akyoonの異端の医学と不思議な情報 -108ページ目

akyoonの異端の医学と不思議な情報

医学や健康医療の【トンデモ論】を主としています・
本人はいたってまじめ。 しかし自分で自分を検証できないので、眉唾と取捨選択が必要。

まあ、冬で無くてもよいんですが。

ダウンロードして聴けるmp3音声だからどこでも携帯プレイヤーで試聴できます。
もちろん無料!

それじゃあ申し訳ない!
なんて奇特な方?は電子書籍コーナーへ(笑



私の秘書達が文句も言わず一生懸命、たとえ24時間であろうと疲れ知らずで読み上げてくれています。

ただ、ひとつの欠点として誤読に関しては「一切気にしない」ことです(苦笑
これはいくら言い聞かせても、性格だからショウガナイのですよ。

まあ、私が読むと入れ歯の隙間が大きすぎてスカスカ音声になってしまうので秘書にお任せいたしております。

今かかえている秘書連から厳選していますが、タマに私がノコノコ出てくるかも知れませんが、その時の非難ごうごうの喝采を浴びてしまうことが少し怖い期待があります(w


では、次のリンク集の目次から好きな所へ飛んでいけ~

昔の秘書は今ではあまり使っていません。
それほど、今の秘書はきれいな発音をするので、ボクの出番はますます無くなりそうで
怖い限りです。



ボクも激しく推薦します。 ↓↓    (似ているけど、他人ですよ。)

(いまここの阿部さんちから無断拝借画像)
  しかし・・・そっくりじゃなあ・・・・(笑えない)



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作成日:  2014年2月6日

こめんと戴いた記事をそのまま転載します。

まあ、真偽は貴方の至急慧眼で判断を要するものとしまして。
どんなワクチンであろうとまったく必要が無いと分かる日までいろんな資料が必要なのでしょうね。

ボクは何も要らないのです。だって全然的はずなんですから
予防接種とは病気呼ぼう接種だと知った時から。


コメント戴いた
テキスト文のリンクをhtmlのリンクに直しました。
便利な紙copiというソフトでリンク記述の後で改行すると一発でリンク有効になる機能があります。

もう何十年も(笑)使っている多分一生(後が短い?)手放せない相棒です

ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

私もツィッターで散々訴えていますが

 

https://twitter.com/Aus911Truth/status/401614054831054848

 


子宮頸癌インチキ毒ワクチンについては
豪州で接種が始まる直前の2007年3月末から
ずっと警告してきました。

「HPV=原因」の嘘についても
2010年2月20日
子宮頸癌はヒトパピロマウィルスが原因か?
http://insidejobjp.blogspot.com/2010/02/3.html

 


同年5月24日
「原因」ではない「ヒトパピローマウィルス」
http://insidejobjp.blogspot.com.au/2010/05/blog-post_24.html

 

から最近の
2013年6月20日
【拡散】定期化のみならず、"HPVワクチン"(サーバリックスならびにガーダシル)の接種を直ちに、全面的に止めるべき理由
http://insidejobjp.blogspot.com/2013/06/hpv.html

 

同年10月6日
ホラ見ろ!言ったでしょ「HPVは子宮頸癌の原因ではない」って!!
http://insidejobjp.blogspot.com/2013/10/hpv.html

 



と書いて、ずっと「薬害&詐欺だ」と訴えているんですが
「政府は会社」
http://insidejobjp.blogspot.com/2012/12/blog-post.html

 


で、国民の命や生活より儲けが大事&株主の言いなり
ですから。そこを変えなきゃ、諸問題は止められません。


ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー


だれもひとをだまそうとしてだますんじゃないひょ。

そのだます人がだまされているんじゃ。
だから、まただまされた人が次のひとをだますのじゃよ。
まあ、上からピラミッド図形のように下層に拡がってゆくんじゃな。

じゃあさぁ~~、ピラミッドの上部には誰がいるの?


それはね、人じゃないんじゃよ。


え! じゃあ、猫か犬でもいるの?


ノンノン! 違うよ。
それは生き物じゃないんじゃ。


え? 医師っころ・・じゃないか!! 石っころでも置いてあるの?


ノンノン、ちがうんじゃな。それはね意志じゃよ。
意志というか思考というものかな。嗜好、志向性でもあるかな・・


さっぱりわかりませんよ!
何かの意志があるってのね?


そうそうそうそうそうろう~~~
人類の共同謀議ね、その意志というか嗜好があったんじゃ。


????

ふふふ・・・分からないだろうなあ・・


だって、わざわざ分かりにくい表現をしてるのでしょ!


考えるな、感じるんだ! じゃないか!!  聴くんだ!!

え? 


ということで独りよがりが大好きな嗜好性をもつブログ筆者が厳選した

「聴け、わだつみの声!」を


なるほど、独りで喜んでいる趣味なのね・・・・


 くだらないまえがきが長すぎる!という批判をかわしつつ

ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

ウェブでこんなのを発見!

 

ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

女性の方、必見です。
現代医学の致命的欠陥



医者が患者をだますとき〈女性篇〉
http://homepage3.nifty.com/himaari/c-1.htm
 
賢き女性が身を守る
http://homepage3.nifty.com/himaari/c-2.htm



医療の当事者である医者が、人びとの健康をおびやかしているもっとも危険な存在である。

現代医学の治療はめったに効果がない。それどころか、治療しようとする病気よりも治療のほうが危険という場合がよくある。
 
 
「薬をきちんと飲みなさい」という言葉には隠された意味が!
女性は、現代医学にとって最高の実験○○だ!
女性は何も質問せずにピルを欠かさず飲み、しかもそれを特権と勘違いしてお金まで払ってくれる・・・
睡眠薬類を飲んでいますか?

上記、URLに、「薬をきちんと飲みなさい」に、隠された意味が…ある…。
ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー
 
だそうですよ・・・
 
でも、なんだか昔読んだ気がするような・・・
まあ、惚け老人、ジャナイ!! 惚け壮年としては、まっ、気にしないか。

どうやら新品は売り切れらしいが
ちゃんと古いのが売っている。 30年前の新書ですよ。現代人にとってね。
 
 
医者が患者をだますとき 女性篇





そこで、最近仕入れた新兵器をつかってみた。
今までの秘書からひんしゅくをかうほど、便利過ぎるのだ。
 
まあ、これを導入するまでもの凄く時間がかかったが(苦笑)
超優秀なソフトでした。
 
 Text to wev (音声読み上げフリーソフト)
 
これがコピーするだけで読み上げてくれるという優れものなのだ。
しかも、そのテキストを録音までやってくれる。
 
ボクはポチッとクリックするだけなのだ。
ああ、ごくらく、極楽。
(今までの優秀な秘書達からひんしゅくをかっているボロ愚主だが・・・・浮気者)
 
あとはそれを忍者ボックスに収めるだけで公開できる。
 
ただし、Facebookのともだちとtwitterでフォローしてくれた方限定になる。
 
だが、感の鋭いひとにも朗報。
 
パスワードでも開けるのだ(笑
ヒントは感謝の言葉。 (バカヤローじゃないぞ) それも日本人向けにひらがなと来たもんじゃ焼き。
 
それがここ↓
 
 
ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー





まさか、男性の諸君はいないであろうが・・

もしも、キミが男性的な女性だったら・・・

ちゃんと男用を用意してある。


医者が患者をだますときHP


あ、特に男性編とは書いてないけどね・・・



こんにちわ。

私は30数年前に予防接種・ワクチンは病気を予防するんじゃなくて、病気呼ぼう接種だと知りました。
そして、小学生一年くらいの子供達にもそう話したことがあります。
その時、このおっさん、あたまおかしいんじゃない?・・・という反応でした。
そして、いま和紙は皺皺になり、この子供達は多分40歳前後の親となっているのでしょう。
そして、その子供達が予防接種の実際の犠牲者となる立場です。

さて、30数年前に和紙を小馬鹿にした親たちのその子供達は、将来になってから自分の親たちを親馬鹿にするのでしょうかねえ。





船瀬さんがまた新書を出版らしいですね。
Facebookで先ほど見ました。

皆さんには至急慧眼で子宮頸がんワクチンの真偽をみわけましょう。


ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー
(2014/2/16 発行)
 効果がないどころか超有害!ワクチンの罠

 船瀬俊介(著)
 出版社:イースト・プレス

 ★アマゾンで予約購入
 http://p.tl/gPVb

・・以下、本文第一章から抜粋

●「子宮頸がん」の原因はウィルスではなかった

「子宮頸がんの原因はウィルスではない」

 あなたは唖然とするだろう。なぜならこれは、FDA(米食品医薬品局)の”公式発表”なのだから。
 FDAは、日本の厚生労働省に相当する米国の政府機関だ。そのFDAが2003年に、

「HPV(ヒトパピローマ・ウィルス)感染と、子宮頸がんの発症に因果関係はない」

「HPVは危険なウィルスではない」

「感染しても自然に消滅するので、健康への悪影響はない」

 と公式に認めているのだ。つまりは、米国政府が認めているということにほかならない。
 この衝撃事実は、米国のジャーナリスト、マイク・アダムスによって明らかにされた。しかし日本ではまったく報道されることなく、国を挙げて子宮頸がんワクチン接種が推奨されてきた。
 子宮頸がんワクチンの公的接種は2010年に始まった13年4月には「定期接種」に指定された。費用は国や自治体の負担となったのだ。対象は13~16 歳の少女たち。彼女らのもとに、自治体から接種を勧める「お知らせ」が届く。親は”義務”だと思い込む。こうして、すでに推計342万人もの少女たちに打 たれてきた。
 ところが、子宮頸がんの原因はウィルスではなかった。この一事をもって、日本政府と巨大製薬会社によるたくらみは音を立てて大崩壊する。彼らは、次のような理屈で子宮頸がんワクチン接種を強行してきたからだ。

「子宮頸がんは、ウィルス感染によって発症する」

 だから、

「少女のうちにワクチンを接種させる」

 すると、

「ウィルスへの免疫がついて発がんしない」

 要するに、一も二もなく「ウィルス原因説」が大前提なのだ。子宮頸がんワクチンの強行接種は、壮大なウソとペテンの犯罪だった。
 医師の中にもウィルス原因説を否定する人は多い。

「子宮頸がんワクチンは効きません」

 断言するのは、鶴見クリニック院長の鶴見隆史医師だ。

「子宮頸がんの原因がHPVといわれていますが、あれは大ウソです。HPVは弱いウィルスなので、子宮頸がんをつくる力はない。すでに米国の研究で判明しています」

 FDAとまったく同じ見解だ。

「テキサス州知事のリック・ペリーは、米国でいち早く子宮頸がんワクチン接種を法律で義務化。ところがのちに、彼が製薬会社から多額の献金をもらっていたことが発覚しました。この事実は、全米を揺るがす一大スキャンダルとなりました」

 ところが、子宮頸がんワクチンは「無効」なだけではなかった。前出のアダムス氏は、

「逆にワクチンが、子宮頸がん発生リスクを44.6パーセントも増加させた」

 と記録されたFDAの内部文書を暴露している。

 これぞまさにブラックジョーク。親はみな予防効果を期待している。だから5万円近い大金を払ってまで、愛しい娘にワクチンを打たせる。それなのに、予防どころか”発がん効果”があったとは……。
 要するに、子宮頸がんワクチンの正体は「発がんワクチン」だ。それも「44.6パーセント増」というハイリスク。怒りを通り越して天をあおぐ。

●ワクチン”強制接種”の時代がやってくる

 アダムス氏は断言する。

「子宮頸がんワクチンの目的は大手製薬会社の利益であり、米国政府が計画している各種ワクチン”強制接種政策”の地ならしです」

 ワクチンは100種類近い毒物の混合エキスだ。効果がないなら、残るは毒性のみ。実際に深刻な副作用が社会問題となっている。それを米国政府は、全国民へ”強制接種”しようとしている。
 この動きは世界各国へと広がっている。むろん、米国の”属国”である日本も例外ではない。若手批評家グループ「THINKER」は、「子宮頸がんワクチンは、世界規模のバイオテロ」と真正面から告発する。

「自分には関係ないと思われた男性もいるかもしれません。しかし、世界の動きを見ていると、どうもそうはいっていられなさそうです。とくに最近のアジュバ ント(免疫増強剤)を添加した、各種の新型ワクチンがもたらす人体への長期的な影響については、不妊症を引き起こす可能性もささやかれている。子宮頸がん ワクチンも例外ではありません。大げさに聞こえるかもしれませんが、ワクチン接種はもはや人類の存続問題としてみたほうがいい……」

 日本では2010年8月、厚生労働省が子宮頸がんワクチン接種の予算として、150億円を申請。自民党の三原じゅん子参院議員ら、女性議員が推進キャン ペーンのため東奔西走し、国の全額負担を求める助成運動も各地で行われた。テレビでは、女優の仁科亜季子さんが実娘とCMに出演、ワクチン接種の必要性を 切々と訴えた。
 もちろん、彼女たちは善意で、真摯に活動しているのだろう。しかし、これまで述べてきたように、ウィルスは子宮頸がんの原因ではない。ならば接種政策も、推進キャンペーンも根底から崩壊する。子宮頸がんワクチンをめぐる騒動は、壮大なるひと幕ものの悲喜劇でしかない。
 いまこのときも、副作用による深刻な後遺症に苦しんでいる方が大勢いる。亡くなられた方もいる。平和だった家族をある日突然失った、ご両親の苦悩も想像を絶する。
 これは国際規模の大陰謀である。悪質な詐欺罪であり、傷害罪、殺人罪だ。決して許されるものではない。

●後遺症の本当の恐ろしさを知ってほしい

「厚労省に、あなたたちは”殺人省”だ! と言ってやりました」

 悔しそうに語るのは、Tさん(57歳)。娘のM子さん(21歳)は、子宮頸がんワクチンの後遺症にいまも苦しんでいる。
 ワクチンは2年前、内科で都合3回、接種された。費用はおよそ5万円。英国の巨大製薬会社、グラクソ・スミスクライン社の「サーバリックス」という薬剤だった。なぜ接種を思い立ったのか?

「仁科亜季子さんのテレビCMを見たからですね」

 皮肉なことに、ひとり娘のことを思う愛情が仇になった。
 接種後、すぐに異様な症状がM子さんを襲った。

「腕は刃物で刺されるよう、頭は金槌で殴られるよう──といっていました」

 初めは原因がわからず整形外科を訪ねた。しかし異常は見つからず、症状はどんどん重くなっていく。次に脳の病気を疑い、脳外科を訪ねた。MRIなど精密検査も行った。それでもやはり異常なし。どの医師も「わからない」とくり返す。訪れた病院の数は一二にもおよんだ。
 腕の痛み、激しい頭痛、高熱、鼻血、めまい、座っているのもつらいほどのだるさが襲う。M子さんは衰弱し、仕事をやめざるをえなかった。
 一家のお住まいは宮城県だ。東日本大震災で被災している。

「放射能を浴びたから、白血病にでもなったのではと思いました」

 ある日、Tさんは、偶然手にとった雑誌に眼が釘づけになった。『女性自身』2013年7月9日号の「子宮頸がんワクチンで寝たきりに」という記事。そこには、被害少女がつづった慟哭の手記が掲載されていた。
 Tさんは、震えが止まらなくなるほど驚いた。手記につづられていた症状とM子さんの症状はまったく同じだった。
 たとえばM子さんも、ワクチンを接種してから、食事をしただけで体に痛みが走るようになった。これも子宮頸がんワクチンの副作用のひとつ。あらゆる食べものにアレルギーが出るのだ。

「痛みもかゆみも、ものすごい。米、パン、めん類……すべて食べられなくなりました。いまはジャガイモを茹でて食べさせています」

 M子さんは「このまま寝たきりの一生になるのでは……」と、おびえる毎日だという。

「薬というより”毒”ですね。友人の娘さんも被害にあっています。日本でこんなことが起こるとは……。悔しくて安倍総理に手紙を書きました。でも、なしのつぶてです」

 原因が判明してから、TさんはM子さんと方々の病院を訪ね歩いた。そこで二人が直面したのは、医師たちの対応の異様さだった。ある内科では「子宮頸がんワクチンで……」と口にしたとたん医師の顔色が変わり、態度が急変した。

「顔もまともに見ず、言葉をにごすのです。そして『またこの日に来てください』といわれ、家に帰されました。きっと、その間に製薬会社に連絡したのでしょ う。再び訪ねると『私には3人の娘がいて、全員ワクチンを打っていますが、副作用もなく元気ですよ』という。違和感ばかりが募りました」

 困りはてた2人は、子宮頸がんワクチン「被害者連絡会」に相談した。

「みなさんも、お医者さんがまともに診てくれない、と悩んでいました。厚労省が裏で動いているのでしょうか? 副作用を認めると、製薬会社は賠償金を払わ なければなりませんから。57年間生きてきて、ずっとこの国は先進国だと信じてきました。でも、後進国ですよ。きれいな顔をしているけど、心はお金で腐っ た人間しかいません」

 Tさんの、やりきれなさと怒りが伝わる。

「あまりに腹が立ったので、厚労省に電話して、『あなたたちは人の命を救う仕事をしていると思っているだろうけど、人殺しの共犯者ですよ』といいまし た。”殺人省”だと。しかし、なんの返答もありません。そのとき”パチ、パチ……”と音がしたので、『録音でもしているのですか?』と尋ねました。言葉を にごしていましたが、おそらく録音して、製薬会社に聞かせていると思います。さすがに気味が悪くなって電話を切りました」

 最後に、Tさんは溜め息まじりでこうつぶやいた。

「悔しいです。まさか日本が”毒薬”を子どもたちに打つなんて、想像もしていなかったですからね……」

●”ワクチン総本山”厚労省を問いただす!

 いったいどうして、これほど恐ろしいものを認可しているのか。高橋さんご家族の思いを、厚生労働省健康局、結核感染症課に問いただした。

筆者──ワクチン被害に救済措置はないのか? 厚労省は、子宮頸がんワクチンを推奨したではないか。

  ・・・続きは本書 『効果がないどころか超有害!ワクチンの罠』 で。

 ★アマゾンで予約購入
 http://p.tl/gPVb




ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

それに対して
私がシェアして書いた記事が

(え?要らないって!)

ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

天然痘から始まったとされるらしいが、病気呼ぼう・・じゃないか・・・いや、やっぱり病気呼ぼうなんだ。本当は病気予防じゃない。
【病気呼ぼう接種】 

そこで、予防接種とは人類にとって本当に必要であったのか?
それには予防接種とかワクチンとか言われるものの、本質にたどり着かないとならない。
そのことを昭和11年に論文に書いていたものを引用している記事だが、いかんせんど素人が解説している小学生並みの作文なので・・
もちろん!分かり易いだろう(笑い

これさえ理解できれば「一切のワクチ予防接種は不必要」と解る。本当の免疫理論!?
http://www.asyura2.com/09/buta02/msg/559.html

人類は天然痘の予防接種からすでに勘違い段階に入っていた。
しかも、「天然痘撲滅宣言」を高らかに唄った楽曲は、他の作者(自然界の起こり
であって作曲者が自分たち(近代医学)だと詐称したことから、ワクチン神話は現代に至る。
その結果、「至急慧眼を要する」という課題が現代人に与えられた宿題であろう。

なんだか笑える記事だな・・我ながら(笑え

本書の内容とはまったく異なるかも知れないが、未だにワクチンが必要だと錯覚している方々にはお勧めいたします。

ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

まあ、自分の記事を引用とするのも変だなんて・・



    《意味な~いじゃん?!  BCG接種》
2000、3、12
himaari



WHO世界保健機構の“非常事態宣言”
そして、流行?に遅ればせながら、この日本国更生省からも“緊急事態宣言”と、にわかに風雲急を告げる---結核感染急増!!

この結核にかかる人が急に増加しているというので、“また聞き”垂れ流し賊のhimaariはさっそくここに飼料(エサ)を用意しました。

ところで、この結核予防に関連して、つきものとして必ずの様に結核判定と称して、ツベルクリン反応の接種を受けるようです。
そして、その反応を見てBCGという結核の予防接種をされることになるとのことですが、「ツベルクリンやBCGなどというと、私はなつかしいお子様の自分の思い出がわいて来るほど、はるか“昔”の様な気がするのですが、これが現在も行われているとは知りませんでした。

そこで、【危ない予防接種】  からの引用を用いてですが・・

(以下本文の前に ◆ を使用)

◆結核に対するBCG

ツベルクリン接種の使用法を導入したのは、結核菌による感染があるか否かを確認するのが目的である。

ドイツの細菌学者ロべルト・コッホ。
炭症病菌の研究を行い、一八七一年には創傷感染という炭症病菌の特性に関するデモンストレーションにも成功した。

そのほか彼の多くの業績の中には、結核菌の発見もあった。


この分野での彼の業績は、この菌から抽出されるツベルクリンと呼ばれる物質を取り出したことである。これは結核を治療することはできなかったけれど、感染診断用の薬剤として現在も用いられている。
すでに結核菌に感染している人(あるいは動物)の皮下に注入すると、局所発赤が生ずることが判明したためである。

(以下私の書きなぐり駄文前には   を使用)

  ここで、そういえば聞いたことのある(はるか昔のことで・・)お名前の登場です。私は大将(ふだん言葉でーーー彼氏、あの人、やつ、etc)がツベルクリ ンを発見したということを知らなかったのですが、たぶん多くの人がそんなことはどうでもいいし、偉大なる医学者がやることにいちいち疑問をはさんでいるこ とは恐らくしなかったでしょう。
それほどに医学に関しての事はだれもがそのまま信じ切っている、神聖な“教義”ですから、素人が疑問を持ち出す分野ではないと思い込んでいるのでしょう。
なにしろ、医学とは神聖にしておかすべからず宗教教義のようなものかも知れませんから、それにたてつくことということは神にたてつくようなものかも知れませんからね。


ところが、医学の現場ではこれがそうは行かなくなって来たようでして、あえてたてつくつもりもないのでしょうが、事実がそれを現しはじめているかのように医学界でも混乱がおきている様子なのです。
そんなおり、「結核の急増」という“非常事態”が世界でもこの日本でも起きてしまったのですから、医学の混乱ぶりも想像できるというものです。

◆結核とBCGワクチンについての医学的見解の混乱には、本当に驚かされる。原理的にいって、通常の環境では、子どもを対象とする試みは、まず安全であることと何らかの収穫が得られることが求められるべきなのである。
ところが、ツベルクリン反応はどう考えても、この期待にはそぐわない。
結核に対する予防接種を行う前にツベルクリン反応は行われるが、アメリカ小児科学会は、その政策声明書の中で、この方法を用いる人たちを批判した。
この声明書には、次のような言及がある。
「結核に対するスクリーニングテストは不完全である。医師は間違った陽性反応とともに、間違った陰性反応が紛れ込むかもしれないということに、気づかなければならない」これらの反応の意味するものについてもまた、異議が唱えられている。
(中略)
ところがBCGでは、一度接橦を受けたことのある子どもが陰性とみなされると無免疫状態を示すとみられ、再接種を求められる。
この「不思議の国のアリス」的な考え方も、もしこれらの矛盾に関して医師仲間の間に合意があるとすれば、受け入れられるであろう。



 これ読んで意味が分かるひとはおつむがきっと良いのではないでしょうか・・・
などと考えてしまうほど、私にはすぐにはよく理解できないのでした。
しかし、私はないおつむをようくしぼって解釈して見たのです。
きっとこういう事をいっているのではないのかな・・ということで、そうではないかはやはり、ズボンのことはズボンではきなさいということで・・・

結核でのツベルクリン反応とBCGワクチンについて予防接種は
 1、安全であること
 2、(試験も含め)効果があること
が条件になるべきものである。
ところが、ツベルクリン反応とBCGワクチンは上記の1、2の条件をクリアできていない。
・・・・という事のようです。

本文には『どう考えても・・』と書いてある様に、素人の単なる思いつき的な判断を言っているのではなさそうです。
そして、アメリカでは(日本でも同じだと思うのだが)このツベルクリン反応は結核の予防接種の前に行われるものですから、この試験反応があやふやなもので不正確なものとしたらどうなるのでしょうか。
それについて
アメリカ小児科学会は、その政策声明書の中で批判したというものですが、次のような言及があるそうです。


◆「結核に対するスクリーニングテストは不完全である。医師は間違った陽性反応とともに、間違った陰性反応が紛れ込むかもしれないということに、気づかなければならない」これらの反応の意味するものについてもまた、異議が唱えられている。
子どもがジフテリア毒素を注射してテストされるとき、陰性反応はその 干に免疫があることを示していると考えられる(すなわち以前に感染したことがあり、したがって予防接種は必要ではない)。

ところがBCGでは、一度接橦を受けたことのある子どもが陰性とみなされると無免疫状態を示すとみられ、再接種を求められる。
この「不思議の国のアリス」的な考え方も、もしこれらの矛盾に関して医師仲間の間に合意があるとすれば、受け入れられるであろう。


 ここでもちょっと分かりにくいです。
いや私が解釈することもカン違いにおちいっているかも知れませんが、ここでもないおつむをしぼって・・(あ!もう脳みそがカラカラだ!・・・エ~~イあとはカンだね!)

つまり、結核感染の試験ツベルクリン反応は不完全である。要は不正確ということ。
反応結果が「陽性」、「陰性」と出てもどちらかは信じられない。
だから、反応結果からは、その人が結核であるか結核でないか、ということは判断できないのである。
それなのに、そんな意味ない試験結果であっても、BCG接種は行われる。

さらに、興味を引くところは、
『・・これらの反応の意味するものについてもまた、異議が唱えられている。』
というところで、これも私のカンで解くと、
「ツベルクリン反応そのものが結核感染との関連性が疑わしい」
となり、ツベルクリン反応そのものが、いま流行りの言葉でいうなら「意味ないじゃ~~ん』となってしまいます。

それに、一度予防接種を受けた子供でもツベルクリン反応で結果が陰性と出る可能性があり、再度の予防接種をされることも起こり得るのです。

さらに変な話しとして、こんな矛盾したおかしな事であっても『医師仲間の間に合意があれば、まかり通る』というのですから、
それを私が例のあまのじゃく的に解釈するとこうなるのです。

「矛盾は矛盾だが、予防接種は受けないよりも受けた方が結果がよいだろう。疑わしきは“やってしまえ”ばいいさね、なにしろ予防だからねえ」
なんて思っているかどうかはちょっと分かり得ませんが・・

それに素人の方でも、理屈は何でもいいから予防接種は受けた方が安心だという感覚でしょうから、こんな“医師仲間の合意”に何の批判も起きないと思いますが、あなたはいかがでしょうか。

素人は自ら真実を知ろうとしない、玄人任せにしてしてしまう無責任者?
玄人は「真実は既に決定している」と自ら決め込み、それ以外の真実の探求をしようとしない? (くろうとになるに、だいぶ苦労を経験したので、これ以上苦労したくないんかな?)

こんな事をおもいつつ、次の文を読み進むうちにたとえあなたが素人であってもようやく疑問をいだきはじめることになりそうですが、もしそうならなかったとしたら、〇〇宗教からの脱却はほんとに難しいと思うばかりです。

そうです、それが難しいから私のようなひまあり人が手の変え品をかえ同じような駄作文ばかりを作っているのです。・・・日夜兼行で・・(ウソ)



◆だが、ロバート・メンデルスゾーン博士は次のように語っている。
「あなたの子どもはツベルクリン反応は陰性の判定だが、結核を患っているかもしれない。あるいは、結核に罹患していないだろうに、ツべルクリン反応は陽性を示して結核を患っているといわれるかもしれない。これでは多くの医師の判断を狂わせてしまうことが起こりうる」。
こうしたことの結末は、不必要なX線照射を強いたり、結核と誤診して有害な薬物療法を受けさせたりといった不都合を招くのである


メンデルスゾーン氏は、「私はツベルクリン反応陽性の裏に潜む結果は、病気の脅威よりもさらに危険であると確信している。
両親は、自分の子どもが結核患者と接触したことがあるという特別な事情がないならば、このテストを拒絶すべきであると信ずる
」と結論づけている。


 ロバート・メンデルスゾーン博士はアメリカでは良心的(利益中心主義の現代医学大勢と異なる)な名医として高名だと言われていますが、医療体制側から見れば「悪名高いとんでもない食わせ者」と見られているようです。
医学を一種の宗教教義とみれば異論を唱える異端者は非難されるのがとうぜんなのでしょうね。 (ことわざーーーー善人は、悪人からみれば“悪人”である)


◆『ランセット』誌は「今日、結核の専門家の間でさえ、ツベルクリン反応の陽性、陰性は何を意味するのかについて、不一致があることは無視できない」と書いている。

これはオスロのノルウェー医学会へ宛てたコペンハーゲン結核研究チーム主任カロル・パルマ医博の見解である。

その後の声明で彼はいう。
「ツベルクリン反応陽性は、人間の場合、結核菌の感染によらないことが非常に多いという問題について、幅広く考えるときが来た」
その処置の危険性について、ウォールグレン教授の見解について考えてみよう。
彼はスウェーデンにBCGを導入したことについて、大いに責任を負っている。彼はある程度幻滅を感じるようになり、BCG接種後の五件の激しい反応――うち四件は死亡――を調査した後で、次のように語った。

「我々は今まで、明白な危険はなかったけれども、できるだけBCGを接種するという宣伝に励まされてきた。我々はもはや、安全だという宣伝を受け入れることはできない」

彼は続けて。
「スウェーデンのような国では、BCG接種の大半が、幼少年期を通じ、予防活動をも刺激する機会はまったくなかった。

要するに、接種は不必要だったのだ」。

ウォールグレン教授のコメントに言及して、パルマー博士は、
「BCG の使用を再検討すべきだという彼の示唆は、非常に適切なときに出された。BCG集団接種は、アメリカにおける結核撲滅運動の効果には貢献していないという 見解や、スウェーデン国民に対するウオールグレン提言の、新たに確証された見解が指摘するものは、私には合理的であると思われる」と述べている。

 一部ですが、各国医学博士級の専門家がこのように指摘、BCG接種の神話を崩しはじめたのです。そのうえにBCG接種そのものの危険性まで警告しているのは、おそるべき真実が明らかにされたことになるのではないでしょうか。
おそるべき事とは、その方法は過去すでに数え切れないほどの人間に行われてしまったのですから。そして、おそらく今年もこの日本でも“不必要な”行為がきっと行われていることでしょう。
「安全」という“宣伝”に疑問をいだかずに・・・・



◆数年後、BCGについての会議がグラスゴーで開かれ、上記の事実が、市の保健医療担当官の声明書によって強調された。そこでは、
「BCGワクチンが導入されて以来、四分の一世紀が経過した。そして一億人以上の人が接種を受けたという事実にもかかわらず、予防効果の目的としての評価については、基本的な不一致がある」


 予防効果があった?予防効果が無かった?
この“評価”という調査方法が怪しいのでしょう。専門家に不一致があるというのです。
どんな方法で評価しているのでしょうか? まさか、儲かるか儲からないかで決めているんではないでしょうね。
真実はいったいどうなってるのでしょうね。
(格言--真実はその時々の権力と多数が支配する。それがたとえ無知から来た真実であっても・・himaari)


◆そして、BCG接種後の副作用は?
ハロルド・サイモン医博が、著書『弱められた感染』(一九六〇年)の中で述べたとおり、以下のように考えられる。
「もし進行性の結核が体内に実在していないときには、ある種のBCGは病気を引き起こす。
オランダの報告はBCG接橦の結果、非常に多くの幼児が、リンパ節炎、フリクテン性結膜炎、さらに癌の悪化を招いたことを示している。
この方法を用いた医師間の意見の不一致と、有効性と危険性に関して公表された見解とは共に、BCG接種は非常に好ましくない方法であることを表しているのである




 わが家にある「家庭の医学」をのぞいたら、BCGは無害であるかの様に書いてありました。
1960年という時期に玄人から警告されていたのに、その後、40年も経とうとしている今、大将の警告は長い期間無視され続けて来たのでしょうか。
そして、こん後もそうなのでしょうか。

「結核の予防」という大義名分の陰に、BCG接種後の安全神話はもろくも崩れ去ろうとしている。数十年前には結核は克服出来ると声高らかに宣言していた現代医学は、21世紀を目前にして、急展開せざるをえない事態と迎えようとしている。
その兆しがWHOの結核非常事態宣言 であり、日本の厚生省の結核緊急事態宣言である。 クライシス現代医療---20世紀の清算---新しい医療、21世紀の癒しの時代を前に破壊と創造の事態が始まろうとしている・・
(NHKのまねはやめて!)


玄人であってもまったく意見の違いをみる世界では、何が真実であり何が嘘なのか素人が見極めることは非常に困難です。
だからといって、自分や子供の生命と健康を他人まかせにしていたんでは、きづいた時にはもう遅いのかも知れません。


私のようなドしろうとはこんな結論を出しました。
たいせつな体内環境汚すなら 身の破滅をまねくぞ 
飲む打つ買う(--薬のこと)前にそれをもっと見つめよ。アバタもアルヨ
ではそんなことで詳しくは以下の参考書からどうぞ
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すべての親が知るべきこと
【 危 な い ぞ 予 防 接 種 】  イギリスからのメッセージ
  レオン・チャイトー著   毛利子来監修  藤井俊介訳
社団法人 農山漁村文化協会発行  1992年9月30日 初版           2,200円
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医学異論『結核の解剖』もあるでよ! 病気とは? 真の医学とは?
ホームページもよろしく http://member.nifty.ne.jp/himaari/


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これも古い贈

 《臓器移植後の真実より》
1999、7、18  himaari

医師会がマスコミを通して臓器移植がさも“必要不可欠な治療手段”かの様な宣伝(洗脳報道か?)が盛んに行われています。しかし、これは21世紀になっても変わらない永遠の真実なのでしょうか?

このことがいつもの言い訳で出される様に、『あの当時はそれが現代医学の最先端の最高の治療法であった。ゆえにそれが今(21世紀)になって間違いだったと気づいても仕方がなかったのだ。それに悪意でやっていた訳でもなくその当時の最高の治療法を誠意をもって尽くしたのであるから、それも医学の発達の過程においてやむを得なかったのだ。」ようなことで済まされてしまったとしたら、その最高?の治療法によって何年後かに真実を知った患者さんはどう思うのでしょうか。
最近の薬害エイズをはじめ、過去にはいくらでもこの論理で泣かされて来たのは、罪のない患者でした。
(罪などとというと変だが、異なる情報を素人しない知ろう人は、他人まかせにした責任があるのだナ・・ひとごとではないガ・・)



絶対の権威ある現代医学の“大本営発表”が、いつかは覆されるという事実がいかに多いことでしょう。
それには過去の宣伝報道記事を読んでみて、数年後の結果を見たとしたら、一目瞭然と言えるようなものです。


最近でも、『早期発見早期治療』のスローガンの元に、長年行われ続けて来た癌検診によってどれだけ癌患者が減って、どれだけ癌死亡者が減ったんでしょうか。
事実は、結果として、日本人の癌死亡者は四人に一人の時代から三人に一人の時代に入りました。どうでしょうか?
癌検診のすすめという大本営の宣伝効果がこの様に事実として現れ、現場の一部の医師からも癌検診の空しさ=ナンセンスという指摘される著書が出され、それを必死で否定しようとするお抱え〇〇さん達の反論も多く出されています。
私たちはどちらを信じるのでしょうか。

さらに、阪大外科講師が過去十八年間の胃ガンの患者844人を追跡調査した結果、手術後抗ガン剤を使った患者と、抗ガン剤を使わなかった患者を比較すると、抗ガン剤を投与した患者さんの方が二倍の確率で新しい癌が発生したことが、新聞記事に出たそうです。
この様に、私たちが聞かされ続けて来た情報と、結果としての事実がいかに食い違っていたことに気が付くのです。誰でもちょっと探そうとすれば、そんな反体制的的情報はあふれているのです。

ところが、一般人である私たちは一体どちらの情報を信じたら良いのか迷いに迷い、結局は、多くの方たちは大勢を支配する大本営側の情報を取り入れてしまうようですが・・・

しかし、いつまでもあいかわらず大本営発表ばかりを鵜呑みにすることはちょっと休んで、いちおうは、大勢側にとっては迷惑至極ともいえる“敵国側”情報にも耳をかそうかという、“非国民”型人間もこのごろは増加しているようですので、頼もしい限りのひのもと国ビトかななどと内心喜んでいるのであります。



ただし、いつになったら、その真実に気づく人が大半を越すのかどうかは、私にもさっぱり分かりません。
それほど、“キョウイク”は徹底され続けて来たようですし、いまだにマスコミをはじめ、大本営側の情報だけを大々的に取り入れ広報する体制が有る限り、その“気づき”はだいぶ遅れるのではないかと少々不安になります。
(わたしたちの日常生活で絶対な常識となって、染み込んでいるから)


本土大空襲が起きて大打撃を受けても、いまだに不敗大日本帝国の勝利を信じて疑わなかった国民の子孫のひとりとして、この私めもなにかいやな予感?を覚えるのであります。
その目覚めのための“ピカドン”など再び体験しなくて済むためにも、今こそ非国民側とも言える少数異見に耳を傾ける必要があるのではないでしょうか。
そして、それに同意できるなら、自らもその情報発信側となって欲しいものです。
それこそ、少数者が出来る唯一の自己防衛になるからです。
自分を守るには黙していては出来ません。その意思表示をしておくことがきっと後になって生きて来ます。


私はそのためにいろんな情報をのぞく好奇心あふれるノゾキ屋さんですが、「これこれが絶対です」という信念や情報にはちょっと気をつけなければと思いはじめています。
最高は有限のストップの状態だからかな?

その点では自分自身で取捨選択をするという自主性が大切だと思っています。
そのために、『じゃあ、どうすればいいんだ』という疑問にはあまり役立てないのかもしれませんが・・・


いつものどうでもイイ前書きは終わり、本題の臓器移植について専門家の情報を載せてみました。詳しいことは本書で味わいください。


【クスリで病気は治らない】(医学博士)丹羽靭負ユキエ著/
             《E、臓器移植の問題点》より
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
・・・
彼女は(母子血液型不適合妊娠者)は、地元の医大と、著者の紹介した大学病院で受診した結果、地元の医大は彼女の願望に希望的な答えを、著者の母校は否定的な答えを出しました。
ここで、皆さん、複数のお医者さんにかかる時の患者さんの心理を申し上げますと、二つの異なった答えが出されると、患者さんは必ずといってよいほど、自分に都合のよい診断をして下さるお医者さんの方を選びます。
例えば、A医院で"胃癌、といわれ、B病院で"胃潰瘍"の診断を受けて両方で手術をすすめられると、必ずB病院で手術を受けます。、この女性もご多分にもれず、地元の医大を選び、出産することに決めました。

著者は再三出産を諦めて思いとどまるよう説得しましたが、無益でした。そして出産が九カ月くらいの後行われ、無事未熟児を出産しました。地元の新聞は、一面トップで大々的にこの地元の大学の偉業をたたえ、教授が子供の名付け親になることも報じました。それから、二、三カ月後に、新聞の最下段の片隅に二、三行小さい記事で、その赤ちゃんの死亡記事が出ました。
このお母さんは、著者の申した通り、妊娠中、免疫抑制剤という名のもとに、大量の坑癌剤と副腎皮質ホルモン(ステロイド)を投与され、母体と胎児に対する正常な拒絶反応を抑え続けてきたのです。。また、このお母さんの血液を、赤ちゃんと同じ血液型にするために輸血を操り返したのです、そのため、お母さんは血清肝炎になり、不治の病を一生背負い治療を続けており、一方、赤ちゃんは、母体内で受けたクスリの影響で当然正常な細胞が叩かれ、出産後も正常な細胞の働きが出来ず死亡してしまったのです。
この女性に残されたものは何だったのでしようか。数カ月見させてもらった"虚しい真夏の夜の夢"と、今後長年にわたって患わねばならない"血清肝炎"だけだったのです。
和田教授の心臓移植も、この女性の出産にしても、心臓移植に成功する、また血液型不適合の赤ん坊を出産までもっていく医学の技術の優れたことと、その子が元気に生きて行けるかどうか、ということは別なのです。
自然の法則に逆らった臓器移植(母子血液型不適合を無事に生かすのも臓器移植の一種です)を克服するほど、医学は発達していないのです。
医学は決して万能でないということを皆さんに、この項を借りて、よく理解して頂きたいのです。

最近の医学の発達は、組織適合性検査の進歩・臓器バンクの充実などで、当時よりはるかにこの拒絶反応は軽くなりましたが、一卵性双生児ならばともかく、その他の臓器提供者によるものを使えば、やはり移植手術後は大量の副腎皮質ホルモン剤と免疫抑制剤の名のもとに、抗癌剤を使用していますし、移植後生存している人は生気のない土色の顔色をして、この世の人とは思えない顔貌で、健康な日常生活は望めないのです。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


以上の一部抜粋から、臓器移植をした後の専門家からの指摘は事実を良くついていると思います。
ここで著者の主張は、『絶対に臓器移植はするなと言っているのではない』のですが、『一般の方はたとえ危険をおかし、多額(何千万単位のお金)の経済的負担をかけても臓器移植は必要な手段であって、移植後は健康人と同じように健康で長生き出来ると思い込んでいる』のだと書いてあります。

しかし、そのことは『誤りであり、決してそうではないという事実』を誇張なく書いてあると思います。

それよりも、かえって誇張ある表現をしているのは、『臓器移植推進をしている側』にあると思うのです。

それとともに、何も知らない素人(患者)にとっては、「いつも自分にとって都合の良い、甘い玉虫色の情報の方を取捨選択してしまう」ことをうまく指摘していると思います。
これは患者側にある人にとっては耳の痛い言葉でしょうが、うまく真実をついていると思います。




「人は人に相談するとき、自分に都合の良い答えを出してくれる人に相談したがる」と言いますが、なんてことはない!自分ではすでに答えを出しているのを他人の口で代弁してもらっているのかな?  だから、何もしらない素人ではなく、真実を知ろうとしない素人という、なんだかわけのわからない・・

こういう事かな?
自分ではすでに意志決定をしている。だからそれに反する知恵(情報)を与える人には会わない、会いたくない。ちょっとでも自分の答え(すでに意志決定しているから)に合わないことには耳を傾けないし、忌み嫌う。
しかし、自分で答えを決めたという自覚がないから、後でその結果が自分に都合の悪い場合はつい他人のせいにしたくなる。 ウ~~ン、アセガデル。



え~~とどこまでいったかな

これは、診療側は薬の主作用ばかりを主に説明して、反面恐ろしい副作用の方をほとんど知らさない(知らせても不十分)で来た結果、多くの被害者を出し、ほどんど勝ち目の少ない医療(薬害)事故裁判を起こさずにいられない悲しみと憤りの患者さんがたが過去にも現在にも溢れているのが現実です。

そんなとき、後になってから「なぜ知らせてくれなかった」という怒りをぶつける相手は、「一方的情報だけに身を任せて来た自分自身」にもあるのだということを忘れてはならないと思います。

そして、
いくら裁判で勝訴して国から保証金を勝ち取ったとしても、そのお金は国民のものであり、自らの税金も含まれているものです。それにお金ではけっして代えられないほど大切な生命と健康なのです。


やり場の無い怒りを裁判という形でしかぶつけられない気持ちも分かります。
しかし、いつも“行う側”だけが悪いような気がするからなのでしょうが、その隠れた原因のひとつに、「情報」をご自分に都合の良い方だけを受け入れて、都合の悪い方を無意識的に排除してしまう“受ける側”の責任もあると思います。


新聞などの報道にしても、あくまで「成功」の方は大々的に発表し、「失敗」の方は細々としか知らせないというのが現実ですから、発表するのは「勝ち戦」のみ(それも誇大広告的)、「負け戦」は国民に知らせず・・・という、どこの国でも日常的に行われている(現在でも)大本営?のやり方によく似かよっているかの様です。


私自身の考えは、自然の摂理に逆行する臓器移植も、その為に行われている脳死にも反対です。
しかし、それを行う側、受ける側の人の意志を強制的に阻止することは出来ません。彼らにも選択の自由があるからです。


そこで、皆さんは、下記のように、この本の著者が書かれているように、双方の情報から選択をしていくのがベタ~~~かな


『臓器移植は自然に反するものですから、他人の臓器は生着しないのが生理的で正しい生態防衛であり、自然の法則です。』
から、
『現代医学は自然の法則を乗り越えられるほど万能ではなく、また決してバラ色ではない・・』
ことを認識して、
『もう少し賢くなられて、最新の医療に飛びつく前に、こういう複雑な医学の現実、実態をよく把握理解してから賢明な選択をなさるようにして下さい』

と結んでいますが、私は、まったくその通りだと思います。


そうした後でご自分の決定をされたのなら、あえてそれを止める気もしませんが、贈器者本人もその家族もそれを“決める”ときは、ヤハリ胸に手を当ててからの方がドナーなのかと、よけいな心配を書いてみました。


推進者側にとってはえらい迷惑な話でしたでしょうが、こんな異論でも医学が将来に禍根を残さないためにも異論を押さえ付けてはならないと思います。

ものごとを問答無用的に押し付け、論じることなど馬鹿馬鹿しく必要でない、という方法でむりやり臓器移植をすすめているのではと感じています。
(それはおそらく事実でしょう)

そして、それには必ず(活きている)新鮮な臓器が必要となります。
生きている人間を死んでいるかの様に“脳死”というヘンチクリンなコトバをつくりあげ、これをむりやり押し付けられたんでは、オチオチ昼寝もしていられない世の中になってしまいますからね。


最後にもういちど、著者のお言葉をお借りして

もう少しカシコクなられて・・・・・ケンメイな選択を・・・




参考文献
【クスリで病気は治らない】(医学博士)丹羽靭負ユキエ著/(株)みゆき書房/1300円
化学界の世界的権威、丹羽博士が化学薬品の致命的欠陥を訴え、真の健康のあり方を説く
【脳死は、死ではない。】梅原 猛編/思文閣出版/1600円
【生命をもてあそぶ現代の医療】現代社会を考える会・山口研一郎/社会評論社/2200円
ノロウイルスにでも感染したのかい?
ムラムラしたって・・・?  なんのこと?   欲望でも高まったのかい・・??

考えるな感じるんだ!

あ・あああああ~~


勘違いしたまましんでゆけ~~(友が私によく言うセリフ)

まあ、ムラムラも喜びの波動だったらよいのですが
どうも、異茶悶好きなため、低い波動の方が反応したようです



まあ、カンチガイはこちらなのかも知れないが(笑
そっちの方がカンチガイ医学だと信じて疑わないワタシ

で、あちらのブログに書いたのものを
こちらに転売 (これをせどりというらしい?)

なんだか微妙な題名ですが。

いつも使っている「ニッポン!アチャチャ~」(特許申請中)

いや、実用新案で申請しようかな?
よかったら、どちらがよいかコメントください。


・・・・・・

だれも無視しがちな、ニッポン!アチャチャ~について考える・・・

じゃないか、日本とニホンとニッポンについてある筋からの情報。
そのまえに、「ネクタイとタオルを検証する」なんてね。

どちらも首に巻くモノでしょ。
さて、どちらに正当性があるか?
もちろん、わたしはれっきとしたヨイショあるタオル派ですよ。

だって、ネクタイで(^_^;(あせ)拭ける?
寒いときに首に巻いて暖房取れる?

ニホン人ならタオルか手ぬぐいですよ。
ニッポン人ならまあ、ネクタイでもいいですが。

と、今日はかなり奥深い話に入りますので要注意。

ここから
ーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

さて、「 ロスト・シンボル 」の冒頭あたりで、主人公ラングトンが次のような発言をします。

  ネクタイは首吊り紐である。

この発言は昔から僕もよくしていたので、思わず笑ってしまった。

ネクタイの歴史 ・・・・ ヨーロッパにおけるタイの歴史を概観するなら、ネクタイは最近になって登場した簡易版。 しかもサーヴァントとしての 「 制服 」として捉えることが出来る。 王や国家や企業に仕えるサーヴァント( 召使:奴隷 )の象徴共云えるもの。
従って、奴隷として嫌々ながら何かの行事に参加する時にしか僕は身に付けることがない。 スーツなるものもまた、奴隷の 「 制服 」に他ならない。

しかし、ネクタイはとりあえずの社会的な慣習としての身だしなみとしてまだ許せるものとしても、頂けないのは、ランチ時にビルから吐き出される、制服族が囚人カードを首からぶら下げてレストランや狂牛丼屋や狂牛バーガー屋に列を成す光景だ。

  私は囚人 = 奴隷です。

と、公言してるような無様なニッポン人の現代風景。


自分の頭で考える自由と、人間としての尊厳を取り戻したにほん人に立ち返っては如何でしょうか?


TITLE:
DATE:2014年1月25日(土)
URL:http://nueq.exblog.jp/21821717/

ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

ボクも前からずっと感じていたんですが、あの首を絞めるネクタイはまさに奴隷の象徴だったんですね。

ほんと嫌ですよあれって。


最近は2年に一回もすればいいかな?
お葬式の時にした・・・か。
久しぶりにやると結び方忘れたりして・・・

でも、あれって以外と差キットするんですよね。
奴隷意識に目覚めるんでしょうかね(苦笑


しかし、毎日だなんてぞっとするね。

どうせするなら、ボクならタオルですよ。タオル!
年中ではないですが、ほとんど仕事の時には首に巻いて働いているのでかっこよいですよ(笑
なんたって、土木作業員が日常でしたから、いまでもなかなか手放せない必須のアイテムなんです。
(アイテムの意味も知らないけど)


 

それともうひとつは最近みかける、あのクビから掛けている名札だかなんだかしらないけど、あれって自分が誰それであると言う証明のツモリなんでしょうか?


それだけ、この社会では誰もが信用できなくなってきた為なんでしょうかねえ?
それとも、商品名かかげてないと売れないモノなんでしょうか?


あれをみるといつも嗤いが・・・

まあ、奴隷社会にどっぷり浸かってしまうと不思議ともなんとも思わなくなるんでしょうねえ。

あの名札が「囚人カード」とすれば、もうこの国はニッポン!アチャチャ~♪が笑えなくなってきましたね。

悲壮な顔をして、

ア、ソレ~~  ニッポン!アチャチャ~、

ニッポン!アチャチャ~ 

ア、ソレ~~♪

 

 

とクビにタオルを巻いてみんなで唄いましょ。

あ、それ~~~


(手ぬぐいの方が本来の和式かな?でも、汗かくときと寒いときはやっぱ、タオルがよし) ←そんなのどうでもいい


 

ところで、この「ニッポン」も西洋被れから産まれたそうなんですよ。
日本は「ニホン」なんだそうです。

え? オマエの日本語の方が可笑しい?
そんなこと言う資格無いって?

まあね・・
にほん、あちゃちゃ~~♪

 

その日本とニッポンについてもこうありました。

ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

 

「 ニッポン 」は、サッカーやオリンピックの応援の際に、「 ニッポン、チャチャチャッ! 」と、勢いを感じさせるので良いが、古来の日本語には破裂音や濁音は存在しないので、「 にほん 」が正当である。 との日本伝統文化の大御所からの意見もある。

株式会社:日本銀行が発行している、やはり売国奴の福沢諭吉をプリントした一万円の社債( つまり 「 お金 」 では、実は、ない。) にも、フルベッキの指導の下に始まった日本郵便事業の切手にも「 NIPPON 」と印刷されていますが、どちらも売国奴によるプリントであるならば、それが 「 連中 」 にとっては、正当であると云えます。

1984年から始まった60年期の折り返しの年:甲午2014年、我々正当なる にほん人 は、明治簒奪ニッポン政府をブッ潰して、正当なる「 にほん政府 」を樹立する作業をそろそろスタートしなければなりません。
合言葉は、「 バサラ! 」
イエズス会をブッ飛ばした織田信長へのセットバックです。

   ザビエル ~ 黒船 ~ TPP
   http://nueq.exblog.jp/20399943/

   ※ イエズス会
     昨年バチカンを占領し、世界中で暗躍するコーカソイド・ユダヤの戦闘部隊
     世界権力構造とスノーデン亡命のウラ舞台
     http://nueq.exblog.jp/20711800/
     の図を参照。

ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

いつもテレビを見ていて、「 ニッポン、チャチャチャッ! 」の大合唱をを聴くと

もうなんだか笑えて。

ニッポン!アチャチャ~  ニッポン!アチャチャ~ に聞こえるんですよ(笑


え?蛙の合唱だと思って聴いておけ、いちいち気にするな?

だそうです、はい。



変集幸喜

ボクは昔道路のゴミ拾いをやらされた事があるんですよ。
(まあ、やらされたと言うより、それが仕事としてお給料もらっていたからね、7000~8000円日当給)

そのとき、道路だから危険防止に赤いチャンチャンコを着せられてね。
そのとき思ったのですよ。

「こりゃ、後ろにヒモ付けてもらえば猿回しの猿じゃな・・」と。

だから、ニッポンの会社さんでもネクタイや奴隷カードと一緒に、赤いチャンチャンコとベルトからヒモをぶら下げてやると、いっそうハクがつくんじゃないかな?などと・・・

まあ、道路での缶拾いやら、側溝のどぶの泥をあげていた頃が案外なつかしくおもうきょうこのごろでした。

ひまだねえ・・・

 

しかし、いろいろやったなあ・・こんど思い出しながら全部書き出してみよう・・・・っと。

 

 

つい気


紙幣には NIPPON 」とあるので

やっぱり、どんどん呼び寄せるには

とりあえず・・・

ボクもニッポン派に転向しようかな・・


ア、ソレ~、ニッポン!コッチャコイ!チャチャ~♪




あちらでは高視聴率なので、こちらにもご紹介

医者に依存するほど自分本来の治癒力は阻害される(セスが語る人間の本質)

↑ ↑

音声読み上げあり

 

これこそ問いを発していた私に
答が返ってきた情報だった。  感謝!

アチラの世界からセスが語る
現代医療(西洋医学)と患者の意識との関係

人はなぜ病気をするか
岡田茂吉の医学論とセスの病気と精神の関係を合わせて読むと
人類の病気の意味がよく分かる。

宗教の言うような罪でもないし、医学の言うような悪でも無い。

本来の自分に回帰するために自然が与える気づきなのでは?

 

ところが、現代唯物科学を土台にして成り立った現代医学は、身体の調整機能を阻止してきた。それが医療の本質。


そして、それは患者の求める方向性が創造したものだから、患者の意識が変わらないと医療も変わらない。

そして、自らが創った蟻地獄にはまり込んで苦しむのだ。
それは根本から解決出来ないで次々と連鎖反応が引き起こされ、悪化して行く。


患者が変われば医療も変わる。

主体は患者=私(あなた)なのだ。





医者に依存するほど自分本来の治癒力は阻害される



ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

zeraniumのブログ








   医者に依存するほど自分本来の治癒力は阻害される

   繰り返しますが、あなた方の想念という思考は現実そのものです。
    それらはあなたの身体に直接作用を及ぼします。あなた方にとって病人を入院させて治療するというシステムは、高度に文明化されたものと見えていること でしょう。そのようにしてあなた方の社会は、ネガティブな病気の観念でいっぱいの人々を隔離します。しかしそこで実は何が起きているかというと、そのよう にして隔離された人々の間で観念の感染が広がるのです。患者は病気だから病院にいるのが当然とされ、病人も医者もその原理に基づいて行動します。

    現在のあなた方の社会は出産する女性であっても、彼女たちは病人としての扱いを受けるようにそういった環境に置かれます。あなた方はそれをとても人道 的なことと考えているかもしれませんが、そのシステムでは、出産は健康の結果ではなく病気の結果であるかのように「あえて」システム全体が構成されている のです。

そのシステムでは、健康に結びつくような刺激は「巧みに」遮断されています。病人は一箇所に集められ、通常の自然な環境をことごとく奪われます。 時間をかければ、それだけで健康を回復し得るはずの、自然な動機づけの機会さえも与えられません。

    このような隔離システムは、どれ だけ病人への援助が意図されていたとしても十分に不幸なものであり、そのうえきちんと理解されないままに薬剤が使われます。また身内の人々が病人を見舞う ことができるのは一定の時間内に限られ、もっとも身近な愛する人々が病気の回復を願って自然に前向きな行為をしようとすると、効率的に阻まれるのです。


   病気の治療とはいえ、病人は監禁されます。
    つまり彼らは自分の容態にひたすら注目するように強いられるのです。こういったことのすべては、たとえば超満員電車のように人間性を奪うだけでなく、 人間のプライバシーを否定し、尊厳を踏みにじるのです。病人は無力感を抱かせられ、医者や看護士の為すがままです。医者や看護士たちには、ていねいに接し たり、患者に理解できる言葉で病状を説明したりする時間もエネルギーも十分にはありません。そのために患者は自分自身の力の感覚を失い、自分自身を他人に 丸投げして依存せざるを得なくなり、より一層惨めさを深くします。これにより、本来その病気を引き起こすことになった無力感が、さらに強められることにな ります。

   しかもそれだけでなく、太陽の光や自然の空気、土といった自然界の要素からも遠ざけられることになり、その慣れ親しんだ 安 定感を取り上げられてしまうのです。しかしあなた方の一連の観念によると、深刻な病状では多かれ少なかれ病院に行かなければならないでしょう。私は医者や 看護士たちが治療に最善を尽くしていないと言っているわけではなく、きっと治るでしょう。しかしそれは、その医療システムによって治るのではなくて、その 医療システムにも「かかわらず」、治るのです。

   多くの場合、患者に対する医者の観念がその患者を元気づけ、それが患者自身の観念を呼び起こします。そして医者に対する患者の信頼が医療の効果を高め、「そのゆえに」
患者は自分の回復を心から信じられるようになるのです。しかしその一方で、あなた方人類も動物たちと同じように本来備わっている、自然治癒のプロセスというものがあるのです。

   病気というものは、普通あなた方が直面していない問題を表しています。
    それはあなたを、さらに大きな到達や実現へと至るための学びが、病気という形をとって現れたものなのです。



本来、身体と心はともに働くことで、非常に 効果的にお互いを癒しており、ほとんどの場合うまくいっています。つまり身体組織それ自体が健康の観念を持っており、それがあなた方が無意識と呼ぶ部分な のです。


  あなたは、あなたの環境の一部であり、あなたが環境を形成しています。
    そしてあなたと、あなたの環境をつ くっているエネルギーは、あなたを取り巻く物質世界と結びつくことから生き生きと湧き出しているのです。太陽の明るさがあなたにほほ笑みを呼び起こし、ほ ほ笑みは楽しい気分と記憶を呼び覚まし、神経系を活気づけ、ホルモンの働きを促します。それが、生命の性質をあなたに思い出させるのです。



    古代から伝えられる方法によって、昔の治療医は自然環境の中においてその素晴らしい癒しの力を用い、実際的でありながら自然の力を創造的に使いこなす ことができたのです。


しかし現代のあなた方の病院では、患者は自然な環境から遠ざけられ、生命の持つ心地よさというものを感じさせられることがなく、感情 的な交流もあまり見られません。

しばしば老人病棟の閉塞空間から逃げ出そうとする高齢者は、彼らを幽閉した身内や社会よりも卓越した精神的健全さを持って おり、そのゆえにそれを自身のやり方で表明しているのです。


    彼らは自由の必要性を直感的に悟っており、地球という自然との親しい交 わりを奪われていることを知っているのです。寝たきりの人でなければ、みんなが自由に身体を動かせて散歩ができるように、広々とした土地にある小さな病院 の方がどんなにかよいでしょう。しかし今のあなた方の医療システムでは、よほど裕福な人でなければそのような環境を手に入れるのは難しそうです。

   多くの動物たちは、病気になると休息のために群れを離れます。
    そして自分の健康に必要な自然を訪ね歩き、薬草を探したり、しばしば川べりの汚泥や粘土に横たわったりします。同じ種である仲間たちに助けられること もよくありますが、それでも自由でいられるのです。

も し仲間から攻撃されて死ぬようなことがあったとしても、それは彼らにとって残酷な行為ではなく、もは や身体を動かすことができなくなったときの彼らの了解事項であり、激しい苦しみなしに身体を離れることができます。それはまったくの安楽死とも呼べるもの で、彼ら「患者」は黙って従うのです。



   しかし現在のあなた方の社会では、こうした自然な死に方は一番難しく、受け入れられないもの であるはずです。


なぜならあなた方の世界を支配する権力構造にとって、その死に方はまったく奨励されないものであるからです。


しかし実際には本人が死を決 めているならば、どんな医療の専門家であっても救うことはできません。


その人のより深いレベルでの正常な生存欲求が、肉体を離れることを促すからです。


その時が来ると、本人はそれを悟り、大いなる生命力に目覚めた魂は、傷んだ身体に収容されていることをもはや望まないのです。



   しかし ここで、魂と肉体が自然に分かれようとするとき、あなた方の医者たちはあらゆる技術を駆使して手を尽くし、力ずくでその人を肉体の中に押し留めようとしま す。


魂には自らの死の準備のための自然なメカニズムの動きが備わっており、身体的にもそれを容易にさせるように化学物質が分泌されて作用します。

つまりわ かりやすく言うと、魂は急な加速の衝撃を起こして、自らを速やかに身体の外へと弾き出そうとするのです。


しかしながらその時用いられる薬剤の使用は、一方 的にその動きを阻止してしまうのです。

ある種の薬物の使用は助けになることがありますが、多くの場合、病院で投与される薬剤は単に意識を麻痺させるだけで あり、むしろ身体自身が備える移行のプロセスを阻害してしまうのです。



   あなた方は「無力感」が強くなればなるほど、自らを癒す自己 治癒の能力が使えなくなっていきます。


そうなるとあなた方はそれを外に求め、医者や治療者など外部の力に投影するようになります。


しかしたとえそこで、あ なたの医者に対する信頼の観念が効いて症状が治って身体が楽になったとしても、あなたの自分自身に対する無力と不信感の観念はさらに深く侵害される可能性 があります。


   つまり病の原因になっている自分の問題に対処して、有効な努力をすることがなければ、症状はまた別の形で現れることに なり、こうして同じプロセスが繰り返されることになるのです。



そして相変わらず内ではなく外へ向かい、医療全般への信頼感を持ち続け、あちこちの医者を 次々と渡り歩くということになるでしょう。




   身体には身体としての統合性があり、たいていの病気は単にバランスが崩れたことを知らせ る合図にすぎません。



つまりあなたが自分自身に耳を傾け、それに従って内側を調整すべきだという身体からのメッセージなのです。



しかしこうした調整が常に 外部から、たとえば薬剤投与という形でなされてしまうと、身体に本来備わっている統合性が崩れることになり、身体と心との深い結びつきが乱されることにな ります。


しかもその上、身体が本来持つ自然治癒力が鈍くなります。




   そうなると、本来なら身体内部の刺激によってはじめて引き起こさ れるはずの治療への誘引が、「外的な」手段によって活性化されてしまうことになります。


そして、あなたの信頼はますます外部の何かに転移され、投影される のです。


これは一般的に、自己探求に必要な「内なる対話」ができなくなることを意味しており、本来なら自然に生じる自からの治癒の力が、外部の人々への依 存という観念によってもたらされることになります。

しかしそれも、そんなに長くは続きません。




   今話しているのは、主に西洋文明の西洋医学に関してです。



    しかしそうではない他のいくつかの文明では、特にあなた方にとっての過去の文明では、治療医はすべての人々の受け入れている自然という背景の中で癒し を行いました。


自分ではすぐに治療「できない」と思う患者に「代わって」治療医が自然の力を導き入れ、病む人をその人自身の本来の源へと引き戻し、人間が 本来持つ埋もれている力の感覚を呼び起こしたのです。


力と行動の感覚、これこそが身体的な生命の根源なのです。

無力だと感じる時、あなたが自分をそう見な す時、あなたの中の何かが死ぬのです。


         セス・ブック
      book 「個人的現実の本質」 ジェーン・ロバーツ著 ロバート・F・バッツ記録
                      ナチュラルスピリット

                          抜粋

投稿者 zeranium 日付 2013年3月 6日 (水)
ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー




深く読んで気づく文でした。

深く感謝  

 

医者=他者としても。

自分の内なる力を強く信じることが一番長生きでき、一番健康を維持できるのかも知れませんね。あとは自然に任せることを主体とした援助的治療法は各種あるのでしょうが。

リヤカーを引くのは私だ。あとのものは助っ人だ。

こういう思考で自分にあった治療法を利用するのだと思います。

 

 

 

 

自然死を目指すと自然に生きられる?

自然死について中村仁一先生は

 

たね蒔きジャーナル「"穏やかな死"を邪魔する医療の内幕」

中村仁一氏 大往生したければ、医療とかかわるな

大往生したけりゃ、医療とかかわるな 中村仁一先生と船瀬俊介対談

「医者に命を預けるな」を読んだ

中村仁一先生講演会 『自然死のすすめ』



なんだか題名がねえ~~~

それはさておいて、
アトピーから連想した文がトンデモナイことに(笑い

ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

【湿布】
これは、皮膚による呼吸を閉止します。
または薬毒を皮膚細胞から内側に浸透させ、その部面の浄化停止を行うのです。

その結果、一時的にでも苦痛は軽減します。

しかし、その方法では薬毒の残存が種々の悪影響を及ぼすします。







【膏薬、塗布薬】
いろいろな発疹(腫れ物)とは、身体の外に毒素を出そうとする過程であります。
それを膏薬、湿布薬で押しとどめるわけです。
外に出るべき要らないものを、再び内側に引っ込めようとするのです。

その結果として、毒素は内側に向かいますから、皮膚上の発信は収まります。
しかし、時を経て再び外に出そうと人体の力(生命力)が働き、発疹(腫れ物)となるわけです。

そこで、再び抑えつける医療(本当は医療とは言えないが)が施されるのです。
だが、それを繰り返しているうちに、薬という毒性物質が加えられその排毒作用として発疹は重度になってゆくのです。

アトピー治療で収まらない発疹が増えている事は、間違った治療法をしているからです。
全部をいちどに出してしまえばよいのでしょうが、それも人によっては大量の毒素保有者もありますから、小出しにして出そうとする方が楽です。
それはすべて身体の方が計算してやってくれるのですから、お任せするしか無いのです。

ただ、その毒出しとしての発疹があまりにもひどい状態で、見ている方もつらいわけです。
それで、医療を受けるのですが、それで一時的に収まったりしますから、そこで、「やっぱり薬が効く」と思うのです。

ところがそれで収まってくれれば、たとえ一時的抑圧手段としても医療の価値はあるのですが、そうならない。
再び毒出し作用が始まるのです。
もともと人体は不要なものを外に排泄するという機能が太古から備わっているのですから、現代人も古代人も変わりないのです。

そこで、以前抑圧した反動と皮膚から浸透した薬毒も加えられて、さらにひどい症状として出てくるのです。
医療はそれをまた抑圧する。つまり外へ出るべきものを内側に抑え込む。

人体の方が出そうとする。医療の方は出さないようにする。
この繰り返しをやっているうちに、ついには難治性の症状としていつまでも苦しむことになります。

これは借金の法則でみれば納得できるでしょう。
借りたお金を返すのはしんどいのですが、それを嫌ってまた借りる。
その繰り返しで自己破産にまで行き着くひともいるのですが、人体の借金とは毒素の保有ということです。
体内にどれだけ保有しているかは、万人居れば万人異なるわけで、だれも知る事は出来ません。

ただ、身体の方が知っているのですから、いつ何時にその排泄作用(浄化)が起こるかは、自分(自我)の都合ではありません。
ただ分かるのはその時に顕れる症状で納得するしか無いのです。
その浄化の過程があまりにも苦しいひどい状況であったら、それだけの条件が体内にあったのだと覚るしか無いのです。
出てくる症状は既に結果なのですから、その結果を押し戻そうとしても無理なのです。
あえてするならば、その身体が行う浄化作用に絶対に逆らわないことと、それに沿った様な身の施し方をするしかないのです。

現代医療が病気とは浄化作用という自然の法則に逆らった「対象(対症)療法」を進歩させてきたのですが、結果を相手にして原因を無視しているのですから、ついには借金の法則でみれば自己破産が間近いということになります。

その先駆けというか、病気の第一歩のような感冒(インフルエンザも同じ)を怖れるのも、その浄化停止という方法が自然界には通用しなくなってきたからなのです。

人間の病気の基本中の基本である感冒の原理原則は自然界の掟のようなものだとすれば、その掟に逆らう対症療法はいずれ破綻の末路を迎えることでしょう。

風邪を止めていると、万病が発生する・・・桶屋が儲かればの噺ではなく、人体の機能としての行き着く先なのです。

あらゆる万病は体内を護るために起こる反応、浄化作用とすれば、究極はガン細胞によって表現されているのでしょう。
自分を愛するということは簡単のようで難しいのです。

それは身体の反応すべてを受け入れるという事でもあります。心だけでなく、身体の方も愛するとなると、なかなか難しいのです。

病気という苦痛、段々と不自由な身体になって行く過程、肉体の死を覚悟しなければならないような状態・・
生き延びたいという望みと正反対の方へ向かうとき、ひとはもがきます。
それはあたりまえなのですが、それを起こしているのは自分の肉体です。
愛するがために、身体の行う浄化作用を見間違うと、起こっている事は悪だとなります。

勘違いした愛がじつは生命力に逆らうことになるのですから、まさに悲劇なのです。
一分一秒でも長生きしたいという願望はだれでもありますし、病気から早く解放されたいという希望もあたりまえなのです。

しかし、その自分を愛するという気持ちと行為がすれ違ってしまった思考が今の医学を進歩させてきたのですから、最終的にはそれに気づかされる宿命があります。

どんな理屈を付けようとしても、人体という自然の摂理は途中で仕様変更するわけではないでしょう。

ひとはまず風邪という浄化作用の第一歩を経験したときから、医学と言うものを考え出したのでしょうが、その第一歩を勘違いしてしまったのです。

それをボタンの掛け違いだと言うのです。
一番上のボタンの位置に来るまで、気づかなかったらどうなるでしょうか?
最後のボタンに来るまで、何千年かかったのかは分かりませんが、ようやくその最後の方に近づいてきたようです。
それに早く気がついたひとが世界中に幾人かは居たのですが、ほとんどのひとがそれに気がつきませんでした。

いまもまだボタンの掛け違いが進んでいる状況です。しかも、それが進歩していると思い込んでいるわけですから一生懸命努力奮闘中というのが現状でしょう。

最初の出だしが風邪というものだとしたら、最後に戻ってくるのも風邪なのかも知れません。
究極はガンではなく、風邪こそ万病を原理を知る土台として世界中のひとが意識する時が来たのではないかと思うきょうこのごろであります。

ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー



あれ!
湿布の話がどうしてこんなところに?

それに前にも同じようなこと書いた記憶が甦ったりして(笑
となると・・・
「きょうこのごろです」ってのは、ずっとそのマンマじゃないか!!