダダ漏れのシナリオ書けるんだろうか?


 


人生のシナリオはぜ~ん~ぶ、自分で書いてそれを演じているというけど、もうそろそろ、ネタも尽きたんじゃないかな?


 


音楽業界でも新しいものがつき始めたそうだし、テレビでも映画でもなんだかもうシナリオが尽きちゃったんじゃないのかな?


それはともかく、


このシナリオと映像はやっぱり素晴らしいです。


 


ここまで泣かせてくれたのはそうそうないですねえ。


いや、飲んでいるからでしょうけど。


 


このシナリオを書いているのは誰だ!?


 


ぜ~~んぶ、あなたでなんですよ。


 


地震も原発もへなちょこ現代医学も・・・・


 


そうなると、責任追及すればするほど、自分にかえってくるのかあ~~


 


もう地震も津波もいらない。


タダ漏れ、いや、


 


ただ、人間のミスというか単純ミスの方がむしろ危ない。


 


嫌、危ないのはミスじゃない、単純ミスなど、いつでも


どこでもあるのだから。


それを重大にする原発の本質に気づく。


とともに、


こんな無駄な効率が悪く、しかも不安定、非安全性・・・なのに、さも逆に解釈している現代科学の方がよっぽどあぶないもんだな。


 


だいいち、もっともっとよい発電方法があるはずなのに、こんな無駄飯食いがはびこっているから、本物が押し込められてきた。


 


究極はほとんどタダ同然のフリーエネルギーが待ちかまえている。


あとはそれを受け入れる側の態度でしかない。


 


あ、またとんでしまった・


 


追記。


せっかくコメントいただいたのに、消えたという方に申し訳ありませんでした。


 


その元記事を読んでみたら・・


 


そう、過去記事はほとんど不如意状態なのでした。


 


かと言っていまが良いとも言えません。


 


このブログは日記帳ですから、過去記事にとらわれずに、いえ現在の記事にもとらわれずに。


 


だいたい、書く人がいちばん解っていないのですから(大爆笑)


 


原発放射能ダダ漏れもボクのダダ漏れもみんな夢の中。


夢の外は無いのでしょうか。


 


はい、根本創造主が夢を見始めたことが夢の根本なんでしょ?


 


だったら、夢からさめたら、な~~んにも無いってことじゃないの?


 


だったら、書くシナリオもトコロテン、じゃない、トコトン泣かしてから、


こんどはトコロテン喜ばすってことでしょ。


 


だったら、いまのうちにせいぜい怖がって、おお~~地震、原発、放射能、おっかあ・・・・


って、最後はいつの世も残るんじゃないの?


 


放射能それほど怖くない・・・


え?  ほんと?


でも、今はうんと怖がってもらわないと先に進まない。


そういうシナリオだからね。


地球さんは「もう要らない」って決めたんだから、それに逆らったって痛い目にあうのはノミじゃないの?


にんげんというノミだけど。


ボクはノミ屋さんなら好きだけどねえ~~


 


今日は再会ブルース。


それでもダンス、いや、断酒5日くらいだったかな?


いつでも止められると言っている奴ほど、やめられない止まらない


日本人の原発好きのようなものカモね。