使っていたパソコンが壊れまして・・
(アダルト見過ぎのせいかなあ・・・・)
で、古いパソコン引っ張り出してきました。
こちらもちょっと不具合、不如意っぽいけど。
そしたら、過去にかいたものが残っていたので、昔投稿したかもしれないけど、まあいいか。
せっかく免疫論出したんだから、どれも似ている内容だけど。
ちょっと三つばかり。
ーーーーーーーー以下引用ーーーーーーーーーーーーーー自分のものだけど
弱毒性と強毒性のウイルスとは
いったいなんぞや?
この言葉だけで聞くと、ウイルスには毒性をもつ性質がある。
その毒性の性質をもったウイルスにも、比較的弱い毒をもつものと強い毒をもつものがある。
それを区別してインフルエンザにも弱毒性ウイルスが原因となっているものと強毒性のウイルスが感染源になっているものとがある。
こんな風に素人は判断しちゃいますよね。
はぁ? そんな風には思っておらん!?
そうですか・・・
でも、話の都合上、ほとんどの人が上記のように考えているんじゃないのかな?って事で話を進めたいのが当ボロ愚書きのご主人さまなんですよ。
だから、他人の迷惑などちっとも考えない勝手な奴ってことをご承知の上で読んで欲しいのです。
ちょっと話がそれるけど、だいたいこのボロ愚書きの主は相当勝手気ままであって、えらそうに書いている時もあるけど、実質はほんとどうにもちんけな奴なんです。(コレ書くといかにも謙遜ってとられそうだけど)
そんなケチな奴の裏話なんぞはどうでもいいのでした。
で、インフルエンザにはどうしてもウイルスが必要だと思いこまされてしまった我々ショミンと致しましては、そのウイルスにもジャクドクだのキョウドクだのという区分があるそうで。
まことにもってウイルスというものは厄介な存在なものですねえ~
と、対して知らない者にとってはウイルスがどんなに小さくて細胞膜も無いとかいう事にも無頓着なんですね。
まして、それが果たして生物なのか無生物なのかという専門家諸君の葛藤などどうでもいいや、いや、そんな事はあんたがたにお任せしといて、こちとら、そのキョウドクだかジャクドクだかの区別をつけてくれってんだ。
でもねえ、熊さんや、そのジャクドクだのキョウドクだのという表現してくれているけど、あれはどうもこちらもよく分かっていないんだよなあ・・
なにをおっしゃる!旦那さん!
いや、あのね、起きて見なきゃ分からないってことなのよ、じっさい。
はああ?
患者さんの具合次第ってことかな、たぶん。
たいした事無かったらジャクドク性でいいんじゃないの?
まあ、感染者の具合が悪い傾向が見られた場合はキョウドク性ってことかな。
おいおい、しろうとが何も知らないって事分かっていてそんな事言うのか?
あまりにもいい加減すぎるなあ。
(この話は専門家無視の話なので話し2分目くらいに聞いて欲しいーーボロ愚書き)
だってそうでしょ。
生き物だか生き物でないかも分からないっていうくせに、ハナから分かるはずもないでしょ? そのウイルスが弱毒だの強毒だのという性格まで判断出来ると思う?
だってすべてもう分かっているんでしょ? ウイルスのすべてを。
いやあ~~そりゃあ皮かぶりだよ。あ、買いかぶりだよ。
そりゃあ、電子顕微鏡で何十万倍かは知らないけど姿は見ることが出来るんだけど。
それも自然界におけるものじゃないんだ。
だいたいがウイルスが活躍できるのは人体内の特定の細胞に限られているんだけど、電子顕微鏡はその自然の姿のウイルスを見ているわけじゃない。
だから、外へ連れ出してみて、それも不自然な環境においての状態を見ているだけのこと。
だから、それを見てだいたいは推測しているだけなんだな。
なな、なあ~~だあ~~、もうウイルスの事はすべて分かっているんだと思ってたら、ほんの一部の事しか知らないってことだったのかあ~~
そりゃそうだよ。
だいたいね、きみ、君らがかってにそう思いこんでいただけなんだよな。
医学は進歩してるってことだよね、進歩って知ってる?
進歩って事は「いまだ至らず」って事。
いまだ至らず? まだまだ未知数?到達してないってこと?
進歩って事はそういう意味が裏にあるんだ。
それをきみらは進歩、しんぽ、シンポ、インポ・・ってもうかってに解釈してしまって、至らずどころか到達しまくったという風にとっているんだからオメデタイ。
なんだなんだ。それじゃあ、ウイルスの事ぜんぶ知っているかの様に思っていた僕らがぼんくらだったってことか。
なんだ、分からないものがしらないものに教えている様なもんだなこりゃ。
まあ、とにかく科学というものは推測が基礎になって、そこからいろいろ講釈をしているってことかな。
え、講釈?」
そう言えば、講釈師見てきたようなウソを言い・・・
あ、講釈じゃない、解釈だ。
ああ・・解釈ね。しかし、解釈にも見方によって180度も違うっていうけど。
そういっちゃあ実も蓋もないよ。
まあ、わしらはフタの方を重点的に言っている場合もあるけどね。
う~~Mu.
実の方はどうなってるんでしょうねえ~~
ということで、ウイルスに対しての現時点での医学上の講釈は、いや、解釈は実にあやふやな状態にある模様である。
ゆえに、ただ単に流されてくる医学の情報に振り回されてしまっちゃあ、いけないよ。
あれも見方によっては解釈は異なる。しかも180度も異なる可能性も秘めているってわけだ。
ウイルスに果たしてそんな毒性があるのか?
細胞膜も無いという存在にそんな性質があるわけないでしょ。
ただ、あるのはそのウイルスが実際に感染して発症した人の結果をみてから、いやあれは弱毒性だったの、強毒性だったのって言っているに過ぎないんじゃないの?
意図も簡単に弱毒性だの強毒性だのと言っているけど、その科学的根拠を明快に示してくれよ。
あ、医学は宗教だったか。科学的なんて言葉は失礼だった。
で、あんたはえらそうに書いて医学批判してりゃ済む無責任野郎だからいいけど、専門家はそうはいかんのだよ、飯の種、じゃない、それぞれのお勤めがあるからねえ。
責任ていうけど、ほんとに責任なんてとる人いたの?_過去に。
「今の最先端の医学ではそうなっている」とか「医学の進歩において現在最高の・・・」とか言って、いつも責任は「医学」のせいにしてきたんじゃない?
それなら無責任なボクには最適だよ、180度異なる講釈をしてみるね。
あ、講釈じゃない解釈だ。
ウイルスは潜在世界から暫時育って顕在世界に姿を現す。
感染と言っても最初は個人の人体内からその姿を現す(自然発生)
そして、顕微鏡で見ているのは結果のすがたかたちである。
ウイルスとは働きのことである。
働きの意味を知らずして姿かたちにとらわれていると見えるのは単純な分類になるだけ。
ウイルスの肝心な働きとは、人体の浄血作用、浄化作用に寄与すること、エンジンオイルに添加剤を注ぐとスムーズに回転するかのような。
浄化促進強力化的役目。
ちょうど酵素の役割のように。
細菌と違うのは細菌は直接的であり、ウイルスは間接的である。
どちらも血液の浄化、細胞毒の分解促進。
細胞に毒性のものが含まれているものを選別して、その細胞の排除に協力する。
ゆえに、ウイルスが全身どの細胞にも侵入することはない。特定の細胞に進入して細胞破壊に寄与する。
その細胞に毒性があるから。
細胞にしても人体内のある特定の臓器など、体内の毒素が集まりやすい箇所に限るということになる。
だから、全身感染しても全身の細胞が破壊されるわけではない。必要(毒性細胞)な働きが終えれば自然に消滅してしまう理由だ。
ウイルスの性質としてはどこかの個の人体に発生したものが他者の人体にも「共振作用的に働くのが感染的に見える。
しかし、その時点で共振できる者と出来ない者がある。
感染しても発症しない者の理由はそこにある。
ウイルスは急速に変異してゆくのは個々の体内の環境が微妙に違うのと、まったく同じ毒性の細胞ではないからだ。
細胞毒の源は血液にある。
血液は潜在世界においては不純性質のエネルギーが含まれている。それが多いと血液の顕在世界としては汚れ、濁りとなってゆく、それが毒血というもの。
その毒血も浄化装置として細胞に集溜固結してゆく。
血液の流れを川の流れとすると、川の汚れは常に清掃されないとならない。
その川の汚れを一部の細胞群が引き受ける。
最終的にはその細胞群も人体機能の邪魔になるので排除される。
その特定の細胞排除にウイルスは共振信号を送るようなものだ。
もちろんウイルス無しにでも単独でも浄化作用は働ける。
それらをウイルスの無い風邪という。
無菌でも無ウイルスでも人体の浄化作用は休むことなく働く。
しかし、細菌やウイルスが手助けをすると急速に浄化作用が促進される。
したがって、その発症の状態も急速で激しい。が、浄化効果は絶大になる。
危険なのはその発症状態を人為的に止める行為である。
ゆえに発熱、下痢などの症状を止めるのは危険が高まる。
普通は風邪もインフルエンザ(流行性感冒と言うのだから、もともと風邪の一種)も自然に任せておけば順調に治るから、怖い病気どころか結果的には万病を防ぐもっとも自然な排毒作用なのだ。
わざわざ、何か食べ物でもないモノを飲んでみたりしてデドックスとかいう必要もない。自然に発生し、自然に治るのが基本である。
しかし、中には相当体内の環境が悪化しており、風邪に限らずとも強い浄化作用の必要がある人体にとっては、たまたま風邪から始まっただけで、風邪が原因というよりも体内毒素の多量の為に身体がもたない場合もある。
ただ、反自然療法による体力悪化もあるので、たかが風邪といえどもその対処方法によってかなり重度化する場合もある。
で、ウイルスは共振作用的媒介とでも言おうか、脇役なのである。
主役は各人体内の環境である。
という事は、脇役が勝手に進入干渉するのではなく、
主役が認めた、許しを与えないとウイルスは侵入できない。
その条件こそ、その人体のその時期においての浄化作用を起こすべき「時」と「毒素」の状態にある。
ただ毒素だけではない、共振のタイミングというものがあるようだ。
それが何か?
おそらく、集合意識世界においての魂の合意というような、個々において起こる浄化作用と集合体として起こる浄化作用という様な密接不利な関係があるのだろう。
人体においての各細胞の役割のように、個々はそれぞれの位置に置いて働きが異なっているが、全体としての役割分担の様に密接不離に絡み合っている。
人間においてもそうである。
世界中の人と人の関係は人体内における各細胞の様な関係であろう。
各細胞ごとにある役目と全体の中における役割。
この関係でみると世界の感染症爆発と自然減衰という関係が見えるかも知れない。
世界の感染症に現代医学が功績を挙げたという話はウソなのであった。
これは統計で出ている。ただ、医療大本営が隠しているだけのこと。
ウイルスが主役でないとすると、ウイルスの弱毒性とか強毒性の話も主客転倒ということだ。
主役は個々の人体の主にある。
すると、弱毒性とか強毒性とかは
吾らの人体にあるということだったのだ。
そして、原因、感染の源は自分たちにんげんにあったということなのだ。
外から内へ。
精神世界の話ではない、これは感染症対策のうちわばなしなのだ。
ということで、当講釈師の話は終わります。
あ、いや、解釈でした・・・
2009年6月10日記
-----------------------以上引用終わり--------------------------------
と、講釈師まだ書いてあった。
ーーーーーーーー以下引用ーーーーーーーーーーーーーー
本当の消毒法はウイルスや細菌に感染(誘因)して貰うこと。
いつも
体内の消毒法は自然に行われている。
ウイルスや細菌の助けを借りるとそれが加速される。
と言うことで、血液の汚れは毒血となり、細胞の汚染は細胞毒となる。
それを毒消しするのが浄化作用の役目。
その浄化作用の過程では熱、かゆみ、痛みなど諸々の不快な症状が伴う。
それが浄化の過程、つまり通過途中である。
病気を通過するとも言うだろう。
体内の毒消し作用が浄化作用である。
ウイルスは細胞に直接働きかけて汚染された細胞を自己崩壊させる。これによって毒消しが行われる。
強い毒、弱い毒、性質の異なる毒に対してはいろいろなウイルスや細菌が対応する。
強毒性を有する人体には強毒を消すためのウイルスや細菌、弱毒性の人体にはそれに対応するものが発生、または感染(誘因)となる。
人体の方も浄化のタイミングがあるから、感染即発症ということにはならない。
その人にとってのタイミングが合致したときに発症する。
ただし、そのウイルスや細菌が対応する体内毒が少ないか無ければ発症しない。
過去感染したりしてその性質の毒が無くなっている時、免疫が付いているという。
いくら予防しようとして体内に毒性物や異物を入れると、それ自身がいずれ発症(感染症に見えるものもあり)するので、予防接種そのものが予防しようとする症状の病気発生の原因となり得る。
ウイルスや細菌に強毒性や弱毒性を言ってみても、それは相手違い。
世の中には「逆恨み」といわれる事が、この場合も自身の内側を無視して、外側の事を敵視している事になる。
また、消毒と称して薬物をまいたり体内に入れたりすると、その消毒剤そのものが毒性物なのであるから、いずれその毒を消すために浄化が起こる。
これは消毒は消毒でもウソの方である。
しかし、ウイルスや細菌は本当の消毒を手伝ってくれる本物なのである。
もちろん、消毒の本隊は自分自身の浄化能力であるから、ウイルスや細菌が無くても浄化は行われる。
ウイルスや細菌が介入すると、その浄化作用がずっと効果的に行われる。
ただし、体内毒素が多いときや体力が弱いときには相当なエネルギー消耗が起こるので、ちょっとした逆療法でも悪化したり死の転帰を迎える。
ゆるい掃除よりきつい掃除をしている様なものであるから、生命力が精一杯働いている途中であるからだ。
その掃除を途中で止めるには生命力を弱めることだ。ゆるい掃除状態よりも全力で掃除中にそれを止めるにはかなり生命力を弱めるということだ。
片や生命力は浄化活動を、片や医療は生命力を弱めて浄化を停止、この摩擦が強ければ強いほど、双方の綱引きが長引けば長引くほど、生命に危険が増すことになる。
ゆえに感染症でも同様にして、症状に対して症状停止の療法は危険度が高いわけになる。
高熱、下痢、その他の一切の症状は自身の生命力が行っている毒消し(排毒)作用の経過中なので、それを止めると言うことは生命力を止めるという意味である。
ゆえに、過去の感染症でも逆療法によって重度化したり、死を迎えてしまった例がスペイン風邪などであろう。
感染症とされるものは毒消し作用なのだが、その対応を誤ると急激な浄化作用の為に生命に危険となる事がある理由である。
インフルエンザにしてもそうだ。
風邪の症状に対していろいろなウイルスが介在しているというのを発見したのは良いのだが、そのウイルスが毒消し作用の介助的役割だと言うことを知らない医学が、いかに的はずれな治療や予防を行っているか。
ウイルスや細菌は太古からの地球上の空気のような存在である。
二酸化炭素が要らないとしたら、地球上の生物は絶滅してしまう。
必要があるから存在するのだ。
そして、人間の方がそれに合わせるようになている仕組みだ。
人間にウイルスや細菌が合わせるのではなく、人間がウイルスや細菌に合わせなければならない。
ウイルスや細菌は空気のようなものだ。
空気がなければ一切の生物が育たない。
空気の中にはいろんな成分が含まれている。
その中に二酸化炭素がある。
これを不要として取り除いたら地球上はどうなるか。
同様にして、地球上の生物を育てたり不要なものを分解掃除したりしているウイルスや細菌をやっつけたらどうなる。
問題はウイルスや細菌などではないのだ。
しかも、かかりたくてもかかれない体質には一切それらは無害なのだ。
害があると思うのは、自分自身の体内が汚染されているからだ。
その汚染を清浄化してくれるウイルスや細菌をなぜ避ける必要がある。
必要な時には必要なウイルスや細菌が働いてくれる。
それらの手助けが無いときは、時間をかけてでも自分だけで浄化毒消し作業をしなければならない。
効率よく清浄化して貰うにはやはり、ウイルスや細菌が必要なのだ。
体内に自然発生できるウイルスや細菌が、次々と周りに感染的な形をとって毒消し浄化作用を推進してくれる。
世界の医学が西洋中心の唯物医学になってから、この原理原則が見えなくなってしまった。
そのなれの果てが今の感染症対策であり無力をあらわに露呈してしまったのが、今回の新型インフルエンザ騒動であろう。
自民党も民主党も共産党も国会議員は何も知らない。
医師さえも知らないのだから無理もないだろう。
知らない者が何も分からない国民を指導しているのだから、混乱が起こるのは当たり前だろう。
よく理詰めで考えてみれば矛盾だらけの感染対策や予防法など。
ウイルスと細菌の性質も知らないような関係者が国民を指導するとどうなるか、今回で少し露呈したようだ。
だが、本当に感染拡大が起こったとき、そのときが大変だ。
今のままの医学常識では対応できないのだから、上も下もパニック状態に陥る可能性もある。
医師が本当の事を知らないとすると、医師さえもパニック状態になってしまうだろう。
医学が築いてきた感染症の理論は実際には何らの役に立たなかったという事が起こりえるだろう。
いま専門家に聞いてもそれが分からないのだから、あやふやな対策しか出来ないから、一般の国民は右往左往してしまうのは目に見えている。
知らない者が分からない者に・・というのが新型インフルエンザ騒動に見られたのだが、今後この事に気づいてくれる人たちが増えるかどうか、
それがもんだいだ。
だれかわかってもらえるかなあ・・?
2009年5月24日
-----------------------以上引用終わり--------------------------------
こんなのも
ーーーーーーーー以下引用ーーーーーーーーーーーーーー
これがひとつの方程式と見ると、今までの、また今後の様子も理解できそうですね。
予防接種がその予防しようとした感染症を産み出す。
(それ以外にも別の病気も造り出す事も含めて)
タミフルに限らず、その薬を掃除する役目の菌(ウイルスも)が発生する。
このようにして、人類の薬と病気の関係は続いてきた。
しかし、そろそろその関係が終わろうとしているようだ。
今回の豚インフルエンザ騒動から、なぜか(もちろん過去に米国でこの豚インフルエンザで大失敗した経歴があるから、豚を引っ込めたんだろうが)新型インフルエンザ騒動へと代わった。
そして、なぜかこの日本が暗黙のターゲット場として世界に先駆けている様相である。
なぜか?
そうです。
日本は世界に何事も先駆けるという役割があるからです。
今回の騒動は先駆けにしてもそれはマイナスの方。
失敗の方も世界に先駆けなのです。
そして、その失敗から目覚める役目があるのです。
だから、もっともっと大騒ぎしても良いのですね。(苦笑)
その大騒ぎの度が大きいほど、後の始末が転換出来やすいということです。
中途半端じゃ目覚めないわけでして、大失敗するほどその後がやりやすいというわけで、今はそっと高みの見物しかないようです。
集団催眠にかかっているかの様に見えるあのマスク姿のテレビ映像ですが、テレビなんてのは、一面しか映さないのです。
案外、そんな騒動にはさめている人も居るはずです。
しかし、多数の竹槍で敵国を討つという戦後末期の善男善女たちの様に踊らされる事を好む、いや、選ぶ人が多いときには何を言っても目にも耳にも入らないようですから、もう、ほっときましょ。
そのうち、目が覚めますよ。
冷静にして踊らされない覚めた人たちが必ずこの日本には居るのですから。
ただ、出る時期がまだ早いのでしょう。
今回の豚から始まった新型インフルエンザ騒動は、きっかけはやはり人為的な仕掛けがあったのでしょう。
そして、長い準備期間で深層心理に植え付けられていたものが、手品の奇術の様に指をパチンと鳴らされて集団催眠の様に一挙に踊らされるという姿に思えますね。
しかし、自然の中での人為的な工作でいくら仕掛けても、それが空中散布しようが飲ませようがうまくいかないものです。
多数の人が一度に浄化を起こすという時はそれなりに大自然の状態と人体の調和が必要だからです。
人体にいくら毒性物を保有していると言っても、それが浄化発生する時期というのは方程式の様には行かないようですから。
おそらく今回の大騒ぎは医学の無力を明らかにして収束するでしょう。
医学的対処方法がなんら無効だという事を証明する為にわざわざ自ら仕掛けた穴に陥るという皮肉な結果になるのではとボクは理解して居るんです。
では、人為的な策謀で始まったとしても、結果的にはかなりの成果が出るのではないか?という事の心配はあります。
というのは、この騒動で盛んに勧められるワクチンとかタミフル、リレンザなどの薬物が体内に入れられる事が増えるからです。
それが最初に記した
新たな薬から新たな菌(ウイルスも)が湧いて浄化作用を促進する。
浄化作用とは病気症状として現れます。
その浄化は個々の人によって時期も重度も異なります。
ただし、この地球上においては太陽の活動がかなりの影響を与えるということですから、おそらく太陽活動が活発になった時期に同時期に起こるという減少が見られるかも知れません。
もちろん、個人であろうが、多くの人が同時になろうが、それが体内の浄化活動である事には違いもなく、集団であろうが個々であろうがどちらにしても、人類という種の存続の為には必ず伴うもので、それぞれ相応に浄化は起こるので特別な意味ではないわけです。
人為的な仕掛けは失敗で終わってほっとしていても、人体内に異物毒素を入れた場合はそれなりの浄化が起こる時期がいずれ訪れるだけのことです
ただ、その個々の浄化作用が太陽の活動に影響されやすいということは、過去の記事でも紹介した様に、太陽黒点の活動期とウイルスの活動期が連動しているという話です。
もちろん、ウイルスは浄化の過程の結果的産物ですから、ウイルスの活動とはすなわち人体浄化作用の活発化という事でしょう。
細菌やウイルスを外的として、これさえ防げば病気を逃れるという病原菌(ウイルス)説を元にして現代医学が対策をとっているものがいかにナンセンスなことかを知るためには今回の新型インフルエンザ騒動は大いに役立つことになるでしょう。
ウイルスに対抗しようという事自体が既に大自然の働きそのものに反抗している「お釈迦様の手の内で暴れている孫悟空」の様なものだからです。
この地球を守っているのは細菌やウイルスです。
その存在無しではすべての生き物が生存できないのです。
調和できるものは育て、不調和なものを掃除するという、どこにでも居る土の中の常在菌でもあり、体内常在菌でもあるわけです。
そして、ウイルスは大きな細菌の前身的な存在であって、潜在系の世界から顕在系の世界に出現したり消滅したりしているの、あの世とこの世の境界線の存在の様です。
エネルギーで言えば、空の世界から色の世界へと出入り自在の様ですから、色の世界(物質的な一面)から退治しようとしても、無駄な努力でしかないわけでしょう。
さらに新しいマイナスなエネルギー(ワクチンや治療薬)が体内にあれば、それを調和解消する為にそれを打ち消す役目として、空の世界(潜在エネルギー世界)から色の世界(顕在世界)へと出現するというわけで、ウイルスは感染ばかりでなく最初はどこでも発生できる存在です。
若い人たちは生命力が強いわけで、強い生命力とは強い浄化作用を起こせるというわけです。
病気発生の根元は生命力ですから、若い人ほど病気という浄化力が旺盛なわけです。
また、現代の若い人ほど小さいときから予防接種やら薬剤を入れていると共に、世代の先端的立場にあるわけですから、親からの遺伝毒素の集中度も大きいわけで、浄化力と体内毒素の多さの関係からいうと、感染症には一番かかりやすい年代と言えるでしょう。
先に書いたように、インフルエンザ予防接種そのものがそのインフルエンザにかかりやすくするという性質上、最近の日本の若者は当然その様な条件が揃っているのかと思います。
それと、報道などで盛んに不安を煽っていることが心の状態と密接な関係にある身体が反応することも考えられます。
人はそう思う様になるというのは、それだけの創造主の分身的なエネルギーを持っているからでしょう。
しかし、本当の世界的な大流行というのは、人為的にきっかけを起こすことは出来ないはずです。
それが起こるのは地球上の振動数というかその性質波動と人間の波動が同調するほどの状態にならないといけないのでしょう。
その大本的になる太陽活動が今後どのように地球に影響を与えるのかは不明ですが、ある程度の集中的な浄化活動が一度に起こる可能性はあるかも知れません。
(それを世界同時に多発する感染症と表現するのでしょうが)
いずれにしても、起こるのは個々のその人自身の体内浄化作用の過程でしかありません。
必然にして、必要。
浄化によって死ぬ人も居るかも知れませんが、なんの症状であろうが死ぬときには死ぬし、重度の癌だろうが死ぬ時期でないと死ねない。
寿命というものは自分で決めて来るもの、自らの魂が決めたもの。
けっして外からどうこう左右されているものではない!
こう確信して、おいそれと確信できないかも知れませんが、そこに近づくことで不安呪縛から解放されてゆくのではないでしょうか?
不安を解消するためには風邪の原理を知ることです。
そして、インフルエンザは風邪の一種に過ぎないという母里先生の言葉を真実とすることです。
物事の本質を知れば、こんな大騒ぎのまっただ中に居てもどこ吹く風と笑って見ていられる様になります。
マスクもゴーグルも何らかのウイルス抗体の飲み物なども必要なしです。
神様は貧乏人も平等になっていますから、そんなのにお金をかける事もないし、だいいち、いっさいお金のない海外の国の子供達を想えば、何も要らないという事です。
何もしない方がよいという選択もあるのですよ。
手洗いもうがいも予防グッズも何も必要ない。
最期に医学もそれを認めざるを得ないでしょうけどね。
それまで仕方ないですね。
とことんやってみてください。
どんなに馬鹿馬鹿しい事をやってきたかを自ら知るまでは、何を言っても聞く耳を持たないんですね。
呪縛は自ら解く。
これをやるためにこの世に出てきて居るんですから。(笑い)
他人が外から殻を破ってやるわけには行かないんでしょうね。
こんな偉いことを言っている自分自身がまったく同じ類なんですけど。
このインフルエンザ騒動に対してだけは、高みの見物が出来るという・・・ちょっと思い上がっているきょうこのごろでした。
2009年5月21日記
-----------------------以上引用終わり--------------------------------